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2016.12.02 0N AIR

テキサスのワイルド・ブルーズ・ギタリスト/ピー・ウィー・クレイトン

Pee Wee Crayton/テキサス・ブルース・ジャンピン・イン・ロス・アンジェルス~ザ・モダン・セッションズ48~51(P-Vine PCD-24356)
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ON AIR LIST
1.Texas Hop/Pee Wee Crayton
2.Blues After Hours/Pee Wee Crayton
3.I Love You So/Pee Wee Crayton
4.Brand New Woman/Pee Wee Crayton
5.Huckle Boogie/Pee Wee Crayton

 

 

 

 

 

今日はテキサス出身のワイルド・ギタリスト、ピー・ウィー・クレイトンを聴きます。
Pee Weeってあだ名で小さいっていう意味なんですが、役者にピィー・ウィー・ハーマンいう人がいましたし、ジェイムズ・ブラウンのバックのホーンにピー・ウィー・エリスもいましたが、この人はあんまり小さい印象がないんですが・・。
1983年にピーウィー・クレイトンはサックスのクリーンヘッド・ビンソンと来日しました。まあ小さかったけどその時はバンマスでしっかり仕切っていた印象が強いです。その時69才。その2年後の85年に亡くなりました。
ブルーズギターを志す人、とくにテキサス系のワイルドなギターが好きな人なら必ず一度は彼のギターに出会います。コピーしたくなる魅力的なギタリストです。その彼の魅力であるワイルドなブルーズギターが聴けるインストの曲から今日はスタート
1948年11月の録音です。
1.Texas Hop/Pee Wee Crayton

テキサス・ホップのホップは三段跳びのホップ・ステップ・ジャンプのホップのようにぴょんと飛ぶっていう意味からビールの苦みにつかうホップという意味もあるし、ダンスっていう意味もあるし、麻薬の意味もあります。まあ、この場合はダンスで飛び跳ねるという意味ですかね。

ピーウィー・クレイトンは1914年のテキサス生まれです。同じテキサス出身のモダン・ブルーズギターの父と言われたT.ボーン・ウォーカーとは四才違い。当然、めっちゃ売れたT.ボーンの影響をモロに受けています。1935年にはそのT.ボーンと同じようにウエストコーストに引っ越します。ここで1948年にモダーン・レコードと契約。この年の終わりにすぐにR&Bチャートのトップになった彼の最初のヒットが次の”Blues After Hours”
アフター・アワーズっていうのは店が{閉店後}とか「仕事が終わったあと」って言う意味で、通常のライヴが終わったあとにミュージシャンたちが仲間うちのセッションで演奏するのもアフターアワーズって言います。

2.Blues After Hours/Pee Wee Crayton
これは僕もカバーしているのですが、昔この曲がピーウィーだと知らなくてTボーンのヴァージョンを最初に聴いてました。
この曲や一曲目のテキサスホップでわかるようにピーウィー・クレイトンはワイルドなギター・インストで売れた人で、まあちょい先輩のT.ボーンのワイルドさの火に油を注いだような感じです。だからその手のギターインストがいくつも発売されたんですが、実は甘いバラードも歌ってまして、そんなに歌上手くないですがこれがヒットしたんですね。たぶん本人は悦に入って歌ってたと思うんですが、歌の上手さは先輩T.ボーンには及びません。でも、まったくあかんのかというとこれが上手くないながらも哀愁があるんですね。
「日が落ちて夜になり、オレの愛すべてがころげ落ちていく、スウィートハート、おまえのことを愛している。でも、おまえは他の男を好きになったんやね。オレはバカだよ、我慢できないんや。愛してるよ。」まあ、ベタなラブ・ソングですわ。
3.I Love You So/Pee Wee Crayton
どうですか。なんか頼んない歌のうらびれた感がいいというか、微妙な魅力があります。

