2026.07.10 ON AIR

追悼:クラレンス・カーター vol.1

90才で亡くなってしまったスケールの大きなサザンソウル・シンガー、クラレンス・カーター

This Is Clarence Carter/Clarence Carter
The Dynamic Clarence Carter/Clarence Carter

ON AIR LIST
1.Slip Away/Clarence Carter
2.Funky Fever/Clarence Carter
3,I Can’t See Myself/Clarence Carter
4.The Road Of Love/Clarence Carter
5.I’d Rather Go Blind/Clarence Carter

豪速球の歌だが大味にならず、よく通る声だがソリッドにはならず柔らかさがある大好きな歌声のクラレンス・カーターが5/13に亡くなってしまった。90才だったそうです。前回のドン・ブライアントの訃報に引き続きまた素晴らしいサザン・ソウルシンガーが天国へ行ってしまいました。
クラレンス・カーターと言っても知らない方が多いと思うので少し経歴を紹介。
1936年南部アラバマのモンゴメリーという街で生まれています。生まれながら盲目というハンディを持っていましたがアラバマ州立大学で音楽学位を習得しています。1960年中頃にカルヴィン・スコットとデュオを結成します。このカルヴィン・スコットも盲目のシンガーで2人はクラレンス&カルヴィンという名前でしたが、レコードデビューと同時に”The C&C Boys”という名前に変えて活動を始めたが、カルヴィンが大きな交通事故に遭いデュオか解消されます。その後クラレンス・カーターはソロ・アーティストとしてマッスルショールズのフェイム・レコードと契約します。
シングルを集めた初めてのアルバムが出たのが1968年。タイトルが”This Is Clarence Carter” このアルバムから何曲かチャート入りしましたが、R&Bチャート2位、ポップ・チャートでも6位まで上がったヒットを聴いてみよう。のっけからこれは不倫の歌ですね。Slip Awayですから「抜け出す」でたぶん結婚している彼女に抜け出せないか。こんなこと頼むのは間違っているけど旦那に気付かれずに抜け出して会えないだろうか。君に会いたいんだ」

1.Slip Away/Clarence Carter

思うように会えない気持ちを歌った切ないいい曲ですが不倫の歌ですからね。やっぱりアメリカ人は不倫の歌が好きなんですね。典型的なサザンソウルって言う感じで好きなタイプの曲ですが、この録音をしたマッスルショールズのフェイム・レコードのスタジオ・ミュージシャンの素晴らしさがわかる曲を次に聞いて見ますか。もちろんクラレンスの歌はパワフルさとスピード感を併せ持った素晴らしいものです。ドラムがロジャー・ホーキンス、ベースがデビッド・フッド、ギターがジミー・ジョンソン、そしてプロデュースとエンジニアがリック・ホール

2.Funky Fever/Clarence Carter

もう一丸となった演奏がすごい勢いで走ってくるみたいで素晴らしいです。
次の歌は別れの歌。タイトルが”I Can’t See Myself”ですから自分自身が見えないですか。私の人生から去っていく君。いい場所を見つけて誰かのいい奥さんになってほしいと思っている(まあ女性からしたら大きなお世話ですが、まあ最後にいい男ぶりたいんでしょう)そう言うときながら君のことを思うと涙が止まらないと。楽しい時間を過ごしたねっと。でも、ちょっとした喧嘩をすると君はどこかへ逃げて行ったね。どこかってそれはもう新しい男がおったんとちゃうか。君のことを思うと涙が止まらないと・・知らんがな。もっと付き合ってる時に大事にしてたらよかったんとちゃうか。こんな説明で申し訳ないですが、すごくええ曲ですよ。

3.I Can’t See Myself/Clarence Carter

今まで聞いたアルバム”This Is Clarence Carter”が1968年でヒット・シングルもあったことから翌年69年にすぐセカンド・アルバム”The Dynamic Clarence Carter”がリリース。これも素晴らしいアルバムなんですが、自作のブルーズ曲”The Road Of Love”が耳に残りました。途中のスライド・ギターソロは当時フェイム・スタジオのスタジオ・ミュージシャンもしていたデュアン・オールマン。とても印象に残るギターを弾いています。
”The Road Of Love”ですから「愛の道」ですが、愛の道を1人では歩かない。もし君が一緒に行ってくれないのなら誰か他の女を探すしかないだろうと言う歌詞なんですが、ブルーズには「お前が一緒に行ってくれないのなら他の女を探す」と言う歌詞がよくでてくるのですが、すぐに他の女を連れて行くと言うのもなんだかなぁ・・と言う気もしますが、いい曲ですよ。

