2020.01.24 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード集 vol.7

ミシシッピ・デルタ・ブルーズ

The Complete Recorded Works/Charley Patton (P-Vine PCD-2255/6/7)

The Complete Recorded Works/Charley Patton (P-Vine PCD-2255/6/7)

The Original Delta Blues/Son House (SME SRCS 9459)

The Original Delta Blues/Son House (SME SRCS 9459)

The Original Recordings/Robert Johnson (Sony Music MHCP 233-4)

The Original Recordings/Robert Johnson (Sony Music MHCP 233-4)

ON AIR LIST
1.High Water Everywhere/Charlie Patton
2.Death Letter Blues/Son House
3.Sweet Home Chicago/Robert Johnson
4.Sweet Home Chicago/Magic Sam
5.Cross Road Blues/Robert Johnson

ブルーズ・スタンダードの7回目
ブルーズがいつ歌われ始めたのか、誰が最初にブルーズを歌ったのか、それがどこだったのかはわかりません。
ミシシッピかアラバマかルイジアナかとにかくアメリカの南部と言われています。
その中で多くのブルーズマンが生まれ育った州がミシシッピ州。B.B.キングやアルバート・キング、マディ・ウォーターズのようにミシシッピで生まれ、やがてシカゴやメンフィスで花開いた人は多いです。あまりに多過ぎて誰からどこから手をつけていいのかわかりませんが、ブルーズが録音され始めた頃にさかのぼってみます。
ミシシッピ・デルタと呼ばれる地帯がありまして、そこはミシシッピー川とヤズー川に挟まれた細長い地帯で、そのミシシッピ・デルタで多くのブルーズマンが生まれ育ちました。20年代、30年代です。その当時の録音が残っている有名なブルーズマンというと、ロバート・ジョンソン、チャーリー・パットン、サン・ハウス、ブッカ・ホワイト、スキップ・ジェイムズといった人たちが思い浮かびます。
その中で最初に売れ、南部一帯で広く知られた最初のブルーズマン、チャーリー・パットンが残したブルーズ・スタンダードをまず聴いてみましょう。
1927年に起きたミシシッピ川の氾濫を歌ったもので「どこもかしこも水びたしだ」と川の氾濫に苦しむ貧しい人たちの様子を歌ったものです。日本でも去年はいろんなところで台風や大雨で川の氾濫がありましたが、苦しむのはいつも普通の人たちというのは昔もいまも変らないんですね。
1929年パラマウントレコードからリリースされた
1.High Water Everywhere/Charlie Patton

「水が押し寄せてくるからここにいたらあかん、もっと高いところに行かな」という言葉があり切迫している感じがわかります。そして、最後に「オレはヒル・カントリーに行くつもりだ。もうこんなことはこりごりだ」と歌っています。
日本も台風や大雨で最近は川が氾濫することが多くて、そのたびに僕はこのブルーズを想い出します。
チャーリー・パットンは写真が一枚しか残っていません。顔を見ると顔立ちが白人っぽいのですが、父親は黒人ですがインディアンの母親に白人の血が入っていたとのことです。
次はチャーリー・パットンと同じくらいデルタ・ブルーズの重要なブルーズマン、サン・ハウス。サン・ハウスはチャーリー・バットンより10才ほど若く1902年生まれ。パットンと一緒に演奏していたこともあったそうです。
サン・ハウスのブルーズ・スタンダードとして挙げたのが、カサンドラ・ウィルソンやホワイト・ストライプスなどにもカヴァーされている「Death Letter 」「死の手紙」朝起きたら彼女が亡くなったという手紙が届いたので、急いでかけつけたけど彼女はもう冷たい板の上に寝かされていた」というサン・ハウスを代表する曲です。
2.Death Letter Blues/Son House

サン・ハウスは若い頃ブルーズを歌う前にバプティストの教会でゴスペルを歌っていたので神とか死とか天国とかへの想いが強かったようです。ブルーズを歌いながらもスピリチュアルズやゴスペルの曲を歌うときもあり、まあ聖なる清い気持ちとブルーズの世俗の気持ちの間を行き来していたんでしょう。