次の曲は同じやはりテキサスのゲイトマウスを思い出させるんですが、こういうジャンプ・ブルーズ的なダンサブルな曲調や歌い方、ギターがいわゆるテキサス・ブルーズという感じのものです。まあ、イケイケですよね。イケイケでいっときながら時々さっきのような甘いバラードでチークタイムとまあ女性をクラブで口説く時の必須アイテムですね。
「オマエは新しい男見つけて、オレが泣くと思たやろ。オレはニューヨークへ行った、めっちゃ豪華な街や。ほんまええ女もおるで。メンフィもええよ。でも、オレに合う街やない。オマエと別れて泣きたいよ。新しい女を見つける・・それがええやり方やろな」
新しい女を見つけて生きていくよという決意宣言でしょうか。
4.Brand New Woman/Pee Wee Crayton
イントロでギターをジャラジャラ・・・と鳴らしてましたが、あれもピーウィーの得意技です。
ギターソロはあきらかにブルーズだけでなく、ジャズの影響もあることがわかりますが、あまりジャズジャズしないでブルーズのイナタさもあるところがいいですね
では、もう一曲、豪快なテキサスジャンプ・ブルーズナンバー
5.Huckle Boogie/Pee Wee Crayton

今日聴いたこの40年代終わりから50年代頭にかけてのピーウィー・クレイトンが録音としては全盛で、このあとアラディン、インペリアル、VJなどいくつかのレコード会社に吹き込みましたが、あとに残るヒットもなくこの時代がやはりいちばん充実してます。

2016.11.25 ON AIR

偉大なソングライターは素晴らしいシンガーだった~若き日のダン・ペン

DAN PENN/Close To Me: More Fame Recordings (ACE CDCHD1477)
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ON AIR LIST
1.Close To Me/Dan Penn
2.Diamonds/Dan Penn
3.Do You Need It/Dan Penn
4.Reaching Out For Someone/Dan Penn
5.Downright Uptight Good Woman/Dan Penn

 

 

 

 

僕はR&Bやソウルという黒人音楽をすごく好きになった頃、曲作りも演奏もすべて黒人がやっているものだと思っていた。それが何かのアルバム・ジャケットの裏にレコーディング風景を撮った写真が出ていた。ベースは黒人のジェーリー・ジェモットでギターは白人のデュアン・オールマンだった。そしてドラムセットの前に座っている眼鏡をかけた白人の大学生みたいな男が座っていた。いかにもサエない感じの若者。でも、それがその頃好きだったドラムのロジャー・ホーキンスだった。「えっ?ロジャー・ホーキンスって白人なの?こんなサエない感じの?」と驚きました。そして、彼らがアラバマの小さな街マッスルショールズのフェイムというスタジオのスタジオ・ミュージシャンだということもわかった。
そのフェイムスタジオのソングライターにダン・ペンがいた。曲のクレジットを見るたびに変な名前やなぁと思っていた。
今日聴いてもらうのはそのフェイムスタジオでアレサやオーティス・レディング、ウィルソン・ピケットはじめ60年代のソウル・シンガーたちにたくさん歌を提供したダン・ペン(彼も白人)の、彼自身の若き日の歌を聴いてみようと思います。アルバムは”More Fame Recordings”。これの前に”the Fame Recorddings”というのが2012年にリリースされているので、これは続編となります。こういう未発表的な、蔵出し音源はつまらないものが多いですし、しかもこれは続編ですからね・・と思ったらこれが大間違い。この音源はいろんな歌手に歌ってもらうためのデモ音源と言われてたんですが、実は真剣に歌手ダン・ペンとしてシングル発売を狙った正規の、ちゃんとした録音だったんですね。
まずは1964年ダン・ペン初シングルのA面
1.Close To Me/Dan Penn
「君がそばにいてくれたら僕の悩みはみんなどっかへ言ってしまう。僕のそばにいて欲しい」
うーん、ファイヴ・サテンズ、ムーングロウズ、ドリフターズ、フラミンゴスなど50年代のコーラスグループのテイストも入れ込んだソウルフルなダン・ペンの歌声も素晴らしいし、すごくいい曲やと思うんですが、これがまったく売れなかったんです。

ダン・ペンは1941年アラバマ生まれ。14才の時に書いた1960年にコンウェイ・トウィティ( Conway Twitty )が歌ってヒットさせた「Is a Blue Bird Blue」が名前だ出た最初。かなりマセた少年ですよね。地元の小さなクラブなんかで歌いながらシングルを何枚か出していたけどパッとせず、リックホールが作ったフエイム・スタジオのセッションマンになる。ですが、ギターはあまり上手くなかったんですが、曲を作る才能があって、それでフェイムスタジオに来る黒人歌手たちに曲を書いていた。

