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2018.08.10 ON AIR

ブルーズとソウルの最後の砦、マラコ・レコード50周年を祝う

ON AIR LIST
1.Groove Me/KIng Floyd
2.Misty Blue/Dorothy Moore
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
4.The Blues Is Alright/Little Milton

今日はこの4月にリリースされたマラコ・レコードの50周年を祝うコンピレーションLPレコードを聴きます。
このアルバムにはボビー・ブランド、ドロシー・ムーア、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトンなどマラコ・レコードでヒットを出したソウル、ブルーズマンが収録されているのですが、この他にもマラコにはたくさんすばらしいシンガーがいます。でも、いましたと言った方がいいかも知れません。
と言うのもすでにボビー・ブランド、Z.Z.ヒル、ジョニー・テイラー、リトル・ミルトン、デニス・ラセールなど天国へ行ってしまった人たちがかなりいます。
“ The Last Soul Company”(最後のソウル、魂、ソウルミュージックのレコード会社)と自らを呼んでいるマラコレコードは、ブルーズ、ソウル、ゴスペルと黒人音楽専門レーベルで黒人音楽ファンには馴染みのレーベルですが、スタックスとかモータウン、ハイレコードのほどは知られていません。
マラコレコードは元々は1960年代はじめに立ち上げられ会社ですが、録音製作を始めたのは67年でスタックスやモータウンよりあとからです。ミシシッピーのジャクソンという街にスタジオを構えて製作を始めました。ジャクソンという街は昔から放浪のブルーズマンたちが立寄ったり、ブルーズの歌詞にも出てくる僕なんかにとっては同じみの街ですが南部の田舎街です。マラコはそういう田舎町の郊外の畑があるようなところにぽつんとスタジオがあるようです。設立当初はそれこそ地元のブルーズマン、フレッド・マクダウェルのレコードでちょっと話題になったくらいでこれといったヒットもなく経営状態はかなり苦しかったようです

1970年になってマラコの最初のヒットが生まれます。この曲をいま聴いても「カッコいい!」です。
当時マラコはこの曲を全国レーベルとして有名なアトランティックレコードかスタックスレコードからリリースしてもらおうと交渉したのですが、両方とも受けてくれなかったので自分のチムニーヴィルという小さなレーベルからリリースすることにしました。するとラジオでONAIRされるとリクエストが殺到して、ヒットの兆しが見えるとアトランティックからリリースされたということです。
1970年キング・フロイドが歌ったソウル・ファンクの名曲。さあ、ヴォリューム上げて踊ってください!
1.Groove Me/KIng Floyd
今日紹介のLPレコード「MALACO RECORDS THE LAST SOUL COMPANY 50 YEARS OF EXCELLENCE」のB面の1曲目に収録されています。
このGroove Meのヒットの後に続いたマラコレコード第二弾ヒットが女性ソウルシンガー、ジーン・ナイトが歌った“Mr. Big Stuff”。これはスタックスレコードからリリースされR&Bチャートの1位になり、いまもソウル・クラシックの名曲となってます。

しかし、70年代初め、マラコレコードはいい曲をリリースするのですがヒットが続きません。僕もずっと黒人音楽を聴いていますが、アメリカにはもう星の数ほどのレーベルが立ち上げられては消えてしまってます。数枚リリースして終わっている会社もたくさんあります。それだけ厳しい世界なんですね。
レコードを製作するというのはお金もかかるし、腕のいいプロデューサー、アレンジャー、ミュージシャン、そして何より魅力的な力のある歌手がいないとダメですからね。そんな中、1975年に救世主が現れます。
マラコから登場したドロシー・ムーアの珠玉のバラードが全米チャートの3位に入る大ヒットとなります。
この曲は僕が初めてアメリカへ行った70年代半ばよくラジオから流れていました。
Ooooh honey, it’s been such a long, long timeと始まる「あなたと別れてから長い月日が過ぎた。やっとあなたのことを忘れられそう。でもあなたの名前を口にするとまた想い出して切なくなる。そして溢れる涙で目が靄のようにかすんで私は悲しみに沈み込んでしまう」愛した人をなかなか忘れられない女心を歌った70年代ソウルの名曲のひとつです。
2.Misty Blue/Dorothy Moore
My whole world turns misty blueという歌詞がいいです。ドロシー・ムーアのしっかりした強い歌声で歌われる甘くて切ないオブラートがかぶさっているパラード。すばらしい名唱だと思います。
ドロシー・ムーアは他にも「ファニー・ハウ・タイム・スリップス・アウェイ」「アイ・ビリーブ・ユー」というヒットがありますが、元々ゴスペル出身です。実はマラコはゴスペルのシンガーもたくさんリリースしているレコード会社で、いまもゴスペルにかなり力を入れてます。

