2026.08.07 ON AIR

暑気払いブルーズギター・インストルメンタル名曲集 vol.1

ON AIR LIST
1.Hide Away/Freddy King
2.Strollin’ With Bone/T.Bone Walker
3.Okie Dokie Stomp/Clarence “Gatemouth” Brown
4.Blues After Hours/Pee Wee Crayton
5.Elmore’s Contribution To Jazz/Elmore James

70年代初めに僕がブルーズを京都で歌い始めた頃、同じ「ウエストロード・ブルーズバンド」のギタリスト2人、山岸潤史と塩次伸二は2人ともギターを弾き始めた10代の頃に影響を受けたのがベンチャーズや寺内タケシさんでした。のちに山岸と「ソー・バッド・レヴュー」を組んだギタリストの石田長生もそうでした。日本の寺内タケシさんとアメリカのベンチャーズが60年代日本のエレキギター・ブームを作ったのは間違いないところです。
いわゆるエレキ・バンド(ギター二本にベースとドラムという編成)でベンチャーズは1960年に”Walk Don’t Run(急がば回れ)”がアメリカのチャートの2位になり、その頃から人気が出て65年には初来日もしています。その65年には日本で「勝ち抜きエレキ合戦」というコンテスト番組もテレビ放送されてエレキ・ギター・ブームは本格化していきました。私も毎週見ていました。
私もベンチャーズのシングルを何枚か買ったくらいですから興味はありましたが、エレキギターで歌わないでインストルメンタルだけ演奏するよりもギターを弾きながら歌を歌うビートルズとかローリング・ストーンズの方が私は好きでした。いつも言ってますが歌が好きなのでギターを弾きながら歌うというのがカッコイイと思ってます。
60年代のベンチャーズからロックバンドそこからフュージョン・ミュージックまたジャズのギターへ流れた人たちも多かったと思います。
そんな前フリですが、今回から今までやってそうでやってなかったブルーズギターのインストルメンタル名曲を特集しようと思います。
まずモダン・ブルーズのブルーズギターのインスト曲といえばこれでしょう。エリック・クラプトンもピーター・グリーンも60年代のイギリスのギタリスト達がこぞって興味を持ったフレディ・キング。そのフレディの最大のヒット です。

1.Hide Away/Freddy King

1960年フェデラル・レコードがリリースしてR&Bチャートで最高5位、ポップチャートでも29位という大ヒット。タイトルの”Hide Away”は隠れるとか隠れ家とかいう意味ですが、こんな賑やかな派手な曲で「隠れ家にならへんやろ」と思ったのですが、この”Hide AWay”は当時シカゴにあったブルーズクラブの名前のようです。
この曲、元はハウンド・ドッグ・テイラーが演奏していたものをマジック・サムが「ええインスト曲やん」と演奏していたのを今度はフレディ・キングが「それええなぁ」とアレンジして録音したものです。フレディのギターも素晴らしいのですが、バックのドラマー、フィリップ・ポール、ピアノのソニー・トンプソン、ベースのビル・ウィリスの三人の演奏が素晴らしいです。
次は今の”Hide Away”より10年前1950年にリリースされたT.Bone Walkerの”Strollin’ With Bone”
これもブルーズギターのインスト曲としては史上に残る名曲でダイナミックなアレンジの中を駆け巡るT.Boneのギターが素晴らしいです。

2.Strollin’ With Bone/T.Bone Walker

ホーンセクションのアレンジも素晴らしいです。練習もせんのに言うのもなんですがこんなにギター弾けたら楽しいやろなと思いますわ。さっきの”Hide Away”もこの曲もそうですが、いいインスト曲は必ずいいバックの演奏あってのものです。ギターだけ上手くてもいい演奏にはならないです。
T.ボーン・ウォーカーはテキサス出身で同じテキサスの後輩にあたる次のゲイトマウス・ブラウンのインストもホーンセクションを加えた豪快なバックの演奏の中、素晴らしいスピード感のギターソロを聴かせてくれます。タイトルのOkie DokieはOKという意味でStompはこの曲に使われているリズムのことです。

