2018.09.07 ON AIR

クラプトンも憧れたブルーズの偉人-Big Bill Broonzy

The Father Of Chicago Blues Guitar/Big Bill Broonzy(P-Vine PCD2804)
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ON AIR LIST
1.Back Water Blues/Big Bill Broonzy
2.Hey,Hey/Big Bill Broonzy
3.Pig Meat Strut/Big Bill Broonzy
4.Mississippi River Blues/Big Bill Broonzy
5.I’m Feeling Low Down /Washboard Sam(g.Big Bill Broonzy)

 
今日はまずこれを聴いてください。
1.Back Water Blues/Big Bill Broonzy
5日間も雨が降り続け川が氾濫して家から出られなくなって途方に暮れる男の歌ですが、実は前々回この番組でON AIRしたエリック・クラプトンのアルバム”Life In 12 Bars”のアルバムの最初に入っていたのが、いまのビッグ・ビル・ブルーンジーの”Back Water Blues”でした。クラプトンのアルバムなのにクラプトンの音源ではなく、彼が強い影響を受けたビッグ・ビルをわざと収録したわけです。
クラプトンはレイラのアルバムで”Key To The Highway”をカバーしていますが、たぶんそれもビッグ・ビルのバージョンを聴いたのだと思います。

ビッグ・ビル・ブルーンジーは1898年ミシシッピー生まれで、アーカンソーで育っています。生粋の南部育ちで多くの当時の黒人の子供たちと同じように子供の頃から畑仕事にかり出される毎日でした。最初に手にした楽器はバイオリンやったそうです。その後ギターを手にしたんですがバイオリンやっていたので覚えが早かったのか1927年には初録音となります。
それから57年の最後の録音まで自己名義だけで500曲は録音したという30年代から40年代のブルーズの大スターです。実際僕はビッグ・ビルの5枚組CDというのを持っているんですが、それだけでも127曲入ってます。それだけでなく、彼はいろんなシンガーのバックでもギターを弾いているのでもうめっちゃたくさん録音が残されています。1927年から57年って30年間もずっと録音しているからすごいです。
つまり、ブルーズギターの名人です。
その名人が軽く弾いたみたいな曲が次のクラプトンもアルバム「アンプラグド」でカバーしたこの曲
2.Hey,Hey/Big Bill Broonzy
何がいいってリズムがいいですね。ギターのリズムがもう抜群です。

30年代40年代にビッグ・ビルと同じようなブルーズギターの名人はブラインド・ブレイク、ロニー・ジョンソン、スクラッパー・ブラックウェルと他にもいるんですが、エレキ・ギターを早くから取り入れて、50年代にマディ・ウォーターズたちのエレクトリック・シカゴ・ブルーズのルーツを作ったのはビッグ・ビルです。
その上、マディのような南部から出てくる後輩のブルーズマンの面倒もよくみて、マディはいろんな面で支えてもらいビッグ・ビル亡き後にトリビュート・アルバムをリリースしています。
30から40年代シカゴ・ブルーズの心優しいボスという感じです。
いまのは1951年の録音でいわゆる白人のフォーク・ブルース・ブームに合わせて、フォーク・ブルース調のちょっと軽めの演奏になってます。そういうブームに自分のスタイルを合わせていったことに批判する人も多いのですが、黒人ブルーズマンとして生きていくのにそのくらいのことやるでしょと言いたい。御飯食べなきゃいけない、子供育てなければいけない、ローン払わなアカンわけですから。
では、ずっとさかのぼって彼の初期の録音を聴いてみましょうか。フランク・ブラスウェルというもうひとりのギターとデュオ演奏です。レコーディング・デビューして三年目1930年の録音です。
3.Pig Meat Strut/Big Bill Broonzy
これはやっぱりね、踊りますよ。完全にダンス・ミュージックです。当時、まだエレキギターが普及する前にこういうアコギひとつで、あるいはアコギのデュオで踊らせないと仕事なかった。
リズムがいい、グルーヴ感が出せるというのは重要なことだったんです。いまも重要ですけどね。しかも細かい単弦のソロもリズムに乗って見事に弾いているとこがやはり名人。
ビッグ・ビルこの時32才、飛ぶ鳥を落とす勢いでしょう。

