2026.04.03 ON AIR

中古盤放浪記vol.14

1968年シカゴの黒人ブルーズクラブのムードに浸れるマジック・サム渾身のライヴ

ON AIR LIST
1.Tore Down/Magic Sam
2.I Just Can’t Please You/Magic Sam
3.Scratch My Back/Shakey Jake
4.Backstroke/Magic Sam
5.Just Like A Fish/Magic Sam

久しぶりの中古盤放浪記です
このアルバムは以前持っていたはずなんだが、最近レコード棚から見つからないと思っていたら先日中古レコードで安く見つけたので買いました。が・・ひょっとすると前に買ったアルバムがまたレコード棚のどこかにあったりして・・・悪夢のダブりレコードかもしれませんが。
マジック・サムという名前だけでなんかワクワクする私ですが、マジック・サムはいつも100%出し切るようなライヴをしたブルーズマンだったと思います。今日聴く”Magic Touch”とタイトルされたアルバムは1968年にシカゴの”シルヴィオズ”と言うクラブでのライヴ録音なんですが、ここでもサムは実にパワフルな演奏を繰り広げています。アルバムの名義はマジック・サムと叔父のハーモニカ・プレイヤー、シェイキー・ジェイクふたりの名前になってます。ふたりは60年代に一緒にライヴをやることが多かったようでマジック・サムは音楽的な影響も受けています。
まずはシカゴの同年代で友達だったというフレディ・キングの有名曲のカバーから。

1.Tore Down/Magic Sam

このアルバム・ジャケットには1968年のライヴと記載されてますが、リリースされたのは15年後の1983年。録音したのがアメリカやイギリスのレコード会社ではなくベルギーのブルーズの録音マニアのジョージ・アディンスという個人です。多分シカゴまで行って簡単な録音機材で録ったんでしょうね。ブルーズがすごく好きで好きで自分の思い出みたいに録音しておいたんだと思います。次はソウルフルなマジック・サムの歌が聴けます。

2.I Just Can’t Please You/Magic Sam

次はルイジアナのスリム・ハーポの曲をシェイキー・ジェイクがカバーしている語り入ったインスト曲ですが、サムはかなり原曲に忠実にギターを弾いて原曲通りトレモロもかけてますね。こういうファンキーな曲がシェイキー・ジェイクもサムも好きだったのがわかります。語りは「ああ。痒い、痒い、背中を掻いてくれへんかベイビー。君やったらどこを掻けばええかわかってるやろ。ああええ感じや・・」これはエロい意味です。

3.Scratch My Back/Shakey Jake

このバンドはギターとヴォーカルにマジック・サム、ハーモニカとヴォーカルにシェイキー・ジェイク、ベースにマック・トンプソン、ドラムにオディ・ペインのコンボ編成です。60年代はこのメンバーでのライヴも多くて演奏がタイトでよくこなれていてすごくいいです。またこのあとデルマーク・レコードからリリーされたサムの有名アルバム”West Side Soul”も”Black Magic”もベースにマック・トンプソン、ドラムにオディ・ペインでの録音でしたから、これはほぼバンドと言ってもいいと思います。
次はサムのギターをフィーチャーしたインストでオリジナルはアルバート・コリンズ。原曲のコリンズにも劣らないテンションの高い演奏で魅力的です。

4.Backstroke/Magic Sam

サムは過去のブルーズや自分の感覚だけで演奏するのではなくてレコードやラジオなんかでいろんな音楽を身につけていたと思います。音楽的な範囲はかなり広かったと思うのですが、特に名シンガー、ジュニア・パーカーからも多くを学び取ったと思います。マジック・サムは有名なブルーズのスタンダード”Sweet Home Chicago”を歌っていますが、あれもジュニア・パーカーの”Sweet Home Chicago”をお手本にしたと思います。
ジュニア・パーカーやボビー・ブランドなど歌の上手いブルーズマンが好みだったと思います。よく伸びる少し高めの発声もジュニア・パーカーからの影響でしょう。そのジュニア・パーカーの曲をカバーしてるので聞いてみましょう。

