2020.01.10 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その2

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

ON AIR LIST
1.Kansas City/Little Richard
2.Rip It Up’/Little Richard
3.Send Me Some Lovin’/Little Richard
4.Lucille/Little Richard
5.Good Golly Miss Moly/Little Richard

リトル・リチャードが子供の頃、40年代はジャンプ・ブルーズが盛んで彼も当然その影響を受けて最初に好きになったのはビリー・ライトという歌手でした。髪の毛をリーゼント・スタイルにポマードでバッチリ固めるのもビリー・ライトのマネだったそうです。
ライトはアトランティックあたりで活躍していたパワーのあるブルーズ・シャウターで僕も好きなタイプの歌手。聴いてみるとリトル・リチャードが歌い方の影響を受けたのがなんとなくわかるし、バックのサウンドにリチャードがヒットを量産したニューオリンズ録音のテイストがちょっとあったりします。
今回、リトル・リチャードの特集をやるに当たって改めて聴いてみたらなんと僕は5曲も彼の曲をカバーしていて、次もその中のひとつ。
1959年のリリース、チャートではあまり上がらずリトル・リチャードのヒット曲とは言いがたいけれど、ビートルズがカバーしたので知っている方も多いと思います。実はブルーズにはもうひとつウィルバート・ハリソンという歌手の同名のKansas Cityがありそっちの方がヒットしたので有名ですが、曲自体はまったくと言ってよいほど違うものなので僕は違う曲として両方とも好きです。
1.Kansas City/Little Richard
この曲を僕は高校1年くらいにビートルズが”Beatles For Sale”というアルバムでカバーしているのを初めて聴きました。リード・ヴォーカルはポール。当時はもちろんこれがブルーズだとは知らなかった。Hey!Hey!Hey!Hey!というかけ声をレコードと一緒にやっているとなんか元気が出てくる気持ちになれたのを覚えてます。
そうなんですね、リトル・リチャードはなんかパワーをくれる。Hey!Hey!Hey!Hey!と一緒に叫んでるだけで楽しくなるんですね。

リトル・リチャードは性的にゲイだったので化粧をしたり、ステージ衣装もキラキラしたものを着たりしてました。最初はスーツだったのですが60年代終わりからはその傾向に拍車がかかり、でかい顔にヒゲも生えておっさん顔なのに化粧していて気持ち悪いなぁ・・・とその頃は思ってました。
リトル・リチャードのライヴ・アルバムというのがあるんですが、それを聴いてると一曲終わるたびに”Oh My Soul~”って言うんですが、その言い方もちょっとゲイっぽくって曲終わる度に笑ってました。
次の曲も僕、カバーしてます。もう一回数えてみるとLucille,Slippin’&Slidin’,The Girl Can’t Help It,Tutti Frutti,Kansas City,あとあまり有名でないShake A Handもしてるから次のRip It Up入れて7曲か・・好きなんです。
2.Rip It Up/Little Richard

リトル・リチャードというとアップテンポのダンス・ナンバーがすぐに頭に浮かびますが、次の曲はロッカ・バラードというか彼にしたらテンポの遅い曲ですが、あまりバラード、バラードしていない歌い方は粘着質でやっぱりワン&オンリー。

3.Send Me Some Lovin’/Little Richard
1957年次に聴いてもらうルシールのシングルB面がいまのSend Me Some Lovin、日本盤のタイトルが「愛しておくれ」
実はいまの曲、サム・クックもカバーしているのですが、やはりサムの方はハンサムな歌声でスマートです。でも、歌の素晴らしさはどちらも甲乙つけがたいので是非サム・クックと聴き比べてください。