次はちょっとニューオリンズのテイストがあるポップな曲ですが、こういうのも作ってたんですね。とにかく、自分の曲を歌手やレコード会社に使ってもらいたくて、ラジオやレコードからいろんな音楽を研究し、録音の時には周りがくたびれても「もう一曲やろう、もう一曲やろう」と気持ちが終わらなかったダン・ペンだったそうです。自分たちの可能性をいろいろ探ってたんでしょうね。それとやはり音楽で生活したいという気持ちも強かったと思います。
2.Diamonds/Dan Penn
ずっとこのアルバムを聴いていると彼の一生懸命さが伝わってきます。白人でありながら黒人音楽を好きになっていった若者の情熱を感じます。
彼は自分の作った曲を「素晴らしい黒人シンガーはちょっとだけ変えてもっと良い曲にしてくれた」と言ってます。
でも、次の曲なんかは黒人シンガーが歌ってると言っても誰も疑わないと思う。つまり、ダン・ペンはいわゆるブルーアイド・ソウル(白人のソウルシンガー)の素晴らしい歌手でもあったということが証明されている。この曲は例えばオーティス・レディングやウィルソン・ピケットが歌っていても全然おかしくないものです。
3.Do You Need It/Dan Penn

ダン・ペンを1970年代半ばからソロとして歌い始め、その前60年代はソングライター、プロデューサー、つまり裏方の人だと思っていたんですが、実は若い頃本気で歌手としてやりたかったんですね。その歌が本当にソウルにあふれていて素晴らしくて、なんでこれが売れなかったのかと思います。
ダン・ペンの曲はサザンソウル系のシンガーによって歌われたものが多いのですが、彼はノーザンソウルのモータウンのソウルをよく聴いて研究したと言ってます。次の曲なんかはちょっとそのモータウン的要素があるかなという曲。
「遊びやなくて本当の愛が欲しい。愛を求めて誰かに手を伸ばしている。誰か助けてくれないか」
4.Reaching Out For Someone/Dan Penn

スペンサー・ウィギンスやソロモン・バークなどたくさんのサザン、ディープソウル・シンガーたちが取り上げている”Uptight Good Woman”の原曲が次の曲。ゴスペルタッチの、どう考えても黒人が作り黒人が歌っただろうと思えるんですが、これが白人のダン・ペンなんですね。
相棒のキーボード、スプーナー・オーダムとふたりで録ったデモですが、すごくソウルにあふれてます。

5.Downright Uptight Good Woman/Dan Penn
ゴスペル・テイストを感じさせるすごく気品のある美しい曲でした。

いい音楽を作っていい歌を歌っても、どんなに熱意がこもっていてもそれが売れるのはたまたまだと僕は思う。もちろん、それを仕事にしている以上ヒットを狙うのだけど、当たらないことの方が多い。でも、ヒットを狙ううしろには「こんないい曲」作ったんだけど、みんな聴いてくれないかなという気持ちが大切だと思う。
このアルバムのライナーで、ひとつのリフを思いついただけで「やった!」って思ったとダン・ペンは言ってます。その「やった」の積み重なりがこんな風に素晴らしい曲の出来上がりに繋がっていくんですね。
今日は偉大なソングライターであり、そして素晴らしいシンガーでもあるダン・ペンの若き日のアルバムClose To Me: More Fame Recordingsを聴きました。

2016.11.18 ON AIR

60年代イギリスに上陸した黒人ブルーズマンとイギリスのミュージシャンたち

Sonnyboy Williamson & The Yardbirds (Century 29ED6023)

Sonnyboy Williamson & The Yardbirds (Century 29ED6023)

The Best Of Yardbirdsd(TEICHIKU TECX-20702)

The Best Of Yardbirdsd(TEICHIKU TECX-20702)

