2019.09.27 ON AIR

Hometown Blues / Sonny Terry & Brownie McGhee (P-Vine Records  PCD93002)
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ON AIR LIST
1.Meen Old Frisco/ Sonny Terry & Brownie McGhee
2.Sittin’ On Top Of The World/ Sonny Terry & Brownie McGhee
3.Feel So Good/ Sonny Terry & Brownie McGhee
4.Women Is Killin’ Me/ Sonny Terry & Brownie McGhee
5.Key To The Highway/ Sonny Terry & Brownie McGhee

今日聴いてもらうのはブルーズのデュオで有名な「ブラウニー・マギー&ソニー・テリー」の彼らがいちばん充実していたと言われる40年代終わりから50年代あたまの録音。
最初に聴いてもらうのは1942年にアーサー・ビッグボーイ・クルーダップがリリースした”Mean Ol Frisco”
フォーク・ブルーズ・シンガーたちがよく歌う曲でスタンダードな一曲ですが、シカゴブルーズのマディ・ウォーターズやリトル・ウオルターも歌ってます。ロック畑だとエリック・クラプトンで知って方も多いと思います。

1.Meen Old Frisco/ Sonny Terry & Brownie McGhee

聴いてもらったわかるように基本はブラウニー・マギーのギターと歌、そしてサニー・テリーのハーモニカと歌です。そこにバンドが入ったものや他の楽器が入った録音もあるのですが、基本はシンプルなデュオ・スタイルでしかもギターはアコースティック・ギター、ハーモニカはアンプに入れないでヴォーカルマイクで吹くという素朴なスタイルです。ふたりとも最初は別々にやっていたのですが、ハーモニカのサニーは早くからハーモニカのテクニシャンとして人気があり、有名なブラインド・ボーイ・フラーとデュオでしばらくやってました。一方ブラウニーは小さい頃から足が不自由でなんとか音楽で生活できるようにと父親の後押しもあったようです。当時、いま名前の出たブラインドボーイ・フラーは人気者というかスターだったのでブラウニーもフラーのギタースタイルを練習していたところ、フラーがなくなってしまい、そこでフラーのマネージャーがサニーとくっつけて第2のフラーで売ろうとしたらしいです。
そこから何十年と一緒にデュオを組むことになったのですから人生なにがあるかわかりません。

次の曲は30年代に録音をたくさん残した4人組のグループ「ミシシッピー・シークス」がオリジナルですが、ハウリン・ウルフのヴァージョンで知ってる方も多いと思います。これもブルーズ・スタンダードです。「彼女は行ってしまったけど、オレは大丈夫や。なぜってオレは世界のてっぺんに座っているからさ」まあフラれた男の負け惜しみですね。
2.Sittin’ On Top Of The World/ Sonny Terry & Brownie McGhee
ちょっとハモったりしているところがなんとものんびりした感じでいいですね。こういうのはフォークブルーズのデュオならではの演奏ですね。
僕は若い頃はこういうブルーズはちょっと苦手でした。あまりブルーズを感じられなくて・・もっとガツンとした味の濃いブルーズが好きだったんですね。アコギの弾き語りだとライトニンとかジョン・リー・フッカー、サン・ハウスとかブッカ・ホワイトとか・・そういうのが好きでフォーク・ブルーズ的なものはあまり聴いてなかったです。

ブラウニー・マギーとサニー・テリーはすごくたくさん録音を残しています。レコード屋さんに行くとたくさんアルバムが有りすぎてちょっとどれを買ったらいいのか迷いますが、今日聴いてもらっているこのHometown Bluesはお薦めです。これは以前日本のP-Vineレコードからリリースされていて、小出斉くんの丁寧な解説も入ってます。でも、これも2007年のリリースか・・まあ、探してみてください。
ブラウニー・マギーとサニー・テリーはコンビのアルバムだけでなく、それぞれのソロのアルバムもあって本当にたくさん録音したことがわかります。1940年代から70年代、30年間くらい結構コンスタントに録音していて、50年代にはフォーク・リバイバルのブームにも乗っかって売れまくったそうです。