5.Just Like A Fish/Magic Sam

今回は久しぶりの中古盤放浪記シリーズでした。またいいアルバム見つけたら紹介します。中古盤も最近値段が上がっているのですが・・・このライヴ”Magic Touch”おすすめです。

2026.03.27 ON AIR

70年代のブルーズ3大キングの行方

グラミー賞の獲得と70年代のB.B.King Vol.2

ON AIR LIST
1.Humming Bird/B.B.King
2.Guess Who/B.B.King
3.To Know You Is To Love You/B.B.King
4.I Like To Live The Love/B.B.King

先週はB.B.キングの音楽人生のターニング・ポイントになったグラミー獲得の”The Thrill Is Gone”収録の1969年「コンプリートリー・ウェル」を聞きましたが、70年以降になるといろんな音楽が互いに影響しあうクロス・オーバーの時代が到来してB.B.もブルーズ以外の曲も歌うようになります。B.B.は元々歌が上手いのでブルーズ以外のスタンダード的なものも幅広く歌えます。当時の歌の上手いブルーズ・シンガー、ボビー・ブランド、ジュニア・パーカー、リトル・ミルトンなどもそうです。つまりブルーズという音楽はルーツとしては常に大きな存在としてあるのですが、ブルーズだけではより広いファンを得られない音楽シーンになっていきました。それでプロデュースする方はブルーズ以外の歌でもなんとかヒットが出ないものかと模索し始めたわけです。
そこで今日は70年代のB.B.が歌ったブルーズフォームではない曲をいろんなアルバムからピック・アップして聴いてみます。
1969年リリースの「コンプリートリー・ウェル」で初のグラミー賞に輝き、その翌年70年にリリースされたのが18枚目のスタジオ録音アルバム”Indianola Mississippi Seeds”(インディアノーラ・ミシシッピ・シーズ )でした。 プロデュースは前作と同じジム・シムジク。前作はギターのヒュー・マクラッケン、ベースのジェリー・ジェモット、ドラムのハービー・ラヴェルなどNYのスタジオ・ミュージシャンでバックを固めたのですが、今回その人たちに加えてビル・シムジクが選んだのはピアノにレオン・ラッセルやキャロル・キング、ギターのジョー・ウォルシュ(イーグルス)、ドラムのラス・カンクル(ジェイムズ・テイラーやキャロル・キングの録音)などロック・フォーク系のミュージシャンたちでした。
ではまずアルバム「インディアノーラ・ミシシッピ・シーズ 」からレオン・ラッセルが書いた曲です

1.Humming Bird/B.B.King

次は1972年のアルバム”Guess Who”からタイトル曲の”Guess Who”
この曲は1959年のジェシー・ベルヴィンというR&Bシンガーのヒット曲で作曲は奥さんのジョー・アン。ジェシー・ベルヴィンはサム・クックにも影響を与えた名シンガーでありソング・ライターなんですが、またそのうちに彼の特集もやります。
「あなたのことを本当にて愛して、気にかけている人がいる。あなたが心を開けばそれは私だとわかるだろう」

2.Guess Who/B.B.King

この曲をB.B.はかなり気に入っていたらしくライヴでもよく歌ってました。
B.B.はプロデューサーに提案された選曲に比較的柔軟に対応したミュージシャンだと思います。その柔軟に対応したことで失敗したのが、この1972年の”Guess Who”のアルバムに収録したロックバンド、ラヴィング・スプーンフルの曲”Summer In The City”のカバーでした。
本人もこの曲は自分のスタイルに合わなかった。やらなければよかったと後年後悔してます。そういうことをB.B.がいうのは珍しいですけど。でも確かにいい出来ではなかったです。
Guess Whoの次にリリースされたアルバムが翌73年の”To Know You Is To Love You”
このアルバムには当時人気絶頂のスティーヴィ・ワンダーがアルバム・タイトル曲を提供しキーボードで録音にも参加しました。
では、そのタイトル曲を
「私が落ち込んで悲しんでいるときにあなたはいつも私を慰めてくれる。そんなあなたを知るということはあなたを愛するということだ」

