2020.02.14 ON AIR

南部のブルーズ・テイストをしっかり持ってブルーズを作り歌う「いま」のブルーズマン、ザック・ハーモン

Mississipi Barbq/Zac Harmon(BSMF-2684)

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ON AIR LIST
1.Gypsy Road/Zac Harmon
2.Baby Pleez/Zac Harmon
3.Mississipi Barbq/Zac Harmon
4.Making A Dollor Out Of Fifteen Cent/Zac Harmon

今日はBSMFレコードから送っていただいたザック・ハーモンのニューアルバムです。
正直言って僕はザック・ハーモンを聴いてなかった。名前はなんとなく知っている感じでしたが、彼がこんなにいいブルーズマンだと思ってませんでした。
まずザック・ハーモンの略歴から紹介しますが、何年生まれなのかはっきりしません。生まれたのが1960年頃と書いてあるのでいま60才くらいですか。生まれ育ったのはミシシッピー・ジャクソンです。16才でお父さんの友達だったジャクソンのブルーズマン、サム・マイヤーズのバックでギターを弾いたのが最初のキャリア。18才の頃にはジャクソンのマラコ・レコードでZ.Z.ヒルやドロシー・ムーアのバックでギターを弾きその後ロスへ。ロスではスタジオ・ミュージシャンとして活躍しながらソング・ライターとしてオージェイズやウィスパーズなどに曲を提供して、94年にブラック・ウフルに書いた曲はグラミーにもノミネートされています。プロデュースの仕事もしていますからまあ裏方的な生き方をしてきた人ですが、2003年に40才を過ぎて自分のファースト・アルバムをリリース。以降自分のバンドでライヴ活動を続け、いままでに5枚のアルバムをリリース。
聴いてもらえばわかるのですが、ブルーズだけでなくブルーズを真ん中に据えながらいろんなタイプの曲があるのですが、それぞれがしっかり練られて作られているいるところがいいなと思います。さすがいろんな仕事で裏方をやってきた蓄積を感じます。
まずは一曲
1.Gypsy Road/Zac Harmon
最初、ギターが始まったときはよくあるギター弾きまくりのヘヴィなブルーズロックかと思いましたが、歌が入ってくるとほっとします。歌声と歌い方がいいんですね。気張らず自然で、元々いい声してるんですね。黒人のミュージシャンと話しているとよく歌声の話をされます。例えば、ドクター・ジョンはインタビューで「僕は歌手やないんや、僕はピアノとギター弾いて歌っているプレイヤーなんよ。いい声やないしね。歌手というのはアーロン・ネヴィルのような素晴らしい歌声を持った人のことなんだよ」謙遜も入っていると思いますが、歌手に対しての考え方がよくわかりますよね。
今回このアルバムをOn AIRしょうと決めたのはザック・ハーモンの声と歌い方がいいなと思ったからです。そして、現在形で活動しているブルーズをやるミュージシャンでこんな風に歌のいい人が本当に少ないです。ギターだけやってきた人ではなくて、ドロシー・ムーアやZ.Z.ヒルといった素晴らしい歌手のバックもやってきたのでギターの出方もよく知っていて、あくまでも歌をメインに据えているところがいいです。
はっきり言うと黒人も白人も最近のブルーズ系のギタリストたちのやたらラウドなギター弾きまくり、歌がつまらいない、しかも、ギターのひとつひとつの音がはっきりしない、つまりギターが何を歌っているのかわからないそんなソロを延々と弾く人が多い。ブルーズと称して次々出されるそういうアルバムに僕は辟易しています。
なので今回のこのアルバムは有名ゲストもいないし、これ見よがしなところもないのですがストレートで飾り気がなくていいです。

