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2017.06.16 ON AIR

追悼:チャック・ベリー/偉大なロックン・ロールの創始者 Vol.3

Chuck Berry Gold(Geffen/Chess1317-18)

Chuck Berry Gold(Geffen/Chess1317-18)

Hail! Hail! Rock 'N' Roll/Chuck Berry(MCA MVCM-22106)

Hail! Hail! Rock ‘N’ Roll/Chuck Berry(MCA MVCM-22106)

ON AIR LIST
1.Back In The U.S.A/Chuck Berry
2.Come On/Chuck Berry
3.Confessin’ The Blues/Chuck Berry
4.Sweet Little Sixteen/Chuck Berry
5.Little Queenie/Chuck Berry
6.Reelin’ And Rockin’/Chuck Berry

チャック・ベリー追悼の三回目
前回、前々回と彼のヒット曲を聴きながらその足跡を追いかけてきたのですが、とにかく最初のヒット「メイベリーン」の55年から59年までの5年間くらいはもうヒットの連続で、しかもそれらの曲がいまもロック史上に残っていて、カバーされ続けているところがすごいです。それはやっぱり、チャックの作った曲の中にロックの核になるものがあるからで、ロックをやるには一度はそこを通らなければならない道なんですね。
今回新たにチャックの音源や映像を見て彼のソングライティングの素晴らしさ、ギターの切れ具合、彼の歌とギターが一緒になったところから出てくるグルーヴのに驚きました。いままでも何度も聴いて知っていたと思っていたら、実はこういうノリだったのかとかこういう歌だったのか、こういうギターだったのか・・と知らないことが出てくるんですよ。
前回は1958年の「メンフィス・テネシー」を聴いて終わったのですが、今日の一曲目は1959年のリリースですが、その約10年後にビートルズがホワイト・アルバムにパロディとして録音した”Back In the U.S.S.R”の原曲です。
1.Back In The U.S.A/Chuck Berry
いまの曲のバック・コーラスは同じチェス・レコードのエタ・ジェイムズとマーキーズやってます。
次はローリング・ストーンズが1963年デビュー・シングルでカバーした曲
チャックのオリジナルは二年前の1961年。
2.Come On/Chuck Berry

前回も言いましたが、59年にチャックは女性問題で警察沙汰になり有罪になって3年間塀の向こうにいました。それで63年に出所してくるのですが、まあそういう事件もあり音楽の時代の流れもあってチャックのR&Rの勢いは60年くらいから少しずつ薄れていきます。でも、コンサート、ライヴでは相変わらずの大人気で、その人気を押し上げてくれたのがいまのストーンズやビートルズはじめ白人のロック・ミュージシャンがチャックの曲を取り上げてくれたからでした。
60年代前半にデビューしたイギリスのバンドは、ほとんどがチャックの曲をカバーするくらいイギリスでは人気がありました。
音楽的な流れはそういうイギリスのバンドが次第にアメリカの若者にも人気が出て、ロックン・ロールそしてロックが定着していくわけですが、一方黒人音楽はというと50年代主流だったブルーズ、R&Bが60年代になるとソウル、ファンクという時代になりサム・クック、ジェイムズ・ブラウン、アレサ・フランクリンなどが登場してきます。そんな中でチャック本人もオリジナルが売れないのでちょっと創作意欲が落ちたのか、昔とったきねづかでブルーズを録音したりします。聴いてもらうのはジャズ・ブルーズ・シンガー&ピアニストのジェイ・マクシャンがヒットさせた曲で、デビューする前のチャックがよくステージで歌っていたブルーズだそうです。ピアノ・ジョニー・ジョンソン、ドラム・イビー・ハーディ、ベース・ウイリー・ディクソンそしてギターに名人マット・マーフィが参加してます。
3.Confessin’ The Blues/Chuck Berry
歌のバックのギターはマット・マーフィがオブリガード弾いてますが、途中のソロはチャックでしょうか、でもマットだったらこういうチャックのマネできるから・・ちょっとわからないですね。でも、やっぱりチャック・ベリーがやるとこういうスタンダードなブルーズもロックしてるブルーズになるんですね。面白いです。
そういえばストーンズもこの曲をカバーしてるんですが、彼らはオリジナルのジェイ・マクシャンではなくてこのチャックのカバーをカバーしたんですね
いつからか分からないんですが、チャック・ベリーは自分のバンドをもたないでその街のバンドを使ってライヴをやるように゜なるんですよ。はっきり言ってアマチュアみたいなバンドを使ってひどい演奏することの方が多かったみたいで・・まあ、本人はギャラ、お金もらえれば・・ってあまり音楽的なことを望まなくなったんですね。日本に初めてきた時はアンコールが鳴り止まないのに「オレは契約の時間は演奏したから」ってギターしまって帰ってしまったんですよ。ええっていう感じだったんですが・・。
それでストーンズのキースがみるに見かねて「ちゃんとしたバンドで演奏してみないか。オレがバンドを用意するから」とチャックを説得してやったのが「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」というコンサートでジョニー・ジョンソンはじめボビー・キーズ、クラプトン、スティーブ・ジョーダン、エタ・ジェイムズと豪華メンバーをキースがプロデュースしてやりました。
この映画がすごく面白くてDVDも出てるので是非見てください。
では、その「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」から
4.Sweet Little Sixteen/Chuck Berry(Hail! Hail! Rock ‘N’ Roll [Live])

