2021.07.30.ON AIR

ブルーズ・スタンダード vol.33 戦前シティ・ブルーズ
「ギターの魔術師」と呼ばれ名ソングライターでもあった
タンパ・レッドの名曲

“The Guitar Wizard”/ Tampa Red (Sony SRCS 7393)

The Guitar Wizard 1935-1953 / Tampa Red (Blues Classics 25)

ON AIR LIST
1.It’s Tight Like That/Tampa Red And Georgia Tom
2.Black Angel Blues/Tampa Red
3.It Hurts Me Too/Tampa Red
4.Crying won’t help you/Tampa Red
5.Things ‘Bout Comin’ My Way / Tampa Red

久しぶりのブルーズ・スタンダード曲集です。このシリーズではブルーズの歴史の中で重要な曲、これからも聴き継がれ歌い継がれていくだろうブルーズの名曲を紹介しています。
今回はタンパ・レッド。本名はハドスン・ウッドブリッジ。フロリダ州のタンパという街で育って30歳くらいになってシカゴへ移住した時に「タンパから来た奴」ということでタンパ・レッドとなりました。考えて見れば安易なあだ名、芸名ですが、こういう地名をあだ名や芸名につけるのが多くて、テキサス・アレキサンダー、メンフィス・スリム、メンフィス・ミニーとか色々あります。
そのシカゴでタンパ・レッドが知り合ったのがこれまたジョージア・トム。冗談ではなくもちろんジョージア州出身です。
このタンパ・レッドとジョージア・トムのコンビで1928年に録音した”It’s Tight Like That”が大ヒットになりまして、2人は4年間くらいに80曲以上を録音し人気者になりました。ちなみにジョージア・トムさんはその後トーマス・ドーシーという名前を変えてゴスペルの世界に転身して有名な”Precious Lord”を作りました。ゴスペルでもブルーズでも後世に残る曲を作ったすごい人ですが、その”It’s Tight Like That”という曲がホウカム・ブルーズと呼ばれるちょっとエッチな、コミカルな猥褻な歌で、みんな面白がってすごく流行りました。
そういう人がゴスペル界に行って「神様、私の手をとって光の元へ私を導いてください」と作って歌うわけですから・・・聖と俗・・ゴスペルとブルーズがアフリカン・アメリカンの日常でいかに密接に成り立っていいるかがわかります。
さて、そのIt’s Tight Like ThatですがTightは「ぴったり」とか「きつい」とか「ぎゅっとしてる」という意味ですが、It’s Tight Like Thatですから「そんな風にきつい」とか「そんな風にギュとぴったり」とかいうことで、まあはっきりいうとセックスそのもののことです。「朝起きたら彼女と一つ枕で寝ていた。あれはぎゅっとぴったりで良かったぜ」動物の例えを歌ったりして露骨な感じをなるべく避けておもしろ可笑しく歌っているのですが、4番目の歌詞に「オヤジとオフクロが地下室で何やってるかって・・そんなん言えへんよ」と出てきます。
1.It’s Tight Like That/Tampa Red And Georgia Tom
こういうセックスをコミカルなネタにしたヒット曲って日本にはないんですね。未だに国民性でしょうか。こういう歌を女性も男性もニヤニヤ笑って聞くわけです。こういうのをホウカム・ブルースといい20年代後半から30年代に流行りました。

1920年代といえばベッシー・スミスなど女性ブルーズ・シンガーの男にひどい目に遭う切ない辛いブルーズやチャーリー・パットンなど南部の土着的なブルーズが流行ったのですが、一方で都会ではこういう洒落た歌が流行っていたわけです。
でも30年代半ばにはもうこういうホウカム・ブルースは流行らなくなるのですが、元々ギターにも曲作りにも実力のあるタンパは次の流行に乗ってシカゴで生き残っていきます。
次の”Black Angel Blues”はこの前に特集したロバート・ナイトホークの”Sweet Black Angel”の元歌です。そしてB.B.キングの大ヒット曲”Sweet Little Angel”の元歌でもあります。先ほどの”It’s Tight Like That”とまるで曲調の違う戦前シカゴ・ブルーズという感じです。
「俺には可愛い黒い天使がいるんだ。翼を広げた彼女の姿を見るのが好きでね。俺の上で翼を広げてくれた時にはもう最高よ」という内容です。タンパのスライド・ギターにも注意して聞いてください。1934年録音
2.Black Angel Blues/Tampa Red
一曲目の”It’s Tight Like That”と同じブルーズマンと思えないほどストレートなリアル・ブルーズです。弾き語りでしたが、南部のサン・ハウスあたりの激しいスライド・ギターとは違う澄んだ音色の繊細な演奏です。こういうスライドに憧れ影響を受けたのが少し前にこの番組で特集したロバート・ナイトホーク、そしてアール・フッカーというスライドギターの名手たちです。その元祖がこのタンパ・レッドです。

