2024.07.05 ON AIR

追悼:日本にブルーズという音楽を導いた日暮泰文さんの死を悼んで

ON AIR LIST
1.Cummins Prison Farm/Calvin Leavy
2.Rock Me Baby/B.B.King
3.I Feel Like Going Home/Muddy Waters
4.All Your Love(I Miss Loving/Otis Rush
5.Out Of Bad Luck/Magic Sam

ブルーズを好きな人ならアルバムのライナーノーツや音楽雑誌、書籍で日暮泰文という名前を見たことがあると思います。
日暮さんは僕なんかより前に60年代からブルーズという音楽の魅力に気づき同人誌を作り日本にブルーズという音楽を紹介した方です。その日暮さんが5月30日にお亡くなりになりました。この番組で前回、前々回ON AIRしたバスター・ベントンとアール・フッカーをリリースしたボス・カードというレーベルを日暮さんは最近立ち上げたばかりだったのでその訃報に驚きました。
今日は日本のブルーズ・シーンに大きな役割を果たした日暮泰文さんの話をしながら番組を進めます。

現在、自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」のアルバムをリリースしているレコード会社「P-Vineレコード」を1976年に「P-Vine Special」として立ち上げたのが日暮さんであり、現在僕が”Fool’s Paradise”というエッセイの連載をしている音楽雑誌「ブルーズ&ソウル・レコーズ」の前々身である「ザ・ブルース」という雑誌を創刊したのも日暮さんです。その他、黒人ブルーズマンを日本に招聘してコンサートを行うなど日本に質のいいブルーズの種をいろんな方向から蒔いた人です。私も約半世紀の付き合いでした。そんなに頻繁に会ったり連絡をしたりすることはなかったのですが、たまにメールのやりとりをした程度です。日暮さんの書かれる文章が好きで本を出版されたりすると感想を送ったこともあります。今日は日暮さんが1976年に立ち上げた「P-Vine Special」から「P-Vine Records」の音源で私が好きなものを聴いてみようと思います。
まずやはり忘れられない「P-Vine Special」の第一弾としてリリースされたこのブルーズから聞きましょう。

1.Cummins Prison Farm/Calvin Leavy

刑務所での黒人へのひどい扱いを告発したこのブルーズがP-Vineレコードのリリース第一弾でした。歌もサウンドもギターも衝撃的な曲ですが、こういうブルーズを通して日暮さんは人種差別や貧困、政治社会の問題を私たちに喚起してくれました。
本当にたくさんのアルバムをリリース、たくさんのミュージシャンを教えてくれたのですが、日暮さんは50年代のRPM/KENTレコード時代のB.B.キングが好きだったようでその時代のB.B.のCD17枚ボックスセットをリリースするという大胆なこともされました。
B.B.キング『ザ・コンプリート・RPM/ケント・レコーディング・ボックス 1950~1965 The Life, Times and the Blues of B.B. in All His Glory』というタイトルが付けられたボックスからB.B.のこの曲

2.Rock Me Baby/B.B.King

私は最初に音楽評論家としての日暮さんと会いました。1972年頃だったと思います。その前から日暮さんが同じ評論家の鈴木啓志さんと作っていた「ザ・ブルース」という雑誌を読んでいましたから名前は知っていました。会ったのは私がウエストロード・ブルーズバンドとして京都から初めて東京の西新宿に演奏に来た頃です。客席で腕組みをしながらつまらなそうな顔で演奏を聴いていたのを今でも思い出しますが、あの時どう思っていたのか一度ちゃんと聴いておけばよかったと今思います。
もう一つめちゃ大胆なリリースを日暮さんはしました。マディ・ウォーターズのチェスレコードの音源を11枚のLPにしたボックスセットも彼はP-Vineレコードからリリースしました。11枚のLPセットにヨーロッパのブルーズ・コレクターから”CrazyなことをやるP-Vine”と言われたそうです。そのボックスから私も昨年レコーディングしたこの曲。

3.I Feel Like Going Home/Muddy Waters

私がブルーズに入り込んだ時は手に入りにくかったコブラ・レーベルのオーティス・ラッシュやマジック・サムをP-Vineからリリースしてもらった時は嬉しかった。すでにコブラのアルバムを持っていたけどこれで日本のたくさんの人にオーティス・ラッシュの素晴らしいデビュー・レコードを聴いてもらえると嬉しかったです。それをやったのも日暮さんでした。
そのコブラ・レコード時代のオーティス・ラッシュ

4.All Your Love(I Miss Loving/Otis Rush

日暮さんが残された功績は出版社を立ち上げ雑誌、書籍の出版、レコード、CD、DVDのリリースなどを扱うレコード会社の設立、黒人ブルーズマンの来日招聘とブルーズという音楽を中心に多岐に渡っていました。日暮さんを尊敬したのは音楽に対する批評、評論をするだけではなく自分が「これがいい」「これが本物なんだ」というものをレコードはじめとする音源や映像を自分で発売する、多くの人たちに聞かせる、見せるということをリスクを背負ってやったところです。
音楽評論家と自称する人は少なくなり、今は音楽ライターと言います。音楽ライターという立場で雑誌に自分の音楽への思いや意見や書くだけならだれでもできると思います。そこにはリスクを背負わない気楽さがないでしょうか。だから書かれているものに重みがない。雑誌を作る、レコードレーベルを立ち上げる、外タレを日本に招聘するとうことには大きなリスクが伴う。それを全て背負ってやってきた日暮さんの文には重みとロマンがありました。彼がいなかったら私たちはブルーズという音楽の醍醐味を知らずに終わったかもしれません。これも日暮さんの大好きな一曲だったと記憶しています。

5.Out Of Bad Luck/Magic Sam

今日聞いたP-Vineレコード20周年記念ボックスの中に書かれた日暮さんの謝辞の中にこんな言葉がありました。最初のリリースとなった”Cummins Prison Farm”契約書をアメリカのレコード会社とメンフィスで交わした時の自分のことを「後戻りできないブラック・ミュージックの殉教者と悟る」と書かれています。
最後までブラック・ミュージックの殉教者として奮闘された日暮さんの人生は素晴らしいものだったと思います。でも、まだまだやりたかったことがたくさんあったと思います。残念です。
日暮泰文さんのご冥福をお祈りします