チャーリー・パットン、サン・ハウスときて、そのふたりに憧れたのがロバート・ジョンソン。もうデルタ・ブルーズの3大スターみたいになりますが、ロバート・ジョンソンはカバーされている曲も多く知名度はいちばん高いでしょう。ジョンソンはギターと歌がテクニカルだったこともあり、もちろんソウルフルなのですが天才的な扱いをする人もいますが、やはり音楽的な発想の素晴らしさと練習のたまものだと僕は思います。
ロバート・ジョンソンのスタンダード曲というと、クリーム、エリック・クラプトンがカバーしたCross Road Blues、ローリング・ストーンズがカバーしたLove In VainやStop Breakin’ Downなどあるのですが、やはりブルーズの定番中の定番となってしまったSweet Home Chicagoでしょう。ですがロバート・ジョンソンの歌詞で歌っている人は少なくシカゴ・ブルーズのマジック・サムの歌詞が多い気がしますが、まずはオリジナルと。
3.Sweet Home Chicago/Robert Johnson

僕もマジック・サムのヴァージョンでこの曲歌っています。他にもブルーズ・ブラザーズも歌ってました。この曲をみんなが歌うのでもう聞き飽きみたいなことを言う人もいるんですが、それだけ知られている覚えやすい曲がブルーズにあるのはいいことだと思います。また、こうしてオリジナルを改めて聴いてみると素晴らしい趣があります。
では、たぶんいちばんスタンダードにしたマジック・サムのヴァージョンも聴いてみましょう。1967年録音。
4.Sweet Home Chicago/Magic Sam

歌詞も曲の感じもロバート・ジョンソンとは違います。ブルーズと言う音楽はアフリカン・アメリカンの人たちの継承民族音楽なので歌い継がれていく間に歌詞が歌い手によって変えられたりすることはよくあります。つまり、その歌をより身近に引き寄せようとして歌詞を替えたり、新たな歌詞を加えたりするわけです。中には曲のタイトルだけで中の歌詞はほとんど違うというのもあります。
では、もう一曲ロバート・ジョンソンのスタンダード。クロスロード・ブルーズこれもエリック・クラプトンが歌っているのでそちらで知っている人の方が多いと思うし、カバーされる場合はほとんどクラプトン・ヴァージョンなんですが原曲のイメージはほとんどないと言ってよいと思います。この曲に関して伝承している感じはなく、僕はもう違う曲という捉え方をしています。
では、1936年のロバート・ジョンソンです
5.Cross Road Blues/Robert Johnson

放浪しながら歌っていたジョンソンが車に乗せてもらおうと路上でヒッチハイクするのだけど車が止まってくれない。やがて陽が沈んで真っ暗になってしまうのにみんな行き過ぎていく・・・というひとり旅をする不安と寂しさを歌ったブルーズです。
ギターのリズムの正確さと歌の合間に入れるオブリガードの多彩さ・・・やはりふたりいるように聴こえてしまう。ひとりなんですけど。ひとりで南部の砂埃舞う大きな道で夕暮れの中取り残されて行く悲しさを感じます。

2020.01.17 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その3

Flashin! / Little Richard(P-Vine 1905)

Flashin! / Little Richard(P-Vine 1905)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Pray Along With Little Richard (WAX TIME 772186 Vinyl)

Pray Along With Little Richard (WAX TIME 772186 Vinyl)

 

ON AIR LIST
1.Baby/Little Richard
2.Shake A Hand/Little Richard
3.Milky White Way/Little Richard
4.Ready Teddy/Little Richard
5.Jenny Jenny/Little Richard

