92才のブルースマン、ブルーズと歩み続けるボビー・ラッシュの来日公演
Bobby Rush vol.1


ON AIR LIST
1.Chicken Heads/Bobby Rush
2.Sue/Bobby Rush
3.Party Till’ The Break Of Day/Bobby Rush
4.I’ll Do Anything For You/Bobby Rush
いゃ~素晴らしかったボビー・ラッシュの来日公演。私は1月6日の2nd Stageを観たのですが92才のボビー・ラッシュは右へ左へ歩きながら、時々ダンス・ステップも見せながら歌ってハーモニカを吹き、お尻の大きなダンサー&コーラスのお姉ちゃんとファンキーなアクションあり・・・と本当に楽しいそして実のあるステージを見せてくれました。
と言ってもボビー・ラッシュを知らない方が多いと思いますが、ブルーズ・マンでいうとバディ・ガイ、フレディ・キング、オーティス・ラッシュあたりと同年代で、R&B/ソウルでいうとサム・クックやジェイムズ・ブラウンの少し後でジョニー・テイラー、Z.Z.ヒルと同世代。つまりブルーズとR&Bの両方の影響を受けてファンク・ミュージックが始まる頃に音楽を始めた世代ですね。
レコード・デビューは64年ですから30才過ぎてます。遅い方ですね。それから7年ほどヒットもなく初めてチャートに顔を出したのが1971年にギャラクシーというレーベルからリリースされたシングルの「チキン・ヘッド」。この曲が評判になりボビー・ラッシュは名前が少し知られるようになりました。僕も初めて聞いたボビー・ラッシュはこの曲でソウル・バーで流れていて「かっこいい曲」と思いましたが、アルバムも出てなかったのでそれっきりになっていました。
1971年リリース
1.Chicken Heads/Bobby Rush
今の曲はヒップホップ世代のミュージシャンにいくつかサンプリングされています。
79年にやっとファースト・アルバム”Rush Hour “が出ます。ボビー・ラッシュ46才。しかしこのアルバムからも大きなヒットは出ず、”I Wanna Do The Do”がR&Bチャートの75位に出ただけでした。そして80年代になると住んでいたシカゴからミシシッのジャクソンに移り住みます。そして南部のラジャムというレーベルから81年に”SUE”というアルバムをリリースします。48才です。別に大きなヒットが出たアルバムではなかったのですが、ブルーズとファンクがミックスされたそしていかにも南部らしいダウンホームなテイストがあるアルバムです。その中からアルバム・タイトル曲の”SUE”
歌詞の内容が15才の時好きになった女の子スーのことです。周りの人たちにお前はスーに利用されてるだけだと笑われて、オカンもアホみたいやから付き合うのやめろというけど「誰もが誰かの愚か者だ」と言ったらオカンに馬鹿者と言われた。「彼女に何をされたのか言え」とオカンは言うけど、彼女の家に行ったとき彼女は俺の靴下を脱がせて・・ああ、これ以上は言えない。言えない・・。まあこんな歌詞です。
2.Sue/Bobby Rush
曲調はファンクですがジェイムズ・ブラウンのようなキメキメのファンクでもなく、ジョニー・ギター・ワトソンのちょっとおしゃれなファンクでもなく、どこかイナタイ、ダウンホームなテイストがあるところがこのボビー・ラッシュの特徴です。
今のようなファンクの曲と次のようなブルーズとふたつのテイストを持ったシンガーとしてボビー80年代南部で少しずつ人気が出てきます。次のブルーズ、何かにそっくりの曲ですが・・・わかる人いますか。アルバム”Wearing It Out”から。「夜明けまでパーティや」
3.Party Till’ The Break Of Day/Bobby Rush
今のは1983年のリリースなんですが、前の82年に大ヒットとなったZ.Z.ヒルの”Down Home Blues”とメロディがほぼ同じで笑いますが、歌詞の内容も夜明けまでパーティという”Down Home Blues”に似てます。
やはり南部の黒人たちの間ではこういうダウンホームなシャッフル・ビートのパーティ・ソングがウケるので作ったんでしょう。
しかしヒットにはならなかった。でも、ボビーはチタリン・サーキットという各地の黒人クラブで毎晩ライヴするツアーをこまめに続けます。チタリンとは黒人の料理でまあモツ煮込みみたいなものですが、白人が食べないで捨ててしまうモツを黒人は美味しく料理して食べていたという歴史があります。そういう生活から出てくるいかにも黒人の生活の匂いのある音楽をブルーズとファンクに入れて歌って来たボビーを僕は本当に尊敬してます。つぎはミディアムのブルーズですがシカゴ・ブルーズとはテイストが違ってます。
4.I’ll Do Anything For You/Bobby Rush
先ほど言ったチトリン・サーキットを続けている様子が2003年の映画”Raod To Memphis”に出てきます。
大型バスにメンバー全員で乗り込みアメリカの長い距離を移動して行きます。街につくと楽器を下ろして、リハーサルをして演奏して終わるとギャラをもらってまたバスに乗って次の街へ移動する・・・これを彼はずっと何十年も続けて「チタリン・サーキットの帝王」と呼ばれてました。ボビーはマネージャーも兼ねているので店のオーナーやコンサート主催者とギャラの交渉をするシーンも出てきます。
そして、疲れ切ったボビーがふと「もう少し売れて楽になりたいなぁ」と言う場面があります。ボビーはその後グラミーももらってこの映画の後あたりからボビーは少しメジャーなシーンにも登場するようになります。
グラミーと言えぱ現在コーリー・ヘンリーのアルバムに参加したことでグラミーにノミネートされている親友の山岸潤史ですが、いよいよ明後日2/1です。ワクワクドキドキ。







