2018.03.16 ON AIR

サニーボーイ、シカゴに行く Sonny Boy Williamson vol.2

Down And Out Blues(MCAビクター MVCM-22006)
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ON AIR LIST
1.Don’t Start Me To Talkin’/Sonny Boy Williamson
2.West Memphis Blues/Sonny Boy Williamson
3.I Don’t Know/Sonny Boy Williamson
4.Cross My Heart/Sonny Boy Williamson
5.Keep It To Yourself/Sonny Boy Williamson

前回、40年代から50年代初期まで南部にいた頃のサニーボーイの話をしましたが、1955年にチェスレコードと契約して彼はシカゴに行きます。
待ち構えていたのは、ギターにマディ・ウォーターズ、ジミー・ロジャース、ピアノにオーティス・スパン、ベース ウィリー・ディクソン、ドラムにフレッド・ビロウ つまり当時シカゴ・ブルーズの超一流のマディ・ウォーターズのバンド。実際サニーボーイが南部ですごく人気があることはシカゴの連中も知ってますから「サニーボーイってどんなやつやねん」という感じでしょうかね。
そして、そのメンバーで録音した最初の曲がヒットする。この歌は「オレに喋らせるなよ。全部言うてしまうからな。仲間の嫁さんが他の男と浮気して、旦那に嘘ついてるるんも言うてしまうから、オレに喋らせんなよ」という怖い歌です。1955年チェス・レコード・リリース
1.Don’t Start Me To Talkin’/Sonny Boy Williamson
流石にバンドがいいですね。でも、先週聴いてもらった南部のバンドのサザン・ビートとはビートの感じもサウンドの感じも違います。でも、シカゴのビートにさらっと乗ってヒットにしてしまうサニーボーイはすごいです。まあ、サニーボーイという人は飄々とした人でニヤッと笑ってゆっくりハーモニカ吹き始めるような人で、あまりビートとかサウンドが変っても気にしない人だったかも知れない。それより彼に必要なのは録音する時のウィスキーと終わってからもらうギャラやったと思います。
この曲が入ってるアルバムは55年から58年までのシングルを集めた”Down & Out Blues”というアルバムなんですが、ちょっと先週聴いてない人のためにビートとかサウンドが南部のミュージシャンとシカゴのミュージシャンと違うか、南部の録音のサニーボーイを聴いてください。
2.West Memphis Blues/Sonny Boy Williamson
聴いてもらったわかるようにやっぱりサザンの方は武骨でラフなんですが、すごくスイングするというか、強烈にダンサブルな感じがします。

サニーボーイは大酒飲みで、女にだらしなく、ホラ吹きでと悪い評判がたくさんある人なんですが、そういう人やから出来たブルーズといのもあると思うんですよ。
だからと言って評判の悪い人になられければブルーズはできないのかという問題でもないんですよ。ただ、そういう修羅場みたいのをたくさんくぐってきた人というのは、独特な人間の見方をするなと思います。一曲目でもなんか人間の深いところを突いてくるような感じですね。
そもそも彼は実際の生年月日もわからない人で、1899年というのもあれば、1897年、1909年と10年くらい違う生年月日もある人です。名前も若い頃は”Little Boy Blue”って名乗ってたんですが、本名もライス・ミラーって言うてみたり、アレックス・ミラー、アレック・ミラー、アレックス・フォード、ウィリー・ミラーとまあ本人がどんどん違うことを言うんですよ。それでラジオの番組のDJをする時にそのプロデューサーかだれかにサニーボーイ・ウィリアムスンで行こうやと言われて、それでサニーボーイでとなってしまった。まあええ加減ですよね。そのプロデューサーがサニーボーイでというたのはその頃、すでにシカゴにサニーボーイと名乗っている同じハーモニカのブルーズマンがいてそっちが売れてたんで、その名前を使ってしまったんです。それでブルーズの中にふたりのサニーボーイが出来てしまったんですよ。それでブルーズ界ではその最初のシカゴにいた方をサニーボーイ1、今日聴いている方をサニーボーイ2と名付けることになったんです。
サニーボーイ2はライヴをすっぽかしたり、また悪気もなく現れて演奏したり、ギャラを全部もってどっかへ行ってしまったり・・まあ、大変な奇人ですが。
元々30年代の中頃はミシシッピをロバート・ジョンソンやエルモア・ジェイムズなんかと放浪していた人ですから、定着するという気持ちもなかったのかも知れません。

僕はサニーボーイのことをしゃべるように歌い、喋るようにハーモニカを吹くと言ったことがあるんですが、次の曲なんかまさにそんな感じです。
「夜の11時45分に電話がなって、受話器を取ると誰かがサニーボーイ?ーって言う。オレの名前を知ってる誰やオマエは・・。わからない。わからない。でも、オレは彼女に連絡を取ろうとしている何でアイツはオレを裏切るのか・・」彼女からの電話やなくて知らない男から電話がかかってきたというこれまた不気味な曲です。
3.I Don’t Know/Sonny Boy Williamson