ON AIR LIST
1.Mr. Downchild/The Yardbirds & Sonny Boy Williamson
2.Out On The Water Coast/The Yardbirds & Sonny Boy Williamson
3.I Ain’t Got You/The Yardbirds
4.I Wish You Would/The Yardbirds
5.Stroll On/The Yardbirds

前回1962年にT.ボーン・ウォーカー、ジョン・リー・フッカーなどが初めてヨーロッパにツアーした時にドイツのハンブルグで 録音した「アメリカン・フォーク・ブルーズフェスティバル」を聴きました。彼らはヨーロッパの人たちに暖かく迎えられ、自国のアメリカより人種の差別がないことに喜び後にヨーロッパに移住する者も出てくる。
イギリスでは彼らの公演がきっかけのひとつとなってブルーズが盛んになり、ローリング・ストーンズ、アニマルズなどブルーズを演奏するバンドが増えていった。
そして翌年1963年にはメンフィス・スリム、オーティス・スパン、マディ・ウォーターズ、ソニー・ボーイ・ウリアムソン、ウィリー・ディクソン、ビッグ・ジョー・ウィリアムスらがヨーロッパツアー。その時サニーボーイ・ウィリアムスンと当時イギリスで人気が出てきていたヤードバーズがセッションをしました。その時のライヴ盤から聴いてみようと思います。ヤードバーズはまだデビュー前です。
アルバムのタイトルは「The Yardbirds with Sonny Boy Williamson」
1.Mr. Downchild/The Yardbirds with Sonny Boy Williamson
ヤード・バーズはイギリスの有名な3人のギタリスト、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジが在籍したバンドとして有名ですが。いま聴いてもらったのは、エリック・クラプトン。もうひとりギターがいるんですが、これは初期のメンバーのクリス・ドレアでしょうか。アルバムにクレジットがないのでわかりませんが。
クラプトンはこのアルバムではほとんどソロもなくサニーボーイのバックに徹していますが、サニーボーイと一緒に演奏したこういう経験はクラプトンにとってすごく刺激になったと思います。
ヤードバーズは確かに歴代エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと素晴らしいギタリストがいましたが、バンドの方向性がはっきりしなくて、ブルーズもオリジナルのテイストを失くしてしまうようなアレンジだったり、オリジナルも変にポップだったり・・と、まあクラプトンが脱退したのも”For Your Love”という曲があまりにポップでやめることになったわけですが・・。

ストーンズ、アニマルズ、ゼム、スペンサー・デイヴィス・グループなど60年代初中期にはイギリスに黒人音楽に影響を受けたバンドがたくさんいましたが、僕はヤードバーズはそれほど好きになれなかった。それはヴォーカルのキーフ・レリフの歌声があまり好きやなかったんですね。やはり僕は無意識にその頃からヴォーカルがそのバンドを好きになるかどうかの決め手になってたんですね。
サニーボーイはイギリスで若いミュージシャンやお客さんに暖かく迎えられて本当に嬉しかったようで、イギリスに住みたいと心から思っていたようです。
もう一曲サニーボーイとヤードバーズ
2.Out On The Water Coast/The Yardbirds with Sonny Boy Williamson
次はジミー・リードとビリーボーイ・アーノルドのカバーですが、これが1964年ヤードバーズのデビュー曲ですから最初はしっかりブルーズを志向してたんですよね。選曲もロックしているブルーズを選んだセンスはすごくいいですし、クラプトンのギターもいいです。
3.I Ain’t Got You/The Yardbirds
クラプトンはヤードバーズを脱退してからジョン・メイオール・ブルーズブレイカーズに入って素晴らしいブルーズ・ギターを録音に残して、そのあとクリーム、ブラインド・フェイス、デラニー&ボニーそしてデレク&ドミノスと移っていくのですが、やはりブルーズに根ざしたアメリカの南部の音楽に惹かれていったのがわかります。
次もビリーボーイ・アーノルドの曲です。
4.I Wish You Would/The Yardbirds

次のはご存知の方はシーナ&ロケッツの「レモンティー」の元曲ですね。ヤードバーズには別名で”Train Kept a Rollin”で録音もされているんですが・・・元々は50年代のロカビリーバンドのジョニーバーネットトリオというのががヒットさせた曲です。
ジミー・ペイジとジェフ・ベックがツインギターでいた時の曲でギターが前面に出てきていて、当時の最新のロックという感じがします。
5.Stroll On/The Yardbirds