2.Baby Pleez/Zac Harmon

彼は若い頃ミシシッピ、ジャクソンにあるマラコレコードでスタジオの仕事をしていたんですが、やっぱり南部のダウンホームなゆったりした感覚があるんですね。このアルバムもミシシッピ・バーベキューというのがアルバムタイトルなんですが、アルバムジャケットにはザックさんがエプロンしてめっちゃでっかい肉をフォークに差して持ち上げてにっこり笑っている写真です。それでこのアルバムタイトル曲もコテコテのブルーズかと思いきや、こんな曲でした。
3.Mississipi Barbq/Zac Harmon
オールドスクールのソウル・テイストでちょっとオシャレな曲なんですがなんかイナタイです。だいたいこんなメロディで「ミシシッピ・バーベキュー」と歌うところがディープ・サウス、ミシシッピです。たまらなくいいです。”We Gonna Have Mississipi Barbq”ですから、それそこZ.Z.ヒルとかリトル・ミルトンのマラコ・レコードの曲聴いてるみたいな感じになりました。

このアルバムのプロデュースはジム・ゲインズという人で、この人はサンタナやスティービー・レイボーンをプロデュースしてグラミーも取っている敏腕プロデューサーです。このアルバムはそういうしっかりしたプロデュースの力を感じます。
次の曲は女性ブルーズ・シンガー、シメキア・コープランドなどにも曲を書いているジョン・ハーンとザックの共作です。
ちょっとジョニー・ギター・ワトソンのファンク・ブルーズを思わせる曲調です。
4.Making A Dollor Out Of Fifteen Cent/Zac Harmon
ザックさんはオールド・スクールのR&Bですが、決め手はやはり彼の歌声と歌い方ですね。力まずでもパワフルなんですが、コントロールされていてでもスクウエアな感じがしない歌とギターのバランスがいいです。
ギター・スタイルは基本的にはB.Bキング源流のモダン・ブルーズ・ギターですが、やはりスタジオ・ミュージシャンでもあったのでコードワークとかカッティングにブルーズだけでない洗練されたものが時々あります。ミシシッピーのモダン・ブルーズとウエストコーストのジョニー・ギター・ワトソンのブルーズファンク・テイストもあるこのアルバム、ブルーズ系の新譜の中では久々にいいなぁと思いました。

落ち着いているいいアルバムです。オールド・スクール・テイストですが古い感じをさせないのは、彼がずっと現役でいるからではないでしょうか。このアルバムもほとんど彼自身のオリジナルですから作詞作曲もライヴ活動も精力的にやっているのがいい感じで音に出ているように思いすま。オールド・スクール・マナーですが、宿っているソウルがオールドではないです。
今日は1月22日に日本のBSMFレコードからリリースされたザック・ハーモン7枚目のアルバム「ミシシッピ・バーベキュー」を聴きました。ライヴ聴いてみたいです。誰かザックを日本に呼んでください。

2020.02.07 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード集 vol.9

ルイジアナ・ブルーズvol.2

SLIM HARPO SINGS “Raining In My Heart”/Slim Harpo (EXCELLO /Hip-o HIPD-40135)

SLIM HARPO SINGS “Raining In My Heart”/Slim Harpo (EXCELLO /Hip-o HIPD-40135)

Baby Scratch My Back/Slim Harpo (EXCELLO/P-Vine PCD-2423)

Baby Scratch My Back/Slim Harpo (EXCELLO/P-Vine PCD-2423)

Good Rockin’ Tonight&All His Greatest Hits/Roy Brown (JASMINE JASMCD3098)

Good Rockin’ Tonight&All His Greatest Hits/Roy Brown (JASMINE JASMCD3098)

ON AIR LIST
1.King Bee/Slim Harpo
2.Rainin’ In My Heart/Slim Harpo
3.Baby Scratch My Back/Slim Harpo
4.Shake Your Hips/Slim Harpo
5.Good Rockin Tonight/Roy Brown