5.Little Queenie/Chuck Berry(Hail! Hail! Rock ‘N’ Roll [Live])

最後はずっと踊っていたいという曲ですが、本当にずっとチャック・ベリーを聴いていたいです。
6.Reelin’ And Rockin’/Chuck Berry
どんな時代になっても古くならないチャック・ベリーの音楽、ロックンロール。
気分がちょっと落ち込んでいる時に朝からちよっと大きな音でチャック・ベリー聴いてください。落ち込んでることなんか大したことないっていう気持ちなります

2017.06.09 ON AIR

追悼:チャック・ベリー/偉大なロックン・ロールの創始者 Vol.2

Chuck Berry Gold(Geffen/Chess1317-18)

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ON AIR LIST
1.Rock And Roll Music/Chuck Berry
2.Carol/Chuck Berry
3.Johnny B.Goode/Chuck Berry
4.School Day/Chuck Berry
5.Memphis, Tennessee/Chuck Berry

 

 

 

前回に引き続きチャック・ベリー追悼の二回目です
今日はまず最初にこれを聴いてください
1.Rock And Roll Music/Chuck Berry
まさにこの曲名の”Rock And Roll Music”を作った、ロックンロールの創始者のひとりがチャック・ベリー。
いまの曲はチェスレコードと契約して二年目、油が乗り切ってきた頃自分の音楽的なスタイルもう少しで確立する頃です。
僕はいまのRock And Roll Musicを中学三年の時にビートルズの”The Beatles For Sale”というアルバムで聴いたのが最初です。
チャックのオリジナルが1957年、ビートルズのカバーが7年後の1964年。もうすでにイギリスはロックン&ロールとブルーズの嵐が吹き荒れていた頃で、ビートルズ、ストーンズ、アニマルズ、キンクスなどイギリスのバンドはみんなチャックの曲をカバー。
その頃、日本でもビートルズ人気がすごくなっていく頃でしたが、オリジナルのチャックまで届いている人は少なかったと思います。なんとなくチャック・ベリーと言う名前は知ってましたが・・。