3.To Know You Is To Love You/B.B.King

やっぱりB.B.は歌が上手いです。曲はソウルの曲ですが、全然違和感がありません。歌わされているという感じがないです。B.B.はスティービーは自分のことをよく理解してくれたからいい結果になったと言ってます。
今の曲もいいんですが次の曲はぼくもステージでも歌ったことがあるいい曲です。「私は自分の曲の中で歌う愛のように生きるのが好きなんだ。ギターに腹を立てたことは一度もない。コードを弾くと聞きたいものが聴こえてくる。曲が短かくても長くても歌詞が強くても弱くても私の歌はシリアスに私の気持ちだ。私は自分の曲の中で歌う愛のように生きるのが好きなんだ」

4.I Like To Live The Love/B.B.King

歌詞がすごく幸せに満ちたものなんですけど、歌っているB.B.の歌声が聞いているこっちも幸せにしてくれる素晴らしい曲です。
思い返せばB.B.は南部の貧しい家に生まれた黒人で子供の頃から綿花畑で働き、お父さんはいなくなってお母さんは子供の頃に亡くなりもそして彼は吃音で人前でうまく喋れなかった子供時代でした。彼が貧しさや人種差別そして自分のハンディから這い上がり、世界中にブルーズを広めてこうして人を支える歌を歌ってくれた。そのことをぼくはいつも思い出します。B.B.が生きていたらなぁと今も思います。

B.B.は70年代ほぼ毎年こういうクロスオーバーしたアルバムをリリースしました。1970年” Indianola Mississippi Seeds “から始まり、”L.A.Midnight” ,”Guess Who”,”To Know You Is To Love You,そして78年79年と当時人気のジャズ・ソウル&ファンクバンドのクルセーダースとのコラボ”Midnight Believer”,”Take It Home”の二枚をリリース。
70年代のB.B.キングはグラミー賞を獲得して世界ツアーをはじめて、また録音も幅広くいろんなミュージシャンと行いまさに「世界のB.B.キング」として踏み出した時代でした。こうしてブルーズ以外の曲を録音しながらもライヴではずっとブルーズを歌い続け世界中にブルーズの種を蒔いたB.B.でした。

  • B.B.キングのギターはよく「歌うギター」と言われたけれど、70年代にブルーズ以外の曲を演ってもやはりよく歌うブルーズギターでした。B.B.は「自分にはもう一人の歌手がいてそれがギターなんだ」と言ってました。そのB.B.が他の二人のキングのことをどう思っていたのかが彼の自伝「だから私はブルースを歌う」にこう書いてあります。
  • アルバートに関して「アルバートのチョーキングは実に見事だった。ジミ・ヘンドリックス始めヘヴィなロッカーたちは私よりも彼の方から遥かに強い影響を受けた。そしてアルバートは自分のギターを”ルーシー”と名付け(B.B.は先にルシールと名付けていた)そして自分はB.B.と兄弟だと最初言っていたことで私は嫌な気分だった。でも、考えてみれば私たちは血は繋がってないがブルーズで繋がった兄弟だった」
  • フレディに関して「もう一人のモンスター・プレイヤー、フレディ・キングも血のつながりではなかったが、スピリットにおいて私と同類だった」
  • 70年代B.B.は同じキングと名のつく二人のことをとても誇らしく思ってました。

2026.03.20 ON AIR

70年代のブルーズ3大キングの行方

グラミー賞を獲得した70年代のB.B.King Vol.1

ON AIR LIST
1.The Thrill Is Gone/Roy Hawkins
2.The Thrill Is Gone/B.B.King
3.So Excited/B.B.King
4.Key To My Kingdom/B.B.King
5.You’re Losin’ Me/B.B.King

