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2021.06.11 ON AIR

マリア・マルダーのニューアルバム”Let’s Get Happy Together”がいい!

Let’s Get Happy Together/Maria Muldaur with Tuba Skinny (Stony Plaln)

ON AIR LIST
1.Let’s Get Happy Together/Maria Muldaur with Tuba Skinny
2.He Ain’t Got Rhythm /Maria Muldaur with Tuba Skinny
3.Big City Blues/Maria Muldaur with Tuba Skinny
4.Delta Bound/Maria Muldaur with Tuba Skinny
5.Some Sweet Day/Maria Muldaur with Tuba Skinny

マリア・マルダーという名前を聞いて懐かしく思い出される方もいると思います。1973年の初ソロ・アルバム「マリア・マルダー」とその翌年の「ドーナツ・ショップのウエイトレス/Waitress In a Dounut Shop」でマリア・マルダーは人気になり、「真夜中のオアシス/Midnight at the Oasis」という曲もヒットしました。
マリア・マルダーは55年のキャリアがあり、今まで42枚のアルバムを出して6回グラミーにノミネートされているアメリカを代表するシンガーです。
キャリアの始まりは60年代中頃に「Jim Kweskin & The Jug Band」にヴォーカルとフイドルで参加したのがプロとしての始まりです。67年にバンドが解散してそのバンドにいたギターのジェフ・マルダーと結婚して「ジェフ&マリア・マルダー」として活動を始めました。そのあと離婚するんですがその時の名前を今も芸名として使っているわけです。今回のアルバムはぼくも全く知らなかった「チューバ・スキニー」というバンドとのコラボ・アルバムですが、このバンドはアメリカの古いトラッド・ジャズを演奏しているバンドでルーツ・ミュージック好きのマリアから是非とコラボを依頼したそうです。
まず、アルバム・タイトル曲”Let’s Get Happy Together”
1.Let’s Get Happy Together/Maria Muldaur with Tuba Skinny
曲名通り「私たちは失ったものもあるけど楽しくやりましようよ」という歌で原曲は、ルイ・アームストロングの奥さんリル・ハーディン・アームストロングが1938年に録音した曲です。
リル・ハーディン・アームストロングはピアニストで歌も歌い作曲もしてバンド・リーダーでもあったという才能のあった女性です。

このアルバム”Let’s Get Happy Together”、トラッドジャズあまり知らないのでなじみのある曲がほとんどないのですが、次の曲はビリー・ホリディが歌っているので知ってます。
「彼がどんなに頭のいい男でも業績のある男でも成功して世間からの評判がいい男でもリズムがなかったらつまらん男よ。家で1人で本を読んでるようなさみしい男よ」多分楽しくない男という意味だと思います。ファンキーじゃないというか・・。
2.He Ain’t Got Rhythm /Maria Muldaur with Tuba Skinny
最初のクラリネットの音がなんともいいですね。
僕はマリアがデビューした頃よく聴いていたのですが、70年代終わり頃からずっとご無沙汰していて90年代にぼくがニューオリンズへ行き始めた頃に「ルイジアナ・ラブ・コール」というニューオリンズで録音したいいアルバムを彼女がリリースした頃からまた彼女を聴きはじめました。それからはリリースされるアルバムもほとんど聴いているのですが、マリアはずっとこういうトラッド・ジャズとか、ジャグ・ミュージックとかルーツ・ミュージックが好きで変わらないところがいいです。

今回アルバムで気に入ったのが1929年にアネット・ハンショウという女性シンガーが歌った次の歌。
「今日は感謝祭の夜なのでみんなどこかへ行ってしまう。私の気持ちなんて誰にもわからない。みんな通り過ぎていく。なぜなの・・」大都会(Big City)に1人で住む女性の寂しい気持ちを歌った曲です。
3.Big City Blues/Maria Muldaur with Tuba Skinny
初めて聴いたのですが、懐かしい、切ない感じがするいい曲ですね。