シカゴに来てから二年目1956年、南部で一緒にやっていたロバート・ジュニア・ロックウッドがレコーディングに参加してきます。これがサニーボーイのブルーズをより一段と深みのあるものにしていきます。次の曲なんかロックウッドのギターはもう芸術的な域に達しているくらい素晴らしいものです。
最初のサニーボーイのハーモニカからギターが入ってバンド全体が入ってくるその緊張感、サニーボーイの歌とハーモニカを後ろで彩るロックウッドのギターの美しさ。これにはピアノが入ってなくてギターもうひとりルーサー・タッカーがこれまたしっかりバッキングしていて、バンドでブルーズをやる人は聴いた方がいい一曲です。
ブルーズの名曲です
4.Cross My Heart/Sonny Boy Williamson
本当に素晴らしいブルーズです。

もう一曲聴こうと思うのですが、これもひどい歌です。Keep it to yourselfというタイトルなんですが、Keep it to yourselfってまあ「内緒にしとけよ」ということです。
「俺たちのことを誰にも言うなよ。オマエのお父さんにも、お母さんにも、兄弟にも言うなよ。オマエには旦那がいるし、オレには女房がいる。もし、しゃべったら俺らふたりの人生はおしまいや。だから内緒にしとけよ。誰にもしゃべるなよ、俺らふたりのことは」
うーん、最近よくあるこわいダブル不倫の歌ですね。
5.Keep It To Yourself/Sonny Boy Williamson
こういうブルーズを聴きながらみんな酒飲んで踊る・・・僕的には最高なんですけどね。
こういう経験が僕にあったかどうかそれはKeep It To Yourself

この魅力的なブルーズマン、サニーボーイ・ウィリアムスンのことをもう一回次回話して、彼のブルーズを聴きたいと思います。

2018.03.09 ON AIR

絶大な人気を誇ったサザン・ブルーズのボス サニーボーイ・ウィリアムスン(アレックス・ライス・ミラー)Vol.1

King Biscuit Time / Sonny Boy Williamson(P-VINE Records PCD-24117)

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ON AIR LIST
1.Come On Back Home/Sonny Boy Williamson
2.Do It If You Wanna/Sonny Boy Williamson
3.Eyesight To The Blind/Sonny Boy Williamson
4.Pontiac Blues/Sonny Boy Williamson
5.Nine Below Zero/Sonny Boy Williamson

先頃リリースされたこの番組の10周年記念アルバムに南部のブルーズマンのフランク・フロストの”Things You Do”という曲を収録しました。
その時に「サザン・ブルーズ」とか「サザン・ビート」という言葉を自分があまり考えないで使っていることに気づきました。
サザン・ビートとかサザン・ブルーズっていうのは「南部のビート、南部のブルーズ」ということですが、南部と一口に言っても広いアメリカのどこを指すのか・・。
真っ先に南部と言って僕が想い出すのがミシシッピーですが、そのミシシッピーの東にあるアラバマ、西に接しているのがアーカンソーあたりも南部と僕は思っています。ミシシッピーの更に南のルイジアナとその西テキサスといった土地がそれぞれ独自のブルーズがつくられていたので、ブルーズという観点から見るとルイジアナとテキサスはまた別のものになります。ミシシッピーの北のテネシーはメンフィスという大きな街がミシシッピーのすぐ北にあることから、このメンフィスのブルーズも南部のブルーズに入るかと思いますが、別にメンフィス・ブルーズという呼ばれ方もします。

サザン・ビートのサザン・ブルーズと言って真っ先に思い浮かぶのがサニーボーイ・ウィリアムスン。ブルーズを知っている方の中には「いやいや、サニーボーイはシカゴのチェスレコードだから南部やないやろ」と言う人がいるかも知れませんが、サニーボーイはミシシッピーのグレンドーラという町に生まれ、どうも子供の頃からまともに働くことがイヤでハーモニカを覚えて最初はミシシッピー一帯を放浪してて、やがてとなりのアーカンソーのヘレナで少し腰を落ち着けたみたいです。ヘレナで人気が出て最初の録音もミシシッピーのジャクソンでやりました。この南部時代の彼の活動と録音が実はとても大切なのですが、サニーボーイというとチェスレコードのレコードの話題になりがちです。でも、今日は彼が最初に活躍した南部時代のサザン・ブルーズを聴いてみます