70年代の三大キングの話、今日はB.B.キングです。
B.B.キングは1957年のデビューアルバム”Singing The Blues”からほぼ毎年のようにアルバムをリリースしていました。ヒット曲も他の二人よりダントツに多くてまさにブルーズ界のキングはB.B.キングでした。しかし、それは同胞の黒人たちに対してであり、白人のファンを取り込むことには他の二人より遅れを取っていました。前も聞いてもらいましたが、フレディ・キングは1960年に”Hide Away”がR&Bチャート5位、ポップチャートでも29位に入り、またその曲をエリック・クラプトンがカバーしたことから広く名前が知られることになりました。アルバート・キングもエリック・クラプトン在籍の「クリーム」に”Born Under A Bad Sign”がカバーされたり、68年にはロックの殿堂「フィルモア」でライヴ録音した”Live Wire/Blues Power”をリリースしてその熱いライヴ・パフォーマンスが高く評価されロック・ファンにも知られることになりました。そんな中、B.B.キングは白人層での認知度が上がらず内心焦っていたようです。
そんな中、1969年にリリースしたアルバム”Completely Well”に収録された”The Thrill Is Gone”がヒットします。
この曲のオリジナルは1951年にロイ・ホーキンズというブルーズマンが歌ったマイナー調のミディアム・スローテンポの曲でR&Bチャートの6位まで上がったそうですが、ぼくはそんなにいい曲とも思えないです。B.B.は好きだったらしくいつか録音したいと思っていたということです。それをビル・シムジクというイーグルスを手がけたどちらかというとロックのプロデューサーが大幅にアレンジしました。
それがグラミー賞(最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス賞)を獲得します。これはブルーズマンとしては初めてのグラミーで当時ブルーズ界ではかなりの驚きがありました。
リスナーの皆さんは原曲を聴く機会もほとんどないと思うのでロイ・ホーキンスの1951年のオリジナルをちょっと聴いてみましょうか。

1.The Thrill Is Gone/Roy Hawkins

古い歌謡曲みたいでしょ?戦前のね。僕はあまり好きやないんてせすよ。これをプロデューサーのビル・シムジクがアレンジしてストリングスも入れ、B.B.の素晴らしい歌唱力でグラミー賞を獲得しました。

2.The Thrill Is Gone/B.B.King

エレキ・ピアノにストリングスとゴージャスなアレンジですが、一部のブルース・ファンからは「こんなストリングスなんか入っててブルーズちゃう」という批判も多くありました。まあストリングス入れたらブルーズちゃういのも変ですよね。サックスいいけどよくて同じ楽器のひとつであるストリングスはダメというのもなぁ・・。
激しいショー・ビジネスの世界を生きてきたB.B.は初めての全米ヒットにめちゃくちゃ嬉しかったようです。しかもグラミーまで受賞したのですから。そしてこの大ヒットがなければB.B.は日本に来ることもなかったかもしれないし、私もB.B.の前座をやることもなかったです。とにかくこの曲がB.B.を「世界のB.B.キング」にした曲です。
この”Completely Well”というアルバムは当時のニューヨークの腕利きのスタジオ・ミュージシャンたちがバックを務めてます。ベースにジェリー・ジェモット、ドラムにハービー・ラヴェル、ギターのヒュー・マクラッケンなど。ソウル・ファンクのテイストが濃い音作りですが意外とB.B.はグルーヴにハマってやってます。「君のことを考えるとワクワクする。いつも素敵な君を抱きしめていたい」

3.So Excited/B.B.King

アルバムの一曲目に入っていてオープニングにふさわしいワクワクする曲ですね。リズム・セクションの作るファンク・グルーヴが素晴らしい。B.Bはこの曲を当時ライヴでもよく歌ってましたが、B.B.はファンクのことを「ブルーズがスピリットを失わずにいかにして現代に適応していくか、その見本とも言えるのがファンクだ」と言ってます。つまりブルーズとファンクは太く繋がっているものなんです。
この1970年頃はT.ボーン・ウォーカーもフレディ・キングも先週ON AIRしたアルバート・キングもみんな8ビート、16ビートのファンク・ブルーズに挑戦していた時代でした。
僕はこのアルバムに”Key To My Kingdom”というすごく好きな曲ありまして、日本語に訳すと「私の王国の鍵」です。「お金やゴールドや名声を私は求めていない。私の王国への鍵は君の瞳の輝き。君の愛は僕の王冠」B.B.の素晴らしい歌声が聴ける熱烈なラブソングです。