3.Okie Dokie Stomp/Clarence “Gatemouth” Brown

これも曲のアレンジが素晴らしいです。途中でワンコーラス、ホーンセクションがアピールされてそのままギターと一体となって最後まで突っ走る疾走感がすごくかっこいい。今の曲は同じテキサス出身後輩ギタリスト、コーネル・デュプリーが自身のアルバム”Teasin’”でカバーしています。やっぱり憧れたギタリストの弾きたくなる曲なのでしょうね。ゲイトマウス・ブラウンもコーネル・デュプリーもテキサス出身ですからT.ボーン・ウォーカーの影響が強かったのですが、次のピーウィー・クレイトンは自分の次のヒット曲を「T.ボーン・ウォーカーに影響されて作った曲だ」と言ってます。

4.Blues After Hours/Pee Wee Crayton

ちなみにこの”Blues After Hours”は僕も自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」の”Rockin’ And Rollin’”というアルバムでカバーしています。これもブルーズ・ギター・インストの定番です。
さて、今日のブルーズ・ギター・インストの最後はスライド・ギターのインスト曲で「エルモア・ジェイムズのジャズへの貢献」というタイトルですが曲を聴いても曲名と何がつながっているのかわかりません。

5.Elmore’s Contribution To Jazz/Elmore James

豪快な演奏と豪快なギターでした。
来週もギター・インストの特集です。暑気払いブルーズギター・インストルメンタル名曲集と題してますが暑気払いになりますかね。

2026.07.31 ON AIR

ロバート・ジョンソンが憧れた強靭なブルーズを聴かせたサン・ハウス

ON AIR LIST
1.My Black Mama Part 1/Son House
2.Death Letter Blues/Son House
3.Dry Spell Blues Part 1/Son House
4.Preachin’ Blues/Son House

ロバート・ジョンソンは故郷ミシシッピ・デルタのブルーズだけでなくいろんな音楽の影響を受け、それをうまく自分の曲に取り入れてましたが、ジョンソンがブルーズマンとして強い影響を受けたのがデルタ・ブルーズの第一人者、サン・ハウス(Edward James House Jr.)。年齢的には約10才ほどサン・ハウスが年上で最初はギターも下手だったジョンソンを相手にもしなかったらしい。ではロバート・ジョンソンはどんな影響をサン・ハウスから受けたのでしょうか。
サン・ハウスは20才半ばまで教会の牧師であり説教師でもあったので世俗のブルーズを嫌っていました。しかし、デルタ地帯の人気ブルーズマンだったチャーリー・パットンなどを見ていると女性にもモテて、金も稼げるということもあり次第にブルーズを歌うようになりました。すると溢れ出る感情を隠さずパワフルに歌うゴスペル譲りの彼の歌唱は、何かに取り憑かれたようでもありそれが多くの人を引きつけました。ロバート・ジョンソンもその1人だったと思います。
当時はブルーズは世俗の悪魔の音楽と呼ぶ人も多く、聖なる音楽のゴスペルやスピリチュアルズなど教会の音楽とは相反すると考える人も多くいました。その聖なる音楽から世俗の音楽ブルーズへの転向にはサン・ハウスも心中複雑なものがあったようです。しかし、彼も生身の人間で周りからチヤホヤされて女性にもモテてお金も入ってくると止めらなくなったわけです。
1930年サン・ハウスの初レコーディング。7番まである歌詞にはそれぞれあまり繋がりがなく整合性がないのだけど、自分の女の自慢みたいな歌で始まります。しかし途中から天国も地獄も死んだらどこへ行くのか誰も教えちゃくれない。神様、私の邪悪な魂にお慈悲を・・と懺悔するような歌詞になっていきます。