次の曲は向こうの方から機関車がやってくるような曲やなぁといつも思います
この曲でも強烈なグルーヴを出しているドラムのアール・パーマーとニューオリンズのミュージシャンたちの素晴らしいバッキングがこの曲を支えて、その上でリチャードは爆発してます。
ルシールという名前の彼女が他の男のところに行ってしまった歌で、「朝起きたらルシールがおらへんねん、どこいったんやろ、友達に訊いてもみんな教えてくれへん。帰ってきてくれよ、ルシール」と頼んでいる歌なんですが、こんな激しい歌い方で帰ってくるかなぁ。
4.Lucille/Little Richard
このルシールはすごくたくさんカバーされていてAC/DCビートルズアニマルズヴァン・ヘイレンジョニー・ウィンターピーター&ゴードンクイーンディープ・パープルイアン・ギラン・バンドオーティス・レディングとまだまだあるんですが・・僕も歌ってます。
次の曲もいつか歌いたいと思ってます。CCRが「バイユー・カントリー」でカバーしてますが、ジョン・フォガティの歌も素晴らしいです。
「モリー、彼女は最高にええ女やよ。彼女といっしょに揺らし始めたらもう朝からずっと揺らし続けそればっかや。親父とお袋はモリーに気をつけた方がええよっていうけどそんなのムダや。」とまあ彼女とベッドインするのが最高というめっちゃ不良の歌ですわ。曲よし、歌よし、演奏よしの100点のロックンロール名曲です。1958年リリース。
5.Good Golly Miss Moly/Little Richard
圧倒的な歌唱で、ロックンロール好きな歌手ならいまでもみんな歌いたくなる曲やと思います。さっきのルシールの台風が去っていったのにまたモリー台風が来たみたいな感じになってしまいましたが。
本物であり核心を突いた彼の音楽は古くならない。やはり偉大な歌手です。

2020.01.03 ON AIR

ブルーズの革新からロックの核心を作ったリトル・リチャード その1

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Here’s Little Richard /Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1901)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

Little Richard/Little Richard (Specialty / P-Vine PCD-1902)

 

ON AIR LIST
1.Tutti Frutti/Little Richard
2.Long Tall Sally/Little Richard
3.Slippin’&Slidin’/Little Richard
4.Keep A Knockin’/Little Richard
5.The Girl Can’t Help It/Little Richard

明けましておめでとうございます
新年最初は寒い冬に体も心も熱くなる熱狂ロックン・ロールのリトル・リチャード
50年代黒人の間ではR&Bと呼ばれていたものを白人たちがロックン・ロールと呼ぶようになり、そう呼ぶ方が白人にも売れるということで黒人たちもロックン・ロールと呼ぶようになったと言われてますが、実際リトル・リチャードを聴くと僕はやはりR&Bと感じます。白人が演奏していたロックン・ロールとは明らかにリチャードの歌唱が違い、バックの演奏のグルーヴ感も違います。リトル・リチャードと双璧のチャック・ベリーはまだR&Bテイストが薄く、彼の方がロックン・ロールと呼ぶのにふさわしい気がします。
リトル・リチャードの略歴を簡単に言うと、本名はリチャード・ウェイン・ペニマン、1936年の生まれで現在86才。現役は引退してますが存命です。
出身はジョージア州メイコンですが、このメイコンからは他にもジェイムズ・ブラウンとオーティス・レディングが生まれ育っています。オーティスが最初リトル・リチャードを目指していたのは有名な話です。
リトル・リチャードはお爺さんが教会の牧師だったこともあって音楽的なバックボーンはゴスペル。ブラザー・ジョー・メイという強力なゴスペル・シンガーが好きで将来はゴスペル・シンガーとしてやっていきたいと思っていたらしいんですが、10代になるとビリー・ライトというブルーズマンが好きになって方向がだんだんブルーズ、R&Bへと変っていったみたいです。
RCAとピーコックというレーベルで何曲かシングルも出したのですがヒットせず、50年代半ばスペシャルティ・レコードと契約。このスペシャルティのプロデューサーのバンプス・ブラックウェルがリトル・リチャードの特異な才能を見つけ売り出すことに成功。
まず1955年、23才のリトル・リチャードがスペシャルティ・レコードから初めてリリースしたR&R永遠の名曲です。