ビッグ・ビルのギターのことばかり話してきたけど実は僕は彼の歌も好きで、ビッグ・ビルというくらいで大きな身体から歌われる余裕の歌です。素朴で無理のないスムーズな歌い方で好きです。曲調はKey To The Highwayと同じ8小節ブルーズです。そのジャズ・ジラムのKey To The Highwayでもビッグ・ビルはギターを弾いているのだけど、アプローチがまた違います。
4.Mississippi River Blues/Big Bill Broonzy
堂々とした歌声です。

次の曲はウォッシュボード・サムの録音にビッグ・ビルが参加したものですが、このウォッシュボード・サムと余程相性がよかったのかかなりの曲数を一緒にやってます。
ウォッシュボード・サムはその名前の通りウォッシュボード(洗濯板)で、洗濯板をこすってリズムを刻みながらブルーズを歌うんですが、これがすごい人気者で百何十曲という録音が残っている。
このサムとビッグビルのグルーヴ感はファンクと言ってもいいくらいファンキーで、ダンサブル。
5.I’m Feeling Low Down /Washboard Sam(g.Big Bill Broonzy)

たぶん目の前でふたりのライヴ観たらめちゃ楽しいやろと思います。
この前クラプトンのアルバムを聴いてからちょっとビッグ・ビルが気になっていたので今日はブルーズギターの名人、ビッグ・ビル・ブルーンジーを聴きました。

2018.08.31 ON AIR

来日する貴重なディープ・ソウル・シンガー、Willie Hightower

Willie Hightower/Willie Hightower(P-Vine Records PLP-6002)
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ON AIR LIST
1.Nobody But You/Willie Hightower
2.Too Late/Willie Hightower
3.If I Had A Hammer/Willie Hightower
4. Baby How I Love You//Willie Hightower
5.It’s A Miracle/Willie Hightower

一度来日が延期になっていたディープ・ソウル・シンガー、ウィリー・ハイタワーが10月にやってきます。と、言ってもそんなに有名なシンガーではないので知っている方も少ないと思いますが、歌の実力は文句なく素晴らしくて待ち望まれる来日です。
彼のようなディープ・ソウルを歌う歌手も本当に少なくなっているので、もし今日このON AIRを聴いて興味を持った方は是非来日公演に行ってみてください。東京ビルボードで10月の27日、29日、30日と三日間、大阪ビルボード10月25日です。そして、このライヴはバックにブッカーT&MG’sのギタリスト、スティーヴ・クロッパーとメンフィスのハイ・リズム・セクションが参加します。だからキーボードのチャールズ・ホッジズ、ベースのリロイ・ホッジズも参加ですね。

まずはウィリーのゴスペル・テイストが感じられるというか、教会でゴスペル聴いているようなムードになる曲を。
オリジナルはウィリーの友達だったディー・クラークの1958年のヒットです。
「他の誰かやったらあかんのや、オマエやないと、他の女ではあかんのや。オレの手を握って私はあんたの恋人よって言うてくれ。オマエやなかったらあかんのよ」
1.Nobody But You/Willie Hightower

少しウィリー・ハイタワーの略歴を説明します。本名はウィリー・フランク・ハイタワーで1940年アラバマの生まれです。教会で歌い始めたのは6才。それからゴスペル・グループの一員になりテキサスのピーコックレコードで何枚かゴスペルのシングルをリリースして、60年代のはじめに同じゴスペル出身のサム・クックに影響を受けてR&Bの世界に入りクラブで歌い始めます。やはりこの60年代初期にサム・クックがゴスペルからR&Bの世界にデビューしたことと、彼の歌の上手さの影響はかなりのもので、本当にたくさんのR&B,ソウル・シンガーに影響を与えてます。偉大です、サム・クック!
それでクラブで歌っていたところをニューヨークの敏腕プロデューサー、ボビー・ロビンソンに紹介してもらうことになり、1965年に”What Am I Livin’ For”というチャック・ウィリスのカバー曲でデビューします。ウィリー・ハイタワーは曲を作れるシンガーだったのでゴスペル時代から自作の曲はあったのですが、このデビューでもB面は自作のToo Lateという曲を録音しています。
2.Too Late/Willie Hightower
自分の歌でテンションがじわじわと上がっていくところが実にいいです。
ブルーズン・ソウルというか、ブルーズとゴスペルのテイストがミックスされた重厚な曲です。ボビー・ブランドの歌にもありそうな曲ですが、彼はアイドルはサム・クックだったと言ってます。どっちにしろ彼の歌の底力がわかる曲でもあります。でも、これはヒットしなかった。

