2018.11.09 ON AIR

追悼:アレサ・フランクリン vol.3
アレサのゴスペル

Amazing Grace/Aretha Franklin(Atlantic/RHINO R2 75627)
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ON AIR LIST
1.What A Friend We Have In Jesus/Aretha Franklin
2.How I Got Over/Aretha Franklin
3.Precious Lord/Aretha Franklin
4.Amazing Grace/Aretha Franklin

8月16日に逝去してしまった偉大なシンガー、アレサ・フランクリンの追悼特集は三回目になります。
今日は彼女の音楽的なルーツ、ゴスペルを歌ったアレサを聴いてみようと思います。
知っている方も多いと思いますが、アレサのお父さんは非常に有名なレヴァレント、つまりバプティストの牧師さんだったのです。クラレンス・ラヴォーン・フランクリン、C.L.フランクリンといいます。
レヴァレントの多くは黒人たちの日常の大変さや苦しみの話をしながら、それを神様が救ってくれていつの日か苦しみのない天国に行けるのだというような説教をしながら歌にそのまま流れていくというスタイルです。そのレヴァレントの中でもアレサのお父さんは「百万ドルの声」と呼ばれたほど声がよくて、録音されたレコードは50年代にすごい勢いで売れました。ゴスペルのレコードの中にはほとんど説教で終わっているものもたくさんありますが、アレサのお父さんが途中で歌いだす声は素晴らしくて普通に歌手としても成功したのではないかと思います。
サム・クックはじめ自分の父親が牧師さんというシンガーはたくさんいます。でも、アレサのお父さんは超有名でした。その有名な牧師さんの子供として、しかも歌のめちゃ上手い子供としてアレサは有名でした。当然、父親も自慢の娘で自分の教会で歌わせるだけでなく、ツアーにもつれていき14才で初めてゴスペルを録音しています。その音源を聴くと大人になってからと何も変わっていない。つまり、14才ですでにアレサは超一流の歌手として出来上がっています。

小さい頃の彼女の当時のアイドルはゴスペルのウォード・シンガーズのリード、クララ・ウォードでした。クララも当時超人気のゴスペル・シンガーで、お父さんの教会へ来て歌うこともたびたびあり、アレサの憧れのシンガーでした。
でも、クララはお父さんの愛人でもありました。アレサの歌い方にクララの感じが入っているのはお父さんに「ほら、私はクララみたいに歌えるよ」と言いたかったのかも知れません。
ちなみに牧師さんというと清廉潔白なイメージがありますが、アメリカでは必ずしもそうではなく愛人がいたり、旅先で女性に手を出したり、お金に汚かったりという牧師さんも結構います。つまりゴスペルはレコードも売れるし、ゴスペルシンガーも説教をする有名な牧師さんも教会のアイドルでひとつのビジネスでもあるわけです。ゴスペルの天才少女をもち、「百万ドルの声」といわれた牧師父C.L.フランクリンはそれはみんなにチヤホヤされ、お金もあり・・ということで女性にも手を出していたわけです。
では、今日はまずアレサのゴスペル・アルバムとして有名なライヴ・アルバム”Amazing Grace”から一曲
ゴスペルのスタンダードな曲
クワイア(聖歌隊)をバックに本当に堂々とした・・というかここが自分のホームのような自由なアレサの歌が聴けます。
1.What A Friend We Have In Jesus/Aretha Franklin

この日のライヴにはアレサが尊敬したゴスペル・シンガー、クララ・ウォードも聴きに来ています。もちろんお父さんも、でも、クララはお父さんの愛人でもあるわけです。そんな中、アレサはクララも歌ったゴスペル・クラシックを歌っています。どんな気持ちだったのでしょう。
「How I Got Over どんな風に私は乗り越えてきたのだろう。神様のおかげだ。私達のために命を捧げなくなった神様に私は感謝する。神様は私を導いてくれる」
2.How I Got Over/Aretha Franklin
実は僕は1975年にロス・アンゼルスでアレサのライヴを一度観ています。フォーラムのような大きな会場で、ちょっとクリスマスが近づく頃でほとんどゴスペルをアレサは歌いました。今日聴いているライヴのように大勢の聖歌隊が最初に歌っていたのですが、何人いてもアレサが登場すると彼女の声はスコーンと通るんです。もうとんでもない声量、そして揺るがないピッチ、そしてどんど聴く者を高みつれていく歌の力にほんとうに驚きました。