63年12月にCraw Daddy Club で800人の聴衆を集めて録音したのがこのライヴ盤。イギリスでブルーズが燃え盛っていくその最初の頃の録音。エリック・クラプトン18才です。音はあまりよくないんですが、みんながブルーズに夢中になっているイギリスのいい時代ですね。このあとアメリカの黒人ブルーズマンたちがどんどんイギリス、ヨーロッパに行くようになってそれがさらに拍車をかけ、素晴らしいブリティッシュロックが生まれる土壌になりました。
今日はヤードバーズとサニーボーイのライヴ盤そしてヤードバーズを聴きました。また、ブリティッシュ・ブルーズの特集もやりたいと思ってます。では。

2016.11.11 ON AIR

The Original American Folk Blues Festival
~海を渡ったブルーズマンたち

The Original American Folk Blues Festival(Polydor 825 502-2)
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ON AIR LIST
1.We’re Gonna Rock/Memphis Slim
2.I Wanna See My Baby/T.Bone Walker
3.Need Your Love So Bad/John Lee Hooker
4. Hey Baby/Shakey Jake
5.Shake it Baby/John Lee Hooker
6.Bye Bye Baby/Memphis Slim

 

 

 

このところこの番組では1960年代のアメリカの黒人音楽の流れを追ってきて、前回は1970年にブルーズマンとして初めてグラミーを獲得した”The Thrill Is Gone”を発表したB.B.キングを聴きました。
でも、実はこの60年代ブルーズにとってふたつの大きな出来事がありました。ひとつはアメリカで50年代終わりからウディ・ガスリーやピート・シーガーたちのフォーク・ブームの中から新しいボブ・ディランやジョーン・バエズたちが登場し、アメリカのルーツ・ミュージックの再発見的な動きがあり、その流れでフォーク・ブルーズつまりアコースティック主体の戦前のブルーズマンたち、ミシシッピー・ジョン・ハートやライトニン・ホプキンス、スキップ・ジェイムズ、サン・ハウスたちが再び脚光を浴びました。まあ、フォークブルーズというよりド・ブルーズの人たちもアコギで弾き語りということで何となくその仲間に入れられた感はありましたが・・。
それと別にもうひとつの動きはヨーロッパにアメリカの黒人ブルーズマンたちが行くようになったことです。ヨーロッパではその前からアメリカのディキシーやジャズが盛んで、その流れからルーツであるブルーズがいい、とくに若い人たちがブルーズってかっこいいよねというブームがあり、もちろんこれにはチャック・ベリー大先生がブルーズからR&Rを作ったこともありまして、そのR&Rのルーツであるブルーズにヨーロッパの若者の目が注がれたわけです。それでヨーロッパに呼ばれて「アメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティバル」というのが各地で開催されるようになりました。それを必死なって観に行ってたのがローリング・ストーンズをはじめとする、のちのブリティッシュ・ブルーズ・ロックの若者たちでした。
では、まず一曲。ブルーズマンたちがヨーロッパに行った1962年の「アメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティバル」の音源からメンフィス・スリムの強烈なブギを。ピアノと歌メンフィス・スリム、ドラムはジャンプ・ジャクソン、ベース、ウィリー・ディクソン、ギターはなんとT.ボーン・ウォーカー
1.We’re Gonna Rock/Memphis Slim
このアルバムはハンブルグの小さなスタジオにちょっとお客さんを入れて録音したものらしくて、お客さんの拍手が入ってるものとないものがあります。62年ですからT.ボーンは52才、ウィリー・ディクソン47才、メンフィス・スリムも47、ドラムのジャンプ・ジャックは45才、みんなまだ若くて演奏もバリバリです。

次はT.ボーンがヴォーカルとギターです。T.ボーンはジャズテイストがあるのでジャズ好きのヨーロッパ人に受けたと想います。
2.I Wanna See My Baby/T.Bone Walker