このアルバムでマリア・マルダーとコラボしたチューバ・スキニーについて。
ニューオリンズのバンドです。トラッド・ジャズという1920年代30年代の古いジャズを演奏するバンドでストリートでも演奏してます。ストリートの方が多いのかな?完全なプロではなく多分他の仕事をしているメンバーがほとんどだと思います。
使われている楽器がコルネット、クラリネット、サックス、トロンボーン、チューバ、バンジョー、ギター、フィドル、アコーディオン、ハーモニカ、ウォッシュボードなどでバンド結成されて10年ほど経っています。ライヴ映像を見るとコルネットの女性が演奏の合図を出しているのでこのシェイ・コーンという方がバンマスだと思います。
このアルバムをリリースした記念のライヴ映像がYou Tubeに上がっているので是非見てください。
こちら→https://www.youtube.com/watch?v=Bm0yUQf5Gms&t=7s
あとチューバ・スキニーだけの映像もYou Tube に上がっています。面白いのはストリートで演奏している時にメンバーの1人が遅れてきて途中から楽器をセッティングしてすぐ演奏に加わる・・そんな様子も見れます。
次の曲はオリジナルは1932年に有名なジャズの巨匠デューク・エリントンが彼のオーケストラで女性ヴォーカルのアイビー・アンダーソンを迎えて録音した曲です。
4.Delta Bound/Maria Muldaur with Tuba Skinny

こういうトラッド・ジャズという音楽を僕も詳しくはないのですが、ファンキーで音の肌触りが優しい感じで肩の力が抜けていいです。
このアルバムを最近よく聴いていて、チューバ・スキニーの映像もYou Tubeで時々見ているのですが、なんかメンバーがたくさんいる時もあればメンバーが代わっている時もあって、街のストリートで演奏している様子なんかのんびりしていてすごくいいです。必死にプロでやっていくという感じもなくセミ・プロというか・・でも出しているサウンドは素晴らしいです。
それからマリア・マルダーは好きな音楽がずっと変わらず歌っているのがいいですね。年を重ねて少し声が低くなりましたが、それもまた味になっていていいです。
では最後にもう一曲
5.Some Sweet Day/Maria Muldaur with Tuba Skinny

今回のアルバムは日本のBSMFレコードからリリースされています。
マリア・マルダーが偶然チューバ・スキニーのアルバムを聴いて感動してマリアからコラボを申し出たそうです。若い人たちがこういうトラッド・ジャズをしっかりやっていることがマリアは嬉しかったんでしょうね。マリアも77歳になりますが、まだまだ歌えるしアルバムも出してまた日本にも来て欲しいです。
アルバム情報は番組HPをどうぞ。Let’s Get Happy Together/Maria Muldaur with Tuba Skinnyでした。

2021.06.04 ON AIR

私が愛する異彩を放つソウル・シンガー、O.V.ライトの魅力

Eight Men And Four Women / O.V.Wright
(The Complete Recorded Works By The Boss Of Southern Soul For Backbeat And ABC Labels / P-Vine PCD7303-07)

ON AIR LIST
1.That’s How Strong My Love Is / O.V.Wright
2.Why Don’t You Believe Me / O.V.Wright
3.Eight Men And Four Women / O.V.Wright
4.You’re Gonna Make Me Cry / O.V.Wright
5.If It’s Only For Tonight / O.V.Wright

数多いるソウル・シンガーの中でも私が格別に好きなO.V.ライト。どうしても彼のことを残しておきたくて先日ぼくが連載を書いている「ブルース&ソウル」という音楽雑誌に彼のことを書きました。書きつくせなかったんですけどね。そして、文章で書くのも大切なんですが、やっぱり彼の歌を聴いてもらいたい。
1939年テネシーに生まれている。ソウル・ミュージックが花開いた60年代のオーティス・レディングやウィルソン・ピケット、ソロモン・バークなどと同年代。そして多くのソウル・シンガーと同じでその歌の出発は教会のゴスペル。「サンセット・トラベラーズ」ほかゴスペル・グループで歌っていたO.V.は10代からゴスペル界では才能のある歌手として高く評価されていた。
ゴスペルからソウルに転身して歌った最初の曲はメンフィスのマイナーレーベル「ゴールド・ワックス」から1964年にリリースされた”That’s How Strong My Love Is” 。
恐らく彼は尊敬していたサム・クックがゴスペルから転身して成功したような夢を見ていたと思う。しかし、翌年「スタックス・レコード」がオーティス・レディングにこの歌を歌わせてO.V.を遥かに上回る大ヒットとした。私はオーティスのバージョンよりも明らかにO.V.のバージョンの方がいいと思っている。驚いたのは今の”That’s How Strong My Love Is”のデモテープは最初スタックスレコードに持って行ったのだが、スタックスは「ゴスペルが強過ぎる」つまりO.V.の歌のゴスペル・テイストが強過ぎると言って録音しなかった。スタックスのような黒人音楽を出している、しかもゴスペルのれーべるも持っているレコード会社が「ゴスペルが強過ぎる」なんて言うんですね。ゴスペルは黒人音楽のルーツだから黒人シンガーのゴスペルテイストが強いなんていうのは当たり前で、今聞いても格別ゴスペルテイストが強いとは思えないんですがね。
オーティスはすでに”These Arms Of Mine”のヒットもだしていたし、スタックスはゴールドワックスよりもプロモーションの力が強かったこともあり、O.V.のオリジナルはあまりラジオなどでも流されなかった。
「もし、私が空に登る太陽なら愛する君とどこにでも行くだろう。もし、私が太陽が沈んだ後の月ならまだ君の周りにいることを知ってもらうよ。私のこんなにも強い愛、私のこんなにも強い愛」

