2022.06.24 ON AIR

現代のロックの女王になったボニー・レイットの新譜

Just Like That/Bonnie Raitt (Redwing RW R081)

ON AIR LIST
1.Waitin’ For You To Blow/Bonnie Raitt
2.Made Up Mind/Bonnie Raitt
3.Blame It On Me/Bonnie Raitt
4.Just Like That /Bonnie Raitt

ボニー・レイットは私とほぼ同年齢だから中高生の頃にはフォークだけでなくフォーク・ロックの影響を受けていたと思う。ボブ・ディランがアコギからエレキに移り、バーズやバッファロー・スプリングフィールド、CSNYなど、もちろん白人女性なのでカントリー&ウエスタンのテイストもあったと思う。そして彼女は大学生の時に黒人ブルーズマンのフレッド・マクダウェルやハウリン・ウルフに強い影響を受けて大学をドロップアウトしてミュージシャンの世界に入っていく。つまり彼女の中にはデビューの時点でフォーク、フォークロック、カントリー、ブルーズのテイストが詰まっていた。それらの音楽を約半世紀、彼女はしっかり煮込んでいろんなミュージシャンとのコラボで様々な音楽を吸収し、でも根幹は変わることなく50年が過ぎてボニー・レイットはアメリカ音楽のトップの領域で現役の女性シンガーとして唯一無二の存在となった。自分のバンドをしっかり持ち、ツアーをやりレコーディングをするという近年の彼女の淡々とした活動ぶりは本当に素晴らしい。そして、今回新しいアルバム”Just Like That”を四月にリリースした。1971年にファースト・アルバムがリリースされ今回が通算21作目。

今回私はこのアルバムをLPレコードで買ったのだが、B面の1曲目のファンキーなこの曲がまず気に入りました。

1.Waitin’ For You To Blow/Bonnie Raitt

かっこいい曲です。ボニーのバンドは大体メンバーがいつも決まっているのですが、昨年キーボードのマイク・フィネガンが癌で亡くなりまして、グレン・パッチャというキーボード・プレイヤーが参加しています。ギターはジョージ・マリネリだったのですが、ケニー・グリーンバーグという新しいギタリストが多くの曲に参加しています。プロモ・ビデオとかテレビ出演の最近のボニーの映像を見ていると2人とも参加しています。
ドラムはリッキー・ファター、そしてベースも変わらずジェイムス“ハッチ”ハッチソン、この2人が安定のグルーヴ出しています。
次の曲はボニーらしいどっしりした8ビートの曲です。

2.Made Up Mind/Bonnie Raitt

ボニー・レイットはドラッグや酒に溺れながら音楽をやっていた日々もありました。そういうパーティみたいな毎日の生き方が音楽をやる上で必要なんだと思っていたと語っていますが、それがあまり意味もないことに気づき軌道修整しました。それが80年代半ばのことですからかなり長い間酒とドラッグに溺れていたんですね。でも軌道修正できたのは本当に良かった。そして、89年「ニック・オブ・タイム」で3部門のグラミー賞を獲りました。本当に素晴らしいアルバムでした。その後の来日公演、私も行きました。その時「売れてなかった時はずっと1人でコーヒー・ショップや小さな店を回って演奏していた。今またバンドを持って日本来られて本当に嬉しい」とMCしていました。
ドラッグや酒に溺れていた日々も今となっては全く無駄ではなかったと僕は思います。彼女の今の歌の中に、その声の中にその時の苦しさや悔しさが生きていると思います。
次の曲がめちゃくちゃいいです。89年の「ニック・オブ・タイム」に収録されていた”Too Soon To Tell”に似たムードの曲。
ブルージーなオルガンの音色から始まり目の前で歌っているような彼女の声と気だるい彼女のスライド・ギターの音色がたまらない曲です。

3.Blame It On Me/Bonnie Raitt

こういう雰囲気の曲はなかなかできないです。やはり熟練のミュージシャンたちです。いいバンドですね。

フレッド・マクダウェルからスライド・ギターを教えてもらった頃から半世紀以上が過ぎて、ボニーは今やスライド・ギターの名手となりました。他の誰も弾けない彼女の個性あふれるスライドギターの音色は彼女の歌に美しい色づけしています。絶対に無理をしない自分のスタイルで落ち着き払ってギターを弾き、歌う様子は本当に見事です。
彼女は結婚も離婚もあり、レコード会社との戦いもありました。今彼女がコンスタントにアルバムをリリースしてライヴツアーを続けている姿は励みになります。
最後にフォーキーなアルバム・タイトル曲”Just Like That”

