2018.08.10 ON AIR

ブルーズとソウルの最後の砦、マラコ・レコード50周年を祝う

ON AIR LIST
1.Groove Me/KIng Floyd
2.Misty Blue/Dorothy Moore
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
4.The Blues Is Alright/Little Milton

今日はこの4月にリリースされたマラコ・レコードの50周年を祝うコンピレーションLPレコードを聴きます。
このアルバムにはボビー・ブランド、ドロシー・ムーア、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトンなどマラコ・レコードでヒットを出したソウル、ブルーズマンが収録されているのですが、この他にもマラコにはたくさんすばらしいシンガーがいます。でも、いましたと言った方がいいかも知れません。
と言うのもすでにボビー・ブランド、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトン、デニス・ラセールなど天国へ行ってしまった人たちがかなりいます。
“ The Last Soul Company”(最後のソウル、魂、ソウルミュージックのレコード会社)と自らを呼んでいるマラコレコードは、ブルーズ、ソウル、ゴスペルと黒人音楽専門レーベルで黒人音楽ファンには馴染みのレーベルですが、スタックスとかモータウン、ハイレコードのほどは知られていません。
マラコレコードは元々は1960年代はじめに立ち上げられ会社ですが、録音製作を始めたのは67年でスタックスやモータウンよりあとからです。ミシシッピーのジャクソンという街にスタジオを構えて製作を始めました。ジャクソンという街は昔から放浪のブルーズマンたちが立寄ったり、ブルーズの歌詞にも出てくる僕なんかにとっては同じみの街ですが南部の田舎街です。マラコはそういう田舎町の郊外の畑があるようなところにぽつんとスタジオがあるようです。設立当初はそれこそ地元のブルーズマン、フレッド・マクダウェルのレコードでちょっと話題になったくらいでこれといったヒットもなく経営状態はかなり苦しかったようです

1970年になってマラコの最初のヒットが生まれます。この曲をいま聴いても「カッコいい!」です。
当時マラコはこの曲を全国レーベルとして有名なアトランティックレコードかスタックスレコードからリリースしてもらおうと交渉したのですが、両方とも受けてくれなかったので自分のチムニーヴィルという小さなレーベルからリリースすることにしました。するとラジオでONAIRされるとリクエストが殺到して、ヒットの兆しが見えるとアトランティックからリリースされたということです。
1970年キング・フロイドが歌ったソウル・ファンクの名曲。さあ、ヴォリューム上げて踊ってください!
1.Groove Me/KIng Floyd
今日紹介のLPレコード「MALACO RECORDS THE LAST SOUL COMPANY 50 YEARS OF EXCELLENCE」のB面の1曲目に収録されています。
このGroove Meのヒットの後に続いたマラコレコード第二弾ヒットが女性ソウルシンガー、ジーン・ナイトが歌った“Mr. Big Stuff”。これはスタックスレコードからリリースされR&Bチャートの1位になり、いまもソウル・クラシックの名曲となってます。

しかし、70年代初め、マラコレコードはいい曲をリリースするのですがヒットが続きません。僕もずっと黒人音楽を聴いていますが、アメリカにはもう星の数ほどのレーベルが立ち上げられては消えてしまってます。数枚リリースして終わっている会社もたくさんあります。それだけ厳しい世界なんですね。
レコードを製作するというのはお金もかかるし、腕のいいプロデューサー、アレンジャー、ミュージシャン、そして何より魅力的な力のある歌手がいないとダメですからね。そんな中、1975年に救世主が現れます。
マラコから登場したドロシー・ムーアの珠玉のバラードが全米チャートの3位に入る大ヒットとなります。
この曲は僕が初めてアメリカへ行った70年代半ばよくラジオから流れていました。
Ooooh honey, it’s been such a long, long timeと始まる「あなたと別れてから長い月日が過ぎた。やっとあなたのことを忘れられそう。でもあなたの名前を口にするとまた想い出して切なくなる。そして溢れる涙で目が靄のようにかすんで私は悲しみに沈み込んでしまう」愛した人をなかなか忘れられない女心を歌った70年代ソウルの名曲のひとつです。
2.Misty Blue/Dorothy Moore
My whole world turns misty blueという歌詞がいいです。ドロシー・ムーアのしっかりした強い歌声で歌われる甘くて切ないオブラートがかぶさっているパラード。すばらしい名唱だと思います。
ドロシー・ムーアは他にも「ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ」「アイ・ビリーブ・ユー」というヒットがありますが、元々ゴスペル出身です。実はマラコはゴスペルのシンガーもたくさんリリースしているレコード会社で、いまもゴスペルにかなり力を入れてます。