今日はリトル・リチャードの特集の最後で黒人音楽の聖と俗について、リトル・リチャードのキャリアを通して話してみようと思います。
前々回も話したようにリトル・リチャードも多くの黒人R&Bシンガーと同じようにゴスペル音楽の出身です。幼い頃、彼のお爺さんが信仰の厚い教会の牧師さんだったらしいのですが、お父さんという人は結構のんだくれのグダグダの人だったようです。
つまり、身近に聖なる人間になろうとする祖父とのんだくれの俗っぽい父と別パターンのふたりがいたわけです。そして、前回も話したようにリチャードは早くから自分がゲイだと言う事に気づいて
ました。40年代にゲイであることは社会的にも信仰の上でも除け者扱いで彼の心の中は複雑だったと思います。そういうバックボーンを持ちながら皿洗いや怪しげな飲み屋などでいろんな仕事をしながら彼は音楽への夢を持って、与えられたステージや巡ってきたレコーディングで一生懸命やるのですがなかなか花開きません。リチャードが20代に入った頃の話です。彼はその頃、ビリー・ライトやロイ・ブラウンといった当時流行りのジャンプ・ブルーズを歌っているシンガーが好きでした。つまり、最初はブルーズ・シンガーになろうとしていたわけです。
まずその頃の曲を一曲聴いてみましょう。
1955年ブレイクする前に故郷アトランタでたぶんいろんなレコード会社にアプローチするデモ・テープとして録音されたものです。バックは当時の彼のバンド「アップセッターズ」
このテープを同じR&Bシンガーだったロイド・プライスがスペシャルティ・レコードに送ってみたらどうやと言ってくれたことで道が開けます。
1.Baby/Little Richard
歌の高音部に個性の片鱗がありますが、フツーのブルーズシンガー、R&Bシンガーという感じで曲もバックもまあフツーのよくある感じで強烈に印象に残るものではないです。
それでも、スペシャルティ・レコードのバンクス・ブラックウェルというプロデューサーはこの曲の中に彼の才能を見つけたわけです。
次の曲は僕もカバーしています。フツーのR&Bバラードでそんなにヒットしなかった曲ですが、聴いてもらうとわかるのはバック・ミュージシャンの演奏が素晴らしいのと、その演奏に後押しされるのかリチャードの歌も?溂としてます。
2.Shake A Hand/Little Richard
バンクス・ブラックウェルの名プロデュースで”Tutti Frutti”がヒットして以降、リチャードはヒット街道まっしぐらで名曲が量産されていきます。
しかし、成功して海外ツアーもたくさん始めた2年後の57年にオーストラリアのツアー最中飛行機が墜落しそうになり、それをきっかけに彼は「こういう世俗なR&なんか歌っているからこんな目に遭うんや」と、ロックンロールを止めて突然アラバマのバイブル・カレッジ(日本語でいうと聖書学校)で聖書とキリスト教の神学を勉強して彼は牧師さんになってしまいます。ソウル・シンガーでもブルーズシンガーでもそういウミュージシャンがいますが、ショービジネスの世界とそこで過ごす自分の自堕落な生活がイヤになるんですかね。それはたぶん小さい頃から教会に行ってやはり信仰というものが心に根を張っているからでしょう。
それで先日リトル・リチャードのその頃のゴスペル・アルバムを手に入れました。アナログレコードですが、今日持ってきたので一曲ご紹介します
アルバムタイトルが”Pray Along With Little Richard”「リトル・リチャードと一緒にお祈りしょう」聴いてもらうのはゴスペルのスタンダードで1947年にコールマン・ブラザーズというゴスペルカルテットがヒットさせたものでエルヴィス・プレスリーもカバーしています。
3.Milky White Way/Little Richard
いつものリトル・リチャードもいてある種の強烈さはあるんですが、あの快楽的な悪魔のような歌声ではないですね。