前回のギター・スリムやアール・キングはルイジアナ州のニューオリンズで活動していたブルーズマンたちですが、ルイジアナにはもうひとつ独特の音楽を作ったバトンルージュという街があります。ルイジアナの州都をニューオリンズとよく勘違いするんですが、州都はバトンルージュです。ニューオリンズから北西方面に行ったところです。そこで50年代後半から60年代にヒットを飛ばしたのがスリム・ハーボ。この番組でも何度かON AIRしていますが、シカゴでもない、テキサスでもないミシシッピでもない独自のスワンプ・ブルーズと呼ばれることもあるブルーズが栄えた街がバトン・ルージュです。
有名なのはエクセロというナッシュビルのレコード会社がこのバトンルージュのブルーズを50年代末から録音してたくさんリリースしました。
では、そのエクセロのヒット・メイカーだったスリム・ハーポ
1957年にリリースされたスリム・ハーポのデビュー曲”King Bee”は、いまも歌い継がれる間違いなくブルーズ・スタンダードです。
1.King Bee/Slim Harpo
何度聴いてもかっこいい。スリム・ハーポの声とリズム隊のステディなグルーヴ、そして余計なものがないバックのストレートな演奏。ハーポのハーモニカも歌うようなハーモニカで非の打ち所の無いブルーズの名曲です。
「オレは王様蜂、オマエの巣(つまり家)の周りでブンブン羽根の音をさせるよ。オレの女王蜂になってくれないかな」という歌詞もよくできています。
ローリング・ストーンズが夢中になった気持ちわかります。

次は61年のヒット。
「君と別れてからオレの心には雨が降り続けている」と失恋の傷心を歌い、途中に語りまであるこのベタなブルーズバラードはなぜかずっと心に残る。スリム・ハーポはハーモニカ・ホルダーを首に下げてハーモニカを吹き、ギターを弾き歌います。途中のハーモニカ・ソロも曲にぴったりハマっているが、ハーポは元々ハーモニカ・スリムという名前で活躍していた。これも本当に上手くできた見事な一曲
2.Rainin’ In My Heart/Slim Harpo
スリム・ハーポが録音していたエクセロというレコード会社はステディなリズムなのに歌やサウンドはレイド・バックしてて、録音も独特のエコーが入ったもので好きになるとハマります。

次の1965年R&Bチャート1位になった大ヒット曲。Baby Scratch My Backというのは「ベイビー、背中掻いてくれや」という誰にでもある背中が痒いときの歌で「もう少し真ん中や、ああ気持ちええわ」とか語りでいうてますが、どうもそれだけではないちょっとエロいことになっているようです。
やっぱりここでもハーポの低めの声がいいです。
3.Baby Scratch My Back/Slim Harpo
途中で木魚みたいな音が入ってきてファンキーな感じになってました。こういう語りが入っている曲がアメリカでは時々めっちゃ流行ることがあるそうですが、やっぱりスリム・ハーポみたいに声がいいと語りも効果的です。

次は明らかにジョン・リー・フッカーのブギの影響で作られた曲ですが、やはりそこはルイジアナ、バトンルージュ。ジョン・リーのような強いエッジはなくどこか丸い感じですが、リズムは素晴らしくステディで思わず腰が浮きます。まさに「お尻ふって」
4.Shake Your Hips/Slim Harpo
スリム・ハーポはいい曲がたくさんあって今週はハーポだけで終わってしまいそうですが、エクセロレコードにはほかにもレイジー・レスターやライトニン・スリムと魅力的なブルーズマンがいます。スリム・ハーポも一度ライヴを観たかったブルーズマンのひとりですが、1970年に心臓発作で46才という若さで亡くなりました。

最後にスリム・ハーポより10年以上さかのぼってニューオリンズ生まれのこのジャンプ・ブルーズ・シャウターのこの曲をブルーズスタンダードに忘れてはいけないです。ニューオリンズのJ&Mスタジオで1947年に録音されたロイ・ブラウンのGood Rockin Tonight
5.Good Rockin Tonight/Roy Brown

ブルーズスタンダード曲集のルイジアナ編を2週に渡ってON AIRしましたが、まだまだプロフェッサーロングヘアとかファッツ・ドミノとかに名曲があるのですが、それはまたいつかやりましょう。

2020.01.31 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード集 vol.8

ルイジアナ・ブルーズvol.1

The Things That I Used To Do/Guitar Slim (Specialty/P-Vine PCD-1909)