チャック・ベリーの50年代この頃から後期はもう本当にヒット曲の連続で、ヒットしなかったもので聴きたい曲もあるのですが、次は僕がすごく好きなチャックの曲です。これもローリング・ストーンズの最初のアルバムのカバーで最初に聴きました。
チャックが亡くなった日もそのあともキースやミック・ジャガー、ポール・マッカートニー、リンゴ・スターはじめチャックの追悼文がツィッターやフェイスブックにあふれてました。やはり影響は大きかったことを改めて思いました。60年代のブリティッシュ・ロックもアメリカのロックも世界中のロック・ミュージックは、いまもチャック・ベリーの作り上げたものから多大な恩恵を受けています。
では、チャック・ベリー1958年リリース
2.Carol/Chuck Berry
かっこいいですね。
チャックは背も高くてルックスも良くて、しかもステージではひょうきんなダック・ウォークとかいろんなアクションもやり、歌詞は面白いし、ギターはキレキレでグルーヴ感満載。これで若い人に受けないわけがない。チャック・ベリーのような表現をした人はいなかったし、そのあともこれだけソングライター、ギタリスト、パフォーマーとして才能のある人はほんとうに少ない。
そして、57年には生涯チャック・ベリーを代表する、いやロックを代表するこの曲がヒットしてチャック・ベリーもロックンロールという音楽も決定的なものになりました。
3.Johnny B.Goode/Chuck Berry
実はチャックの録音の記録を観てみると、最初のヒット「メイベリーン」はシカゴに出てくる前セントルイス時代からの仲間、ピアノのジョニー・ジョンソンとドラムのイビー・ハーディを連れてベースだけチェスレコードの現場プロデューサーでもあるウィリー・ディクソンが参加というメンバーなんですが、次第にチェスのスタジオ・ミュージシャンたちが加入して、いまのJohnny B.Goodeはドラムにフレッド・ビロウ、ピアノにラファイエット・リークが参加しています。ふたりともチェスレコードのリトル・ウォルターやハウリン・ウルフ、サニーボーイ・ウィリアムスンなどブルーズマンのバックで素晴らしい録音を残した人たちです。ウィリー・ディクソン、ピアノのオーティス・スパンなどチャックのバックにはシカゴ・ブルーズの錚々たるミュージシャンが参加していたんです。
だから、ブルーズとR&Bとロックンロールが全く同時期にチェスレコードで作られていたわけです。
そう思うとやはりチェスレコードはすごいです。
50年代半ばになるとR&Bの時代に移り、ブルーズの売り上げが少しずつ落ちてくるのですが、代わりにそこから60年代までチェスを支えた稼ぎ頭がチャックだったんです。
チャック・ベリーはこういうヒットが続いた頃、すでに30才近かったのですが、彼のファンは10代の子供たち・・そういう10代に向けた歌詞を本当にうまく彼は書いてます。次の曲もそういう歌です。
「朝起きて学校行って怖い先生の授業を受けて必死勉強する。のにうしろからチャチャいれてくる奴がいる。昼メシの時間は短いすぐ授業が始まる。チャイムが鳴って学校が終わると教科書をしまってあのジュークボックスのある店に行って、好きな女の子と踊り続けるロックンロールでオレは自由になれる。リズムを止めないでくれ」
4.School Day/Chuck Berry

でも、チャックはそういうティーンズ向けの歌詞だけでなく、こんな歌も作ってました。実は僕はこの歌を電話の交換手にメンフィス・テネシーに住んでる自分の好きな女の子に電話を繋いでくれないかというラブ・ソングやと思ってたのですが・・全然違いました。
「マリーという女が電話をくれたけど自分に連絡がつなかくてメッセージを残してくれた。でも彼女の番号がわからない。そこで交換手に彼女探して電話を繋いでくれないかと・・マリーを愛してるんだ。彼女のママに俺たちは引き裂かれたんだ。別れる時マリーは手を振って泣いていた。マリーはまだ6才なんだ。だからメンフィスの彼女に電話を繋いでくれないか・・」
嫁さんに連れて行かれた自分の娘に会いたいという歌だったんですね。
思っていたのとちょっと違う、ちょっと悲しい歌でした。
5.Memphis, Tennessee/Chuck Berry

59年にチャックは女性問題で警察沙汰になり有罪になって3年間塀の向こうにいました。それで63年くらいに出所してくるんですが、その頃にはイギリスのビートルズやストーンズたちがたくさんチャックの曲をカバーしてくれたので人気はまだまだありましたが、レコードのヒットは少しづつ減っていきます。
もう少しチャックの話をしたいので来週もう一回チャック・ベリーです。
ヘイル・へイル・ロックンロール!