1.Tutti Frutti/Little Richard
歌の激しさは尋常ではなく、パワフルでアグレッシヴで耳が惹き付けられる素晴らしいものです。

僕は中学の頃からビートルズのファンだったのですが、次の曲のオリジナル・シンガーがリトル・リチャードだということなど知らなかったし、当時は興味なんかゼロでした。10代終わりくらいにブルーズから黒人音楽を聴き進むうちにリトル・リチャードの歌に出会う訳です。初めてリチャードの歌を聴いたときに真っ先に想い出したのは、やはりビートルズであり、リチャードをカバーして歌っていたポール・マッカートニーのことでした。ポールはいろんな音楽テイストを持った人ですが、R&Rに関してはこのリトル・リチャードの影響が最も強いと思います。
そして、リトル・リチャードのカバーを本人に負けないくらいのパワーで歌える白人シンガーはボールとCCRのジョン・フォガティ、このふたりだと思います。
次の曲、日本語のタイトルは「のっぽのサリー」
2.Long Tall Sally/Little Richard
リトル・リチャードやチャック・ベリーがR&Rの嵐のブームを起こした50年代半ば、このR&Rという音楽が黒人だけでなく白人の若者を取り込んだところが凄いです。当時は黒人の音楽と白人の音楽はヒット・チャートも黒人の方はR&Bチャート、白人の方はポップ・チャートと別れていました。その白人のチャートにリトル・リチャードやチャック・ベリーの黒人音楽が入り始めていく時代です。そして、白人のミュージシャンが黒人音楽のカバーをやりはじめ、最初のTutti Fruttiも白人のポップ歌手パット・ブーンがカバーしてパット・ブーンの方がポップチャートでは上位に入ってます。パット・ブーンのカバーを聴いてみましたが、僕にはR&Rを感じさせないつまらない歌でした。
次の曲はビートルズのジョン・レノンが1975年のソロ・アルバム”Rockn’ Roll”で録音しています。この曲もいまはロックのスタンダードの曲のひとつになってます。
3.Slippin’&Slidin’/Little Richard
1955年から56年あたりのリトル・リチャードの録音はニューオリンズのJ&Mスタジオ(通称コジモ・スタジオ)で行われました。そこには先ほども名前を出したドラムのアール・パーマーはじめ、サックスのリー・アレン、アルヴィン・レッド・タイラー、ベースのフランク・フィールズ、ギターのジャスティン・アダムズほか優秀なスタジオ・ミュージシャンが揃っていました。彼らがいたからこそできた名曲の数々だとも言えます。やはりリトル・リチャードの強力なパワーを受け止めるにはそれに相当するパワーのミュージシャンが必要なことが次の曲でもわかる。

2分13秒で終わる名曲です。
4.Keep A Knockin’/Little Richard
パンク・ロックみたいな曲だといつも思うのですが、ロックという音楽を凝縮してエッセンスを絞りだすといまのKeep A Knockin’になるのではないかと思います。この曲だけではなくリトル・リチャードはロックの核心、つまりいちばん大切なところを知っていてそれを最大限のパワーで、最高にカッコよく歌い、演奏した人だと思います。彼の作ったその核心がビートルズやイギリスのロック・ミュージシャンへ、そしてハード・ロックからヘヴィ・メタルやパンクロックへ繋がって受け継がれている感じがします。
去年、自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」がリリースしたアルバム”Blues Before Sunrise”はドラマーのアール・パーマーのトリビュートのような意味もあったのですが、そのアール・パーマーがリチャードの多くの曲で素晴らしいビートを残してます。次の曲の”The Girl Can’t Help It”も聴いているより演奏してみると遥かに難しいことがわかりました。リズムが4ビート・シャッフルと8ビートが合わさったようなグルーヴで、歌いながらギターを弾くのはかなり難しかったです。
5.The Girl Can’t Help It/Little Richard

実はリトル・リチャードは性的にゲイでした。黒人として生まれしかもゲイであることは昔のアメリカで二重の嫌がらせを受けるようなものでした。彼がどんな人生を歩んでワン&オンリーな歌手になったのか詳しくはわかりませんが、いつもどの曲も120%の力を出して歌う彼のR&Rにとても切ないものを感じるときがあります。そして、それは多くの人がその歌声を聴くだけでウキウキしと幸せになり、パワーを得られるような歌になっていて素晴らしいです。
来週は今日聴いたようなR&Rでブレイクする前、ブルーズを歌っていた頃のリチャードの話もしたいと思います。

2019.12.27 ON AIR

今年最後のON AIRは賑やかにニューオリンズのキング・オブ・パーティソング 、ヒューイ・ピアノ・スミスをレコードで!