スライド・ギターといえば、エルモア・ジェイムズにも大きな影響を与えた人で、次の曲もブルーズを好きな人たちの間ではエルモア・ジェイムズのカバーの方が有名になっていますが、本家はこのタンパ・レッドです。
”好きな彼女が他の男と付き合っているのですが、その男がひどい男で彼女は辛い目に遭っていて、そういう傷つけられている彼女を見るとオレの心も傷付く”という歌詞です。
1949年の録音です。
3.It Hurts Me Too/Tampa Red
いい曲ですよね。いい歌詞です。

いろんな資料を読むとタンパ・レッドは「いつも銀行員みたいにしっかりした格好をしていた」という話が残っています。確かに写真を見るとちゃんとネクタイをしてジャケットを着ているものが多いのですが、音楽的にも整合性のあるしっかりした構成と歌詞のブルーズを残しています。
もう一曲、今回のブルーズ・スタンダード曲として挙げておきたいのが、B.B.キングやナイトホークがカバーした次の曲です。
「何を言っても、何をやっても、お前が俺にしたことは返ってくる。泣いても無駄だよ。泣いても無駄。お前はずっと俺にひどいことをしてきたんやから」
この「Crying won’t help you / 泣いても無駄」という英語の表現がぼくは好きです。
4.Crying won’t help you/Tampa Red

最後にですね、ブルーズ・スタンダードではないのですが、彼の得意技でもある素晴らしいスライドギターのインスト曲を聴いてください。
5.Things ‘Bout Comin’ My Way / Tampa Red

20,30,40年代までは録音の機会もあったのですが、50年代になると次第に名前が聞かれなくなりました。でも、彼の作った曲と彼のギター奏法はいろんなブルーズマンに受け継がれて今日に至っています。
晩年愛する奥さんが亡くなってから元気がなくなり、認知症にもなっていたようで最後は施設でさみしく亡くなっています。悲しいことですが、こんなに立派なミュージシャンなのに彼自身のお墓はなく共同墓地に埋葬されているようです。1981年 77歳でした。
今回はギターの名手でもありブルーズのソングライターとしても名を残したタンパ・レッドのブルーズ・スタンダード名曲を聴きました。

2021.07.23 ON AIR

日本で唯一のブルースとソウルとゴスペルの専門誌「ブルーズ&ソウル・レコーズ」を紹介

ON AIR LIST
1.You’ve Got My Mind Messed Up / James Carr
2.It’s Wonderful To Be In Love / The Ovations
3.Deep Moaning Blues / Ma Rainey
4.Moonshine Blues / Bessie Smith

現在、私がエッセイを寄稿している音楽雑誌「ブルース&ソウル・レコーズ」を皆さんはご存知でしょうか。一年ほど前から”Fool’s Paradise”という連載を書かせてもらってます。私の連載はさておき今日はこの「ブルース&ソウル・レコーズ」という雑誌の紹介をしたいと思います。

「ブルース&ソウル・レコーズ」誌は隔月の発行でその時々のブルーズやソウルに関連した特集やライターの皆さんのエッセイや興味深い連載や、新譜紹介、日本のバンドの紹介、外タレの来日情報など盛りだくさんの雑誌です。コアなコーナーもありますが、私のエッセイ「Fool’s Paradise」などは全くコア感はなく、自分の音楽体験を元に普通のエッセイとして読めるものを目指しています。

この雑誌には毎回、その時の特集にちなんだCDが付録でついています。いちばん新しい160号はメンフィス・ソウルの特集なので、それに関連したゴールドワックスというメンフィスのレーベルに残された音源がついています。

そこからまず一曲聞いてみますか。

君は俺の心をかき乱すという歌です。夜は眠れないし食事も喉が通らない、彼女のためならいちばん高い山でも登るしいちばん深い海でも泳ぐ・・・まあ、何でもするよと。歌ってるのはゴールドワックス・レコードの代表的なソウル・シンガー、ジェイムズ・カー

