2018.02.16 0N AIR

追悼:ウィーピング・ハープ・セノオ

Messin’ Around/Weeping Harp Senoh
(ビクター/P-Vine Records PCD-5741)

img

ON AIR LIST
1.Juke/ウィーピング・ハープ・セノオ
2.Bobby Sox Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ
3.Oh Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ
4.Unseen Eye/ウィーピング・ハープ・セノオ

 

 

 

 

 
昨年の年末12月17日に70年代から一緒に日本でブルーズをやってきた盟友ハーモニカのウィーピング・ハープ・セノオこと妹尾隆一郎くんが亡くなりました。享年68才でした。
45年におよぶ長い付き合いでたくさんステージも共にしたブルーズの仲間であり、思い出もたくさんあります。非常に残念な想いでいっぱいです。

今日は妹尾くんを偲んで彼のファースト・アルバムを聴きながら話してみたいと思います。
いまはブルーズのハーモニカを吹いている若い人たちがたくさんいますが、ブルーズそのものを感じさせてくれるハーモニカ・プレイヤーは少ないです。妹尾くんはブルーズのとてもディープな感じを表現できる人で、一緒にステージに立っていると聞き惚れてしまうことも多かったです。

妹尾くんのファースト・アルバム”Messin’ Around”は1976年にビクターからリリース。日本のブルーズ・ムーヴメントが頂点に達していた頃です。
このアルバムには実に多彩なメンバーが参加しています。ウエストロードから塩次伸二、小堀正、松本照夫、ブレイク・ダウンから服田洋一郎、近藤房之助、小川俊英、森田恭一、憂歌団から内田勘太郎などなど。収録は高円寺JIROKICHIでのライヴとビクターのスタジオ録音とふたつ使ってます。
妹尾くんが日本のブルーズ・ハーモニカのパイオニアであることは間違いないです。もちろん、妹尾くんの前にハーモニカを吹いていた人は日本にいますが、黒人ブルーズのハーモニカをストレートに開拓していったのは妹尾くんです。実は僕はブルーズを歌い始めた頃、ハーモニカを吹いていました。しかし、ある時妹尾くんが僕が出演していた京都のディスコに現れてハーモニカを吹いた時点で僕はハーモニカをやめました。自分との力量の差があまりにも歴然としていたからです。その時点で妹尾くんはポール・バターフィールドをすでに吹けていました。まだ、プルーズ・ハーモニカの教則本やビデオなんかない時代に、妹尾くんは自分で研究してブルーズ・ハーモニカに近づいていきました。
まずは妹尾くんのハーモニカが堪能できるリトル・ウォルターのインスト曲のカバーから聴いてください。
1.Juke/ウィーピング・ハープ・セノオ

妹尾くんはハーモニカ・プレイヤーですが、このアルバムで最初の三曲はハーモニカを吹いていなくてヴォーカルだけで勝負しています。その一曲目は彼が大好きだったT.ボーン・ウォーカーの曲。彼はのちにT.ボーンの”I’m Still In Love With You”もレコーディングしています。聴いてもらうBobby Sox Babyでは亡き塩次伸二がT.ボーン・マナーですが、実にアグレッシヴなギターを弾いています。僕もそうですが、たぶん妹尾くんも東芝がこの当時特典盤としてキャピトルレコードの10インチレコードで出していました。そこに収録されていたT.ボーンのBobby Sox Babyを聴いたのだと思う。いいアルバムでした。
2.Bobby Sox Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ

次もリトル・ウォルターの曲でこれは妹尾くんがライヴでよくやっていたのを覚えてます。僕たちはほぼ同時期にまったく違うところでブルーズに出会っていた。ブルーズの前にロックをやっていたのも一緒だった。さっきポール・バターフィールドの話をしましたが、僕も妹尾くんもポール・バターフィルド・ブルーズバンドを聴いていてそこからバターフィールドが参加しているマディ・ウォーターズのアルバム”Fathers And Sons”に出会っている。そのマディのアルバムが黒人ブルーズへの導入になったのも一緒だった。僕はマディにすごく興味があり、妹尾くんはマディのバックだったハーモニカのリトル・ウォルターの天才的なプレイに刺激されたのは当然でした。
この録音のバックはブレイクダウン。ギター服田洋一郎、ギター近藤房之助、ドラム小川俊英、ベース森田恭一、もう服田洋一郎も小川俊英も天国へ逝ってしまった。そして、妹尾くんも・・・残念です。
3.Oh Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ

実は70年代初期に東京と京都のブルーズの橋渡しをしたのは妹尾くんでした。彼は兵庫県宝塚の出身でしたが、大学は東京の中央大学。だから東京のブルーズをやっている連中もよく知っていた。妹尾くんは物怖じしない積極的でオープンな性格だったので、知人友人が多かった。それで僕が京都でウエストロードブルーズバンドを始めた頃、知合ってすぐに「東京にブルーズの店があるんやけど演奏に行かへんか」と誘ってくれた。それが西新宿にあった「マガジンNo1/2」という変った名前の店だった。そこに東京でブルーズを当時やっていた連中がたむろしていた。初めて行ったのは1972年。トヨタのハイエースにみんなで乗り込んで京都から東京へ向かった。僕は22才妹尾くんは23才。若かったから無茶なこともたくさん一緒にやりました。お互いのステージを見て、ブルーズを模索していた時期でした。ブルーズの歌詞のことなどもよく話し合った覚えがあります。
次の曲は僕が大好きなブルーズで歌いたいなぁと思っていたら妹尾くんに先にやられてしまったサニーボーイ・ウィリアムスンのブルーズ
4.Unseen Eye/ウィーピング・ハープ・セノオ

妹尾くんはハーモニカの前にベースを弾いていたということでビートルズのカバーなんかやっていたらしいです。気難しいところもあったけど僕は一度も喧嘩したことはない。僕も若い頃は気難しかったからかも。
昨年病気が発覚して手術前の病院へもKOTEZくんとお見舞いに行きました。その時は僕よりも元気でいつものようにいっぱい喋ってくれた。その後のメールで手術は成功したと聴いていたのですっかり安心して、「完全復帰したらお祝いに何か御飯をごちそうするから何がいい」と聴いたら「焼肉、旨い焼肉」と妹尾くんが言ったので旨い焼肉屋を探しておいたのに、結局一緒に行けなかった。1月と2月も一緒にやるステージがあったけど去年の12月のはじめに本人からキャンセルのメールが届いた。最後に会ったのは去年の11月福生ブルーズフェスで一緒に4曲やった。本当に残念。

妹尾くんDISC
・ 『メッシン・アラウンド』(ビクター・フライングドッグ)1976
・ 『ブギ・タイム』(ビクター・フライングドッグ)77年
以上2枚はPヴァインでCD化の後、ビクターから紙ジャケットで再発。
・ 『ONE MORE MILE』(BLACK BOX INC.)
ローラーコースター
・ 『ザッツ・ナッシング・ニュー』(VIVID Sound
・ 『キープ・イット・アップ』(VIVID Sound)
・ 『ブギー・ディスカウンター』(VIVID Sound)
・ 『サムシング・フォー・リトル・ウォルター』(VIVID Sound)
・ 『キープ・オン・ゴーイン』(Pヴァイン)1995年
BLUES FILE、塩次伸二とのデュオアルバム、最近は京都の小竹兄弟がバックをしたアルバムなどたくさん出ています。探してください。

日本でブルーズのハーモニカをやっている人は妹尾くんのプレイを聴いた方がいいと思うが、もうレコードやCDでしか彼を聴くことは出来ない。そして、日本でブルーズハーモニカの道を切り開いたのは彼だということを覚えていてください。今日は去年の12月17日に亡くなったウィーピング・ハープ・セノオくんのアルバム”Messin’ Around”を聴きました。
いろいろありがとう、妹尾くん。冥福を祈ります。