4.Key To My Kingdom/B.B.King

このアルバムは一曲一曲しっかりアレンジされていて、たぶんベースのジェリー・ジェモットやギターのヒュー・マクラッケンもヘッド・アレンジでアイデアを出していると思いますが、当時の黒人ミュージシャンにとってはB.B.キングのレコーディングに参加できるのは名誉なことだったらしいです。

5.You’re Losin’ Me/B.B.King

今日聴いてもらったB.B.キングの”Completely Well”がリリースされた1969年という年はブルーズやロックやラテンやファンク、ジャズなどいろんな音楽が互いに影響し、融合し合う時代でクロスオーバー・ミュージックと呼ばれました。それはのちにフュージョンと呼ばれる音楽に変わっていくのですが、そういう時代の流れにB.B.キングは対応できたということだと思います。B.B.にとって新たなところへ出ていくきっかけになった重要なアルバムでした。

2026.03.13 ON AIR

70年代のブルーズ3大キングの行方

アルバート・キング vol.2/スタックス・レコード倒産後のアルバート

ON AIR LIST
1.Cold Women With Warm Hearts/Albert King
2.Cadillac Assembly Line/Albert King
3.Get Out of My Life, Woman/Albert King
4.The Very Thought Of You/Albert King
5.I Get Evil /Albert King

60年代半ばにスタックス・レコードと契約したことでヒットも出てアルバート・キングは順風満帆に70年代に入りました。スタックスはR&Bからソウルそしてゴスペルを扱うレコード会社で、オーティス・レディング、サム&デイヴ、ステイプル・シンガーズ、ジョニー・テイラー、アイザック・ヘイズなどなどソウルのスターたちが在籍していました。またスタックスレコードにはブッカーT&MG’sはじめ素晴らしいスタジオ・ミュージシャンがいて、プロデューサーも作詞作曲陣もいてしっかりした録音体制ができていました。そして配給やプロモーションの体制もできていて、ブルーズのマイナー・レーベルとは違うしっかりした会社でした。そんなスタックスで順調にアルバムを出していたのですが、1975年にスタックスは倒産してしまいます。
しかしアルバートは幸運なことにすぐに「ユートピア」というレーベルと契約できて3年間で3枚のアルバムをリリースします。その中で私がいちばんいいと思ったのが76年”Truckload Of Lovin”です。そこからまず一曲。「あったかい心を持った冷たい女」というタイトルですが、誰にでも愛想よくするような女やなくて、冷たそうに見えるんやけど実はあったかいハートを持ってる女がええよな」という曲

1.Cold Women With Warm Hearts/Albert King

スタックス時代のアルバムに比べるとこのユートピアというレーベルで録音されたアルバムはアルバートが少しおとなしい感じがします。録音の問題ですがギターの音も小さめでいつものギターのネックを折るような豪快さに欠けている気がします。
70年代の中後期のロスアンゼルスの録音でバックはキーボードにジョー・サンプル、ドラムにジェイムズ・ギャドソン、ベースにチャック・レイニー、ギターにワウワウ・ワトソンと、ウエストコーストの一流スタジオ・ミュージシャンたちで申し分ないんですが、敏腕のミュージシャンたちで録音したからヒットするわけでもないんですね。いいアルバムなんですけどね。
次は「キャデラックの組み立て工程」とでも訳すのでしょうか。
「ミシガンのデトロイトに行くんだ。お前を連れて行くことはできないんだ。もうコットンを摘む畑仕事は嫌なんだ。だからデトロイトに行ってキャデラックの自動車工場で働くんだ」40年代50年代多くの南部の黒人たちが朝から晩まで綿花を摘む畑仕事が嫌になり、より良い生活を求めて北部のデトロイトやシカゴにたくさん移住したことを思い描くような歌です。

2.Cadillac Assembly Line/Albert King

これも決して悪くはないのですが、スタックスに比べるとディープな感覚に欠けているような気がします。やっぱりロスのスタジオ・ミュージシャンたちですからどことなく行儀のいい、スマートな演奏になってます。でも、そういうところから新しいアルバート・キングができればよかったのですが・・そうはならなかった。
それで次は”TOMATO”(トマト)というレーベルに移籍します。このトマトで3枚リリースしたのですが、その中で気を惹かれるのが79年にリリースした”New Orleans Heat”というアルバム。プロデュースはニューオリンズ・ミュージックの大御所、アレン・トゥーサン。バックはザ・ミーターズのギター、レオ・ノセンテリ、ベースのジョージ・ボーターなどニューオリンズの錚々たるメンバーです。一曲目に入っているのが1965年にアレン・トゥーサンが書いてリー・ドーシーが歌ってヒットした曲。「もう愛していないのならオレの人生から出て行ってくれ」

