2019.08.16 ON AIR

ニューオリンズの至宝、ドクター・ジョン追悼 Vol.1

GUMBO/Dr.John (ATCO/eastwest japan AMCY-3041)
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ON AIR LIST
1.Iko Iko/Dr.John
2.Let The Good Times Roll/Dr.John
3.Those Lonely Lonely Nights/Dr.John
4.Huey Smith Medley(High Blood Pressure~Don’t You Just Know It~Well I’ll Be John Brown)/Dr.John
ニューオリンズ・ミュージックを代表するミュージシャンのひとり、ドクター・ジョンが去る6月6日 に77歳で亡くなりました。
ドクター・ジョン(本名マック・レベナック)はニューオリンズR&Bだけでなく、アメリカとイギリスのロックやポップスにも大きな功績を残した人であり、ヴァン・モリソンやレヴォン・ヘルムのアルバムにも参加し、B.B.キングの”There Must Be A Better World Somewhere”での演奏も忘れられません。日本にも何度か来てくれて素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

今回から3回に渡ってドクター・ジョンの追悼プログラムをON AIRします。
ドクター・ジョンのアルバムといえば「ガンボ」と答える人も多いと思います。僕も初めて彼の音楽に触れたのは名盤と呼ばれる「ガンボ」でした。
1972年にリリースされたこのアルバムは、一曲を除いてすべてニューオリンズのミュージシャンの曲をカバーしたものです。
ドクターはインタビューでこう言ってます「このアルバムを聴いた人たちがニューオリンズのR&Bに興味を持ってくれるといいなと思って作った」と。
実際、僕もこのアルバムでニューオリンズの音楽を初めて知ることになりました。当時はアルバム・タイトルのガンボがニューオリンズの郷土料理である煮込み料理であるという意味も知らなかったし、収録されている曲のオリジナルのミュージシャンもほとんど知らないでいました。初めてニューオリンズでガンボを食べたときはもちろんこのアルバムを想い出して、「ああ、やっとニューオリンズに来れた」と思ったものです。
一曲目、もうニューオリンズの民謡みたいな曲ですが、オリジナルはシュガーボーイ・クロフォード。女性3人組のディキシー・カップスでも有名です。1953年にシュガーボーイが録音した最初は”Jock-O-Mo”というタイトルでチェスレコードからのリリースでした。ニューオリンズ独特のセカンドラインのビートが最高です。
1.Iko Iko/Dr.John

次の曲はジミ・ヘンドリックスが”Electric Lady Land”というアルバムでカバーしたのを聴いたのが高校生の頃。オリジナルはドクターと同じニューオリンズのアール・キングですが、このドクターの「ガンボ」を聴いた頃はまだアール・キングのアルバムも持っていませんでした。ジミ・ヘンドリックスは”Come On” というタイトルでこの曲を録音しています。ヘンドリックスはロックしていてカッコいいですが、ドクターのこの曲のテンポ感とビート感、そしてイナタイテイストはちょっとマネできません。
2.Let The Good Times Roll/Dr.John

このアルバムにはもう一曲アール・キングの曲が収録されていますが、これも僕を含めブルーズ・ファンのほとんどはジョニー・ギター・ワトソンのカバーで知っていたと思います。アール・キングは素晴らしいソングライターであることをドクターは世間に知らせたいと思ってたようです。60年代の後期にドクターはロスに一時期住んでいたんですが、ニューオリンズでは有名なプロフェッサー・ロングヘアやスマイリー・ルイスそしてこのアール・キングのことを誰も知らないことに驚いたようです。自分がずっとヒーローだと思っていたニューオリンズの素晴らしいミュージシャンたちが、世界では知られていないことがこのアルバムをつくるひとつのきっかけになったようです。
「君がいなくなってから寂しい夜が続く」
3.Those Lonely Lonely Nights/Dr.John
こういう3連の曲がニューオリンズの音楽によくあるんですが、ゆったりして聴こえるけれどビートはステディです。ルーズではないんです。そのあたりがニューオリンズR&Bの難しいところでもあります。これをただゆるくやってしまうとニューオリンズ・テイストは出ません。

