2021.12.17 ON AIR

ブルーズの歌詞を読み解く名著「黒い蛇はどこへ」
(中河伸俊著/トゥー・ヴァージンズ刊)

ON AIR LIST
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
2.Bad Luck Blues (Out Of Bad Luck)/ Magic Sam
3.Bright Lights Big City / Jimmy Reed
4.Decoration Day/Sonny Boy Williamson II

僕も連載を書いている「ブルース&ソウル・レコーズ誌」でブルーズの訳詞をしてそのブルーズが生まれた背景や内容をより深く読み取る「Food For Real Life」という連載を書かれている中河伸俊さんが、それを更にアップデイトしてまとめられた「黒い蛇はどこへ」を上梓されました。
今日はその素晴らしい本を紹介しながらそこで取り上げられているブルーズを何曲か聞いてみようと思います。
僕もこの番組で自分のわかる範囲で歌詞の説明をしてきましたが、僕は英語がそんなに堪能でもないし語学として英語をとりわけ勉強したわけでもなく、アメリカや黒人の文化について学んだわけでもないので説明できないこともあります。しかし、中河さんは大学で社会学の教授をされ同時にブルーズやブラックミュージックの翻訳、解説を幅広くされていて、アフリカン・アメリカンの文化や音楽に精通されています。いつも中河さんの書かれた文章を楽しみにしています。
この番組で何度も話してますが、言語だけでなく文化や生活習慣が全く違うアフリカン・アメリカンが歌うブルーズの歌詞を完全に理解することは難しいものです。しかし、「ああ、やっぱり同じように感じるんや」と思う歌詞もたくさんあり、英語ならではの美しい表現や面白い表現にも出会います。
中河さんの今回の著書「黒い蛇はどこへ」はブルーズだけでなく黒人音楽を聞く上でとても役立つ本だと思います。
ではこの本の一番最初に取り上げられている曲はロバート・ジョンソンの名曲”Come On In My Kitchen”「うちの台所へお入り」です。この曲を映画のワン・シーンのようだとぼくはずっと思ってました。雨が降りそうな空の下、台所の入り口に立っている男とその男に視線を送る女。そこで男は「雨が降りそうだからオレの台所に入りなよ」と誘っている・・そんな光景が浮かんでました。ところが二番の歌詞で男は親友の女を奪ってしまったのに、またその親友に女を奪い返されたという歌詞が急に出てくる。そして後半は迫ってくる寒い冬を女一人で過ごすのは辛いだろうから俺と暮らそうと女を誘う歌詞が出てくる。そしてまた「雨が降りそうだからオレの台所に入りなよ」が出てくる。私は整合性のないこの歌詞が一体何を意味しているのかと考え込んだことがある。でも、結果はロバート・ジョンソンの気持ちははっきりわからない。でも、全体を見てみると女に逃げられた男が独り身だろう女を誘っている。雨が降りそうだというのは辛い冬がこれからやってくるという意味もあり、だから俺の台所、つまり家に入って一緒に暮らそうと誘っていると解釈しました。ブルーズの歌詞にはこういう整合性のない、バラバラなものがたくさんあります。一番で「お前のことを愛している」と歌っておきながら最後の歌詞で「お前なんかもう愛してない。俺は出ていくよ」という歌がかなりあります。

その整合性のないところを著者の中河さんは「こういうばらばらさ、いいかえれば断片化がもたらす多様性がかえって聞き手を感情移入させ、より多くの聞き手が自分の個人的な経験とシンクロさせられる」と書かれてます。

1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson

ジョンソンの歌とギターとそして録音から聞こえてくるその時の空気感がすごく寂寥感に溢れていて、南部の田舎に生きる男女の寂しさと辛さが伝わってきます。
次の歌もブルーズの中のブルーズという感じの歌詞です。
マジック・サムの”Bad Luck Blues” タイトル通り「悪運のブルーズ」ですが、その悪運で落ち込んでいたけど俺はまた這い上がるんだという歌です。そして俺から全てを奪って他の男に走ったお前も俺が這い上がったらまた戻ってくるだろうという歌詞です。
私り男友達でこの歌を好きな人多いです。成功したり金持ちになったりすることだけを女性は男性に求めている訳ではないでしょうが、男はどこかで成功してお金も掴んでホレた女性に不自由なくしてあげたい、それが男なんだよなとどこかで思っているんですね。だから這い上がってもう一度頑張るんだという自分を押し上げてくれるようなこのブルーズが好きなんだと思います。
最初の”I Been Down So Long But I’m On My Way Up Again”という最初のマジック・サムの歌がもうグッときます。