1.You’ve Got My Mind Messed Up / James Carr

R&Bチャートの7位まで上がった曲です。

もう一曲続けて聞いて見ましょうか。やはり同じゴールドワックスに所属していたソウル・コーラスグループです。すごく有名なシンガーに声が似ているのですが・・・三人編成のコーラスでリードを取っているのはルイス・ウィリアムズです。

君に恋するのは天国のように素晴らしく素敵なことだというめちゃ甘いラヴソング。

2.It’s Wonderful To Be In Love / The Ovations

サム・クックにそっくりなルイス・ウィリアムズ。サム・クックのフォロワーや影響を受けた歌手はゴマンといるのですがそっくりなのはこのルイスさんがだんとつです。

こういう音源のCDが付いていてそれを聴きながら特集記事を読むとあまり知らない音楽のことでも少しずつ身近に感じてきます。

この「ブルース&ソウル・レコーズ」誌は前身の「ブラック・ミュージック・レビュー」そしてそのまた前身の「ザ・ブルーズ」という時代から僕はずっと読んでいます。

最初の「ザ・ブルース」が創刊されたのは1970年。もう50年以上前になります。

創刊したのは音楽評論家の日暮泰文さん。直接日暮さんに創刊の動機などを聞いたことはないのですが、1970年当時まだまだブルーズという音楽が日本で正しく認知されていない中、日本人にちゃんとブルーズを知ってもらいたいという気持ちだったと思います。日暮さんはその前60年代後半に同じ音楽評論家の鈴木啓志さんとブルーズ愛好会を作っていてその機関紙の延長が「ザ・ブルース」の創刊になったと思います。それはちょうど僕がブルーズに興味を持ち始め、歌い始めた頃だったのでブルーズのいろんな知識を得たくて「ザ・ブルース」を毎号隈なく読んでいました。

最初はほとんどブルーズだけをとりあげていたのですが、次第にブルーズと関連のあるゴスペルやソウル、ファンクなども取り上げるようになっていったのですが、そのあたりで「ブラック・ミュージック・レビュー」という名前になり、その後今の「ブルーズ&ソウル・レコーズ」へ名前が変わりました。

ブルーズ・ロックの特集やギターの特集もあり、戦前の古いブルーズの特集もあり前々号でとりあげられていたのが、最近ネットフリックスで公開された映画「マ・レイニーのブラックボトム」に連動したクラシック・ブルースの女性シンガー、マ・レイニーの特集でした。

そういう遠い昔の歴史的なブルーズというのはなかなか接する機会がないと思いますが、この「ブルーズ&ソウル・レコーズ」の特集記事を読んで、付録CDを聴くとクラシック・ブルーズへのすごくいい手引きとなります。CDの一つ一つの曲にも解説が書いてあります。1928年録音

3.Deep Moaning Blues / Ma Rainey     

この号の付録CDにはマ・レイニーと同時代のベッシー・スミスの歌と比較して聴く為にベッシーの歌も入ってます。

曲は「ムーン・シャイン」日本でも昔「どぶろく」と呼ばれるような密造酒がありましたが、次の歌はアメリカの黒人たちが隠れて作っていた密造酒のことで「ムーン・シャイン」と言います。警察に見つからないように月の明かりだけを頼りに酒を隠してある場所へ行ったことから「月の輝き」ムーン・シャインとよばれました。ムーン・シャインって少しロマンティックに聞こえるのであま~い曲かと思ったら密造酒でした。

1924年録音

4.Moonshine Blues / Bessie Smith

こういうCDが本についていてその解説もあるというのはすごくその音楽を理解するのにいいと思います。

自分が知らない音楽に出会うきっかけというのは、なかなか自分だけでは限界があります。そこでこういう「ブルーズ&ソウル・レコーズ」誌のような本があると親しみやすくなります。

毎号読んでいると自然とブルーズやソウル、ファンク、ゴスペルの知識が自然と増えてまた新しい音楽に興味が湧くと思います。

今日は日本で唯一のブルースとソウルとゴスペルの専門誌「ブルーズ&ソウル・レコーズ」の話をしました。ぼくのエッセイもよろしく。

ブルーズ&ソウル・レコーズ→https://bsrmag.com

2021.07.16 ON AIR

ブルーズ・ギターの職人たち 
メンフィスから世界へギター一本で名を馳せた男、マット・マーフィ

Matt”Guitar”Murphy In Session from memphis to chicago 1952-61(Jasmine JASMCD3178)