このアルバム”Amazing Grace”は1972年にロスの教会でライヴ録音されたものですが、バックのメンバーはドラムにバーナード・パーディ、ギターにコーネル・デュプリー、パーカッションにポンチョ・モラレス、この3人は前年の素晴らしいフィルモアウエストのライヴのメンバーと同じです。ベースはチャック・レイニー。アレンジはすべてアレサ本人がやっています。そして牧師のジェームズ・クリーヴランドがこの日の司教でこの催しを取り仕切り、説教もし歌も歌っています。
そして、このアルバム”Amazing Grace”の特徴はゴスペルの曲とポップな曲を融合したところで、マーヴィン・ゲイの「ホーリー、ホーリー」を歌ったり、インストですがジョージ・ハリスンの”My Sweet Lord”も演奏されています。
次の歌はイントロの歌い出しはキャロル・キングの名曲”You’ve Got A Friend”でそこからゴスペルの”Precious Lord”へ流れ、また”You’ve Got A Friend”へ戻るというアレンジですが、このアレンジはアレサだから歌えるので他の歌手では無理です。もう神がかってます。ポップの曲をゴスペルにしてしまうというワザはやはりアレサだからです。
3.Precious Lord/Aretha Franklin
もう鳥肌ものというか・・・信仰のない僕のような者までを天国に連れて行くようなこの歌の力はなんでしょう。多くの黒人たちが日曜日教会で牧師さんの説教とこういうゴスペルの歌に日々の苦しい、抑圧された心を解放される理由がなんとなくわかります。こういうゴスペルの中にいる時だけ高揚する心を彼らは自由にできる。つまりアレサは苦しんでいる黒人たちをそのゴスペルの歌の力で自由にし、束の間ですが解放してあげているわけです。
そして、歌っているアレサ自身も愛人のいる父のことも、それゆえに家を出ていった母のことも、ヒモのようないいかげんなDV男である旦那のことも忘れられ、心を神様に捧げるように全身全霊をもって歌い、心を解放できたのではないでしょうか。
最後にアルバム・タイトル曲、Amazing Graceを16分以上あるんですが、聴けるところまで聴いてください。
4.Amazing Grace/Aretha Franklin

このアルバム、是非ゲットしてください。ネットでもレコード店でも手に入ります。たぶん一生聴くアルバムになると思います。
そして、アレサのことをもっと知りたい方はアレサ・フランクリン「リスペクト」というディヴィッド・リッツが書いて、新井崇嗣(あらいたかつぐ)さんが訳された本を一度読んでみてください。

2018.11.02 ON AIR

追悼:アレサ・フランクリン vol.2
アレサのブルーズ

the Delta Meets Detroit: Aretha’s Blues/Aretha Flanklin (RHINO R2 72942)
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ON AIR LIST
1.Dr.Feelgood(Love Is A Serious Business)/Aretha Franklin
2.Good To Me As I Am To You/Aretha Franklin
3.Night Time Is The Right Time/Aretha Franklin
4.Night Life/Aretha Franklin

前回に引き続き、8月16日に逝去してしまった偉大なシンガー、「ソウルの女王」アレサ・フランクリンの追悼二回目です。
前回はアレサのヒット曲を聴いたのですが、今回はアレサのブルーズについて話したいと思います。
アレサは教会音楽ゴスペル出身のソウル・シンガーという捉え方が一般的ですが、その中には強いブルーズテイストが潜んでいます。
例えば、前回聴いたソウルを歌い始めたアトランティック・レコードでの最初のヒット”I Never Loved A Man The Way I Love You”もブルーズ・テイストがあります。
歌は重くブルーズ感は確かにあるのですが、ブルーズがもつ下世話な感じがしないブルーズです。彼女の声質や歌い方もあると思いますが、彼女の性格、気持ちも作用していると思います。
いまから聴く”Dr.Feel Good”はしっかりしたブルーズ・テイストを感じさせます。
「彼と一緒にいるとほかには誰もいらない。彼と愛し合っている時は何もいらない。医者もいらない。だって彼がドクター・フィールグッドと言う名前の医者だから。病気も苦しみも直して、めっちゃ気持ちよくさせてくれるから」
かなり官能的な歌詞でこれはアレサのオリジナルなんですが、インタビューで「この曲はとてもセクシャルですよね」と言われたアレサは「いや、これはセクシャルな歌ではなく恋愛の歌だ」と否定したという。思えば、アレサにはセクシーな、女を表に出して勝負するような歌はあまりないです。それは幼い頃から教会で育ち、ゴスペルを歌ってきたから彼女の中に培われたものなのかはっきりわかりませんが、・・・とにかく何を歌ってもどこかに品がある歌を歌った人です。
さあ、このセクシャルな歌をみなさんはどう聴きますか
1.Dr.Feelgood(Love Is A Serious Business)/Aretha Franklin
どうでしたでしょうか。彼がドクター・フィールグッドというだけでも僕なんかいろいろ想像してしまいますが・・。