Rock&Roll Revival/Huey “Piano” Smith (ACE 2021)
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ON AIR LIST
1.Don’t You Just Know It/Bobby Marchan And The Clowns(A-1)
2.High Blood Pressure/Bobby Marchan And The Clowns(A-3)
3.Rockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu/The Clowns(B-1)
4.Sea Cruise/Huey Piano Smith And Geri Hall(B-6)
5.Having A Good Time/Bobby Marchan And The Clowns(A-2)

今年もこの番組を聴いていただきありがとうございました。
今年は自分のバンド、ブルーズ・ザ・ブッチャーで新しいアルバム”Blues Before Sunrise”をリリースし、リリース全国ツアーも無事終わりました。
この番組は10月で13年目に突入しました。日本で唯一のブルーズ・ラジオ番組として、ブルーズとそのまわりのいい音楽、他のラジオ局がON AIRしない、ここでしか聴けないいい音楽をまた来年もON AIRします!
それでこの季節、みなさんも忘年会とかパーティも多いと思いますが、今年最後のON AIRはニューオリンズのパーティソングの王様、ヒューイ・ピアノ・スミスのアナログレコードで賑やかに終わりたいと思います。
まずはついついコーラスしたくなるこの曲から
1.Don’t You Just Know It/Bobby Marchan And The Clowns
ヒューイ・ピアノ・スミスは50年代のはじめにアール・キング、スマイリー・ルイス、ギター・スリム、ロイド・プライスといったニューオリンズの名だたるシンガーたちのバックでピアノを弾いていました。50年代半ばになって自分のバンドを作ろうとなったのですが、彼はピアニストで歌があまり旨くなかったのでバンドに歌手を入れて自分の曲を歌わせるというスタイルになりました。その最初のバンド、ザ・クラウンズにヴォーカリストで入ったのがボビー・マーシャン。
いまのも演奏者のクレジットがBobby Marchan And The Clownsになっていますが、Huey Piano Smith And The Clownsになっているものもあります。
いまのは1958年にポップ・チャートのトップ10に入り、R&Bチャートではトップ5まで上がる大ヒットでした。
当時は白人のラジオ局と黒人のラジオ局とON AIRされる曲が違ってたんですが、いまのDon’t You Just Know Itは白人黒人両方のラジオ局で流れたというめちゃウケの曲やったわけです。いま聴いてもこれは売れると思います。
それで実はいまの曲のシングルのもう片面の曲もヒットしまして、シングル両面ヒットということになりました。その曲が次のこれ!

2.High Blood Pressure/Bobby Marchan And The Clowns
歌はさっきと同じボビー・マーシャンですが、途中のヒューイさんのピアノ・ソロもグルーヴしていて素晴らしい。
最初のDon’t You Just Know ItはR&Rのテイストでしたが、いまのHigh Blood Pressureはいかにもニューオリンズ・リズム&ブルーズという曲で好きです。
今日聴いてもらってるアルバムは”Huey Piano Smith’s Rock&Roll Revival!”というタイトルでミシシッピー・ジャクソンにあったACEレコードがブームが去った60年代中頃にヒット曲をコンピレーションしてリリースしたものです。
ヒューイ・ピアノ・スミスがクラウンズを結成して最初にヒットした曲がこの番組でも何度かON AIRしてますが、「ロッキンニューモニア・アンド・ブギウギフリュ」
「オレはロックする肺炎とブギする風邪にかかってしまった」というめちゃくちゃな歌ですが、要するに音楽でハイになってるということでしょう。
3.Rockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu/The Clowns