あの悪魔のようなR&Rはもう聴けないのかと思っていたら、その五年後1962年に彼は再びショービジネスの世界に戻ってきます。まさにビートルズをはじめストーンズ、アニマルズなどリトル・リチャードをカバーしてその基礎を築いたイギリスのロックバンドが世界的に売れ始めた頃です。ビートルズのステージでも共演したことがあったのですが、小さなヒットが少しあっただけで昔のようなビッグヒットはなく60年代後半になるとよくある「懐かしのロックンローラー」として活動することになります。70年代はじめにロックンロール・リバイバルのブームで再び脚光を浴びたのですが、いまから聴く50年代の強力なヒット曲はもう出ませんでした。
4.Ready Teddy/Little Richard

ところがまた70年代終わりに「やっぱり教会へ戻るわ」とショービジネスを去ります。ああこれでリトル・リチャードのR&Rももう聴けないかなと思ったら80年代半ばにまたショービジネスに帰ってきました。もうどうなってんのか、おっさん。
僕なんかは信仰がないのでよくわからないのですが、やはり信仰がある彼は何かあると教会に戻るというのが普通のことなんでしょうね。原点に戻るというか。そしかし、ロックン・ローラー、リトル・リチャードはショービジネスでやっぱりお金になるんですよ。すごい歌手ですから。その狭間で揺れ動く心もあると思います。
最後に1957年ロックンローラーとして昇りつめた頃のヒット曲で終わりたいと思います。喉がちぎれんばかりに歌ってます。
5.Jenny Jenny/Little Richard
ほとんどの人間はやはり聖と俗の間で揺れ動くんですが、幼少の頃から信仰のない僕のような人間はそういう意味で帰るところはないんですよね。だから中学の頃からロックやR&Bやブルーズ、ジャズを聴いてきたのは自分にとってはやはり音楽が宗教、音楽が信仰みたいになっています。
偉大なシンガー、リトル・リチャードを三回に渡ってON AIRしました。リトル・リチャードで暖かくなってください。

2020.01.10 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その2

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

ON AIR LIST
1.Kansas City/Little Richard
2.Rip It Up’/Little Richard
3.Send Me Some Lovin’/Little Richard
4.Lucille/Little Richard
5.Good Golly Miss Moly/Little Richard

リトル・リチャードが子供の頃、40年代はジャンプ・ブルーズが盛んで彼も当然その影響を受けて最初に好きになったのはビリー・ライトという歌手でした。髪の毛をリーゼント・スタイルにポマードでバッチリ固めるのもビリー・ライトのマネだったそうです。
ライトはアトランティックあたりで活躍していたパワーのあるブルーズ・シャウターで僕も好きなタイプの歌手。聴いてみるとリトル・リチャードが歌い方の影響を受けたのがなんとなくわかるし、バックのサウンドにリチャードがヒットを量産したニューオリンズ録音のテイストがちょっとあったりします。
今回、リトル・リチャードの特集をやるに当たって改めて聴いてみたらなんと僕は5曲も彼の曲をカバーしていて、次もその中のひとつ。
1959年のリリース、チャートではあまり上がらずリトル・リチャードのヒット曲とは言いがたいけれど、ビートルズがカバーしたので知っている方も多いと思います。実はブルーズにはもうひとつウィルバート・ハリソンという歌手の同名のKansas Cityがありそっちの方がヒットしたので有名ですが、曲自体はまったくと言ってよいほど違うものなので僕は違う曲として両方とも好きです。
1.Kansas City/Little Richard
この曲を僕は高校1年くらいにビートルズが”Beatles For Sale”というアルバムでカバーしているのを初めて聴きました。リード・ヴォーカルはポール。当時はもちろんこれがブルーズだとは知らなかった。Hey!Hey!Hey!Hey!というかけ声をレコードと一緒にやっているとなんか元気が出てくる気持ちになれたのを覚えてます。
そうなんですね、リトル・リチャードはなんかパワーをくれる。Hey!Hey!Hey!Hey!と一緒に叫んでるだけで楽しくなるんですね。