1.My Black Mama Part 1/Son House

久しぶりに聴きましたがギターのビートが素晴らしいです。
正式な名前はエディ・サン・ハウス、この時28才。ブルーズを歌い始めてまだ四年ぐらいだったと言います。もうひとりギターが入ってますが名前はウィリー・ブラウン。
まさにミシシッピ・デルタ・ブルーズの黎明期。普段は綿花畑の農場で働いている黒人たちのブルーズをレコードにして売るという商売が始まって5年くらいしか経っていなかった時代です。
サン・ハウスの前年にブルーズを録音して売れていたのがチャーリー・パットン。サン・ハウスをレコーディングに誘ったのはそのチャーリー・パットン。ここにチャーリー・パットンからサン・ハウスへそしてロバート・ジョンソンへという流れを知ることができます。
次は「死の手紙」です。愛する女が亡くなったという手紙を受け取りすぐに彼女のいるところに駆けつけるが、彼女はもう冷たい台の上に横たわっていたというブルーズをハウスは30年代とほとんど変わらないパワーと気迫で歌っている。

2.Death Letter Blues/Son House

1930年のレコーディングでサン・ハウスは売れた訳ではなかったが地元のミシシッピ州あたりで人気者でした。しかし、1943年、13年後に彼は音楽を辞めて引退しにニューヨーク州のロチェスターに移り住んでしまい、それから消息不明となりました。50年代に入り黒人たちが聴く音楽がどんどん変わっていき彼も稼げなくなったのでしょう。しかし60年代初めの白人のフォーク・ブルーズのリバイバル・ブームで行方不明になっていた昔のブルーズマンの消息を探す作業が始まりました。そしてサン・ハウスは1964年に白人ブルーズバンド「キャンドヒード」のメンバー、アラン・ウィルソンによって発見され再び音楽の世界に戻ってくることになりました。

3.Dry Spell Blues Part 1/Son House

64年に再発見されて以降も衰えたという感じはなく、彼はいろんなコンサートに呼ばれ、ライヴが増えていきました。現在You Tubeで探すと60年代の映像があるので観てもらいたいです。そして70年代半ば体調が悪くなるまでライヴ活動を続けましたが88年こう頭ガンで亡くなってしまいます。
若い頃は信心深く教会で神父として働いていたこともあったが、酒好き女好きな一面もあり神父という聖職が身につかなかった。そんなとき飲み仲間のボトルネックを使ったスライドギターのブルーズを聴き一気にブルーズへ傾倒して行った。
聖なる気持ちと俗な気持ちの心の中の葛藤というのがわかるような気がします。それは誰でも持っている気持ちではないでしょうか。
そんなサン・ハウスだからこそ生まれたブルーズが次の「ブルーズを説教する」というタイトルの曲。

4.Preachin’ Blues/Son House

ロバート・ジョンソンが衝撃を受けた若き日のサン・ハウスの歌とギターはもっと激しく、グルーヴしていたのだと思います。しかし、いまの歌を聴いてもやはり何かに取り憑かれたような高いテンションによる溢れ出る感情を感じます。
一度は真正面からサン・ハウスを聴いてもらいたいです。

2026.07.24 ON AIR

Robert Johnson 再訪

ロバート・ジョンソンの名曲群が新たな10インチシングルで登場

ON AIR LIST
1.Cross Road Blues/Robert Johnson
2.Ramblin On My Mind/Robert Johnson
3.Kind Hearted Woman Blues (take1)/Robert Johnson
4.Terraplane Blues/Robert Johnson
5.32-20 Blues/Robert Johnson