ON AIR LIST
1.Matt’s Boogie/Matt Murphy
2.Mother Earth/Memphis Slim & His Band(guitar:Matt Murphy)
3.Jamboree Jump/Memphis Slim With Matthew Murphy
4.So Many Roads So Many Trains/Otis Rush(rhythm guitar:Matt Murphy)

どんな職業にも職人技を持っている、名人と呼ばれる人がいます。今日はその職人技のブルーズ・ギターを聞かせてくれるギタリストのマット・マーフィー。彼が1952年から61年の約10年間に参加した音源をまとめたアルバム(Matt”Guitar”Murphy In Session from memphis to chicago 1952-61(Jasmine )がリリースされたので今回はそれで彼の見事なギターを聴いてみたいと思います。
私が最初にマット・マーフィのギターに感銘を受けたのは、60年代ブルーズマンたちがヨーロッパで開催された「アメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティバル」のコンサートで集ったライヴ盤に残されたこのブギの曲です。
安定したリズムで見事なビッキングのギターを聞かせてくれます。
1.Matt’s Boogie/Matt Murphy
ピアノ・メンフィス・スリム、ベースがウィリー・ディクソン、ドラムがビル・ステップニー、そしてギターがマット・マーフィ、1960年代前半シカゴ・ブルーズ一流のメンバーです。
マット・マーフィはミシシッピの生まれですが子供の頃にメンフィスに移住します。その子供の頃からお兄さんと一緒にギターを弾いていました。メンフィスで最初にお兄さんがジュニア・パーカーの”Mystery Train”の録音に参加してプロ入りし、マットはハウリン・ウルフのバンドに入ります。ここでウルフからブルーズの歌のバッキングについて教えられたとマットは言ってます。そのあと1952年にピアニストのメンフィス・スリムのバンド「ハウス・ロッカーズ」に参加します。ここからメンフィス・スリムの相棒ギタリストとしてスリムの録音とライヴにたくさん参加しています。余程相性が良かったのかかなり長い間ライヴも録音も共にしています。
マットのギターが曲全体にいいムードを作っているのがわかると思います。
「欲しいものをなんでも買えるたくさんの金を持っていても、どんなに偉くても、どんなに価値があっても、結局最後には大地(Mother Earth)に戻らなきゃいけないからな」
2.Mother Earth/Memphis Slim & His Band(guitar:Matt Murphy)
ピアニストのメンフィス・スリムは元々自分のバンドにギタリストを入れない人だったそうです。つまりギタリストが好きやなかったんですね。わかりますよ、ギタリストによっては音がでかくてこれ見よがしにやたら弾きまくるギタリストもいますから・・。ピアノはステージでアンプで音を大きくすることもできないし、無神経なギタリストだとピアノが聞こえなくなります。嫌になる気持ちはわかります。1952年にスリムのバンドに入り63年にスリムがフランスのパリに移住してしまうまで約10年間二人のコラボは続きました。マットが弾くソロや歌の合間のオブリガードなどはスリムの歌とピアノにうまく対応していて二人のコンビネーションは抜群でした。
次の曲はマットとスリムのデュオの録音で、ロックン&ロール・テイストですが二人の絶妙な音のやり取りを聞くことができます。
3.Jamboree Jump/Memphis Slim With Matthew Murphy
最高のグルーヴです

マット・マーフィだけでなくジミー・ロジャース、ロバート・Jr.ロックウッド、エディ・テイラーと言ったブルーズのスタジオ・ミュージシャン的なギタリストはソロとか歌の合間に入れるオブリガードが上手いということだけではなく、その曲のグルーヴ感を作るリズム・ギターがしっかりできる人たちです。それがまず基本です。
次のオーティス・ラッシュの代表的な曲のバックでザク・ザク・ザク・ザクというリズム・ギターで曲のグルーヴを作っているのがマット・マーフィ。素晴らしいソロとオブリガードはオーティス・ラッシュですが、バックのマットのリズム・ギターに今日は注意して聴いてみてください。
4.So Many Roads So Many Trains/Otis Rush(rhythm guitar:Matt Murphy)
イントロから突き刺すようなソリッドなラッシュのギターを受けて、最後までずっしりとしたリズムを繰り出しているマットのリズムが素晴らしいです。この曲の肝はこのマットのリズムギターにあります。