4.Just Like That /Bonnie Raitt

ボニーは早くから人種差別や性差別反対運動に参加し、戦争に反対の立場も明確にしています。また貧しい人たちの救済、核廃絶や環境汚染問題にも積極的に関わって来ました。自分にギターとブルーズを教えてくれた師匠ともいうべきフレッド・マクダウェルやシピー・ウォーレンスのお墓の建立にも資金を提供しています。社会的、政治的にも自分の考えがはっきりある女性ですが、音楽でも自分のスタイルがこれからどんどん円熟していくと思います。昔も今も美しい女性ですが、生き方も美しい人だと思います
ボニーは三月から九月のニューアルバムのリリースツアーを全米で行なっている最中です。来日して欲しいですね。いいアルバムですよ、”Just Like That”

2022.06.17 ON AIR

新たにリリースされたデルタ・ブルーズの偉人、サン・ハウスの64年再発見直後のライヴ演奏

Forever On My Mind / Son House (Easy Eye Sound 00888072287310)

ON AIR LIST
1.Forever On My Mind / Son House
2.Death Letter / Son House
3.Preachin’ Blues/Son House
4.Empire State Express/Son House

1930年あたりに活動していた南部の弾き語りのブルーズマンたちは時代の変遷による音楽スタイルの変化についていけず、仕事がなくなり、40年代中頃に入ると音楽から引退せざるを得なくなった。南部デルタ・ブルーズマンのひとり、偉大なサン・ハウスもその1人。ロバート・ジョンソンにもマディ・ウォーターズにも影響を与え、世俗と宗教の信仰の間で揺れ動く気持ちを激しいスライド・ギターとともに歌い南部一体では有名な存在だったサン・ハウスは行方知らずとなってしまった。
しかし、50年代半ばの白人のフォーク・ブルーズのブームによってサン・ハウスのように引退し、行方不明になってしまったブルーズマンを探し再び演奏してもらおうといういわゆる「ブルーズマン再発見」の動きが盛んになった。そんな中、1964年サン・ハウスはブルーズの研究家ディック・ウォーターマンたちに見つけられた。その時、サン・ハウスは鉄道関係の肉体労働をしていた。行方不明になってから約20年が過ぎていた。今日聴くアルバムはその64年に見つけられた年のライヴ録音で、録音場所は高校か大学か学校。おそらく見つけられた伝説のブルーズマンを聴くために熱心な若い白人のフォークブルーズ・ファンたちが集まったと思われる。
その聴衆たちが初めて聴くサン・ハウスの演奏に驚いているのか、客席が静かでまるでスタジオ録音のようだ。最初に聞いてもらうのはアルバム・タイトルにもなっている曲でサン・ハウスのモーン(唸り声)とギターで始まる。

1.Forever On My Mind / Son House

何も歌わなくても最初の唸り声とギターだけですでにブルーズになっている。録音がすごくクリーンなのも驚きだ。

サン・ハウスの曲の中で有名な曲というと”Death Letter”(死の手紙)でしょう。これはカサンドラ・ウィルソン、ホワイト・ストライプのジャック・ホワイトなどカバーもたくさんある。カサンドラの個性的だがオリジナルのテイストを失っていないカバーは一聴の価値があると思う。
「一通の手紙が届いて読んでみると自分の彼女が死んだという手紙で、男は急いで彼女の元に駆けつけるけど彼女は冷たい板の上に乗せられていた」という悲痛なブルーズです。「死の手紙」