The Things That I Used To Do/Guitar Slim (Specialty/P-Vine PCD-1909)

Those Lonely Lonely Nights/Earl King (P-Vine PCD-93018)

Those Lonely Lonely Nights/Earl King (P-Vine PCD-93018)

The Singles Collection 1953-62/EarlKing (Acrobat ADDCD 3271)

The Singles Collection 1953-62/EarlKing (Acrobat ADDCD 3271)

New Orleans Barrelhouse Boogie/Champion Jack Dupree (SONY SRCS 6707)

New Orleans Barrelhouse Boogie/Champion Jack Dupree (SONY SRCS 6707)

ON AIR LIST
1.The Things That I Used To Do/Guitar Slim
2.I Done Got It Over/Guitar Slim
3.Those Lonely Night/Earl King
4.Trick Bag/Earl King
5.Junker Blues/Champion Jack Dupree

不定期にやっているブルーズ・スタンダード集、今回はルイジアナのブルーズ。ルイジアナのブルーズマンと言えば、僕がすぐに思い浮かぶのはギター・スリム。
ギター・スリムは元々ミシシッピーのグリーンウッドと言う町の生まれです。ミシシッピーのブルーズマンたちは北へ向いメンフィスからシカゴへ行く者が多かったけれど、彼は南へ下りルイジアナ、ニューオリンズへ行ってます。どうしてかな・・と考えてみたところ、彼のファンキーな芸風はシカゴよりニューオリンズの方が似合っているような感じがします。
スリムが行った50年代当時、ニューオリンズで一番クールだったクラブは「デュー・ドロップス・イン」という店でした、ここでピアノのヒューイ・スミスとバンドを組んでギター・スリムはすぐに人気者になります。
人気の要因はそのアグレッシヴな演奏と派手なスーツに身を包み、ギターを背中で弾いたり派手なアクションで弾いたり・・つまりエンターテナーとしても素晴らしかったからです。歌はゴスペル・ルーツでギターは大音量で歪みぱなしというものでした。
まずはブルーズ史上に残る名作。ギターの音がでかすぎて録音するのが大変だったという話が残っています。1954年に最も売れたブルーズの大ヒット曲はこれでした。
1.The Things That I Used To Do/Guitar Slim
「前はオマエの手を握って、泣きながら頼むから行かないでくれなんて言うたけど、あんなことはもう二度とやらへんで。一晩中オマエを探しまわったこともあったけどしょうもなかった。オマエは他の男のとこへ行っておれはひとりになった。もうオマエとはやってられんわ」
という決別の歌ですが、これがチャート1位になって50年代なかばにメチャ流行ったわけです。カバーもバディ・ガイ、B.B.キングほかたくさんある名曲です。
次の曲も別れた女への恨み節みたいな歌ですが、「最初出会ったときはめっちゃ可愛くみえたんや。でも、しばらくすると最悪や。めちゃ惚れてたけどめっちゃ惨めやったわ。振り返るといつも他の男とオマエ遊んでたもんなぁ」これも一度聴いたら忘れられない
