2019.12.20 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズスタンダード集 vol.6
テキサスブルーズ

The Original Peacock Recordings/Clarence”Gatemouth”Brown (ROUNDER CD 2039)

The Original Peacock Recordings/Clarence”Gatemouth”Brown (ROUNDER CD 2039)

Blues After Hours/Pee Wee Crayton (CROWN/P-Vine PCD-3028)

Blues After Hours/Pee Wee Crayton (CROWN/P-Vine PCD-3028)

21BLUES GIANTS BLIND LEMON JEFFERSON/Blind Lemon Jefferson (P-Vine PCD-3759)

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ON AIR LIST
1.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown
2.She Walks Right In/Clarence Gatemouth Brown
3.Blues After Hours/Pee Wee Clayton
4.Matchbox Blues/Blind Lemon Jefferson
5.See That My Grave Is Kept Clean/Blind Lemon Jefferson

前回、前々回のこの「ブルーズスタンダード集」ではテキサスからウエストコーストへ移っていったT.ボーン・ウォーカー、ジョニー・ギター・ワトソンなどの名曲を取り上げたのですが、
今回はテキサスから離れなかった「ヒューストン・ジャンプブルーズ」のポス、クラレンス・ゲイトマウス・ブラウンから聴いてみましょう。

1910年生まれのT.ボーン・ウォーカーの14才年下がゲイトマウスで、そのゲイトより更に10才くらい年下がアルバート・コリンズ、ジョニー・ギター・ワトソン、そして少し下のジョニー・コープランドと続き、その後に現在も活躍する白人のジミー・ボーン、そして弟スティーヴィー・レイ・ボーンと続きます。テキサスはブルーズギタリストの宝庫。
ゲイトマウスのアグレッシヴなギターが炸裂しているブルーズギター・インストルメンタルの名曲です。
1954年録音
1.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown

ギターのフレイズ、グルーヴ感などいま聴いてもまったく古さを感じさせない素晴らしさ。ゲイトマウスは基本的にT.ボーン・ウォーカーの流れを汲むブルーズマンですが、本人はインタビューで「T.ボーンの影響は受けてない」と言い張ってましたが、どう聴いても影響はあります。
いまのOkie Dokie Stomp曲はギター名人のコーネル・デュプリーの1974年のヒットアルバム「Teasin’」でカバーされていますが、デュプリーも同じテキサスの後輩です。
ゲイトマウス・ブラウンは1940年代後半から50年代後半まで約10年間、ピーコック・レコードから怒濤のようなヒューストン・ジャンプ・ブルーズを送りだし、1966年にはテキサスのダラスのテレビ局で放送されていた「The Beat」という番組のハウスバンドのリーダーもやってました。
50年代テキサス、ルイジアナあたりではゲイトマウスの影響を受けたミュージシャンは多かったと思います。

次の曲は僕がブルーヘヴンというバンドを組んでいた時にレパートリーしていた曲なんですが、僕がゲイトマウスの曲を歌うきっかけになったのはそのブルーヘヴンのギタリストであった吾妻光良くんの影響でした。
吾妻くんからはゲイトマウスだけでなくヒューストン・ジャンプ・ブルーズからジャンプ・ブルーズ全体の面白さを教えてもらったように思います。
では、ブルーヘヴンで録音もした曲でゲイトマウスの名曲として取り上げました。
2.She Walks Right In/Clarence Gatemouth Brown
ゲイトマウスは78年のボビー・ブルー・ブランドと一緒に来日して以来、何度か日本に来ました。本人は「オレはブルーズだけでなくアメリカン・ミュージックをやっているのだ」と言って、フィドル(バイオリン)を弾いてカントリー&ウエスタンの類をやるのですが、僕はゲイトマウスのブルーズを聴きたかった。他のアメリカン・ミュージックは他の人から聴きます・・と言いたかった。