2.Bad Luck Blues / Magic Sam

マジック・サムはこの曲をデルマークレコードとクラッシュ・レコード(クラッシュではOut Of Bad Luckという曲名にしている)と二回録音しています。今のはクラッシュ録音ですが僕はこっちの方が好きです。
中河さんのこの「黒い蛇はどこへ」は一つ一つの曲の歌詞のことだけではなく、その歌が生まれた背景や歌われた時代のことそして英語の深い意味についても書かれていて本当に楽しくしかも勉強になるという一冊です。

次は私も歌っている大好きなジミー・リードの曲ですが、僕はシカゴに初めて行った時タクシーの窓から見るネオンサインや街の明かりにこの歌を思い出しました。Bright Lights Big City・・「灯りまぶしい大都会」となかがわさんは訳しています。この歌の主人公の女性は大都会の輝く灯りに憧れのぼせて、男が気をつけなよと言う言葉も聞かないで浮かれた暮らしをしている。そのうち痛い目に合うぞと注意しても彼女は聞かないんだ・・と。たくさんいたんでしょうね、南部の田舎から出てきて浮かれている女性が・・。そして男に騙されたり。
この歌のことで中河さんは歌っているジミー・リードの奥さんママ・リードのことに触れています。もともとお酒が好きだったジミーはてんかんという病になってから発作が起こるのが怖くてますますお酒を飲むようになりアルコール依存症になってしまったのですが、そのジミーをずっと支えて連れ添った奥さんのママ・リードはBright Lights Big Cityの歌の女性とは真逆にジミーに尽くした人だったと書かれています。
自分の作った歌詞も忘れてしまうようになったのですが、それをサポートするようにママ・リードのコーラスも入ってます。

3.Bright Lights Big City / Jimmy Reed

それぞれ、ブルーズマンの人生がそれぞれの歌に反映されているのは当然なのですが、そういう話を知っているとまた歌に愛着が生まれます。

次は自分が格別好きなサニーボーイ・ウィリアムスン。サニーボーイ・ウィリアムスンという名前のブルーズマンが二人いることを知っている方もいるかと思いますが、区別するためにサニーボーイIとサニーボーイIIと分けられていてIの方は戦前に大人気で”Good Morning School Girl”などヒットを出した本名ジョン・リー・カーティス・ウィリアムスン、IIはIが亡くなってから録音を始め50年代からシカゴのチェスレコードでヒットを出したアレック”ライス”ミラー 。そのアレック”ライス”ミラーの曲が取り上げられているのですが、実はこの曲はオリジナルがサニーボーイIの曲で私は昔この曲のタイトル”Decoration Day”というのがわからなくて辞書で調べた記憶があります。それでもなんとなくメモリアル・ディのような死んだ方を追悼する日くらいにしか思ってなかったのですが、今回中河さんの本に”Decoration Day”は日本のお盆のようなものだと書かれていてなるほどと思いました。この歌は亡くなった妻のことを歌っていて、妻が「私が亡くなったらデコレーションデイにはお墓に花を持ってきてね」という歌なのです。最後に彼女のことも忘れないし、デコレーションデイも忘れないと歌っています。

4.Decoration Day/Sonny Boy Williamson II

バディ・ガイのギターがちょっとウザい感じもしますが、サニーボーイの歌とハーモニカは思いが詰まっていて素晴らしいです。
デコレーション・デイはお墓をきれいに掃除して花を添えて・・とほとんど日本のお盆と同じですが、翌日にその墓の近くでピクニックをしたりするそうです。まあ、生きているオレたちは元気でやってるよということなのかもしれません。
今日は中河伸俊さんが書かれた「黒い蛇はどこへ」というブルーズの歌詞から曲が生まれた背景や歌の内容を読み解くという素晴らしい本を紹介しました。
とても内容の濃い本で曲を聴きながら何度も読み返すとまた新たな発見もあると思います。ぜひ、手にとってではなく買ってじっくり読んでみてください。番組HPに写真も出しておきます。