2.I Done Got It Over/Guitar Slim
当時のルイジアナ、テキサスあたりの大スターになったギター・スリムにめちゃ影響を受けて追っかけみたいにしてたのがアール・キング。アール・キングのライヴ・ステージは何回か観たのですが、ギター・スリムと同じように黄色や紫の派手なスーツで登場して、アクションもするんですがちょっとイナタイ。まあ、ギター・スリムもいなたいですけど。でも、彼を観ていると「ああ、ギター・スリムってこんな感じでステージやってたのかな」と想像できました。実際、ギター・スリムの曲をほとんど演奏出来たアール・キングは「私がギター・スリムだ 」と名乗ってルイジアナの田舎のライヴに出てたらしい。すごい話ですが・・・。
そのアール・キングは素晴らしいソングライターでもあるのですが、聴いてもらうこの曲、たったふたりのコードなのに印象に残る素晴らしい曲です。
3.Those Lonely Lonely Nights/Earl King
「君がいなくなってから寂しい夜が続く。ふたりは決して別れへんというてたのに・・。この寂しい夜なんかいやや」ジョニー・ギター・ワトソンのカバーで知っている人もたくさんいると思います。
もう一曲アール・キングで「おまえ、オレを罠にはめたな」女房がとなりの男と浮気していて喧嘩になったら、女房の親がバット持って押し掛けて来て「うちの娘に何すんねん。オマエはただの義理の息子やからな」と言われるという理不尽な歌。
曲調としてはブルーズというよりR&Bに近いかも知れません。同じニューオリンズのファンク・グループ、ザ・ミーターズほかロバート・パーマー、ジョニー・ウィンター、ロベン・フォードなどカバーもたくさんあります。
4.Trick Bag/Earl King
次のチャンピオン・ジャック・デュプリーはニューオリンズに生まれましたが、2才の時に両親が白人の人種差別団体KKKに焼き殺されたので黒人浮浪児収容所に入れられ、14才でそこを出てからいろんな仕事をしてピアノを弾き始めました。アウトローなヤバい世界にも顔を突っ込み、売春宿でピアノを弾いたこともあり、チャンピオンという名前も実際にプロのボクサーをやって生きていた時代があったからです。
そういう彼の代表曲ですが、日本語に訳すと「ヤク中ブルーズ」です。最後に「ドラッグなんかやっているとそのうち死んじまうよ」という歌詞が出てきます。ニューオリンズR&Bからポップの世界でまで売れたファッツ・ドミノのデビュー曲”Fat Man”の元歌です。ファッツの方はもちろんヤバい歌詞は完全に変えられてます。この曲はR&Bテイストですが、ブルーズからR&Bへのとても需要な曲のひとつだと僕は思ってます。
5.Junker Blues/Champion Jack Dupree
チャンピオン・ジャックは1960年にイギリスにツアーに行ったときに人種の差別があまりないヨーロッパが好きになり、住み着いてしまいます。たぶん、ヨーロッパに住んだ最初のブルーズマンだと思います。そして、1982年までアメリカに行くことはありませんでした。アメリカでのそれまでの人生がつらかったからかも知れません。人種の差別を受けて親を殺されたけれど、彼はこう言ってます「ピアノを開けるとそこに自由がある。でも、白鍵だけ弾いて黒鍵を弾かないというわけにはいかない。両方弾かないといいハーモニーは生まれないんだよ。大切なのはハーモニー」胸に残ります。