ブルーズという音楽が60年代からだんだんと低迷していき、70年代に入るともう黒人音楽のメインストリームは完全にソウル、ファンク、クロスオーバーになりやがてラップ、ヒップホップという新しいジャンルを迎えることになります。ブルーズにおいては単発的な動きはあるけれどなかなか繋がっていかない状態で、有名なブルーズマンたちはヨーロッパや日本へのツアーもありましたがほとんどのブルーズマンは厳しい状況でした。
そんな中、80年代に入って次の曲が南部一帯でヒットしてまだまだ中高年層を主体にブルーズを聴きたい黒人たちがいることがわかりました。
1981年リリース、Z.Z.ヒルが歌った「ダウンホーム・ブルーズ」が収録されたアルバム”Down Home”は、50万枚以上をセールスして、チャートに2年以上あがっていたアルバムとなりました。
元々、Z.Z.ヒルは60年代から活躍するサザン・ソウル系のシンガーなのですが、このブルーズを歌ってヒットしたことでブルーズシンガーと呼ばれることも多くなりました。
この曲は本当に普通のゆったりした、リラックスしたシャッフルビートのブルースで、「パーティは盛り上がってる、靴を脱いで髪を解いてリラックスしてゆったりダウンホームブルーズで楽しもう」というブルーズです
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
Down Homeとはアフリカン・アメリカンの人たちにとって南部の故郷を表す言葉でもあり、都会から故郷に返ってゆっくりしよう的な意味もあると思います。
この80年代はアメリカでアメリカン・アフリカンのソウルフード屋に食べに行くとジュークボックスに必ずいまの「ダウンホーム・ブルーズ」と次の「ブルーズ・イズ・オールライト」が入ってました。また、クラブではジュークボックスから曲が流れるとお客さんがみんなで「Down Home Blues ~」と歌ってました。
ダウンホーム・ブルーズのヒットを受けて作られたのが次の「ブルーズは終わっていない、死んではいない」という宣言のようなキャッチとなった「The Blues Is Alright/」でした。
4.The Blues Is Alright/Little Milton
大きな音楽の流れから観ると70年代終わりに向かって落ち込んでいきそうなブルーズの流れは、エンターティメントとしてとてもよく出来た映画の「ブルーズ・ブラザーズ」やブルーズロックとして脚光を浴びたスティービー・レイボーン、そして久々に実力のある若い黒人ブルーズマンとして登場したロバート・クレイ、あとロバート・ジョンソンのアルバムのCD化などブルーズの話題がいろいろあった時代にこのマラコレコードは黒人に向けた南部のレコード会社としてがんばりました。そして、いまも「ラスト・ソウル・カンパニー」として素晴らしいアルバムをリリースしています。

2018.08.03 ON AIR

Matt”Guitar” Murphy~またひとり去っていった偉大なブルーズギタリスト、マット・マーフィ vol.2

The  Blues Brothers/Briefcase Full Of Blues (Atlantic 82788-2)

The Blues Brothers/Briefcase Full Of Blues (Atlantic 82788-2)

Matt Guitar Murphy/Way Down South(WPCR-1731)

Matt Guitar Murphy/Way Down South(WPCR-1731)

ON AIR LIST
1.Hey Bartender/The Blues Brothers
2.Shot Gun Blues/The Blues Brothers
3.Way Down South/Matt Murphy
4.Gonna Be Some Changes/Matt Murphy