ちょうどサニーボーイが南部一帯で人気になりだした頃にエレキのバンド形態のブルーズが広まり確立された時期で、レコーディングする前にサニーボーイのバンドはエレクトリック・ブルーズバンドとしてしっかりと音楽的にも出来上がっていました。まずは一曲。
1951年トランペット・レコードがミシシッピーのジャクソンで録音。リリースした。この曲かっこいいです!
1.Come On Back Home/Sonny Boy Williamson
本当にノリのいいシャッフル・ビートが気持ちいいです。よくスイングするビートで、この骨太な感じがサザン・ビートですね。シカゴのビートなんか比べるとラフな感じがしますが、ビートの押しがグイグイ来ます。またギターとハーモニカのアンサンブルも素晴らしいです。

このレコーディングの10年くらい前、40年代のはじめからサニーボーイは南部一帯で人気がありました。
その人気のきっかけになったのは、アーカンソー州のヘレナと言う町メンフィスの近くですが、そこにKFFAというラジオ局があって、「キングビスケット・ショー」という15分番組のDJと生演奏をサニーボーイが任せられるわけです。その番組はギャラないんですが、自分たちの夜のライヴの告知をさせてもらえるんですね。もちろん当時はラジオの文化ですからみんなラジオを聴いてるわけです。それで「今夜どこどこの店でライヴやるからみんな来てや~」と宣伝するわけです。それでお客さんがたくさん来るということ。またラジオで生演奏するというのも画期的やったんですね。それでじわじわサニーボーイの人気は上がっていったんです。B.B.キングもミシシッピーのインディノアラでその番組を楽しみに聴いてたそうです。それで次の曲のような演奏をラジオでしていたわけです。こんな曲がラジオから流れてきたら、そりゃライヴ観に行きたくなるでしょう!
2.Do It If You Wanna/Sonny Boy Williamson

次はサニーボーイ・ウィリアムスンの1951年デビュー曲。初めてのレコーディングの時サニーボーイは54才です。54才というのはかなり遅いデビューですが、ラジオで人気が出始めた40年代はじめから、10年間くらいどうしてレコーディングしなかったか不思議で先日ブルーズンソウル誌の編集長の濱田くんに聴いてみました。彼曰く第二次世界大戦の影響で40年代半ばから終わりにかけてレコード盤(当時はまだLPではなくSP盤との時代のものでシェラックという素材を使っていた)の素材が手に入らなくなってレコード自体が作れなくなったという時代があったそうです。そして、本人も夜な夜なやるライヴやストリートで演奏するだけでまあまあ稼げていたのでそれほどレコードに執着がなかったのでは・・。
では、デビュー曲ですが、この歌はまあすごい歌詞で「あの女と寝たら、目がみえなかった者が目が見えるようになるんだ」と、それくらいいい女なんだと言いたいんだと思います。この曲はのちにB.B.キングがカバーしています。
この曲のイントロをよく聴いておいてください。
3.Eyesight To The Blind/Sonny Boy Williamson
イントロの入り方がちょっとドサクサなんですが、サニーボーイはイントロに入るための「1.2.3」というカウントを数えないでハーモニカから自分のテンポで入ってくるので、ドサクサになってしまうのですが、黒人のブルーズマンはカウントしない人が多いです。イントロのフレーズ、いまやったらハーモニカのフレイズでその曲のテンポとかノリをキャッチしろということなんですね。ひとつの美学なんでしょうか、おもしろいです。また、イントロがちょっとドサクサでもそんなこと余り気にしないですね。それよりも全体のノリが大事なんでしょう。

次のポンティアック・ブルーズのポンティアックはもちろん車ことで、キャデラックよりは少し安い価格だったのでお金を持った黒人にも人気の車種だったようです。やっぱり女性にモテてるには車は大切なアイテムだったんでしょうね。彼女を自分のポンティアックに乗せてドライヴするという歌ですが、最後に男の腕に持たれて「あんた、すべてがええ感じやわ。気持ちええわ」って彼女がいいます。
4.Pontiac Blues/Sonny Boy Williamson

サニーボーイはV8フォードというブルーズも歌ってますが、車を題材にしたブルーズは多いです。
ちょっと売れて有名になるとブルーズマンはみんなその時の最新の車を買ったみたいやし、自分の車をわざわざアルバムジャケットに出して「どや、オレの車」みたいなブルーズマンもいます。
さて、聴いてもらっていてわかると思いますが、サザン・ビートと呼ばれるこういうビートは武骨な感じがするんですが、すごくダンスしたくなる、身体動くビートなんですね。こういう典型的なサザン・ビートのサザン・ブルーズを作り出したのが、このサニーボーイと彼のバックのドラマーだったベック・カーティスとかギターのヒューストン・スタックス、ロバート・ジュニア・ロックウッド、ピアノのパイントップ・パーキンスとかウィリー・ラヴというミュージシャンだったんです。40年代から50年代最初まで彼らはそれはもうすごい人気やったそうです。そんなに人気があってもサニーボーイはライヴやラジオの番組をすっぽかしたりする人やったそうで、周りにいる者が大変ですよね。

