2021.12.31 ON AIR

2021年、今年心に残った曲

Uncivil War / Shemekia Copeland (Alligator ALCD5001)
That’s What I Heard / Robert Cray (Nozzle NZZL720982)
Let’s Get Happy Together/Maria Muldaur with Tuba Skinny (Stony Plaln)
Los Lobos / Native Son (NEW WEST NW 6516)

ON AIR LIST
1.Uncivil War / Shemekia Copeland
2.I Like You Best Of All/Maria Muldaur with Tuba Skinny
3.Native Son / Los Lobos
4.You’re The One/ Robert Cray Band
5.We Shall Overcome / The Staple Singers

2020年にミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドさんが白人警察官に首を9分間押さえつけられ窒息死により殺された事件をきっかけに人種差別や警察の暴力に抗議する運動が高まり、その後「BLM/ブラック・ライヴズ・マター」という全世界的な人種差別反対運動に広がりました。結局いつまで経ってもなくならない人種差別の問題に意識を持ったミュージシャンたちがそれにプロテストするアルバムや曲もリリースされました。
そんな中、黒人の女性ブルーズ&ソウル・シンガー、シメキア・コープランドの新譜も今年印象に残りました。
「誰も勝つ人がいないこの無益な、野蛮な戦いを私たちはいつまでするのだろう」と人種間の分断された気持ちを歌っています。
アルバムタイトル曲です「Uncivil War」

1.Uncivil War / Shemekia Copeland

5月にはベテラン女性シンガー、マリア・マルダーの新譜”Let’s Get Happy Together”がリリースされました。アルバムタイトル通り楽しくなるアルバムでした。1920年代から30年代のいにしえのブルーズ、アーリージャズ、ジャグなんかをニューオリンズのストリート・ジャズバンドの「チューバ・スキニー」とコラボして作ったものでなんともほんわかした気分なるアルバムでした。

2.I Like You Best Of All/Maria Muldaur with Tuba Skinny

2021年の夏ヘビー・ローテーションで聴いたのはロス・ロボスの新譜「Native Son」でした。彼らが子供の頃から聴いて来た自分たちのルーツになった曲のカバーがたくさん録音されたアルバム。その中から九月にON AIRしなかった彼らの唯一収録されているオリジナル曲、アルバムタイトル曲でもあります。

3.Native Son / Los Lobos

とてもパワフルなアルバムでいまやアメリカのロックの王道バンドのトップの実力を示した素晴らしいアルバムでした。彼らのルーツであるチカーノのカバーも収録されていてカラフルなアルバムでもありました。

この番組はブルーズを主体としているのですが、ブルーズの新しいアルバムでいいものがあまりリリースされなくなってきたというのが昨今の状況です。もちろんブルーズ関連のアルバムはリリースされているのですが、もうかなり前から言ってることですがヘヴィなギターソロだけがフィーチャーされて、歌が良くないブルーズ・アルバムはこの番組では紹介していません。ブルーズはヴォーカル・ミュージック。まず歌ありきです。
2021年よかった現役のブルーズ・アルバムはキム・ウィルソン、ボビー・ラッシュ、ザック・ハーモンそして今から聞いてもらうロバート・クレイくらいでしょうか。特にロバート・クレイにはB.B.キング亡き後を引っ張っていく気持ちで頑張って欲しいです。今年1月にON AIRしたアルバムThat’s What I Heardから偉大なブルーズシンガー、ボビー・ブランドの名曲をカバーしています。

4.You’re The One/ Robert Cray Band

一曲目でも触れましたが、アメリカの人種差別の問題が性差別、職業差別などいろんな差別についての意識が自分にも問われるこの一年の動きでした。そんな中、公開された映画「サマー・オブ・ソウル」はかなりの衝撃でした。特に映画に使われた69年のニューヨーク、ハーレムで開催されていた野外フェスティバル「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」のドキュメント映像は改めて60年代終わりの黒人音楽の激しかった動きを教えてくれました。そして、その頃いやそれ以前から未だに続く人種差別と格差、分断の問題をアメリカだけでなくどうしたら解決できるのか・・・今年も問われた年でした。その60年代初めからずっといまもそういう運動に関わり、歌い続けているメイヴィス・ステイプルズには本当に尊敬の気持ちしかありません。彼女が「私たちはいつの日か打ち勝つだろう」とファミリー・グループ「ステイプル・シンガーズ」で歌ったこの歌からもう何十年経ったのでしょう。