次の”If I Had A Hammer”は1966年の録音ですが、実はその2年前64年にウィリー・ハイタワーが尊敬するサム・クックがライヴアルバム”At The Copa”でこの曲をレコーディングしています。日本題は「天使のハンマー」というこの曲は元々ピート・シーガーという白人のフォーク・シンガーがヒットさせた曲で、「ハンマーを打って、ベルを鳴らして、みんなで歌おう」というフォークです。たぶん、サム・クックは白人のクラブ「コパ」でライヴをやるのに白人のお客に合わせてこの曲を選曲したんだろうと思います。でも、サムが歌ったことで黒人の間でもこの曲は流行りました。ハイタワーの歌はサムに似ているところもありますが、サムよりもうすこしワイルドな感じです。
この曲がウィリー・ハイタワーの名前を上げた一曲となりました。
3.If I Had A Hammer/Willie Hightower
これがヒットしてそのあとボビー・ロビンソンのプロデュースで何曲かリリースされ、今日聴いてもらっているアルバムはその頃のシングル盤のコンピレーションです。
でも、いまの歌より僕は次の歌なんかがウィリー・ハイタワーの真骨頂やと思います。歌のグルーヴ感といいパワフルさといい、やはりこのシンガーがただ者ではない感じがします。
「めっちゃ好きやねん、めっちゃ愛してんねん。さよなら言われたらオレ死んでまうで・・」とまあ、ずっと愛してるというてる歌です。
4. Baby How I Love You//Willie Hightower
もうなんか怒濤のようなダンス・ナンバーで踊らざるを得ない感じです。

今日聴いてもらっているのは、60年代にさっき言いましたプロデューサーの、ボビー・ロビンソンが自分のレーベル「エンジョイ」「フューリー」からリリースしたシングルを日本のP-Vineレコードが編集したアルバム「Willie Hightower」で、LPレコードで1983年リリースです。
もう一曲聴きますか。
「愛には不思議な力があるとオレは思う。その力は貧しい者を豊かにし、普通の男を王様にし、普通の女を女王にするようなものだ。時々、君は落ち込んでひとり座りそして泣く。愛がそこにあればその悲しみはどこかへ言ってしまう。愛は奇跡を生む。愛は奇跡だ」
5.It’s A Miracle/Willie Hightower

かって今日のウィリー・ハイタワーのようなソウル・シンガーはたくさんいました。主に60年代にデビューしたシンガーたちで強いゴスペルのテイストを持ちながらR&B,ソウルを歌ったシンガーたちです。OV.ライト、ジェイムズ・カー、オーティス・クレイ、ジョニー・テイラー、ソロモン・バーク、オーティス・レディンク゜など・・でも、いまは本当に少なくなってこういう重厚なソウルを歌えるシンガーが本当に少なくなりました。
ソウル・ミュージックという言葉のソウルという意味、魂という意味を本当に歌に表してくれる素晴らしいシンガーだと思います。
もし、時間とお金があれば是非、ウィリー・ハイタワーのライヴに足を運んでください。
10月の27日、29日、30日と三日間東京ビルボード、大阪ビルボード10月25日

2018.08.24 ON AIR

ブルーズロックの大きなアイコン、エリック・クラプトンの集大成
今秋公開ドキュメントフィルム”Eric Clapton LIfe In 12 Bars” vol.2

Eric Clapton/ LIfe In 12 Bars(UNIVERSAL UICY-15738/9)
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ON AIR LIST
1.Bell Bottom Blues/Derek And The Dominos
2.Layla/Derek And The Dominos
3.I Shot The Sheriff/Eric Clapton
4.Nobody Knows You When You’re Down And Out/Derek And The Dominos

前回はデビューのヤードバーズからクラプトンのファースト・ソロ・アルバムまでで終わったんですが、そのソロを出した同じ1970年に彼は「デレク&ドミノス」を結成します。キーボード、ボビー・ウィットロック、ベースがカール・レイドル、ドラムがジム・ゴードンというメンバーですが、僕は個人的にクラプトンがいままでやってきたバンドでこのバンドがいちばん好きです。
クラプトンの持っているブルーズやブルーズだけでない他の音楽性もこの「ドミノス」で上手く表現できているし、オリジナルにも一層磨きがかかっていい曲がたくさんあります。
まずは僕が好きなこのオリジナル曲
1.Bell Bottom Blues/Derek And The Dominos
エリック・クラプトンとキーボードのボビー・ウィットロックの共作でBell Bottom Blues
I don’t want to fade away Give me one more day,please.I don’t want to fade away,In Your heart I want to stay(オレは消え去りたくないんだ、頼むからオレにもう一日くれ、君の心の中にいたいんだ)というサビの歌詞が格別いいです。そのメロディとクラプトンの歌、バックのサウンドすべてが悲しくて・・ソウルフルです