2017.06.02 ON AIR

追悼:チャック・ベリー/偉大なロックン・ロールの創始者 Vol.1

Chuck Berry Gold(Geffen/Chess1317-18)

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ON AIR LIST
1.Maybellene/Chuck Berry
2.Wee Wee Hours/Chuck Berry
3.No Money Down/Chuck Berry
4.Roll Over Beethoven/Chuck Berry
5.Havana Moon/Chuck Berry

 

 

 

去る3月18日にロックン・ロールの偉大な創始者、チャック・ベリーが亡くなりました。90才でした
1926年生まれ 本名:Charles Edward Anderson Berry
生まれ故郷のセントルイスで働きながら音楽をやっていたアマチュア時代のチャックはすでに街の音楽シーンではちょっと知られた存在だったようです。
きっかけは1955年友達についてシカゴへ行ったことから始まる。55年言えば当時のシカゴ・ブルーズは全盛期。友達とマディ・ウォーターズのライヴを観に行き、なんと楽屋に行ったチャックは「あなたの熱烈なファンです。あなたのバンドに入れてくれないかと頼んだ」その頃、マディのバンドにはギターの名手ジミー・ロジャースがいたしその後にも凄腕のパット・ヘア、そして若手のバディー・ガイなど才能のあるギタリストがたくさんも控えていた。チャックがその頃どのくらいの腕前かわからないが、マディにバンド加入は断られる。
マディのバンドに入りたかったということは、チャックはブルーズをやりたかったわけ。ところが当時彼がアイドルとしていたのはシカゴ・ブルーズのマディやハウリン・ウルフではなく、ウエストコーストにいるT.ボーン・ウォーカーであり、好きな歌手はルイ・ジョーダンだった。
たまたま旅行に行ったシカゴでライヴを見て興奮していたかも知れないが、マディにバンドに入れてくれないかと自分を売り込むチャックはどうにかプロになるきっかけをつかみたかったのかも知れない。その時26才。セントルイスには女房も子供もいる。そろそろなんとかせんとなぁ・・・と思っていたかも。
好きなのはウエストコーストのブルーズだからロスあたりへ行くことも考えただろうが、セントルイス~ロスは遠い。一方セントルイスはミズリー州の北でシカゴのイリノイ州のすぐ近くだ。シカゴもそう遠くはない。ウエストコーストへ行くよりは遥かに近い。しかもシカゴのチェスレコードは昇り調子だ。まあ、ダメだったらすぐ帰ってくるか・・と、いつかシカゴに行くことは前々から考えていたのかも知れない。
しかし、マディに断られたチャックは親切なマディにチェスレコードのオーディションを受ける手はずをしてもらう。マディに会えてほんとうに良かったと思っただろう。
そのオーディションで”Ida May” という曲を歌って合格。ただ。社長のレナードチェスが「曲名があかん」とタイトルを変えるアイデアを出して「メイベリーン」としてリリース。このデビュー曲はチャートの5位まで上がった。
その記念すべきチャックのデビュー曲を聴いてみよう。
1.Maybellene/Chuck Berry
メンバーはセントルイスの仲間ピアノのジョニー・ジョンソン、ドラムにエビー・ハーディ、マラカスがボ・ディドリーとやっていたジェローム・グリーン、そしてベースはチェスレコードの現場のプロデューサー、ウィリー・ディクソン
2ビートのダンス・ナンバーはブルーズではなく、いわゆるヒルビリー的なテイストを持った曲だ。つまり白人のカントリー・ウエスタンのテイストを持った珍しい黒人シンガーがチャックだった。
ギター・ソロのところになると盛り上がり激しくロックするチャックが現れ、歌はノヴェルティで物語風、ここにはそのあとに生まれる「ジョニー・B・グッド」などR&Rの予感がある。
セントルイスで活動していた頃からチャックはカントリー・ウエスタンなど白人が歌うような曲をレパートリーにしていてちょっと変った奴だったそうだ。
デビュー曲はR&Bチャート1位、ポップチャートでも5位。つまり白人にも受けたということ。
それでメイベリーンは大ヒットしたわけだが、そのシングルのB面を聴いてみよう
2.Wee Wee Hours/Chuck Berry
いわゆるウエストコーストのクラブ風の曲でチャールズ・ブラウンあたりが歌いそうなブルーズだ。シカゴに来たけれど、チェスで録音だけどこういうのもやりたいんよね~という気持ちがわからないでもない。
でも、A面のメイベリーンを聴いた白人の若者は当然B面も聴くことになったわけだ。のちにエリック・クラプトンがいまの”Wee Wee Hours”を録音しているが、それはA面が有名ヒット曲で買ったけど「おおっ、B面ブルーズやんか」ということだったと思う。

