2026.09.25 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたちVol.2

ON AIR LIST
1.Country Boy/Dave Bartholomew
2.Southern Nights/Allen Toussaint
3.YaYa/Lee Dorsey
4.Get Out Of My Life, Woman/Lee Dorsey
5.Working In A Coalmine/Lee Dorsey

前回からニューオリンズの膨大な音楽を少しずつ紹介しょうと始めたのですが、あまりにもたくさんあり過ぎでオレ、大丈夫かと思ってます。
まあ、きっかけはニューオリンズの偉大なピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの映画が公開されたことだったのですが、そのブッカーの才能に気づいてブッカー14歳の時に最初のレコーディングをプロデュースしたのが今日最初に聞いてもらうデイヴ・バーソロミュー。
デイヴ・バーソロミューはトランペッターでもあり歌手でもあり自分の楽団のリーダーでもありプロデューサーでしたが、彼自身が歌った大きなヒットというのはありませんでした。プロデューサーとしての才能がすごくありファッツ・ドミノを売り出したのも彼でした。いわゆるニューオリンズR&Bの基本を作った人です。でも、せっかくですから彼が歌っていた曲をひとつ。

1.Country Boy/Dave Bartholomew

デイヴ・バーソロミューの果たした役割は大きかったです。彼のバンドにいたドラムのアール・パーマーはバック・ビートと呼ばれるR&B、R&Rそしてソウルの基本となるビートを生み出した人でした。それが50年代の話でニューオリンズの音楽が充実していく時代でした。そのデイヴ・バーソロミューの役割を次の時代、60年代に担ったのがアレン・トゥーサンでした。アレン・トゥーサンもシンガーでありピアニストなんですが、アーマ・トーマス、リー・ドーシー、ミーターズなどニューオリンズのミュージシャンだけでなくボール・サイモン、ザ・バンド、ラベルそしてブルーズのアルバート・キングなど様々なミュージシャンのプロデュースを手掛けました。

自らも次のいかにもニューオリンズらしい名曲を歌って残しました。
「そよ風のように自由な南部の夜を感じたことがありますか」

2.Southern Nights/Allen Toussaint

ニューオリンズに初めて行った時、夜歩いているときに何度もこの歌を思い出しました。
アレン・トゥーサンは自分のアルバムもたくさん出して日本にも何度か来てくれました。そしていろんな曲をプロデュースしてヒットを出してニューオリンズの音楽を世界に広めたとても重要な人でした。
では彼がプロデュースしてヒットした曲からまず60年代のニューオリンズを代表するシンガー、リー・ドーシー。
1961年シングルリリースされR&Bチャート1位、ポップチャートでも7位まで上がったこの曲。

3.YaYa/Lee Dorsey

リー・ドーシーは若い頃ボクサーで「キッド・チョコレート」いうリングネームだったらしいです。全然強そうに思えない名前ですが・・・、シンガーとして花開いたのは30代後半でかなりおっさんになってからです。いまのYa Yaは1974年にジョン・レノンがシングル・リリースしたり、映画「アメリカン・グラフィティ」でも流れていました。
次の「Get Out Of My Life, Woman」もアレン・トゥーサンのプロデュースで1965年リリース。これもR&Bチャートの5位まで上がりました。この曲はブルーズマンに人気でB.B.キング、フレディ・キングもカバーしてますが、ぼくがいちばん好きなのはスタックス・レコードで録音したアルバート・キングのカバー。「Get Out Of My Life, Woman」ですから「俺の人生から出て行ってくれよ、お前」で「もう俺のことを愛してないんだろ」という三行半の内容です。こう言いたいでも言えない男はたくさんいると思います。

4.Get Out Of My Life, Woman/Lee Dorsey

次は”Working In A Coal Mine” Coal Mineは炭鉱。石炭を掘る炭鉱です。「地面の下へ下へ進んで炭鉱で働いてる。滑り落ちそうになりながら、朝の5時から仕事だ。土曜の休みになっても疲れ過ぎて楽しめない。いつまで続くんやねん、こんな生活」炭鉱やないけれど仕事に追われている人にはぐっと来る歌詞だと思います。
これも1966年R&Bチャート5位になりました。