ドクターは1940年ニューオリンズ生まれ。アイルランド系の移民の家系でお父さんがレコード店を営んでいた関係で、小さい頃からいろんな音楽を聴いて育ちました。10才の頃にお父さんにギターを買ってもらい、お父さんが知合いだったパプース・ネルソンというギタリストに教えてもらうことになりました。この人がニューオリンズの大スター、ファッツ・ドミノのバンドのギタリストだったというからすごいです。この当時ニューオリンズではコズモ・マタッサというスタジオでいろんなミュージシャンのレコーディングが行われていて、ファッツ・ドミノやリトル・リチャードなどのヒット曲もここで録音されていました。つまり1940年から60年というドクターが20才になるまでの青少年時代、ニューオリンズR&Bは全盛だったわけです。そのまま地元で当たり前のようにミュージシャンになってアール・キングやアレン・トゥーサン、ミーターズ、といった人たちとニューオリンズR&Bを作っていったわけです。
その中にヒューイ・ピアノ・スミスがいまして、このアルバムにも「ヒューイ・ピアノ・スミス・メドレー」というのが入っています。ヒューイ・ピアノ・スミスというのはやはりニューオリンズのソングライターであり、シンガーであり、ピアニストでドクターの先輩に当たります。ヒューイは駆け出しの頃はアール・キングやギター・スリムのバックをやってましたが、やがてレコーディングにも呼ばれるようになりロイド・プライスやリトル・リチャードの録音に参加。スマイリー・ルイスの大ヒット”I Hear You Knockin’”の印象的なピアノもヒューイ・スミスです。57年に大ヒットRockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu”を出して一躍ニューオリンズを代表するミュージシャンになり、楽しいパーティ・ソングをたくさん作りヒットさせました。
ヒューイ・ピアノ・スミスのメドレーを聴いてください。
4.Huey Smith Medley(High Blood Pressure~Don’t You Just Know It~Well I’ll Be John Brown)/Dr.John

ドクター・ジョンがニューオリンズの音楽に敬意を払って作ったこのアルバム「ガンボ」には、ヒューイ・スミスと並んでドクターが大きな影響を受けたピアニスト、プロフェッサー・ロングヘアの曲も二曲収録されています。プロフェッサーには直接ピアノの手ほどきを受けたこともありドクターにとっては先輩であり先生のような存在だったと思います。

僕は個人的にドクターの想い出があります。友達の山岸潤史がニューオリンズでドクターを迎えてレコーディングしたことがありました。その時僕もついていったんですが、そのレコーディング・スタジオにバスケットの小さなコートがありました。僕はヒマだったので、そこでバスケットのゴールにめがけてボール投げて遊んでたんですが、そこにこれから録音するドクターが現れて「オイ、ボール貸してくれ」いうので貸して、そこからしばらく一緒にシュートのやり合いをしました。いい想い出です。もちろんそのあとのレコーディングのピアノは素晴らしかったです。

2019.08.09 ON AIR

60年代初期イギリスのモッズたちが愛したR&BそしてBLUES vol.2

Stirring Up Some Mad Soul ACTION(JASMINE  JASCD!046)

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ON AIR LIST
1.I Got Love If You Want It/Slim Harpo
2.I’m A Lover Not A Fighter/Lazy Lester
3.Too Many Cooks/Jesse Fortune
4.Homework/Otis Rush
5.16 TONS/B.B”Blues Boy”King And His Orchestra

前回に引き続き60年代のイギリスのカルチャー・ムーヴメントのひとつだったモッズ、そのモッズの連中が好きだった音楽、アメリカのR&Bとブルーズをコンピレーションしたアルバム「Stirring Up Some Mad Soul ACTION」を聞きます。
前回はアルバムに入ってるR&Bを聞いたのですが、今回はブルーズを中心に聞きます。
60年代前半にロンドンでモッズと呼ばれた若者たちは、モッズコートと呼ばれたアメリカ軍のパーカーを好んで着たり、スクーターはイタリアのベスパ、ヘアースタイルはおかっぱみたいに前髪をおろしたスタイルとライフスタイルにそれなりのこだわりがあり、そういう連中が夜な夜なロンドンのパブ、クラブに集まって呑んだり踊ったりしていました。その頃彼らが聞いていた音楽を集めたのがこのアルバム「Stirring Up Some Mad Soul ACTION」