ブルーズという音楽が60年代からだんだんと低迷していき、70年代に入るともう黒人音楽のメインストリームは完全にソウル、ファンク、クロスオーバーになりやがてラップ、ヒップホップという新しいジャンルを迎えることになります。ブルーズにおいては単発的な動きはあるけれどなかなか繋がっていかない状態で、有名なブルーズマンたちはヨーロッパや日本へのツアーもありましたがほとんどのブルーズマンは厳しい状況でした。
そんな中、80年代に入って次の曲が南部一帯でヒットしてまだまだ中高年層を主体にブルーズを聴きたい黒人たちがいることがわかりました。
1981年リリース、Z.Z.ヒルが歌った「ダウンホーム・ブルーズ」が収録されたアルバム”Down Home”は、50万枚以上をセールスして、チャートに2年以上あがっていたアルバムとなりました。
元々、Z.Z.ヒルは60年代から活躍するサザン・ソウル系のシンガーなのですが、このブルーズを歌ってヒットしたことでブルーズシンガーと呼ばれることも多くなりました。
この曲は本当に普通のゆったりした、リラックスしたシャッフルビートのブルースで、「パーティは盛り上がってる、靴を脱いで髪を解いてリラックスしてゆったりダウンホームブルーズで楽しもう」というブルーズです
3.Down Home Blues/Z.Z.Hill
Down Homeとはアフリカン・アメリカンの人たちにとって南部の故郷を表す言葉でもあり、都会から故郷に返ってゆっくりしよう的な意味もあると思います。
この80年代はアメリカでアメリカン・アフリカンのソウルフード屋に食べに行くとジュークボックスに必ずいまの「ダウンホーム・ブルーズ」と次の「ブルーズ・イズ・オールライト」が入ってました。また、クラブではジュークボックスから曲が流れるとお客さんがみんなで「Down Home Blues ~」と歌ってました。
ダウンホーム・ブルーズのヒットを受けて作られたのが次の「ブルーズは終わっていない、死んではいない」という宣言のようなキャッチとなった「The Blues Is Alright/」でした。
4.The Blues Is Alright/Little Milton
大きな音楽の流れから観ると70年代終わりに向かって落ち込んでいきそうなブルーズの流れは、エンターティメントとしてとてもよく出来た映画の「ブルーズ・ブラザーズ」やブルーズロックとして脚光を浴びたスティービー・レイボーン、そして久々に実力のある若い黒人ブルーズマンとして登場したロバート・クレイ、あとロバート・ジョンソンのアルバムのCD化などブルーズの話題がいろいろあった時代にこのマラコレコードは黒人に向けた南部のレコード会社としてがんばりました。そして、いまも「ラスト・ソウル・カンパニー」として素晴らしいアルバムをリリースしています。

2018.08.03 ON AIR

Matt”Guitar” Murphy~またひとり去っていった偉大なブルーズギタリスト、マット・マーフィ vol.2

The  Blues Brothers/Briefcase Full Of Blues (Atlantic 82788-2)

The Blues Brothers/Briefcase Full Of Blues (Atlantic 82788-2)

Matt Guitar Murphy/Way Down South(WPCR-1731)

Matt Guitar Murphy/Way Down South(WPCR-1731)

ON AIR LIST
1.Hey Bartender/The Blues Brothers
2.Shot Gun Blues/The Blues Brothers
3.Way Down South/Matt Murphy
4.Gonna Be Some Changes/Matt Murphy