2.Death Letter / Son House

金属製のリゾネーター・ギターというのを使ってスライド・バーをギター弦の上で滑らせるスライド奏法というのをサン・ハウスはやっているが、そのスライド・バーが弦の上を滑る音もクリーンに聞こえます。
サン・ハウスは1902年の生まれと言われているのでこのアルバムが録音されて時は62歳。デルタ・ブルーズの盟友チャーリー・パットンも後輩のロバート・ジョンソンもすでに亡くなっている。サンはこの再発見された後、発見したディック・ウォーターマンがマネージャーとなって活発に演奏活動を始め、白人のフォーク・フェスティバルなどにも多く出演した。
見つけられた時にはギターも持ってなくて何年も演奏をしてなかったそうで、このアルバムのジャケット写真(後からHPで見てください)のリゾネーター・ギターもたぶんディック・ウォーターマンが調達して来たものだと思う。ジャケットで来ているちょっとおしゃれな服もウォーターマンが用意したものでしょう。このアルバムが録音された時は発見されて間もないので演奏がまだ手探りだったような気がする。今のDeath Letterも後年のライヴを聴くと激しさが増していますが、10年以上ギターも触ってない、歌も歌っていない状況ですから・・・でも、その手探りな感じの中でも彼の緊張感のある演奏と歌は素晴らしい。
次の一曲も彼を代表するブルーズ。

3.Preachin’ Blues/Son House

プリーチンとは説教をするということだが、サン・ハウスは元々教会でゴスペルを歌っていた。いわゆる聖なる神様への歌を25歳くらいまで歌い、牧師さんをやっていたこともある。ですが、彼が牧師をやっていたのは普通の黒人のように畑で一日中きつい労働をしなくていいから・・という理由だったのではないかとも疑われている。25歳くらいから酒場でブルーズを歌った方が金になり、酒もあり女性もたくさんいるという感じになったのだと思う。しかし、幼い頃から教会で受けた宗教の教えは彼の心に根付いているわけで、そこで享楽的な世俗の生活との葛藤が彼にはあったように思われる。
発見された後、彼の演奏は若い頃を思い出したかのように次第に激しさも出て来て、ギターを手で叩きつけるように弾き、高いテンションでブルーズを歌う姿は何かを払いのけたいような、何かから逃れたいようにも見える。
もう一曲。曲名の「Empire State Express」のExpressは特急列車のことですが、彼のギターが力強く走っていく列車の感じを見事に表現している。

4.Empire State Express/Son House

70年代に入ってしばらくするとサンはアルツハイマーとパーキンソン病になり、演奏活動が困難になっていき、次第にリタイアしていった。そしてデトロイトで長年連れ添った奥さんに看取られて1988年に86歳で亡くなった。若い頃は南部一帯を転々とチャーリー・パットンなどと回ったり、殺人を犯して(正当防衛という話)刑務所に入っていたこともあり、やはり激しいブルーズマン生活だったようだ。
しかし、若くして早死にするブルーズマンも多い中、ブルーズマンとしては長生きした人で再発見後もいろんなところで演奏し、暖かく迎えられ、アルバムも何枚か残すことができていい晩年だったのではないだろうか。
このアルバム「Forever On My Mind」の録音の5ヶ月後に「Father Of Folk Blues」というアルバムがリリースされていますが、それも素晴らしいアルバムです。また、若い頃のバリバリのサン・ハウスを聞きたい方はチャーリー・パットンとのアルバム「伝説のデルタ・ブルース・セッションズ1930」をどうぞ。

2022.06.10 ON AIR

ソニー・テリーとブラウニー・マギーをトリビュートしたライ・クーダーとタージ・マハールの新録”Get On Board”

Get On Board/The Songs Of Sonny Terry & Brownie Mcghee/Ry Cooder & Taj Mahal (Nonesuch Records 1-667107)

ON AIR LIST
1.The Midnight Special/Taj Mahal & Ry Cooder
2.My Baby Done Changed The Lock On The Door/Taj Mahal & Ry Cooder 
3.Pawn Shop Blues/Taj Mahal & Ry Cooder
4.I Shall Not Be Moved/Taj Mahal & Ry Cooder 

ライ・クーダーとタージ・マハールのコラボ・アルバム”Get On Board /The Songs Of Sonny Terry & Brownie Mcghee”がリリースされて評判になってます。

ライ・クーダーは75才、タージ・マハールは80才。その2人が若き日に聴いて影響を受けたフォーク・ブルーズのデュオ、ソニー・テリーとブラウニー・マギーをトリビュートしたアルバム。