5.We Shall Overcome / The Staple Singers

2021年もこの番組を聞いていただきありがとうございました。番組開始から15年目に入りました。何か記念になるようなことしたいと今考えています。そして、この番組をON AIRしてくださっているネット各局の皆さんにも感謝しています。また各局訪問の旅にもいきたいと思ってます。
2022年もよろしくお願いします。Hey,Hey, The Blues Is Alright!

2021.12.24 ON AIR

B.B.キングのクリスマス・アルバム”A Christmas Celebration Of Hope”

A Christmas Celebration Of Hope(M・C・A 112756-2)

ON AIR LIST
1.Please Come Home For Christmas/B.B.King
2.Back Door Santa/B.B.King
3.Merry Christmas Baby/B.B.King
4.Christmas In Heaven/B.B.King

欧米のミュージシャンはクリスマス・ソングをレコーディングするのが夢のようでこの季節になるといろんなクリスマス・アルバムがリリースされます。今年はノラ・ジョーンズが”I Dream Of Christmas”をリリースしましたが良かったです。
ブルーズマン達のコンピレーション・クリスマス・アルバムというのもあり、毎年この番組でON AIRしてますが、中にはどこがクリスマスやねん、普段と変わらんブルーズやんという曲も多々あります。でも、それは貧しい黒人たちにとってはクリスマスを祝うこともできなかった気持ちというのが、「何がクリスマスや」という気持ちもあると思います。

今回はB.B.キングのクリスマス・アルバム”A Christmas Celebration Of Hope”を聴きながらブルーズのクリスマス・ソングの話をしましょう。

最初はウエストコーストのブルーズ・ピアニスト、チャールズ・ブラウンが1960年に作り歌ったヒット曲で”Please Come Home For Christmas”
この曲はたくさんのミュージシャンにカバーされていますが、1978年にロックバンド「イーグルス」がリリースした邦題「ふたりだけのクリスマス」のカバーでしっいる方も多いと思います。
歌の内容はその邦題とは違うもので「鐘の鳴る音が聞こえると悲しくなってしまう。彼女が行ってしまってひとりきりのクリスマスになり、友達もいないし憂鬱なクリスマスになってしまった」という悲惨な曲です。

1.Please Come Home For Christmas/B.B.King

1968年にアトランティック・レコードが「ソウル・クリスマス」というコンピレーション・アルバムをリリースし、それに収録された曲で盲目のR&Bシンガー、クラレンス・カーターが歌った曲です。
曲名がBack Door Santaと言うのですがブルーズにはBack Door Manとうのが時々出てくるのですが、これは「間男」つまり彼氏とか旦那さんがいない時に家に裏口から入って彼女や奥さんとナニしてしまうという男のことで、不謹慎なでもちょっと面白い言葉でそこからBack Door Santaとなっています
「俺はクリスマスの間男って呼ばれてるんやけど彼がおらん隙に彼女を楽しませてやってんねん。本当のサンタは年に一回やけどオレは呼んでくれたらいつでも行くで。子供がいたら邪魔やからどこかへ行かすために小銭もいっぱい持ってねん」
こんな歌クリスマスに歌いますか?でも、これもたくさんカバーされていてボン・ジョヴィもやってます。
2.Back Door Santa/B.B.King