4.The Road Of Love/Clarence Carter

「君が他の男と去って行くのを見るくらいなら目が見えなくなった方がマシだ」という強烈な失恋、恨み節ソングでオリジナル・シンガーは女性のエタ・ジェイムズですが、エタとは違って一つ抑えたような表現が素晴らしいです。

5.I’d Rather Go Blind/Clarence Carter

このアルバム以降70年代半ばまでほぼ毎年アルバムをリリースしてクラレンス・カーターは活躍します。それはまた来週。

 

2026.07.03 ON AIR

追悼:ドン・ブライアントVo.2

誠実なソウル・シンガー&ソングライターが最後に残した歌

Don’t Give Up On Love/Don Bryant (Fat Possum FP1607-2)
You Make Me Feel/Don Bryant (Fat Possum FP1747-2)
The Best Of Ann Peebles The Hi Records Years(Hi-7243-8-52659-2-1)

ON AIR LIST
1.A Nickel And A Nail/Don Bryant
2.How Do I Get There?/Don Bryant
3.I Die A Little Each Day/Don Bryant
4.Woman’s Touch/Don Bryant
5..A Love Vibration/Ann Peebles

昨年12月に83歳で天国に行ってしまった名ソウル・シンガーであり、素晴らしいソング・ライターでもあったドン・ブライアントの追悼の2回目。
前回話したように60年代半ばからシンガーとしてデビューしたもののドンはヒットに恵まれず、70年代に入るとシンガーを辞めて所属の「ハイ・レコード」のソングライターそしてスタッフとして活動していました。その頃彼はアン・ピーブルズという美しく、個性的なシンガーと出会います。2人は結婚してドンはソングライターとして前回ON AIRしたアンの”I Can’t Stand The Rain”などヒットを作りました。すっかり裏方に回りもう歌っていないのかと思っていたのですが、79年に日本のちょっとしたサザン・ソウル・ブルームの最中に2人とシル・ジョンソンの三人で来日公演を行いました。コンサートは悪くはなかったのですがドン・ブライアントは少ししか歌わなくてそれも僕が好きなバラード系はなかったと思います。
それからまたドンのアルバムやライヴ活動の話は伝わってこなくなり、奥さんのアンのマネージメントをやっているとか聞きました。
しばらくするとアンが病気になり彼女もライヴはあまりしなくなり2人のことを心配していたのですが、2016年にドンが突如来日公演をして見事なサザン・ソウルを聞かせてくれました。74歳でした。そして翌2017年にはドン・ブライアントのニューアルバムが”Don’t Give Up On Love”が発表されました。その一曲目が同じメンフィスの名シンガー、O.V.ライトが歌ったこの曲でした。

1.A Nickel And A Nail/Don Bryant

素晴らしい。やはり筋金入りのサザン・ソウル・シンガーです。全く衰えていないどころかとてもパワフルで素晴らしいアルバムを作ってくれました。
75歳とは思えない
教会ではずっと歌っていたらしいですが、どうも奥さんのアン・ピーブルズが歌うことやアルバムを出すことを勧めたらしいです。
その中に収録されている次の曲は教会で歌い続けていた彼らしいオリジナル曲
「どうやったらそこに行くことができるんだ?」という曲名ですが、そのThereは多分天国のことだと思います。「死ぬことのない場所、歩けない人が歩けるようになるという、そして目の見えない人が見えるようになるという、口の聞けない人が喋れるようになるという、耳の不自由な人が聞こえるようになるというその場所、悲しみのない喜びと平和と愛があるというその場所に行くにはどうしたらいいんだ」

2.How Do I Get There?/Don Bryant

そしてこのアルバムがリリースされた四年後2020年に”You Make Me Feel”というアルバムをドンはリリースします。それが最後のアルバムとなったのですが、そのアルバムにオーティス・クレイが歌っていたこの曲が入ってました。これもドンが作った曲だったんです。
「列車が駅を出て行ってから私の人生は下がって行くばかり。君は私の生きる気持ちを奪ってしまった。俺は毎日少しずつ死んでいく」

3.I Die A Little Each Day/Don Bryant

この”You Make Me Feel”というアルバムも前の”Don’t Give Up On Love”も録音ミュージシャンにドラムのハワード・グライムス、キーボードのアーチー・ターナー、そしてオルガンにチャールズ・ホッジズという昔のハイレコードのメンバーが参加しています。そういう昔のメンバーがいることもドンの歌の支えになったと思います。もう一曲このアルバムから。「花も草もない庭のように感じる。家だけど家庭ではない。メロディのない歌のようでいつも1人でいる男のようだ。オレに何が必要なものは女性とのふれあいだ」

