2026.10.09 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたち Vol.4

ON AIR LIST
1.Land Of 1000 Dances/Chris Kener
2.I Like It Like That/Chris Kenner
3.Mother-In-Law/Ernie K-Doe
4.Right Place Wrong Time/Dr.John
5.Southern Nights/Allen Toussaint

ずっと聞いておられる方はわかったと思うのですが、50年代にデイヴ・バーソロミューがプロデューサーとしてニューオリンズの音楽を引っ張って行った役割を60年代にしたのがアレン・トゥーサンです。彼はピアニストでありシンガーでもあるのですが、アーマ・トーマス、リー・ドーシー、ベニー・スペルマンなどニューオリンズの個性あふれるシンガーをデビューさせ、多くのヒット曲を世に出しました。

先ずは邦題が「ダンス天国」原題が”Land Of 1000 Dances”
ご存知の人も多いと思います。ウィルソン・ピケットはじめ多くのカバーがあるR&Bの有名曲ですがオリジナルシンガーはクリス・ケナーです。この曲のアレンジとプロデュースをしたのもアレン・トゥーサンです。曲を作ったのは本人とファッツ・ドミノの名前がクレジットされています。多分ウィルソン・ピケットのシャウトを混えた歌とスピード感のあるハードバージョンの方が有名ですし、僕もそのピケットのヴァージョンでこの曲を知りました。原曲はニューオリンズらしい、いなたい感じがする、いやゆったりした感じのものです。当時流行っていたダンスの名前、ツイストやマッシュポテト、アリゲーター、ワトゥシなどがたくさん出てきます。

1.Land Of 1000 Dances/Chris Kener

1962年リリースのオリジナル「ダンス天国」でした。みんなでコールアンドレスポンスする「NaNaNaNa・・」というパートはオリジナルにはないんですね。あれはこの曲をカバーしていた「カンニバル&ザ・ヘッドハンターズというグループが付け加え、ウィルソン・ピケットがそれをカバーして広めたので「NaNaNaNa・・」が定番になりました。
もう一曲クリス・ケナーの代表曲でアレン・トゥーサンがプロデュースしたのが1961年の”I Like It Like That”
ピアノを弾いているのもトゥーサンです。曲名のI Like It Like Thatは「そういう感じが好きなんよ」とか「そんなんが俺は好きや」という意味でダンスナンバーに何曲かこんタイトルがあるのですが、パーティでダンスをしてる時に「このノリがめちゃええんよ」と言う感じ。

2.I Like It Like That/Chris Kenner

楽しいですね。ニューオリンズ必須のダンスナンバーです。

50年代から60年代のニューオリンズの歌手たちに共通しているのは、例えば同じ時代の有名なサム・クックやレイ・チャールズ、アレサ・フランクリンのようなゴスペル色が強く教会で鍛えられた歌の上手さがあるというより、どこか素朴でストレートで実直な歌の味わいがあります。いまのクリス・ケナーも先週聞いてもらったベニー・スペルマンやリー・ドーシーなんかもそうです。そして次のアーニー・ケイドゥもいなたい味のあるシンガーです。
曲はアレン・トゥーサンが曲も作りプロデュースもした曲です。
1961年に全米チャートで1位になりました。曲名のMother-In-Lawは義理の母親。「義理の母は私が知る限り最悪の人間だ。私たち(嫁さんと自分)を放っておいてくれたなら幸せな家庭を作れるのに、義理母は何かと口を出してくる。私が給料を持って帰るといくら稼いだのかって嫁さんに聞く。もう出て行って2度と帰ってこないでほしい」まあ世界中に鬱陶しい義理母はいるんでしょう。全米チャートの1位になったということは共感する人たちがたくさんいたということです。

3.Mother-In-Law/Ernie K-Doe

嫁はんのおかんなんとかならんかという感じがヒシヒシと伝わってきます。
いまの曲で素敵なピアノ・ソロを弾いていたのはアレン・トゥーサンです。

アレン・トゥーサンは60年代から70年代にかけて相当数のレコーディング・プロデュース、作詞作曲に参加したと思いますが、70年代に入ると地元のファンク・グループ”ミーターズ”を録音に起用してニューオリンズならではファンクを作ります。聞いてもらう1973年のドクター・ジョンのアルパム”In The Right Place”も彼がプロデュースしたいいアルバムです。その中から一番ヒットした曲”Right Place Wrong Time”
「正しい場所にいたはずなのにタイミングが悪かったんだ。正しいことを言おうとしたのに言葉を間違えてしまった。立ち止まろうとしているのに走り続けてしまう。頭の中は混乱しているけどなんかすごく楽しい」ちょっとぶっ飛んだファンキーな歌詞です。