次は私もカバーしている「メリークリスマス・ベイビー」です。これも一曲目にON AIRしたPlease Come Home For Christmasのチャールズ・ブラウンの曲。
「メリークリスマス!おまえがとても良くしてくれる。ダイヤの指輪なんかプレゼントしてくれるからオレは天国にいるようや。ラジオからええ音楽が流れてきてええ気分や。おまえがヤドリギの下に立っているいる間にキスしたいよ。夜中の三時にサンタさんがおまえに素晴らしいプレゼントを持ってくる。俺は酔っ払ってないよ。クリスマスツリーみたいにしっかり立ってる」

3.Merry Christmas Baby/B.B.King

B.B.キングが亡くなって天国に行ってしまってから6年が経ったのですが、天国のB.B.はこの世界的なコロナの状況をどう見ているでしょうね。ブルース・シーンはやはりB.B.がいなくなってひとつの大きな時代が終わった感じがしていますが、でもB.B.は「ブルーズがなくなることはない。人類がいる限りブルーズはいつでも誰にでもある」と言ってました。確かに今のコロナウィルスの拡大は全世界の人たちをブルーにしてしまってます。みんながブルーズを持つ羽目になってしまいました。でもきっとB.B.は「コロナに負けないでがんばれ」と言うでしょう。
大好きなB.B.の大好きなクリスマスソングです。

4.Christmas In Heaven/B.B.King

B.B.にとってもクリスマス・アルバムを作ることは長年の念願だったそうです。

僕も一度だけアメリカでクリスマスを過ごしたことがありますが、欧米の人たちにとってはクリスマスは本当に特別な日であり、クリスマス・シーズンと呼ばれるクリスマスそして年末から新年にかけては故郷に戻ったり、恋人や家族とゆっくり過ごす日々です。元々イエス・キリストの降誕をお祝いする日でキリスト教の宗教的意味愛の強い日ですが、日本ではただのイベントみたいになっていますが、まあ家族で静かに集まって幸せを感じるのもいと思いますす。
高いクリスマス・プレゼントや豪華なクリスマスの料理とかいらないです。ささやかなものでいいと思います。楽しく過ごしてください。
メリー・クリスマス!

2021.12.17 ON AIR

ブルーズの歌詞を読み解く名著「黒い蛇はどこへ」
(中河伸俊著/トゥー・ヴァージンズ刊)

ON AIR LIST
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
2.Bad Luck Blues (Out Of Bad Luck)/ Magic Sam
3.Bright Lights Big City / Jimmy Reed
4.Decoration Day/Sonny Boy Williamson II

僕も連載を書いている「ブルース&ソウル・レコーズ誌」でブルーズの訳詞をしてそのブルーズが生まれた背景や内容をより深く読み取る「Food For Real Life」という連載を書かれている中河伸俊さんが、それを更にアップデイトしてまとめられた「黒い蛇はどこへ」を上梓されました。
今日はその素晴らしい本を紹介しながらそこで取り上げられているブルーズを何曲か聞いてみようと思います。
僕もこの番組で自分のわかる範囲で歌詞の説明をしてきましたが、僕は英語がそんなに堪能でもないし語学として英語をとりわけ勉強したわけでもなく、アメリカや黒人の文化について学んだわけでもないので説明できないこともあります。しかし、中河さんは大学で社会学の教授をされ同時にブルーズやブラックミュージックの翻訳、解説を幅広くされていて、アフリカン・アメリカンの文化や音楽に精通されています。いつも中河さんの書かれた文章を楽しみにしています。
この番組で何度も話してますが、言語だけでなく文化や生活習慣が全く違うアフリカン・アメリカンが歌うブルーズの歌詞を完全に理解することは難しいものです。しかし、「ああ、やっぱり同じように感じるんや」と思う歌詞もたくさんあり、英語ならではの美しい表現や面白い表現にも出会います。
中河さんの今回の著書「黒い蛇はどこへ」はブルーズだけでなく黒人音楽を聞く上でとても役立つ本だと思います。
ではこの本の一番最初に取り上げられている曲はロバート・ジョンソンの名曲”Come On In My Kitchen”「うちの台所へお入り」です。この曲を映画のワン・シーンのようだとぼくはずっと思ってました。雨が降りそうな空の下、台所の入り口に立っている男とその男に視線を送る女。そこで男は「雨が降りそうだからオレの台所に入りなよ」と誘っている・・そんな光景が浮かんでました。ところが二番の歌詞で男は親友の女を奪ってしまったのに、またその親友に女を奪い返されたという歌詞が急に出てくる。そして後半は迫ってくる寒い冬を女一人で過ごすのは辛いだろうから俺と暮らそうと女を誘う歌詞が出てくる。そしてまた「雨が降りそうだからオレの台所に入りなよ」が出てくる。私は整合性のないこの歌詞が一体何を意味しているのかと考え込んだことがある。でも、結果はロバート・ジョンソンの気持ちははっきりわからない。でも、全体を見てみると女に逃げられた男が独り身だろう女を誘っている。雨が降りそうだというのは辛い冬がこれからやってくるという意味もあり、だから俺の台所、つまり家に入って一緒に暮らそうと誘っていると解釈しました。ブルーズの歌詞にはこういう整合性のない、バラバラなものがたくさんあります。一番で「お前のことを愛している」と歌っておきながら最後の歌詞で「お前なんかもう愛してない。俺は出ていくよ」という歌がかなりあります。