70年代に入ると、74年にブッダ・レコードからジェイムズ・コットン・バンドの名盤「100%コットン」に参加。
このアルバムでマット・マーフィはアレンジを担当して実質的なバンド・リーダーの役割を果たしています。面白いことに彼のギター・ソロらしいソロはありません。しかし、このアルバムはマットなくしてはできなかったアルバムで彼の卓越したリズムギターが随所で聞かれます。

マットが亡くなったのは2018年でした。

マットのようなギター名人でも最初からすごくギターが上手かった訳ではなく、20代の最初にミシシッピからメンフィスに出てきた時はまだまだの腕前だったようです。それでもなんかとかハウリン・ウルフのバンドに入ったり、ジュニア・パーカーの録音に呼ばれたりして次第にのし上がっていきます。T.ボーン・ウォーカーやジャズ・ギターのモダンな奏法の影響を受けてますが、ブルーズのアーシーな部分も持っているところがいいですね。
80年代にはブルーズ・ブラザーズに参加して映画でご覧になった方も多いと思います。
ギター一本で世界に知られたブルーズマン、マット・マーフィでした。

2021.07.09 ONAIR

最近リリースされたお薦めのモダン・ゴスペル・アルバム

The Gospel Truth/The Complete Singles Collection (Stax/Craft Records )

ON AIR LIST
1.Just My Imagination (Just My Salvation)/Rance Allen Group
2.Don’t Let The Green Grass Fool You (Don’t Let The Devil Fool You)/Reverend W. Bernard Avant Jr. & The St. James Gospel Choir
3.Who Is Supposed To Be Raising Who/21st Century
4.That Will Be Good Enough For Me/Rance Allen Group

ゴスペルはブルーズと並んでブラック・ミュージックのルーツのひとつだということは知っていてもどこから入っていいかわからないとか、何を聞いたらいいのかわからないという人も多いと思います。
今日紹介するのはファンクやソウルとほぼ同じ感覚で聴くことができる70年代のモダン・ゴスペルのコピレーション・アルバムです。リリースのレコード会社は60年代から70年代にソウル・ミュージックの名曲をたくさんリリースしたスタックス・レコードのゴスペル・レーベル「the Gospel Truth」 
スタックス・レコードのゴスペルというだけでちょっと興味が持てる人もいると思います。しかも70年代のゴスペルですから当然当時流行りのサウンドやビートの影響を受けています。もちろんトラッドなゴスペルを歌っている人やグループもいるわけですが、流行りのサウンドやビートを取り入れるというのもゴスペルを古い音楽にしたくないという人たちの考えだと思います。
最初に聞いてもらう「ランス・アレン・グループ」の曲はソウル・コーラス・グルーブ「テンプテーションズ」の1971年R&Bチャートトップに輝いた”Just My Imagination”の歌詞だけを変えたものでImagination をJust My Salvationと変えたものです。 salvationというのはキリスト教の罪を犯したことから魂を救う、救済するという意味です。
原曲のJust My Imaginationは毎日窓から好きな女性が通り過ぎるのを見ていた。そしてその娘と付き合うことになったなんて俺は幸せなんだ・・と、でもそれは自分の想像だったのさ、つまりJust my imagination・・・という内容なのですが、それをランス・アレンが「今朝目覚めて新しい朝を神様に感謝する。窓から朝日を見る美しい太陽、それ(神様の愛)は私の燃える魂を救ってくれる。夜にひざまづいて私は神さまに祈る 私からあなたの愛を奪わないでください。神様に感謝します」と書き換えた歌です。
1.Just My Imagination (Just My Salvation)/Rance Allen Group
ランス・アレンの歌は強力でいつも全開、全力みたいな人で聴くこっちもパワーがいるんですが、すばらしいゴスペル・シンガーです。
昔、ロスで観たコンサートで何人か出演した中の1人が彼だったのですが、パワフルでハイテンションで歌がなかなか終わらなかったのを覚えています。お客さんも総立ちで凄かったです。
次もソウルのウィルソン・ピケットが歌った曲の歌詞を変えたものですが、元々の歌は「長い時間付き合って2人で築いて来たものを捨てて他の男に行ってしまおうとする彼女に青い芝生に騙されたらあかんよ。心変わりしたらあかんよ」と。それを悪魔に騙されたらあかんよと書き換えた歌です。歌っている人とグループ名がめちゃ長いです。
2.Don’t Let The Green Grass Fool You (Don’t Let The Devil Fool You)/Reverend W. Bernard Avant Jr. & The St. James Gospel Choir
今の二曲のような馴染みやすい曲からゴスペルを聞いて行くのもいいかと思います。
ゴスペルは昔からブルーズやR&Bの影響も受けているし、ブルースもゴスペルの影響を受けています。結局黒人音楽はブルーズもジャズもソウルもファンクもゴスペルもリンクしているので、ゴスペルもその時代に流行っている音楽の影響を受けるのは普通のことです。
次の曲は70年代のファンク・ミュージックの影響をもろに受けているような曲でこれがゴスペル?と言いたくなるくらいファンクな曲です。
3.Who Is Supposed To Be Raising Who/21st Century