今日はこのアルバムからブルーズ編。まずは当時のイギリスの黒人音楽好きが大好きだったルイジアナのブルーズマン、スリム・ハーポ。
そのスリム・ハーポが所属したのが「エクセロレコード」。社長のジェイ・ミラーが作ったエクセロレコードのサウンドがイギリスの若者にぴったり来たようです。スリム・ハーポにはストーンズがカバーした”King Bee” “Shake Your Hips”はじめ”Rainin’ in My Heart” “Baby, Scratch My Back.””Tip on In”などヒット曲、有名曲がたくさんありますが、このアルバムに収録されているのは1957年彼のデビュー曲。イギリスで人気のあったスリム・ハーポをコンサートに呼ぼうという動きは当然あったようですが、ハーポは1970年に心臓発作で亡くなりました。46才という若さでした。
1.I Got Love If You Want It/Slim Harpo
もともとハーモニカ・スリムという芸名だったくらいでハーモニカは個性的ですごく印象に残ります。
ハーポの鼻にかかったような歌声とシンプルでメロディックなハーモニカ、バックのリズムはタイトでしっかりグルーヴして、全体的にはダウンホームな味わいという絶妙なサウンド・・これがエクセロ・レコードの特徴です。当時のモッズ連中は曲とか歌詞だけではなくてこういうエクセロレコードの録音の空気感も好きだったのではないかと思います。音が歪んでいなくて軽くはないんですけど乾いた音がしている。あと全体のサウンドの響きがなんとも言えずいいです。

もうひとりエクセロレコードのブルーズマン、レイジー・レスターが収録されています。レイジー・レスターはスリム・ハーポほど売れませんでしたが、エクセロというレーベルを代表するブルーズマンのひとりで彼のダウンホームな感じも捨てがたいものがあります。ハーモニカもいいです。
2.I’m A Lover Not A Fighter/Lazy Lester
レイジー・レスターは二年前に日本でも公開された”I AM THE BLUES”にも元気に出演していたのですが、昨年の8月に85才で亡くなりました。すごくいい味を出していた歌とハーモニカがもう聞けないのは残念。

次の曲は1963年の録音でバックのギターは若き日のバディ・ガイです。この曲はロバート・クレイがカバーしたのでそのヴァージョンで知っている方もいるかも知れませんが、オリジナルはこのジェシー・フォーチュンです。ラテン調のリズムとちょっとラフな演奏そしてフォーチュンのテンションの高い歌は盛り上がってきた夜中のクラブで踊るには最適のダンスナンバーだったと思います。
3.Too Many Cooks/Jesse Fortune
このアルバムのタイトル”Stirring Up Some Mad Soul”「奮い立つ熱狂のソウル」にふさわしいジェシー・フォーチュンの熱唱でしたが、こういうちっょとラテン色の入ったリズムもモッズ連中は好きだったみたいです。
次のオーティス・ラッシュもイギリスで人気のブルーズマンでした。彼のヒット曲”I Can’t Quit You Baby”はレッド・ツェッペリンにカバーされたり、”All Your Love”をジョン・メイオール&ブルーズブレイカーズ時代にクラプトンがカバーしたり、イギリスにも何度かコンサートに行ってます。しかし、ここで選曲されているのはラッシュがデュークレコードと契約した時に一枚だけリリースされたこの曲
ラッシュの有名曲ではないこの選曲もモッズらしい感じがします。
4.Homework/Otis Rush
いまの「ホームワーク」はロックのJ.ガイルズバンドにもカバーされています。

これ前もON AIRしたかも知れませんが、B.B.キングの珍しい曲で1956年にRPMレコードにいた頃の録音ですが、いわゆるスタンダードナンバーをB.Bがギター弾かないで歌だけ歌っているトラックです。曲は16トンという曲でマール・トラヴィスという人が作ってテネシー・アーニー・フォードという歌手が歌ってヒットしたらしいのですが、僕は黒人コーラスグループのプラターズ歌っているレコードをうちの親父が持っていたので小学生の頃よく聞かされました。。
しかし、この曲をBBが歌っているとは・・・最初聴いたときはびっくりしました。
5.16 TONS/B.B”Blues Boy”King And His Orchestra
やっぱりギターを弾かなくても充分に歌手としてだけでも通用する歌の上手さです。
今回は前回に引き続きちょっと面白いアルバム「Stirring Up Some Mad Soul ACTION」を聞きました。これは輸入盤でジャスミン・レコードというイギリスの会社からリリースされています。なかなか楽しいアルバムです。