4.Woman’s Touch/Don Bryant

最後に70年代初めにドンとアン2人で書いた曲でぼくが大好きな曲を聴きます。曲名が”A Love Vibration”ですから「愛の振動」「愛の波動」ですか。
「涙を流す必要はない。泣くにはもう遅すぎたのよ。愛の波動はもう通り過ぎてしまった。あの気持ち、幸せな気持ちにしてくれたのは覚えている。もしまたあの気持ちが湧いてきたらもう2度とは逃さない。愛の波動を見逃してしまったから」いい曲です。

5.A Love Vibration/Ann Peebles

60年代にデビューしたサザン・ソウル・シンガーはたくさんいます。ヒット曲があり、白人のイベントにも出演し有名になり、でも若くして飛行機事故で亡くなったオーティス・レディングだけでなく、エディ・フロイド、O.V.ライト、スベンサー・ウィギンス、ジェイムズ・カー・・・本当にたくさんいます。ドン・ブライアントもその1人でした。売れるか売れないかというのは紙一重のタイミングでそのシンガーの実力とは関係ないです。だから自分で探してみてください。自分のタイプのサザン・ソウル・シンガーがきっといると思います。今日はぼくの大好きなドン・ブライアントそして彼の奥さんのアン・ピーブルズを聴きました。
83歳まで頑張ったドン・ブライアントの冥福を祈ります。病気を持っている奥さんのアン・ピーブルズは大丈夫かなと心配です。

2026.06.26 ON AIR

追悼:ドン・ブライアント vol.1

生涯、音楽に誠実であったメンフィスの名シンガー&ソングライター、ドン・ブライアント

ON AIR LIST
1.Don’t Turn Your Back On Me/Don Bryant
2.It’s So Lonely Being Me/Don Bryant
3,I’ll Go Crazy/Don Bryant
4.99 Pounds/Ann Peebles
5.I Can’t Stand The Rain/Ann Peebles

メンフィスの偉大なソウル・シンガーでありソング・ライターのドン・ブライアントが去年の12月に亡くなりました。かなり遅ればせになってしまいましたが今日はドン・ブライアント追悼放送です。
彼は同じメンフィスのオーティス・レディングやアル・グリーンやO.V.ライトのように広く知られるようなヒット曲はなかったのですが、でもいい曲がいくつもあり、またそのディープで真っ直ぐな歌い方が好きなファンがいまもたくさんいます。
彼は60年代にメンフィスのハイ・レコードから10枚のシングルをリリースしましたがアルバムのリリースは一枚。そのアルバムもカバー・アルバムで自作の曲はなかったのです。なぜ自分で曲を作れるシンガーなのに自作の曲が入ったアルバムをハイ・レコードはリリースしなかったのか納得できません。そして彼は70年代に入るとそのハイ・レコードのソング・ライター&スタッフとなりシンガーとしての活動を辞めてしまいます。シンガーを辞めてしまった理由もよくわからないのですが、ヒットが出ないことに落胆したのか、自分の性格が裏方のソングライターの方に向いていると思ったのか・・・。
最初に聞くのは1965年デビュー二作目の曲ですが、60年代サザン・ソウルの曲という感じです。「俺に背中を向けないで」というタイトルですが、背中を向けて去っていく彼女に俺のそばにいてほしいという曲。初めて聞いたのは自分が20代中頃、2分9秒という短い曲ですが印象に残りました。

1.Don’t Turn Your Back On Me/Don Bryant

1975年に日本のキングレコードから「メンフィス・サウンド・オリジナル・コレクション」というシリーズで何枚かメンフィス・ソウルのLPレコードがリリースされまして、その三枚目がドン・ブライアントのシングル曲を集めたコンピレーション・アルバムでした。ジャケットを番組HPに出しておきますのでご覧になってください。これは素晴らしいアルバムです。
ドン・ブライアントはバラード・シンガーというわけではないのですが、初期の頃はバラード系の曲が多かった気がします。
そのシングル盤の中でも次は大好きな曲です。「彼女と別れてしまい自分の人生は空っぽになってしまった。本当に自分は孤独だ」
当時20代半ばの自分の胸に刺さった曲でした。

