70年代のブルーズ3大キングの行方
グラミー賞の獲得と70年代のB.B.King Vol.2



ON AIR LIST
1.Humming Bird/B.B.King
2.Guess Who/B.B.King
3.To Know You Is To Love You/B.B.King
4.I Like To Live The Love/B.B.King
先週はB.B.キングの音楽人生のターニング・ポイントになったグラミー獲得の”The Thrill Is Gone”収録の1969年「コンプリートリー・ウェル」を聞きましたが、70年以降になるといろんな音楽が互いに影響しあうクロス・オーバーの時代が到来してB.B.もブルーズ以外の曲も歌うようになります。B.B.は元々歌が上手いのでブルーズ以外のスタンダード的なものも幅広く歌えます。当時の歌の上手いブルーズ・シンガー、ボビー・ブランド、ジュニア・パーカー、リトル・ミルトンなどもそうです。つまりブルーズという音楽はルーツとしては常に大きな存在としてあるのですが、ブルーズだけではより広いファンを得られない音楽シーンになっていきました。それでプロデュースする方はブルーズ以外の歌でもなんとかヒットが出ないものかと模索し始めたわけです。
そこで今日は70年代のB.B.が歌ったブルーズフォームではない曲をいろんなアルバムからピック・アップして聴いてみます。
1969年リリースの「コンプリートリー・ウェル」で初のグラミー賞に輝き、その翌年70年にリリースされたのが18枚目のスタジオ録音アルバム”Indianola Mississippi Seeds”(インディアノーラ・ミシシッピ・シーズ )でした。 プロデュースは前作と同じジム・シムジク。前作はギターのヒュー・マクラッケン、ベースのジェリー・ジェモット、ドラムのハービー・ラヴェルなどNYのスタジオ・ミュージシャンでバックを固めたのですが、今回その人たちに加えてビル・シムジクが選んだのはピアノにレオン・ラッセルやキャロル・キング、ギターのジョー・ウォルシュ(イーグルス)、ドラムのラス・カンクル(ジェイムズ・テイラーやキャロル・キングの録音)などロック・フォーク系のミュージシャンたちでした。
ではまずアルバム「インディアノーラ・ミシシッピ・シーズ 」からレオン・ラッセルが書いた曲です
1.Humming Bird/B.B.King
次は1972年のアルバム”Guess Who”からタイトル曲の”Guess Who”
この曲は1959年のジェシー・ベルヴィンというR&Bシンガーのヒット曲で作曲は奥さんのジョー・アン。ジェシー・ベルヴィンはサム・クックにも影響を与えた名シンガーでありソング・ライターなんですが、またそのうちに彼の特集もやります。
「あなたのことを本当にて愛して、気にかけている人がいる。あなたが心を開けばそれは私だとわかるだろう」
2.Guess Who/B.B.King
この曲をB.B.はかなり気に入っていたらしくライヴでもよく歌ってました。
B.B.はプロデューサーに提案された選曲に比較的柔軟に対応したミュージシャンだと思います。その柔軟に対応したことで失敗したのが、この1972年の”Guess Who”のアルバムに収録したロックバンド、ラヴィング・スプーンフルの曲”Summer In The City”のカバーでした。
本人もこの曲は自分のスタイルに合わなかった。やらなければよかったと後年後悔してます。そういうことをB.B.がいうのは珍しいですけど。でも確かにいい出来ではなかったです。
Guess Whoの次にリリースされたアルバムが翌73年の”To Know You Is To Love You”
このアルバムには当時人気絶頂のスティーヴィ・ワンダーがアルバム・タイトル曲を提供しキーボードで録音にも参加しました。
では、そのタイトル曲を
「私が落ち込んで悲しんでいるときにあなたはいつも私を慰めてくれる。そんなあなたを知るということはあなたを愛するということだ」
3.To Know You Is To Love You/B.B.King
やっぱりB.B.は歌が上手いです。曲はソウルの曲ですが、全然違和感がありません。歌わされているという感じがないです。B.B.はスティービーは自分のことをよく理解してくれたからいい結果になったと言ってます。
今の曲もいいんですが次の曲はぼくもステージでも歌ったことがあるいい曲です。「私は自分の曲の中で歌う愛のように生きるのが好きなんだ。ギターに腹を立てたことは一度もない。コードを弾くと聞きたいものが聴こえてくる。曲が短かくても長くても歌詞が強くても弱くても私の歌はシリアスに私の気持ちだ。私は自分の曲の中で歌う愛のように生きるのが好きなんだ」
4.I Like To Live The Love/B.B.King
歌詞がすごく幸せに満ちたものなんですけど、歌っているB.B.の歌声が聞いているこっちも幸せにしてくれる素晴らしい曲です。
思い返せばB.B.は南部の貧しい家に生まれた黒人で子供の頃から綿花畑で働き、お父さんはいなくなってお母さんは子供の頃に亡くなりもそして彼は吃音で人前でうまく喋れなかった子供時代でした。彼が貧しさや人種差別そして自分のハンディから這い上がり、世界中にブルーズを広めてこうして人を支える歌を歌ってくれた。そのことをぼくはいつも思い出します。B.B.が生きていたらなぁと今も思います。
B.B.は70年代ほぼ毎年こういうクロスオーバーしたアルバムをリリースしました。1970年” Indianola Mississippi Seeds “から始まり、”L.A.Midnight” ,”Guess Who”,”To Know You Is To Love You,そして78年79年と当時人気のジャズ・ソウル&ファンクバンドのクルセーダースとのコラボ”Midnight Believer”,”Take It Home”の二枚をリリース。
70年代のB.B.キングはグラミー賞を獲得して世界ツアーをはじめて、また録音も幅広くいろんなミュージシャンと行いまさに「世界のB.B.キング」として踏み出した時代でした。こうしてブルーズ以外の曲を録音しながらもライヴではずっとブルーズを歌い続け世界中にブルーズの種を蒔いたB.B.でした。
- B.B.キングのギターはよく「歌うギター」と言われたけれど、70年代にブルーズ以外の曲を演ってもやはりよく歌うブルーズギターでした。B.B.は「自分にはもう一人の歌手がいてそれがギターなんだ」と言ってました。そのB.B.が他の二人のキングのことをどう思っていたのかが彼の自伝「だから私はブルースを歌う」にこう書いてあります。
- アルバートに関して「アルバートのチョーキングは実に見事だった。ジミ・ヘンドリックス始めヘヴィなロッカーたちは私よりも彼の方から遥かに強い影響を受けた。そしてアルバートは自分のギターを”ルーシー”と名付け(B.B.は先にルシールと名付けていた)そして自分はB.B.と兄弟だと最初言っていたことで私は嫌な気分だった。でも、考えてみれば私たちは血は繋がってないがブルーズで繋がった兄弟だった」
- フレディに関して「もう一人のモンスター・プレイヤー、フレディ・キングも血のつながりではなかったが、スピリットにおいて私と同類だった」
- 70年代B.B.は同じキングと名のつく二人のことをとても誇らしく思ってました。