次もチャックのノベルティ・ブルーズ。チャックの歌詞が面白いというのが若者に受けた大きな理由のひとつだったが、歌詞のことは本当によく考えたらしい。
No Money Downというのは頭金不要という意味。自分のボロいフォードの車で走っていたら「No Money Down」(頭金不要)という看板を見つけて、3万ドルのローンで新車の高性能キャデラックを買うという話。オレは新車買うたよ!ボロいフォードはさよなら。まあ、このあとのローンのなんか忘れてオレは新車のキャデラックよというところがブルーズっぽいです。
3.No Money Down/Chuck Berry
チャックの歌は明るくて楽しい。当時の50年代中頃の若者たちがブルーズからだんだんR&BそしてR&R(黒人の人たちの間では当時R&Rという言い方はしなくて、チャックもリトル・リチャードもR&Bというカテゴリーでした)に移行していく気持ちがわかりますね。新しいサウンドとグルーヴ、つまりそのグルーヴ
がR&Rと呼ばれるものなんですが、チャックは無意識にそういう新しいもの、しかもファンキーなテイストを自分の音楽に入れてます。だから、チャックのブルーズはあまりブルーズっぽくないんですよね。いい意味での軽さがあり、マディやウルフのような重さがチャックにはなくて、でもそれがR&Rになっていったんですね。
翌1956年いよいよロックン・ロールの誕生に近づいていきます。イントロのギターのフレイズもロックの歴史上に残るチャックが生み出したもので、チャック・ベリーと言えばこのイントロっていう定番になりました。
4.Roll Over Beethoven/Chuck Berry
日本語のタイトルが「ベートーベンをぶっ飛ばせ」ですが、もうベートーベンやチャイコフスキーなんか聴いてる場合じっゃない。自分たちの新しい音楽の時代だよ 最後にDig These Rhythm&Bluesと歌ってるようにまだロックンロールという言葉はなくてリズム&ブルーズ。それが主に白人たちの間でR&Rと呼ばれるようになった。

50年代中頃、アメリカではハリー・ベラフォンテの「さらばジャマイカ」がヒットしてちょっとしたカリプソ・ブームだった。
そういうカリプソっぽいテイストをいち早く取り込んでチャック独特のミックスチャーで作ったのが次のハバナ・ムーン
時代の流行ものにも意外と敏感だった一面が感じられます。
5.Havana Moon/Chuck Berry
次回もチャックベリー、続きます!

2017.05.26 ON AIR

希代のサザン・ソウル・シンガー スペンサー・ウィギンス

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Spencer Wiggins/ Soul City In U.S.A(GOLDWAX/Vivid Sound VG3002)

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2017.04.18@ビルボード東京 チャールズ・ホッジズと22年ぶりの再会!