ロバート・ジョンソンはブルーズの歴史の中で音楽的に偉大なブルーズマンというだけでなく、神秘的で底知れぬ奥深い魅力をもつブルーズマンです。若い頃から聴いているのですが、自分が歳を重ねていくにつれて理解できることや新たな発見もあります。いままたそのジョンソンを改めて真正面から聴く機会が訪れました。それは彼が1930年代にVocalionというレーベルに遺した12タイトルをオリジナル原盤SPレコードからP-Vineレコードが独自に10インチ盤レコードとしてリイシューすることになったからです。すでに4/15の第1弾『Cross Road Blues / Ramblin’ On My Mind』のカップリングから10インチ盤のリリースが始まっています。
それで今日はもう一度そのロバート・ジョンソンを真正面から聞き直してみようと思います。
まずはその第1弾としてリリースされた『Cross Road Blues / Ramblin’ On My Mind』の二曲を聞いてみようと思うのですが、僕はまだ新しい10インチ盤を手に入れていないので今日は従来のCD盤で聴いてもらいます。まずはCross Road Blues。この曲は原曲のロバート・ジョンソンより先にエレック・クラプトンが在籍した「クリーム」のバージョンで多くの人に、特にロックファンの皆さんに知られた曲です。いい悪いは別にしてジョンソンの原曲とクリームのカバーは全く別の曲だと僕は思ってます。リズムもサウンドもムードも全く違っていて、クリーム・バージョンはジョンソンの歌詞だけを使った全く別の曲と考えています。
これは十字路(Cross Road)で車をヒッチハイクしょうとしているのに誰も止まってくれず、迫りくる夕暮れに心細くなり、神様になんとかしてくれとお願いまでしている歌です。砂埃が舞うような田舎の道に取り残された寂寥感と切迫感にあふれた曲で風景が目に浮かびます。ロバート・ジョンソンのように「放浪のブルーズマン」と呼ばれるとなんとなくかっこいいと思っている人もいると思いますが、1930年代にギターを持ってヒッチハイクしたり汽車に無賃で飛び乗ったり歩いたり、あの広いアメリカを放浪するのは肉体的にも精神的にも大変だと思います。

1.Cross Road Blues/Robert Johnson

私は初めてロバート・ジョンソンを聞いた時にジョンソンともう1人ギタリストがいると思いました。歌いながら弾くギターの複雑なオブリガードとしっかりとキープされているリズム。もちろんダビングなんかしてるわけもなく。ギター演奏を1人でやり歌っているのかと思うと超絶なプレイです。
次はまさに放浪しているからこそ生まれたブルーズだと思います。一緒に旅をしたことのあるジョニー・シャインズの話では目がさめるともうジョンソンは旅立っていたことがよくあったらしいです。何かに追われているかのようだったとも言ってます。そしていろんな町に女がいてちよっと気になる女がいると連れて行こうかと心を過ぎることもあったのでしょう。でも女の方もひとかどではいかない女なので結局連れていかないことにした・・そういう歌。

2.Ramblin On My Mind/Robert Johnson

今聴いた二曲が今回最初に10インチレコードとしてリリースされたものです。
続いて第二弾としてリリースされたのが「Kind Hearted Woman Blues (take1) 」と「Terraplane Blues」のカップリング。これは今回4月29日にリリースされています。
このKind Hearted Woman Blues (take1)がロバート・ジョンソンが初めて録音したブルーズ。1936年11月23日にテキサス州サン・アントニオのホテルの一室で録音されたものでtake1と2が残されていますが今回リリースされたのはtake1の方。どう違うかと言えばtake1にはジョンソンが録音した曲の中で唯一披露したギター・ソロがあります。そうなんですが、ジョンソンの曲にはギター・ソロがありません。でも、歌いながら弾かれる多彩なオブリガードになんとなくソロがあるように感じます。ステディなビート感覚ときらめくような単弦の音、その巧みなギターのテクニックにも改めて感心します。

3.Kind Hearted Woman Blues (take1)/Robert Johnson

初めてのレコーディングを客もいないホテルの一室で行ったジョンソンの気持ちはどうだったのだろうと思います。先輩のサン・ハウスやチャーリー・パットンのように人気のブルーズマンになれるレコーディングのチャンスを掴んだわけですから、当然気持ちは高ぶりいい評価が欲しいと思ったはず。
この曲とカップリングされたのが次の”Terraplane Blues”
テラプレーンとは当時人気のあった車の名前で低価格だったので黒人にも馴染みがあったのだと思います。丸みを帯びた車体ということもありその車を女性として捉え「俺がいない間にこの車を誰が運転していたのだろう」とジョンソンは歌いました。ジョンソンは女性に対して疑心暗鬼なところがあり「自分がいない時に女はどうせ他の男と遊んでいるのだろう」という疑いをいつも持っていたように思います。
クラクションからオイル、ボンネット、バッテリーなど車の部品を全部女性の体の部分と重ね合わせて歌われている。カップリングのKind Hearted Woman Blues よりもこの曲の方が評判になっていたと言われています。