彼女はこの曲以外にも”Think”,”Rock Steady”などいい曲を書いた優れたソングライターでもありました。
いま聴いてもらったのは”the delta meets detroit aretha’s blues”というコンピレーション・アルバムに収録されているもので、タイトルにブルーズとついているとおりアレサのブルーズっぽい曲を集めたものです。録音はすべてアトランティック・レコードなんですが、実はアトランティックに録音する前にアレサはコロンピア・レコードに在籍していて、その時にも”Aretha Sings The Blues”という「アレサ、ブルーズを歌う」というアルバムも出しています。ソウルの女王と呼ばれていましたが、とてもブルーズのテイストの強いシンガーでもありました。そのアレサの憧れだった女性シンガーがジャズシンガーのダイナ・ワシントンです。40年代から50年代に活躍してすごい人気だったダイナはジャズにしてはブルーズ色が濃くて「ブルーズの女王」とも呼ばれました。ダイナは男性遍歴も多く何度も結婚離婚を繰り返し、最後は麻薬中毒で亡くなりましたが女性の強さと弱さと可愛さが混在した歌はすごく魅力的です。亡くなったあとすぐにアレサはダイナへの追悼盤を録音したくらいダイナが好きだったのです。

次の曲もアレサのオリジナルのブルーズでギターをエリック・クラプトンが弾いてます。当時クラプトンはクリームの時代でレコード会社がアレサと同じアトランティック。「カラフルクリーム」というアルバムをレコーディングしている時にアレサのレコーディングを覗きにきていて、その時にアトランティックの社長のアーメット・アーディガンがクラプトンにギターを弾いてみたらと薦めたらしいです。クラプトンは天下のアレサフランクリンのバックでギターを弾くのにビビって、うまくいかなかったらしいです。それでクラプトンは翌日アレサがいない時にギターをもう一回入れ直したんですね。それがこの曲。
2.Good To Me As I Am To You/Aretha Franklin
当時イギリスでいちばんのロックギタリスト、エリック・クラプトンもソウルの女王、アレサの前では緊張して上手く指が動かなかったわけです。
僕なんかアレサとは口もきけないと思います。
いまの曲は68年の”Lady Soul”というアレサのアルバムに入ってるのですが、そのアルバムにはもう一曲”Sice You’ve Been Gone”という彼女のオリジナルも収録されています。そういうオリジナル曲の作詞作曲者の名前にアレサと一緒に当時の旦那のテッド・ホワイトの名前がクレジットされているのですが、旦那は印税欲しさに名前を入れただけで作詞も作曲もしてません。このぐうたらな旦那がずっとアレサを精神的に悩ましていたのは有名な話ですが、黒人音楽のトップに立ってもアレサは決して幸せではなく、一日にタバコを3箱吸ってお酒にも頼るほどヘヴィ・ドランカーだった時期です。
次はレイ・チャールズの1961年のアルバム”The Genious Sings The Blues”に収録されているのを、アレサはカバーしたのだと思います。レイのライヴではよく歌われていたブルーズです。
3.Night Time Is The Right Time/Aretha Franklin
レイ・チャールズはアレサの有名な71年のフィルモアのライヴアルバムに飛び入りゲストで出てきてふたりで歌う感動的なシーンがありますが、やはりサム・クック、レイ・チャールズ、そしてアレサ・フランクリン、この3人が60年代にソウル・ミュージックの土台を作ったことに間違いはないと思います。
この3人ともがゴスペルを持ち込んで新しくソウル・ミュージックを作ったのですが、この3人ともがブルーズ・テイストが強くてブルーズのアルバムもそれぞれ作っているところに、60年代の黒人音楽の土台作りが見えるような気がします。
来週アレサのゴスペルを聴きますが、有名な牧師さんの娘であり教会で育ってきたようなアレサですが私生活、日常生活ではすごくブルーで、そのゴスペルの聖なる心とブルーズの俗な心の揺れ動く気持ちが素晴らしい黒人ポップ・ミュージック、つまりソウルを作ったのだと僕は思います。
次は元々カントリーのウィリー・ネルソンの曲ですが、B.B.キングが素晴らしくブルージーなカバーを残したことでいまやブルーズとして捉えてる人も多いと思います。アレサもこの録音の少し前にリリースされていたB.B.のヴァージョンを聴いてたのかも知れません。
「ナイトライフ・・夜の生活はよくないと知ってるけどねでも、夜の生活が私の生活なの」
4.Night Life/Aretha Franklin