最後の曲はNine Below Zeroという曲ですが、これは気温のことで零下9度ということです。めっちゃ寒いです。その寒いそとに追い出されたという歌で、オレはお金も愛も彼女にすべてあげた。そやのに彼女には新しい男ができてオレを追い出した零下9度の外に。オレは住むとこもないし、10セントももってないのに・・・。
5.Nine Below Zero/Sonny Boy Williamson

このNine Below Zeroをサニーボーイはシカゴに移ってからチェス・レコードでもう一回レコーディングしているんですが、次回はそのシカゴに行ってからのサニーボーイの話をしながら彼のブルーズを聴こうと思ってます。

2018.03.02 ON AIR

★戌年ということで猟犬(ハウンドドッグ)とあだ名のついたHound Dog Taylor特集

Hound Dog Taylor And The House Rockers
(Alligater Records/日本キングレコードKICP 2916)

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ON AIR LIST
1.She’s Gone/Hound Dog Taylor And The House Rockers
2.Wild About You Baby/Hound Dog Taylor And The House Rockers
3.Give Me Back My Wig/Hound Dog Taylor And The House Rockers
4.The Sun Is Shining/Hound Dog Taylor & The HouseRockers

ハウンド・ドッグ・テイラーは本名セオドア・ルーズヴェルト・テイラー
いい名前なのに芸名がハウンド・ドッグ(猟犬)になってしまったんですね。
1917年生まれ。生きてたら100才です。
多くのブルーズマンと同じようにミシシッピ生まれ。堅気の仕事をしながらずっとミシシッピの酒場なんかで演奏していたが、25才の時にシカゴへ出てくる。この時もしっかり堅気の仕事をしながらセミ・プロ的な活動で明け暮れる。
50年代に入ってシカゴのクラブでプロらしい活動をやれるようになり、60年代に入ってマイナーレーベルから何枚かシングルを出すが売れない。しかし、シカゴのゲットーのクラブではそのライヴが評判よくて、毎晩のようにライヴをやり続けドラムのテッド・ハーヴィ、ギターのブリュワー・フィリップスと3人でベースレスの真っ黒なブルーズ・サウンドを70年に作り上げていた。そのライヴにめっちゃ感動したブルース・イグロアという男が、彼はシカゴのデルマーク・レコードで働いていたのだけど、ハウンド・ドッグにどっぷりハマって彼のアルバムを出すためにアリゲーターというレーベルを立ち上げる。
これだけでもすごい話です。1人の男の人生を変えてしまったハウンド・ドッグ・テイラーのブルーズってちょっと興味出てきますよね。
その最初のアルバムがまず今日聴いてもらう”Hound Dog Taylor And The House Rockers”
1971年リリース その時ハウンドドッグはすでに54才。充分におっさんです。あと6年で還暦。これが彼のアルバム・デビューです。
では、そのアルバムの一曲目です
「オレから金を巻き上げておれをガキのように扱ったあいつはオレを好きやなくなったんや。あいつが行ってしもたから。オレもここには長くはおらんよ。オレはあいつと別れるけど本当はここを離れたくない。でもあいつは他の男を好きでオレをもう愛してないから・・いいよ。ええよ、もうええよ」とワンコードでずっとグルーヴするブルーズ。
1.She’s Gone/Hound Dog Taylor And The House Rockers

なんかもうシカゴのクラブが見えてくる感じです。実際、プロデューサーのイグロアはハウンド・ドッグ・テイラーのライヴをそのままレコードにパックしたいと考えたみたいです。それがよかったと僕も思います。こういうライヴがいいミュージシャンってあれこれアレンジしたり、手を入れると絶対にええことないんです。
ハウンド・ドッグはエルモア・ジェイムズの影響をすごく受けているブルーズマンでスライド・ギタースタイルに関してはエルモアを更にワイルドにラフにした感じです。
では、彼がリスペクトするエルモア・ジェイムズの定番フレイズのギターで始まる曲です。
2.Wild About You Baby/Hound Dog Taylor And The House Rockers