 

2020.01.24 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード集 vol.7

ミシシッピ・デルタ・ブルーズ

The Complete Recorded Works/Charley Patton (P-Vine PCD-2255/6/7)

The Complete Recorded Works/Charley Patton (P-Vine PCD-2255/6/7)

The Original Delta Blues/Son House (SME SRCS 9459)

The Original Delta Blues/Son House (SME SRCS 9459)

The Original Recordings/Robert Johnson (Sony Music MHCP 233-4)

The Original Recordings/Robert Johnson (Sony Music MHCP 233-4)

ON AIR LIST
1.High Water Everywhere/Charlie Patton
2.Death Letter Blues/Son House
3.Sweet Home Chicago/Robert Johnson
4.Sweet Home Chicago/Magic Sam
5.Cross Road Blues/Robert Johnson

ブルーズ・スタンダードの7回目
ブルーズがいつ歌われ始めたのか、誰が最初にブルーズを歌ったのか、それがどこだったのかはわかりません。
ミシシッピかアラバマかルイジアナかとにかくアメリカの南部と言われています。
その中で多くのブルーズマンが生まれ育った州がミシシッピ州。B.B.キングやアルバート・キング、マディ・ウォーターズのようにミシシッピで生まれ、やがてシカゴやメンフィスで花開いた人は多いです。あまりに多過ぎて誰からどこから手をつけていいのかわかりませんが、ブルーズが録音され始めた頃にさかのぼってみます。
ミシシッピ・デルタと呼ばれる地帯がありまして、そこはミシシッピー川とヤズー川に挟まれた細長い地帯で、そのミシシッピ・デルタで多くのブルーズマンが生まれ育ちました。20年代、30年代です。その当時の録音が残っている有名なブルーズマンというと、ロバート・ジョンソン、チャーリー・パットン、サン・ハウス、ブッカ・ホワイト、スキップ・ジェイムズといった人たちが思い浮かびます。
その中で最初に売れ、南部一帯で広く知られた最初のブルーズマン、チャーリー・パットンが残したブルーズ・スタンダードをまず聴いてみましょう。
1927年に起きたミシシッピ川の氾濫を歌ったもので「どこもかしこも水びたしだ」と川の氾濫に苦しむ貧しい人たちの様子を歌ったものです。日本でも去年はいろんなところで台風や大雨で川の氾濫がありましたが、苦しむのはいつも普通の人たちというのは昔もいまも変らないんですね。
1929年パラマウントレコードからリリースされた
1.High Water Everywhere/Charlie Patton

「水が押し寄せてくるからここにいたらあかん、もっと高いところに行かな」という言葉があり切迫している感じがわかります。そして、最後に「オレはヒル・カントリーに行くつもりだ。もうこんなことはこりごりだ」と歌っています。
日本も台風や大雨で最近は川が氾濫することが多くて、そのたびに僕はこのブルーズを想い出します。
チャーリー・パットンは写真が一枚しか残っていません。顔を見ると顔立ちが白人っぽいのですが、父親は黒人ですがインディアンの母親に白人の血が入っていたとのことです。
次はチャーリー・パットンと同じくらいデルタ・ブルーズの重要なブルーズマン、サン・ハウス。サン・ハウスはチャーリー・バットンより10才ほど若く1902年生まれ。パットンと一緒に演奏していたこともあったそうです。
サン・ハウスのブルーズ・スタンダードとして挙げたのが、カサンドラ・ウィルソンやホワイト・ストライプスなどにもカヴァーされている「Death Letter 」「死の手紙」朝起きたら彼女が亡くなったという手紙が届いたので、急いでかけつけたけど彼女はもう冷たい板の上に寝かされていた」というサン・ハウスを代表する曲です。
2.Death Letter Blues/Son House

サン・ハウスは若い頃ブルーズを歌う前にバプティストの教会でゴスペルを歌っていたので神とか死とか天国とかへの想いが強かったようです。ブルーズを歌いながらもスピリチュアルズやゴスペルの曲を歌うときもあり、まあ聖なる清い気持ちとブルーズの世俗の気持ちの間を行き来していたんでしょう。

チャーリー・パットン、サン・ハウスときて、そのふたりに憧れたのがロバート・ジョンソン。もうデルタ・ブルーズの3大スターみたいになりますが、ロバート・ジョンソンはカバーされている曲も多く知名度はいちばん高いでしょう。ジョンソンはギターと歌がテクニカルだったこともあり、もちろんソウルフルなのですが天才的な扱いをする人もいますが、やはり音楽的な発想の素晴らしさと練習のたまものだと僕は思います。
ロバート・ジョンソンのスタンダード曲というと、クリーム、エリック・クラプトンがカバーしたCross Road Blues、ローリング・ストーンズがカバーしたLove In VainやStop Breakin’ Downなどあるのですが、やはりブルーズの定番中の定番となってしまったSweet Home Chicagoでしょう。ですがロバート・ジョンソンの歌詞で歌っている人は少なくシカゴ・ブルーズのマジック・サムの歌詞が多い気がしますが、まずはオリジナルと。
3.Sweet Home Chicago/Robert Johnson

僕もマジック・サムのヴァージョンでこの曲歌っています。他にもブルーズ・ブラザーズも歌ってました。この曲をみんなが歌うのでもう聞き飽きみたいなことを言う人もいるんですが、それだけ知られている覚えやすい曲がブルーズにあるのはいいことだと思います。また、こうしてオリジナルを改めて聴いてみると素晴らしい趣があります。
では、たぶんいちばんスタンダードにしたマジック・サムのヴァージョンも聴いてみましょう。1967年録音。
4.Sweet Home Chicago/Magic Sam