5.Working In A Coalmine/Lee Dorsey

アレン・トゥーサンはリー・ドーシーと相性が良かったのか曲を作りアレンジ、プロデュースしてたくさんヒット曲を出しました。たぶん使いやすいシンガーだったのだと思います。リー・ドーシーは歌がめちゃうまい訳でもないのですが、独特の男っぽい味のあるシンガーでライヴ映像を見てもダンスが上手いわけでもなくストレートに歌うタイプです。本人はどんなに売れても歌の仕事がない時は自動車の修理工をやっていたらしいです。そういうことも歌に出ていたんですかね。
この番組のHPにぼくのライヴや新しいアルバム、イベントなどいろいろ情報をアップしてますのでhttps://blues-power.jp

2026.09.18 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたちVol.1

ON AIR LIST
1.Mardi Gras In New Orleans/Professor Longhair
2.Tipitina/Professor Longhair
3.Blueberry Hill/Fats Domino
4.Ain’t That A Shame/Fats Domino
5.My Blue Heaven/Fats Domino

ジェイムズ・ブッカーの映画「愛すべきビアノジャンキー」の公開があり、またニューオリンズの音楽に興味を持ち始めている人もいると思うのでもう一度ニューオリンズ音楽を聴いて見ようと思います。ニューオリンズの音楽はジャズ、ブルース、R&Bと奥が深いだけでなく幅も広いです。
ジェイムズ・ブッカーのようなピアニスト、キーボード・プレイヤーだけでもざっと名前をあげると、プロフェッサー・ロングヘア、アレン・トゥーサン、ファッツ・ドミノ、ヒューイ・スミス、ドクター・ジョン、ヘンリー・バトラー、エディ・ボー、ハリー・コニックJr.、ジェリー・ロール・モートンなどなど。
リトル・リチャードもニューオリンズで花開いたR&Rピアノの創始者ですね。ピアニスト以外で遡ればジャズの創始者のひとり、ルイ・アームストロングもニューオリンズの出身。
R&Bになるとデイヴ・バーソロミュー、ネヴィル・ブラザーズ、ブルーズのギター・スリム、アール・キング、そしてシカゴで活躍したリトル・ウォルターやバディ・ガイも同じルイジアナ州の生まれ。そしてニューオリンズにはザディコ・ミュージックもインディアン・ミュージックもケイジャン・ミュージックもある。
そんな豊かな音楽のあるルイジアナそしてニューオリンズの音楽を聴く時、やはり大きな遺産を残したキーボード・プレイヤーからとなります。
前回、前々回聴いたジェイムズ・ブッカーも憧れカバー曲も録音しているプロフェッサー・ロングヘアーをまず聴きましょう。
ニューオリンズのお祭りマルディグラのテーマ曲でもあり、ニューオリンズそのものを代表する1曲でもあります。

1.Mardi Gras In New Orleans/Professor Longhair

プロフェッサー・ロングヘアーは本名ヘンリー・ローランド・バード。基本的に今の曲もブルーズ進行の曲ですが、大きな特徴は南米のルンバ、カリプソ、マンボのリズムをそこにミックスさせとてもファンキーなダンス・ミュージックに仕立てたところです。
ニューオリンズという街がジャマイカなども近く中南米の音楽の影響も大きかったからでしょう。次もニューオリンズ・ファンキー・ミュージックの始まりです。

2.Tipitina/Professor Longhair

しかし、僕が実際プロフェッサーを熱心に聴き始めたのは80年代中頃からで、それ以前高校生くらいの頃にニューオリンズのミュージシャンとして頭に入っていたのはファッツ・ドミノ。
ファッツは世界的なヒット曲があったのでニューオリンズの音楽とは知らずヒット曲としてラジオなんかで流れていたのを聴いてました。次のも世界的な大ヒット曲です。