2019.08.02 ON AIR

60年代初期イギリスのモッズたちが愛したR&BそしてBLUES vol.1

Stirring Up Some Mad Soul ACTION(JASMINE  JASCD!046)

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ON AIR LIST
1.Let’s Go Let’s Go Let’s Go/Hank Ballard And The Midnighters
2.Louie Louie/Richard Berry And The Pharaohs
3.Hitch Hike/Marvin Gaye
4.Shop Around/Mary Wells
5.You Better Move On/Arthur Alexander

みなさんは50年代終わりから60年代にイギリスの若い人たちの間でモッズというカルチャー・ムーヴメントがあったのをご存知でしょうか。モッズはMODともMODSとも表記されますがModernismの略。
モッズのムーヴメントというのはファッションや音楽、ヘアースタイル・・まあライフスタイル全般に関してのもので、まあ当時の流行の先端をいく洒落者、遊び人でしょうか。彼らが好んだ音楽はアメリカのR&Bやブルーズやジャズやジャマイカのスカ、ときにはカリプソなんかも好まれてクラブで流れていたそうです。
僕はモッズと聞くとイギリスのバンドのザ・フー、スモール・フェイセス、キンクス、スペンサー・ディヴィス・グループを想い出すのですが、モッズに当時対抗していたのが、ロッカーズという革ジャンに革のパンツスタイルのバイクに乗る一団で、ビートルズの初期の写真を見るとそういう出で立ちでロッカーズだったことがわかります。

今回はモッズの話なのですが、ロンドンに「アメリカーナ」というクラブが1950年代半ばにオープンしてそこに夜な夜なロンドンのヒップな連中が集まってきていました。そのクラブの流れで60年代にフラミンゴ・クラブというのが出来てそこにいわゆるモッズと呼ばれる連中がたむろしていたそうです。今日聴いてもらうアルバム”Stirring Up Some Mad Soul”というアルバムはそういうモッズのクラブでよく流れていた曲のコンピレーションです。
”Stirring Up Some Mad Soul”というアルバム・タイトルなんですが、「奮い立つ熱狂のソウル」とでも訳すのでしようか。まずこのアルバムに入っているR&Bを聞いて来週ブルーズを聴こうと思ってます。と言ってもこの頃の黒人音楽はブルーズがR&Bそしてソウル・ミュージックに移っていく時代なので、R&Bやブルーズの明確な線引きが難しい曲もたくさんあります。
最初はハンク・バラードとミッドナイターズのLet’s Go Let’s Go Let’s Goですが、ハンク・バラードが好きという人に日本であまり会ったことがありませんが、彼はロックの殿堂入りもしているアメリカのR&Bのレジェンドで1954年”Work With Me Annie”というのが大ヒットしてそのあとこのアニーのシリーズを連発”Annie Had a Baby”  “Annie’s Aunt Fannie”と出してます。
まずは1960年のヒットのこの曲を。
1.Let’s Go Let’s Go Let’s Go/Hank Ballard And The Midnighters
いまのハンク・バラードというシンガーは最初ドゥワップやコーラスグループをやって、そこからソロになったのですが、なかなか甘いルックスをしてまして、人気があったやろなと思います。

リチャード・ベリー・アンド・ファラオズ(英語発音はフェロウズ/エジプトのファラオのこと)のリチャード・ベリーは50年代中頃から60年代にかけてウエストコーストで活躍したミュージシャン。もうリチャード・ベリーと言えばこの曲「ルイルイ」「ルイルイ」と言えばリチャード・ベリー。同じ曲名の太川陽介さんの「ルイルイ」より僕にはこっちの「ルイルイ」いかにもモッズの連中が好きなダンスナンバーです。
1956年の大ヒットです
2.Louie Louie/Richard Berry And The Pharaohs
リチャード・ベリー アンド ザ・フェロウズで「ルイルイ」でした。この曲は世界中で1000以上のカバーがあるそうです。当時の定番のパーティ・ソングだったのでしょう。