テキサス出身のブルーズマンと言えば、ピー・ウィー・クレイトンもそうです。彼のライヴをアメリカと日本で何度か観たのですが、ギターが上手いのか下手なのかわからない不思議な人でした。
失礼ですが「ヘタウマ」という評価も日本のブルーズ・ファンの間にはありました。実際「おっ!すごい!」と思わせるプレイをした後になんかグダグダになったギターソロ弾いたりする人でした。
でも、次の曲は彼が残したブルーズのスタンダードでしょう。
3.Blues After Hours/Pee Wee Clayton
ギター・スタイルは明らかにT.ボーン・ウォーカーの影響です。ゲイトマウスもそうですが、やはりT.ボーンの影響はテキサス、ウエストコーストでは強烈に大きかったんですね。というより全国的ですね。
考えてみれば当時メンフィスにいたB.B.キングもT.ボーン、ロックンロールのキング、チャック・ベリーもT.ボーン、そしてスライドギターで有名なエルモア・ジェイムズがスライドを弾かないでレギュラーで弾いているソロにも明らかにT.ボーンの影響があります。だから、「モダン・ブルーズギターの父」がT.ボーン・ウォーカーだと言われるのは間違いのないことです。
では、そのT.ボーンは誰の影響を受けていたのかという話になりますが、彼が10代の頃のテキサス・ブルーズマンのトップにいて、全国的にも知られていたのがブラインド・レモン・ジェファーソンでした。
もちろんエレキギターが生まれる前の時代、1920年代にテキサスのダラスを中心に活躍したブラインド・レモン・ジェファーソンは当時最も売れたブルーズマンです。
4.Matchbox Blues/Blind Lemon Jefferson
1893年生まれのブラインド・レモンは盲目でした。昔のカントリー・ブルーズマンにブラインドと名前につく人が多いのですが、例えばブラインド・ブレイク、ブラインド・フィリー・マクテル、ブラインド・ウィリー・ジョンソンなどブラインドとつくブルーズマンは盲目です。
一説では、昔の黒人たちが貧しくて妊婦の栄養状態が悪いために盲目の子どもが多く生まれたともいわれています。でも黒人で盲目でも食べて生きていかなければならないので、ギターや楽器を覚えて音楽を生活の糧にしょうとした黒人は多かったのです。ブラインド・レモンはボクサーとしてリングに立ったこともありました・・・盲目なのに・・・。半ば笑い者にされていたのかも知れません。そう思うと切ないです。
でも、1920年代はじめにパラマウントレコードからレコーディングを始めるとすごい人気になり29年までに100曲を録音しています。つまり、黒人ブルーズマンとして彼は最初のレコーディング・スターだったのです。
そのプレイにライトニン・ホプキンスはじめ故郷テキサスの多くのブルーズマンが憧れましたが、T.ボーンは目が見えないブラインド・レモンの手を引いて世話をし、時には一緒にプレイをしてもらったらしいです。
次の曲は「ひとつ頼みがあるんだ。オレの墓をきれいにしておいてくれないか」というもうすぐ死んでしまうという男をテーマにした宗教的な歌。
5.See That My Grave Is Kept Clean/Blind Lemon Jefferson
彼はブルーズだけでなく宗教的なスピリチュアル、ワークソング、バラッドなどいろんなジャンルの音楽を歌いました。そして、そのギターと歌は後続のミュージシャンに大きな影響を残しました。彼は盲目ではありましたが、アメリカ中を旅していろんな街で歌いました。パラマント・レコードがシカゴにあったために途中からその地に住んでいました。そしてシカゴが吹雪きに見舞われた夜、ブラインド・レモンは道がわからなくなったのか道端で凍死しているのが見つかりました。1929年。36才でした。

1920年代のブラインド・レモン・ジェファーソンからT.ボーン・ウォーカーやライトニン・ホプキンスへ、そしてゲイトマウス・ブラウン、アルバート・コリンズ、ジョニー・ギター・ワトソン、ジョニー・コープランド、そしてジミー・ボーン、スティーヴィー・レイボーンへ・・・とテキサスはまさにブルーズギタリストの宝庫です。そして、そこから生まれた名曲、スタンダードも多かったわけです。