2021.07.30.ON AIR

ブルーズ・スタンダード vol.33 戦前シティ・ブルーズ
「ギターの魔術師」と呼ばれ名ソングライターでもあった
タンパ・レッドの名曲

“The Guitar Wizard”/ Tampa Red (Sony SRCS 7393)

The Guitar Wizard 1935-1953 / Tampa Red (Blues Classics 25)

ON AIR LIST
1.It’s Tight Like That/Tampa Red And Georgia Tom
2.Black Angel Blues/Tampa Red
3.It Hurts Me Too/Tampa Red
4.Crying won’t help you/Tampa Red
5.Things ‘Bout Comin’ My Way / Tampa Red

久しぶりのブルーズ・スタンダード曲集です。このシリーズではブルーズの歴史の中で重要な曲、これからも聴き継がれ歌い継がれていくだろうブルーズの名曲を紹介しています。
今回はタンパ・レッド。本名はハドスン・ウッドブリッジ。フロリダ州のタンパという街で育って30歳くらいになってシカゴへ移住した時に「タンパから来た奴」ということでタンパ・レッドとなりました。考えて見れば安易なあだ名、芸名ですが、こういう地名をあだ名や芸名につけるのが多くて、テキサス・アレキサンダー、メンフィス・スリム、メンフィス・ミニーとか色々あります。
そのシカゴでタンパ・レッドが知り合ったのがこれまたジョージア・トム。冗談ではなくもちろんジョージア州出身です。
このタンパ・レッドとジョージア・トムのコンビで1928年に録音した”It’s Tight Like That”が大ヒットになりまして、2人は4年間くらいに80曲以上を録音し人気者になりました。ちなみにジョージア・トムさんはその後トーマス・ドーシーという名前を変えてゴスペルの世界に転身して有名な”Precious Lord”を作りました。ゴスペルでもブルーズでも後世に残る曲を作ったすごい人ですが、その”It’s Tight Like That”という曲がホウカム・ブルーズと呼ばれるちょっとエッチな、コミカルな猥褻な歌で、みんな面白がってすごく流行りました。
そういう人がゴスペル界に行って「神様、私の手をとって光の元へ私を導いてください」と作って歌うわけですから・・・聖と俗・・ゴスペルとブルーズがアフリカン・アメリカンの日常でいかに密接に成り立っていいるかがわかります。
さて、そのIt’s Tight Like ThatですがTightは「ぴったり」とか「きつい」とか「ぎゅっとしてる」という意味ですが、It’s Tight Like Thatですから「そんな風にきつい」とか「そんな風にギュとぴったり」とかいうことで、まあはっきりいうとセックスそのもののことです。「朝起きたら彼女と一つ枕で寝ていた。あれはぎゅっとぴったりで良かったぜ」動物の例えを歌ったりして露骨な感じをなるべく避けておもしろ可笑しく歌っているのですが、4番目の歌詞に「オヤジとオフクロが地下室で何やってるかって・・そんなん言えへんよ」と出てきます。
1.It’s Tight Like That/Tampa Red And Georgia Tom
こういうセックスをコミカルなネタにしたヒット曲って日本にはないんですね。未だに国民性でしょうか。こういう歌を女性も男性もニヤニヤ笑って聞くわけです。こういうのをホウカム・ブルースといい20年代後半から30年代に流行りました。

1920年代といえばベッシー・スミスなど女性ブルーズ・シンガーの男にひどい目に遭う切ない辛いブルーズやチャーリー・パットンなど南部の土着的なブルーズが流行ったのですが、一方で都会ではこういう洒落た歌が流行っていたわけです。
でも30年代半ばにはもうこういうホウカム・ブルースは流行らなくなるのですが、元々ギターにも曲作りにも実力のあるタンパは次の流行に乗ってシカゴで生き残っていきます。
次の”Black Angel Blues”はこの前に特集したロバート・ナイトホークの”Sweet Black Angel”の元歌です。そしてB.B.キングの大ヒット曲”Sweet Little Angel”の元歌でもあります。先ほどの”It’s Tight Like That”とまるで曲調の違う戦前シカゴ・ブルーズという感じです。
「俺には可愛い黒い天使がいるんだ。翼を広げた彼女の姿を見るのが好きでね。俺の上で翼を広げてくれた時にはもう最高よ」という内容です。タンパのスライド・ギターにも注意して聞いてください。1934年録音
2.Black Angel Blues/Tampa Red
一曲目の”It’s Tight Like That”と同じブルーズマンと思えないほどストレートなリアル・ブルーズです。弾き語りでしたが、南部のサン・ハウスあたりの激しいスライド・ギターとは違う澄んだ音色の繊細な演奏です。こういうスライドに憧れ影響を受けたのが少し前にこの番組で特集したロバート・ナイトホーク、そしてアール・フッカーというスライドギターの名手たちです。その元祖がこのタンパ・レッドです。

スライド・ギターといえば、エルモア・ジェイムズにも大きな影響を与えた人で、次の曲もブルーズを好きな人たちの間ではエルモア・ジェイムズのカバーの方が有名になっていますが、本家はこのタンパ・レッドです。
”好きな彼女が他の男と付き合っているのですが、その男がひどい男で彼女は辛い目に遭っていて、そういう傷つけられている彼女を見るとオレの心も傷付く”という歌詞です。
1949年の録音です。
3.It Hurts Me Too/Tampa Red
いい曲ですよね。いい歌詞です。

いろんな資料を読むとタンパ・レッドは「いつも銀行員みたいにしっかりした格好をしていた」という話が残っています。確かに写真を見るとちゃんとネクタイをしてジャケットを着ているものが多いのですが、音楽的にも整合性のあるしっかりした構成と歌詞のブルーズを残しています。
もう一曲、今回のブルーズ・スタンダード曲として挙げておきたいのが、B.B.キングやナイトホークがカバーした次の曲です。
「何を言っても、何をやっても、お前が俺にしたことは返ってくる。泣いても無駄だよ。泣いても無駄。お前はずっと俺にひどいことをしてきたんやから」
この「Crying won’t help you / 泣いても無駄」という英語の表現がぼくは好きです。
4.Crying won’t help you/Tampa Red

最後にですね、ブルーズ・スタンダードではないのですが、彼の得意技でもある素晴らしいスライドギターのインスト曲を聴いてください。
5.Things ‘Bout Comin’ My Way / Tampa Red

20,30,40年代までは録音の機会もあったのですが、50年代になると次第に名前が聞かれなくなりました。でも、彼の作った曲と彼のギター奏法はいろんなブルーズマンに受け継がれて今日に至っています。
晩年愛する奥さんが亡くなってから元気がなくなり、認知症にもなっていたようで最後は施設でさみしく亡くなっています。悲しいことですが、こんなに立派なミュージシャンなのに彼自身のお墓はなく共同墓地に埋葬されているようです。1981年 77歳でした。
今回はギターの名手でもありブルーズのソングライターとしても名を残したタンパ・レッドのブルーズ・スタンダード名曲を聴きました。