次はローリング・ストーンズが1965年4枚目のアルバム「Out Of Our Heads」でカバーしていたマーヴィン・ゲイの、これも大好きな曲です。
マーヴィン・ゲイと言えば、ソウル・ミュージックを代表するシンガーで大ヒット曲”What’s Goin On”はソウルの名曲のひとつですが、いまから聞いてもらう「Hitch Hike」は1962年のマーヴィンの初期の曲です。めちゃヒットしたわけではなくてアメリカのR&Bチャートで12位ポップチャートで30位くらいの曲で、イギリスではチャートにも出てきてなかった。こういうちょっとマニアックなカッコいい曲をモッズの連中は好きだったんですね。
クラブで「オマエ、これ知ってるけ?」「これがカッコええねん」というようなマニアックな自慢の会話が聴こえてきそうです。
3.Hitch Hike/Marvin Gaye
まだR&Bのテイストが濃いいい曲ですHitch Hike。
次もマーヴィン・ゲイと同じモータウン・レコードのシンガーで女性シンガーのメリー・ウエルズ。曲は1960年にスモーキー・ロビンソン率いるミラクルズがR&Bチャート1位にまで押し上げた曲で”Shop Around”
その翌年にこのメリー・ウエルズがカバーしてます。60年代中頃からモータウン・レコードはテンプテーションズ、スプリームス、フォートップス、スティーヴィー・ワンダーと次々とスター・シンガーを送りだすのですが、それ以前にイギリスのモッズの連中はモータウン・ソウルの素晴らしさに気づいていたんですね。
メリー・ウエルズは「ザ・ワン・フー・リリー・ラヴス・ユー」「ユー・ビート・ミー・トゥ・ザ・パンチ」「トゥー・ラヴァース」といったヒット曲、更に大ヒットの「マイ・ガイ」などでモータウン・レコードの初期に会社を支えた素晴らしいシンガーです。

4.Shop Around/Mary Wells
最後はまたローリング・ストーンズもカバーしていた曲で、オリジナルはアーサー・アレキサンダーが1961年にリリース。このアーサー・アレキサンダーというシンガーは本国アメリカではそんなに大ヒットしなかったのですが、イギリスのビートルズが彼の「アンナ」「ア・ショット・オブ・リズム・アンド・ブルース」「ソルジャー・オブ・ラヴ」などを好んでカバーしてました。
アーサー・アレキサンダーは歌い方があっさりしていてあまり黒人っぽくないところがミソで、カントリー・ソウルとも呼ばれています。シンガーとしてはあまり成功しなかったので70年頃には音楽界を引退してしまうのですが、彼が遺した曲はいま聞いてもすごくいいです。
5.You Better Move On/Arthur Alexander
朴訥に歌われている感じもいいし、ちょっと哀愁があるところもいいですね。ストーンズは1964年にリリースした4曲入りEP盤でカバーしてます。

50年代中頃からイギリスの若い人たちのアメリカの音楽に対する興味はどんどん盛り上がっていってビートルズの登場で今度はイギリスの音楽をアメリカに輸出することになっていくのですが、やはりこういうモッズ連中のマニアックなセンスの良さというのもイギリスならではで、のちにイギリスからジャマイカのレゲエの波が世界中に広がるんですが、イギリスのセンスに共鳴するところはたくさんあります。
来週はこのアルバムStirring Up Some Mad Soul ACTIONからブルーズのトラックを聞いてみようと思います。

2019.07.26 ON AIR

隠れた名ハーモニカ・プレイヤー、グッド・ロッキン・チャールズが残した唯一のアルバム

Good Rockin’ Charles/Good Rockin’ Charles (MR.BLUES /P-Vine Records PCD-93489)
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ON AIR LIST
1.Eyesight To The Blind/Good Rockin’ Charles
2.Confessin’ The Blues/Good Rockin’ Charles
3.Shake Your Boogie/Good Rockin’ Charles
4.Rockin’ At Midnight/Good Rockin’ Charles

久しぶりに聴いたらやっぱり「ええなぁ」と言う事でシカゴ・ブルーズマン、グッド・ロッキン・チャールズの唯一のアルバム「Good Rockin’ Charles」を今日は聴いてください。

グッド・ロッキン・チャールズはハーモニカとヴォーカルなんですが、シカゴ・ブルーズでハーモニカと言えばサニー・ボーイ・ウィリアムスンの1,2とリトル・ウォルター、ビッグ・ウォルター・ホートン、ジュニア・ウエルズ、ジェイムズ・コットンなどシカゴ・ブルーズには錚々たる有名どころがたくさんいるので、Good Rockin’ Charlesと言われても知らない方も多いと思います。
実はチャールズも実力のあったブルーズマンで1950年代半ば頃はシカゴ・ブルーズの名ギタリスト、ジミー・ロジャースのバンドに入り、オーティス・ラッシュやジョニー・ヤング、スモーキー・スマサーズといった人たちとも盛んにやっていました。
この最初の一曲だけ聴いてもハーモニカは相当の実力があることがわかります。歌も南部の匂いをもったシカゴ・ブルーズでいいです。
曲はサニーボーイ・ウィリアムスンの2がオリジナルです。
1.Eyesight To The Blind/Good Rockin’ Charles