次の曲はバンド・スタイルで元々はビッグ・ビル・ブルーンジーの曲でマディ・ウォーターズもカバーしていますが、シカゴ・ブルーズのような南部のブルーズをエレキバンド化したような泥臭さはありません。というのも彼らの録音はニューヨークでされていて洗練されてというところまではないですが、かなりあっさり目の味付けになってます。ニューヨーク・ダウンホーム・ブルーズと呼ばれています。
3.Feel So Good/ Sonny Terry & Brownie McGhee
いまのはギターのブラウニー・マギーが歌っています。
実はふたりは1978年に来日しています。僕も聴きに行きましたが、その時はライトニン・ホプキンスがメイン・アクトで僕も含めてほとんどの人たちがライトニン目当てだったために彼らのことを覚えている人たちも少ないと思います。しかも、ふたりが仲が悪いのが客席からもわかるような有様で、途中でブラウニーがステージからいなくなり、なんかよくわからないサニーのハーモニカの弟子みたいな白人の若者が出てきてハーモニカ・デュオになってしまい・・もうなんかどさくさな感じでした。本当に申し訳ないけどライヴの印象は「ふたりが仲悪かったなぁ」しかないです。あと、サニーがハーモニカで汽車の音のマネをやったのだけ覚えてます。
では、サニーが歌っている曲ですごいタイトルです
4.Women Is Killin’ Me/ Sonny Terry & Brownie McGhee

最後にこういうフォーク・ブルーズ・デュオがよく演奏する曲でブルーズのスタンダードです
5.Key To The Highway/ Sonny Terry & Brownie McGhee

今日聴いてもらったブラウニー・マギー&ソニー・テリーは、1949年と1952年のニューヨーク録音の音源でした。ブルーズではライトニン・ホプキンスやジョン・リー・フッカーのフォークギターを弾いたブルーズもありますし、ブッカ・ホワイトやサン・ハウスのようなドブロ・ギターを使った弾き語りスタイルもありますが、それらとはまた違うちょっと都会的なダウンホームの味がこのふたりにはあります。まあ、白人のフォーク・ブルーズのブームに長い間入り込めたのもミシシッピー・ブルーズよりあっさり味なところがよかったのでしょう。
夏の日にそうめんを食べるようにたまにはあっさり味のブラウニー・マギー&ソニー・テリー・・・いかがでしょうか。

2019.09.20 ON AIR

変らぬ精神、変らぬ歌心-メイヴィス・ステイプルズのニューアルバム”We Get By”

We Get By/Mavis Staples (ANTI CAT.# 7670-2)
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ON AIR LIST
1.We Get By/Mavis Staples
2.Change/Mavis Staples
3.Brothers And Sisters/Mavis Staples
4.Hard To Leave/Mavis Staples
5.One More Change/Mavis Staples

ここ数年早いペースでメイヴィス・ステイプルズはアルバムをリリースしています。この番組を聴いているみなさんの中にも「またメイヴィスや」と思っている方もいると思います。
それはメイヴィスの歌が必要とされている証のひとつではないかと僕は思ってます。今回のアルバム”We Get By”はすべてベン・ハーパーが全曲新しく書き下ろし、プロデュースもしています。

ここ数年リリースされたアルバムには、60年代の公民権運動の頃から変らない彼女の人種差別反対の意志や平和への思いやマイノリティへの気持ちが一貫して表されています。しかし、エンターテイメントとしての音楽を忘れないで、しかもそこにメッセージをしっかりこめる彼女の姿勢に共感する人が多いからこそアルバムはリリースされるのだと思います。ミュージシャンが政治や社会のことについて発言したり、それに関する歌を作って歌ったりすることに僕は反対ではありませんが、それはあくまでも音楽というエンターテイメントとしてクオリティがあってこそだと思います。
例えば、ジョン・レノンの”Imagine”という曲は世界平和を願った歌ですが、あの歌の歌詞の意味をたとえ知らなくてもあの曲は素晴らしいものです。そして、意味を知るといかにあの歌でジョンが平和を願ったかわかりより共感するのだと思います。メッセージも素晴らしいですが、楽曲としてもあの曲は素晴らしいです。つまりエンターテイメントになっているわけです。だからいまでもあの曲は生き続け、歌われているわけです。
メイヴィスのアルバムも同じです。
では、まずアルバムタイトル曲を聴きますが、誰もが口ずさめる心に残るいい曲です。
「私たちは愛と信頼の上でなんとかやっていく、私達は笑顔でやっていく、仲間の助けで何とかやっていく、よい時も悪いときもなんとかやっていく」
1.We Get By/Mavis Staples