 ON AIR LIST
1.Take Me Just As I Am/Spencer Wiggins
2.Up Tight Good Woman/Spencer Wiggins
3.Soul City In U.S.A/Spencer Wiggins
4.Walkin’ Out On You/Spencer Wiggins
5.I Never Loved A Woman(The Way I Love You)/Spencer Wiggins

今日は先頃来日したサザンソウルの素晴らしいシンガー、スペンサー・ウィギンスの名盤”Soul City In U.S.A”を聞きます。今日はアナログLPです。

70年代の中頃から80年代にかけて、日本ではちょっとしたサザン・ソウルのブームが起りオーティス・クレイやO.V.ライト、アン・ピーブルズ、ドン・ブライアントたちが来日して、それでこういうスペンサー・ウィギンスのような日本であまり知られていなかったサザンソウル・シンガーのアルバムもリリースされました。その時にアメリカのソウル・ミュージックの奥深さというか、クオリティの高さそしてソウルシンガーの層の厚さに驚きました。
サザン・ソウルというとよく知られているオーティス・レディングが大きなアイコンとして存在し、そのあとに彼と同じメンフィスのスタックス・レコードのエディ・フロイド、アーサー・コンレー、サム&デイヴなどが思い浮かびますが、そのスタックスよりマイナーなレーベルが60年代から70年代にかけて南部にはたくさんありました。
そのひとつゴールド・ワックスというレコード会社に所属していたのが、このスペンサー・ウィギンス。
たくさんいるサザンソウルシンガーの中でも歌のキレとコクが抜群なスペンサー・ウィギンスが僕の好みでした。
では、まず一曲。
このA面の1曲目、この曲だけで僕は彼のファンになりました。
「僕のポケットはお金があふれてるわけじゃない、僕が運転している古ぼけた車はポンコツだ。君のような可愛い女性からつき合ってくれと言われてこともない。でも僕の心を受け取ってくれないか。僕は金持ちじゃない。貧しい男だ、でも君のことを心から愛している。いまのあるがままの僕を受け入れてくれないか」
1.Take Me Just As I Am/Spencer Wiggins

途中で語りが入り、そこからまた歌にもどっていくあたりは完全にゴスペルのもっていき方で、最後のフェイクからはたぶんもっと盛り上がっていくので聞きたいところですが、残念ながらフェイドアウトです。とても誠実な男の気持ちが伝わってくる歌です。

次はソロモン・バークやウィルソン・ピケットそしてこの曲を作ったダン・ペン本人も歌っています。これも素晴らしいソウルの名曲です。
「オレはいい女が、本当にいい女が欲しいんだ。可愛い顔をしているとかではなくオレを支えてくれる暖かい二本の腕を持っている。そしてそばにいてくれる素直な、堅実な女が欲しいんだ」
2.Up Tight Good Woman/Spencer Wiggins
いま二曲聞いてもらったような感じが典型的なサザンソウルのバラードで、同時代の北のモータウンが送り出していた夢みるような都会的なソウルではなく、貧しさや南部の生活に根ざしたところから生まれたソウルがサザンソウルです。音作りもモータウンのように派手に装飾を加えたものでなく、どこか素朴さ土臭さを感じさせるものです。僕にとってはそういう南部の歌の生まれ方がブルーズと同じテイストを含んでいて、サザンソウルが好きだったんですね。
サザンソウルというといまのバラードとかミディアムのものが多いのですが、このスペンサー・ウィギンスはアップテンポのスピード感のあるダンス・ナンバーも得意とするところで、次の曲なんかは「ダンス天国」をヒットさせたウィルソン・ピケットも歌うような疾走感のある曲です。

3.Soul City In U.S.A/Spencer Wiggins
素晴らしいです。パワフルに押しながらも切れ味があり、そして抜群のスピード感。なんでこのスペンサー・ウィギンスがもっと売れなかったのか・・と思います。