リトル・リチャードは性的にゲイだったので化粧をしたり、ステージ衣装もキラキラしたものを着たりしてました。最初はスーツだったのですが60年代終わりからはその傾向に拍車がかかり、でかい顔にヒゲも生えておっさん顔なのに化粧していて気持ち悪いなぁ・・・とその頃は思ってました。
リトル・リチャードのライヴ・アルバムというのがあるんですが、それを聴いてると一曲終わるたびに”Oh My Soul~”って言うんですが、その言い方もちょっとゲイっぽくって曲終わる度に笑ってました。
次の曲も僕、カバーしてます。もう一回数えてみるとLucille,Slippin’&Slidin’,The Girl Can’t Help It,Tutti Frutti,Kansas City,あとあまり有名でないShake A Handもしてるから次のRip It Up入れて7曲か・・好きなんです。
2.Rip It Up/Little Richard

リトル・リチャードというとアップテンポのダンス・ナンバーがすぐに頭に浮かびますが、次の曲はロッカ・バラードというか彼にしたらテンポの遅い曲ですが、あまりバラード、バラードしていない歌い方は粘着質でやっぱりワン&オンリー。

3.Send Me Some Lovin’/Little Richard
1957年次に聴いてもらうルシールのシングルB面がいまのSend Me Some Lovin、日本盤のタイトルが「愛しておくれ」
実はいまの曲、サム・クックもカバーしているのですが、やはりサムの方はハンサムな歌声でスマートです。でも、歌の素晴らしさはどちらも甲乙つけがたいので是非サム・クックと聴き比べてください。

次の曲は向こうの方から機関車がやってくるような曲やなぁといつも思います
この曲でも強烈なグルーヴを出しているドラムのアール・パーマーとニューオリンズのミュージシャンたちの素晴らしいバッキングがこの曲を支えて、その上でリチャードは爆発してます。
ルシールという名前の彼女が他の男のところに行ってしまった歌で、「朝起きたらルシールがおらへんねん、どこいったんやろ、友達に訊いてもみんな教えてくれへん。帰ってきてくれよ、ルシール」と頼んでいる歌なんですが、こんな激しい歌い方で帰ってくるかなぁ。
4.Lucille/Little Richard
このルシールはすごくたくさんカバーされていてAC/DCビートルズアニマルズヴァン・ヘイレンジョニー・ウィンターピーター&ゴードンクイーンディープ・パープルイアン・ギラン・バンドオーティス・レディングとまだまだあるんですが・・僕も歌ってます。
次の曲もいつか歌いたいと思ってます。CCRが「バイユー・カントリー」でカバーしてますが、ジョン・フォガティの歌も素晴らしいです。
「モリー、彼女は最高にええ女やよ。彼女といっしょに揺らし始めたらもう朝からずっと揺らし続けそればっかや。親父とお袋はモリーに気をつけた方がええよっていうけどそんなのムダや。」とまあ彼女とベッドインするのが最高というめっちゃ不良の歌ですわ。曲よし、歌よし、演奏よしの100点のロックンロール名曲です。1958年リリース。
5.Good Golly Miss Moly/Little Richard
圧倒的な歌唱で、ロックンロール好きな歌手ならいまでもみんな歌いたくなる曲やと思います。さっきのルシールの台風が去っていったのにまたモリー台風が来たみたいな感じになってしまいましたが。
本物であり核心を突いた彼の音楽は古くならない。やはり偉大な歌手です。

2020.01.03 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その1

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

 

ON AIR LIST
1.Tutti Frutti/Little Richard
2.Long Tall Sally/Little Richard
3.Slippin’&Slidin’/Little Richard
4.Keep A Knockin’/Little Richard
5.The Girl Can’t Help It/Little Richard