次の曲はChangeというタイトルですが、「自分の周りのことを変えよう。大きな声ではっきり言おう私達は周りのことを変えなければいけない。毎日毎日 毎年毎年変えて行こう」
Changeと言えばオバマ前大統領が選挙の時のスローガン「Change Yes,We Can」を想い出しますが、いまのトランプ大統領になってから差別や貧困は更にひどくなっていることに対して改めてこの言葉を出してきたように思います。
やっぱり変えなければダメだというメッセージです。
2.Change/Mavis Staples
今回、楽曲の提供とプロデュースしたベン・ハーパーはメイヴィス2016年のアルバム『LIVIN’ ON A HIGH NOTE』に収録されている「Love And Trust」を作ったときに、メイヴィスのアルバムをプロデュースしたいと本人に申し出たらしいです。その時にメイヴィスが「またいい曲を作ってくれたらいいわ」と言ったそうです。それで今回ベンは全11曲、すべてを書き下ろしてメイヴィスをプロデュースしたわけです。
ここまで思わせるメイヴィスってすごいです。過去プリンスもメイヴィスのアルバムをプロデュースしていますし、ステイプル・シンガーズ時代にはカーティス・メイフィールドがプロデュースしたアルバムもありました。ライ・クーダーがブロデュースした「WE’LL NEVER TURN BACK」そして近年はウィルコのジェフ・トゥーディがプロデュースしています。こんなにいろんなミュージシャンがメイヴィスをプロデュースしたがるのは、彼女の歌の力でしょう。そして、彼女もまたプロデュースしてくれる人との信頼関係を築くのがうまいのだと思います。みんなメイヴィスが好きなんですね。キース・リチャーズもMAVIS!って書いたTシャツ着てます。僕もあれ欲しいです。
次の曲のタイトルのブラザー・アンド・シスターズという言葉はそれこそ60年代終わりから70年代にかけて黒人たちが結束を表す言葉としてよく使ってました。
いま、この言葉がメイヴィスから歌われるとき、それは世界中に対する兄弟姉妹、Brothers And Sistersということのように思えます。
「同じところに留まっていないで、あなたの周りを変えるいろんなことを考えてみよう、ブラザーズ&シスターズ。お互いに助け合い、お互いに強く生き、お互いに困難なことに立ち向かおうブラザーズ&シスターズ」
3.Brothers And Sisters/Mavis Staples

メイヴィスは80才です。僕は彼女のツイッターをフォローしているのですが、驚くぐらい精力的に活動しています。アルバムをつくるだけでなく自分のバンドでツアー、そして大きなフェスティバルにもたくさん参加しています。
前もこの番組で言いましたが、彼女が年とってからこれだけいろんな聴衆とミュージシャンに支持されているのは、彼女が変らない生き方を貫いているからだと思います。信念が変らないことは大切です。そして、強い信念とともに大切なのは人柄、表面的な優しさではなくてすべてを越えた偏見のない優しさや正義です。どんな人の心にも寄り添えるような気持ちです。メイヴィスの歌と生き方が自分の背筋を伸ばしてくれます。
彼女を初めて聴いたのは70年代最初のスタックスレコードから出されたステイプル・シンガーズのアルバムでした。とても力強い歌の中に大きな包容力を感じました。それはいまも変りません。
4.Hard To Leave/Mavis Staples

このアルバムのジャケットは、黒人の子供たちが柵がめぐらされた向こうにある遊園地のようなところで遊ぶ白人の子どもたちを見ているとても切ないアルバム・ジャケットです。
同じ子どもが同じ環境で遊べない、育つことができない・・これがいまだに解消されない。メイヴィスはずっと静かにプロテストしています。
5.One More Change/Mavis Staples

2019.09.13 ON AIR

ニューオリンズ・リズム&ブルーズの道を作った偉大なプロデューサー、デイヴ・バーソロミュー vol.2

The Best Of Fats Domino (EMI CDP 7 46581 2)
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New Orleans The Ultimate Collection (Union Square Music)
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The COSIMO MATASSA STORY (PROPER BOX 129)
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ON AIR LIST
1.Blue Monday/Fats Domino
2.Lawdy Miss Clawdy/Lloyd Price
3.Come On/Earl King
4.Let The Good Times Roll/Shirley & Lee
5.Walking To New Orleans/Fats Domino