3.Blueberry Hill/Fats Domino

たぶん世界的に売れたニューオリンズのR&Bシンガーの最初はファッツだったのでしょう。オーケストラを持ってプロデュースもしていたデイヴ・バーソロミューの元でヒット曲をたくさん出しました。
次の曲はジョン・レノンもソロアルパム「ロックンロール」でカバーしてます。
ファッツ・ドミノはチャック・ベリー、リトル・リチャードなど一緒に50年代のR&Rブームの中にいた1人でもあったことも大きかったんですね。

4.Ain’t That A Shame/Fats Domino

日本ではファッツの次の曲が「私の青空」という日本語でヒットしました。
アメリカで原曲が発表されたのが1927年で翌年28年には堀内敬三さんという方が日本語に訳され二村定一さんと天野喜久代さんという2人がデュエットで録音されました。
僕が子供の頃、聴いていたのは喜劇役者でもあった榎本健一さんが歌ったヴァージョンで1936年に録音されていました。
うちの親父も酔っ払うと歌ってました。
「夕暮れに仰ぎ見る輝く青空、日が暮れてたどるは我が家の細道。狭いながらも楽しい我が家、愛の火影(ほかげ)のさすところ 恋しい家こそ私の青空」

5.My Blue Heaven/Fats Domino

ニューオリンズ音楽特集をしばらく続けます。
次回はピアニストのアレン・トゥーサン、ドクター・ジョンなどの代表曲をたくさんON AIRします。
11月14日に20年に突入するイベントを弘前でやります。そのよくじつにはイート&トークでライヴもやります。詳しくはまた。

2026.09.11 ON AIR

ニューオリンズ・ピアノの王様、ジェイムズ・ブッカー特集 vol.2

ON AIR LIST
1.All Around the World/James Booker
2.Eleanor Rigby/James Booker
3.Gonzo’s Blue Dream/James Booker
4.Professor Longhair Medley(Baldhead~Tipitina)/James Booker
5.Over The Rainbow/James Booker

ニューオリンズの伝説のピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの2回目。
映画『Bayou Maharajah(原題)/愛すべきピアノジャンキー』の中でニューオリンズの女性シンガー、アーマ・トーマスがジェイムズ・ブッカーと一緒に演奏したときの思い出を話しているんですが、ブッカーに「今日は何を歌うの?」と聞かれて何曲か曲名をいうとあとはお喋りをしてるだけでブッカーはリハーサルを何もしなかったと話しています。
天才肌の彼の頭の中を知る由もないのですが、小さい頃から聴いてきたブルーズやR&B,ジャズなどの曲がすごい量、彼の頭の中にはインプットされていてそれをすぐさま演奏できる能力が彼にはあったのでしょう。
最初に聴いてもらうのはリトル・ウィリー・ジョンがオリジナルシンガーで、リトル・ミルトンやルース・ブラウンなどたくさんのR&B、ブルーズシンガーが歌った曲です。
歌詞は同じですが、”All Around the World”というタイトルと”Grits Ain’t Groceries”という曲名とふたつあります。「君のことを愛していないなんてことはありえない。愛しているのは当たり前だろう」という歌です。

1.All Around the World/James Booker

次はビートルズの曲のカバーなんですが、ブッカーはビートルズが好きだったらしく”Something”,”Penny Lane”,”Let It Be”,”Day Tripper”などいろいろカバーしているのですが、今回は”Eleanor Rigby”を聴いて見ましょう。