4.Right Place Wrong Time/Dr.John

ミーターズのバックの演奏も素晴らしく、70年代の半ばくらいに日本のミュージシャンたちの間でもミーターズは評判になっていました。
今日の最後はアレン・トゥーサン自身が歌っている曲を聴きましょう。この曲好きな人たくさんいると思います。ニューオリンズを代表する曲の一つでしょう。

5.Southern Nights/Allen Toussaint

来週はニューオリンズの個性的なピアニストたちを少し昔に遡って聞いてみようと思います。

2026.10.02 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたち Vol.3

ON AIR LIST
1.It’s Raining / Irma Thomas
2.Ruler Of My Heart / Irma Thomas
3.Lipstick Traces (On A Cigarette) / Benny Spellman
4.Fortune Teller / Benny Spellman
5.Yes We Can / Lee Dorsey

前回はニューオリンズの偉大なソングライターであり、プロデューサー、ピアニストでもあったアレン・トゥーサンがプロデュースした男性R&Bシンガー、リー・ドーシーを聴きましたが、今回は同じくアレン・トゥーサンがプロデュースした女性シンガー、アーマ・トーマスを聞きます。まずはアレン・トゥーサンが作詞作曲もしてプロデュースもした1962年にリリースされた曲で「雨が降っている窓辺に座って離れてしまった恋人のことを切なく思っている」という名曲です。

1.It’s Raining / Irma Thomas

2分6秒という短い曲ですが心に残る曲です。アーマ・トーマスはあまり歌い上げない歌い方で素朴でどこかに品のある歌声が魅力です。ちなみにこの曲を作ったアレン・トゥーサンは作詞作曲者の名前をナオミ・ネヴィルとしてますが、これは彼の母親の旧姓を使ったものです。いろんな曲にナオミ・ネヴィルの名前が出てくるので昔、僕はどんな女性が作っているのだろうとずっと思ってました。
次の曲もアレン・トゥーサン(ナオミ・ネヴィル)の作詞作曲でプロデュースもアレン・トゥーサンです。曲名が”Ruler Of My Heart”でRulerは「支配者」という意味ですから「私の心の支配者」。自分の心を支配する愛する彼がいなくなって失恋したけれど彼が自分のところに戻ってくるのを待っているという歌です。1963年リリース。

2.Ruler Of My Heart / Irma Thomas

ソウル・ミュージックをよく知っている方ならこの曲がオーティス・レディングの”Pain In My Heart”と同じ進行だと気がついたと思います。オーティスはこの曲の歌詞を変えて”Pain In My Heart”を作りました。アーマの翌年64年のリリースです。
アレン・トゥーサンの作詞作曲そしてプロデュースの名曲はたくさんあるのですが、次の曲をぼくが最初に聞いたのはビートルズのリンゴ・スターの1978年のソロ・アルバム「バッド・ボーイ」でした。そのアルバムで一番好きな曲が次の曲でした。オリジナルシンガーはベニー・スペルマン。
1962年アレン・トゥーサンの名曲です。
「彼女が残していったタバコの口紅のあとを見て彼女への愛を募らせる」という歌です。

3.Lipstick Traces (On A Cigarette) / Benny Spellman

今のLipstick Tracesのシングル盤のB面がイギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズやフーにカバーされた「占い師」(フォーチュン・テラー)これもアレン・トゥーサンの曲です。60年代にイギリスのロックバンドの人たちがアメリカ、ニューオリンズから届くこういうR&Bのシングル曲を楽しみにしていた光景が目に浮かんでなんかええですよね。

4.Fortune Teller / Benny Spellman

昔、オバマ前大統領が演説の決まり文句として「Yes We Can」(私たちはできる)を使っていましたが、音楽好きのオバマさんはこの曲からあの言葉を言ったのではないかと思います。
歌詞の内容が「すべての男たちがいろんな問題を解決して兄弟のように生きよう。心の平和を見つけてせかいじゅうの女性たちを尊重しょう。そして子供達の為にもっとより良い世界にしょう。きっとできる。うまくいく」世の中の平和とみんなの平等を歌った名曲です。

5.Yes We Can / Lee Dorsey

いまの曲は1973年にポインター・シスターズのカバーでもヒットしました。まだまだアレン・トゥーサンが作ったりプロデュースしたニューオリンズの名曲があるし、アレン・トゥーサン自身が歌っている名曲もあるので来週もまずアレン・トゥーサンから。