2018.02.09 ON AIR

ニーナ・シモンのデビュー・アルバムしかも名盤
Little Girl Blue/Nina Simone(BETHLEHEM/日本コロンビア COCY-75732)
IMG01

ON AIR LIST
1.Mood Indigo/Nina Simone
2.I Love You,Porgy/Nina Simone
3.Little Girl Blue/Nina Simone
4.He’s Got the Whole World in His Hands/Nina Simone

 

 

 

 

 
僕はいままでたくさんの外国ミュージシャンのライヴを見てきましたが、見る機会がないまま他界されて後悔しているのが今日聴いてもらうニーナ・シモンです。
さかのぼれば大学1年の頃に京都のジャズ喫茶で彼女の歌声に出会いました。その時、最初に聴いた時の想いをなんと表現したらいいのかさっきから言葉を探しているのですが、見つかりません。感動というわけではなく、ひしひしと押し寄せて来る静かな胸の高鳴りのような感じですか・・。
ニーナ・シモンはカテゴリーとしてはジャズ・シンガー&ピアニストに入るのですが、ジャズ・ファンではない人でも彼女のファンは多いです。それはなぜかと言えば、彼女の歌とピアノにカテゴリーを越えた説得力があるからだと思います。
1933年にノース・キャロライナに生まれ三歳でピアノを弾き始め、数年後には教会でピアノを弾いてます。幼い頃から非凡な才能に恵まれていたのでしょう。
貧しい黒人家庭でしたが、お母さんがメイドをしていた家の主人がニーナのピアノの才能に驚いて、金銭的なバックアップを申し出てクラシックを学びに音楽学校に行けることになり、ニーナはトップの成績で卒業します。その後有名なジュリアード音楽院に入り、その時もクラシックのピアニストを目指していたと思われます。しかし、黒人であるということを理由にクラシックの世界には入り込めなかったようです。
そのジュリアードに行っている頃からクラブでお金を稼ぐためにジャズを始めます。するとクラブのオーナーに歌が歌えるともっとお金になるよと言われて歌も歌うようになったのです。

今日聴いてもらうのはニーナ・シモンのファースト・アルバム。1957年リリースの名盤”Little Girl Blue”です。
まずは一曲目 作曲はデューク・エリントン
イントロから歌に入る前の彼女のピアノ・プレイだけでも聴く価値のある素晴らしさで、スピード感とブルージーなフレイズに聞き惚れてしまいます。そして、続く歌の堂々とした歌いっぷり。歌にもピアノにも聴いてすぐに卓越した才能を感じさせます。
1.Mood Indigo/Nina Simone

次は超有名な作曲家ジョージ・ガーシュウィンの作曲で、ミュージカル「ポーギーとべス」の挿入歌で知っている方も多いと思いますが、この歌がヒットして彼女は広く名前を知られることになりました。
2.I Love You,Porgy/Nina Simone
ニーナ・シモンはすごく才能があるのにさりげなく歌い、演奏できるナチュラルなミュージシャンで、いまのI Love You,Porgyもたくさんの歌手が歌いカバーがたくさんあるのですが、僕は彼女のこのテイクがいちばんだと思います。

次は去年公開されたジャニス・ジョップリンの映画のタイトルにもなっていました”Little Girl Blue”
ジャニスもこの曲を歌っていましたが、ニーナとはまったく表現の仕方の違う曲になっています。
童謡のようなピアノのメロディから始まる美しい曲ですが、「もう少女ではない大人になったのだから夢ばかり見てないで優しい自分にあった男を探しなさい」という意味のように取れる歌詞です。
3.Little Girl Blue/Nina Simone
聴き終わったあとにふっとため息が出てしまう素晴らしい歌とピアノです。
ニーナ・シモンは本当に人間の気持ちをよく知る人だと思います。そういう彼女の歌のバックにあるのは彼女の強い精神だと思います。よく言いますが強いから優しくなれる。
実はニーナ・シモンは60年代に黒人公民権運動から人種差別反対など政治運動にも活発に参加する女性でした。しかし、黒人で女性であることからそういう政治運動をすることで音楽業界から疎まれる、避けられるようになっていきました。しかし、信念の強い彼女は屈することなく音楽でもそういう信条を出し続けました。信念のある強い女性でした。
仕事が少なくなり世界を渡って、そして、70年代になって彼女はとうとうアメリカが嫌になったのかヨーロッパに渡り2003年にフランスで亡くなりました。