来週はアレサの音楽の原点であるアレサのゴスペルを聴きますが、改めて彼女が残した素晴らしい歌の多さにどれをON AIRしょうかと悩む日々です。
では、また来週!

2018.10.26 ON AIR

追悼:アレサ・フランクリンの偉大さ vol.1
アレサのヒット曲


Aretha Franklin/The Very Best Of Aretha Franklin vol.1(Atlantic/RHINO/Waner Music WPCR-26221)

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ON AIR LIST
1.Respect/Aretha Franklin
2.I Never Loved a Man (The Way I Love You)/Aretha Franklin
3.Chain Of Fools/Aretha Franklin
4.You Make Me Feel Like A Natural Woman/Aretha Franklin
5.Think/Aretha Franklin

去る8月16日に偉大な女性ソウル・シンガー、アレサ・フランクリンが亡くなりました。
ツイッターはじめSNSには世界中から追悼のメッセージが溢れて、テレビのニュースでも取り上げられ改めて多くの人が彼女の存在の大きさを確認したと思います。
60年代から70年代の黒人女性シンガーたちにとってアレサはまさに尊敬しうる、ソウル・ミュージックの女王でしたが、結局いまもアレサに代わるソウルの女王と呼ばれるシンガーはいないと思います。
多くの女性シンガーが影響受けたシンガーとしてアレサの名前を上げていますが、それは音楽的にだけでなく自立した女性として、意見や意志をしっかりもった女性としても彼女は尊敬の対象でした。
アレサが表舞台に登場した60年代半ば、当時高校生だった僕は毎晩夜になるとラジオの洋楽番組を聴いていました。お目当てはビートルズやストーンズなどのロックバンド。そんな中時折ヒットチャートに入ってくるシュプリームスのようなポップな黒人ソウルもありましたが、サザン・ソウルやディープソウルと呼ばれるような強烈な黒人らしさをもった曲はほとんどチャートには出てきませんでした。ところがある日、新しい黒人シンガーの紹介ということで流れたのがアレサ・フランクリンのこの曲だった。
「あなたが欲しいものはあげてるし、あなたが必要なものもあげてるよね、でも、家に帰ってきたらわたしをリスペクトして、私に敬意を払って、R.E.S.P.E.C.T(リスペクト)それがどんな意味があるのか考えてほしい、T.C.B.(Take Care Of Your Bussiness/ちゃんとしっかりしてね)
私がいなかったらどうするの」
1967年R&B POPチャート両方で1位の大ヒット
1.Respect/Aretha Franklin
この曲はその2年前1965年にオーティス・レディングがヒットさせていて、アレサはカバーをした訳ですがこれがなんとミリオン・セラー。アレサはオリジナルの歌詞も少し変えているのですが、オリジナルのオーティスは”I just lost my song. That girl took it away from me.”と、「僕の曲は彼女に取られてしまった」つまり、あの曲はもうアレサの曲だと言ったそうです。実際この歌はアレサが歌うことで夫婦間のことだけでなく、当時の黒人女性の権利についての主張としてもとらえられました。