その整合性のないところを著者の中河さんは「こういうばらばらさ、いいかえれば断片化がもたらす多様性がかえって聞き手を感情移入させ、より多くの聞き手が自分の個人的な経験とシンクロさせられる」と書かれてます。

1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson

ジョンソンの歌とギターとそして録音から聞こえてくるその時の空気感がすごく寂寥感に溢れていて、南部の田舎に生きる男女の寂しさと辛さが伝わってきます。
次の歌もブルーズの中のブルーズという感じの歌詞です。
マジック・サムの”Bad Luck Blues” タイトル通り「悪運のブルーズ」ですが、その悪運で落ち込んでいたけど俺はまた這い上がるんだという歌です。そして俺から全てを奪って他の男に走ったお前も俺が這い上がったらまた戻ってくるだろうという歌詞です。
私り男友達でこの歌を好きな人多いです。成功したり金持ちになったりすることだけを女性は男性に求めている訳ではないでしょうが、男はどこかで成功してお金も掴んでホレた女性に不自由なくしてあげたい、それが男なんだよなとどこかで思っているんですね。だから這い上がってもう一度頑張るんだという自分を押し上げてくれるようなこのブルーズが好きなんだと思います。
最初の”I Been Down So Long But I’m On My Way Up Again”という最初のマジック・サムの歌がもうグッときます。

2.Bad Luck Blues / Magic Sam

マジック・サムはこの曲をデルマークレコードとクラッシュ・レコード(クラッシュではOut Of Bad Luckという曲名にしている)と二回録音しています。今のはクラッシュ録音ですが僕はこっちの方が好きです。
中河さんのこの「黒い蛇はどこへ」は一つ一つの曲の歌詞のことだけではなく、その歌が生まれた背景や歌われた時代のことそして英語の深い意味についても書かれていて本当に楽しくしかも勉強になるという一冊です。

次は私も歌っている大好きなジミー・リードの曲ですが、僕はシカゴに初めて行った時タクシーの窓から見るネオンサインや街の明かりにこの歌を思い出しました。Bright Lights Big City・・「灯りまぶしい大都会」となかがわさんは訳しています。この歌の主人公の女性は大都会の輝く灯りに憧れのぼせて、男が気をつけなよと言う言葉も聞かないで浮かれた暮らしをしている。そのうち痛い目に合うぞと注意しても彼女は聞かないんだ・・と。たくさんいたんでしょうね、南部の田舎から出てきて浮かれている女性が・・。そして男に騙されたり。
この歌のことで中河さんは歌っているジミー・リードの奥さんママ・リードのことに触れています。もともとお酒が好きだったジミーはてんかんという病になってから発作が起こるのが怖くてますますお酒を飲むようになりアルコール依存症になってしまったのですが、そのジミーをずっと支えて連れ添った奥さんのママ・リードはBright Lights Big Cityの歌の女性とは真逆にジミーに尽くした人だったと書かれています。
自分の作った歌詞も忘れてしまうようになったのですが、それをサポートするようにママ・リードのコーラスも入ってます。