1.That’s How Strong My Love Is / O.V.Wright
ゴスペルという大きな樹の周りをブルーズが靄のように取り囲んでいるように思える曲です。これはすごく売れなかったけどソウルの名曲、名唱だ。
この時代の黒人音楽の最大のスターはサム・クックで、O.V.もサムに憧れて成功を夢見ていた。そしてサンセット・トラベラーズのマネージャーだったルーズヴェルト・ジャミソンと一緒にソウル界へ入ることを決めたわけですが、そのサンセット・トラベラーズがレコード契約していたのがテキサスのデューク・レコード傘下のピーコック・レコードだった。それでその社長であるドン・ロビーがうちと契約しているのにゴールド・ワックスと契約するのは違反だと言い始め、O.V.はゴールドワックスへ移籍することができなかった。それで仕方なくドン・ロビーのバック・ビートというレーベルから録音しはじめる。
私が最初に聞いたO.V.はそのバック・ビート時代のシングルを集めた1968年リリースのアルバム”(If It Is) Only For Tonight”に収録されている次の曲だった。
2.Why Don’t You Believe Me / O.V.Wright
この曲がレコード店で流れていてなんかすごくいいなぁと思って見たら、前から名前だけは知っていたO.V.でその場でアルバムを買った。
「こんなに愛しているのにどうして信じてくれないのか」
このアルバム”(If It Is) Only For Tonight”の一曲目に入っているのが”Eight Men And Four Women”という曲なのですが、マイナーの寂しげなコーラスから始まるこの歌が最初はあまりいいとは思えなかった。
そもそもタイトルのEight Men And Four Womenが何を意味してるのかわからなかった。しばらくしてアメリカの裁判の陪審制度の陪審員が全部で12人というのを思い出しただからこれは男8人女4人が陪審で、不倫の愛を裁くという歌ですが、まあ実際の裁判ではなく陪審員はいわゆる世間のことだと思います。日本でも有名人なんかが不倫をするとテレビやマスコミそして世間が徹底的に叩く風潮がいいまありますが。
この歌の中の男はこれは不倫の愛だけどお互いに愛し合ってる本当の愛なんだと訴えてる歌です。切羽詰まっている二人の気持ちをO.V.はリアリティを持って歌っています。こういう重いソウルを歌えるのがO.V.ライトです。
3.Eight Men And Four Women / O.V.Wright

O.V.は「自分の歌っている歌はすべてゴスペルから来ている」とインタビューで語っているように歌を歌う精神的な拠り所はやはりゴスペルで、そのあたりはアレサ・フランクリンなどに似たところがあるように思います。
最初に話したオーティス・レディングはロックンロールのリトル・リチャードの影響が大きいのですが、O.V.が影響を受けた歌手はゴスペル・シンガーが多く、唯一サム・クックを好きな歌手に挙げてますが、そのサムも終生ゴスペルから離れることはなかった歌手です。そして次の曲のようにゴスペルにブルーズがうまくミックスされたときにO.V.の本領が発揮されます。
「お前はオレを泣かせる。オレの心を引きちぎる。頼むからオレを泣かせないでくれ。心を壊さないでくれ。愛は幸せを運んでくる。そして愛は悲しみを運んでくる。愛は今日ここにいるけど明日にはいなくなる。」
4.You’re Gonna Make Me Cry / O.V.Wright
このアルバム”(If It Is) Only For Tonight”に収録されているO.V.の60年代半ばの歌にはやはりサム・クックの影響を感じます。
ただO.V.の歌声はサムほどスイートではない。ゴスペルの厳しさみたいなものが声の中にあり毅然とした感じがします。
次の歌も甘いバラードですが、ビター・スイートなどこかに苦さがあり甘すぎない歌です。サム・クックの影響が歌い方の随所にあります。
「オレは君の腕の中にいて今はだれもいない。君も知ってるようにオレには他に女がいるが、でも君といることが正しいと思える。
待ちわびた君のキス、強く君を抱きしめる。ダーリン、愛してると言ってくれ、例え今宵だけでも」
5.If It’s Only For Tonight / O.V.Wright
こういう歌を聴いていると胸がいっぱいになります。優しくて悲しくて・・・何でしょうね、自分の今までのいろんな風景、光景が浮かんで来たりする曲です。
予備:Don’t Want To Sit Down
次回もO.V.ライト特集するのですが、素晴らしい歌手なのにもっともっと知られていい歌手なのに・・といつも思っているんですよ。
しばらく間を置いてまたO.V.ライトをON AIRしたいと思います。月に一回くらいかな・・。