ライはこのアルバムに一文を書いています。それによると若かった頃にフォークウェイというレーベルからリリースされていたソニー・テリーとブラウニー・マギーの”Get On Board”というタイトルの10インチレコードに出会い、フォーク・ブルーズという音楽が好きになったと書いてます。フォーク・ブルーズというのは、ライも書いていますが、南部のブラインド・レモン・ジェファーソンのようにすごく悲しいブルーズでもなく、ハウリン・ウルフのように荒々しいブルーズでもなく、ワイノニー・ハリスのように大人のよこしまなことを歌うブルーズでもなく、普通の民衆の親しみやすい歌詞で簡単なリズム、そしてアコースティックなサウンドのブルースです。白人でもとっつきやすいブルーズのテイストです。

例えばこんな曲です。

1.The Midnight Special/Taj Mahal & Ry Cooder 

この歌は大昔からアメリカの民謡として主にアフリカン・アメリカンの間で歌われてきた曲です。ミッドナイト・スペシャルとは刑務所の中から見える通り過ぎる夜行列車のライトのことで、刑務所の壁に映る夜行列車が通り過ぎる一瞬の光が服役している囚人にとっては刑務所から出る希望として映ったという歌です。黒人のブルーズシンガー、レッド・ベリーで有名になり、ロックバンドのCCRでご存知の方も多いと思います。

2人が初めて出会ったのは1964年でタージは22才でライはまだ17才。2人は意気投合してバンド「ライジング・サン」を結成してデビュー。レコーディングまでこぎつけたがリリースされたのはシングル一枚でアルバムはリリースされなかった。92年になってやっとアルバムは出ました。

「ライジング・サン」はその後すぐ解散しましたが、68年のタージのファースト・アルバムにはライが参加しています。その後は2人ともブルーズやカントリー、ゴスペル、ジャズなどアメリカン・ルーツ・ミュージックを吸収しながら自らの活動を続け、ライは広くワールド・ミュージックの世界にまで漕ぎ出してキューバの「ブエナビスタ・ソシァル・クラブ」の音楽をプロデュースして世界的にヒットさせたのを覚えてる方も多いと思う。「パリ・テキサス」など多くの映画音楽もライ・クーダーは手がけているのも有名です。一方、タージもブルーズのルーツを持ちながら60年代から途絶えることなくアルバムを発表し、レゲエやハワイアン、カリブの音楽をミクスチャーさせた個性的な音楽も作ってきた。どちらかというとタジのそちらの音楽が好きという人もいる。

こうやって2人の紹介をしているとキャリアが長いのでなかなか曲には入れなくなってしまいますが、新譜「Get On Board」から二曲目。アルバムの最初の曲です。

なかなか面白い曲で夜に家に帰ったらドアの鍵が変えられていて鍵を開けられず中には入れなかった。彼女に「もうその古い鍵ではドアは開かないからね」と言われ、どうしょうかと途方に暮れていたら、友達がやってきて何してるんだというからドアの鍵が変えられていて中には入れないんだと言ったら、「言いにくいけど窓から家の中を見てみろよ」と友達がいうから中を見たら彼女が他の男とキスしてハグしてたという歌です。

2.My Baby Done Changed The Lock On The Door/Taj Mahal & Ry Cooder 

ここで今回のアルバムのテーマとなったソニー・テリーとブラウニー・マギーの話をすると、アコースティック・ギターのソニー・テリーは独学でギターを弾いたのですが、ギターのうまい盲目のブルーズマンもブラインド・ボーイ・フラーと出会いギターを教えてもらってすごくギターが上手くなりました。それでブラインド・ボーイ・フラーが亡くなってからニューヨークに行った時に、ブラインド・ボーイ・フラーが生前コンビを組んでいたハーモニカ・プレイヤーのブラウニー・マギーとコンビを組むことになったわけです。ソニー・テリーがブラインド・ボーイ・フラーのようにギターを弾くことができたからです。そこから2人のデュオが始まりました。

ライが言ってるように音楽的に親しみやすいアコースティックなサウンドと歌詞だったので、ソニー・テリーとブラウニー・マギーは50年代終わりから60年代にかけて白人の若者にすごく人気が出ました。リリースされたアルバムもかなりの枚数があります。南部のコテコテの濃いブルーズではなかったところがウケたのでしょう。

