2026.02.27 ON AIR

70年代のフレディ・キングVol.2 /RSOレコード時代

ON AIR LIST
1.Pack It Up/Freddie King
2,Sugar Sweet/Freddie King
3.Shake Your Bootie/Freddie King
4.Aint Nobodys Business/Freddie King

前回は70年代初期シェルター・レコード時代のフレディ・キングを聞いてもらいましたが、そのシェルターからアルバム3枚をリリースした後、今度はRSOレコードに移籍します。1974年のことです。RSOというレコード会社はエリック・クラプトンとビー・ジーズが在籍したことで知られてますが、特にクラプトンの全米1位になったアルバム『461オーシャン・ブールバード』のリリースで有名になりました。大ヒットした”I Shot The Sheriff”も収録されているアルバムです。たぶん、そのクラプトンつながりでフレディもRSOで録音することになったのではと思います。後にクラプトンはB.B.キングとデュオのアルバムを出したりしてB.B.からの影響を語ったりしてますが、一番影響を受けたのは、特にギターのいちばんの影響はフレディ・キングからでしょう。

それではRSOからフレディが出した最初のアルバム”Burglar”からまず一曲。ブルーズというよりファンクとロックの色合いの濃いサウンドとグルーヴですが、このあたりで何か新しいブルーズを模索したのかも知れません。

1.Pack It Up/Freddie King

しっかりアレンジされてもフレディは自由にやっている感じです。1974年ですからやはりソウル、ファンクの影響は出てきますし、ギターもラウドですが意外とフレディに合ってフイットしてる曲だと思います。

ではクラプトンが参加している曲を聴いてみましょうか。途中のギター・ソロのどちらかがクラプトンだと思うのですが、僕にはわかりません。みなさん、わかりますか。

2,Sugar Sweet/Freddie King

このアルバムの参加ミュージシャンを見てみるとギターにボビー・テンチの名前があります。イギリスのミュージシャンでボブ・テンチとも呼ばれますが、彼はジェフ・ベック・グループのヴォーカリストとして記憶している方もいると思います。ハンブル・パイというバンドに参加したこともあるギタリスト、ヴォーカリストです。あとクレジットで目を引くのはドラムのスティーヴ・フェローンですね。フェローンは最初アベレージ・ホワイト・バンドで名前が知られそのあとはチャカ・カーン、エリック・クラプトン、ブライアン・メイ、アニタ・ベーカーなどイギリス、アメリカ両方で活躍したドラマーです。このRSOレコードのフレディ・キングの録音ではファンキーナンバーを彼が叩いてます。
次もファンキーなダンス・ナンバーですが、曲名のShake Your Bootieのブーティはお尻のことですからまあお尻を揺らして踊るという意味ですが、もちろんちょっとエロい意味も漂ってます。

3.Shake Your Bootie/Freddie King

次は30年代からベッシー・スミス、ビリー・ホリディ、ジミー・ウィザースプーンそしてB.B.キングなど歌い継がれてきたブルーズのスタンダードです。
1975年テキサス、ダラスのライヴ録音からです。

4.Ain’t Nobody’s Business/Freddie King

3大キングのアルバート・キングやB.B.キングより10歳ほど年下のフレディ・キングは70年代はまだ30代後半から40代でした。だから流行りのファンク、ソウルの影響を受けるのも当然でその上に70年代のロックの影響もありました。そういういろんなテイストを入れ込んだ独自のブルーズを作って新しい展開をしたいと思っていたのではないかと思います。でも1976年に心不全で急死してしまいます。42歳と言う若さでした。三大キングでいちばん若かったフレディが一番先に亡くなると言う・・なんとも残念なことでした。

次回からはB.B.キングとアルバート・キングの70年代以後の録音を聞きます。

2026.02.20 ON AIR

70年代のフレディ・キング/シェルター・レコード時代

ON AIR LIST
1.Going Down/Freddie King
2.Lowdown In Lodi/Freddie King
3.Same Old Blues/Freddie King
4.Big Legged Woman/Freddie King
5.Woman Across The River/Freddie King