ヨーロッパとくにイギリスの若い人たちにはT.ボーンより次のジョン・リーの方が受けた気がします。
途中のパンク的とも言えるジョン・リーのギター・ソロがおもろいです。最後まで弾かないで語ってしまうところなんか凡人にはなかなかできません。コードが変る小節数もジョン・リーは気にしていないというか、12小節でやっていたのに急に勝手にワン・コードになったりします。バックにウィリー・ディクソン、ピアノにメンフィス・スリム、ギターにT.ボーンというブルーズの名人がいようがジョン・リーはジョン・リーです。国宝みたいな人ですから。
これまた曲もですね。リトル・ウィリー・ジョンの大ヒットI Need Your Love So Badからパクったやろというものですが、そこは影響を受けたということで・・・なんせジョン・リー・フッカーでから。
3.Need Your Love So Bad/John Lee Hooker

次のシェイキー・ジェイクはマジック・サムの親戚のおじさんで、”Roll Your Money Maker”というファンキーな曲でも知られているハーモニカ・プレイヤー。ここではHey Babyという曲名でうたってるんですが、さっきのジョン・リーと同じでこれもリトル・ウォルターのヒット”Everything’s gonna be alright”のパクリみたいな曲です。それ言うたらブルーズって伝承音楽ですからしゃあないんですけどね。
4. Hey Baby/Shakey Jake
やっぱり、最初に Hey Babyって歌ってEverything’s gonna be alrightですからね。ハーモニカの音が遠かったところが残念ですが、ウケてましたね。

再びジョン・リー・フッカー、当時のことをジョン・リーは「イギリスではオレは王様のように大歓迎されたよ」と言ってます。
演奏がおもろいんですが、ピアノのメンフィス・スリムは形どおり12小節の定型ブルーズで演奏してるんですが、ジョン・リーが得意のコードチェンジしないワン・コードブギになって、ベースのウィリー・ディクソンはどうしょうかな・・どっちについていくのかなっていう感じですが、なんとなくスリムのピアノがずっとしっかり型通りやるものですからディクソンもみんながそこに収まっていきます。そのあたりの面白さも聴いてください。ジョン・リーはまったく関係なく進んでますが、ノってます!
5.Shake it Baby/John Lee Hooker
ジョン・リーは傍若無人というか、たぶんワン・コードで自由にやりたかったかも知れませんが・・・おもろいです。

時間があるのでメンフィス・スリムをもう一曲
6.Bye Bye Baby/Memphis Slim

このアメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティバルというイベントは何年か続いて、いろんなブルーズマンがヨーロッパに行ってめちゃウケしてその影響でイギリスでブリティッシュブルーズ、ブリティッシュ・ロックが生まれる土台を作りました。サニーボーイはイギリスのヤードバーズとライヴをやってライヴアルバムを残したりしています。ヤードバーズもまだデビュー前です。まだストーンズもデビュー前。今日は60年代ブリティッシュ・ロック爆発前夜、1962年のアメリカン・フォーク・ブルーズ・フェスティバルを聴きました。

2016.11.04 ON AIR

B.B.Kingを世界に連れ出した “Completely Well”を聴く

Completely Well /B.B.King (ユニバーサル・ミュージック UICY 77464)
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ON AIR LIST
1.I’m So Excited/B.B.King
2.No Good/B.B.King
3.Confessin’ The Blues/B.B.King
4.The Thrill Is Gone/B.B.King

 

 

 

 

前回まで60年代の黒人音楽のヒット曲をいろいろ聴いて1969年まで辿ったのですが、その頃にはブルーズはヒットチャートにはほとんど出てこなくなりました。ところが1970年になってB.B.キングがグラミー賞を受賞することになりました。今日はその受賞曲”The Thrill Is Gone”が収録されている”Completely Well”を聴きます。
僕はこのアルバムをリリースされて1年後くらい71年くらいに聴いたと思う。ロックから黒人ブルーズにのめり込んでいった頃、このアルバムはすぐ好きになったブルーズの一枚。
参加ミュージシャンは当時のニューヨークの一流スタジオ・ミュージシャン、ドラムのハービー・ラヴェル、ベースのジェリー・ジェモット、ギターのヒュー・マクラッケンなど。プロデューサーはビル・シムジックという人で、のちに有名なイーグルスの「ホテル・カルフォルニア」をプロデュースした人で他にもJ.ガイルズやジョー・ウォルシュ。まあ、ロック派のプロデューサー。
でも、それが功を奏したのかブルーズをずっと手がけてきた人とはちょっと違う感覚がホピュラリティを得ることになったアルバム。
まずはすごくかっこいいなぁと聴いた最初に思った曲です。タイトルどおり僕もすごく興奮しました。
1.I’m So Excited/B.B.King