前回に続き、残念ながら6月16日に88才で亡くなったブルーズ・ギター・マスターのひとりマット・マーフィの特集です。
前回はマット・マーフィのデビューの話から長く在籍したメンフィス・スリムのバンドでの音源、そしてマットがキーパーソンだった70年代半ばにブルーズ界を驚かせたジェイムズ・コットン・バンドの音源を聴きました。
今日はたくさんの方が知っている70年代後半のブルーズ・ブラザーズに在籍した時の話から。
ブルーズ・ブラザズは元々アメリカのテレビ番組「Saturday Night Live」で活躍していたジョン・ベルーシとダン・アクロイドのふたりが中心になって、ブルーズやソウルの曲を彼らなりのエンターテイメントを加えて演奏していたのが始まりで、それがだんだん本格的にバンドを結成する方向に行った時にマット・マーフィがギタリストとして選ばれたわけです。
映画にもなりましたが、アレサ・フランクリンとソウルフード店の夫婦役でマットも出演しているシーンなんか最高におもろかったです。
では、1978年のブルーズ・ブラザーズのファースト・アルバム”Briefcase Full Of Blues”から
1.Hey Bartender/The Blues Brothers
ブルーズ・ブラザーズにはマットとスティーヴ・クロッパーとふたりギタリストがいるのですが、いまのソロはマットです。
このブルーズ・ブラザーズに参加したことでマット・マーフィの名前は広く知られることになりました。黒人のブルーズ界での名人的なギタリストで終わっていたかも知れませんが、ブルーズ・ブラザーズで映画やテレビに出て知名度はぐーんと上がりました。1991年にブルーズ・ブラザーズ・バンドで日本にもやってきてくれました。残念だったのはその時にはジョン・ベルーシはすでに亡くなってたことです。
次の曲はブルーズ・ブラザーズでマット・マーフィのギター・ソロがフィーチャーされたスロー・ブルーズ。マットはいろんなタイプのブルーズギター、メンフィス流のアグレッシヴなスタイルからシカゴ・ブルーズ・スタイル、ジャズ・テイストのブルーズ、ここではB.B.キング・スタイルのチョーキングを多用したモダン・ブルーズギターを主体にロック・テイストもいれたファンキーないいギターを弾いてます。

2.Shot Gun Blues/The Blues Brothers

次は彼のスタジオ録音の初ソロ・アルバムです。
マット・マーフィくらいのギタリストであれば、60年代にすでにソロ・アルバムの一枚や二枚あってもおかしくなと僕は思うのですが、初めてソロ・アルバムが出たのは1990年。マット60才の時です。還暦で初アルバムです。このソロアルバムが出せたのもブルーズ・ブラザーズでの知名度が上がったことと関係していると思います。

さてマットのソロ・アルバム、このアルバムに参加しているのが、裏ジャケットに2ショット写真が出てますが、弟のフロイド・マーフィ。この弟フロイドもなかなかのギタリストで、50年代初め頃に兄貴と同じようにメンフィスでジュニア・パーカーのバンドなどで活躍したのですが、だんだんショービジネスの世界が嫌になってやめていったそうで、この兄のアルバムで30数年ぶりの録音。でも、ギターはずっと弾いていたのでしょう。
では、マット・マーフィ、1990年初めてのソロアルバム”Way Down South”からアルバムタイトル曲です。
最初のソロが弟のフロイドであとのソロがマットです。絶妙なふたつのギターの絡みを聴いてください。
ギターめっちゃいい音してます。
3.Way Down South/Matt Murphy
僕は歪まないこういうクリアな音が好きなんです。南部のダウンホームなリラックス感がありつつも、ファンキーでちょっとしたジャズ・テイストのブルーズ・・・このあたりがたぶんマットがいちばん得意とするところだと思います。
モロにジャズに行かないところ、ファンクもモロに行かないでいつもルーツにブルーズを感じさせるところがいいところです。
マットが若い頃に活動していたメンフィス界隈の50年代は本当に上手いギタリストがたくさんいて、ボビー・ブランドやマディ・ウォーターズのバックで活躍したパット・ヘア、ハウリン・ウルフの右腕ヒューバート・サムリン、ブランドの右腕ウエイン・ベネット、サニーボーイのバックだったロバート.Jr.ロックウッドなど・・・その中でギタリストとして一流のプロでいられたというのはすごいことやと思います。