前回に続き、残念ながら6月16日に88才で亡くなったブルーズ・ギター・マスターのひとりマット・マーフィの特集です。
前回はマット・マーフィのデビューの話から長く在籍したメンフィス・スリムのバンドでの音源、そしてマットがキーパーソンだった70年代半ばにブルーズ界を驚かせたジェイムズ・コットン・バンドの音源を聴きました。
今日はたくさんの方が知っている70年代後半のブルーズ・ブラザーズに在籍した時の話から。
ブルーズ・ブラザズは元々アメリカのテレビ番組「Saturday Night Live」で活躍していたジョン・ベルーシとダン・アクロイドのふたりが中心になって、ブルーズやソウルの曲を彼らなりのエンターテイメントを加えて演奏していたのが始まりで、それがだんだん本格的にバンドを結成する方向に行った時にマット・マーフィがギタリストとして選ばれたわけです。
映画にもなりましたが、アレサ・フランクリンとソウルフード店の夫婦役でマットも出演しているシーンなんか最高におもろかったです。
では、1978年のブルーズ・ブラザーズのファースト・アルバム”Briefcase Full Of Blues”から
1.Hey Bartender/The Blues Brothers
ブルーズ・ブラザーズにはマットとスティーヴ・クロッパーとふたりギタリストがいるのですが、いまのソロはマットです。
このブルーズ・ブラザーズに参加したことでマット・マーフィの名前は広く知られることになりました。黒人のブルーズ界での名人的なギタリストで終わっていたかも知れませんが、ブルーズ・ブラザーズで映画やテレビに出て知名度はぐーんと上がりました。1991年にブルーズ・ブラザーズ・バンドで日本にもやってきてくれました。残念だったのはその時にはジョン・ベルーシはすでに亡くなってたことです。
次の曲はブルーズ・ブラザーズでマット・マーフィのギター・ソロがフィーチャーされたスロー・ブルーズ。マットはいろんなタイプのブルーズギター、メンフィス流のアグレッシヴなスタイルからシカゴ・ブルーズ・スタイル、ジャズ・テイストのブルーズ、ここではB.B.キング・スタイルのチョーキングを多用したモダン・ブルーズギターを主体にロック・テイストもいれたファンキーないいギターを弾いてます。

2.Shot Gun Blues/The Blues Brothers

次は彼のスタジオ録音の初ソロ・アルバムです。
マット・マーフィくらいのギタリストであれば、60年代にすでにソロ・アルバムの一枚や二枚あってもおかしくなと僕は思うのですが、初めてソロ・アルバムが出たのは1990年。マット60才の時です。還暦で初アルバムです。このソロアルバムが出せたのもブルーズ・ブラザーズでの知名度が上がったことと関係していると思います。

さてマットのソロ・アルバム、このアルバムに参加しているのが、裏ジャケットに2ショット写真が出てますが、弟のフロイド・マーフィ。この弟フロイドもなかなかのギタリストで、50年代初め頃に兄貴と同じようにメンフィスでジュニア・パーカーのバンドなどで活躍したのですが、だんだんショービジネスの世界が嫌になってやめていったそうで、この兄のアルバムで30数年ぶりの録音。でも、ギターはずっと弾いていたのでしょう。
では、マット・マーフィ、1990年初めてのソロアルバム”Way Down South”からアルバムタイトル曲です。
最初のソロが弟のフロイドであとのソロがマットです。絶妙なふたつのギターの絡みを聴いてください。
ギターめっちゃいい音してます。
3.Way Down South/Matt Murphy
僕は歪まないこういうクリアな音が好きなんです。南部のダウンホームなリラックス感がありつつも、ファンキーでちょっとしたジャズ・テイストのブルーズ・・・このあたりがたぶんマットがいちばん得意とするところだと思います。
モロにジャズに行かないところ、ファンクもモロに行かないでいつもルーツにブルーズを感じさせるところがいいところです。
マットが若い頃に活動していたメンフィス界隈の50年代は本当に上手いギタリストがたくさんいて、ボビー・ブランドやマディ・ウォーターズのバックで活躍したパット・ヘア、ハウリン・ウルフの右腕ヒューバート・サムリン、ブランドの右腕ウエイン・ベネット、サニーボーイのバックだったロバート.Jr.ロックウッドなど・・・その中でギタリストとして一流のプロでいられたというのはすごいことやと思います。

次はちょっとジョニー・ギター・ワトソンにも繋がるファンク・テイストたっぷりの曲。
歌もすごく上手いわけではないんですが、声の質とか無理のない歌い方とか僕は好きです。
4.Gonna Be Some Changes/Matt Murphy
マットのソロは今日聴いている90年の”Way Down South”と96年の”Blues,Don’t Bother Me”と2000年の”Lucky Charm”の3枚です。

ミシシッピーから子供の頃にメンフィスに行って、上手いギタリストがたくさんいる中で腕を磨いて、シカゴに行って地位を確立し、ヨーロッパにも演奏に行き、人生の中で何度かブルーズ史上に残る重要な録音やライヴをして60才と遅かったですが、いいソロアルバムも残しています。どうだったんでしょうね、本人としては88年の自分のブルーズ・ギター人生は・・・。
ブルーズギターを志す人は是非聴いてください。
マット・ギター・マーフィの冥福を祈ります!