歌詞も曲の感じもロバート・ジョンソンとは違います。ブルーズと言う音楽はアフリカン・アメリカンの人たちの継承民族音楽なので歌い継がれていく間に歌詞が歌い手によって変えられたりすることはよくあります。つまり、その歌をより身近に引き寄せようとして歌詞を替えたり、新たな歌詞を加えたりするわけです。中には曲のタイトルだけで中の歌詞はほとんど違うというのもあります。
では、もう一曲ロバート・ジョンソンのスタンダード。クロスロード・ブルーズこれもエリック・クラプトンが歌っているのでそちらで知っている人の方が多いと思うし、カバーされる場合はほとんどクラプトン・ヴァージョンなんですが原曲のイメージはほとんどないと言ってよいと思います。この曲に関して伝承している感じはなく、僕はもう違う曲という捉え方をしています。
では、1936年のロバート・ジョンソンです
5.Cross Road Blues/Robert Johnson

放浪しながら歌っていたジョンソンが車に乗せてもらおうと路上でヒッチハイクするのだけど車が止まってくれない。やがて陽が沈んで真っ暗になってしまうのにみんな行き過ぎていく・・・というひとり旅をする不安と寂しさを歌ったブルーズです。
ギターのリズムの正確さと歌の合間に入れるオブリガードの多彩さ・・・やはりふたりいるように聴こえてしまう。ひとりなんですけど。ひとりで南部の砂埃舞う大きな道で夕暮れの中取り残されて行く悲しさを感じます。

2020.01.17 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その3

Flashin! / Little Richard(P-Vine 1905)

Flashin! / Little Richard(P-Vine 1905)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Pray Along With Little Richard (WAX TIME 772186 Vinyl)

Pray Along With Little Richard (WAX TIME 772186 Vinyl)

 

ON AIR LIST
1.Baby/Little Richard
2.Shake A Hand/Little Richard
3.Milky White Way/Little Richard
4.Ready Teddy/Little Richard
5.Jenny Jenny/Little Richard