4.Terraplane Blues/Robert Johnson

今回同じ4/29にリリースされたもう一枚が”32-20 Blues”(32トゥ20)と”Last Fair Deal Gone Down゛のカップリング。
スキップ・ジェイムズの*22-20 Blues”や”44 Blues” といった銃をテーマにしたブルーズは古くからあります。ロバート・ジョンソンは歌詞や曲調をそれまでのブルーズからうまく取り入れているところも特徴です。32トゥ20とはピストルのことで32口径の20型ピストルということです。
さっきも言いましたが、ジョンソンは女性に対して不信感が強く自分のいない間に他の男と寝ているのではないかという疑心暗鬼を募らせる歌詞がよくあります。「もし、迎えに行っても来ないのなら32口径の20型ピストルをぶっ放すぞ。お前は昨日どこに泊まったんだ。陽が高く登るまでお前は帰って来なかったよな」という怖い曲です。

5.32-20 Blues/Robert Johnson

ブルーズマンの中には昼間の正業を持って働き、夜とか休みの日に演奏してなにがしかの金を得るというライフスタイルを送った人も多いです。ジョンソンも最初は農園で畑仕事をしていたのですが、放浪にでてからはまともに働いたことなどなかったと思います。だから鉄道の工事現場を舞台にした賃金をちゃんと払ってもらえず不当な労働の目に遭ったというこの曲は本人の体験ではなく、それまで伝承されてきた歌を元に作った曲だと言われてます。

6.Last Fair Deal Gone Down/Robert Johnson

今日はロバート・ジョンソンのSP盤12タイトルをオリジナル原盤SPレコードからP-Vineレコードが独自に10インチ盤レコードとしてリイシューすることになった曲から何曲か聞いてみました。
来週はロバート・ジョンソンが強い影響を受けたミシシッピ・デルタ・ブルーズの先輩でもある偉大なサン・ハウスを久しぶりに聞いてみようと思います。
P-Vine Recordsのサイトに訪ねて見て今回リリースの10インチ盤の情報も見てください。
●P-Vine Official Shop→https://anywherestore.p-vine.jp

 

2026.07.17 ON AIR

追悼:クラレンス・カーター vol.2

最後のディープ・ソウル・シンガー、クラレンス・カーター

Testifyin’ / Clarence Carter
Patches / Clarence Carter

ON AIR LIST
1.Back Door Santa/Clarence Carter
2.Snatching It Back/Clarence Carter
3.Soul Deep/Clarence Carter
4.It’s All In Your Mind/Clarence Carter
5.Patches/Clarence Carter

前回に引き続き先ごろ5/13に90才で亡くなってしまったディープ・ソウル・シンガー、クラレンス・カーターの追悼2回目です。
クラレンス・カーターはソング・ライターでもありいい曲をたくさん残しているのですが、今日最初に聴いてもらうちょっとエロいでもコミカルな面白いブルーズも得意にしてます。曲名がBack Door Santa。バックドアですから裏口サンタですが、「旦那が外で遊んでいる間に俺は裏口から入ってプレゼントを持って奥さんたちといいことをして彼女たちを幸せにする。ポケットにはちょっと小銭も持ってる。子供たちがいたら奥さんと2人きりになるために子供達に小銭をあげるんだ。みんなが俺のこと「裏口サンタ」って呼ぶんだ。わっはっはっ」です。

1.Back Door Santa/Clarence Carter

不倫ソングなんですが、ファンキーな曲調でおおらかな笑いがあるところがミソです。
次はゴリゴリのサザン・ディープ・ソウルのダンス・ナンバーですが、バックのマッスル・ショールズのフェイム・スタジオの録音メンバーの演奏も素晴らしい。太い音がグルーヴするこのメンバーならではのサウンド。1969年R&Bチャート4位まで上がった曲。これはクラレンス・カーターと同じく南部の名ソング・ライター、ジョージ・ジャクソンの共作です。一緒にハモって歌っていするのもジョージ・ジャクソン。