スペンサー・ウィギンスは1943年メンフィスの生まれです。高校生の時からゴスペルグループを今回一緒に来日した弟のパーシーと組んだり、学校の合唱団で歌ってました。高校を卒業後、地元メンフィスのクラブで歌っているところをレコード会社ゴールドワックスのクイントン・クランチに認められて1964年にゴールドワックスと契約。でも、これだけの歌の力量があるのに鳴かず飛ばずでフェイム、パマとレコード会社を移籍したけどやっぱり火はつかず。
それで76年にスピリチュアル・リバースといって神様からの啓示を受けて精神的に生き返るということで教会の世界へ、ゴスペルの世界へ戻ってしまいます。
それからはもう一切ソウルの世界には出てこなかったんですが、ここ数年再び兄弟のパーシーとソウルを歌っている

実は昔ブルーヘヴンというバンドをやっていた時に、僕がカバーしたのが次のWalkin’ Out On You
1977年頃から80年代のはじめにかけて
「オマエ、いまのやり方を変えてオレにもっとよくしてくれよ。夜も昼も遊び歩いてるんやめた方がええやろ。オレも疲れてしまうわ。オレはできる限りオマエにちゃんとしてるやん。嘘つくのやめてくれや。ちゃんとしてくれよ。オマエがちゃんとしてくれんかったらオレは出ていくで」
4.Walkin’ Out On You/Spencer Wiggins

1976年から彼はゴスペルの世界に戻り、マイアミの教会で執事になり教会のゴスペルグループのディレクターもしている。2002年には”Keys To Kingdom”というゴスペルアルバムをリリース。
「オマエは嘘ばかりやけどでもなぜかオレは許してしまう。
友達はやめときなって言うけれど、オマエを愛することをやめられない。なんでかってこんなに女の人を愛したことはないから。
いつかは変わるかもって期待した私が間違いだった。こんなに私を傷つける人を愛したことはなかった」
ひどい女なんやけど好きすぎて愛することをやめられないという歌。男も女もそういうことありますよね。
5.I Never Loved A Woman(The Way I Love You)/Spencer Wiggins

今回来日公演には20数年前ウエストロード・ブルーズバンドのニューヨーク録音に参加してくれたキーボードのチャールズ・ホッジズが参加していたので、サインの列に並んで会いにいった。以前よりもふっくらとして元気そうでウエストロードのアルバムを見せたら”Oh,Yeah!”と喜んでいた。時間がなくて長く喋れなかったが元気そうでよかった。キーボード・プレイはもう素晴らしすぎだった。
スペンサーは昔のように声が出ないところもあったけど、「ああ、この歌い方!」と往年のスペンサーを彷彿とさせる時も何度かありました。
スペンサーもチャールズもいまは教会を心の拠り所に音楽活動をしているようですが、これからも長く活動を続けて欲しいです。

2017.05.19 ON AIR

追悼:Super Harp James Cotton Vol.2

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!00%Cotton (Buddah NEX CD 214)

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High Compression(Alligator/King KICP 2588)

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Deep In The Blues (Verve/Polydor POCP-7095)

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Mighty Long Time/James Cotton(P-Vine PCD-1808)

ON AIR LIST
1.Boogie Thing/James CottonBand
2.One More Mile/James CottonBand
3.High Compression/James Cotton
4.Sad Letter/James Cotton
5.Mighty Long Time/James Cotton