今日はアレサのまず忘れられないヒット曲(これがまたたくさんあるのですが・・・)を聴いてみようと思います。
アレサのヒット曲のほとんどは60年代から70年代のアトランティック・レコードに在籍した時期にリリースされたもので、プロデューサーはジェリー・ウェクスラー。彼はアレサがその前に在籍していたコロンビアレコードの頃から、アレサのレコードを作りたいと強く思っていてコロンビアとの契約が切れると真っ先に契約を申し出たそうです。
そして、ニューヨークに住むアレサをアラバマの田舎街のマッスルショールズのフエイムスタジオに連れていってレコーディング。アレサはニューヨークに素晴らしいミュージシャンがいるのになんでこんな田舎へ来なきゃアカンのか・・・と思ったそうです。
でも、マッスルショールズにはジェリー・ウェクスラーの狙い通りの彼女にぴったりのサウンドがありました。
アレサの最初のヒット曲です。
2.I Never Loved a Man (The Way I Love You)/Aretha Franklin
この曲のヒット以降、60年代のほとんどはマッスルショールズのキーボードのバリー・バケット、ギターのジミー・ジョンソン、ベースのデビッド・フッド、ドラムスのロジャー・ホーキンスというメンバーで録音が行われました。
翌年1968年には”Lady Soul”というアルバムがリリースされるのですが、このアルバムのタイトル「レディ・ソウル」「淑女のソウル」という呼び名が本当に当時のアレサにふさわしいものでした。この頃のアレサは曲だけでなく、衣装や喋る内容もそうですがセクシーさとか色っぽさで売るのではなく、男性と対等のひとりの人間としての歌として扱ってほしいという想いがあったと言います。品格のようなものを大切にしていたと思います。
そのLady Soulの一曲目、僕はこの曲がめちゃめちゃ好きです。
自分ひとりが彼女だと思っていたら男にはチェーンでつながっている玉のようにいろんな女(Fools)がいて、自分はそのひとりでしかなかったという歌。でも、このチェーンはね、いつか切れるてしまうよ。・・・まあ、その男に「ええ加減にせえよ」という強い歌です。
3.Chain Of Fools/Aretha Franklin
この歌をアレサは当時の旦那だったテッド・ホワイトに向けて歌ったと言われている。曲が売れて有名になって幸せになっていくように見えていたアレサの私生活は、実はアレサが稼いだお金目当てで女遊びをするしかも暴力もふるう旦那によって幸せではなく、アレサは酒浸りになっていたといわれてます。
でも、このアルバム”Lady Soul”にはもうひとつアレサが生涯歌った名曲、彼女がそんな幸せでない私生活を送りながらも自堕落にならない立派な女性でいたいという思いをこめたこの歌があります。
4.You Make Me Feel Like A Natural Woman/Aretha Franklin
キャロル・キングとキャロルの当時の旦那さんだったジェリー・ゴフィンが作った名曲です。
「あなたに会うまでは辛くて悲しい日々だったけど、あなたと出会ってからは私の心は穏やかになっていく。そして、あなたは私をナチュラル・ウーマンにしてくれる、つまり自然な女、ありのままの自分にあなたはしてくれる」という歌ですが、実はこの歌の「あなた」はひどい旦那のデッド・ホワイトではなく、アレサは神様をあなたとして歌ったと言われています。
そういう言われて聴くと確かにこの歌から感じるゴスペル・テイストは、そういうことなのかと納得です。ラブソングではない何かをこの歌は含んで歌われたんですね。
そして、同じ68年にはもう一枚素晴らしいアルバム”Aretha Now”がリリースされています。
ブルーズ・ブラザーズの映画でソウル・フード店の女将の役で登場したアレサ。ぴったりでした。うだつの上がらない旦那役のマット・マーフィもぴったりでした。そのシーンで歌われたこの歌。「私たちはお互いに必要なんだからもうすこしあんた、考えてくれへんか」
これはアレサのオリジナルです。
5.Think/Aretha Franklin
こうして聴いてくるとアレサはどうしょうもない、ひどい自分の旦那に向けて歌の中で訴えたり、怒ったり、嘆いたりし、どこかで神様に救いを求めて歌っていたのかも知れません。

来週はこの番組らしくブルーズ・テイストのアレサの歌声を聴きたいと思います。

2018.10.19 ON AIR

反骨のブルーズマン、J.B.レノアのシングル・コレクション

I wanna play a little while(The Complete Singles Collection 1950-1960)/J.B.Lenoir (Jasmine JACD-809)
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ON AIR LIST
1.Korea Blues/J.B.Lenoir
2.Let’s Roll/J.B.Lenoir
3.Mama Talk To Your Daughter/J.B.Lenoir
4.Don’t Touch My Head/J.B.Lenoir
5.Eisenhower Blues/J.B.Lenoir