2021.05.28 ON AIR

僕の思う日本語のブルースとポップ・ミュージック

Gumbo Roll 3 / JOE-GO (BSMF 1060)

Scheduled By Budget / MITSUYOSHI AZUMA AND THE SWINGING BOPPERS (Sony Music AICL-3699)

ばってんブルース / コージー大内 (MARUYOSHI-03)

Mooney Meets Kotez / Mooney And Kotez (Airplane AP1089)

ON AIR LIST
1.ロールパン/JOE-GO
2.ご機嫌目盛/吾妻光良とザ・スウィンギング・バッパーズ
3.おんぼろトレイン/コージー大内
4.冬の道/ムーニー&コテツ

70年代に日本語でブルーズを演奏する憂歌団が登場してから、黒人ブルースを日本語で自分流に変えて歌ったり、黒人ブルーズの曲のフォーマットだけ使って全く新しい日本語の歌詞を載せて歌う人が増えました。

去年開催された「なにわブルース・フェスティバル」では全曲英語でブルーズを歌ったのは僕のブルーズ・ザ・ブッチャーだけでした。ブルース・フェスとは銘打ってますが全くブルースと関係ない歌を歌うミュージシャンもいましたが・・・。とにかく英語でブルーズをカバーする人がすごく減って、日本語のブルースへの流れが強いのですが、アフリカン・アメリカンの民族音楽として生まれているブルーズという音楽をただ日本語でやるという安易さも最近感じます。

今日聞いてもらう日本のミュージシャンの曲はブルーズに影響を受けたものですが、それぞれが日本語でやる前にまた今でも黒人ブルーズや黒人音楽へのアプローチをしっかりやって来た人たちです。日本語のブルーズとひとまとめな言い方を僕は好きではなく、それぞれの日本語のオリジナル曲という感じで受け止めています。

最初にON AIRするのは東京の下町を中心に活動しているJOE-GO。1993年結成ですからもう28年ですか。僕が知ったのは2018年にリリースされたGUMBO ROLLというミニ・アルバムが出た頃でしたかね。

ギターと歌がガイくん(日本人ですけどね)、キーボードと歌のチャッピーくん(日本人ですけどね)、ベースと歌はミドケンくん、ハーモニカと歌がエイジくん、そしてドラムがケイゴくん

ちなみに英語表記になっているバンド名前のJOE-GOは、別に外国人がメンバーにいる訳でもなく、お酒を好きな人のことを「上戸」というところから取ってます。笑い上戸、泣き上戸というのと同じ上戸です。彼らもお酒大好きですからね。平均年齢どのくらいなんでしょう。もう28年も経っていて演奏はすごくしっかりしています。

では、2020年5月にリリースされたJOE-GOのGUMBO ROLLシリーズの三枚目から「ロールパン」

1.ロールパン/JOE-GO

僕はずっとバンドをやって来たんですが、最初は「ウエストロード・ブルースバンド」「ブルー・ヘヴン」「トリック・バッグ」そして今の「ブルーズ・ザ・ブッチャー」。途中でセッション・バンドもやったことありますし、ソロで活動することもありますが、基本的にぼくは自分のバンドが必要なんですよ。結局、なぜバンドをやるのかというとぼくのように不器用な歌手は一緒に演奏するメンバーがよく変わると上手く歌えないんですね。それと自分たちのバンド・サウンドを作りたいという気持ちもあります。そのためには同じメンバーである程度長くやらないとバンド・サウンドは作れない。もっと言えばメンバーが一人代わっただけでバンドのサウンドは変わってしまうんです。だれでもいいというわけではないんです。