ダウンホームな典型的なシカゴ・シャッフルに乗ったいい録音ですが、歌もいいし、特にハーモニカの音色、フレイズ、リズムがすごくいいです。
1976年のリリースですが、76年というとシカゴ・ブルーズの全盛期は過ぎて御大マディ・ウォーターズが所属していたチェス・レコードも事実上の倒産で身売りした時期です。マディは77年にジョニー・ウィンターの「ブルー・スカイ」と契約するのですが、もうひとりの御大ハウリン・ウルフはその76年の1月に亡くなっています。すでにリトル・ウォルターもサニーボーイも亡くなっています。そんな状況の中でこういうしっかりしたシカゴ・ブルーズのアルバムがリリースされていたのは驚きですが、当時シカゴのライヴ・シーンではまだまだ実力を持ったブルーズマンたちがいたという証でもあると思います。
僕らはアルバムを出して自分を発信しているブルーズマンしかキャッチできないですが、実はそういうところまでいかないでも実力のある人はいるということです。
このグッド・ロッキン・チャールズのアルバムに参加しているメンバーは、ギターはウォルター”ビッグギター・レッド”スミス、もうひとりがJ.C.ハーズ、ベースがラファイエット・シューティ・ギルバート、ドラムがオディ・ペインではなくてエディ・ペインと二曲レイ・スコットという人が叩いてます。これといって有名なブルーズマンはいませんが、当時シカゴのブルーズ・シーンでは活躍していたメンバーです。次の曲なんか本当にシカゴのクラブで聴いているような気持ちになります。
2.Confessin’ The Blues/Good Rockin’ Charles

このアルバムはシカゴ・ブルーズ・ファンには一時期幻のアルバムのように言われていたのですが、1997年に日本のP-Vineレコードからリリースされて話題になりました。
なんでこのGood Rockin’ Charlesのアルバムが幻だったかと言えば、まず彼は1960年代は音楽の世界にいなくて他の仕事をしていて、70年代に入ってからまたボツボツ活動を始めたのでもちろんあまり名前が知られていなかった。そして、50年代にも彼の録音が残っていなかったから。なぜ50年代録音が残っていないかというひとつの逸話のひとつを小川豊光さんがこのアルバムのライナーに書かれています。それによると、ジミー・ロジャースの”Walkin’ By Myself”の録音の日にロジャースはハーモニカをチャールズに決めていたのでチャールズの家まで迎えに行ったそうです。ところがなぜかチャールズは家にいなかった。後年彼にそのことを訊ねると「あの時は呑みに行ってて酔っぱらってた。自分ではまだ充分な腕前を持っていないと思ってたんだ」と。仕方なくジミー・ロジャースはかわりにビッグ・ウォルター・ホートンをハーモニカに使った。それであの歴史に残る曲が録音された。この時にチャールズが録音に参加していたら彼の名前はもっと知れ渡ったかも知れないです。
でも、よくわからないのは彼はただの酔っぱらいなのか、それとも自分の腕に自信がなかった繊細な心の持ち主なのか・・よくわかりません。普通だったら絶対レコーディングに行くでしょ。

次の曲はサニーボーイ1の1946年録音がオリジナルの曲です。
3.Shake Your Boogie/Good Rockin’ Charles
いま思ったんですが、声がちょっと若い頃のジェイムズ・コットンに似ていますね。
さっきのジミー・ロジャースのレコーディングすっぽかし事件以外にもレコーディングに来なかったことがあったようですが、どういう性格なのか人間性なのかよくわからないです。60年代に入って音楽活動をやめてしまうというのもどういうことだったのか。でも、たった一枚ですが、こうしてアルバムが残ったことはよかったと思います。