だいたいハウスロッカーズというバンド名がかっこいいです。ハウスー家、つまりクラブやライヴハウスをRockする揺らす。家を揺らす、クラブを揺らしてグルーヴするバンドです。
ドラムのテッド・ハーヴィは64年くらいからハウンド・ドッグと活動しているんですが、素晴らしいブルーズ・ドラマーでジミー・ロジャース、J.B.Hutto、スヌーキー・プライヤー、パイントップ・パーキンスなど名だたるシカゴのブルーズメンと録音を残してます。残念ながら2016年にシカゴで亡くなりました。
このテッド・ハーヴィのドラムがハウンド・ドッグのブルーズにぴったりのグルーヴなんです。ストレートでワイルドなドラミングで次の2ビートのグルーヴも最高です。
次は「オレのカツラかえしてくれ」という歌ですが、確かにハウンド・ドッグがカツラ疑惑の写真がいろいろあります。
3.Give Me Back My Wig/Hound Dog Taylor And The House Rockers
もうシカゴの黒人のゲットーのクラブへ行った感じです。
もうひとりのギターのブリュワー・フィリップスもミシシッピーの出身ですが、彼はメンフィスを経由してシカゴにやってきた。ドラムのテッド・ハーヴィのバンドでルーズヴェルト・サイクスのレコーディングに参加して、そのままハウンド・ドッグとやるようになったらしいです。ハウンド・ドッグは日本製のテスコのギターを使ってるんですが、フィリップスはテレキャスターで指弾き。ふたりとも歪んだギターの音で、そのサウンドとノリは故郷ミシシッピのジューク・ジョイント(酒場)のグルーヴ。
3人がそれぞれ自由にやってるようですが、一体になっていくところがかっこいい。
元々ベースがいないブルーズ・サウンドというのは当たり前にあってマディがシカゴで初期にやっていたバンドもギターがベース・パターンを弾いていたし、エルモア・ジェイムズとかにもそういう録音がある。
僕もいまのブルーズ・ザ・ブッチャーの前にやっていたブルーズ・パワーはベースレスで亡くなったギターの浅野くんがリードギターで僕が歌いながらギターでベースの役割をやり、ドラムの沼澤くんがグルーヴを作っていくというバンドでした。ベースの低音がないというちょっと音が欠けている感じがするんですが、僕のギターと沼澤くんのドラムが合わさるとベースがいるように聴こえるんです。独特のビート感が生まれます。
次もエルモアのカバーですが、オリジナルのエルモアにひけを取らない濃度の濃いブルーズです。シカゴのゲットーからミシシッピー・デルタのジューク・ジョイントに連れて行かれるような素晴らしいリアル・ブルーズです。
ライヴアルバム”Beware Of The Dog”から
4.The Sun Is Shining/Hound Dog Taylor & The HouseRockers
もう思いっきりブルーズです。ハウンドドッグの歌も手加減なし全力投球でいいです。

彼らが長い間シカゴ・ゲットーのクラブで人気のバンドだったのがよくわかります。1970年代というと黒人音楽の主流はソウル、ニューソウルと言われた時代で、ブルーズもファンクやソウルの影響が出てきていわゆるブルーズン・ソウルというジャンルも生まれた頃です。でも、シカゴのゲットーの深いところではハウンド・ドッグのようなブルーズで一晩中踊っていた黒人もたくさんいたわけです。ブルーズを必要とする人たちがまだまだいたんですね。
このHound Dog Taylor And The House Rockersのファースト・アルバムはゲットしてください。B.B.キングやボビー・ブランドのようなモダン・ブルーズではないもっと下世話な、ストリート感覚のあるリアルなブルーズが聴けます。また、ロックするテイストもあります。
今日は1971年アリゲーター・レコードがリリースしたHound Dog Taylor And The House Rockersを聴きました。

2018.02.23 ON AIR

今年の干支、戌年にちなんでドッグ・タイトルのブルーズ

The Original Hound Dog/Big Mama Thornton (ACE CDCHD 940)

The Original Hound Dog/Big Mama Thornton (ACE CDCHD 940)

21 Blues Giants Blind Blake/Blind Blake (P-Vine PCD-3760)

21 Blues Giants Blind Blake/Blind Blake (P-Vine PCD-3760)

Sings The Blues/Lightnin’ Hopkins (PCD-3056)

Sings The Blues/Lightnin’ Hopkins (PCD-3056)

the best of Rufus Thomas/Rufus Thomas (RHINO R2 72410)

the best of Rufus Thomas/Rufus Thomas (RHINO R2 72410)

ON AIR LIST
1.Hound Dog/Big Mama Thornton
2.Hellhound On My Trail/Robert Johnson
3.Black Dog Blues/Blind Blake
4.Lonesome Dog Blues/Lightnin’ Hopkins
5.Walking The Dog/Rufus Thomas
6.Don’t Dog Your Woman/Buster Brown(時間があれば)