2.It’s So Lonely Being Me/Don Bryant

本当にいいシンガーですし、いい曲やと思います。メンフィスを中心としてアメリカ南部にはドン・ブライアントと同じようにゴスペルに根ざしたR&B,Soulシンガーがたくさんいました。大半は黒人のコミュニティでの人気でポップ・チャートに曲が上がることもなかったのですが、それでもアルバムを出しながら黒人のクラブ回りのツアーをする「チタリン・サーキット」で歌手として生き延びていくこともブライアントはできたと思います。
次の曲もいかにもサザン・ソウルという曲調で飾り気のないサウンドにドン・ブライアントの実直な歌声が心に残ります。

3.I’ll Go Crazy/Don Bryant

同時代のスプリームスやテンプテーションズ、マービン・ゲイ、ミラクルズといったヒット曲を量産したソウル・グループ、シンガーを抱えていた「モータウン・レコード」のような華やかさやボッブス性はメンフィスソウルにはなかったです。音作りも素朴でシンガーもゴスペルやブルーズのテイストを持って実直に歌う人たちが多かったですね。

それで70年代に入るとドン・ブライアントは歌手を辞めてしまい、ソングライターとなり「ハイ・レコード」のスタッフのような仕事も始めます。
そんなときに出会ったのがのちに結婚するアン・ピーブルズという女性シンガーです。その出会った最初の頃にアンに作った曲が次の曲です。1971年の録音。

4.99 Pounds/Ann Peebles

99Pounds とは約45キログラムですが、これは初めてドンがアンに会ったときに痩せてて小さい女性だけどとても輝いていた印象から作った曲です。
アン・ピーブルズというシンガーはブルーズ・テイストのあるシンガーで、ボビー・ブランドが歌った”I Pity The Fool”とかリトル・ジョニー・テイラーがヒットさせた”Part Time Love”といったブルーズをとてもいい感じで歌ってます。
そんな彼女のブルーズ・テイストが生かされた曲を2人は共作しました。それが大きなヒットとなった”I Can’t Stand The Rain”
「窓を打ち付ける雨の音が耐えられない。もうここにはいない彼との甘い思い出が蘇ってくるから・・・」

5.I Can’t Stand The Rain/Ann Peebles

79年に彼は奥さんのアンと来日公演で来日しました。40年以上経って歌手として復活した晩年の素晴らしい歌を聞こうと思います。
来週もドン・ブライアントの追悼をやります。

2026.06.19 ON AIR

ジャズ・オーケストラのブルーズを聴いてみよう

Basie In London/Count Basie And His Orchestra

ON AIR LIST
1.Jumpin At The Woodside/Count Basie And His Orchestra
2.Corner Pocket/Count Basie And His Orchestra
3.Alright, Okay, You Win/Count Basie And His Orchestra & Joe Williams
4.Untitled/Count Basie And His Orchestra

前回は4/2に急逝した偉大なドラマーでもあり心優しいミュージシャンでもあったジェイムズ・ギャドソンの追悼放送を三回に渡って聴いていただきました。
今回はそのギャドソンの故郷であるカンザス・シティで30年代に一世を風靡したジャズ・ピアニストでありオーケストラ・マスターであるカウント・ベイシーと彼のオーケストラを聞きます。ギャドソンが子供の頃にはまだそのカンザス・シティ・ジャズの名残はあったのではないかと思います。
カウント・ベイシーはピアニストで「スウィングジャズの王様」と呼ばれた偉大なジャズマンです。1920年代からピアニストとして活動を始めいろんなバンドに入ったり、歌の伴奏の仕事などをしてましたが、自分のオーケストラを結成したのは1930年代中頃。スウィング・ジャズのスウィングというのはダンス・ミュージックを表す言葉でブルーズでもブギウギでも使われることがあります。カウント・ベイシー・オーケストラはブルーズを基調にしている曲が多くあるところも僕が親しみを持てるところですが、バンドのアンサンブルを大切にしながらバンド全体のリズムのグルーヴで押してくる感じが特徴です。そういうのをスウィング・ジャズと呼んでます。まずはその典型的な曲で、これはカウント・ベイシー・オーケストラのテーマ・ソングみたいな曲です。強力なスウィングのグルーヴを楽しんでください。今日聞いてもらうアルバムはタイトルが「ベイシー・イン・ロンドン」でロンドンとなっていますが、録音したのはスウェーデン。1956年のライヴ録音です。