次はちょっとジョニー・ギター・ワトソンにも繋がるファンク・テイストたっぷりの曲。
歌もすごく上手いわけではないんですが、声の質とか無理のない歌い方とか僕は好きです。
4.Gonna Be Some Changes/Matt Murphy
マットのソロは今日聴いている90年の”Way Down South”と96年の”Blues,Don’t Bother Me”と2000年の”Lucky Charm”の3枚です。

ミシシッピーから子供の頃にメンフィスに行って、上手いギタリストがたくさんいる中で腕を磨いて、シカゴに行って地位を確立し、ヨーロッパにも演奏に行き、人生の中で何度かブルーズ史上に残る重要な録音やライヴをして60才と遅かったですが、いいソロアルバムも残しています。どうだったんでしょうね、本人としては88年の自分のブルーズ・ギター人生は・・・。
ブルーズギターを志す人は是非聴いてください。
マット・ギター・マーフィの冥福を祈ります!

2018.07.27 ON AIR

Matt “Guitar” Murphy ~またひとり去っていった偉大なブルーズギタリスト、マット・マーフィ vol.1

アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル1963ー1966 (P-Vine PCD 2193/3)

アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル1963ー1966 (P-Vine PCD 2193/3)

At The Gate Of Horn/Memphis Slim (Teichiku ULS-6023-V)

At The Gate Of Horn/Memphis Slim (Teichiku ULS-6023-V)

The James Cotton Band (NEX NEX CD 214)

The James Cotton Band (NEX NEX CD 214)

 

ON AIR LIST
1.Matt’s Guitar Boogie/Matt “Guitar” Murphy
2.Messin’ Around/Memphis Slim(LP “At The Gate Of Horn”side:B tr.1)
3.Wish Me Well/Memphis Slim(LP “At The Gate Of Horn”side:B tr.2)
4.Boogie Thing/The James Cotton Band

 
大好きなブルーズギタリスト、マット・マーフィが6月16日に88才で亡くなってしまいました。
1978年から80年代はじめにかけて活動していたブルーズ・ブラザーズのメンバーとして彼の名前を知っている人も多いでしょう。
ブルーズ・ファンの間ではいろんな名演を残してきたブルーズ・ギター・マスターのひとりとして高い評価があります。

元々ミシシッピーの生まれ。子供の頃にお母さんが早く亡くなりお父さんとメンフィスに移り住んで、その頃からギターが好きでT.ボーン・ウォーカーに夢中だったそうです。ジャズのジョン・コルトレーンやスタン・ゲッツもお気に入りだったそうです。
40年代終わりにはハウリン・ウルフのギタリストとなり、そこでのちに一緒に活動するメンフィス・スリムと出会っています。
50年代にはボビー・ブランドやジュニア・パーカー、メンフィス・スリムなど録音やライヴに参加して腕達者なギタリストがたくさんいたメンフィスで若くして一目置かれる存在となりました。
その後シカゴに移り住みマディ・ウォーターズやチャック・ベリーの録音に参加して、シカゴブルーズのスタジオミュージシャン的な存在になっていきます。そして、一方で50年代はピアノのメンフィス・スリムのバンドに長く在籍して右腕としてスリムに大切にされていました。
1963年にはマディ・ウォーターズ、サニーボーイ・ウィリアムスン、オーティス・ラッシュたちと「アメリカン・フォーク・ブルーズフェスティバル」の一員としてヨーロッパ・ツアーに出かけ、ヨーロッパでもその名前を知られることとなります。
僕が初めてマット・マーフィを聴いたのはその「アメリカン・フォーク・ブルーズフェスティバル」のライヴ盤のこの曲でした。