そして、次のこの有名曲です。親友であるビートルズのジョージ・ハリスンの奥さんパティを好きになってしまいこんな歌作ってしまったんですね・・レイラ。
いまのBell Bottom Bluesも彼女に対して書いたのではないかと思うのですが・・。
親友の奥さんを好きになってどうしょうもなく悩んでしまっているけど、彼女をあきらめきれない・・・。結局実生活ではパティをジョージから奪ってしまう。この歌の素晴らしさでごまかされてますが、略奪愛ですよね。ジョージの心境は・・・と僕なんか考えてしまうのです。
僕はこの曲のアウトロ、つまり歌が終わってそのままずっと演奏だけが続くんですが、そのアウトロが好きなので今日は最後まで聴いてください。
2.Layla/Derek And The Dominos
すごくいい曲がたくさんあり、当時のクラプトンの感情がすごくダイレクトに、ソウルフルにアルバムに表れたのがこのレイラのアルバムだと思います。このアルバムで僕はギタリストとしてだけでなく、シンガー・ソング・ライターとしての彼の才能を感じました。
いまの曲もそうですが、このアルバムにはデュアン・オールマンがギタリストで参加しています。そのデュアンの存在がまたいい意味でクラプトンに刺激を与えたと思いすま。
そして、1974年リリースの「461オーシャン・ブールバード」のこの曲を聴いて僕はボブ・マーリーを知り、そしてレゲエを知ることになりました。
クラプトンはいい音楽を見つけるミュージシャンでもあります。
3.I Shot The Sheriff/Eric Clapton
先週もクラプトンのこの言葉を言いましたが、クラプトンは最新のインタビューで「音楽を聴くことは、音楽を演奏できるようになることと同じくらい大切だった」と語っています。これはクラプトンだけでなくキース・リチャーズでもポール・マッカートニーでも、ボブ・ディランでももちろん歌ってギターを弾くことは大切ですが、同じように音楽聴くことがすごく好きなんですね。だからプレイヤーの前に音楽のリスナーとしてまず深く音楽に入って音楽をたくさん聴かないといいプレイヤーにはなれないということだと思います。この「音楽を聴くことは、音楽を演奏できるようになることと同じくらい大切だった」というのはいい言葉だと思います。だから、クラプトンはボブ・マーリーの音楽の素晴らしさを見つけられたんですね。

最近のクラプトンについては僕はあまり好きにはなれないのですが、やはりこうして彼の音楽歴を振り返ってみるとさすがです。
ただ、彼が「ブルーズ」という音楽の大きなアイコンになり過ぎた感じはあります。彼にとってブルーズは音楽の世界に導いてくれた最も大切な音楽だと思いますが、聴いてもらってるように彼はブルーズだけじゃないミュージシャンです。ブルーズマンという感じは僕はクラプトンにもってないです。素晴らしいロック・ミュージシャンです。
なのにブルーズというとエリック・クラプトンという名前が安易に出てくる。彼も行き詰まるとブルーズやるんですが・・・。
僕は彼がブルーズだけをやったアルバムは僕はあまり好きではないです。とくに歌は黒人のリアルなブルーズを聴いていると彼の歌が軽く感じます。でも、ギターは上手いです。クラプトンを大好きな人たちの中には彼の弾くブルーズギターが好きな人がたくさんいますが、ブルーズはギター・ミュージックではなくヴォーカル・ミュージックなんです。ブルーズという音楽は歌なんですよ。そこでこそ判断されるべき音楽だと僕は思います。
付け加えるならクラプトンは素晴らしいシンガー・ソングライターでオリジナルでこそ彼の本領は出ていると僕は思います。
では、最後に1920年代にベッシー・スミスが歌った古いブルーズのクラプトンのカバー。
「君が落ちぶれた時にはみんな君のことは知らんぷりやで」
4.Nobody Knows You When You’re Down And Out/Derek And The Dominos

先週と今週、2週に渡ってこの秋公開されるエリック・クラプトンのドキュメント映画”Eric Clapton LIfe In 12 Bars”のサントラ盤を聴きました。映画の公開が楽しみです。
最後のNobody Knows You When You’re Down And Outのオリジナル、ベッシー・スミスを是非聴いてみてください。