いまも本当に彼女の演奏と歌を生で、ライヴで聴けなかったことが悔やまれます。

次はマへリア・ジャクソン他たくさんのゴスペル・シンガーによっても歌われている曲です。やはりゴスペルを歌うというのは黒人シンガーにとって自分が精神的に幼い頃から支えられている音楽ですから、特別な思いがあると思います。
4.He’s Got the Whole World in His Hands/Nina Simone

2018.02.02 ON AIR

Nat King Cole/The Roots Of The Songs”A Tribute To Nat King Cole”(Oldays Records R-1700094~95)
img01

ON AIR LIST
1.Quizas,Quizas,Quizas/Nat King Cole
2.Lonely One/Nat King Cole
3.Route 66/Nat King Cole
4.It’s Only A Paper Moon/Nat King Cole
5.Love/Nat King Cole

 

 

 

 

この番組で前々回、ウエストコースト40年代の人気のブルーズ・ピアニスト、チャールズ・ブラウンを聴きましたが、今回はそのチャールズ・ブラウンに大きな影響を与えたナット・キング・コールを聴きます。
個人的な話ですが、実は僕の父はナット・キング・コールのレコードをよく聴いてました。父が洋楽でよく聴いていたのはキング・コールとプラターズでした。なんかラテンものも聴いてましたが、ミュージシャンの名前までは僕は覚えてません。
僕が生まれたのが1950年ですから、ナット・キング・コールのヒット曲が一気に日本にも入ってきた時代です。
そのヒットの中の一曲をまず聴いてみましょう。この曲はよく親父が口ずさんでいました。1958年キング・コールのヒットです。
1.Quizas,Quizas,Quizas/Nat King Cole
元々この曲はキューバの曲でキサスは「たぶん」っていう意味だそうです。だから「たぶん、たぶん、たぶん」ですね。
日本でもラテン系のアイ・ジョージさんがこの歌を歌っていたのを覚えてます。あと坂本スミ子さんも素晴らしいラテン系歌手でした。

うちの親父が聴いていたのは、キング・コールのジャズ・ヴォーカルでもポピュラーなヒット曲でしたが、僕は意味もわからず子供心になぜか次の曲がすごく好きで親父がいない時にレコードを出して聴いてました。
「寂しいとても無口な奴がいる」と始まるこの歌はやはり失恋の歌で「君が行ってしまったから僕はその寂しい奴、Lonely Oneになったんだよ」と。
なんでこんな寂しい歌を10才になる前に好きだったんでしょう、私は・・・。
2.Lonely One/Nat King Cole

キング・コールはポピュラーとかジャズ・ヴォーカルのカテゴリーに入ってますが、実は30年代にスイング・ジャズの実力派ピアニストとして活躍してました。そして、1939年にギターとベースとピアノだけのトリオ「ナット・キング・コール・トリオ」を結成します。当時はまだビッグバンド全盛の時代だったのでこのトリオ編成はかなり画期的だったのではないでしょうか。
そのトリオ時代に戻ったようなアルバム”After Midnight”が1957年にリリースされ、そこでは彼が素晴らしいピアノを弾いています。結局僕がいちばん好きなキング・コールのアルバムもその”After Midnight”ですが、その中からブルーズ・シンガーもよく取り上げる曲です。車でシカゴから旅をしていろんなアメリカの町を通ってウエストコーストまで行く歌です。
3.Route 66/Nat King Cole