実は買ってしばらくして、このアルバムがブルーズ評論家やコアなブルーズファンにこき下ろされていることを知った。そのこきおろされた理由が「これはブルーズではない」というもので、ひどいのになると「B.B.キングは終わった」みたいなことを言ってる輩もいた。いま聴いてもらった曲のように曲調がファンク調だったり、”The Thrill Is Gone”にストリングスが入っていたり・・そういうことが昔ながらのブルーズを好きなファンからNOと言われてしまった理由だった。しかし、このアルバムが出た60年代終わり、すでに黒人音楽の主流はソウルやファンクといった音楽に移っていた。そして、振り返ってみればブルーズという音楽はその時代の新しい音楽のテイストを少しずつ入れながら生き続けてきた音楽だ。弾き語りのアーシーなブルーズにジャズやラグの要素を入れた小洒落たブルーズを入れたものが生まれ、ビッグバンドを入れてダンサブルにしたジャンプブルーズが流行り、カントリー・ブルーズをエレクトリック化してリズムを強化したシカゴ・ブルーズが生まれ、よりビートが強調されロッキン・ブルーズが生まれ、それはR&Rになり、ゴスペルの要素を入れたモダンブルーズのシンガーが登場したりと・・時代によってブルーズはずっと変化してきた。
B.Bに関して言えば、ファンクになろうが、ストリングスが入ろうがB.B.の音楽、ブルーズに対する根幹的な真摯な姿勢は何も変わっていない。それどころかいまの曲でも新しいものを取り入れてB.Bは?溂としているように感じる。

2曲目のスローブルーズでいつも通りの、揺るがないB.B.を聴く事が出来る。
2.No Good/B.B.King

ジェイ・マクシャン・オーケストラの30年代のヒット曲をファンク・テイストたっぷりにアレンジした次の曲も僕は好きだ。B.Bの他にもリトル・ウォルター、エスター・フィリップス、レイ・チャールズほかロックではローリング・ストーンズがカバー。でも、ファンクテイストでカバーしているのはB.B.だけだと思う。
Confessin The BluesですからConfessは告白とか打ち明けるという意味ですから、「告白のブルーズ」
「自分の心を自分の手に持って君の前に立つよ。君に分かってもらいたくてね。オレをバカにしないで、他の誰よりも君を愛している。これは君への告白だよ。昔のことなんか忘れて明日のことを考えようよ」
3.Confessin’ The Blues/B.B.King

この前はライヴ・イン・ジャパンのアルバムからON AIRしたけど、今日はスタジオ盤。もう一度B.B.のグラミー受賞曲、”The Thrill Is Gone”を聴いてみようと思う。
もともとこの”The Thrill Is Gone”は1951年にロイ・ホーキンスというピアノ・ブルーズマンが録音したのがオリジナル。スリルはワクワクドキドキっていう意味。
「ワクワクドキドキすることはなくなってしまった。オマエはオレにひどいことをしたけどいつの日かそれを悔やむだろう。オレはまだ生きてるけど寂しくなるよ。オレはオマエから離れて自由になった。すべては終わって、オレはただオマエの幸せを祈るだけだ」
B.B.らしいスケールの大きなブルーズになっていると思います。
4.The Thrill Is Gone/B.B.King

評論家やブルーズの頭の固いファンにボロクソ言われたこの曲ですが、この曲があったからヒットしたからグラミーを取ったからB.B.は世界をツアーすることができ、ブルーズを世界に広めることが出来た。どんな時でどこでもB.B.はこの曲だけはかならず歌いました。自分がずっと音楽を出来るようにしてくれた、自分を支えてくれたこの曲なくして自分はないと彼は言ってました。