今回からブルーズの3大キングと呼ばれるフレデイ・キング、アルバート・キング、B.B.キングの60年代後半から70年代に特化して聴いて見ようと思います。
60年代中頃から黒人音楽はいよいよソウルとファンクの時代に入りブルーズの居場所が少なくなって行きます。ブルーズは古い音楽と思われるようになり、モダン・ブルーズの三大キングと呼ばれるフレディもB.B.もアルバートもそれぞれ自分の音楽の居場所を作らなくてはならなくなります。
今日はまずフレディ・キング。
フレディは前回話しましたが、60年代後半にアトランティック系列のレーベル「コティリオン」からファンキーな匂いのする二枚のアルバムをリリースしました。セールス的には伸びませんでした。そしてすぐに1970年に「シェルター・レコード」と契約します。その一枚目が71年リリースの”Getting Ready”というアルバムです。そのアルバムに収録されてロックのジェフ・ベックがすぐにカバーしたこの曲から

1.Going Down/Freddie King

サウンド的にはかなりブルーズロック的なアプローチで一部のブルーズ・ファンからは敬遠されましたが、フレディ自身はこのシェルター時代の録音が好きだったそうです。そしてこの曲はジェフ・ベックが取り上げたことで白人ロックファンにも人気で70年代のフレディ・キングを代表する一曲となりました。
当時サザン・ロックというアメリカ南部の匂いがするロックが流行っていたのですが、その流れの中にいた重要なミュージシャンがピアニストでありシンガー・ソング・ライターでもあったレオン・ラッセルでした。そのレオン・ラッセルが立ち上げたレーベルが「シェルター・レコード」です。なので自然とブルーズ・ロック的なそしてサザン・ロック的な演奏と録音になっています。次の曲もそういうサザンロックの匂いがする曲です。オリジナルは僕も大好きなクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)です。

2.Lowdown In Lodi/Freddie King

歌もギターもはち切れんばかりのパワフルさですが、思い出してみたらフレディはこの頃まだ30代後半なのでバリバリです。当時のフレディのライヴ映像を見て「これギターのネックが折れるんとちゃうか」と思ったことがあるくらいチョーキングにめちゃ力入ってます。彼は金属製のピックを使っているのでギターの音が少しギラギラしてるのもサウンドの特徴です。
この頃の映像でフレディが野外ロックコンサートに出演しているものがあるのですが、出てきて曲が始まりギターを弾いた途端に音が大きすぎたのかいきなりギターアンプが飛んで音が出なくなるというのがあって笑いましたが。とにかくパワーがありすぎというかもう抑えきれないパワフルさでは3大キングで一番かもです。
そして、フレディのシェルター・レコード時代といえばやはりこの曲を外せない。”Same Old Blues”です。一曲目のGoing Down同様にシンガー・ソング・ライターのドン・ニックスが書いた曲です。ちなみに1枚目のアルバム”Getting Ready”はそのドン・ニックスとレオン・ラッセルが共同プロデューサーになっています。
ではSame Old Blues「朝から降り続く雨、暗い部屋の中に座っていると涙が雨のように落ちてくる。いつもの苦しみいつものブルーズだ。太陽は雨になり自分の笑いは苦痛に変わった。いつものブルーズだ」

3.Same Old Blues/Freddie King

70年代のフレディを代表する曲でぼくもカバーして歌っていますがいい曲です。でも、何度歌っても難しい曲です。

70年代になるとブルーズにも流行りのファンクのテイストが入り、B.B.もアルバートも3人ともファンクテイストのブルーズを歌うようになるのですが、次の曲のようにフレディはそこにロックのテイストも入っているところがミソです。
ファンキーなブルーズ曲でイスラエル・トルバートという盲目のシンガーが1970年にヒットさせた曲のカバーです。

4.Big Legged Woman/Freddie King

フレディはこのシェルター・レコードで”Getting Ready”,”Taxes Cannonball”,”Woman Across The River”と3枚のアルバムをリリースしてロック・コンサートにも出演して新たな白人ロック・ファンも獲得しました。一部のブルーズ・ファンからこのあたりのアルバムは敬遠されていますが、フレディ本人はこのシェルター・レコード時代は自由にやれて気に入ってたようです。考えてみれば50年代60年代の黒人ブルーズマンはやはりレコード会社の方針に従わなければアルバムを作れず、自分の考えは言えなかったのだと思います。このシェルター時代の録音は全ていいとぼくは思わないのですが、レオン・ラッセルはじめフレディを尊敬するスタッフに囲まれてフレディはのびのびとやっている感じがします。
もう一曲シェルター時代から。