僕もいまのRoute 66を歌ってましたが、もう一曲キング・コールで歌っていたのが次のペイパー・ムーンです。
タイトルを直訳するとそれはただの紙の月、つまり紙で作った月。見せかけの安っぽいものだけどもしあなたが信じてくれたら見せかけのものではないよ
あなたが信じてくれたら本当の愛になるという曲
4.It’s Only A Paper Moon/Nat King Cole
いい曲ですね。

キング・コールはラスベガスで白人の大きなクラブに出演するほど大スターになったのですが、人種の差別は有名になっても変らず白人のホテルには泊まれなかったり、レストランに入れなかったり、ステージで嫌がらせをされたりしたそうです。でも、彼はじっと我慢したそうです。
後輩にあたるレイ・チャールズやサム・クックはナット・キング・コールの成功をすごいと思っていたと思います。でも、彼らがスターに這い上がってきた60年代には黒人は我慢するだけでなく黒人の文化を大切にして誇りをもとうという風潮に変っていったんですね。
でも、僕はキング・コールが歌う時にきれいな白人の英語の発音をしたのを、サム・クックも意識したと思います。だからサムは白人の若い人たちに支持されたんだと思います。
そう思うとたかが発音だけでもアメリカの中の根深い差別主義を感じます。
最後はキング・コールが日本語でもレコーディングしたことのあるもう世界的に有名な曲を。
5.Love/Nat King Cole
ポピュラーな曲ですが、キング・コールのいろんな想いを推し量るとすごくいい歌詞ですね。
この歌を録音したあと1965年にキングめコールは亡くなりました。43才、若かったんですね。
いい歌がたくさんあります。冬の夜にホット・ウィスキーでも飲みながらナット・キング・コール・・・いかがでしょうか。

2018.01.26ON AIR

Hotoke’s Blues Power Radio Hour~
10th Anniversary リリース!記念特集

Hotoke’s Blues Power Radio Hour~10th Anniversary(P-Vine Records PCD-20386)

IMG01

ON AIR LIST
1.All Your Love/Otis Rush
2.Going Down Slow/St.Louis Jimmy
3.Dance With Me,Henry/Etta James
4.You Upset Me Baby/B.B.King
5.Diddie Wa Diddie/Blind Blake

 

 

 

 

この番組が去年秋に10周年を迎えたことを記念して、1月24日に10周年記念のアルバム「Hotoke’s Blues Power Radio Hour~10th Anniversary 」がリリースされました。
本当に聴いていただいているみなさんのおかげです。ありがとうございます。
今日はその記念アルバムのことを話しながら収録した曲を聴いてみたいと思います。
いろんな思いがあった10年でしたが、まず一曲目
アルバムの冒頭を飾るのにふさわしい華やかな感じのブルーズです。
1.All Your Love/Otis Rush

このAll Your Loveは60年代にイギリスのジョン・メイオール・ブルーズブレイカーズがカバーしていて、その時在籍していたエリック・クラプトンがギターを弾いていたので知っている人も多いと思いますが、このオーティス・ラッシュがオリジナルです。
この曲はシカゴのマイナーレーベルのコブラ・レコードに吹き込まれたもので、それで今回のアルバムでは最初にそのコブラ時代のオーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、マジック・サムとシカゴ・モダンブルーズの3人を収録しました。

こういうコンピレーションを自分でするのは新たな発見をすることも多い仕事で、次のセントルイス・ジミーも前から知っいて彼のアルバムも持っているんですが、改めて聴き直してこの人の歌声ってこんなにええやと感じました。ええ声と言っても美しい声ということではなく、いわゆるブルーズ・ヴォイス。いかにもブルーズの歌声。また、これ見よがしに歌う感じがまったくなく、訥々とした歌なんですがそれが実にいいんです。
楽しくて華々しく生きていた頃もあったけど、病気になってしまい自分の最後が見えたような歌です。「もう医者も呼ばなくていいよ、でも、故郷のおふくろには元気でやってるって行ってくれ」という悲しいブルーズです。
2.Going Down Slow/St.Louis Jimmy