1.Matt’s Guitar Boogie/Matt “Guitar” Murphy
ピアノがメンフィス・スリム、ベースがウィリー・ディクソン、ドラムがビリー・ステプニー
1963年、みんな元気でいい時代のライヴ録音です。フレディ・キングの有名なインスト曲に”Hideaway”というのがありますが、あの曲はこの「マッツ・ギター・ブギー」に影響を受けてつくられたそうです。
僕がこの「アメリカン・フォーク・ブルーズフェスティバル」のアルバムをゲットしたのが1972年くらいでした。それでマット・マーフィの名前を覚えてアルバムを探したのですが、やはりメインで歌う人ではないのでソロ・アルバムは当時はなかったんですね。
しかしその頃、名盤として名高いメンフィス・スリムのアルバム”At The Gate Of Horn”を買ったところ、なんとギターがマット・マーフィだったのです。
マットがギタリストとしてメンフィス・スリムのバンドに入ったのが1952年、22才の時です。このアルバムの録音が1959年ですから7年経って29才の時です。スリムはすごくマットを気に入ってたらしくてスリムとそんなに長い間一緒にやったギタリストはマットだけだと思います。次の曲の途中のマット・マーフィのソロもすばらしいのですが、歌のバッキングやピアノとのギターの絡み方が曲に彩りを与えています。
名盤”At The Gate Of Horn”から
2.Messin’ Around/Memphis Slim

ピアノという楽器は音の領域を広く占める楽器でしかも左手でリズムも弾くので、上手いピアニストならソロでやっても音的には充分やれる楽器です。また、時に下手なギタリストなら上手いピアノひとりの方がいいと言う場合もあります。このアルバムを聴いていると、ピアノの音の間に入れるギター・フレイズがすごく的を得ていてうまいです。お互いに遠慮せずかと言ってぶつからずというところはさすが達人同士という感じです。
次の曲はピアノ・ソロがなくてマットのギターがフィーチャーされているんですが、もう50年代にはブルーズにおいてギターの重要性が高まってきたことをメンフィス・スリムはも感じていたのだと思います。だから自分のバンドに腕のいいしかも自分のブルーズのフィーリングもわかってくれるギタリストとしてマット・マーフィを選んだのだと思います。
3.Wish Me Well/Memphis Slim
メンフィス・スリム、ギターマット・マーフィでした。
ヨーロッパを気に入ったメンフィス・スリムは1963年にフランスに移住してしまいます。フランスに一緒に行こうとマットを誘ったかも知れませんが・・。そこでメンフィス・スリムとのコンビはなくなってしまいます。
その後1987年にテキサス、オースティンのクラブ「アントンズ」でマットとスリムは久しぶりに一緒のセッションをするのですが、その翌年にメンフィス・スリムは72才で亡くなってしまいます。

その後マット・マーフィの名前がブルーズ・フィールドで大きく出てきたのが、1974年にリリースされたジェイムズ・コットンのアルバム”100%Cotton”
このアルバムのすばらしさをこの番組で僕は何度も言ってますが、実はこのアルバムのマットはほとんどバッキングに徹していてほとんどギターソロはありません。
でもそのギターのリズムとバッキングが素晴らしくて、ブルーズという音楽の中でのギター位置を教えてくれています。
このバンドでマットはバンドマスターとしてアレンジを担当してバンドをコントロールしています。つまりマットが作り上げた1974年当時最新のブルーズバンド・サウンドとグルーヴがすごかったわけです。
とにかくバンドの一体感が半端なくすばらしい。
4.Boogie Thing/The James Cotton Band
70年代半ば黒人音楽は完全にソウル、ファンクの時代になっていたわけですが、そのファンクのテイストを大胆にブルーズに注入することに成功したアルバムでした。
当時はこれはブルーズではないというような頭の堅いブルーズファンや評論家もいましたが、いまとなってはブルーズ史上の名盤のひとつです。