2.Snatching It Back/Clarence Carter

豪快というか痛快な歌いっぷりとバックのこれぞR&Bという感じでいいです。
次はソウル・ディープという曲名ですが、歌詞が「どうしてこんなに君のことが好きなのかわからない」から始まります。「僕の人生は君の愛次第なんだ。ぼくは死ぬまで君のために働く。君のため以外には何もないんだ。そしてぼくの君への愛は魂の奥深く流れる川のように流れているんだ」

3.Soul Deep/Clarence Carter

こういうサザン・ソウルと呼ばれる南部のソウル・ミュージックにある無骨な男の愛の歌が僕はやっぱり好きなんですね。ソウル・ミュージックと一言で言ってもいろんな歌があるのですが、すごく洗練されたものよりどこか田舎の香りがする関西弁で言うといなたい感じがあるものがぼくは好きなんですね。
次の曲は1970年にR&Bチャートの13位まで上がった曲です。
フラれた時にもう立ち上がれないと落ち込んでいるときにお母さんが「(It’s All In Your Mind)全てはお前の気持ち次第だ。お前のことをわかってくれる女性が必ず現れる。」とお母さんに励まされる歌なんですが、途中にお母さんが言ったいい言葉があります「”Quitters Never Win.Take The Bitter With The Sweet And Try It Over Again”逃げる人は決して勝てない。甘さと一緒に苦味も味わいなさい。もう一度トライするんだよ」

4.It’s All In Your Mind/Clarence Carter

最後の曲はB.B.キングのバージョンでもON AIRしたことがありますが、いつも聞くたびに涙が滲んでしまう曲です。タイトルのPatchesというのは男の子の愛称です。貧しい家庭に育つその男の子の父親が死んでしまう間際に息子のパッチィズに「俺が死んだらお前が家族の面倒を見てくれよ。頼むぞ」と言い残すと言う曲です。何かアメリカ南部の貧しく真面目な人たちの風景が見えるような曲です。R&Bチャート2位、ポップチャートでも4位まで上がった大ヒット曲です。

5.Patches/Clarence Carter

クラレンス・カーターはアメリカ南部アラバマに盲目の黒人として生まれ点字を勉強してアラバマ大学まで行きました。ギターを弾くソウルシンガー&ソングライターとして90才まで生きてきた日々は並大抵の努力ではなかったと思います。でも、聴いてもらったようにどこかユーモアと心の大きさがあり、また普通に生きる人たちへの目線がいつもあるミュージシャンでした。
まだまだいい曲がたくさんあります。聴いてもらいたいです。前回に引き続きクラレンス・カーターの追悼2回目でした。冥福を祈ります。

2026.07.10 ON AIR

追悼:クラレンス・カーター vol.1

90才で亡くなってしまったスケールの大きなサザンソウル・シンガー、クラレンス・カーター

This Is Clarence Carter/Clarence Carter
The Dynamic Clarence Carter/Clarence Carter

ON AIR LIST
1.Slip Away/Clarence Carter
2.Funky Fever/Clarence Carter
3,I Can’t See Myself/Clarence Carter
4.The Road Of Love/Clarence Carter
5.I’d Rather Go Blind/Clarence Carter