3.Get Out Of My Life, Woman/Albert King

いつも言うんですが、アルバート・キングはギターのことがよく話題になるのですが、実は歌もすごくいいんですよ。やっぱり体が2メートル近くある巨漢ですからゆったりとしていて、響くええ声してるんですよ。聞いてもらうのはスタックスの最初のアルバム”Born Under A Bad Sign”に収録されていた曲のリメイクですが、ちょっと新しいアレンジです。

4.The Very Thought Of You/Albert King

5.I Get Evil /Albert King

この1970年代中期はアルバートはまだ50才過ぎた男ざかりですよ。自分の音楽的なスタイルも完全に確立されて、ブルーズマンとしての地位もしっかりできてロック・ファンたちの人気もあり、海外ツアーも始まっていた。日本にも78年にB.B.キングとのカップリング・コンサートで初めてやってきました。さっき2メートルくらいある巨漢と言いましたが、この時B.B.キングが小さく見えました。私、会って握手したときに見上げましたから。
80年代に向かって時代的に黒人音楽の主流はやっぱりソウル、ファンクなんですが、レコーディングのリズム・トラックも打ち込みになったりコンピューター・ミュージックになっていき、ブルーズのような音楽は少し一線からは遠ざかっていきます。日常のライヴとしてブルーズは機能していたのですが、チャートのヒットからは残念ながら遠ざかってしまった。
この”New Orleans Heat”はいいアルバムですよ。
80年代以降は「ファンタジー」というレーベルから二枚リリースしたのがオリジナル・アルバムの最後。あとは過去の曲のリメイクとか昔のアルバムからのコンピレーションでした。
アルバートは92年にライヴ後に心臓発作で亡くなりました。

2026.03.06 ON AIR

70年代のブルーズ3大キングの行方

スタックス・レコードで花開いたアルバート・キングの70年代

ON AIR LIST
1.Killing Floor~I’ll Play The Blues For You/Albert King
2.Don’t Burn Down The Bridge (‘cause You Might Wanna Come Back Across)/Albert King
3.I Believe To My Soul/Albert King
4.I Wanna Get Funky/Albert King

3月17日からギターの上村秀右と関西方面にデュオ・ツアーをやります。自分の50周年記念のツアーで小さなお店も含めてたくさん回ってみようかなと思っています。来て欲しいと言うご要望があれば番組のホームページからメールください。行ったことのないところも行ってみたいと思ってます。

ブルーズの三大キングと言われたB.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングの70年以降の活動と曲の話で今回はアルバート・キング。
60年代のアルバート・キングを振り返ると、1967年にリリースされたアルバート・キングの『ボーン・アンダー・ザ・バッド・サイン』というアルバムがありました。これはアルバートが契約したスタックス・レコードとの最初のアルバムでした。そんなに売れたわけではなかったのですが、当時から現在までブルースとロックにいろんな影響を与えた名盤です。
スタックスというレーベルは主にソウル・ミュージックのレーベルだったのでアルバートは少し異色の存在でした。スタックスにはステイプル・シンガーズ、アイザック・ヘイズ、エモーションズ、ルーファス・トーマス、ジョニー・テイラーなど当時人気のあったソウル・シンガー達が揃ってまして、アルバート・キングともう一人リトル・ミルトンがブルーズ派でした。そのスタックスのミュージシャンが集まって1972年にロスの黒人街ワッツで開かれた10万人を集めたイベントがワッツ・タックスでした。
では、そのワッツ・タックスのライヴ・アルバムからアルバート・キングを2曲ライヴのまま続けて聴いてください。