前回、6月に100才で亡くなった偉大なプロデューサー、デイヴ・バーソロミューがプロデュースした曲や彼自身の曲を聴きましたが、今日もまず彼なくしては語れない偉ファッツ・ドミノがバーソロミューと作った曲から始めましょう。
月曜日をテーマにした曲はほとんど月曜に働きに行くのがイヤだというものですが、この曲もそうです
「ブルーな憂鬱な、嫌な月曜日や。一日中奴隷みたいに働かなアカン。そしてハードな火曜日がやってくる。遊ぶ時間もないんやで、もうめちゃしんどいわ。水曜も木曜もそんな調子で金曜には給料もらえるし、土曜になったら疲れはどっかへいってしまう。彼女そさって金もあるしや、出かけて遊びまくるで。日曜日は休みとっとかんとな。また最悪の月曜がくるから」
1.Blue Monday/Fats Domino
実はこの曲スマイリー・ルイスが先に1954年にリリースしたんですが、売れなくてその二年後にファッツがリリースするとR&Bチャートのトップになり、ポップチャートでも5位という大ヒット。
ちなみにこのBlue Mondayは映画「The Girl Can’t Help It」(女はそれを我慢できない)の中でファッツ自身が歌うシーンがあります。それもあっての大ヒットだったかも知れません。

次の大ヒットもバーソロミューのプロデュースですが、1952年に19才だったロイド・プライスに歌わせたこの曲はR&Bチャートの1位に7週間もとどまるヒットになり、ロイド・プライスを代表する曲となりました。彼はこのあとも”Just Because”などで素晴らしいR&Bを聴かせています。
2.Lawdy Miss Clawdy/Lloyd Price
もうなんと言っても歌が素晴らしい。
デイヴ・バーソロミューが最初にプロデュースを手がけた曲はインペリアルというレコード会社からリリースされたのですが、いまの曲はスペシャルティというレコード会社からの1952年のリリースです。どうもインペリアルレコードともめたらしくてスペシャルティの録音をしたのですが、たぶんお金のことでしょうね。でも、金を出してもらったのか、またインペリアルに戻っていってます。
バーソロミューは僕が大好きなこの曲もプロデュースしています
3.Come On/Earl King
この曲はこの前もドクター・ジョンの追悼の時もON AIRしましたが、ジミ・ヘンドリックスがアルバム「エレクトリック・レディランド」でカバーしているのを知っている方もいると思います。デイヴ・バーソロミューのような人というとブルーズ界ではシカゴ・ブルーズのウィリー・ディクソンで、ディクソンはベーシストでシンガーでもありましたが、彼自身の曲はあまり売れなかったんですが、やはりプロデューサー、タレントスカウトとしての才能はありました。マディ・ウォーターズもハウリン・ウルフもサニー・ボーイもやはりディクソンのプロデュースがあったからのヒットやと思います。バーソロミューの立場をニューオリンズで60年代から70年代引き受けたのが、アレン・トゥーサンです。彼はバーソロミューの録音にピアニストとして若い頃参加しています。たぶん、そこでバーソロミューのプロデュースのやり方も学んだと思います。
どんなにいい歌手でも曲に恵まれないとまず売れません。そしてその曲をどんな風にアレンジして、どんなミュージシャンにどこのスタジオでどのエンジニアを使って録音させるかというのがプロデューサーの仕事です。だからプロデューサーというのは音楽を作る上で最もトップにいる立場なんですね。それをこれだけヒット曲を出したデイヴ・バーソロミューはやはり偉大というしかないでしょう。
次の曲も大好きな曲です。1956年のヒットです。
4.Let The Good Times Roll/Shirley & Lee
ドラムはアール・パーマー・・・無敵です。
バーソロミューがプロデューサーとして腕を振るったインペリアル・レコードは1963年にリバティ・レコードに買い取られ、バーソロミューはウエストコーストからニューオリンズへ帰ってきました。そして、トランペット・レコードやマーキュリーレコードでプロデュースをし自分のレーベルを立ち上げたりしましたが、セールス面での成果はあまりなかったようです。70年代80年代はニューオリンズでディキシーランドジャズバンドを立ち上げたりもしましたが、まあ悠々自適の晩年だったのでしょう。
最後の曲は元々ボビー・チャールズが書いた曲ですが、ある時ボビー・チャールズが大ファンだったファッツ・ドミノのコンサートの楽屋で会ったそうです。その時にファッツが「今度ニューオリンズのオレんところに遊びにおいでよ」と誘ったそうです。その時ボビー・チャールズは車を持っていなくて「もし、ご自宅へ行くのなら僕は歩いてニューオリンズへ行かなくては・・」と答えてこの歌ができたそうです。ニューオリンズまで歩いていく・・。
5.Walking To New Orleans/Fats Domino
この曲もヒットしてR&Bチャート2位、ポップチャート6位まで上がりました。