1.Jumpin At The Woodside/Count Basie And His Orchestra

1956年にベイシー楽団はヨーロッパ・ツアーを行ったのですが、ベイシー本人がロンドンが大好きで実際ロンドンの演奏も素晴らしかったそうですが、なぜロンドンで録音しなかったんですかね。それでタイトルはロンドンにしてアルバムジャケットの撮影もわざわざベイシーはロンドンまで行ったそうです。なんかスウェーデンのこのコンサートに行った人たちがちょっとかわいそうですが。
このバンドの大きな魅力の一つはドラムのソニー・ペインとベースのエディ・ジョーンズそしてギターのフレディ・グリーンのリズムセクションが中心となって作り出す鉄壁のグルーヴとホーンセクションを加えたときの大きなダイナミズムです。小さな音からドラムが爆発したような大きなサウンドまで迫力に圧倒されます。
次の曲もビッグ・バンドの魅力を聞かせてくれ一曲です。

2.Corner Pocket/Count Basie And His Orchestra

それぞれのソロも素晴らしいですが、ホーンセクションの音のミックスも本当に気持ちよくてアンサンブルが素晴らしいです。しかしソニー・ペインのドラムは怪物が暴れてるみたいで、でも絶対ビートは外さずステディでダイナミズムもすごくあります。
当時のジャズ・オーケストラには普通、専属の歌手がいてカウント・ベイシー・オーケストラにはジミー・ラッシングという歌手が結成された当初からいたのですが退団してしまい、54年に専属歌手となったのが今から聞いてもらうジョー・ウィリアムスです。曲はジャズ・ブルーズの有名曲で惚れた弱みみたいな歌です。「わかったよ、オレの方が恋してしまったから君の勝ちだ。それでオレになにができる?なんでもするよ。君に恋した俺の負けだよ」歌詞が洒落てます。

3.Alright, Okay, You Win/Count Basie And His Orchestra & Joe Williams

カウント・ベイシーは本当に少ない音でいろんな表現をするピアニストで次の曲でもその名人芸が聞けます。ベースの絡んだ2人のやりとりもいいです。とてもメロディックである種ポップで全員が入ってきた時の豪快なサウンドはロックよりもロックです。ジャズがどんな音楽かなとなんとなく興味を持っている人はこう言うアルバムからジャズに入っていくのもいいかもしれません。

4.Untitled/Count Basie And His Orchestra

カウント・ベイシー・オーケストラと双璧をなすのがデューク・エリントン・オーケストラでそちらも素晴らしい華やかな楽団で好きです
こういうクオリティの高いビッグ・バンド・ジャズのライヴを聴きながらお酒飲みたいですね。

 

2026.06.12 ON AIR

追悼:ジェイムズ・ギャドソン/In Memory Of James Gadson vol.3

ON AIR LIST
1.The Greatest Love/Band Of Pleasure feat.永井ホトケ隆
2.Woke Up This Morning/blues.the-butcher-590213 with James Gadson
3.Kansa City/blues.the-butcher-590213 with James Gadson
4.Linda Lou/blues.the-butcher-590213 with James Gadson
5.Got To Find My Baby/James Gadson

4月2日に亡くなってしまった親愛なる、そして偉大なドラマーのジェイムズ・ギャドソンの追悼放送の三回目となります。
今日はちょっと個人的な話をしてみようかなと思うのですが、前回そして前々回の放送でOn Airしたように僕は最初ビル・ウィザースのアルバムでジェイムズ・ギャドソンという素晴らしいドラマーがいることを知ったわけです。1973年頃でした。それから彼がマービン・ゲイやジャクソン5やダイアナ・ロスなど本当にたくさんのスタジオの仕事をしていることを徐々に知りました。そんな中、ギャドソンと初めて会ったのは90年代、ギターの山岸潤史の六本木のライヴ・セッションに誘われて行ったらそこでギャドソンを紹介されたのです。一緒に演奏もしました。でも演奏のことは「あのジェイムズ・ギャドソンだ」と舞い上がっていたのであまり覚えてません。それから彼が日本の来る時に何度か一緒にセッションさせてもらいました。
今日はまず思い出深いレコーディングの一曲を。1996年にビクターのJVCレーベルからリリースされた”JVC SOUL All STARS”というコンピレーション・アルバムに参加しました。その時バンドは山岸潤史が組んでいた「バンド・オブ・プレジャー」ドラムのジェイムズ・ギャドソンをはじめギターがデイヴィッド・T・ウォーカー、ベースが清水興、キーボードが続木徹そしてギターに山岸潤史。録音の2日前くらいに山岸から電話があり「ホトケ、歌いに来いへんか」と。それで急いで曲を決めて録音したのがこの曲でした。