次回はマット・マーフィが60才で初めてリリースしたソロ・アルバムを聴いてみたいと思ってます。

2018.07.20 ON AIR

LPレコードで聴くブルーズ/聞き逃していたゲイトマウス・ブラウン

Pressure Cooker/Clarence Gatemouth Brown (Alligator AL 4745)
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ON AIR LIST
1.She Winked Her Eye/Clarence Gatemouth Brown
2.My Time Is Expensive/Clarence Gatemouth Brown
3.Pressure Cooker/Clarence Gatemouth Brown
4.Ain’t Nobody Here But Us Chickens/Clarence Gatemouth Brown
5.Cold Strings//Clarence Gatemouth Brown

今日はアルバート・コリンズ、ジョニー・ギター・ワトソン、ジョニー・コープランドはじめ多くのブルーズ・ギタリストに影響を与えたゲイトマウス・ブラウンの73年録音のアルバム”Pressure Cooker”を聴きます。
クラレンス・ゲイトマウス・ブラウンは2005年に81才で亡くなるまでたくさんのレコード・レーベルに、たくさん音源を残しました。
ブルース史上に名を残したのは50年代のピーコック・レコードに録音した音源だと思います。僕がブルーズを聴き始めた頃は、そのピーコックレコードのアルバムがなくて、レッド・ライトニンというレーベルからブートレッグでリリースされていた「サンアントニオ・ボールバスター」というアルバム聴いてました。
そのアルバムに1949年から59年までのピーコックの主な曲が収録されていて聴き倒しました。
その時代のゲイトマウスが素晴らしすぎて、その後の彼のアルバムを耳にしてもあまり心が動かなかったというのが僕の本音です。
しかも、その後ゲイトは60年代に入るとフィドル(バイオリン)を弾いてカントリー・ミュージックをやり始めます。このカントリーをやるゲイトが僕は正直好きになれなかった。カントリー・ミュージックは嫌いではないんですが、ゲイトがやるカントリーがまったくいいと思えなかった。
それであまりゲイトのアルバムを買わなくなっていて、今日聴くこのアルバムも何度か中古盤屋さんで見かけてたんですが買いませんでした。
ところが先日、このレコードを見つけた時に安かったこともあるのですが、買ってみようかと思い買ったら「ええアルバムやないか」ということになったわけです。
このアルバム”Pressure Cooker”は1973年にフランスのパリで録音されてます。
最初の曲はその50年代ピーコックレコーで時代に録音した曲の再録音です。
1.She Winked Her Eye/Clarence Gatemouth Brown
ゲイトマウスは60年代中頃にはダラスのテレビ局のR&Bの番組「ザ・ビート」のハウスバンドのバンドリーダーをやっていて、まだまだテキサスではブイブイいわしてました。
でも、70年代に入ると彼がやるジャズ・テイストやカントリー・テイストの音楽がブルーズファンにも敬遠されて、彼はニューメキシコに住んでそんなにツアーもやらなくなっていました。でも、彼はヨーロッパでは人気があり、このアルバムにも参加しているジャズのピアニスト、ジェイ・マクシャーンやサックスのアーネット・コブたちとヨーロッパでツアーをしていました。このアルバムはたぶんそういうヨーロッパ・ツアーの途中で録音されたものだと思います。
フランスのレーベル”Black & Blue”の73年録音ですが、僕がもっているのはその録音を1985年にアメリカのアリゲーター・レコードがリリースしたものです。このアルバムはグラミーにもノミネートされたんですが、それも僕は知らなかった・・・。