2018.08.17 ON AIR

ブルーズロックの大きなアイコン、エリック・クラプトンの集大成
今秋公開ドキュメントフィルム”Eric Clapton LIfe In 12 Bars” vol.1

Eric Clapton/ LIfe In 12 Bars(UNIVERSAL UICY-15738/9)
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ON AIR LIST
1.I Wish You Would/The Yardbirds
2.All Your Love/John Mayall & The Bluesbreakers with Eric Clapton
3.Strange Brew/Cream
4.While My Guitar Gently Weeps/The Beatles
5.After Midnight/Eric Clapton

エリック・クラプトンのドキュメント映像”Eric Clapton LIfe In 12 Bars”がこの秋に公開されます。予告資料を読むとかなりリアルなドキュメントになっているようで楽しみです。エリック・クラプトンのこれまでの人生そのものが、60、70、80、90、2000、2010と半世紀以上に渡るロックのひとつの歴史でもあるわけで、それが映像として描かれるのはとても意義深いことです。
それで今日から2回に渡ってこの映画のサントラを中心に僕が思うエリック・クラプトンの話をしたいと思います。
クラプトンは60年代ヤードバーズでプロ・キャリアのスタートを切ってから現在に至るまで白人ロック・ミュージシャンとしてブルーズの大きなアイコンであることに間違いはなく、昔もいまもクラプトンからブルーズに入る人はたくさんいると思います。
この映画のタイトル”LIfe In 12 Bars”も「12小節の人生」ということですが、12小節とは一般的なブルーズの音楽形式のことで実にうまい表現だなと思います。だから「ブルーズの人生」と訳してもいいんですが・・・。
でも、クラプトンが歌っているオリジナルの「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」「いとしのレイラ」「バッジ」「ティアーズ・イン・ヘヴン」などは、僕はブルーズとして捉えていません。だから、ブルーズの大きなアイコンなのですが、必ずしも彼の志向はブルーズだけではなかったのです。もちろん、彼がロバート・ジョンソンのカバー・アルバムをリリースしたりするブルーズをすごく好きなミュージシャンであるのは間違いないのですが・・。
このサウンドトラックの最初に収録されている曲が彼のオリジナル曲やヒット曲ではなく、彼が敬愛するビッグ・ビル・ブルーンジーのブルーズであることからも彼のブルーズ好きがわかると思います。
そのあとにマディ・ウォーターズが2曲収録されていて、クラプトン本人の演奏が出てくるのは三曲目からです。
それでまずクラプトンの最初のバンドと言えば「ヤードバーズ」ですが、ヤードバーズがデビューした頃、僕はとにかくビートルズに夢中で・・次にストーンズという感じでした。まあ、興味はあったけど中学生ですからお金もなかったのでヤードバーズは後回しになりました。つまりビートルズがあまりに圧倒的で、子供心にも他のブリティッシュのグループから群を抜いているのがわかってました。そして、ヤードバーズはまだ子供だった僕がブルーズ的な音を理解できないでいたということもあると思います。だからヤードバーズは高校生くらいで初めてしっかり聴きました。
この”Eric Clapton LIfe In 12 Bars”のアルバムではクラプトンの最初のキャリアとしてヤードバーズのこのブルーズを収録しています。
1.I Wish You Would/The Yardbirds
I Wish You Wouldは50年代から60年代にかけて活躍したブルーズマン、ビリーボーイ・アーノルドがオリジナルですが、ロッキン・ブルーズのテイストが濃いかっこいいブルーズで選曲のセンスは抜群です。60年代当時のイギリスのロック・ミュージシャンのブルーズへの傾倒はかなりなものでいろいろ聴いていないとビリーボーイ・アーノルドあたりにはたどり着かないと思います。
ヤードバーズが”For Your Love”というポップなオリジナル曲への志向を始めたので、クラプトンがバンドを辞めてしまったのは有名な話ですが、それほど当時はブルーズへの気持ちが強かったんでしょうね。
1965年のはじめにはヤードバーズをやめて、イギリスのブルーズ専門店のような「ジョン・メイオール&ブルーズブレイカーズ」に加入します。この時クラプトンまだ20才です。そして、翌年リリースされたのが名盤”Bluesbreakers with Eric Clapton”です
このアルバムは黒人ブルーズを知ってから聴くとかなり衝撃的でした。つまり、1960年代の半ばで白人であれだけブルーズギターを巧みに弾けるのは、クラプトンだけだったかも知れません。
やっぱり上手いです、ギター。その見本みたいな演奏がそのアルバムに入っているオーティス・ラッシュの曲のカバーです。
2.All Your Love/John Mayall & The Bluesbreakers with Eric Clapton