最後にもう一曲ランス・アレン・グループです。
「私は春や秋のパリに行ったことがない。タジ・マハールのインドにも、ウインタースボーツをしにスイスにもカーニバルやマルディ・グラがあるニューオリンズにも霧の日のロンドンにも行ったことがない。私はもし天国に行けたならそれで充分満足なのだ。天国が私の行きたいところなのです」
4.That Will Be Good Enough For Me/Rance Allen Group

僕はアメリカで日曜の朝に黒人教会へ何度か行ったことがあります。もちろんキリスト教の信者ではないので教会の後の方で見学させてもらっている感じです。みんなちゃんとスーツを着て女性もジャケットを着用するようなフォーマルな装いで来ます。やはり遊びではなく教会の神様の前にいくわけですから。僕もジャケットをちゃんと着て行きました。
神父さんの話があって、信徒の人が自分の間違った行いを懺悔するというようなこともあり、それについてまた神父さんが話されるのですがそれがもう歌を歌っているような話し方でした。そして神父さんの話が盛り上がっていくとクワイアの歌が始まります。だから教会には歌だけ、音楽だけがあるのではなく神父さんの話や、集まった人たちのコミュニティの話もあるわけです。その中の音楽がゴスペルというわけです。
ぜひ、皆さんもブルーズと同じように奥深いゴスペルの世界に入ってみてください。
今回は最近リリースされたお薦めのモダン・ゴスペル・アルバム The Gospel Truth/The Complete Singles Collectionを聞きました。

2021.07.02 ON AIR

今夜はリクエストにお応えしてロバート・ナイトホーク

Sweet Black Angel/Robert Nighthawk (ROOTS RTS 33056)

ON AIR LIST
1.Black Angel Blues(Sweet Black Angel)/Robert Nighthawk
2.Anna Lee Blues/Robert Nighthawk
3.Handsome Lover/Robert Nighthawk(vo.Ethel Mae)
4.Jackson Town Gal/Robert Nighthawk
5.Someday/Robert Nighthawk

今日はリスナー石尾さんという方からリクエストをいただいたロバート・ナイトホークを聞きます。石尾さん、お待たせしました。
ロバート・ナイトホークはB.B.キングのようなすごく有名なブルーズマンではないのですが、とても味のある塩昆布みたいなブルーズマンです。
そのB.B.キングの大ヒット曲”Sweet Little Angel”の元歌、原曲はこのナイトホークのSweet Black Angelという曲でもっと遡るとタンパ・レッドにたどり着きます。スライド・ギターの上手さでも有名なブルーズマンです。
リクエストされた石尾さんからナイトホークに影響を与えたとスライド・ギターは誰でしょうかという質問も受けているのですが、スライドギターの名人、タンパ・レッドの影響も受けていると思いますが、最初にギターの手ほどきを受けた従兄弟のヒューストン・スタックハウスというブルーズマンからの影響が方が大きかったと思います。
ナイトホークはスタックハウスともう一人トミー・ジョンソンという偉大な南部のブルーズマンの影響も受けています。トミー・ジョンソンはチャーリー・パットンやサン・ハウスと並ぶミシシッピー・ブルーズの偉人で「Big Road Blues」「Canned Heat Blues」などブルーズ史上に名作を残しています。
つまり、ロバート・ナイトホークはトミー・ジョンソンやヒューストン・スタックハウスの南部の泥臭いブルーズに、当時の都会的なタンパ・レッドの洗練された要素も持ったブルーズということができます。
ではナイトホークの有名曲Black Angel Blues別名Sweet Black Angel
「俺には可愛い黒い天使がいるんだ。彼女が羽根を広げているのが好きなんだ。俺の上で羽根をひろげてくれる時なんかもう最高よ。彼女に5セントをおねだりすると10ドルもくれるんや。しかもウィスキーが飲みたいと言うたら瓶ごと買ってくれるんやで」
1.Black Angel Blues(Sweet Black Angel)/Robert Nighthawk
綺麗なスライド・ギターの音色の演奏は絶品です。そして体で響いているようないい声で落ち着いた淡々とした歌いっぷりです。