ヒューイ・スミスが所属したエースレコードの社長のジョニー・ヴィンセントがひどい奴で、ヒューイ・スミスが録音した次の歌のテイクに白人のティーンエイジャーだったフランキー・フォードというシンガーの歌をかぶせて無断で発売するという・・・いまなら考えられませんが。まあ、黒人がヒットさせた曲を白人シンガーに歌わせてもっとヒットさせるというやり方はよくありますが(黒人のビッグママが歌ったHound Dogをプレスリーに歌わせるというような)、でも同じテイクの上に違うヴォーカリストかぶせてしまうというのは、ヒューイ・スミスもめちゃ気分悪いです。そんなことがあって社長のヴィンセントとはうまくいかなくなるんですが、嫌なことがあっても彼の信条は「くよくよしない」やったそうで、明るい歌をたくさんつくりました。
これまたすごく印象に残るいい曲でヴォーカルはヒューイ・スミス(おっさん、歌えるやん!)とゲリー・ホールのデュオです
4.Sea Cruise/Huey Piano Smith And Geri Hall
ヒューイ・ピアノ・スミスが活躍した50年代のニューオリンズはR&Bの全盛期で、リトル・リチャードやファッツ・ドミノなどを筆頭にヒューイ・ピアノ・スミス、ロイド・プライス、ギター・スリム、アール・キングなど個性的で才能のあるミュージシャンが次次に出て、録音するスタジオのミュージシャンもこのアルバムにも入っているドラムのアール・パーマー、ベースのフランク・フィールズはじめピアノのアレン・トゥーサン、ジェイムズ・ブーカー、ギターのドクター・ジョン、サックスのリー・アレン、アルヴィン・タイラーなど素晴らしいミュージシャンが揃っていました。本当にいい時代だったと思います。
5.Having A Good Time/Bobby Marchan And The Clowns

今年も大きな病気もなくアルバムを作り、ツアーとライヴをたくさんできて幸せな1年でした。年を重ねてくるともう大きな望みはなく元気でいつまでも自分の音楽をやれていい音楽を聴けたら、それでもういいかなと最近思います。そして、この番組を続けられれば最高です。いい年末年始をお過ごしください。Hey! Hey! The Blues Is Alright!

2019.12.20 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズスタンダード集 vol.6
テキサスブルーズ

The Original Peacock Recordings/Clarence”Gatemouth”Brown (ROUNDER CD 2039)

The Original Peacock Recordings/Clarence”Gatemouth”Brown (ROUNDER CD 2039)

Blues After Hours/Pee Wee Crayton (CROWN/P-Vine PCD-3028)

Blues After Hours/Pee Wee Crayton (CROWN/P-Vine PCD-3028)

21BLUES GIANTS BLIND LEMON JEFFERSON/Blind Lemon Jefferson (P-Vine PCD-3759)

21BLUES GIANTS BLIND LEMON JEFFERSON/Blind Lemon Jefferson (P-Vine PCD-3759)

ON AIR LIST
1.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown
2.She Walks Right In/Clarence Gatemouth Brown
3.Blues After Hours/Pee Wee Clayton
4.Matchbox Blues/Blind Lemon Jefferson
5.See That My Grave Is Kept Clean/Blind Lemon Jefferson

前回、前々回のこの「ブルーズスタンダード集」ではテキサスからウエストコーストへ移っていったT.ボーン・ウォーカー、ジョニー・ギター・ワトソンなどの名曲を取り上げたのですが、
今回はテキサスから離れなかった「ヒューストン・ジャンプブルーズ」のポス、クラレンス・ゲイトマウス・ブラウンから聴いてみましょう。

1910年生まれのT.ボーン・ウォーカーの14才年下がゲイトマウスで、そのゲイトより更に10才くらい年下がアルバート・コリンズ、ジョニー・ギター・ワトソン、そして少し下のジョニー・コープランドと続き、その後に現在も活躍する白人のジミー・ボーン、そして弟スティーヴィー・レイ・ボーンと続きます。テキサスはブルーズギタリストの宝庫。
ゲイトマウスのアグレッシヴなギターが炸裂しているブルーズギター・インストルメンタルの名曲です。
1954年録音
1.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown

ギターのフレイズ、グルーヴ感などいま聴いてもまったく古さを感じさせない素晴らしさ。ゲイトマウスは基本的にT.ボーン・ウォーカーの流れを汲むブルーズマンですが、本人はインタビューで「T.ボーンの影響は受けてない」と言い張ってましたが、どう聴いても影響はあります。
いまのOkie Dokie Stomp曲はギター名人のコーネル・デュプリーの1974年のヒットアルバム「Teasin’」でカバーされていますが、デュプリーも同じテキサスの後輩です。
ゲイトマウス・ブラウンは1940年代後半から50年代後半まで約10年間、ピーコック・レコードから怒濤のようなヒューストン・ジャンプ・ブルーズを送りだし、1966年にはテキサスのダラスのテレビ局で放送されていた「The Beat」という番組のハウスバンドのリーダーもやってました。
50年代テキサス、ルイジアナあたりではゲイトマウスの影響を受けたミュージシャンは多かったと思います。

次の曲は僕がブルーヘヴンというバンドを組んでいた時にレパートリーしていた曲なんですが、僕がゲイトマウスの曲を歌うきっかけになったのはそのブルーヘヴンのギタリストであった吾妻光良くんの影響でした。
吾妻くんからはゲイトマウスだけでなくヒューストン・ジャンプ・ブルーズからジャンプ・ブルーズ全体の面白さを教えてもらったように思います。
では、ブルーヘヴンで録音もした曲でゲイトマウスの名曲として取り上げました。
2.She Walks Right In/Clarence Gatemouth Brown
ゲイトマウスは78年のボビー・ブルー・ブランドと一緒に来日して以来、何度か日本に来ました。本人は「オレはブルーズだけでなくアメリカン・ミュージックをやっているのだ」と言って、フィドル(バイオリン)を弾いてカントリー&ウエスタンの類をやるのですが、僕はゲイトマウスのブルーズを聴きたかった。他のアメリカン・ミュージックは他の人から聴きます・・と言いたかった。

テキサス出身のブルーズマンと言えば、ピー・ウィー・クレイトンもそうです。彼のライヴをアメリカと日本で何度か観たのですが、ギターが上手いのか下手なのかわからない不思議な人でした。
失礼ですが「ヘタウマ」という評価も日本のブルーズ・ファンの間にはありました。実際「おっ!すごい!」と思わせるプレイをした後になんかグダグダになったギターソロ弾いたりする人でした。
でも、次の曲は彼が残したブルーズのスタンダードでしょう。
3.Blues After Hours/Pee Wee Clayton
ギター・スタイルは明らかにT.ボーン・ウォーカーの影響です。ゲイトマウスもそうですが、やはりT.ボーンの影響はテキサス、ウエストコーストでは強烈に大きかったんですね。というより全国的ですね。
考えてみれば当時メンフィスにいたB.B.キングもT.ボーン、ロックンロールのキング、チャック・ベリーもT.ボーン、そしてスライドギターで有名なエルモア・ジェイムズがスライドを弾かないでレギュラーで弾いているソロにも明らかにT.ボーンの影響があります。だから、「モダン・ブルーズギターの父」がT.ボーン・ウォーカーだと言われるのは間違いのないことです。
では、そのT.ボーンは誰の影響を受けていたのかという話になりますが、彼が10代の頃のテキサス・ブルーズマンのトップにいて、全国的にも知られていたのがブラインド・レモン・ジェファーソンでした。
もちろんエレキギターが生まれる前の時代、1920年代にテキサスのダラスを中心に活躍したブラインド・レモン・ジェファーソンは当時最も売れたブルーズマンです。
4.Matchbox Blues/Blind Lemon Jefferson
1893年生まれのブラインド・レモンは盲目でした。昔のカントリー・ブルーズマンにブラインドと名前につく人が多いのですが、例えばブラインド・ブレイク、ブラインド・フィリー・マクテル、ブラインド・ウィリー・ジョンソンなどブラインドとつくブルーズマンは盲目です。
一説では、昔の黒人たちが貧しくて妊婦の栄養状態が悪いために盲目の子どもが多く生まれたともいわれています。でも黒人で盲目でも食べて生きていかなければならないので、ギターや楽器を覚えて音楽を生活の糧にしょうとした黒人は多かったのです。ブラインド・レモンはボクサーとしてリングに立ったこともありました・・・盲目なのに・・・。半ば笑い者にされていたのかも知れません。そう思うと切ないです。
でも、1920年代はじめにパラマウントレコードからレコーディングを始めるとすごい人気になり29年までに100曲を録音しています。つまり、黒人ブルーズマンとして彼は最初のレコーディング・スターだったのです。
そのプレイにライトニン・ホプキンスはじめ故郷テキサスの多くのブルーズマンが憧れましたが、T.ボーンは目が見えないブラインド・レモンの手を引いて世話をし、時には一緒にプレイをしてもらったらしいです。
次の曲は「ひとつ頼みがあるんだ。オレの墓をきれいにしておいてくれないか」というもうすぐ死んでしまうという男をテーマにした宗教的な歌。
5.See That My Grave Is Kept Clean/Blind Lemon Jefferson
彼はブルーズだけでなく宗教的なスピリチュアル、ワークソング、バラッドなどいろんなジャンルの音楽を歌いました。そして、そのギターと歌は後続のミュージシャンに大きな影響を残しました。彼は盲目ではありましたが、アメリカ中を旅していろんな街で歌いました。パラマント・レコードがシカゴにあったために途中からその地に住んでいました。そしてシカゴが吹雪きに見舞われた夜、ブラインド・レモンは道がわからなくなったのか道端で凍死しているのが見つかりました。1929年。36才でした。