5.Woman Across The River/Freddie King

74年にフレディ・キングのブルーズが大好きだったエリック・クラプトンが自分の在籍したイギリスのレーベル”RSO”レコードへフレディを呼んでレコーディングを始めます。来週はそのRS0時代、若くして亡くなる前のフレディ・キングを聴きます。

2026.02.13 ON AIR

3大キング、B.B.King, Albert King,Freddie Kingの70年代 vol.1

ON AIR LIST
1.Hide Away/Freddie King
2.Born Under A Bad Sign/Albert King
3.Blues Power/Albert King
4.The Thrill Is Gone/B.B.KIng

今日からブルーズの3大キング、B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングの70年代のアルバムから聞こうと思っているのですが、その前に60年代からの三人の動きをざっと聞いてみます。
ブルーズが好きでこの番組を聞いてくださってる方は知っているでしょうが、ブルーズの3大キングといえば・・・・B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングですが、ではこの中でいちばん年下は誰でしょう・・・。フレディ・キングです。いちばん年上がアルバートで1923年生まれ、B.Bが二つ下の1925年生まれ、フレディはB.B.から10才ほど年下の1934年生まれです。フレディはひとつ違いの35年生まれのオーティス・ラッシュや二つ違いのバディ・ガイと同じ世代で友達だったマジック・サムとも三つ違いでした。つまりフレディは先輩のB.B.キングに影響を受けた世代です。
B.Bキング、アルバート・キング、フレディ・キングの3人は50年代から活動しており、B.B.は50年代初めからR&Bチャートに上がる曲をたくさんリリースして黒人の中では高い人気がありました。アルバートは1961年にリリースの「Don’t Throw Your Love on Me So Strong」がR&Bチャート14位になりましたがレコーディングもいろんなレーベルから単発で出していて苦労していたのが伺えます。
年下のフレディは1961年にR&Bチャートで5位、白人層にも届くポップチャートでも29位になった”Hide Away”というインストルメンタルの大ヒット曲を出したことで有名になりました。更にこの曲をエリック・クラプトンがジョン・メイオール&ブルーズ・ブレイカーズに在籍中にカバーしたことでこの”Hide Away”という曲はイギリスでも知られフレディ・キングの名前も認識されるようになりました。

1.Hide Away/Freddie King

ブルーズでありながらポップなテイストもある曲で売れたのもわかります。当時の若い人たちはみんなこのHise Awayで踊ったんやと思います。
当時B.B.とアルバートはまだ黒人層での人気があっただけで白人層にはあまり認知されていない存在で黒人クラブを回るツアーを続けてました。つまりいちばん年下のフレディが三大キングとしては最初に白人にも知られたブルーズマンだったのです。
しかしアルバートは1966年にスタックス・レコードと契約してから転機を迎えます。翌67年リリースしたこの曲がR&Bチャートに出てしかもこの曲をエリック・クラプトンが在籍したクリームでカバー・レコーディングしたことでアルバートも少し知られることとなりました。

2.Born Under A Bad Sign/Albert King

1曲目のHide Awayもこの曲もクラプトンがカバーしたことで白人にも知られるようになったわけですが、いまの曲もクラプトンがカバーして知られるようになったわけですが、60年代ブルーズは黒人の間で下り坂でR&Bそしてソウル、ファンクが主流でした。しかし、白人にとってはブルーズは新しい音楽で特にイギリスのミュージシャンたちの間ではブルーズロックが流行し始めてローリング・ストーンズはじめクリーム、ジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリンなど黒人ブルーズをルーツにしたイギリスのロックが広く世界に流行っていく時代でした。
そんな中で1968年にアルバートは白人層に食い込むきっかけとなったのが68年の白人のロックの殿堂と呼ばれた「フィルモア」への出演でした。
この時のライヴ録音がLive Wire/Blues Powerというアルバム。
そこから一曲 長い語りのある曲なんですが「赤ん坊が哺乳瓶からうまくミルクを飲めなくて泣くときその赤ん坊はブルーズなんだ。そして好きな彼といたいのに母親が毎晩出かけててはだめだと止められて自分の部屋にいるとき彼女はブルーズやろ」と語ってますがつまりブルーズは誰にもあると言ってるわけです。