3.Bright Lights Big City / Jimmy Reed

それぞれ、ブルーズマンの人生がそれぞれの歌に反映されているのは当然なのですが、そういう話を知っているとまた歌に愛着が生まれます。

次は自分が格別好きなサニーボーイ・ウィリアムスン。サニーボーイ・ウィリアムスンという名前のブルーズマンが二人いることを知っている方もいるかと思いますが、区別するためにサニーボーイIとサニーボーイIIと分けられていてIの方は戦前に大人気で”Good Morning School Girl”などヒットを出した本名ジョン・リー・カーティス・ウィリアムスン、IIはIが亡くなってから録音を始め50年代からシカゴのチェスレコードでヒットを出したアレック”ライス”ミラー 。そのアレック”ライス”ミラーの曲が取り上げられているのですが、実はこの曲はオリジナルがサニーボーイIの曲で私は昔この曲のタイトル”Decoration Day”というのがわからなくて辞書で調べた記憶があります。それでもなんとなくメモリアル・ディのような死んだ方を追悼する日くらいにしか思ってなかったのですが、今回中河さんの本に”Decoration Day”は日本のお盆のようなものだと書かれていてなるほどと思いました。この歌は亡くなった妻のことを歌っていて、妻が「私が亡くなったらデコレーションデイにはお墓に花を持ってきてね」という歌なのです。最後に彼女のことも忘れないし、デコレーションデイも忘れないと歌っています。

4.Decoration Day/Sonny Boy Williamson II

バディ・ガイのギターがちょっとウザい感じもしますが、サニーボーイの歌とハーモニカは思いが詰まっていて素晴らしいです。
デコレーション・デイはお墓をきれいに掃除して花を添えて・・とほとんど日本のお盆と同じですが、翌日にその墓の近くでピクニックをしたりするそうです。まあ、生きているオレたちは元気でやってるよということなのかもしれません。
今日は中河伸俊さんが書かれた「黒い蛇はどこへ」というブルーズの歌詞から曲が生まれた背景や歌の内容を読み解くという素晴らしい本を紹介しました。
とても内容の濃い本で曲を聴きながら何度も読み返すとまた新たな発見もあると思います。ぜひ、手にとってではなく買ってじっくり読んでみてください。番組HPに写真も出しておきます。

2021.12.10 ON AIR

亡きキャロル・フランに捧ぐ

Soul Sensation/Carol Fran And Clarence Hollimon(P-Vine PCD22253)

See There /Carol Fran And Clarence Hollimon (Black Top CD BT1100)

ON AIR LIST
1.Push-Pull / Carol Fran And Clarence Hollimon
2. I Had A Talk With My Man/Carol Fran And Clarence Hollimon
3.Daddy, Daddy, Daddy/Carol Fran And Clarence Hollimon
4.I Don’t Want To Do Wrong/Carol Fran And Clarence Hollimon