次はライがリード・ヴォーカルを取っている曲でオリジナルはそのブラインド・ボーイ・フラー。とてもリラックスした録音風景がわかるようないいグルーヴです。

3.Pawn Shop Blues/Taj Mahal & Ry Cooder 

いつ聞いてもライのスライド・ギターは素晴らしいです。

次の歌は60年代の公民権運動や人種差別反対運動のデモ行進のときによく歌われていた曲です。ステイプル・シンガーズ、ミシシッビー・ジョン・ハート、カントリーのジョニー・キャッシュなどたくさんミュージシャンに歌われて来たというより、たくさんのアメリカの民衆に歌われて来たトラッド・ソングです。

「私たちは動かない、私たちは退かない」要するに私たちの主張は揺るがないという歌です。

4.I Shall Not Be Moved/Taj Mahal & Ry Cooder 

今日もリモート収録でお送りしました。こういうフォーク・ブルーズからブルーズに親しみが持つ方が増えれば嬉しいです。“

2022.06.03 ON AIR

シカゴ・ブルーズの名ピアニスト、ジョニー・ジョーンズの素晴らしい演奏のコンピレーション・アルバム

Johnny Jones / Doin’ The Best I Can (2 CD JSP 4245A/B)

ON AIR LIST
1.Elmore’s Contribution To Jazz/Elmore James(piano:Johnny Jones)
2.Doin’ The Best I Can/Little Johnny Jones
3.Big City Blues/Big Maceo(piano:Johnny Jones)
4.Hoodoo Man/Junior Wells(piano:Johnny Jones)
5.TV Mama/Joe Tuner (piano:Johnny Jones)

イギリスのJSPレコードから出ているブルーズ・ピアニスト、ジョニー・ジョーンズの録音を集めたアルバム二枚組です。
ジョニー・ジョーンズなんてよくある名前ですが、40年代終わりから50年代にかけていわゆるシカゴ・ブルーズが最も充実していた時代にエルモア・ジェイムズ、ジュニア・ウエルズ、タンパ・レッド、マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフなどのバックでピアノを弾いた人です。
彼はピアノだけでなくハーモニカも吹き、歌も歌いますが、ピアノは格段の腕前で人気のピアニストでした。このアルバムにはいろんなブルーズマンと残した彼の名演が収録されているのと同時に50年代の熱気あるブルーズがたくさん収録されています。興味のある方は是非ゲットしてください。

ジョニー・ジョーンズは1924年にミシシッピー、ジャクソンで生まれ、1945年21歳の時にシカゴにやってきています。ちなみにシカゴ・ブルーズのピアニストと言えばマディ・ウォーターズの右腕として活躍したオーティス・スパンがいますが、彼とジョニーはいとこ同士です。そのスパンに「あいつのピアノには負ける」と言わせたのがこのジョニー・ジョーンズ。
ジョニー・ジョーンズと言えばエルモア・ジェイムズと言われるほどエルモアの録音にたくさん参加していますが、最初に聞いてもらうのはエルモアのファンキーなインストルメンタルの曲です。
1957年録音

1.Elmore’s Contribution To Jazz/Elmore James(piano:Johnny Jones)

エルモアのスライド・ギターのバックで跳ねるようなピアノをジョニー・ジョーンズが弾いていて耳に残ります。曲名を直訳するとジャズへのエルモアの寄贈・・Contributionは寄付とか貢献という意味ですがなんでこんなタイトルなんでしょう。

ジョニー・ジョーンズは大酒飲みでなかなかワイルドな性格だったようです。まあ、当時のブルーズマンに大酒飲みは珍しくないのですが、残された彼の写真を見ているとやんちゃなこといっぱいやったやろうなと思います。シカゴブルーズ全盛期、ピアノの才能もすごくあるし服装もおしゃれです。女性にもモテたでしょう。
ジョニー・ジョーンズは歌も録音しています。このアルバムには29才当時の歌が6曲収録されています。
聞いてもらう曲はハウリン・ウルフのバージョンでも有名な”Sitting On The Top Of The World”と同じようなメロディの8小節ブルーズ。当時の芸名はリトルが付いていてリトル・ジョニー・ジョーンズ。歌も決して悪くないのですがヒットにはならなかったようです。