2026.09.25 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたちVol.2

ON AIR LIST
1.Country Boy/Dave Bartholomew
2.Southern Nights/Allen Toussaint
3.YaYa/Lee Dorsey
4.Get Out Of My Life, Woman/Lee Dorsey
5.Working In A Coalmine/Lee Dorsey

前回からニューオリンズの膨大な音楽を少しずつ紹介しょうと始めたのですが、あまりにもたくさんあり過ぎでオレ、大丈夫かと思ってます。
まあ、きっかけはニューオリンズの偉大なピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの映画が公開されたことだったのですが、そのブッカーの才能に気づいてブッカー14歳の時に最初のレコーディングをプロデュースしたのが今日最初に聞いてもらうデイヴ・バーソロミュー。
デイヴ・バーソロミューはトランペッターでもあり歌手でもあり自分の楽団のリーダーでもありプロデューサーでしたが、彼自身が歌った大きなヒットというのはありませんでした。プロデューサーとしての才能がすごくありファッツ・ドミノを売り出したのも彼でした。いわゆるニューオリンズR&Bの基本を作った人です。でも、せっかくですから彼が歌っていた曲をひとつ。

1.Country Boy/Dave Bartholomew

デイヴ・バーソロミューの果たした役割は大きかったです。彼のバンドにいたドラムのアール・パーマーはバック・ビートと呼ばれるR&B、R&Rそしてソウルの基本となるビートを生み出した人でした。それが50年代の話でニューオリンズの音楽が充実していく時代でした。そのデイヴ・バーソロミューの役割を次の時代、60年代に担ったのがアレン・トゥーサンでした。アレン・トゥーサンもシンガーでありピアニストなんですが、アーマ・トーマス、リー・ドーシー、ミーターズなどニューオリンズのミュージシャンだけでなくボール・サイモン、ザ・バンド、ラベルそしてブルーズのアルバート・キングなど様々なミュージシャンのプロデュースを手掛けました。

自らも次のいかにもニューオリンズらしい名曲を歌って残しました。
「そよ風のように自由な南部の夜を感じたことがありますか」

2.Southern Nights/Allen Toussaint

ニューオリンズに初めて行った時、夜歩いているときに何度もこの歌を思い出しました。
アレン・トゥーサンは自分のアルバムもたくさん出して日本にも何度か来てくれました。そしていろんな曲をプロデュースしてヒットを出してニューオリンズの音楽を世界に広めたとても重要な人でした。
では彼がプロデュースしてヒットした曲からまず60年代のニューオリンズを代表するシンガー、リー・ドーシー。
1961年シングルリリースされR&Bチャート1位、ポップチャートでも7位まで上がったこの曲。

3.YaYa/Lee Dorsey

リー・ドーシーは若い頃ボクサーで「キッド・チョコレート」いうリングネームだったらしいです。全然強そうに思えない名前ですが・・・、シンガーとして花開いたのは30代後半でかなりおっさんになってからです。いまのYa Yaは1974年にジョン・レノンがシングル・リリースしたり、映画「アメリカン・グラフィティ」でも流れていました。
次の「Get Out Of My Life, Woman」もアレン・トゥーサンのプロデュースで1965年リリース。これもR&Bチャートの5位まで上がりました。この曲はブルーズマンに人気でB.B.キング、フレディ・キングもカバーしてますが、ぼくがいちばん好きなのはスタックス・レコードで録音したアルバート・キングのカバー。「Get Out Of My Life, Woman」ですから「俺の人生から出て行ってくれよ、お前」で「もう俺のことを愛してないんだろ」という三行半の内容です。こう言いたいでも言えない男はたくさんいると思います。

4.Get Out Of My Life, Woman/Lee Dorsey

次は”Working In A Coal Mine” Coal Mineは炭鉱。石炭を掘る炭鉱です。「地面の下へ下へ進んで炭鉱で働いてる。滑り落ちそうになりながら、朝の5時から仕事だ。土曜の休みになっても疲れ過ぎて楽しめない。いつまで続くんやねん、こんな生活」炭鉱やないけれど仕事に追われている人にはぐっと来る歌詞だと思います。
これも1966年R&Bチャート5位になりました。

5.Working In A Coalmine/Lee Dorsey

アレン・トゥーサンはリー・ドーシーと相性が良かったのか曲を作りアレンジ、プロデュースしてたくさんヒット曲を出しました。たぶん使いやすいシンガーだったのだと思います。リー・ドーシーは歌がめちゃうまい訳でもないのですが、独特の男っぽい味のあるシンガーでライヴ映像を見てもダンスが上手いわけでもなくストレートに歌うタイプです。本人はどんなに売れても歌の仕事がない時は自動車の修理工をやっていたらしいです。そういうことも歌に出ていたんですかね。
この番組のHPにぼくのライヴや新しいアルバム、イベントなどいろいろ情報をアップしてますのでhttps://blues-power.jp