クラプトンはこのブルーズ・ブレイカーズ時代に急速にギターの腕を上げていきます。当時イギリス国内ではいちばん上手いギタリストという評価でした。でも、このブルーズブレイカーズにいたのも1年足らずでクラプトンは次のバンド、「クリーム」結成に向います。
1966年7月にクリームのデビューとなるのですが、ドラムのジンジャー・ベイカーがクラプトンにバンド結成をもちかけ、OKしたクラプトンはベースにジャック・ブルースを指名するんですが、実はブルースとベイカーはめっちゃ仲悪かったんですね。その前にやっていたグレアム・ボンド・オーガニゼーションでふたりは同じだったんですが、その頃からジンジャー・ベイカーとジャック・ブルースは仲悪かったそうです。ふたりともその音楽的な才能は認め合ってるんですが・・ね。
クリームというバンドは1966年から69年までの3年間続いたバンドでちょうど僕の高校3年間にあたります。実はその3年間というのはめまぐるしくロックが変った時期で、歴史的な名盤ビートルズの”Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band”が67年にリリースされ、ジミ・ヘンドリックスがデビューして革命的なギター・プレイでロックを変革し、ジャニス・ジョップリンが登場し、ローリング・ストーンズは「ベガーズ・バンケット」を68年にリリース、「レット・イット・ブリード」69年にリリース、同じ69年には現在にも届くハードロックの元祖レッド・ツェッペリンがデビューし・・という非常に充実した時期でした。新しいサウンドや新しいコンセプトや歌詞やメロディにおいてもすごく変遷の激しい時代でした。その中でクリームは僕の中では、いくつかの好きな曲を除いてそんなに好きなバンドではなかったのです。それはドラムが好きではなかった。つまりジンジャー・ベイカーのドラムが・・・・・すんませんね。結構リードを取っているジャック・ブルースの歌もあまり好きではなかったんですが・・。もちろんクラプトンのギターは上手いなぁとは思ってましたが、いつも言ってるように僕にとっては歌がまず大事なんですよ。
そんな中、クリーム時代のクラプトンで僕が好きなのがこの曲
3.Strange Brew/Cream
クリームは有名なロバート・ジョンソンのカバー”Crossroads”とかハウリン・ウルフのカバーの”Spoonful”とかよりいまの”Strange Brew”とか”Sunshine of your love”のオリジナルの方が僕は好きでした。当時は高校生でまだ黒人ブルーズを知らなかったけど、黒人ブルーズを知ってからはより黒人ブルーズの彼らのカバーは好きになれなかった。アレンジが大げさに感じたし、17分くらい演奏している”Spoonful”に至っては退屈なインプロビゼーションとしか感じられなかった。だから当時のたくさん登場したロック・グループの中で、僕にとってクリームはあまり惹かれるバンドではなかった。やはりダントツに刺激的だったのはビートルズとジミ・ヘンドリックスでした。
このクリームをやっている頃にビートルズやアレサ・フランクリンのレコーディングに参加を依頼されてクラプトンは印象に残る素晴らしいギターを弾いています。
これから聴いてもらうビートルズのこの曲、ジョージ・ハリスンが作った曲も素晴らしいですが、クラプトンのギターは実に印象に残る素晴らしいものでした。

4.While My Guitar Gently Weeps/The Beatles
結局、最初から仲の悪かったジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの関係が最悪になりクリームは解散。
クラプトンは前々から一緒にやりたかったスティーヴ・ウィンウッド(スペンサー・デイヴィス・グループ)と、「ブラインド・フェイス」を結成するのですが、この時もドラムはジンジャー・ベイカーなので僕は好きになれなかった。ウィンウッドは大好きなんですがね。しかも、このバンドは1年もたずに解散。僕の思い出に残っているのは”Presence Of the Lord”一曲くらいです。それでその後アメリカに渡りデラニー&ボニーのゲスト・ギタリストとして彼らのツアーを一緒に回った。このことがクラプトンにとっては大切な時期だったと思います。ゲスト・プレイヤーということでひと息着いたと思うし、大好きなアメリカの音楽に囲まれ、いろんなミュージシャンにも出会えたと思います。イギリスでは神とか天才扱いされていましたけど、アメリカでは自分の好きなブルーズマンはじめたくさん素晴らしいギタリストもいるし、自分の好きな音楽がより身近に感じられたと思います。大体僕は人間を神と呼んだり、簡単に天才と呼んだりするのは好きやないんですけどね。
それでデラニー&ボニーとの活動のあと、いよいよソロ・デビューです。
1970年、ファースト・ソロアルバム「エリック・クラプトン・ソロ」に収録されていたJ.J.ケイルの曲のカバーです。
5.After Midnight/Eric Clapton
この曲のオリジナルであるJ.J.ケイルの音楽に出会えたことも彼にとっては大きかったですね。つまり、J.J.ケイルのようなレイドバックした音楽との出会いは彼のギターにも、そして特に歌うことにとても影響したと思います。あと曲作りにも・・・。だから、僕はクラプトンは多くの黒人ブルーズマンと同じようにJ.J.ケイルに足向けては寝れないと思います。歌はかなり影響うけたと思います。