明けましておめでとうございます
新年最初は寒い冬に体も心も熱くなる熱狂ロックン・ロールのリトル・リチャード
50年代黒人の間ではR&Bと呼ばれていたものを白人たちがロックン・ロールと呼ぶようになり、そう呼ぶ方が白人にも売れるということで黒人たちもロックン・ロールと呼ぶようになったと言われてますが、実際リトル・リチャードを聴くと僕はやはりR&Bと感じます。白人が演奏していたロックン・ロールとは明らかにリチャードの歌唱が違い、バックの演奏のグルーヴ感も違います。リトル・リチャードと双璧のチャック・ベリーはまだR&Bテイストが薄く、彼の方がロックン・ロールと呼ぶのにふさわしい気がします。
リトル・リチャードの略歴を簡単に言うと、本名はリチャード・ウェイン・ペニマン、1936年の生まれで現在86才。現役は引退してますが存命です。
出身はジョージア州メイコンですが、このメイコンからは他にもジェイムズ・ブラウンとオーティス・レディングが生まれ育っています。オーティスが最初リトル・リチャードを目指していたのは有名な話です。
リトル・リチャードはお爺さんが教会の牧師だったこともあって音楽的なバックボーンはゴスペル。ブラザー・ジョー・メイという強力なゴスペル・シンガーが好きで将来はゴスペル・シンガーとしてやっていきたいと思っていたらしいんですが、10代になるとビリー・ライトというブルーズマンが好きになって方向がだんだんブルーズ、R&Bへと変っていったみたいです。
RCAとピーコックというレーベルで何曲かシングルも出したのですがヒットせず、50年代半ばスペシャルティ・レコードと契約。このスペシャルティのプロデューサーのバンプス・ブラックウェルがリトル・リチャードの特異な才能を見つけ売り出すことに成功。
まず1955年、23才のリトル・リチャードがスペシャルティ・レコードから初めてリリースしたR&R永遠の名曲です。

1.Tutti Frutti/Little Richard
歌の激しさは尋常ではなく、パワフルでアグレッシヴで耳が惹き付けられる素晴らしいものです。

僕は中学の頃からビートルズのファンだったのですが、次の曲のオリジナル・シンガーがリトル・リチャードだということなど知らなかったし、当時は興味なんかゼロでした。10代終わりくらいにブルーズから黒人音楽を聴き進むうちにリトル・リチャードの歌に出会う訳です。初めてリチャードの歌を聴いたときに真っ先に想い出したのは、やはりビートルズであり、リチャードをカバーして歌っていたポール・マッカートニーのことでした。ポールはいろんな音楽テイストを持った人ですが、R&Rに関してはこのリトル・リチャードの影響が最も強いと思います。
そして、リトル・リチャードのカバーを本人に負けないくらいのパワーで歌える白人シンガーはボールとCCRのジョン・フォガティ、このふたりだと思います。
次の曲、日本語のタイトルは「のっぽのサリー」
2.Long Tall Sally/Little Richard
リトル・リチャードやチャック・ベリーがR&Rの嵐のブームを起こした50年代半ば、このR&Rという音楽が黒人だけでなく白人の若者を取り込んだところが凄いです。当時は黒人の音楽と白人の音楽はヒット・チャートも黒人の方はR&Bチャート、白人の方はポップ・チャートと別れていました。その白人のチャートにリトル・リチャードやチャック・ベリーの黒人音楽が入り始めていく時代です。そして、白人のミュージシャンが黒人音楽のカバーをやりはじめ、最初のTutti Fruttiも白人のポップ歌手パット・ブーンがカバーしてパット・ブーンの方がポップチャートでは上位に入ってます。パット・ブーンのカバーを聴いてみましたが、僕にはR&Rを感じさせないつまらない歌でした。
次の曲はビートルズのジョン・レノンが1975年のソロ・アルバム”Rockn’ Roll”で録音しています。この曲もいまはロックのスタンダードの曲のひとつになってます。
3.Slippin’&Slidin’/Little Richard
1955年から56年あたりのリトル・リチャードの録音はニューオリンズのJ&Mスタジオ(通称コジモ・スタジオ)で行われました。そこには先ほども名前を出したドラムのアール・パーマーはじめ、サックスのリー・アレン、アルヴィン・レッド・タイラー、ベースのフランク・フィールズ、ギターのジャスティン・アダムズほか優秀なスタジオ・ミュージシャンが揃っていました。彼らがいたからこそできた名曲の数々だとも言えます。やはりリトル・リチャードの強力なパワーを受け止めるにはそれに相当するパワーのミュージシャンが必要なことが次の曲でもわかる。