2.Doin’ The Best I Can/Little Johnny Jones

実はジョニー・ジョーンズが師として仰いだのがシカゴブルーズ・ピアノのパイオニアとも言われるブルーズ・ピアノの名人、ビッグ・メイシオでした。ビッグ・メイシオは左手で揺るぎなくグルーヴするリズムを刻み、右手は自在にメロディを繰り出せる人でした。その師匠のビッグ・メイシオが41才で脳卒中で右半身不随になりピアノが弾けなくなりました。それでも歌が素晴らしかったメイシオには録音の話が来ました。それでほぼ完璧に師匠メイシオのピアノスタイルを弾くことできるジョニー・ジョーンズがピアノを弾き、メイシオが歌だけ歌うという録音が残っています。ジョニー・ジョーンズにとってはある意味光栄な話かも知れませんが、ピアノが弾けなくなったメイシオはどんな気持ちだったでしょう。その曲を聴いてみましょう。

3.Big City Blues/Big Maceo(piano:Johnny Jones)

ジョニー・ジョーンズより10才くらい年下でこれから這い上がっていく当時のジュニア・ウエルズの録音にも参加しています。録音メンバーがドラムにオディ・ペイン、ベースにデイヴ・マイヤーズ、ギターにルイス・マイヤーズ、そしてピアノがジョニー・ジョーンズ、ジュニアの歌とハーモニカ。シカゴ・ブルーズの素晴らしい録音です。

4.Hoodoo Man/Junior Wells(piano:Johnny Jones)

次はジャズ・ジャンプ・ブルーズの名シンガー、ビッグ・ジョー・ターナーがエルモア・ジェイムズやジョニー・ジョーンズと録音した曲。
エルモアやジョニーはジャズ・ジャンプの畑ではけど、都会的な感じとエルモアたちのいなたいサウンドのミックスがちょっと面白い、いい感じになっています。

5.TV Mama/Joe Tuner (piano:Johnny Jones)

ジョニー・ジョーンズはやんちゃな生活を送っていたせいか、1964年に40歳という若さで亡くなってしまいました。

このアルバムは二枚組でまだまだいい曲があるのでまた次の機会にON AIRしたいと思います。

2022.05.27 ON AIR

やっと見つけたテンプテーションズの来日盤レコード!

In Japan / The Temptations (Tamla Motown/日本ビクター SMOT51)

ON AIR LIST
1.Plastic Man / The Temptations
2.I Can’t Get Next To You / The Temptations
3.Love Woke Me Up This Morning / The Temptations
4.Just My Imagination / The Temptations
5.Papa Was A Rolling Stone/ The Temptations

ここしばらくレコード店に行くと必ず心の中で「テンプテーションズ、イン、ジャパン」と念じながらレコードを探していたが、ツアー先の大阪の中古レコード店でとうとうゲットしました。念じていて見つけたときはちょっとドキっとしました。少し高めの値段でしたがややレアなレコードなので即買い。
なぜこのアルバムを探していたかというと個人的に強く想い出に残っているのが、この73年に来日した時のテンプテーションズ。ソウルのコーラス・グループをライヴで聞いたのがこれが初めて。ソウルでNo.1のグルーブを聞いたわけです。その時の素晴らしいライヴの思い出がずっとあり、日にちと会場は違うのですが、この来日時のライヴアルバムがあるというのでずっと探していたわけです。
テンプテーションズは60年代初めに結成されて64年にリリースした”My Girl”が大ヒットして”Get Ready”,”The Way You Do the Things You Do”,”I Can’t Get Next To You”,”Papa Was A Rolling Stone”など60年代から70年代にかけてヒット曲がたくさんあるグループです。何度もメンバー・チェンジを繰り返しながら今も活動していて今年60周年記念アルバムもリリースしました。
64年にデヴィッド・ラフィンが加入してMy Girlの大ヒットが出た時のメンバーがオーティス・ウィリアムス、メルヴィン・フランクリン、ポール・ウィリアムズ、エディ・ケンドリックスの五人でこれですごい人気グループになりました。当時の映像がYOUTUBEなどで観ることができますが、歌だけでなく振り付け、ダンスも衣装も素晴らしいです。洗練されていて美しいステージ・パフォーマンスが見れます。68年にデヴィッド・ラフィンが脱退してデニス・エドワードが加入、73年にポール・ウィリアムズが自殺で亡くなり、エディ・ケンドリックスが脱退し新たにデイモン・ハリスとリチャード・ストリートが加入します。この来日のメンバーはその頃、オーティス・ウィリアムス、メルヴィン・フランクリン、デイモン・ハリスとリチャード・ストリート、そしてデニス・エドワードでした。
彼らはアルバムやシングルでも素晴らしいのですが、とにかくライヴの素晴らしさはソウル・グループのトップクラスでステージでのコーラスはもちろん、ダンスや振り付け、身のこなし、ステージ衣装も含めそのエンターテナーぶりは有名です。そんな彼らの初来日のステージを73年に観ることができたのはラッキーでした。
まずはそのライヴ・アメバム”n Japan / Temptations “のステージの始まりから三曲目までを続けて、彼らのライヴをちょっと味わってください。
最初からとても力強い歌と抜群のコーラス・ワークを聞くことができます。