2.Eleanor Rigby/James Booker

アレンジというかピアノの流れが尋常ではないプレイですが、彼の頭の中をこの曲がそんな風に流れているんだと思うと・・やはり異才のピアニストです。
1976年にはアルバム『Junco Partnerをリリース、翌77年に『King of the New Orleans Keyboard』をリリースして70年代半ばはヨーロッパへ行ったり自分の活動を広げて行った時期でしたが、ドラッグとアルコールへの依存も強くなり次第に体調を壊すことが多くなっていったブッカーです。
最後のアルバムとなったのは1982年のアルバム『Classified』。翌83年にヘロインの過剰摂取で倒れそのまま腎不全で亡くなってしまいました。43歳でした。
次の曲はブッカーが若い頃にヒットを出した”GONZO”という曲にちなんだ曲です。”GONZO”というのは麻薬中毒者の名前らしいのですが、その”GONZO”の青い夢というタイトルです。

3.Gonzo’s Blue Dream/James Booker

誰もがブッカーの才能を認め、おそらく彼自身もピアニストとしての実力には揺るぎない自信があったと思いますが、やはりニューオリンズ・ピアノの創始者の先輩プロフェサー・ロングヘアには常に尊敬の念を持っていたのだと思います。
自分がどれだけピアノが上手くても地元ニューオリンズの音楽の大きな一面を作り残したプロフェッサーの存在は大きかったのでしょう。

4.Professor Longhair Medley(Baldhead~Tipitina)/James Booker

最後はスタンダード曲として有名なOver The Rainbowです。「虹の彼方のどこかに夢が叶う素晴らしい場所がある」という曲です。歌はなくピアノのインストルメンタルですが、僕は世界でいちばん哀しいOver The Rainbowやと思います。

5.Over The Rainbow/James Booker

ブッカーは虹の彼方に素晴らしい場所を見つけられたのでしょうか。
今でこそジェンダーへの理解は深まってきて性差別の意識はなくなる方向に向かっていますが、彼が幼少期を過ごした40年代、そして思春期の50年代は理解が少なくゲイであった彼は苦しむことも多々あったと思います。そしてドラッグの中毒となってそこから抜け出れなかったのは本当に残念です。今生きていたら87歳。年老いたジェイムズ・ブッカーのピアノもきっと良かったと思います。

2026.09.04 ON AIR

ニューオリンズ・ピアノの王様、異才ジェイムズ・ブッカー vol.1

ON AIR LIST
1.Gonzo/James Booker
2.Sweet Thing/Freddy King (James Booker p)
3.Black Minute Walts/James Booker
4.On The Sunny Side Of The Street/James Booker
5.Junco Partner/James Booker

5月の終わりから公開された偉大なピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの生涯を描いたドキュメンタリー映画『Bayou Maharajah(原題)/愛すべきピアノジャンキー』をご覧になった方もいると思います。
映画で初めて彼のことを知った人もも多いかと思います。彼は大きなヒット曲があるわけでもなく1983年に43才の若さで亡くなってしまったのでニューオリンズの音楽を格別好きな人たちには知られた存在でしたが、ポピュラリティのあるミュージシャンではありませんでした。
私もファッツ・ドミノとかプロフェッサー・ロングヘア、アレン・トゥーサン、ドクター・ジョンなどのニューオリンズのピアニストは知ってましたが、ジェイムズ・ブッカーの音楽に出会ったのは80年代終わりあたりから自分の中でニューオリンズの音楽に急に興味が出てからです。

ジェイムズ・ブッカーは1939年にニューオリンズ生まれ。お父さんは牧師さん。
それで教会にあるオルガンに興味を持ち弾くようになり、リトル・ブッカーと呼ばれ11才でゴスペル専門のラジオ局で自分の番組を持ったほど才能に恵まれた子供だったようです。
その才能に気づいたひとりがニューオリンズのトランペッターでありバンド・リーダーでありプロデューサーでもあったデイヴ・バーソロミュー。
彼がブッカーを15才で初レコーディングさせました。そしてブッカーはこの頃からファッツ・ドミノなどの録音でスタジオ・ミュージシャンとしても活動し始めました。
音楽的にすごく早熟でその才能も傑出していたのだと思います。
20才頃まで順調に活動して22才の時1960年ピーコック・レコードからシングルでリリースされた”Gonzo”がR&Bチャート3位にランクイン。