クラプトンは最新のインタビューで「音楽を聴くことは、音楽を演奏できるようになることと同じくらい大切だった」と語っています。これはクラプトンだけでなくキース・リチャーズでもポール・マッカートニーでも、ボブ・ディランでももちろん歌ってギターを弾くことは大切ですが、同じように音楽聴くことがすごく好きなんですね。だからプレイヤーの前に音楽のリスナーとしてまず深く音楽に入って音楽をたくさん聴かないといいプレイヤーにはなれないということだと思います。この「音楽を聴くことは、音楽を演奏できるようになることと同じくらい大切だった」というのはいい言葉だと思います。

来週ももう一回クラプトンの新しい”Life In 12 Bars”

2018.08.10 ON AIR

ブルーズとソウルの最後の砦、マラコ・レコード50周年を祝う

ON AIR LIST
1.Groove Me/KIng Floyd
2.Misty Blue/Dorothy Moore
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
4.The Blues Is Alright/Little Milton

今日はこの4月にリリースされたマラコ・レコードの50周年を祝うコンピレーションLPレコードを聴きます。
このアルバムにはボビー・ブランド、ドロシー・ムーア、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトンなどマラコ・レコードでヒットを出したソウル、ブルーズマンが収録されているのですが、この他にもマラコにはたくさんすばらしいシンガーがいます。でも、いましたと言った方がいいかも知れません。
と言うのもすでにボビー・ブランド、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトン、デニス・ラセールなど天国へ行ってしまった人たちがかなりいます。
“ The Last Soul Company”(最後のソウル、魂、ソウルミュージックのレコード会社)と自らを呼んでいるマラコレコードは、ブルーズ、ソウル、ゴスペルと黒人音楽専門レーベルで黒人音楽ファンには馴染みのレーベルですが、スタックスとかモータウン、ハイレコードのほどは知られていません。
マラコレコードは元々は1960年代はじめに立ち上げられ会社ですが、録音製作を始めたのは67年でスタックスやモータウンよりあとからです。ミシシッピーのジャクソンという街にスタジオを構えて製作を始めました。ジャクソンという街は昔から放浪のブルーズマンたちが立寄ったり、ブルーズの歌詞にも出てくる僕なんかにとっては同じみの街ですが南部の田舎街です。マラコはそういう田舎町の郊外の畑があるようなところにぽつんとスタジオがあるようです。設立当初はそれこそ地元のブルーズマン、フレッド・マクダウェルのレコードでちょっと話題になったくらいでこれといったヒットもなく経営状態はかなり苦しかったようです

1970年になってマラコの最初のヒットが生まれます。この曲をいま聴いても「カッコいい!」です。
当時マラコはこの曲を全国レーベルとして有名なアトランティックレコードかスタックスレコードからリリースしてもらおうと交渉したのですが、両方とも受けてくれなかったので自分のチムニーヴィルという小さなレーベルからリリースすることにしました。するとラジオでONAIRされるとリクエストが殺到して、ヒットの兆しが見えるとアトランティックからリリースされたということです。
1970年キング・フロイドが歌ったソウル・ファンクの名曲。さあ、ヴォリューム上げて踊ってください!
1.Groove Me/KIng Floyd
今日紹介のLPレコード「MALACO RECORDS THE LAST SOUL COMPANY 50 YEARS OF EXCELLENCE」のB面の1曲目に収録されています。
このGroove Meのヒットの後に続いたマラコレコード第二弾ヒットが女性ソウルシンガー、ジーン・ナイトが歌った“Mr. Big Stuff”。これはスタックスレコードからリリースされR&Bチャートの1位になり、いまもソウル・クラシックの名曲となってます。