豪速球の歌だが大味にならず、よく通る声だがソリッドにはならず柔らかさがある大好きな歌声のクラレンス・カーターが5/13に亡くなってしまった。90才だったそうです。前回のドン・ブライアントの訃報に引き続きまた素晴らしいサザン・ソウルシンガーが天国へ行ってしまいました。
クラレンス・カーターと言っても知らない方が多いと思うので少し経歴を紹介。
1936年南部アラバマのモンゴメリーという街で生まれています。生まれながら盲目というハンディを持っていましたがアラバマ州立大学で音楽学位を習得しています。1960年中頃にカルヴィン・スコットとデュオを結成します。このカルヴィン・スコットも盲目のシンガーで2人はクラレンス&カルヴィンという名前でしたが、レコードデビューと同時に”The C&C Boys”という名前に変えて活動を始めたが、カルヴィンが大きな交通事故に遭いデュオか解消されます。その後クラレンス・カーターはソロ・アーティストとしてマッスルショールズのフェイム・レコードと契約します。
シングルを集めた初めてのアルバムが出たのが1968年。タイトルが”This Is Clarence Carter” このアルバムから何曲かチャート入りしましたが、R&Bチャート2位、ポップ・チャートでも6位まで上がったヒットを聴いてみよう。のっけからこれは不倫の歌ですね。Slip Awayですから「抜け出す」でたぶん結婚している彼女に抜け出せないか。こんなこと頼むのは間違っているけど旦那に気付かれずに抜け出して会えないだろうか。君に会いたいんだ」

1.Slip Away/Clarence Carter

思うように会えない気持ちを歌った切ないいい曲ですが不倫の歌ですからね。やっぱりアメリカ人は不倫の歌が好きなんですね。典型的なサザンソウルって言う感じで好きなタイプの曲ですが、この録音をしたマッスルショールズのフェイム・レコードのスタジオ・ミュージシャンの素晴らしさがわかる曲を次に聞いて見ますか。もちろんクラレンスの歌はパワフルさとスピード感を併せ持った素晴らしいものです。ドラムがロジャー・ホーキンス、ベースがデビッド・フッド、ギターがジミー・ジョンソン、そしてプロデュースとエンジニアがリック・ホール

2.Funky Fever/Clarence Carter

もう一丸となった演奏がすごい勢いで走ってくるみたいで素晴らしいです。
次の歌は別れの歌。タイトルが”I Can’t See Myself”ですから自分自身が見えないですか。私の人生から去っていく君。いい場所を見つけて誰かのいい奥さんになってほしいと思っている(まあ女性からしたら大きなお世話ですが、まあ最後にいい男ぶりたいんでしょう)そう言うときながら君のことを思うと涙が止まらないと。楽しい時間を過ごしたねっと。でも、ちょっとした喧嘩をすると君はどこかへ逃げて行ったね。どこかってそれはもう新しい男がおったんとちゃうか。君のことを思うと涙が止まらないと・・知らんがな。もっと付き合ってる時に大事にしてたらよかったんとちゃうか。こんな説明で申し訳ないですが、すごくええ曲ですよ。

3.I Can’t See Myself/Clarence Carter

今まで聞いたアルバム”This Is Clarence Carter”が1968年でヒット・シングルもあったことから翌年69年にすぐセカンド・アルバム”The Dynamic Clarence Carter”がリリース。これも素晴らしいアルバムなんですが、自作のブルーズ曲”The Road Of Love”が耳に残りました。途中のスライド・ギターソロは当時フェイム・スタジオのスタジオ・ミュージシャンもしていたデュアン・オールマン。とても印象に残るギターを弾いています。
”The Road Of Love”ですから「愛の道」ですが、愛の道を1人では歩かない。もし君が一緒に行ってくれないのなら誰か他の女を探すしかないだろうと言う歌詞なんですが、ブルーズには「お前が一緒に行ってくれないのなら他の女を探す」と言う歌詞がよくでてくるのですが、すぐに他の女を連れて行くと言うのもなんだかなぁ・・と言う気もしますが、いい曲ですよ。

4.The Road Of Love/Clarence Carter

「君が他の男と去って行くのを見るくらいなら目が見えなくなった方がマシだ」という強烈な失恋、恨み節ソングでオリジナル・シンガーは女性のエタ・ジェイムズですが、エタとは違って一つ抑えたような表現が素晴らしいです。

5.I’d Rather Go Blind/Clarence Carter

このアルバム以降70年代半ばまでほぼ毎年アルバムをリリースしてクラレンス・カーターは活躍します。それはまた来週。