2026.09.18 ON AIR

ニューオリンズの豊かな音楽

愛すべきニューオリンズのピアニストたちVol.1

ON AIR LIST
1.Mardi Gras In New Orleans/Professor Longhair
2.Tipitina/Professor Longhair
3.Blueberry Hill/Fats Domino
4.Ain’t That A Shame/Fats Domino
5.My Blue Heaven/Fats Domino

ジェイムズ・ブッカーの映画「愛すべきビアノジャンキー」の公開があり、またニューオリンズの音楽に興味を持ち始めている人もいると思うのでもう一度ニューオリンズ音楽を聴いて見ようと思います。ニューオリンズの音楽はジャズ、ブルース、R&Bと奥が深いだけでなく幅も広いです。
ジェイムズ・ブッカーのようなピアニスト、キーボード・プレイヤーだけでもざっと名前をあげると、プロフェッサー・ロングヘア、アレン・トゥーサン、ファッツ・ドミノ、ヒューイ・スミス、ドクター・ジョン、ヘンリー・バトラー、エディ・ボー、ハリー・コニックJr.、ジェリー・ロール・モートンなどなど。
リトル・リチャードもニューオリンズで花開いたR&Rピアノの創始者ですね。ピアニスト以外で遡ればジャズの創始者のひとり、ルイ・アームストロングもニューオリンズの出身。
R&Bになるとデイヴ・バーソロミュー、ネヴィル・ブラザーズ、ブルーズのギター・スリム、アール・キング、そしてシカゴで活躍したリトル・ウォルターやバディ・ガイも同じルイジアナ州の生まれ。そしてニューオリンズにはザディコ・ミュージックもインディアン・ミュージックもケイジャン・ミュージックもある。
そんな豊かな音楽のあるルイジアナそしてニューオリンズの音楽を聴く時、やはり大きな遺産を残したキーボード・プレイヤーからとなります。
前回、前々回聴いたジェイムズ・ブッカーも憧れカバー曲も録音しているプロフェッサー・ロングヘアーをまず聴きましょう。
ニューオリンズのお祭りマルディグラのテーマ曲でもあり、ニューオリンズそのものを代表する1曲でもあります。

1.Mardi Gras In New Orleans/Professor Longhair

プロフェッサー・ロングヘアーは本名ヘンリー・ローランド・バード。基本的に今の曲もブルーズ進行の曲ですが、大きな特徴は南米のルンバ、カリプソ、マンボのリズムをそこにミックスさせとてもファンキーなダンス・ミュージックに仕立てたところです。
ニューオリンズという街がジャマイカなども近く中南米の音楽の影響も大きかったからでしょう。次もニューオリンズ・ファンキー・ミュージックの始まりです。

2.Tipitina/Professor Longhair

しかし、僕が実際プロフェッサーを熱心に聴き始めたのは80年代中頃からで、それ以前高校生くらいの頃にニューオリンズのミュージシャンとして頭に入っていたのはファッツ・ドミノ。
ファッツは世界的なヒット曲があったのでニューオリンズの音楽とは知らずヒット曲としてラジオなんかで流れていたのを聴いてました。次のも世界的な大ヒット曲です。

3.Blueberry Hill/Fats Domino

たぶん世界的に売れたニューオリンズのR&Bシンガーの最初はファッツだったのでしょう。オーケストラを持ってプロデュースもしていたデイヴ・バーソロミューの元でヒット曲をたくさん出しました。
次の曲はジョン・レノンもソロアルパム「ロックンロール」でカバーしてます。
ファッツ・ドミノはチャック・ベリー、リトル・リチャードなど一緒に50年代のR&Rブームの中にいた1人でもあったことも大きかったんですね。

4.Ain’t That A Shame/Fats Domino

日本ではファッツの次の曲が「私の青空」という日本語でヒットしました。
アメリカで原曲が発表されたのが1927年で翌年28年には堀内敬三さんという方が日本語に訳され二村定一さんと天野喜久代さんという2人がデュエットで録音されました。
僕が子供の頃、聴いていたのは喜劇役者でもあった榎本健一さんが歌ったヴァージョンで1936年に録音されていました。
うちの親父も酔っ払うと歌ってました。
「夕暮れに仰ぎ見る輝く青空、日が暮れてたどるは我が家の細道。狭いながらも楽しい我が家、愛の火影(ほかげ)のさすところ 恋しい家こそ私の青空」