3.Blues Power/Albert King

白人の若者たちはこのライヴでいわゆるエレクトリックな黒人のモダン・ブルーズの凄さ、特にブルーズギターの凄さを目の当たりにして驚きます。
やはりショー・ビジネスで生き残っていくためには、白人ファンも含めた大きなポピュラリティが欲しいというのがミュージシャンとしての本音で、B.B.はアルバートやフレディが白人層にウケていくのを知って少し焦っていたそうです。しかし、アルバート、フレディからやや遅れた感のあったB.B.キングは1970年にグラミー賞を獲得した次の”The Thrill Is Gone”でやっと広く白人層に迎えられた感じでした。
これは黒人ブルーズマンとして初のグラミー獲得でした。

4.The Thrill Is Gone/B.B.KIng

アルバートから3年後、グラミー賞を獲得した翌年1971年にB.B.はニューヨークのフィルモア・イーストに登場します。そこで初めて白人のティーンエイジャーや20代の白人若者を相手に演奏して熱い声援と拍手をもらいB.B.は嬉し泣きしたそうです。

振り返ってみるとアルバート・キングは66年にスタックスレコードと契約したことでしっかりしたプロデュースと曲とバックミュージシャンを提供され、ヒットをいくつか出しソウル・ミュージックが主体のスタックスでブルーズマンとしてのステイタスを獲得して行きます。B.B.は1970年にグラミー賞を獲得して以降、強いマネージメントの下ワールド・ツアーを始め「世界のB.B.キング」の地位を確立して行きました。
そしてフレディは黒人レーベルのキングレコードの傘下のフェデラルから1968年にアトランティックレコードの傘下コテリオン・レコードと契約して新たな一歩を踏み出します。
ブルーズの3大キングと呼ばれるB.B.キング、アルバート・キング、フレディ・キングも70年代に入ると様々な動きをします。来週からは70年代に向かう3大キングの次回はまずフレディ・キングから徹底して聞いてみようと思ってます。

2026.02.06 ON AIR

92才のブルースマン、ブルーズと歩み続けるボビー・ラッシュ

Bobby Rush vol.2

ON AIR LIST
1.Down In Louisiana/Bobby Rush
2.Porcupine Meat/Bobby Rush
3.Nighttime Gardener/Bobby Rush
4.I Don’t Want Nobody Hanging Around/Bobby Rush

前回は長い年月大きなヒット曲もなく、ひたすらチタリン・サーキットという各地の黒人クラブを毎晩のように演奏してツアーをする厳しい生活をしていた時代のボビー・ラッシュの話でした。
そんな中、2003年のマーティン・スコセッシが総監督を務めた”The Blues Movie Project」の7本の映画の中の一つ「ロード・トゥ・メンフィス」に出演したあたりから少し流れが変わってきます。南部にボビー・ラッシュというたたき上げの黒人ブルーズマンがいて、なかなか面白いライヴをやっていることが広まって行きました。そして2000年代は毎年のように精力的にアルバムを出し続けました。2007年頃になると海外ツアーも始めます。日本にはそれ以前1999年にパークタワー・ブルースフェスで来日しています。彼の活動が広がって行ったわけです。
そして2001年に”Hoochie Man”というアルバムが初めてグラミーにノミネートされます。ボビー・ラッシュこの時68才です。
今から聞いてもらう2012年の”Down In Louisiana”もノミネートされましたが賞を獲ることはできませんでした。79歳でした。でも、アルバムは充実した内容で評価も高く、セールスも良かったと思います。まずそのアルバム・タイトル曲。

1.Down In Louisiana/Bobby Rush

「ロード・トゥ・メンフィス」の映画の中で「オレもB.B.キングやバディ・ガイのようにグラミー獲って楽になりたいなぁ」とちょっと弱音を吐くシーンがありました。
それがやっと2017年のアルバム「ポキュパイン・ミート」で最優秀トラディショナル・ブルース・アルバム賞でグラミーに輝きました。そのアルバム「ポキュパイン・ミート」からそのタイトル曲を聞きましょうか。この時ボビーはすでに83才。長く苦労して音楽を続けてきた彼が83才でグラミーを獲ったことに僕だけでなく長年のファンたちは本当に喜びました。
曲名の「ポキュパイン・ミート」のポキュパインというのは動物のヤマアラシのことでミートですからヤマアラシの肉。これは綺麗だけど危険な女をヤマアラシの肉にたとえた曲で見かけは美味しそうに見えるけどその肉は硬くて食べれないから、気をつけろよという意味。