1.Killing Floor/Albert King

2.I’ll Play The Blues For You/Albert King

このワッツ・タックスのアルバムは若い頃によく聴きました。とにかく72年頃になると僕はブルーズだけでなくソウル、ファンク、ゴスペルと完全に黒人音楽に自分の志向が変わってしまい、ロックのレコードはあまり聞かなくなってしまいました。当時同じ関西でバンドを始めたキー坊(上田正樹先輩)のサウス・トゥ・サウスのメンバーはじめ関西の黒人音楽を演奏するバンドはみんなこのアルバムに影響を受けました。ぜひ聴いてもらいたい一枚です。
アルバート・キングはその前68年の有名な”Live Wire/Blues Power”はじめライヴアルバムがいくつかあるのですが、やはりライヴの素晴らしさが彼の売りのひとつでした。特にダイナミックなギター・ソロはB.B.キングやフレディ・キングとはまた違う魅力的なトーンとフレイズで特にそのタイミングの素晴らしさは唯一のものだと思います。それでそのいくつかあるアルバートのライヴアルバムの中で皆さんに聴いてもらいたいアルバムが73年の”Blues at Sunrise”です。これはスイスのモントルーの有名な「モントルー・ジャズ・フェスティバル」でのライヴ・アルバムです。73年ですからいま聞いたワッツ・タックスの翌年でI’ll Play The Blues For Youがヒットした頃です。
女性と別れ際の歌ですかね「戻ってきたくなった時のために二人にかかっている橋を燃やさないでくれ」

3.Don’t Burn Down The Bridge (‘cause You Might Wanna Come Back Across)/Albert King

えげつないギターでしたが、アルバートのギターの影響を受けたギタリストはジミ・ヘンドリックスはじめスティーヴィー・レイボーン、山岸潤史などたくさんいます。でも誰もアルバートのようには弾けません。例えばエリック・クラプトンはフレディ・キングのように弾くことはしますがアルバートのようには弾かないです。アルバート・キングはアルバート・キングしか弾けないんです。それはなぜか・・ギターが左利きということもあるのですが、チューニングが変則チューニングで未だにはっきりどういうチューニングだったのかははっきりしていません。つまりアルバートが誰にもそのチューニングを教えなかったからです。使っている弦が普通より細い弦だったというのはわかっているし、彼はほとんどコードを弾かなかったというのは映像を見ていると分かりますが・・まあ謎の多いギタリストです。
そして実は歌が上手いです。190センチくらいある体の大きな人でしたから、声量もあるのですが声質がまろやかで「スモーキー・ヴォイス」なんて呼ばれています。次の曲はレイ・チャールズの曲でちょっと難しい歌ですが、すごくいい感じの自分流に歌いこなしています。

4.I Believe To My Soul/Albert King

歌がいい感じなんですが、結局ギターをガンガン弾いてしまうのでえぐいギターの印象が強くなるという困ったもんです、アルバートくん。
次の曲もレイド・バックしている歌ですごくいい感じです。

5.I Wanna Get Funky/Albert King

アルバートはやはり南部ミシシッピの生まれで、育ったのもアーカンソーですからアルバートは「ダウンホーム」な感じを持ってます。そう言えばアルバートはダウンホーム・ブルーズで有名なジミー・リードのバンドでドラムを叩いていた頃もありました。ギターもフレイズはたくさんあるわけではないんですが、タイミングの違いを使って違うフレイズに聞こえます。そしてスケールが大きくてそのノリが気持ちいいんです。
スタックスレコードにいた8年間で10枚ほどアルバムを出したのですが、75年にスタックスレコードが倒産してしまいます。もう大手のレコード会社はブルーズをあまりリリースしない時代になりましたが、幸運なことにアルバートはすぐに「ユートピア」というレコード会社と契約します。まだまだアルバート・キングは売れるブルーズマンと評価されていたのでしょう。この会社では2年間で4枚のアルバムをリリースします。そして「ユートピア」と切れた後もすぐに「トマト」というレーベルに移り、70年代はライヴ盤や企画ものを含めてほぼ毎年のようにアルバムが出ています。
来週は「ユートピア」と「トマト」のレーベルで録音された曲を聴きます。まだまだ続くアルバート・キング!