 
最近、大好きなJ.B.レノアのコンプリート・シングル・コレクション1950~1960というアルバムをゲットしました。アルバムタイトルは「I Wanna Play A Little While(オレはすこしの間演奏したい)」ですが、CD二枚組全30曲収録されています。
2015年にイギリスのジャスミンレコードからリリースされてます。今日は50年代のシカゴのブルーズ・クラブにJ.Bルノアを聴きに行きましょう!ビールでも用意してください。

大好きなレノアなので30曲もあるとON AIRしたい曲がありすぎて選曲に悩むところですが、まずいちばん最初のシングルを聞いてみましょう。
1950年録音、僕が生まれた年ですね。シカゴ「チェス・レコード」での録音でピアノがサニーランド・スリム、ギターリロイ・フォスター、ドラムがアルフレッド・ウォーレンスというメンバー。
レノアは発売禁止になった政治社会ネタのブルーズも歌った強いプロテストの意志を持ったブルーズマンですが、最初のシングルからブロテスト・ブルーズです。
「アンクルサム(アメリカ政府)がオレをここから追い出すってなんでだ。やつはこう言うんだ・・オマエが韓国で必要なんだと。恋人よ、心配しないでくれ。空を飛行機で飛び初めている。中国人に撃墜されてコリアのどこかで死ぬだろうよ・・・」と戦争に行きたくない、徴兵されたくない気持ちを歌っている。
1.Korea Blues/J.B.Lenoir
第二次世界大戦がやっと終わったのにまた徴兵で朝鮮に行かなくてはいけない黒人たちの気持ちを代弁したようなブルーズ。
レノアの才能を見つけてクラプやレコーディングの面倒をみたのは、いろんなブルーズマンの面倒をみた偉大なビッグ・ビル・ブルーンジー。
51年からはJOB、パロット、チェッカーとレコード会社を渡り歩きながらレノアは確実に充実した自分のブルーズを作り上げていきます。次はJOBレコードに残したダウンホーム感とモダンさが混じったいかにもJ.B.レノアらしいシャッフル・ビートでたまらんグルーヴ感です。
2.Let’s Roll/J.B.Lenoir
ピアノとギターとドラムが混然一体となったサウンドとグルーヴが当時のシカゴブルーズの匂いを感じさせるダンス・ナンバーです。

僕は自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」でMojo Boogie,Feel So Good,Voodoo Musicとレノアの曲をカバーしていますが、次の曲も昔マジック・サムのカバーをカバーしてました。サムのバージョンは若いのでテンポも早くてソリッドでエッジが効いてますが、このオリジナルのレノアのブギにも腰が動いてしまいます。1955年この曲はR&Bチャートの11位まで上がってます。
3.Mama Talk To Your Daughter/J.B.Lenoir
独特のポップな感じがあります。

J.B.レノアはパーカッションとデュオでやったり、ピアノ、ドラムと自分のトリオでのものだったり、次のようなしっかりしたバンド形態にホーンを二本入れたものだったり、いろんなパターンがあるのですが、どれも聞き応えがあるところが素晴らしい。つまり本人がどういう形でやろうとブレていないということです。
次のはアルト・サックスとテナー・サックスを加えてベースはシカゴ・ブルーズのフィクサー、ウィリー・ディクソンです。
タイトルはDon’t Touch My Headですから「オレの頭にさわるな」ですが、黒人のブルーズやリズム&ブルーズの曲には頭というかヘアースタイルとかウィグ、かつらとかのネタがよくあります。これも「靴もピカピカに磨いて、ダイヤの指輪もはめてんねん、ヘアースタイルもばっちりやからオレの頭に触んなよ。さわったらぶっとばすで」やっぱりかなりヘアースタイルにはナーバスなんですかね。
4.Don’t Touch My Head/J.B.Lenoir