しかし、70年代初め、マラコレコードはいい曲をリリースするのですがヒットが続きません。僕もずっと黒人音楽を聴いていますが、アメリカにはもう星の数ほどのレーベルが立ち上げられては消えてしまってます。数枚リリースして終わっている会社もたくさんあります。それだけ厳しい世界なんですね。
レコードを製作するというのはお金もかかるし、腕のいいプロデューサー、アレンジャー、ミュージシャン、そして何より魅力的な力のある歌手がいないとダメですからね。そんな中、1975年に救世主が現れます。
マラコから登場したドロシー・ムーアの珠玉のバラードが全米チャートの3位に入る大ヒットとなります。
この曲は僕が初めてアメリカへ行った70年代半ばよくラジオから流れていました。
Ooooh honey, it’s been such a long, long timeと始まる「あなたと別れてから長い月日が過ぎた。やっとあなたのことを忘れられそう。でもあなたの名前を口にするとまた想い出して切なくなる。そして溢れる涙で目が靄のようにかすんで私は悲しみに沈み込んでしまう」愛した人をなかなか忘れられない女心を歌った70年代ソウルの名曲のひとつです。
2.Misty Blue/Dorothy Moore
My whole world turns misty blueという歌詞がいいです。ドロシー・ムーアのしっかりした強い歌声で歌われる甘くて切ないオブラートがかぶさっているパラード。すばらしい名唱だと思います。
ドロシー・ムーアは他にも「ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ」「アイ・ビリーブ・ユー」というヒットがありますが、元々ゴスペル出身です。実はマラコはゴスペルのシンガーもたくさんリリースしているレコード会社で、いまもゴスペルにかなり力を入れてます。

ブルーズという音楽が60年代からだんだんと低迷していき、70年代に入るともう黒人音楽のメインストリームは完全にソウル、ファンク、クロスオーバーになりやがてラップ、ヒップホップという新しいジャンルを迎えることになります。ブルーズにおいては単発的な動きはあるけれどなかなか繋がっていかない状態で、有名なブルーズマンたちはヨーロッパや日本へのツアーもありましたがほとんどのブルーズマンは厳しい状況でした。
そんな中、80年代に入って次の曲が南部一帯でヒットしてまだまだ中高年層を主体にブルーズを聴きたい黒人たちがいることがわかりました。
1981年リリース、Z.Z.ヒルが歌った「ダウンホーム・ブルーズ」が収録されたアルバム”Down Home”は、50万枚以上をセールスして、チャートに2年以上あがっていたアルバムとなりました。
元々、Z.Z.ヒルは60年代から活躍するサザン・ソウル系のシンガーなのですが、このブルーズを歌ってヒットしたことでブルーズシンガーと呼ばれることも多くなりました。
この曲は本当に普通のゆったりした、リラックスしたシャッフルビートのブルースで、「パーティは盛り上がってる、靴を脱いで髪を解いてリラックスしてゆったりダウンホームブルーズで楽しもう」というブルーズです
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
Down Homeとはアフリカン・アメリカンの人たちにとって南部の故郷を表す言葉でもあり、都会から故郷に返ってゆっくりしよう的な意味もあると思います。
この80年代はアメリカでアメリカン・アフリカンのソウルフード屋に食べに行くとジュークボックスに必ずいまの「ダウンホーム・ブルーズ」と次の「ブルーズ・イズ・オールライト」が入ってました。また、クラブではジュークボックスから曲が流れるとお客さんがみんなで「Down Home Blues ~」と歌ってました。
ダウンホーム・ブルーズのヒットを受けて作られたのが次の「ブルーズは終わっていない、死んではいない」という宣言のようなキャッチとなった「The Blues Is Alright/」でした。
4.The Blues Is Alright/Little Milton
大きな音楽の流れから観ると70年代終わりに向かって落ち込んでいきそうなブルーズの流れは、エンターティメントとしてとてもよく出来た映画の「ブルーズ・ブラザーズ」やブルーズロックとして脚光を浴びたスティービー・レイボーン、そして久々に実力のある若い黒人ブルーズマンとして登場したロバート・クレイ、あとロバート・ジョンソンのアルバムのCD化などブルーズの話題がいろいろあった時代にこのマラコレコードは黒人に向けた南部のレコード会社としてがんばりました。そして、いまも「ラスト・ソウル・カンパニー」として素晴らしいアルバムをリリースしています。