今回のアルバムに選んだ音源はP-Vineレコード所有の音源カタログからのものですが、すごい曲数あるんですよ。カタログ見ているだけで半日くらい過ぎてしまう感じです。でも、「ああ。こんなもある」「あんなんもある」・・って楽しいんですよ。それでエタ・ジェイムズのごく初期にRoll With Me Henry(別のタイトルではWallflowerいうんですが)というヒットした曲がありそれを選ぼうかと思ったら、よく似たタイトルのDance With Me Henryというのがあったのでそれも聴いてみました。するとRoll With Me Henryほどヒットしてないんですが、演奏の内容はこっちの方がいいなと思って今回選びました。
3.Dance With Me,Henry/Etta James
エタ・ジェイムズやっぱり強力です。たぶんこれでも70%くらいのパワーしか出してないような気がします。それで僕がいいなと思ったのはバックの演奏がいいんですよ。調べたらこれが当時の黄金のニューオリンズR&Bのデイヴ・バーソロミューの楽団のメンバーでドラムは伝説のアール・パーマーでした。鉄壁のバックです。

今回の選曲に困ったのはB.B.キングです。B.B.は録音された曲も多いしいい曲もヒットした曲もたくさんある50年代の絶好調のころですから。結局、1954年のヒット曲”You Upset Me Baby”を選んだのですが、改めてB.B.キングと当時のケントレコードのミュージシャンたちの素晴らしさを知ることとなりました。
4.You Upset Me Baby/B.B.King

今回もいろんなタイプのブルーズを聴いてもらおうと思って戦前のいにしえのブルーズも選曲しました。
1920年代にラグ・タイム・ギターというのがすごく流行っていろんな名人芸的なギタリストが出たんですが、その中でも別格のブラインド・ブレイクを選びました。他の人のバックも含めるとすごくたくさんの曲を残した人で、しかもいい曲がたくさんあるのでこれも選ぶのに苦労しましたが楽しい感じのこの曲にしました。
5.Diddie Wa Diddie/Blind Blake

今回、収録した曲はP-Vineレコードからリリースされているものなので入手しやすいアルバムです。もし、気に入ったブルーズマンがいたらその人のフル・アルバムをゲットしてください。
自信もって言いますが僕が今回選んだものに間違いないです。そして、ブルーズを知りたい方がこのアルバムを手引きにしてブルーズの世界に入ってくれると嬉しいです。
Amazonなどネットでも販売しています
全部で17曲、一曲ごとに僕のDJが入ってます。解説も僕が書きました!定価¥2000+Taxです

それから4月1日エイプリルフールですが、弘前の「Eat&Talk」というお店で10周年記念ライヴをやることになりました!
僕と憂歌団の木村充揮くんと珍しいデュオです。エイプリル・フールの日ですが、嘘ではありません(笑)
それから僕のバンドblues.the-butcher-590213のLPレコード”Rockin’ And Rollin'”が2月14日にリリースです。やっぱりレコードを作りたかったということで急遽LPレコード出します。CDとは違う曲が数曲収録されています。こちらもよろしく!また、詳しく発表します。

2018.01.19 ON AIR

レコードでブルーズ名盤を聴く
Driftin’ Blues/Charles Brown(Score SLP-4011)

img01
ON AIR LIST
1.Driftin’ Blues/Charles Brown
2.Seven Kisses Mambo/Charles Brown
3.My Heart Is Mended/Charles Brown
4.Honey Sipper/Charles Brown
5.Evening Shadows/Charles Brown

 

 

 

 