キャロル・フランは以前に一度ON AIRしたことがある。ルイジアナ、ラファイエット出身のキャリアの長い女性ブルーズシンガーで大きなヒットはなかったのですが、とても魅力のある歌声でファンキーでウイットに富んでいて気さくで南部で人気のあるシンガーでした。そのキャロルが9月1日に87才で亡くなりました。残念です。ビッグネイムではなかった彼女ですが、ルイジアナのスワンプ・ブルーズやニューオリンズR&B、ケイジャンなどの匂いのある貴重なシンガーでした。
1933年10月23日生まれ、誕生日が僕と1日違いです。レコード・デビューは1957年でその”Emmitt Lee”という曲はローカルでヒットしたようです。そこからキャロルはずっとシングルをいろんなレーベルからリリースし、ニューオリンズのバーボン・ストリートを拠点にライヴ活動を続けてギター・スリム、リー・ドーシー、ジョー・テックスなどのツアーにも参加しシンガーとしてタフに生きてきました。
しかし、なかなか売れずにメキシコ、マイアミ、テキサスといろんなところに移住して歌い続けました。
彼女に転機が訪れたのは1982年にキャロル・フランは昔一緒にやっていたギタリストのクラレンス・ホリマンと25年ぶりにテキサスで再会したことでした。二人は25年前にニューオリンズで初めて会い、お互いに好意を持っていたようです。再会しそして2人は結婚してそこからデュオで活動を始めます。
漫才だと夫婦漫才ですが夫婦ブルーズがここから始まります。それがとてもいい感じで、92年にブラック・トップレコードから”Soul Sensation”というアルバムをリリース。自分たちのオリジナルにサム・クックやニューオリンズのアール・キングの曲、ゴスペル曲なども収録したこのアルバムが評判になりました。
まず一曲、ザディコ・ミュージックのテイストのファンキーなスワンプ・ブルーズです。途中のクラレンス・ホリマンのファンキーなギターソロも聞きどころです。
1.Push-Pull / Carol Fran And Clarence Hollimon

キャロルのお母さんはピアニストだったので彼女も小さい頃からピアノを弾いてました。それで地元のコンテストで優勝して、15歳くらいから地元のクラブやルイジアナあたりでピアニスト兼ボーカリストとして雇われるようになりました。ある日、ニューオリンズのバーボン・ストリートのキャバレーで歌っているときにエクセロ・レコード(スリム・ハーポなどが在籍)の社長のJ.D.ミラーの目に止まり、レコーディング・デビューすることになりました。それが”Emmit Lee”というニューオリンズ・バラード風の彼女のオリジナル曲でした。この曲はかなり売れました。でも、それ以降もリリースはありましたがヒットは出なかった。しかし、ルイジアナ・ブルーズの大物ギター・スリムのツアーに参加したり、ニューオリンズのクラブで歌ったり、60年代にはジョー・テックスのレヴューでツアーもしましたが録音のヒットは出ませんでした。70年代にマイアミのクラブで歌ったりしていましたが、レコーディングは途絶えてしまいました。
80年代にテキサスのヒューストンに移った時に先ほど言った25年前にニューオリンズで知り合ったギターのクラレンス・ホラマンと再会しました。ここから2人は恋に落ち、83年に結婚して2人で活動するようになります。
次の歌は1964年に女性シンガーのミッティ・コリアがヒットさせたソウル・バラードなのですが、こんなことがキャロルとクラレンスの間であったのかなと想像させます。
歌詞「昨日の夜、彼と話した。彼は全て大丈夫だよと私を安心させてくれた。夜が明けるにつれて悩みが消えていくようで君はショーのスターなんだよと言ってくれた。ぼくは君のものだし他のだれかを好きにはならない。君を寂しくはさせない、結婚してほしいと言ってくれた。私は泣いた。私の目からこぼれる涙に彼はキスしてくれた」
最後のHe kissed the tears From my weeping eyes(こぼれる涙に彼はキスしたのよ)がたまりません。2人のアルバム”Soul Sensation”から
2. I Had A Talk With My Man/Carol Fran And Clarence Hollimon

ホリマンはボビー・ブランド、チャールズ・ブラウンはじめ多くのブルーズ、R&Bシンガーのバックに起用されるギター名人でしたが、やはりキャロルとデュオを組んでから一段とその名前が知れ渡り、二人にとってデュオ組んだことは大正解でした。
90年代に入ると彼らは活発に活動してヨーロッパにも行き、98年には日本のパーク・タワー・ブルースフェスに2人で来日しました。2人のライヴはいつもファンキーで楽しいステージでした。
92年には今聞いてもらったアルバム”Soul Sensation”をリリース。次の曲は94年に同じブラック・トップからリリースされたアルバム”See There”からニューオリンズ・テイストのこの曲。
3.Daddy, Daddy, Daddy/Carol Fran And Clarence Hollimon