では、彼のハーモニカ・プレイヤーとしての素晴らしさがわかるインストルメンタルを一曲。
4.Rockin’ At Midnight/Good Rockin’ Charles
これだけハーモニカが吹けたらやりようによってはもうすこしメジャーなところへ行けたのではと思うのですが、アルバムはこれ一枚。映像もあまり残ってませんが、YouTubeにイギリスのアレクシス・コナーが司会するテレビ番組(1979年)にエイシズをバックにしたチャールズが演奏している映像があるのですが、それを見るとひょっとすると気の弱い人かなと思えます。あまり顔を上げないというかカメラ目線なんか一回もないんですが、演奏はすごくいいです。
本名、グッド・ロッキン・チャールズはヘンリー・リー・ベスター。1933年アラバマのタスカルーサの生まれで、ラジオから流れてくるブルーズを聴いて育ち49年16才の時にシカゴへ移っている。年齢的にはオーティス・ラッシュやバディ・ガイ、ジュニア・ウエルズとほぼ同世代。だから、バディ・ガイやオーティス・ラッシュくらい知られていてもいいはずだったブルーズマンです。
80年代もあまりパッとした活躍がないまま1989年に亡くなっています。
もし、見つけたらこのアルバム”Good Rockin’ Charles/Good Rockin’ Charles”ゲットしてください。

2019.07.19 ON AIR

シカゴ・ブルーズの名門レーベル「チェスレコード」の兄弟レーベル「チェッカー」の蔵出しブルーズ vol.2

Blues From The Checker Vaults (ONE DAY MUSIC DAY2CD245) 
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ON AIR LIST
1.Pretty Thing/Bo Diddley
2.Country Boogie/Elmore James
3.Me and My Chauffeur/Memphis Minnie
4.Fouty Cup Of Coffee/Danny Overbea
5.Dorothy Mae/Joe Hill Louis

前回に引き続きチェッカー・レコード音源を集めたコンピレーション・アルバム”Blues From The Checker Vaults”を聞きます。
チェスレコードがマディ・ウォーターズやハウリン・ウルフで儲かり、契約するミュージシャンも増えて新たに作ったレーベルがチェッカーです。チェスからチェッカーってちょっと洒落てていいですよね。
チェスはブルーズのレーベルとして有名ですが、チェスは他にも「アーゴ」というジャズ系レーベルも設立しています。今日聴いてもらうチェッカーというレーベルはブルースマンもいますが、当時の新しい動きのR&B系のミュージシャンも多く在籍していたし、ドゥ・ワップのコーラスグループやゴスペルグループもいました。
今日最初に聴いてもらうボ・ディドリーは一般的にロックンロールのカテゴリーに入れられているのですが、僕にとっては唯一無比のグルーヴィーなR&Bです。
当時としては斬新なサウンドとグルーヴで一度聞いたら忘れられないひとりです
僕らは弁当箱と呼んでますが、四角いボディのギターを持っているのも彼のトレードマークですが、そのギターにボヨヨーンというエフクトのトレモロをかけるのが彼のサウンドの特徴。
聞いてもらうのはPretty Thing 可愛いものと言うタイトルですが、何か日本語では言いたくないほどチャラい歌です
のっけにYou Pretty Thingですから「君、かわゆいよね~」ですよ。そして立て続けにLet me buy you a wedding ringですから「結婚指輪を買わせてくれへんか」です。かわゆいと言ってからすぐに結婚指輪です。その後もずっとぐどき文句が続いて、やさしくキスさせてくれよとかオレの人生をすべて君に捧げるとか言うとります。
1.Pretty Thing/Bo Diddley
チャック・ベリーと並んで50年代ロックンロールのブームを作ったボ・ディドリー、YouTubeでライヴ映像が見れますが、めっちゃカッコいいです。とくにリズムギターの女性がロングのタイトスカートで踊りながらギター弾く様がセクシーでいいです。

次はエルモア・ジェイムズなんですが、エルモアとなればスライド・ギターと思われがちですが、エルモアはスライドギターでなくて普通に弾いてもギター上手いんですよ。スライドギターだとアーシー、土着的なスタイルになるのですが、普通に押弦で弾くと意外とモダンなギターを弾くところがおもろいです。
ライヴの映像が残ってないので実際ステージでどのくらいの割合でスライドギターを弾いていたのかわからないのですが、写真を見るとスライド・バーをはめてないものも多くて普通に弾いてことも多かったのではと思うのですが、その辺りの情報というか記録はないのかなと思います。エルモア・ジェイムズのインストルメンタルの曲です。
2.Country Boogie/Elmore James
サックスもピアノもいいですが、やっぱりエルモアはインパクトの強いスライド・ギターですかね・・。