次のバンドも長いです。吾妻光良とザ・スウィンギング・バッパーズ。結成は1979年でリーダーの吾妻くんが在籍していた早稲田大学の音楽サークルから始まっています。もう結成40年ですか・・。

吾妻くんはバッパーズの前に僕とブルー・ヘヴンというバンドをやっていまして、その頃彼に教えられた音楽的なことも多かったです。バッパーズはいわゆるオーケストラですからメンバーが多いです。12人もいます。でもメンバーがほとんど変わっていないところがすごいです。一番最初のアルバムは僕がプロデュースしたというか録音の世話係をしたんですが、それから40年バッパーズのメンバーもおっさんから初老になってしまいました。

では2019年5月にリリースされたアルバム”Scheduled By Budget”から

2.ご機嫌目盛/吾妻光良とザ・スウィンギング・バッパーズ

バッパーズはジャンプ・ブルーズ、ジャズ、ジャイヴ・ミュージックをルーツにそれらを日本語で演奏するというコンセプトなのですが、それも変わっていないところが素晴らしいです。

次のコージー大内くんも変わらない人です。

あまりお会いしたことはないのですが、いつも気になっている人です。コージーくんは2008年に「角打(かくち)ブルース」でレコードデビューしたのですが、ライトニン・ホプキンスのギター・スタイルにコージーくんの生まれ故郷大分県の日田市の日田弁という方言で歌うというのを始めました。これが「弁ブルース」(方言のなになに弁の弁)とよばれて評判になり、全国各地から方言でブルーズを歌う人が出て来ました。元祖弁ブルースのコージーくんがいいなと思うのは、その日田弁というのがブルーズのリズム合うんですね。特にコージーくんが習得したライトニンのリズムとムードにぴったりしてい。

2012年の『ばってんブルース」から

3.おんぼろトレイン/コージー大内

「おんぼろトレイン、乗せちっちくりー」と方言で歌われてますが、乗せてってくれということですがリズムに合うんですよね。面白いです。2016年にも「一番街」というアルバムを出してツアーもかなりやっているようです。

 

次のムーニーさんは1951年生まれだから僕より一つ下で、1972年に「アンクル・ムーニー」というジャグバンドをはじめたのが最初のようです。そのあと「チェイン・ザ・スリー・ギャング」「SHY&MOONEY」「Mad Words」「Mooney&his Lucky Rythm」などのバンドをやって来ていわゆるジャグ・ミュージックの日本の元祖です。全国のJugbandを集め行うイベント 「横浜Jugband Festival」プロデュースもされてます。僕もジャグではないのに出させてもらったことがあります。あと若いバンドのプロデュースやCMソングを提供されたりいろんなところで活躍されています。

今日聞くのは去年、ハーモニカのKOTEZくんとデュオでリリースされたアルバム「Mooney Meets Kotez」からオールド・ジャズ・テイストの曲で「冬の道」

4.冬の道/ムーニー&コテツ

今日聞いた人たちは英語のカバーとオリジナルと両方やってます。音楽はどんな表現をしても自由なのですが、僕らがやっているブルーズとかR&Bとかジャグ、ジャイヴという音楽は長い歴史の中で作られたもので、それを土台に何か新しいものを作ろうとする前にまずその土台になる音楽をマスターしなければ、土台の弱い所に家を建てるようなものです。

ムーニーさんも吾妻くんもみんな最初はしっかりまずカバーをやってます。それは聞くとわかります。音楽に厚みがあります。今はオリジナル、オリジナルと言いますが、それは果たして本当にオリジナリティのあるオリジナルなのだろうかと自問するべきだと思います。逆にカバーをしていてもそこにオリジナリティを出すことはできます。昨今、すぐ日本語のブルーズということを言いますが、そもそも日本語のブルーズってあるのでしょうか。じゃそこには演歌の新宿ブルースや伊勢佐木町ブルースは入るのか、それはなぜ別なのか同じ音楽なのに・・・。だから僕はまとめて日本語の歌という括りでいちいち日本語のブルーズとか日本語のフォークとか日本語のロックとか言わなくてもいいのではないかと思います。つまり大きな意味での日本のポップスだと思っています。日本語のブルーズというとブルーズを好きな人しか聞かない、買わない可能性があります。より多くの人に聞いてもらうには日本語の・・・という分類ではなく、大きな分類に入れた方が聞いてもらえるのではないでしょうか。この話はまたしたいと思っています。