1920年代のブラインド・レモン・ジェファーソンからT.ボーン・ウォーカーやライトニン・ホプキンスへ、そしてゲイトマウス・ブラウン、アルバート・コリンズ、ジョニー・ギター・ワトソン、ジョニー・コープランド、そしてジミー・ボーン、スティーヴィー・レイボーンへ・・・とテキサスはまさにブルーズギタリストの宝庫です。そして、そこから生まれた名曲、スタンダードも多かったわけです。

2019.12.13 ON AIR

ルイジアナ・ミュージックで必ず出会うケイジャンとザディコの楽しさ

The Best Of Cajun & Zydeco (NOT NOT2CD358)
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ON AIR LIST
1.Jambalaya/Moon Mullican
2.Vinton High Society/Hackberry Ramblers
3.Paper In My Shoe/Boozoo Chavis
4.Squeeze Box Boogie/Clifton Chenier
5.Ay-Tete-Fee/Clifton Chenier
6.La Louisianne/Vin Bruce

前からルイジアナ固有の音楽であるケイジャン・ミュージックとザディコ・ミュージックの特集をやりたいと思っていたら、偶然先日レコード店で”The Best Of Cajun & Zadeco”を見つけたので今日はそれを聴きながらケイジャンとザディコについて話してみたいと思います。
ニューオリンズの音楽、近年亡くなったアレン・トゥーサンやアート・ネヴィル、ドクター・ジョンはじめニューオリンズの音楽を好きになると自然と同じルイジアナ州のケイジャン・ミュージックとザディコ・ミュージックに出会うことになります。

まずケイジャンというのはライターの文屋章さんたちが編纂した「ニューオリンズ・ミュージック・ガイドブック」によると、「カナダのアーケイディア地方に済んでいたフランスの移民たちが、1700年代後半にルイジアナの南西部に移り住んで原住民のネイティヴ・インディアンとの混血が進み、インディアンとアーケイディアが合わさったということで「ケイジャン」と呼ばれるようになったそうだ。それでルイジアナにはケイジャン料理とかケイジャン音楽というものが生まれた。
フランス系ですから白人の音楽でアコーディオンとフィドル(バイオリン)が必ず入っていて、そこにギターやピアノなんかも入ることがあります
まずケイジャン・ミュージックで有名なこの曲を聴いてみましょうか。
1.Jambalaya/Moon Mullican
まあなんとものんびり感たっぷりの曲で、同じ白人音楽のカントリー&ウエスタンと同じようなテイストを感じますね。そのカントリー&ウエスタンに対しても僕は知識が薄くて、一度どっぷり聴かなくてはと思っているのですが・・・。
タイトルのジャンバラヤというのはご存知の方も多いと思いますが、ケイジャン料理のひとつで香辛料が効いたお米の煮込み料理ですが、ニューオリンズへ行ったときもケイジャン料理はよく食べたのですが、ケイジャン・ミュージックはあまり進んで聴かなかったんですね。
では、ケイジャン・ミュージックで最も有名なバンドのひとつ「ハックルベリー・ランブラーズ」を聴いてみましょうか。1933年に結成されてフィドル、ギター、ベース、アコーディオンと言う編成でフランス語で歌っていたのですが、途中から英語でも歌うようになったそうです。でも、曲のタイトルやミュージシャンの名前などで読めないものがあり、よくよく見るとフランス語というのがケイジャンにはよくあります。やはり元々フランス人の末裔ですからフランス特有のプライドはあるのかも知れません。
2.Vinton High Society/Hackberry Ramblers
いまのハックルベリー・ランブラーズというバンドは有名なバンドでこのアルバムにも4曲収録されています。2000年にもアルバムをリリースしてますが、まだバンドが継続しているかどうかはわかりません。