2000年にもアルバム”It’s About Time”をリリースしたのですが、リリース後にクラレンス・ハラマンが急死してしまいました。ブルーズの男女デュオもいないし、すごくいい感じで活動してきた2人なので本当に残念で、何よりキャロルの気持ちを思うと切ないです。そして、翌年にはキャロルのお母さんが亡くなり、キャロルは故郷のルイジアナ、ラファイエットに戻りました。その後ソロ・アルバムを出してクラブで歌い続け2015年ドキュメンタリー映画”I Am The Blues”にもキャロルは出演して歌っていました。
次の曲はグラディス・ナイト&ビッブスやエスター・フィリッブスも歌っていますが、キャロルの歌もいいです。
4.I Don’t Want To Do Wrong/Carol Fran And Clarence Hollimon
キャロル・フランはこれという大きなヒット曲もなかったし、録音した曲が発表されないでお蔵入りも多く、不遇な面もありすごく有名なシンガーではない人でした。でも、とても味のある、ファンキーでもありダウンホームなところもありました。いわゆる黒人サーキットの人気クラブシンガーでした。彼女のような女性シンガーが本当に少なくなってしまって寂しいかぎりです。9月1日に故郷ルイジアナ・ラファイエットで87才で亡なくなったキャロル・フランをお送りしました。キャロルのめい福を祈ります。

2021.12.03 ON AIR

音楽に思い込みは良くないという話/フィフス・ディメンションから半世紀マリリン・マックーとビリー・デイヴィスjr.

The Very Best Of The 5th Dimension / 5th Dimension(Sony Music Japan SICP-3710)

blackbird / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.(BMG EE1 538675442)

ON AIR LIST
1.Aquarius / Let the Sunshine In / The 5th Dimension
2.Wedding Bell Blues / The 5th Dimension
3.Blackbird / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.
4.(Just Like) Starting Over [feat. James Gadson] / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.