2021.05.21 ON AIR

Down Home Blues/Miami Atlanta&The South Eastern States(Wienerworld WNRCD5112)

ON AIR LIST
1.Why Did You Go / Ray Charles
2.I Keep On Drinkin’/Curly Weaver
3.Slappiin’ The Boogie / John Lee
4.No Good Woman Blues / Rudy Greene
5.After Hours/Earl Hooker

今日はこの前ON AIRしたDown Home Bluesシリーズのマイアミ・アトランタ・南東部編です。CD三枚組で83曲入ってます。しかもまたあまり知らないブルーズマンがたくさん収録されてます。
ところで皆さんはアメリカのマイアミというと何を思い出します?
僕はオレンジやグレープフルーツなど果物の産地とお金持ちがたくさん住んでるリゾート地というイメージですかね。マイアミはアメリカの南東部の最南端の州フロリダのまた南にある街で海を渡ればバハマ、キューバはすぐ近く。なんとなく陽気なファンキーな街のイメージを勝手に持っています。現在はIC,コンピューターなどの工業都市としても活気のあるらしい。
このアルバムに収録されているブルーズが録音された40年代から50年代あたりは果物の生産が盛んなところということで黒人労働者も集まり自然と音楽シーンも盛り上がっていたようです。

このDown Home Bluesシリーズはどれも僕も知らないブルーズマンがたくさん収録されているのですが、とりあえずまず知ってる人ということでレイ・チャールズ。まだレイが売れる前の1951年マイアミで録音されたレイ・チャールズの初期の作品です。レイはウエストコーストで本格的にプロの世界に入ったのですが、ルイジアナでの録音があったり、ロウエル・フルソンのツアーに参加したりと盲目というハンディを背負ってましたがその才能は評価され始めてました。
歌の内容は「彼女が行ってしまったのでずっと泣き続けてる。たった一人の彼女だったのになぜオレを残して行ってしまったんだ」と、別れた女に未練たっぷりのブルーズで最後には「さよならベイビー、寂しい長い夜だ」と言いながら「オレのこと気になるならオレは家にいるからね」と、女の方にしたら「知らんがなそんなん」でしょうね。
1.Why Did You Go / Ray Charles
やっぱり歌がエモーショナルで素晴らしいです。
この後、レイはニューヨークへ行きアトランティック・レコードと契約して”I’ve Got A Woman”,”Hallelujah I Love Her So”,”What’d I Say”などの大ヒットを連発して世界的なミュージシャンになります。

こういうあまり知らないミュージシャンばかり入っているコンピレーション盤を買う時のきっかけのひとつが知ってる曲が入ってるというポイント。しかし、同名異曲ということも多々あるのですが・・次の曲今回は当たりでした。
以前リトル・ブラザー・モンゴメリーというブルーズマンのバージョンでON AIRしたことのある”I Keep On Drinkin”という僕の好きな曲が収録されているのを見つけました。しかし、歌っているカーリー・ウィーバーというブルーズマンは全く知らない。ウィーバーはギターを弾きながら歌っているのですが、一緒にやっているもう一人のギタリスト、ブラインド・ウィリー・マクテルは有名ブルーズマン。そのブラインド・ウィリー・マクテルも自分のソロでこの曲を録音しています。
「辛い日々に女ともうまく行かず、憂鬱から逃れるために呑み続けてしまう。でも、いつの日かオレの裏口にもお日様が当たるだろうよ」
2.I Keep On Drinkin’/Curly Weaver

このアルバムの曲と演奏者のクレジットを見ていたらジョン・リーという名前を見つけ、「おお、あの偉大なブギの王様ジョン・リー・フッカーか」と思いきやフッカーはなく、ただジョン・リーだった。ブルーズには同名異人というのも結構ある。このジョン・リーの弾き語りブギがなかなかいい。リズムがグルーヴしていて途中のソロを少し入れる技もなかなかのもの。
歌はダウンホームでおおらかな感じ。
3.Slappiin’ The Boogie / John Lee
ついついフッカーと言いそうになりますが、ジョン・リーです。