では、このアルバムのもうひとつの音楽ザディコを聴いてみましょうか。ザディコはまあまあ得意分野です。と言うのもざっくり言うといまケイジャン・ミュージックにアフリカ黒人系のR&Bのテイストを混ぜたものです。だからケイジャンよりビートが強くてグルーヴ感が黒人音楽系です。サウスルイジアナやイーストテキサスのフランス文化圏で育ったアフリカ系黒人たちが作った音楽がザディコ
では、そのザディコのよく知られた曲のひとつでザディコ・ミュージックの創始者のひとりブーズー・チェイヴィズが1954年に録音してヒットした曲

3.Paper In My Shoe/Boozoo Chavis
さっきのケイジャンの曲に比べると急にブルーズ・テイストというかR&Bテイストが出てきて、リズムも強くなってます。一曲目のジャンバラヤと比べると歌がまず違いますよね。まあ、人種による表現の違いがはっきり出てますね。
では、ザディコと言えば「キング・オブ・ザディコ」と呼ばれたクリフトン・シェニエ。
彼はトラッドなザディコにブルーズやニューオリンズのR&Bを融合させ、すごくダンサブルな音楽を作ったパイオニアでアコーディオン・プレイヤーです。
そもそも僕の時代の人たちはアコーディオンは歌のバックの楽器。子どもの頃に横森良三さんというアコーディオン奏者の有名な人がいて、その人が歌のコンテストなんかで歌のバックで弾いていた印象しかない。それをブルーズのソロ楽器として聴いたときにはびっくりしました。でも、なんともいなたカッコいいんですよ。
4.Squeeze Box Boogie/Clifton Chenier
ザディコ音楽はダンスナンバーが多いのですが、サウンドが厚いアコーディオンという楽器をアグレッシヴなリズム楽器的に使っているところが実にカッコいいです。他にもロッキン・ドプシー、バックフィート・ザディコとか女性のクイーン・アイダとか有名どころがいます。
もう一曲聴いてみますか、クリフトン・シェニエ。

5.Ay-Tete-Fee/Clifton Chenier
最後はケイジャン・ミュージックのヴィン・ブルースを聴いてみましょう。50年代にコロンビアレコードからコンスタントにリリースしていた人で、かなり売れていたようでナッシュヴィルにあるカントリー&ウエスタン有名なラジオ番組「the Grand Ole Opry」にも出ている。彼はスムース&ジェントル・ヴォイスと呼ばれる声をしているんですが、カウボーイ映画のワン・シーンで流れるような歌を聴いてください。
6.La Louisianne/Vin Bruce
ヴィン・ブルースは1932年生まれで今年87才・・・もう歌ってないかな。でも、いまも健在なのでルイジアナあたりで活動しているかもしれません。

白人のケイジャン・ミュージックと黒人のザディコは互いに影響し合いながらルイジアナのローカル・ミュージックとしていまも親しまれています。ブルーズとソウルのような黒人音楽もそうですが、白人の音楽の影響は受けているし、白人の方も当然黒人の音楽の影響を受けて現在まで着ているわけで、そう考えると音楽の世界の中では差別はないんですがね。
今日はNOTレコードからリリースされているThe Best Of Cajun & Zydecoを聴いてみました。