2.Porcupine Meat/Bobby Rush

次のシャッフル・ブルーズにはニューオリンズに在住する私の盟友、山岸潤史が在籍した「パパ・グロウズ・ファンク」のレジェンドのドラマー、ジェフリー・ジェリービーンズ・アレキサンダーとスライド・ギターにケブ・モが参加しています。曲名は”Nighttime Gardener”ですから「夜の庭師」ですが、「オレは夜の庭師だ、昼間に庭に水を蒔く庭師がいるけどあれはあかんな。俺は君の庭に夜に水を蒔くんや」というボビーらしいちょっとエロい歌です。

3.Nighttime Gardener/Bobby Rush

先日の東京ビルボードのライヴにはダンサー兼コーラスのお姉ちゃんが一人だけ来ましたが、正式には2,3人お姉ちゃんが登場します。そのお姉ちゃんたちが全員めちゃ大きなお尻としっかりした足をしていて、しかもそれを強調したちょっとセクシーな衣装で登場するのがライヴの定番です。結構それだけでも盛り上がるのですが、曲に合わせてボビーが男の客に「どう、このお尻?」といってお尻を指差すとお姉ちゃんがお尻をブルブルと震わせたり、しゃがんだりしてよりエロくなります。それをコンプライアンスが・・とかセクハラとかいうのは無粋というものです。黒人の生活文化の伝統の一つみたいなもんです。アメリカだとお客さんは女性も大笑いです。まあ「男はほんまに女のお尻好きやねぇ。アホやね」という感じですね。
ボビーが歌の題材にしているのは本当に黒人の庶民の生活の匂いのあることで、お金のことだったり、食べ物のことだったり、不倫やセックスのことです。彼が「チタリン・サーキットの帝王」と呼ばれているのはそういう歌の題材にもよります。
次の歌も「俺が家にいない時、女房がひとりで家にいる時に誰かに家の周りをうろつかれたくないんよな」という歌で女房の浮気を心配してる歌です。

4.I Don’t Want Nobody Hanging Around/Bobby Rush

ファンクをやってもブルーズやっても南部のゆったりしたダウンホーム感があるところがボビー・ラッシュの特徴で、そこにウィットや笑いを入れ込んで本当に庶民の生活を歌い続けて来た人です。92才ですが東京ビルボードでの1月のライヴは元気で歌もハーモニカも年老いた感じありませんでした。ひとりでやったギターの弾き語りも心に残りました。素晴らしかったです。
また来年ぜひ来日してほしいです。お尻の大きなお姉ちゃんダンサーも一緒に!ボビー・ラッシュ最高でした。Hey Hey The Blues Is Alright!

2026.01.30 ON AIR

92才のブルースマン、ブルーズと歩み続けるボビー・ラッシュの来日公演

Bobby Rush vol.1

ON AIR LIST
1.Chicken Heads/Bobby Rush
2.Sue/Bobby Rush
3.Party Till’ The Break Of Day/Bobby Rush
4.I’ll Do Anything For You/Bobby Rush

いゃ~素晴らしかったボビー・ラッシュの来日公演。私は1月6日の2nd Stageを観たのですが92才のボビー・ラッシュは右へ左へ歩きながら、時々ダンス・ステップも見せながら歌ってハーモニカを吹き、お尻の大きなダンサー&コーラスのお姉ちゃんとファンキーなアクションあり・・・と本当に楽しいそして実のあるステージを見せてくれました。

と言ってもボビー・ラッシュを知らない方が多いと思いますが、ブルーズ・マンでいうとバディ・ガイ、フレディ・キング、オーティス・ラッシュあたりと同年代で、R&B/ソウルでいうとサム・クックやジェイムズ・ブラウンの少し後でジョニー・テイラー、Z.Z.ヒルと同世代。つまりブルーズとR&Bの両方の影響を受けてファンク・ミュージックが始まる頃に音楽を始めた世代ですね。