レノアのすごいところはすべて自作の曲であり、そのハイトーンの歌声もいっぱつでレノアとわかるもので、つくる曲も政治的社会的なプロテストな内容のものがあったり、と思えば独特のシャッフル・ビートのダンサブルなものがあったり、すべてが個性的であるところです。よく着ていたシマウマ柄のジャケットも彼のトレードマークでした。
毎日畑仕事を手伝っていたミシシッピーを15才(中学三年です)で出てからニューオリンズに行って、そこからシカゴまで上がってきて最初は精肉の加工工場で働きながらクラブで演奏できるチャンスをねらっていた彼のことを思うと、38才の若さで交通事故で亡くなったのは本当につらい。
最後は当時のホワイト・ハウス筋から大統領のアイゼンハワーを批判した歌としてクレームがついて発売禁止なったブルーズ。
「金はないしや、楽しいこともない。なんでって稼いだ金ぜんぶ税金で取られるんやから。1セントもないや。家賃も払えんし、オレの彼女は服も靴も買えへん。どないせぇっていうねん。オレは大統領のアイゼンハワーのせいでどつぼや。めちゃブルーや。この世はどないなってんねん」
J.B.レノアはやっぱり気骨のあるブルーズマンです。
5.Eisenhower Blues/J.B.Lenoir

結局二枚組の一枚の中から5曲しか聞けなかったので、またいつかもう一枚聞きます。
J.B.レノア・・・どのアルバムもいいです。是非ゲットしてください。

2018.10.12 ON AIR

追悼:愛すべき、忘れがたいブルーズマン、レイジー・レスター

They Call Me Lazy(OLDAYS 6208)

They Call Me Lazy(OLDAYS 6208)

blues stop knocking'(Antone's TMG-ANT 0051)

blues stop knocking'(Antone’s TMG-ANT 0051)

 

ON AIR LIST
1.They Call Me Lazy/Lazy Lester
2.I Hear You Knockin’/Lazy Lester
3.I’m Not A Fighter/Lazy Lester
4.I Love You Baby/Lazy Lester
5.Lonesome Highway Blues//Lazy Lester
 

大好きなブルーズマン、レイジー・レスターが亡くなってしまった。
好きなミュージシャンの訃報ばかりで気が滅入る。自分が好きだった音楽が、もうライヴでは聴けなくなり、残された音源だけになってしまうのはやはり寂しい。
レイジー・レスターは今年5月に公開された映画「I AM THE BLUES」でその元気な姿を観たばかりだった。映画が製作されたのは2015年だったからすでに三年が経っていたのだけれど、ボビー・ラッシュ、バーバラ・リン、キャロル・フラン、リトル・フレディ・キングなどみんな高齢者なんだけど、レイジー・レスターは飄々として陽気でお茶目で元気な様子だった。

