3大キング、B.B.King, Albert King,Freddie Kingの70年代 vol.1



ON AIR LIST
1.Hide Away/Freddie King
2.Born Under A Bad Sign/Albert King
3.Blues Power/Albert King
4.The Thrill Is Gone/B.B.KIng
今日からブルーズの3大キング、B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングの70年代のアルバムから聞こうと思っているのですが、その前に60年代からの三人の動きをざっと聞いてみます。
ブルーズが好きでこの番組を聞いてくださってる方は知っているでしょうが、ブルーズの3大キングといえば・・・・B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングですが、ではこの中でいちばん年下は誰でしょう・・・。フレディ・キングです。いちばん年上がアルバートで1923年生まれ、B.Bが二つ下の1925年生まれ、フレディはB.B.から10才ほど年下の1934年生まれです。フレディはひとつ違いの35年生まれのオーティス・ラッシュや二つ違いのバディ・ガイと同じ世代で友達だったマジック・サムとも三つ違いでした。つまりフレディは先輩のB.B.キングに影響を受けた世代です。
B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングの3人は50年代から活動しており、B.B.は50年代初めからR&Bチャートに上がる曲をたくさんリリースして黒人の中では高い人気がありました。アルバートは1961年にリリースの「Don’t Throw Your Love on Me So Strong」がR&Bチャート14位になりましたがレコーディングもいろんなレーベルから単発で出していて苦労していたのが伺えます。
年下のフレディは1961年にR&Bチャートで5位、白人層にも届くポップチャートでも29位になった”Hide Away”というインストルメンタルの大ヒット曲を出したことで有名になりました。更にこの曲をエリック・クラプトンがジョン・メイオール&ブルーズ・ブレイカーズに在籍中にカバーしたことでこの”Hide Away”という曲はイギリスでも知られフレディ・キングの名前も認識されるようになりました。
1.Hide Away/Freddie King
ブルーズでありながらポップなテイストもある曲で売れたのもわかります。当時の若い人たちはみんなこのHise Awayで踊ったんやと思います。
当時B.B.とアルバートはまだ黒人層での人気があっただけで白人層にはあまり認知されていない存在で黒人クラブを回るツアーを続けてました。つまりいちばん年下のフレディが三大キングとしては最初に白人にも知られたブルーズマンだったのです。
しかしアルバートは1966年にスタックス・レコードと契約してから転機を迎えます。翌67年リリースしたこの曲がR&Bチャートに出てしかもこの曲をエリック・クラプトンが在籍したクリームでカバー・レコーディングしたことでアルバートも少し知られることとなりました。
2.Born Under A Bad Sign/Albert King
1曲目のHide Awayもこの曲もクラプトンがカバーしたことで白人にも知られるようになったわけですが、いまの曲もクラプトンがカバーして知られるようになったわけですが、60年代ブルーズは黒人の間で下り坂でR&Bそしてソウル、ファンクが主流でした。しかし、白人にとってはブルーズは新しい音楽で特にイギリスのミュージシャンたちの間ではブルーズロックが流行し始めてローリング・ストーンズはじめクリーム、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリンなど黒人ブルーズをルーツにしたイギリスのロックが広く世界に流行っていく時代でした。
そんな中で1968年にアルバートは白人層に食い込むきっかけとなったのが68年の白人のロックの殿堂と呼ばれた「フィルモア」への出演でした。
この時のライヴ録音がLive Wire/Blues Powerというアルバム。
そこから一曲 長い語りのある曲なんですが「赤ん坊が哺乳瓶からうまくミルクを飲めなくて泣くときその赤ん坊はブルーズなんだ。そして好きな彼といたいのに母親が毎晩出かけててはだめだと止められて自分の部屋にいるとき彼女はブルーズやろ」と語ってますがつまりブルーズは誰にもあると言ってるわけです。
3.Blues Power/Albert King
白人の若者たちはこのライヴでいわゆるエレクトリックな黒人のモダン・ブルーズの凄さ、特にブルーズギターの凄さを目の当たりにして驚きます。
やはりショー・ビジネスで生き残っていくためには、白人ファンも含めた大きなポピュラリティが欲しいというのがミュージシャンとしての本音で、B.B.はアルバートやフレディが白人層にウケていくのを知って少し焦っていたそうです。しかし、アルバート、フレディからやや遅れた感のあったB.B.キングは1970年にグラミー賞を獲得した次の”The Thrill Is Gone”でやっと広く白人層に迎えられた感じでした。
これは黒人ブルーズマンとして初のグラミー獲得でした。
4.The Thrill Is Gone/B.B.KIng
アルバートから3年後、グラミー賞を獲得した翌年1971年にB.B.はニューヨークのフィルモア・イーストに登場します。そこで初めて白人のティーンエイジャーや20代の白人若者を相手に演奏して熱い声援と拍手をもらいB.B.は嬉し泣きしたそうです。
振り返ってみるとアルバート・キングは66年にスタックスレコードと契約したことでしっかりしたプロデュースと曲とバックミュージシャンを提供され、ヒットをいくつか出しソウル・ミュージックが主体のスタックスでブルーズマンとしてのステイタスを獲得して行きます。B.B.は1970年にグラミー賞を獲得して以降、強いマネージメントの下ワールド・ツアーを始め「世界のB.B.キング」の地位を確立して行きました。
そしてフレディは黒人レーベルのキングレコードの傘下のフェデラルから1968年にアトランティックレコードの傘下コテリオン・レコードと契約して新たな一歩を踏み出します。
ブルーズの3大キングと呼ばれるB.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングも70年代に入ると様々な動きをします。来週からは70年代に向かう3大キングの次回はまずフレディ・キングから徹底して聞いてみようと思ってます。