次の曲も1949年に録音したものの再録です。すごくいいムードのスローブルーズでゲイトのギターもジェイ・マクシャンのピアノも素晴らしいです。
2.My Time Is Expensive/Clarence Gatemouth Brown
こういうのを聴くとこんなにいい感じでブルーズができるのになんでカントリーやらなあかんの・・と思うんですよね。カントリーを前面に出してやったことでゲイトマウス・ブラウンというブルーズマンのイメージはぼやけてしまったと僕は思っています。でも、カントリーとかジャズは彼のやりたかったことだから仕方ないですが・・。
では、アルバム・タイトル曲”プレッシャー・クッカー”
インストルメンタルですが、ゲイトマウスのアグレッシヴなギターのスピード感が堪りません。
途中のテナーサックスのソロはアーネット・コブです。アーネット・コブはジャズのサックス・プレイヤーの中でもブルーズに近い人でゲイトと同じテキサス出身です。
3.Pressure Cooker/Clarence Gatemouth Brown
タイトルのプレッシャー・クッカーは圧力鍋だけど圧力鍋いう感じの曲ですかね。早く調理できるから早いテンポいうことですか・・・。
ジャズギターのジョージ・ベンンソンの曲にクッカーというのがあり、メロディも似ていてそれもめちゃテンポの速い曲なんですが、なにかテンポが早いこととクッカーは関係あるのでしょうか。ご存知の方ご一報ください。
でも、まあギターはめちゃ上手いです。ゲイトはピックを使わないで指で弾くんですが、たぶん親指、人差し指、中指の三本で弾いてるんですが、目に留まらないくらい早いです。こういうゲイトのギター奏法をその後のジョニー・ギターやアルバート・コリンズがマネしたというか引き継いだというか、テキサス・ブルーズ・ギターのひとつの伝統みたいになったわけです。

次は40年代ジャンプ・ブルーズの王様、ルイ・ジョーダンのたくさんあるヒット曲の中のひとつ。たぶん、ゲイトが音楽をやり始めた10代の頃の超人気ミュージシャンだったルイ・ジョーダン。ゲイトが流行らせた「ヒューストン・ジャンプ」と呼ばれたダンサブルなブルーズにもすごく影響があったと思います。
4.Ain’t Nobody Here But Us Chickens/Clarence Gatemouth Brown
長い間、このアルバムを知っていながら買わなくてゲイトマウスさんすんまへんでした。

2018.07.13 ON AIR

LPレコードで聴く50年代ニューオリンズの重鎮、デイヴ・バーソロミュー

Shrimp And Gumbo/Dave Bartholomew(Imperial 1566311)
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ON AIR LIST
1.Shrimp And Gumbo/Dave Bartholomew
2.An Old Cow Hand From Blues Band/Dave Bartholomew
3.Somebody New/Dave Bartholomew
4.That’ll Get It/Dave Bartholomew
5.No More Black Night/Dave Bartholomew

今日は4000曲もアレンジ、プロデュースしたと言われる、50年代ニューオリンズのプロデューサー、アレンジャー、作曲家、トランぺッター、バンドリーダーそして歌手でもあるデイヴ・バーソロミューのアルバム”Shrimp And Gumbo”をLPレコードで聴きます。
デイヴ・バーソロミューはどちらかというと50年代のニューオリンズ音楽のプロデューサー、アレンジャーという裏方の重要人物という印象ですが、自分のシングル、アルバムもリリースしてました。
1920年12月24日生まれの彼は地元ニューオリンズで最初トランぺッターとして活動してました。その後兵役に行き、兵隊時代には作曲やアレンジの勉強をしていたらしいです。
兵役を終えてニューオリンズに戻るとサックス・プレイヤーのアルヴィン・レッド・タイラーやリー・アレン、そしてドラムのアール・パーマーなど才能のあるメンバーを揃えたバンドを作り、いろんな歌手のレコーディングやライヴをやるようになります。
そこから偉大なファッツ・ドミノのヒット曲の大半を彼がプロデュースアレンジし、アール・キング、クリス・ケナー、シャリー&リーのプロデュースをしてデビューさせる話が始まります。
このバーソロミューの次の時代がアレン・トゥーサンの時代になりミーターズなどが出てくるんですが・・。

まず一曲Shrimp And Gumboから聴いてみましょう。レーベルはインペリアル。50年代録音のシングルを集めたアルバムです。
アルバム・タイトル曲でいかにもニューオリンズらしいファンキーな曲です。
1.Shrimp And Gumbo/Dave Bartholomew
シュリンプは小さな海老のことでニューオリンズのいろんな料理に出てきます。そしてガンボはもうニューオリンズの名物料理で魚介類とライスを煮込んだものです。タイトルを見ただけでああニューオリンズとわかります。