今日は少しブルーズから離れた話なのですが、或ミュージシャンに対して今まで自分が思っていた印象が時が経ち改めて聴くと違っていたということはないですか。私はこの番組で少し前に取り上げた映画「サマー・オブ・ソウル」の中に登場する「フィフス・ディメンション」というグループについて長い間というか、50年間くらい間違った認識をしていたことに気づきました。
50年前、つまり私が20才頃に「フィフス・ディメンション」は登場しました。男女何人かのコーラス・グループで今から聴いてもらう”Aquarius / Let the Sunshine In”という曲が60年代終わりに大ヒットし、その曲は「ヘア」というミュージカルで使われた曲だったという記憶でした。そして大きな記憶違いをしていたのは白人のコーラス・グループだと思っていたことです。それが「サマー・オブ・ソウル」を観ていたら「あれ?黒人のグループやん」と記憶間違いに気づきました。
「フィフス・ディメンション」は男性三人、女性二人のコーラスグループでその母体は63年くらいからロスのクラブ歌手グループとして始まっています。何度かメンバー・チェンジがあり60年代半ばにビリー・デイビスJr.、マリリン・マックー、ラモンテ・マクレモア、ロン・タウンソン、フローレンス・ラルーというメンバーに落ち着きました。
皆さんもどこかで一度は聞いたことがあるだろうこの曲からスタートです。
1969年ビルボードチャート一位になった大ヒット曲
1.Aquarius~Let the Sunshine In / The 5th Dimension
この曲はAquarius とLet the Sunshine Inと二つの曲を繋げたものです。元々ミュージカル「ヘア」を観て感動したフィフス・ディメンションのメンバーが劇中で使われていた曲を歌いたいと申し出たのが録音のきっかけです。バックの素晴らしい録音に参加したのはドラマーのハル・ブレインはじめ当時LAのトップのレコーディング・ミュージシャン「レッキング・クルー」のメンバーたちです。
後半の”Let the Sunshine In”の歌を聴くと歌がすごくパワフルでソウルフルでやっぱり黒人グループだなと今は思うのですが、70年頃私にはわからなかった。なぜなら彼らの音楽に白人的なテイストがあるからで、実際プロデューサーは彼らを白人のコーラス・グループの「ママス&パパス」の黒人版にしょうとしてたらしく、実際「ママス&パパス」の曲もカバーさせてます。また、67年に彼らがヒットさせた”Up,Up And Away”も当時ラジオからよく流れてきてましたが、白人的な軽いサウンドやコーラスに聞こえてました。私がこの5th Dimensionを白人グループだと思い込んだのも仕方なかったと言い訳させてください(笑)。
次の曲もヒットした曲でオリジナルは女性シンガー&ソングライターのローラ・ニーロ。この曲は白人のポップチャートでは一位になってますが、黒人のR&Bチャートでは23位とあまり黒人にはウケず白人に受けています。調べて見ると彼らは黒人グループなのに白人チャートでは何度も一位を取っているのに、黒人R&Bチャートで一位になった曲はないんですね。面白いグループです。
2.Wedding Bell Blues / The 5th Dimension
メンバーのマリリンとビリーが「ウェディングベル・ブルース」をリリースした69年に結婚するのですが、75年にふたりがグループを脱退してデュオとして活動を始めます。5th Dimensionはその後もグループとして続くのですが全盛期はここで終わりとなります。マリリンとビリーは「星空のふたり/You Don’t Have to Be a Star」などヒットを出してソウル・デュオとして活躍し、ミュージカル出演やテレビの司会者などアメリカのエンターテイメントの世界ですごく有名な存在となり今も活躍しています。
そしてそのふたりが今年アルバムをリリースしました
アルバム・タイトルが”Blackbird”(正式にはBlackbird Lennon McCartony Icon) がいまヘヴィ・ローテーションで我が家に流れています。このアルバムはタイトル曲もそうですが、ビートルズのジョンとポールの曲を取り上げたアルバムです。”Got To Get Yoy Into My Life”から始まり”The Fool On The Hill”,”Yesterday”,”Help”などが収録されています。アルバム・タイトル曲”Blackbird”はビートルズの68年のホワイトアルバムに収録された曲です。私はこの曲をずっと夜更けに鳴いている黒い鳥のことをただ歌っていると思っていたのですが、この歌を60年代にアメリカ南部で辛く、苦しい目に遭いながらも公民権運動で戦っていた黒人女性たちに向かってポールは曲を書いたと最近知りました。そしてその曲をマリリンとビリーがここ数年アメリカで巻き起こっている人種間の分断、そしてBLM運動を提起する目的でこの歌を取り上げたということです。すごく意味のある選曲です。
「黒い鳥が真夜中にさえずっている。傷ついた翼で空へ飛ぼうとしている。これまでの人生、君がただ待っていたのは飛び立つこの瞬間だったんだね」
3.Blackbird / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.
マリリン・マックーはきれいな方で調べたら若い頃はモデルさんをされていたようです。「サマー・オプ・ソウル」の映画の中でも観客の若い男の子があんな可愛い人を見たことがないと語っていました。でもきれいなだけでなく歌も上手いです。マリリンとビリーは現在80歳くらいですが、本当に仲のいい夫婦でその仲の良さが音楽にも出ていると思います。
実はこのアルバムには一つ嬉しいことがあって、ジョン・レノンの”Starting Over”がカバーされているのですが、そのドラムがジェイムズ・ギャドソンなのです。僕のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」とコラボしてライヴ・アルバムを一緒に録音してくれたギャドソンが参加しています。では最後にその曲を。
4.(Just Like) Starting Over [feat. James Gadson] / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.

フィフス・ディメンションから半世紀、Marilyn McCoo & Billy Davis Jr.の新しいアルバム「ブラックバード」は人種問題や格差の広がりに静かな抗議をしています。80才のアフリカン・アメリカン夫婦の美しい抗議でもあります。いいアルバムです。そして映画「サマー・オブ・ソウル」はぜひ観てください。