次はピアノのブギの曲です。歌っているルディ・グリーンというブルーズマンも全く知らない。とにかくバックのピアノが素晴らしくルディ・グリーン本人が弾いているのかと思ったら本人は歌とギター。ピアノは有名なセシル・ギャントだった。セシル・ギャントは1944年に”I Wonder”という曲を大ヒットさせたピアニスト・ブルーズマンで主にウエストコーストで40年代から50年代に活躍した。スローのメロウな曲からブギまでとにかく素晴らしいピアニストだ。セシル・ギャントのピアノも素晴らしいですがグリーンのジャンプ風の歌もなかなかのものです。
1946年録音
4.No Good Woman Blues /Rudy Greene
ピアノのグルーヴ感が半端ないです。
今のルディ・グリーンはルイジアナの生まれでフロリダにちょっと住んでいた頃に録音した曲でした。
ギターはTボーン・ウォーカーの影響を受けてますね。
ライナー・ノーツを読むと40年間ぐらいの音楽人生の中で12枚のシングルを出したけどこれと言ったヒットには結びつかず1976年にフロリダで50歳で亡くなっています。

最後にちょっと面白いテイクです。この番組でアール・フッカーは何度もON AIRしたことありますが、今日聞くのはドラムと二人だけでやっているアウトテイクみたいなものですが、ブルーズのインストではいろんな人がやっているAfter Hours
5.After Hours/Earl Hooker
はっきりいうとドラムいらないですね。ドラムの人に悪いですけど。アール・フッカー一人の方が良かったかな。

このDown Home Blues/Miami Atlanta&The South Eastern StatesはCD三枚組で83曲ですから当分の間楽しめそうです。

2021.05.14 ON AIR

シカゴ・ブルーズの名ギタリスト、エディ・テイラーのスタジオ仕事集

Eddie Taylor In Session/Diary Of Chicago Bluesman 1953-1957 (Jasmine JASMCD 3070)

ON AIR LIST
1.You Got Me Dizzy/Jimmy Reed
2.Ride’Em On Down / Eddie Taylor
3.Dimples/John Lee Hooker
4.Ice Cream Man/John Brim
5.Big Town Playboy/Eddie Taylor

ここ数年イギリスの「ジャスミン」というレーベルがブルーズのいい感じのコンピレーション・アルバムを出してまして、今回聴くのはシカゴのブルーズ・ギタリスト&シンガーのエディ・テイラーのスタジオ・ワークを集めたコンピ盤。エディ・テイラーは1977年12月に来日してご覧になった方もいらっしゃると思いますが、ぼくがエディ・テイラーの名前を意識したのはブルーズのヒット・メイカーとしてシカゴだけでなく全米にその名前を知られたジミー・リードのアルバムでした。
ジミー・リードのブルーズは全体にダウンホームでありながらどこかポップな味わいがあり、メロディもはっきりしていて歌詞もわかりやすい、途中のハーモニカのソロもワンパターンと言って良いほどの定番で、ジミー・リードの親しみのある緩やかな歌は一緒に口ずさみたくなるものです。つまりイナたいがどこかポップ。そしてついつい腰が浮いて踊りだしたくなる唯一無二のグルーヴがあります。それをリズムで支えていたのがエディ・テイラーでした。
まあ、縁の下の力持ち。有名旅館のしっかりした番頭はんという感じですね。
まずはそのジミー・リードのR&Bチャート3位まで上がった1956年のヒット曲。ドラムがこれまた名手のアール・フィリップスでエディ・テイラーのギター、そして歌とギターとハーモニカがジミー・リード
しっかりベース・パターンをやってグルーヴを出しているのがエディ・テイラー
「聴いてくれやベイビー、ちゃんとしたこと言うてんねん。オレは朝家を出るけど一晩中遊んでられへん。何でか言うたらオマエにクラクラしてる。ホレてんねん。自分のことがわからんくらいクラクラしてるんや。ほんまやて、オマエにホレたように他の女を好きになったことはない。グラグラや、めっちゃホレてんねん」
1.You Got Me Dizzy/Jimmy Reed