メンフィス・ミニーがチェッカーで録音を残しているとは気づかなかったです。彼女は1920年代から活躍している、ベッシー・スミスと並ぶ偉大な女性ブルーズシンガーです。1929年が初録音です。1960年に病気で倒れるまで、Columbia, Vocalion, Bluebird, OKeh, Regal, Checker, and JOBといろんなレコード会社に録音した人気者で歌だけでなくギターがまた上手い。
タイトルが「Me and My Chauffeur」というのですが、Chauffeur(ショーファー)とはお抱え運転手のことで「わたしのお抱え運転手にならへん。ダウンタウンへドライヴに連れてってほしいのよ。彼はとっても運転が上手くて、私は断りきれへんわ。でも、いろんな女に手を出す男はいらんよ。そうなったら私のお抱え運転手をピストルで打つからね」
まあ、ブルーズによくある乗り物ネタ、車に乗るイコール夜の営みとのことで運転が上手い男は断れないわということです。
3.Me and My Chauffeur/Memphis Minnie
私のお抱え運転手にならへんかというくらいで、メンフィス・ミニーは3回運転手。旦那さんを変えてます。若い頃はなかなかべっぴんさんでギターも上手いし、歌もうまいで、モテたでしょうね。

次はダニー・オーバービーってあまり知られてないブルーズマンです。
50年代にシカゴで活躍したギタリスト&シンガーのブルーズマン。
1940年代中頃から活動し始めて50年代初めにシカゴのクラブ常連ブルーズマンになったんですが、人気者になった理由のひとつは背中や歯でギターを弾くパフォーマンスをやってたかららしいです。T.ボーン・ウォーカーの真似ですが・・。
52年にチェスレコードと契約して今日のテーマになってるチェッカー・レーベルから”Train, Train, Train” という曲をリリースすると、なんとR&Bチャートの7位まで上がるヒットに。そしていまから聴いてもらう”Forty Cups of Coffee”が二枚目のシングルとしてリリース。
ダニー・オバービーさんの知られている曲はこの二曲だけで、その後同じチェス系列の「アーゴ」というレーベルに移って、50年代後半はこれもブラック・ミュージックでは有名な「フェデラル・レコード」に移籍して録音しましたがヒットは出なかった。70年代までシカゴのクラブで活動してましたが、76年に音楽界からリタイアして94年に68才で亡くなりました。

それでこの曲なんですが、「ロックン・ロールの初期の曲」と言われているのですが、僕にはR&Bにしか聴こえないんですが・・。曲名がForty Cups of Coffeeですから40杯の珈琲です。最初にPace the floorという歌詞から始まるんですが、たぶんリビングルームでイライラして行ったり来たり、とまったり、じっと何かを見つめたりしながら珈琲を呑んで頭を掻いたりしてるわけです。嫁さんか彼女が家に帰って来ないのでイライラしながら40杯の珈琲を呑んだという歌です。結局A Quarter to fiveですから朝の5時15分前に帰ってきてこの男怒るのかなと思ったら、ハグしてキスしたいくらい嬉しいわけです。最後に40杯珈琲飲んだけどオマエが帰ってきてくれてオレは嬉しいよ~で終わってるんですが、オレやったら別れてますよ。お人好しの男のブルーズです
4.Fouty Cup Of Coffee/Danny Overbea
チェッカーというレーベルは60年代のR&B,ソウルものもたくさんレコーディングしていましたが、このコンピレーション・アルバムでは一応ブルーズにしぼっている感じですね。
シカゴに会社があったからと言ってシカゴのミュージシャンだけを録音していたわけではなく、いろんな街にいいミュージャンがあると出かけていって録音したり、次のジョー・ヒル・ルイスなんかはメンフィスの「サンレコード」が録音したものを買ってチェッカーがリリースしています。
確かにさっきのシカゴ録音のダニー・オーバービーさんなんかと比べてみると、やはりメンフィスのワイルドな感じがはっきりあります。
私の大好物のワンマンバンドで有名なジョー・ヒル・ルイスさんですが、この曲ではひとりではなくてバンドでやっています。ギターの音の太い感じとワイルドなグルーヴがたまりません。
5.Dorothy Mae/Joe Hill Louis