前回に引き続き3月16日に81才で亡くなった偉大なブルーズマン&ハーモニカ・プレイヤー、ジェイムズ・コットンの特集です。

ジェイムズ・コットンが一躍脚光を浴びたのは、1974年にリリースされたアルバム「100%コットン」。このアルバムにはコットンが旧知のブルーズギター名人、マット・マーフィーを中心に若手の強力なグルーヴを出すケニー・ジョンソン (ds.)、チャールズ・キャルミーズ (b.)、それに強者サックスのリトル・ボーが参加。新しい強烈なファンク・ブルーズを作り出し、当時のブルーズ界に新しい息吹を吹き込んだ一枚となったが、一部のアタマの固い評論家やブルーズファンには「これはブルーズではない」と、思いっきり敬遠された。
僕はアルバムが出された翌年75年にロスで彼らのライヴを観たが、もうそのサウンドとグルーヴの渦に三日間くらいぼーっとした感じだった。ジェイムズ・コットン名義ではなく「ジェイムズ・コットン・バンド」と名乗ったくらいバンド感にあふれた演奏だった。コットンを中心にはしているが、ボスがやりたいようにやるというよくあるブルーズのライヴではなく全員が同等なバンドの感じがした。
以前にもこの番組でON AIRしましたが、もう一度この「ジェイムズ・コットン・バンド」の「100%コットン」を聴いてみよう。
1,Boogie Thing/James CottonBand
ロスでライヴを観た時ステージの終わりの方でしたが、曲のエンディングでコットンはハーモニカを唇に強く当てる奏法をするんですが、その時唇から血が出てましてなんかそのテンションの高さに唖然としくした。
メンバー全員が腕達者ということもあったけど、本当に一体化したタイトなバンドで、それまでの黒人のブルーズのライヴの概念を変える要素がたくさんありました。
2.One More Mile/James CottonBand

「100%コットン」とあと2枚のアルバムをブッダ・レコードからリリースして、ブルーズへの新しいアプローチは評価されたものの、レコードセールスには結びつかなかった。本当にアメリカのショービジネスは厳しい。
それで70年代の終わり頃にこのバンドは自然と消滅して、コットンはマディ・ウォーターズとジョニー・ウィンターのコラボ・アルバムに参加します。マディ・ウォーターズの晩年の作品群になります。
80年代もアリゲーター・レコードからアルバムをリリースして派手な活躍はなかったけれど、ライヴはずっとやってきていました。
では、そのアリゲーターレコードから1984年リリースの”High Compression”からハーモニカのインスト曲でアルバムタイトル曲です。
3.High Compression/James Cotton

90年代に入ってコットンは歌声の荒れ方がひどくなり喉頭ガンの手術を受けました。いまから聴いてもらう曲は96年にグラミー賞のベスト・トラディショナル・ブルース・アルバム部門に輝いた「Deep InThe Blues」に収録されているものですが、歌声が荒れて声が出にくくなっているのがわかります。それでエレキ・バンドスタイルではなくアコースティック的なサウンドにしたのは声が出にくいコットンへの配慮でしょう。ベースに僕の好きなジャズ・ベーシストのチャーリー・ハイデン、ギターはジョー・ルイス・ウォーカーです。
4.Sad Letter/James Cotton

先週も言いましたが、コットンは9才の時にラジオで聴いたサニーボーイ・ウィリアムスンの歌とハーモニカに憧れて、ひとりミシシッピーからアーカンソーのヘレナにやってきてサニーボーイに弟子入りしました。そこから先頃3月16日に亡くなるまで73年ほどのブルーズ人生でした。メンフィスで若き日に修行をして、マディに誘われてシカゴに移り住み活動しました。マディのバンドにはリトル・ウォルター、ジュニア・ウエルズ、ビッグ・ウォルターと素晴らしいハーモニカ・プレイヤーが歴代在籍しましたが、いちばん長く在籍したのはコットンでした。まあ、マディにとって重要なメンバーだったわけです。それから今日聴いてもらった70年代のジェイムズコットンバンドでの活躍とずっと現役で活動を続けました。
もし、話を聞けることがあったら9才の時にアーカンソーのヘレナにやってきてサニーボーイのところに行った時の気持ちを聞いてみたかったです。それはたぶん切羽詰まった、どうしてもそうせざるを得ない強いブルーズへの気持ちだったと僕は思います。
最後にその師匠ともいえるサニーボーイの曲をカバーしたコットンの演奏をどうぞ。
「可愛いあの娘と出会ってからずいぶんと長い時間が過ぎた。今度あの娘を自分のものにできたらもう離さないんやけどな」という歌なのですが、長いブルーズ人生を見事に送ったジェイムズ・コットンにふさわしい言葉だと思います・・Mighty Long Time
5.Mighty Long Time/James Cotton
ジェイムズ・コットンの冥福を祈ります。