2分13秒で終わる名曲です。
4.Keep A Knockin’/Little Richard
パンク・ロックみたいな曲だといつも思うのですが、ロックという音楽を凝縮してエッセンスを絞りだすといまのKeep A Knockin’になるのではないかと思います。この曲だけではなくリトル・リチャードはロックの核心、つまりいちばん大切なところを知っていてそれを最大限のパワーで、最高にカッコよく歌い、演奏した人だと思います。彼の作ったその核心がビートルズやイギリスのロック・ミュージシャンへ、そしてハード・ロックからヘヴィ・メタルやパンクロックへ繋がって受け継がれている感じがします。
去年、自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」がリリースしたアルバム”Blues Before Sunrise”はドラマーのアール・パーマーのトリビュートのような意味もあったのですが、そのアール・パーマーがリチャードの多くの曲で素晴らしいビートを残してます。次の曲の”The Girl Can’t Help It”も聴いているより演奏してみると遥かに難しいことがわかりました。リズムが4ビート・シャッフルと8ビートが合わさったようなグルーヴで、歌いながらギターを弾くのはかなり難しかったです。
5.The Girl Can’t Help It/Little Richard

実はリトル・リチャードは性的にゲイでした。黒人として生まれしかもゲイであることは昔のアメリカで二重の嫌がらせを受けるようなものでした。彼がどんな人生を歩んでワン&オンリーな歌手になったのか詳しくはわかりませんが、いつもどの曲も120%の力を出して歌う彼のR&Rにとても切ないものを感じるときがあります。そして、それは多くの人がその歌声を聴くだけでウキウキしと幸せになり、パワーを得られるような歌になっていて素晴らしいです。
来週は今日聴いたようなR&Rでブレイクする前、ブルーズを歌っていた頃のリチャードの話もしたいと思います。

2019.12.27 ON AIR

今年最後のON AIRは賑やかにニューオリンズのキング・オブ・パーティソング 、ヒューイ・ピアノ・スミスをレコードで!

Rock&Roll Revival/Huey “Piano” Smith (ACE 2021)
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ON AIR LIST
1.Don’t You Just Know It/Bobby Marchan And The Clowns(A-1)
2.High Blood Pressure/Bobby Marchan And The Clowns(A-3)
3.Rockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu/The Clowns(B-1)
4.Sea Cruise/Huey Piano Smith And Geri Hall(B-6)
5.Having A Good Time/Bobby Marchan And The Clowns(A-2)

今年もこの番組を聴いていただきありがとうございました。
今年は自分のバンド、ブルーズ・ザ・ブッチャーで新しいアルバム”Blues Before Sunrise”をリリースし、リリース全国ツアーも無事終わりました。
この番組は10月で13年目に突入しました。日本で唯一のブルーズ・ラジオ番組として、ブルーズとそのまわりのいい音楽、他のラジオ局がON AIRしない、ここでしか聴けないいい音楽をまた来年もON AIRします!
それでこの季節、みなさんも忘年会とかパーティも多いと思いますが、今年最後のON AIRはニューオリンズのパーティソングの王様、ヒューイ・ピアノ・スミスのアナログレコードで賑やかに終わりたいと思います。
まずはついついコーラスしたくなるこの曲から
1.Don’t You Just Know It/Bobby Marchan And The Clowns
ヒューイ・ピアノ・スミスは50年代のはじめにアール・キング、スマイリー・ルイス、ギター・スリム、ロイド・プライスといったニューオリンズの名だたるシンガーたちのバックでピアノを弾いていました。50年代半ばになって自分のバンドを作ろうとなったのですが、彼はピアニストで歌があまり旨くなかったのでバンドに歌手を入れて自分の曲を歌わせるというスタイルになりました。その最初のバンド、ザ・クラウンズにヴォーカリストで入ったのがボビー・マーシャン。
いまのも演奏者のクレジットがBobby Marchan And The Clownsになっていますが、Huey Piano Smith And The Clownsになっているものもあります。
いまのは1958年にポップ・チャートのトップ10に入り、R&Bチャートではトップ5まで上がる大ヒットでした。
当時は白人のラジオ局と黒人のラジオ局とON AIRされる曲が違ってたんですが、いまのDon’t You Just Know Itは白人黒人両方のラジオ局で流れたというめちゃウケの曲やったわけです。いま聴いてもこれは売れると思います。
それで実はいまの曲のシングルのもう片面の曲もヒットしまして、シングル両面ヒットということになりました。その曲が次のこれ!