芸名は怠け者のレスターだが、本名はレズリー・カーズウェル・ジョンソンと立派な名前だった。1933年生まれ。ルイジアナのバトンルージュの近くで生まれ育った。南部ルイジアナで育ったのになぜか好きになったのがシカゴ・ブルーズのジミー・リードとリトル・ウォルター。当時ジミー・リードとリトル・ウォルターは全国的なヒットを出していたからルイジアナにいても影響を受けたのでしょう。
「ルイジアナ四天王」と呼ばる4人がいて、ロンサム・サンダウン(寂しい夕暮れ)スリム・ハーポ(すらっとしたハーモニカ吹き)、ライトニン・スリム(すらっとした稲妻さん)それにこの怠け者レスターさんですから・・。どうもレコード会社エクセロの社長のジェイ・ミラーが芸名つけるのが好きらしくて「ああ、君、今日からレイジー・レスターで行くで」みたいな感じやったらしいです。
本人は「オレ、別にそんなに怠け者やないで」って言うてます。
ですが、「みんなはオレのこと怠け者っていうねん」という名刺がわりの一曲です
1.They Call Me Lazy/Lazy Lester
こののんびり感。いいですね。
1956年、レスターさん23才の時にエクセロ・レコードに初めて録音します。
前も彼を特集した時に言ったのですが、初レコーディングに至った経緯がほんまかと思うくらい面白いんですが、
まだデビューする前に一日の仕事を終えて(普通の仕事を朝起きて夕方までしてたんでしょう)レスターさんはバスに乗って家に帰ろうとしました。そしたらバスにライトニン・スリムさんが偶然乗ってたんです。スリムさんはレコーディングに行くのにバスに乗ってたのですが、たぶんギターを持ってたんでしょ。その頃スリムさんはちょい売れしてまして、レスターさんは声をかけました。「ええ、すごい!あのライトニン・スリムさんですか・・どこへいかはるんですか」と訊くと、スリムさんが「いまから録音でスタジオへ行くんや」するとレスターさん「ついて行っていいですか」と突っ込みました。まあ、50年代のルイジアナのクロウリーいう田舎街ですからのんびりしたもんです。「まあ、ええけどな・・」とスリムさんに言われて「ラッキー」とばかりにスタジオへついていきました。
そしたら、その日ライトニン・スリムの録音でハーモニカ吹く奴が時間になってもなかなかスタジオに来なかったので、レスターさんは「あの~、僕ハーモニカ吹けるんですよ」と売り込んだんです。エクセロ・レコードの社長のジェイ・ミラーがスリムさんに「スリム、さっきからおるけど誰やねん、こいつ」「いや~。オレもよう知らんのですがバスに乗ってたらついてきたんですよ。君ほんまにハーモニカ吹けるんか・・」「吹けます、吹けます」
それで初レコーディング。それでしばらくそのライトニン・スリムさんのバックでハーモニカとして活躍することになったというほのぼのとした話です。
それで56年初めて自分のレコーディング。それがいまのThey Call Me Lazy。
レイジー・レスターにはロックン・ロールに繋がるビートがあります。歌のテンションは高くなくてダウンホームなんですがバックのビートがステディなロックなんですよ。もう踊るしかないやろみたいなダンサブルなリズムがあります。ダウンホームな歌とバックのステディ・グルーヴの組み合わせがエクセロレコードの魅力のひとつです。
2.I Hear You Knockin’/Lazy Lester
かっこいい曲です。
レスターさんはすごくヒットした曲はないんですが、いい感じのダウンホームとファンキーがミックスされたブルーズを歌った人だった。
エクセロというレコード会社はシカゴブルーズのような重さはなく、ウエストコーストのような洒落た感じもなく、テキサスのようにアグレッシヴでもないんですが、同じレーベルのスリム・ハーポもストーンズなんかに人気のあったブルーズマンですし、ストーンズの新しいアルバムでHoo Doo Bluesをカバーされたライトニン・スリムもエクセロレーベルのブルーズマンなんですが、ダウンホームでありながらビートはしっかりしてファンキー、そしてどこかポップ感があるという微妙なさじ加減はエクセロレコードならではです。
次の曲は60年代のイギリスのビート・グループ、「キンクス」がカバーしています。
3.I’m Not A Fighter/Lazy Lester
自分の彼女にしょかなと思っていたらら体のデカイ強そうな男が出てきて、僕は愛の男で戦う男やないんよ。I’m Not A Fighter。レイジーで怠け者やしね。まあ、ライオンみたいに吠えることも蜂みたいに刺すこともできるけど僕の血の中にはウサギの血が入ってる、つまり優しい?っていうことでしょうか。
70年代レイジー・レスターの名前は聞かなくなり、一時期リタイア状態で80年代にはもう亡くなっているという話もありましたが、87年に「何言うてんねん。オレは生きてるよ」とばかりにアルバム”Lazy Lester Rides Again”で復活、2000年には来日もしました。第7回のパークタワーブルーズフェスでした。
これから聞いてもらうのは2001年にアントンズ・レーベルからリリースされた”Blues Stop Knockin’というアルバムでファビラス・サンダーバードのジミー・ボーンほかアントンズ界隈のミュージシャンたちがバックをしています。
歌の途中でレスターさんの笑声が出るくらい楽しさが満載の曲で、踊り出したくなるような実に気持ちのいいビートが続きます。
4.I Love You Baby/Lazy Lester
映画で見たレイジー・レスターさんは怠け者というより、優しい人でした。顔つきみてもねほのぼのした感じで笑顔がいい感じでした。
最後にダウンホーム、レイドバック・ブルーズの極めつけみたいなブルーズを聞いてください。こういう感じは本当に普段の生活のリズムがこうやないと演奏できないやろと思える曲です。
5.Lonesome Highway Blues//Lazy Lester
夕暮れのハイウェイをぼろい車で走っている感じでした。
映画「I AM THE BLUES」はもう公開が終わってますが、DVD化されていないのでしょうか。それともまだ日本でリリースされてないのかいるんでしょうか。
もし、DVD化されたら是非観てください。レイジー・レスター、本当に愛すべき、忘れられないブルーズマンでした。寂しいです。