元々ニューオリンズはジャズからR&Bまで優れたミュージシャンがたくさんいるところでしたが、そのミュージシャンたちをまとめてクオリティの高いしかも売れるエンターテイメントにしたデイヴ・バーソロミューはもっと知られて評価を受けるべき人だと僕は思います。僕もこういう音楽を好きになった最初はプロデューサーの名前なんてクレジットにあっても見なかったんですが・・・。
アトランティックレコードのアーメット・アーディガンやジェリー・ウエクスラー、モータウンのベリー・ゴーディ、マッスル・ショールズのリック・ホール、そしてアラン・トゥーサン、そして二回に渡ってきいてもらったデイヴ・バーソロミューといったプロデューサーたちはほんとに素晴らしい音楽を世の中に出した人たちです。
デイヴ・バーソロミュー・・・みんなも名前を覚えておいてください。

2019.09.06 ON AIR

ニューオリンズ・リズム&ブルーズの道を作った偉大なプロデューサー、デイヴ・バーソロミュー vol.1

The Best Of Fats Domino (EMI CDP 7 46581 2)
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New Orleans The Ultimate Collection (Union Square Music)
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The COSIMO MATASSA STORY (PROPER BOX 129)
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ON AIR LIST
1.The Fat Man/Fats Domino
2.I Hear You Knocking/Smiley Lewis
3.Ain’t That A Shame/Fats Domino
4.Country Boy/Dave Bartholomew and His Orchestra
5.My Blue Heaven/Fats Domino

ここ三回に渡って先頃亡くなったドクター・ジョンの追悼ON AIRをしましたが、実はそのすぐあと6月23日にドクターの大先輩であり、同じニューオリンズ音楽にとって大切なミュージシャン、デイヴ・バーソロミューが亡くなりました。100才でした。50年代のニューオリンズ・サウンドの偉大なプロデューサーでした。
彼がプロデュースしたミュージシャンをざっと挙げてみると、まずファッツ・ドミノ、シャーリー&リー、アール・キング、ロイド・プライス、スマイリー・ルイス、クリス・ケナー、フランキー・フォード、ロバート・パーカーともう錚々たるニューオリンズのミュージシャンが出てきます。
まずはデイヴ・バーソロミューがプロデュースして最も売れたこの人、ファッツ・ドミノ
曲名がThe Fat Manですから「太った男」ですが、「オレはみんなに太っちょと呼ばれて、200ポンドあるけどこの界隈の女の子にはモテモテなんよ。ランポートとカナルストリートの角でクレオールの可愛い女の子を眺めてる」
ファッツ・ドミノのファッツも太っちょというあだ名ですが、太っちょのドミノが歌う太っちょ男です。
1.The Fat Man/Fats Domino
この曲はファッツ・ドミノの1949年12月リリースのデビュー曲でデイヴ・バーソロミーがファッツをプロデュースした最初の曲でもあります。この曲がすぐR&Bチャートの2位まであがります。
この曲はそれまで流行っていたビートとは違うグルーヴを出した画期的な曲で、ドラムを担当したアール・パーマーはいわゆる「バック・ビート」を最初に打ち出したのはこの曲だと言ってます。だからR&Bだけでなく、のちのポピュラー・ミュージック全体に広がっていくバック・ビートの最初の曲としてこれは非常に重要です。
いまアール・パーマーの名前を出しましたが、この頃バーソロミューが自分のバンド「デイヴ・バーソロミュー・オーケストラ」に集めたニューオリンズの優れたミュージシャンが、ウッド・ベースがフランク・フィールズ、アーネスト・マクリーンがギター、サックスのアルヴィン・レッド・タイラー、リー・アレン、それにトランペットのデイヴ・バーソロミュー、そしてこの曲のピアノと歌がファッツ・ドミノ。