2.High Blood Pressure/Bobby Marchan And The Clowns
歌はさっきと同じボビー・マーシャンですが、途中のヒューイさんのピアノ・ソロもグルーヴしていて素晴らしい。
最初のDon’t You Just Know ItはR&Rのテイストでしたが、いまのHigh Blood Pressureはいかにもニューオリンズ・リズム&ブルーズという曲で好きです。
今日聴いてもらってるアルバムは”Huey Piano Smith’s Rock&Roll Revival!”というタイトルでミシシッピー・ジャクソンにあったACEレコードがブームが去った60年代中頃にヒット曲をコンピレーションしてリリースしたものです。
ヒューイ・ピアノ・スミスがクラウンズを結成して最初にヒットした曲がこの番組でも何度かON AIRしてますが、「ロッキンニューモニア・アンド・ブギウギフリュ」
「オレはロックする肺炎とブギする風邪にかかってしまった」というめちゃくちゃな歌ですが、要するに音楽でハイになってるということでしょう。
3.Rockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu/The Clowns

ヒューイ・スミスが所属したエースレコードの社長のジョニー・ヴィンセントがひどい奴で、ヒューイ・スミスが録音した次の歌のテイクに白人のティーンエイジャーだったフランキー・フォードというシンガーの歌をかぶせて無断で発売するという・・・いまなら考えられませんが。まあ、黒人がヒットさせた曲を白人シンガーに歌わせてもっとヒットさせるというやり方はよくありますが(黒人のビッグママが歌ったHound Dogをプレスリーに歌わせるというような)、でも同じテイクの上に違うヴォーカリストかぶせてしまうというのは、ヒューイ・スミスもめちゃ気分悪いです。そんなことがあって社長のヴィンセントとはうまくいかなくなるんですが、嫌なことがあっても彼の信条は「くよくよしない」やったそうで、明るい歌をたくさんつくりました。
これまたすごく印象に残るいい曲でヴォーカルはヒューイ・スミス(おっさん、歌えるやん!)とゲリー・ホールのデュオです
4.Sea Cruise/Huey Piano Smith And Geri Hall
ヒューイ・ピアノ・スミスが活躍した50年代のニューオリンズはR&Bの全盛期で、リトル・リチャードやファッツ・ドミノなどを筆頭にヒューイ・ピアノ・スミス、ロイド・プライス、ギター・スリム、アール・キングなど個性的で才能のあるミュージシャンが次次に出て、録音するスタジオのミュージシャンもこのアルバムにも入っているドラムのアール・パーマー、ベースのフランク・フィールズはじめピアノのアレン・トゥーサン、ジェイムズ・ブーカー、ギターのドクター・ジョン、サックスのリー・アレン、アルヴィン・タイラーなど素晴らしいミュージシャンが揃っていました。本当にいい時代だったと思います。
5.Having A Good Time/Bobby Marchan And The Clowns

今年も大きな病気もなくアルバムを作り、ツアーとライヴをたくさんできて幸せな1年でした。年を重ねてくるともう大きな望みはなく元気でいつまでも自分の音楽をやれていい音楽を聴けたら、それでもういいかなと最近思います。そして、この番組を続けられれば最高です。いい年末年始をお過ごしください。Hey! Hey! The Blues Is Alright!