1.The Greatest Love/Band Of Pleasure feat.永井ホトケ隆

オリジナルはニューオリンズのアーロン・ネヴィル。この録音のときにギャドソンはテンポとグルーヴのことを気遣ってくれて、ちょうどぼくとギャドソンが向かい合わせの位置にいたのですが、「俺のドラムから始めるからいい感じのグルーヴになったら好きなところで歌に入ってくれ」と言われました。ギターのデヴィッド・Tも素晴らしいソロを弾いてくれて、本当はもっとソロ弾いて欲しかったんですけどね。みんなでコーラスもやって本当にいい思い出です。

2013年にギャドソンがブルーズ・ザ・ブッチャーのライヴレコーディングに参加してくれて”The Sure Shot Live”というアルバムを作りました。録音は東京と大阪と二回ライヴをそのまま、オーバーダビングなしで録りました。70年代の初めにビル・ウィザースのアルバムでギャドソンのドラムに感動してから40年が過ぎ、その間にたくさんのギャドソンの録音をいろんなアルバムで聴いてきたし、ドラムの沼澤くんにとっては師匠とダブル・ドラムという初めての録音でいろんな意味でテンションの上がるライヴでした。
アルバムではギャドソンが3曲ブルーズを歌ってくれました。今日はアルバムから彼のその3曲を聴いてみようと思います。
まずはB.B.キングのオリジナル曲です。

2.Woke Up This Morning/blues.the-butcher-590213 with James Gadson

リハーサルの時にあまりにギャドソンの歌がよくて「もう全部歌ってくれませんか」と言ったら「なん言ってるんだ。おまえがボスだろう」って言われてしまいました。
ギャドソンはカンザス・シティの生まれで若い頃はドラムではなくて歌をやりたかったそうでドゥ・ワップのグループを組んでいたそうです。だからコーラスもめちゃ上手い人でした。次は生まれ故郷カンザス・シティのことを歌った有名なブルーズ曲でその名前の通り”Kansas City”いくつかバージョンがあるのですが、僕が歌っているのはリトル・リチャード・バージョンですが、ギャドソンは本家の一番ヒットした1959年のウィルバート・ハリソンのバージョンです

3.Kansa City/blues.the-butcher-590213 with James Gadson

カンザス・シティは1930年代には「カンザス・シティ・ジャズ」と呼ばれるジャズが盛んになった街で、カウント・ベイシー、ジェイ・マクシャン、ビッグ・ジョー・ターナー、チャーリー・パーカーなどたくさんのミュージシャンが活躍した街です。ギャドソンはそういう音楽が盛んな街に生まれ育った人でした。亡くなってしまって本人の意向でお墓は故郷のカンザスシティになるそうです。

4.Linda Lou/blues.the-butcher-590213 with James Gadson

このライヴ録音のときに初日、僕が演奏でちょっとしたミスをしてしまい休憩時間に楽屋で「すいません、間違ってしまって」とギャドソンに謝るとギャドソンは笑って「オレは三つくらい間違えたよ。気にすんな」と言ってくれました。本当はギャドソンは一つも間違えてないのにそう言って励ましてくれたのです。本当に懐の大きな優しい人でした。
最後は「ハイ・リアリティーズ」というハイ・レコードのコンピレーション盤に歌手として入っているギャドソンです。
この歌がもう本当にぼくは好きです。

5.Got To Find My Baby/James Gadson

僕も長い音楽人生の中でいろんな人と会ってきましたが、本当に素晴らしい人でした。音楽的にはもう歴史に残るドラマーであり歌手であります。皆さんもきっとどこかでギャドソンがドラムを叩いている曲をこれからも耳にすると思います。

ミスター・ジェイムズ・ギャドソン、あなたは背も高くて身体も大きな人でしたが、心も大きな人でした。優しくしていただき、録音のときは気を遣っていただきありがとうございました。あなたとこうして歌とビートと音を残せたことは私の一生の名誉です。私のことを最後までホトケと言えずに「ホトキ」と呼んでくれてたことも忘れません。また会えると思っていたのに本当に残念です。自信のない私に「おまえはブルーズを知っているからいい。ブルーズが何かって知っていることが大切なんだ」と言ってくれた言葉は本当に嬉しかったです。私はもう少し生きていると思うので頑張ります。ありがとうございました、ミスター・ジェイムズ・ギャドソン、安らかに。