1.Plastic Man / The Temptations

2.I Can’t Get Next To You / The Temptations

3.Love Woke Me Up This Morning / The Temptations

途中で「ありがと」と日本語で言ってましたが来日ライヴアルバムならではです。最初のプラスティック・マンはモータウン・レコードのプロデューサーで作曲家でもあり、この時代のテンプスの曲を一手に引き受けていたノーマン・ホイット・フィールドの曲で1973年のリリース。この来日コンサートの時は彼らのピカピカの新曲だったわけです。二曲目のI Can’t Get Next To Youは69年のヒット曲、アル・グリーンもカバーしている名曲ですがテンプスのこのライヴのテンポはかなり早いです。そして三曲目のバラード”Love Woke Me Up This Morning”と連奏するところはソウル・ショーのもう定番の流れです。
このライヴ盤を聴いて改めて思ったのはバック・ミュージシャンがかなり上手い。皆さんもソウルやブルーズのコンサートで感じたことがあると思いますが、バックバンドが良くなくてコンサートのクオリティが低くなっていること。
でも、このライヴは約半世紀前にぼくがすごく感動した理由の一つがわかりました。それはテンプスだけでなくバック・ミュージシャンも素晴らしかったからです。
調べましたら、テンプテーションズのステージというのは振り付け、ダンスの完璧さも含めて成り立っているので一つのツアーライヴの曲目曲順はきっちり決まっているようです。いわゆるショーとしてきちんと組み立てられていいるわけです。今のような連奏もたくさんあり、バックのメンバーも固定して練習しないとうまくできないわけです。録音にも参加しているメンバーがこのツアーにも参加したていたり、他のミュージシャンの録音にも参加している名うてのスタジオ・ミュージシャンだったり、全員とにかく上手い。
ライナー・ノーツを書かれている福田一郎さんがラスベガスで見た時とほぼ同じショー構成だったと記されてます。
全曲聞くことができないのでステージ最後の二曲をつ続けて聴いてください。
最初の曲はグラディス・ナイト&ザ・ピッブスでもヒットしましたし、ローリング・ストーンズもカバーしたJust My Imaginationで1971年チャート1位になっています。そして二曲目のステージ最後の曲は前年の1972年の全米1位、グラミーに輝いた”Papa Was A Rolling Stone”
MCからステージ最後の盛り上がりを感じます

4.Just My Imagination / The Temptations

5.Papa Was A Rolling Stone/ The Temptations

実はこのテンプテーションズのコンサートを聴きに行った時、あまりに素晴らしかったのでぼくは仲間と一生で一回きりの楽屋口で「出待ち」をしました。雪が舞い散っている寒い夜だったんですが、若かったのとライヴで興奮していたので寒さは感じなかったんでしょう。かなり長い間待ちました。
そしてメンバーが出てくると雪の中にいた僕たちにびっくりして、ぼくはオーティス・ウィリアムスに「寒かっただろう?大丈夫?」とハグされました。メンバー全員すごく優しくて紳士的でした。
その時ぼくらは「今夜のコンサートはすごく良かったです」とひとこと伝えたかっただけなんです。それを言うための出待ちでした。いい音楽を聞かせてもらった時の純粋な気持ちだったと今も思います。

デビューからのメンバーはオーティス・ウィリアムスだけになったが現在もテンプテーションズは活動しており、今年になって結成60周年を記念した”60 Temptations”をリリースしました。
そのアルバムもいつかON AIRしたいと思います。