レコーディングに関して一般のリスナーがプロデューサーというのを意識したのは、たぶん70年代に入ってからだと思います。音楽関係者の間では60年代から、例えばビートルズのプロデューサーのジョージ・マーチンとかロネッツなどをプロデュースしヒット曲をたくさん送り出したフィル・スペクターだとかアトランティックレコードのジェリー・ウェクスラーの名前は取り沙汰されてましたが、レコードを買う一般のリスターは別にプロデューサーが誰であるかなんてまあどうでもいいんですよね。買ったレコードのその曲がよければいいわけで・・・。ミュージシャンのファンにはなりますが、プロデューサーのファンにはならないですよね。ところがミュージシャンにとって、レコードを作る段階においてプロデューサーはとても大切です。アルバム制作の責任者ですから、ミュージシャンの個性や音楽的な意向を考えて、しかも売れるものを作らなければいけない立場です。つまり、音楽的な知識や素養もなければいけないし、世の中でどんな音楽が好まれるかというのを知ってないと売れない。しかも少し新しいと思われるテイストを音楽に入れることも大切です。それでも確実にこれは売れると確信を持てることは少ないと思います。
40年代からデイヴ・バーソロミューは優れたミュージシャンを集めてクラブで演奏していたので、お客さんにどんな音楽が好まれるのかがわかっていたのではないでしょうか。そして、優れたミュージシャンを聞き分ける耳を彼が持っていたことがすごいと思います。あとバーソロミューは作詞作曲が出来たところも素晴らしいです。次の1955年にチャートの2位まで上がった大ヒットもバーソロミューが曲を書き、プロデュースしたものですが、これを歌ったスマイリー・ルイスはこの曲で世の中に知られるようになりました。
「出ていって長い間いなかったオマエが帰ってきてドアをノックしてる。ノックの音は聴こえてるよでもオマエは中には入れない。いま住んでるところへ帰りな」という一旦捨てられた男の意地でしょうか。
2.I Hear You Knocking/Smiley Lewis

いまの”I Hear You Knocking”と同じ55年に、これはR&Bチャートの1位になりポップチャートでもトップ10に入った大ヒットをバーソロミューとファッツ・ドミノのコンビはリリースします。
ジョン・レノンほかたくさんのカバーがあり、ロックンロールの名曲といわれてますが僕はR&Bだと思っています。それまでにはないグルーヴ感をもった斬新なR&Bだったと思います。
3.Ain’t That A Shame/Fats Domino
いまの曲もファッツ・ドミノとバーソロミューの共作です。ふたりはステージでも一緒で、つまりデイヴ・バーソロミュー・オーケストラがずっとファッツのバックバンドとしてライヴもやったわけです。ですからバンドのグルーヴやアンサンブルも当然鍛えられていくし、新しいアイデアも出て曲も次々生まれたわけです。ちなみにバーソロミューはトランぺッターでシンガーでもあります。彼自身のヒットはなかったのですが、プロデューサー、アレンジャー、タレントスカウトの才能のは秀でていた人です。でも、ここで彼がソロでレコーディングした曲を聴いてみましょうか。
この曲がいちばんチャートに上がった曲でR&Bチャートの14位まで行きました。
4.Country Boy/Dave Bartholomew and His Orchestra
この曲のあとにほとんど曲は一緒で歌詞だけ変えたCountry Girlという曲を録音しているんですが、鳴かず飛ばずでした。
バーソロミューは1940年代の終わりに「インペリアル・レコード」とプロデューサー、タレントスカウトの契約をしました。インペリアル・レコードにとっては次々とヒットを量産してくれるバーソロミューは重要な人でした。ミュージシャンの個性を見抜く力に長けていて、ドラムのアール・パーマーを中心としたビートは明らかに他のグループにはない斬新な、強力なビートを打ち出していました。ビートを強調したダンス・ミュージックとして新しいニューオリンズ・サウンドを50年代はじめに作ったのは、間違いなくデイヴ・バーソロミューでした。

僕は昔、次の曲名からいただいたバンド名をつけていました。そのくらいこの曲が好きですが、実はこの曲はファッツ・ドミノのオリジナルではなく、1927年という遠い昔につくられた曲だったのです。でも、多くの人はファッツのバージョンでこの曲を知ったと思います。うちの親父も聴いていました。
私がこの歌を初めて聴いた小学生の頃、英語ももちろんわかりませんでしたが、この歌のもつ幸せなテイストを私は感じたのかも知れません。
5.My Blue Heaven/Fats Domino
50年代にブルーズから生まれた新しいR&Bという音楽をつくりあげ、新しいグルーヴを作り、ひいては新しいポップスの基本を作ったのがデイヴ・バーソロミューと彼のオーケストラのメンバーでした。
次回もう一回この偉大なプロデューサー、バーサーソロミューの残した音源を聴きます。