ブルーズには動物を歌詞の比喩に使うことが多いのですが、今年は戌年ということで今日は犬(DOG)をテーマにしたブルーズを聴いてください。
最初はブルーズの中で犬にちなんだブルーズとして一番有名な曲がこれだと思います。
Hound Dogは直訳すると猟犬ですが、この場合は女性にエサ(金)をせびりにくる男、つまりヒモみたいな奴のことで、女性の方はそんな男にエサはやらないよと言ってます。
1953年にテキサスの女性ブルーズシンガー、ビッグ・ママ・ソーントンが最初に歌ったのですが、その三年後にエルヴィス・プレスリーが歌って全米ヒットになって有名になりました。実はエルヴィスのは歌詞が違っていて男にオマエはいつも吠えているだけの猟犬やないか、うさぎ(女)もつかまえられない、そんな奴とはダチにもなれないなと臆病な男の友達をバカにしてるような歌になってます。
1.Hound Dog/Big Mama Thornton
次は伝説のロバート・ジョンソン。”Hellhound On My Trail”
Trailは通った後、痕跡ですから私の痕跡を後から来るhellは地獄、houndはさっきの猟犬。だから「私の後を追いかけてくる地獄の猟犬」・・・もうタイトルからして怖いですが。
ロバート・ジョンソンはとても詩的な歌詞を作るので歌詞を読んでいると、いろんなイマジネーションが広がります。とても抽象的でもありそれが一体何のことを歌っているのかはっきりわからないことも多いです。これは地獄の猟犬が自分を追いかけてくるので行かなくっては、逃げなくてはいけない。空からはブルーズがあられのように降ってくる。オレは毎日心配なことばかりだ。一時でいいから一緒に楽しめる女が欲しい。オレとつき合ってくれる可愛い女が欲しい。
放浪のブルーズマンだったロバート・ジョンソンは泊まるところからお金のことから、または放浪している時に白人に嫌がらせをされるとか、女とのもめ事とか女を取り合うもめ事とか死ぬまで心が落ち着くことはあまりなかったよう思います。でも、この心が落ち着かない、いつも何かにせかされている感覚というのは現代の僕たちにもずっとあるような気がします。つまり地獄の猟犬に僕たちも追いかけられてる毎日ではないでしょうか。
1937年テキサスのダラスで録音されたロバート・ジョンソンの素晴らしいブルーズ
2.Hellhound On My Trail/Robert Johnson

次はいまのロバート・ジョンソンより10年前になります。20年代所属したパラマウント・レコードでドル箱スターだったラグ・タイム・ブルーズのブラインド・ブレイクの「ブラック・ドッグ・ブルーズ」
ブラインド・ブレイクはブラインドですから盲目でしたが、驚異的なテクニックのギターリスト・スタイルはすごくたくさんのギタリストに影響を与えました。
軽やかなフィンガー・ピッキングのギターに載せて飄々と歌ってますが、内容は失恋のヘヴィな歌です。
3.Black Dog Blues/Blind Blake

アメリカでは20年代のブラインド・ブレイクの巧みなギター・プレイが後続のブラインド・ボーイ・フラー、ゲイリー・ディヴィスに受け継がれ、そして30年代のビッグ・ビル・ブルーンジーへそして、60年代に白人のライ・クーダーへ受け継がれていくのですが、日本では大阪の有山じゅんじですが、有山のあとにこういうギタースタイルの日本の若い人いるんでしょうか。アメリカでは戦前にはブレイクのようなギター名人がスクラッパー・ブラックウェルとかタンパ・レッドとかいろいろいました。まだ、ギターがエレキになる前ですから、アコギとかリゾネーター・ギターです。いま日本でもアコギの弾き語りやっている若い人が多いんですが、ただコードをかき鳴らすだけでなくこういうフィンガー・ピッキングも聴かせて欲しいです。

次の曲は今回のこの番組の10周年記念アルバム”ラジオアワー”にも僕が選んだ曲ですが、ライトニン・ホプキンスの”Lonesome Dog Blues”
自分の彼女が出ていってしまってから、裏庭で飼っている犬が鳴いているという内容ですが、鳴いているのは自分なのだということです。ところどころでギターをチョークして犬の鳴き声を表現している感じがいいです。
では寂しい犬のブルーズ
私の大好物、ライトニンホプキンスです。
4.Lonesome Dog Blues/Lightnin’ Hopkins
この番組のラジオアワーの新しいアルバム買ってくださいね。