今日は1957年にScore recordsからリリースされたチャールズ・ブラウンのデビュー・アルバムであり、ブルーズの名盤の一枚。
1946年に大ヒットとなったアルバム・タイトル曲”Driftin’ Blues” などのシングル盤を寄せ集めたアルバムなのでアルバム出すのに10年くらい経っている。
ピアノと歌がチャールズ・ブラウン、ギターが名人ジョニー・ムーア、ベースエディ・ウィリアムス、ドラマーのクレジットはない。まずはジョニー・ムーアのギターも素晴らしい、いまも歌い継がれているブルーズの名曲中の名曲を。
1.Driftin’ Blues/Charles Brown
何しろオリジナル・レコードですから、ノイズも入ってます。なんせ1957年ですから。
聴いてもらってわかるようにピアノのテクニックも素晴らしいんですが、特徴はレイドバックしたヴォーカルで、シャウトしたりモーンしたりとかパワフルに押して行く歌ではなく、ゆったりしている。当時すごい人気だったナット・キング・コールを意識した歌で、ナット・キング・コールは白人層も巻き込んだ人気のシンガーだったのでこの時代の多くのシンガーが影響を受けた。そのソフィスティケイトされたスタイルにチャールズ・ブラウンも惹かれたと思う。

2.Seven Kisses Mambo/Charles Brown
キングコールもいまのようなラテンのリズムを使ったものがたくさんありました。
ナットキング・コールの影響をチャールズ・ブラウンが受けて、その後チャールズ・ブラウンの影響をレイ・チャールズが受けるんですが、そういう流れも辿っていくと楽しいです。

テキサスで生まれたチャールズ・ブラウンは1943年にロスに引っ越してきた。その翌年にピアニストを探していたギタリストのジョニー・ムーアのブレイザーズというグループに加入。
1940年代の大都会ロスアンゼルスなんかでは泥臭いブルーズより洗練されたサウンドのものが好まれていた。T.ボーン・ウォーカーなどもそうですが、ちょっとジャズ・テイストがあったり甘いバラード系統の歌があったり・・・。演奏する場所が都会のナイトクラブですからおしゃれなものが好まれたんでしょう。
でも、歌われている歌詞は最初のドリフティン・ブルーズのように「オレは海に出た船のようにさまよっている」というような、都会に定着できない不安を歌ったブルーズでした。

3.My Heart Is Mended/Charles Brown
1948年頃にチャールズ・ブラウンはソロになりビルボードのチャートトップ10に入る曲を連発します。”Get Yourself Another Fool,” “Trouble Blues” and “Black Night,” and “Hard Times.”

今回、アナログ、レコードで聴いてもらっているのはこのレコードの音がすごくいいので聴いてもらっているのですが、ラジオでON AIRするとどうなのかな・・・と思ったのですが、家でこの放送を聴いたときにやっぱりCDとは違うリアルな感じがしましたが、どうでしょうか。
次の曲はチャールズ・ブラウンとほぼ同時期にウエストコーストで活躍していたジョー・リギンスが1945年に大ヒットさせた「ハニー・ドリッパーズ」という曲に影響されたものだと思います。タイトルのハニー・シッパーのシッパーとはちびちび酒を飲むひとのことです。僕もちびちび派です。
4.Honey Sipper/Charles Brown

40年代のロスアンゼルスのナイトクラブでカクテル飲んでいるような気分になれましたでしょうか。僕もアメリカに行った時、有名なジャズクラブではなくて小ぢんまりした近所の人たちがくるジャズ・クラブによく行きましたが、すごくムードがいいんですよね。おしゃれなんですが、フレンドリーでリラックスしている。そういうクラブで飲みたいなぁ。
5.Evening Shadows/Charles Brown
サックスの音色もいいです。
今日はチャールズ・ブラウンの名作Driftin’ Bluesをオリジナル・レコードで聴きました。
レコードと言えば、ブルーズ・ザ・ブッチャーのRockin’ And Rollin’がP-Vine Recordsからレコードでリリースされます。曲もCDとは少し変えています。2/14発売です。限定枚数ですのでお早めに予約してください。