5.My Blue Heaven/Fats Domino

ニューオリンズ音楽特集をしばらく続けます。
次回はピアニストのアレン・トゥーサン、ドクター・ジョンなどの代表曲をたくさんON AIRします。
11月14日に20年に突入するイベントを弘前でやります。そのよくじつにはイート&トークでライヴもやります。詳しくはまた。

2026.09.11 ON AIR

ニューオリンズ・ピアノの王様、ジェイムズ・ブッカー特集 vol.2

ON AIR LIST
1.All Around the World/James Booker
2.Eleanor Rigby/James Booker
3.Gonzo’s Blue Dream/James Booker
4.Professor Longhair Medley(Baldhead~Tipitina)/James Booker
5.Over The Rainbow/James Booker

ニューオリンズの伝説のピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの2回目。
映画『Bayou Maharajah(原題)/愛すべきピアノジャンキー』の中でニューオリンズの女性シンガー、アーマ・トーマスがジェイムズ・ブッカーと一緒に演奏したときの思い出を話しているんですが、ブッカーに「今日は何を歌うの?」と聞かれて何曲か曲名をいうとあとはお喋りをしてるだけでブッカーはリハーサルを何もしなかったと話しています。
天才肌の彼の頭の中を知る由もないのですが、小さい頃から聴いてきたブルーズやR&B,ジャズなどの曲がすごい量、彼の頭の中にはインプットされていてそれをすぐさま演奏できる能力が彼にはあったのでしょう。
最初に聴いてもらうのはリトル・ウィリー・ジョンがオリジナルシンガーで、リトル・ミルトンやルース・ブラウンなどたくさんのR&B、ブルーズシンガーが歌った曲です。
歌詞は同じですが、”All Around the World”というタイトルと”Grits Ain’t Groceries”という曲名とふたつあります。「君のことを愛していないなんてことはありえない。愛しているのは当たり前だろう」という歌です。

1.All Around the World/James Booker

次はビートルズの曲のカバーなんですが、ブッカーはビートルズが好きだったらしく”Something”,”Penny Lane”,”Let It Be”,”Day Tripper”などいろいろカバーしているのですが、今回は”Eleanor Rigby”を聴いて見ましょう。

2.Eleanor Rigby/James Booker

アレンジというかピアノの流れが尋常ではないプレイですが、彼の頭の中をこの曲がそんな風に流れているんだと思うと・・やはり異才のピアニストです。
1976年にはアルバム『Junco Partnerをリリース、翌77年に『King of the New Orleans Keyboard』をリリースして70年代半ばはヨーロッパへ行ったり自分の活動を広げて行った時期でしたが、ドラッグとアルコールへの依存も強くなり次第に体調を壊すことが多くなっていったブッカーです。
最後のアルバムとなったのは1982年のアルバム『Classified』。翌83年にヘロインの過剰摂取で倒れそのまま腎不全で亡くなってしまいました。43歳でした。
次の曲はブッカーが若い頃にヒットを出した”GONZO”という曲にちなんだ曲です。”GONZO”というのは麻薬中毒者の名前らしいのですが、その”GONZO”の青い夢というタイトルです。

3.Gonzo’s Blue Dream/James Booker

誰もがブッカーの才能を認め、おそらく彼自身もピアニストとしての実力には揺るぎない自信があったと思いますが、やはりニューオリンズ・ピアノの創始者の先輩プロフェサー・ロングヘアには常に尊敬の念を持っていたのだと思います。
自分がどれだけピアノが上手くても地元ニューオリンズの音楽の大きな一面を作り残したプロフェッサーの存在は大きかったのでしょう。

4.Professor Longhair Medley(Baldhead~Tipitina)/James Booker

最後はスタンダード曲として有名なOver The Rainbowです。「虹の彼方のどこかに夢が叶う素晴らしい場所がある」という曲です。歌はなくピアノのインストルメンタルですが、僕は世界でいちばん哀しいOver The Rainbowやと思います。

5.Over The Rainbow/James Booker

ブッカーは虹の彼方に素晴らしい場所を見つけられたのでしょうか。
今でこそジェンダーへの理解は深まってきて性差別の意識はなくなる方向に向かっていますが、彼が幼少期を過ごした40年代、そして思春期の50年代は理解が少なくゲイであった彼は苦しむことも多々あったと思います。そしてドラッグの中毒となってそこから抜け出れなかったのは本当に残念です。今生きていたら87歳。年老いたジェイムズ・ブッカーのピアノもきっと良かったと思います。