今日はリトル・リチャードの特集の最後で黒人音楽の聖と俗について、リトル・リチャードのキャリアを通して話してみようと思います。
前々回も話したようにリトル・リチャードも多くの黒人R&Bシンガーと同じようにゴスペル音楽の出身です。幼い頃、彼のお爺さんが信仰の厚い教会の牧師さんだったらしいのですが、お父さんという人は結構のんだくれのグダグダの人だったようです。
つまり、身近に聖なる人間になろうとする祖父とのんだくれの俗っぽい父と別パターンのふたりがいたわけです。そして、前回も話したようにリチャードは早くから自分がゲイだと言う事に気づいて
ました。40年代にゲイであることは社会的にも信仰の上でも除け者扱いで彼の心の中は複雑だったと思います。そういうバックボーンを持ちながら皿洗いや怪しげな飲み屋などでいろんな仕事をしながら彼は音楽への夢を持って、与えられたステージや巡ってきたレコーディングで一生懸命やるのですがなかなか花開きません。リチャードが20代に入った頃の話です。彼はその頃、ビリー・ライトやロイ・ブラウンといった当時流行りのジャンプ・ブルーズを歌っているシンガーが好きでした。つまり、最初はブルーズ・シンガーになろうとしていたわけです。
まずその頃の曲を一曲聴いてみましょう。
1955年ブレイクする前に故郷アトランタでたぶんいろんなレコード会社にアプローチするデモ・テープとして録音されたものです。バックは当時の彼のバンド「アップセッターズ」
このテープを同じR&Bシンガーだったロイド・プライスがスペシャルティ・レコードに送ってみたらどうやと言ってくれたことで道が開けます。
1.Baby/Little Richard
歌の高音部に個性の片鱗がありますが、フツーのブルーズシンガー、R&Bシンガーという感じで曲もバックもまあフツーのよくある感じで強烈に印象に残るものではないです。
それでも、スペシャルティ・レコードのバンクス・ブラックウェルというプロデューサーはこの曲の中に彼の才能を見つけたわけです。
次の曲は僕もカバーしています。フツーのR&Bバラードでそんなにヒットしなかった曲ですが、聴いてもらうとわかるのはバック・ミュージシャンの演奏が素晴らしいのと、その演奏に後押しされるのかリチャードの歌も?溂としてます。
2.Shake A Hand/Little Richard
バンクス・ブラックウェルの名プロデュースで”Tutti Frutti”がヒットして以降、リチャードはヒット街道まっしぐらで名曲が量産されていきます。
しかし、成功して海外ツアーもたくさん始めた2年後の57年にオーストラリアのツアー最中飛行機が墜落しそうになり、それをきっかけに彼は「こういう世俗なR&なんか歌っているからこんな目に遭うんや」と、ロックンロールを止めて突然アラバマのバイブル・カレッジ(日本語でいうと聖書学校)で聖書とキリスト教の神学を勉強して彼は牧師さんになってしまいます。ソウル・シンガーでもブルーズシンガーでもそういウミュージシャンがいますが、ショービジネスの世界とそこで過ごす自分の自堕落な生活がイヤになるんですかね。それはたぶん小さい頃から教会に行ってやはり信仰というものが心に根を張っているからでしょう。
それで先日リトル・リチャードのその頃のゴスペル・アルバムを手に入れました。アナログレコードですが、今日持ってきたので一曲ご紹介します
アルバムタイトルが”Pray Along With Little Richard”「リトル・リチャードと一緒にお祈りしょう」聴いてもらうのはゴスペルのスタンダードで1947年にコールマン・ブラザーズというゴスペルカルテットがヒットさせたものでエルヴィス・プレスリーもカバーしています。
3.Milky White Way/Little Richard
いつものリトル・リチャードもいてある種の強烈さはあるんですが、あの快楽的な悪魔のような歌声ではないですね。

あの悪魔のようなR&Rはもう聴けないのかと思っていたら、その五年後1962年に彼は再びショービジネスの世界に戻ってきます。まさにビートルズをはじめストーンズ、アニマルズなどリトル・リチャードをカバーしてその基礎を築いたイギリスのロックバンドが世界的に売れ始めた頃です。ビートルズのステージでも共演したことがあったのですが、小さなヒットが少しあっただけで昔のようなビッグヒットはなく60年代後半になるとよくある「懐かしのロックンローラー」として活動することになります。70年代はじめにロックンロール・リバイバルのブームで再び脚光を浴びたのですが、いまから聴く50年代の強力なヒット曲はもう出ませんでした。
4.Ready Teddy/Little Richard

ところがまた70年代終わりに「やっぱり教会へ戻るわ」とショービジネスを去ります。ああこれでリトル・リチャードのR&Rももう聴けないかなと思ったら80年代半ばにまたショービジネスに帰ってきました。もうどうなってんのか、おっさん。
僕なんかは信仰がないのでよくわからないのですが、やはり信仰がある彼は何かあると教会に戻るというのが普通のことなんでしょうね。原点に戻るというか。そしかし、ロックン・ローラー、リトル・リチャードはショービジネスでやっぱりお金になるんですよ。すごい歌手ですから。その狭間で揺れ動く心もあると思います。
最後に1957年ロックンローラーとして昇りつめた頃のヒット曲で終わりたいと思います。喉がちぎれんばかりに歌ってます。
5.Jenny Jenny/Little Richard
ほとんどの人間はやはり聖と俗の間で揺れ動くんですが、幼少の頃から信仰のない僕のような人間はそういう意味で帰るところはないんですよね。だから中学の頃からロックやR&Bやブルーズ、ジャズを聴いてきたのは自分にとってはやはり音楽が宗教、音楽が信仰みたいになっています。
偉大なシンガー、リトル・リチャードを三回に渡ってON AIRしました。リトル・リチャードで暖かくなってください。