実はエディ・テイラーとジミー・リードは同じミシシッピーの田舎の幼なじみでジミー・リードにギターを教えたのはエディ・テイラーでした。そして大人になって二人は別々にシカゴにやってきて、二人ともプロのみゅーじしゃんをめざしていたのですがジミーがVee Jayレコードでレコーディングをすることが決まった時、スタジオに現れたのが幼なじみのエディでした。以来、ジミーの録音には必ずと言って良いほどエディが参加してジミーの音楽を支えた。何曲も長い間やりライヴも一緒にやってたみたいですから仲がよかったんでしょうね。
次のはエディがメインで歌う曲にジミーが参加しているものです。ドラムと三人でベースもいないんですが、ベースがいないことが全く気にならないグルーヴの素晴らしさですが、エディとジミーの二人のシャッフルのビートが本当に気持ちのいい曲です。ローリング・ストーンズもカバーしています。
2.Ride’Em On Down / Eddie Taylor

エディ・テイラーはVee Jayレコードのレコーディングに数多く参加しているのですが、偉大なジョン・リー・フッカーのVeeJay録音にも参加しています。ジョン・リーは60年代の初期にVeeJayと契約して”Boom Boom”のようなヒットを出してイギリスのロック・ミュージシャンにも取り上げられ次第に世界的に認知されるブルーズマンになっていきます。次の曲もアメリカのチャートには出なかったけれどイギリスのチャートには上がった曲です。次の曲もイギリスのアニマルズやスベンサー・デイヴィス・グループ、ドクター・フィールグッドなどに愛されカバーされた曲です。これにもエディ・テイラーが参加しています。
「君の歩き方が好きやねん。めちゃ好きやねん。俺はオマエをしっかり見てるで。ほっぺにえくぼあるよね。いいよね。ずっとオマエを見てるよ」
3.Dimples/John Lee Hooker

1977年にエディ・テイラーはギターのルイス・マイヤーズそしてルイスの弟のベースのデイヴ・マイヤーズ、ドラムのオディ・ペインと共に日本ツアーをしました。実はその時にこの番組のキーステーションであるアップル・ウエーブがある弘前でもライヴをやっています。弘前で「ブルーズン」というブルーズ・バーをやっておられた正井さんという方を中心に有志が集まりエディのライヴを弘前で開催しました。そのツアーの中では一番小さい街が弘前だったと思います。今思うエディ・テイラーを弘前で聞きたいという強い熱意に頭が下がります。
僕はこの来日のライヴ・アルバムになった京都で聴いたのですが、その三年前の1974年にルイス・マイヤーズとデイヴ・マイヤーズはロバート・Jr.ロックウッドと日本に来ていました。それでまあ「日本ではオレの方が人気があるんだぞ」とルイスは思ったのかも知れませんが、エディ・テイラーとステージで張り合ってしまいライヴ自体はあまりいいものではありませんでした。でも、エディのシャッフルのビートを聞けただけでも僕は嬉しかったんですが。

このエディ・テイラーのコンピレーション・アルバムの最初に収録されているジョン・ブリムの有名曲、シカゴ・ブルーズの有名曲でもありますが、「アイスクリーム・マン」
これにもエディが参加していました。「夏になったら涼しくなるものが欲しいやろ。君のためにその涼しくなるものを持ってんのやけど逃さん方がええで。オレは君のアイスクリーム屋や。通り過ぎる前によびとめてや。オレが持ってる味に君が絶対満足するから」とまあアイスクリームにかけたちょっとエロい歌ですが、名曲やとぼくは思います。
4.Ice Cream Man/John Brim
このアイスクリーム屋はハードロックのヴァン・ヘイレンがカバーしています。You Tubeに出ているので探してみてください。なかなかいい感じでした。

次の曲名がビッグ・タウン・プレイボーイで実際エディがプレイボーイだったかどうかはわかりませんが、まあ働かないで女性に食べさせてもらっている男の歌です。
「朝、あいつがあんた仕事探して来てよ。シカゴはええとこやけどめちゃ景気悪いねん。あんた先に行ってるけどそこが私の嫌いなとこや(I Don’t Want You Go Ahead.That’s One Thing I Don’t Enjoy/ここの意味が今いちよくわからない)。大丈夫や、あんたは大都会のプレイボーイやから」そのあとも「一日中街をふらふらして夜中に帰って来てとか、あんたなんかやりたい放題やって一文の値打ちもないで」と女性の愚痴が続くんですが最後はあんたは大都会のプレイボーイやからで終わってしまう。
働かない男やけど女性に優しくてええ男やというところで許されている男の歌でしようか。
5.Big Town Playboy/Eddie Taylor

このジャスミン・レコードからリリースされたエディ・テイラーのアルバムですが、初めてエディを聞く人にはいいかも知れません。