ここで、ちょっと歴史を振り返ると1863年のリンカーン大統領の「奴隷解放宣言」のあとからニューオリンズではジャズが生まれます。ジャズはクレオールと呼ばれる黒人とフランスやスペインとのミックスの人たちによって作られたと言われています。それはブルーズにラグタイムやゴスペルやミンストレルといったいろんな音楽の要素が合わさってできたものです。その流れの中でニューオリンズ生まれの有名なコルネット・プレイヤー、ルイ・アームストロングが人気を博して、やがて世界を駆け巡る偉大なジャズ・プレイヤーになっていきます。そして、ニューオリンズのジャズも全米から世界へ。40年代に入るとジャズは大所帯のビッグ・バンド・ジャズが盛んになり、そのジャズのビッグバンドに歌手を入れてクラブで演奏する内にジャズ・ヴォーカルではなくニューオリンズ独特のR&Bが生まれていきました。そこにはジャズの要素だけでなくニューオリンズの海の向こうのリズム、カリプソやルンバの要素が入り、もちろんブルーズのテイストも入ってます。当時の流行だったダンサブルなジャンプ・ブルーズの要素も強く入ってました。
そして、そのビッグバンドを作って仕切っていた1人がデイヴ・バーソロミューでした。
今日のこのアルバムShrimp And Gumbo1949年から62年までの録音が入ってますが、その間に彼はトミー・リッジリー、ファッツ・ドミノ、クリス・ケナーといった人たちをデビューさせ、ヒットさせニューオリンズR&Bの創始者のひとりとなったのです。

次の曲もいかにもニューオリンズという感じのわくわくするような曲です。デイヴ・バーソロミューこの時絶好調です。
2.An Old Cow Hand From Blues Band/Dave Bartholomew
途中のサックスソロはリー・アレン、ドラムはアール・パーマーと当時のニューオリンズの一流ミュージシャンが集まったバンドで、演奏のクオリティの高さは当然です。

次の曲は同じニューオリンズのスマイリー・ルイスが56年に録音したもののカバーです。バーソロミューはバックに女性コーラスを入れてよりポップな感じに仕上げてます。ニューオリンズのナイトクラブの雰囲気を楽しめる曲で、このテイクにはピアノに天才と呼ばれたジェイムズ・ブーカーが参加しています。「いつの日か僕が君を欲しいように君は僕を欲しくなる。でも、僕は新しい彼女と行くつもりだよ。いつの日か僕が流したように君は泣いてくれるのだろうか」
3.Somebody New/Dave Bartholomew
ちょっとカクテルでも飲みたくなるでしょう。チークダンスしたくなるでしょう。
ニューオリンズでも大きな会場でやる超有名ミュージシャンもいいんですが、小さなクラブでやっている地元ローカル・ミュージシャンでいい人がたくさんいるんですよ。そういう時になんか本当にその土地に旅しに来てよかったなぁと思います。
次の曲は1953年のニューオリンズではなくテキサス、ヒューストンの録音になっていて、名前は書いてないんですが参加ミュージシャンも全部テキサスです。ライヴツアーにテキサスへ行った時に録音したものでしょうか。そして、ヴォーカルだけセスタ・エアーズと名前があって調べたんですがミュージシャンではなく、地元テキサスのラジオのDJらしいです。まあまあええ声してます 。曲はジャンプ・ブルーズからロックンロールへ移っていく53年という時代を感じさせるダンサブルなブルーズです。
4.That’ll Get It/Dave Bartholomew
次はライナーを読むと1951年のチャールズ・ブラウンの大ヒット”Black Night”のアンサー・ソングと書いてあります。ウエストコーストのチャールズ・ブラウンの”Black Night”は遠くルイジアナ、ニューオリンズにもにも影響を与えてたんですね。ピアノとサックスの醸し出すムードがもう実にブルージーないい感じで、バーソロミューの歌も上手いわけではないんですがストレートで味があります。
5.No More Black Night/Dave Bartholomew

今日のディヴ・バーソロミュー・オーケストラのような50年代の楽団はみんなお揃いのスーツをぴしっと着て、靴もピカピカで、こざっぱりしたミュージシャンがきれいなクラブとかボールルームと呼ばれるダンスホールで演奏してました。