1.Gonzo/James Booker

これがローカル・ヒットして少し名も知れたブッカーはシングルを三枚リリースしましたがその後はヒットはなし。しかし、そのピアノの腕前は音楽業界で評判になりアレサ・フランクリン、T.ボーン・ウォーカー、リンゴ・スターなどいろんなミュージシャンの録音に参加する腕利きのスタジオ・ミュージシャンになっていきました。
1969年に参加したフレディ・キングの”Freddie King Is A Blues Master”にも参加してまして、そこから一曲
ギター・インストの曲なのになぜかピアノもフィーチャーされているブッカーのビアノです。このアルバムを初めて聴いた1970年頃は僕は彼の凄さは全くわかっいなかったです。

2.Sweet Thing/Freddy King (James Booker p)

60年代の中頃からブッカーのドラッグの常習が始まり、1970年にヘロインの所持で逮捕されます。ドクター・ジョンの自伝でもネヴィル・ブラザーズの評伝でも当時のニューオリンズの多くのミュージシャンがドラッグを日常的に使用していたことが書かれています。
ジェイムズ・ブッカーはゲイでもありジャンキー(ドラッグ常習者)でもあり複雑な心の持ち主だったと思います。
ただこの映画の邦題でも「愛すべきピアノジャンキー」とジャンキーという言葉を使ってますが、僕はあまり好きではなく原題の”Bayou Maharaja”(バイユーはニューオリンズの湿地帯のことでマハラジャはインドの王様のことですが、ここでは(ニューオリンズのピアノの王様)という意味でしょう)の方がいいと思います。彼がゲイであったことやジャンキーであったことが大切なことではなく、大切なのは彼のピアノ・プレイ、彼の音楽性です。

ジェイムズ・ブッカーのソロ・アルバムを聴いたのは1976年録音の”Junco Partner”というアルバムでした。今もよく聴くアルバムですが、その1曲目がこの曲でした。

3.Black Minute Walts/James Booker

ニューオリンズ・ピアノが聴けると思ったら一曲目に流れて来たのがお聞きの不思議なクラシック調の曲でした。どこかで聴いたことがあると思ったら原曲はショパンの有名な「子犬のワルツ」でした。
ショパンの原曲タイトルは「マイニュート・ワルツ」ですが、ブッカーはそこにBlackをつけて「ブラック・マイニュート・ワルツ」というタイトルにしました。「黒い子犬のワルツ」です。一曲目にこれが出て来て驚きましたが、聴いているうちにピアノを弾けない私でもわかるとんでもないテクニックを駆使した演奏だとわかりました。
とにかくこのアルバムを聴く進むに連れてブッカーがこんなすごいピアニストだったんだと驚きました。もちろん次のようなニューオリンズ・テイストのお馴染みのナンバーも収録されているのですが、何か他のピアニストとは違う濃厚なフィーリングを感じました。

4.On The Sunny Side Of The Street/James Booker

次はアルバム・タイトル曲です。ジャンコ・パートナーですからジャンコはジャンキーつまり麻薬常習者。パートナーは仲間ですから麻薬常習者の仲間。まあその仲間が向こうからやってくる。本人が本人のことを歌っているような曲ですが、酒も飲んでいろんな麻薬もやっているどうしょうもないやつの歌です。
そのどうしょうもないものがブッカーの中に彼自身も持て余すような深くて大きな感情となってあったような気がします。

5.Junco Partner/James Booker

いろいろと問題のある人だったと思いますが、映画の中ではそのピアノ・ブレイを音楽的に説明して絶賛していたハリー・コニックJr.のシーンが的を得て素晴らしかった。彼はブッカーにピアノを教えてもらっていたミュージシャンです。もし、この映画「愛すべきピアノジャンキー」を機会があればぜひ逃さないで観てください。いい映画でした。
来週はもうすこし深くジェイムズ・ブッカーを聴きます。