レコード・デビューは64年ですから30才過ぎてます。遅い方ですね。それから7年ほどヒットもなく初めてチャートに顔を出したのが1971年にギャラクシーというレーベルからリリースされたシングルの「チキン・ヘッド」。この曲が評判になりボビー・ラッシュは名前が少し知られるようになりました。僕も初めて聞いたボビー・ラッシュはこの曲でソウル・バーで流れていて「かっこいい曲」と思いましたが、アルバムも出てなかったのでそれっきりになっていました。

1971年リリース

1.Chicken Heads/Bobby Rush

今の曲はヒップホップ世代のミュージシャンにいくつかサンプリングされています。

79年にやっとファースト・アルバム”Rush Hour “が出ます。ボビー・ラッシュ46才。しかしこのアルバムからも大きなヒットは出ず、”I Wanna Do The Do”がR&Bチャートの75位に出ただけでした。そして80年代になると住んでいたシカゴからミシシッのジャクソンに移り住みます。そして南部のラジャムというレーベルから81年に”SUE”というアルバムをリリースします。48才です。別に大きなヒットが出たアルバムではなかったのですが、ブルーズとファンクがミックスされたそしていかにも南部らしいダウンホームなテイストがあるアルバムです。その中からアルバム・タイトル曲の”SUE”

歌詞の内容が15才の時好きになった女の子スーのことです。周りの人たちにお前はスーに利用されてるだけだと笑われて、オカンもアホみたいやから付き合うのやめろというけど「誰もが誰かの愚か者だ」と言ったらオカンに馬鹿者と言われた。「彼女に何をされたのか言え」とオカンは言うけど、彼女の家に行ったとき彼女は俺の靴下を脱がせて・・ああ、これ以上は言えない。言えない・・。まあこんな歌詞です。

2.Sue/Bobby Rush

曲調はファンクですがジェイムズ・ブラウンのようなキメキメのファンクでもなく、ジョニー・ギター・ワトソンのちょっとおしゃれなファンクでもなく、どこかイナタイ、ダウンホームなテイストがあるところがこのボビー・ラッシュの特徴です。

今のようなファンクの曲と次のようなブルーズとふたつのテイストを持ったシンガーとしてボビー80年代南部で少しずつ人気が出てきます。次のブルーズ、何かにそっくりの曲ですが・・・わかる人いますか。アルバム”Wearing It Out”から。「夜明けまでパーティや」

3.Party Till’ The Break Of Day/Bobby Rush

今のは1983年のリリースなんですが、前の82年に大ヒットとなったZ.Z.ヒルの”Down Home Blues”とメロディがほぼ同じで笑いますが、歌詞の内容も夜明けまでパーティという”Down Home Blues”に似てます。

やはり南部の黒人たちの間ではこういうダウンホームなシャッフル・ビートのパーティ・ソングがウケるので作ったんでしょう。

しかしヒットにはならなかった。でも、ボビーはチタリン・サーキットという各地の黒人クラブで毎晩ライヴするツアーをこまめに続けます。チタリンとは黒人の料理でまあモツ煮込みみたいなものですが、白人が食べないで捨ててしまうモツを黒人は美味しく料理して食べていたという歴史があります。そういう生活から出てくるいかにも黒人の生活の匂いのある音楽をブルーズとファンクに入れて歌って来たボビーを僕は本当に尊敬してます。つぎはミディアムのブルーズですがシカゴ・ブルーズとはテイストが違ってます。

4.I’ll Do Anything For You/Bobby Rush

先ほど言ったチトリン・サーキットを続けている様子が2003年の映画”Raod To Memphis”に出てきます。

大型バスにメンバー全員で乗り込みアメリカの長い距離を移動して行きます。街につくと楽器を下ろして、リハーサルをして演奏して終わるとギャラをもらってまたバスに乗って次の街へ移動する・・・これを彼はずっと何十年も続けて「チタリン・サーキットの帝王」と呼ばれてました。ボビーはマネージャーも兼ねているので店のオーナーやコンサート主催者とギャラの交渉をするシーンも出てきます。

そして、疲れ切ったボビーがふと「もう少し売れて楽になりたいなぁ」と言う場面があります。ボビーはその後グラミーももらってこの映画の後あたりからボビーは少しメジャーなシーンにも登場するようになります。

グラミーと言えぱ現在コーリー・ヘンリーのアルバムに参加したことでグラミーにノミネートされている親友の山岸潤史ですが、いよいよ明後日2/1です。ワクワクドキドキ。