彼の声質もあると思うのですが全体的にややダークな曲調が多く、今のようなミディアム・テンポのものが多いのですが次もそうです。
アンナ・リーという女性に惚れた歌ですが、彼女がなかなか自分だけの女性にはなってくれない、困ったことに夜遊びする女性なんです。これが最後の通告だなんていうてますがなかなか別れられんでしょ。そういうもんですよ、ホレてしまうと。知らんけど・・・。
2.Anna Lee Blues/Robert Nighthawk

アルバムにはアンナ・リーではなくてエセル・メイという女性シンガーがシングルのカップリングで何曲か収録されてます。ナイトホークの彼女だったらしくどういう経緯で彼女も録音されることになったのかわかりませんが、なかなか歌えるシンガーでちょっとメンフィス・ミニー風なところもあります。
どうなんでしょうね「俺の彼女なんやけどなかなか歌上手いねん、一緒に録音さしてもらわれへんやろか」なんてナイトホークが推したんでしょうか。曲名が「ハンサムな恋人/ハンサムラバー」ですが、ナイトホークのことでしょうか。確かにナイトホークは目鼻立ちのしっかり、キリッとしたなかなかええ男ですが・・・。
3.Handsome Lover/Robert Nighthawk(vo.Ethel Mae)
エセル・メイさん、悪くないんですけど記憶に残るほどのインパクトもないんですよね。結局、ナイトホークはその後メイさんにフラれてめっちゃ落ち込んだらしいです。
ブルーズマンにはオープン・チューニングというイレギュラーなギターのチューニングでスライド・ギターを弾く人が多いのですが、ナイトホークは普通のチューニングでスライドを弾いています。

4.Jackson Town Gal/Robert Nighthawk
やっぱりこのテンポが好きなんでしょうね。
聞いてもらっているようにどの曲もほとんどテンポがミディアムからスローです。そのあたりも彼がもう一つ売れなかった理由ではなかったかと思います。曲のバリエーションがないと言うか。
シカゴの有名なレーベル、チェス・レコードはナイトホークが売れると思い録音していたのですが、あまり売れず1964年に最後のチェスレコードでの録音となります。ハーモニカのウォルター・ホートン、ギターはバディ・ガイ、ベースがジャック・マイヤーズ、ドラムがクリフトン・ジェイムズという当時のバリバリのメンバーです。途中のギターソロはバディ・ガイが弾いていてナイトホークはヴォーカリストに専念していていい味を出している曲でアップテンポのシャフルでいい感じなのですが、チェスはこの曲を売れないと判断してリリースしないで未発表にしてしまいました。
5.Someday/Robert Nighthawk

彼は若いころにいくつか芸名があり、ロバート・リー・マッコイとかランブリン・ボブとかピーティーズ・ボーイとか名乗っていたのですが、最初にレコーディングした曲が”Prowling Night Hawk”、プラウリング・ナイトホーク(獲物を求めてうろつく夜の鷹)という曲名だったのでナイトホークに落ち着きました。
一曲目に聴いてもらったSweet Black Angelが少しヒットしただけであとはヒットがなく、彼はシカゴのマックスウェル・ストリートでストリート・ミュージシャンとして日銭を稼ぐ生活をしていました。でも、彼はずっと生まれ故郷のアーカンソー州ヘレナへ帰りたい気持ちが強かったようです。そして最後は1967年に故郷ヘレナで亡くなっています。58歳でした。心臓を患っていたようです。
ブルーズマンとしてはすごく有名になれなかったのですが、彼が残した美しいスライド・ギターとミディアム・テンポの霧がかかったようなダークなブルーズは彼にしかできないブルーズで多くの人に愛聴されています。