次は久しぶりに聴くルーファス・トーマスですが、彼は最初タップ・ダンサーだったのでダンスが上手いし、彼のステージを僕は二度見ましたがライヴ・パフォーマーとして素晴らしく楽しいものでした。今日聴く彼の大ヒット”Walkin’ The Dog”はローリング・ストーンズのカバーで知っている人もいるだろうし、僕らブルーズ・ザ・ブッチャーとムッシュかまやつさんがコラボした”Rockin’ With Mouseir”で聴いている人もいると思いますが、実は今日一曲目に聴いてもらったビッグ・ママの”Hound Dog”のアンサーソングみたいな”Bear Cat”という曲もルーファス・トーマスは録音しています。ベア・キャットってレッサー・パンダのことやと思いますが、なんかえらい可愛いですが・・・。
ルーファス・トーマスもおもろい、かわいい人でした。ギターがとても印象に残りますが、弾いているのはスティーヴ・クロッパー
1963年メンフィスのスタックスレコードからリリースした。
5.Walking The Dog/Rufus Thomas
Walkin’ The Dogというのはダンスのステップの名前で踊り方がわからなかったら、オレがみせて教えてやるよとルーファスは歌ってます。
ルーファス・トーマスはラジオのDJをやっていたこともあり、いわゆるメンフィスの黒人ショー・ビジネスの親分的な存在でしたが、2001年に84才で亡くなりました。ほぼ現役で生涯を閉じた人ですが、あだ名がですね”The World’s’Oldest Teenager”世界でいちばん年をとった10代というもので、最後まで若者のようにステージやった人でした。
僕も”The World’s’Oldest Teenager”世界でいちばん年をとった10代と呼ばれるような若々しく、ばかばかしい爺さんになりたいと思います。

最後はファニー・メイという大ヒット曲を出したバスター・ブラウンですが、Don’t Dog Your Womanというこの曲、大ヒットのファニー・メイとほとんど一緒のメロディ、アレンジなんですよね・・困ったもんです(笑)
6.Don’t Dog Your Woman/Buster Brown

2018.02.16 0N AIR

追悼:ウィーピング・ハープ・セノオ

Messin’ Around/Weeping Harp Senoh
(ビクター/P-Vine Records PCD-5741)

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ON AIR LIST
1.Juke/ウィーピング・ハープ・セノオ
2.Bobby Sox Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ
3.Oh Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ
4.Unseen Eye/ウィーピング・ハープ・セノオ

 

 

 

 

 
昨年の年末12月17日に70年代から一緒に日本でブルーズをやってきた盟友ハーモニカのウィーピング・ハープ・セノオこと妹尾隆一郎くんが亡くなりました。享年68才でした。
45年におよぶ長い付き合いでたくさんステージも共にしたブルーズの仲間であり、思い出もたくさんあります。非常に残念な想いでいっぱいです。

今日は妹尾くんを偲んで彼のファースト・アルバムを聴きながら話してみたいと思います。
いまはブルーズのハーモニカを吹いている若い人たちがたくさんいますが、ブルーズそのものを感じさせてくれるハーモニカ・プレイヤーは少ないです。妹尾くんはブルーズのとてもディープな感じを表現できる人で、一緒にステージに立っていると聞き惚れてしまうことも多かったです。

妹尾くんのファースト・アルバム”Messin’ Around”は1976年にビクターからリリース。日本のブルーズ・ムーヴメントが頂点に達していた頃です。
このアルバムには実に多彩なメンバーが参加しています。ウエストロードから塩次伸二、小堀正、松本照夫、ブレイク・ダウンから服田洋一郎、近藤房之助、小川俊英、森田恭一、憂歌団から内田勘太郎などなど。収録は高円寺JIROKICHIでのライヴとビクターのスタジオ録音とふたつ使ってます。
妹尾くんが日本のブルーズ・ハーモニカのパイオニアであることは間違いないです。もちろん、妹尾くんの前にハーモニカを吹いていた人は日本にいますが、黒人ブルーズのハーモニカをストレートに開拓していったのは妹尾くんです。実は僕はブルーズを歌い始めた頃、ハーモニカを吹いていました。しかし、ある時妹尾くんが僕が出演していた京都のディスコに現れてハーモニカを吹いた時点で僕はハーモニカをやめました。自分との力量の差があまりにも歴然としていたからです。その時点で妹尾くんはポール・バターフィールドをすでに吹けていました。まだ、プルーズ・ハーモニカの教則本やビデオなんかない時代に、妹尾くんは自分で研究してブルーズ・ハーモニカに近づいていきました。
まずは妹尾くんのハーモニカが堪能できるリトル・ウォルターのインスト曲のカバーから聴いてください。
1.Juke/ウィーピング・ハープ・セノオ

妹尾くんはハーモニカ・プレイヤーですが、このアルバムで最初の三曲はハーモニカを吹いていなくてヴォーカルだけで勝負しています。その一曲目は彼が大好きだったT.ボーン・ウォーカーの曲。彼はのちにT.ボーンの”I’m Still In Love With You”もレコーディングしています。聴いてもらうBobby Sox Babyでは亡き塩次伸二がT.ボーン・マナーですが、実にアグレッシヴなギターを弾いています。僕もそうですが、たぶん妹尾くんも東芝がこの当時特典盤としてキャピトルレコードの10インチレコードで出していました。そこに収録されていたT.ボーンのBobby Sox Babyを聴いたのだと思う。いいアルバムでした。
2.Bobby Sox Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ

次もリトル・ウォルターの曲でこれは妹尾くんがライヴでよくやっていたのを覚えてます。僕たちはほぼ同時期にまったく違うところでブルーズに出会っていた。ブルーズの前にロックをやっていたのも一緒だった。さっきポール・バターフィールドの話をしましたが、僕も妹尾くんもポール・バターフィルド・ブルーズバンドを聴いていてそこからバターフィールドが参加しているマディ・ウォーターズのアルバム”Fathers And Sons”に出会っている。そのマディのアルバムが黒人ブルーズへの導入になったのも一緒だった。僕はマディにすごく興味があり、妹尾くんはマディのバックだったハーモニカのリトル・ウォルターの天才的なプレイに刺激されたのは当然でした。
この録音のバックはブレイクダウン。ギター服田洋一郎、ギター近藤房之助、ドラム小川俊英、ベース森田恭一、もう服田洋一郎も小川俊英も天国へ逝ってしまった。そして、妹尾くんも・・・残念です。
3.Oh Baby/ウィーピング・ハープ・セノオ

実は70年代初期に東京と京都のブルーズの橋渡しをしたのは妹尾くんでした。彼は兵庫県宝塚の出身でしたが、大学は東京の中央大学。だから東京のブルーズをやっている連中もよく知っていた。妹尾くんは物怖じしない積極的でオープンな性格だったので、知人友人が多かった。それで僕が京都でウエストロードブルーズバンドを始めた頃、知合ってすぐに「東京にブルーズの店があるんやけど演奏に行かへんか」と誘ってくれた。それが西新宿にあった「マガジンNo1/2」という変った名前の店だった。そこに東京でブルーズを当時やっていた連中がたむろしていた。初めて行ったのは1972年。トヨタのハイエースにみんなで乗り込んで京都から東京へ向かった。僕は22才妹尾くんは23才。若かったから無茶なこともたくさん一緒にやりました。お互いのステージを見て、ブルーズを模索していた時期でした。ブルーズの歌詞のことなどもよく話し合った覚えがあります。
次の曲は僕が大好きなブルーズで歌いたいなぁと思っていたら妹尾くんに先にやられてしまったサニーボーイ・ウィリアムスンのブルーズ
4.Unseen Eye/ウィーピング・ハープ・セノオ

妹尾くんはハーモニカの前にベースを弾いていたということでビートルズのカバーなんかやっていたらしいです。気難しいところもあったけど僕は一度も喧嘩したことはない。僕も若い頃は気難しかったからかも。
昨年病気が発覚して手術前の病院へもKOTEZくんとお見舞いに行きました。その時は僕よりも元気でいつものようにいっぱい喋ってくれた。その後のメールで手術は成功したと聴いていたのですっかり安心して、「完全復帰したらお祝いに何か御飯をごちそうするから何がいい」と聴いたら「焼肉、旨い焼肉」と妹尾くんが言ったので旨い焼肉屋を探しておいたのに、結局一緒に行けなかった。1月と2月も一緒にやるステージがあったけど去年の12月のはじめに本人からキャンセルのメールが届いた。最後に会ったのは去年の11月福生ブルーズフェスで一緒に4曲やった。本当に残念。

妹尾くんDISC
・ 『メッシン・アラウンド』(ビクター・フライングドッグ)1976
・ 『ブギ・タイム』(ビクター・フライングドッグ)77年
以上2枚はPヴァインでCD化の後、ビクターから紙ジャケットで再発。
・ 『ONE MORE MILE』(BLACK BOX INC.)
ローラーコースター
・ 『ザッツ・ナッシング・ニュー』(VIVID Sound
・ 『キープ・イット・アップ』(VIVID Sound)
・ 『ブギー・ディスカウンター』(VIVID Sound)
・ 『サムシング・フォー・リトル・ウォルター』(VIVID Sound)
・ 『キープ・オン・ゴーイン』(Pヴァイン)1995年
BLUES FILE、塩次伸二とのデュオアルバム、最近は京都の小竹兄弟がバックをしたアルバムなどたくさん出ています。探してください。

日本でブルーズのハーモニカをやっている人は妹尾くんのプレイを聴いた方がいいと思うが、もうレコードやCDでしか彼を聴くことは出来ない。そして、日本でブルーズハーモニカの道を切り開いたのは彼だということを覚えていてください。今日は去年の12月17日に亡くなったウィーピング・ハープ・セノオくんのアルバム”Messin’ Around”を聴きました。
いろいろありがとう、妹尾くん。冥福を祈ります。