2020.10.23 ON AIR

「永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集 vol.26」

女性ブルーズシンガーたちのスタンダード曲集 vo.2

Memphis Minnie/The Essential Recordings (PRIMO PRMCD-6108)

Lucille Bogan/Black Angel Blues (P-Vine PCD-20094)

Mamie Smith/Complete Recorded Works vol.1 (document DOCD-5357)

ON AIR LIST
1.Me And My Chauffeur Blues/Memphis Minnie
2.When The Levee Breaks/Joe McCoy&Memphis Minnie
3.Bumble Bee/Memphis Minnie
4.Shave’em Dry/Lucille Bogan
5.Crazy Blues/Mamie Smith & Her Jazz Hounds

前回「ブルーズ・レディたちのスタンダード」の1回目は「ブルーズの皇后」と呼ばれたベッシー・スミスの名曲を聴きましたが、ベッシーの活躍から約10年後くらいから人気のブルーズ・レディとなったメンフィス・ミニーの名曲から今日は始めます。ベッシー・スミスとメンフィス・ミニーの大きな違いはベッシーが楽器を弾かないヴォーカルだけのシンガーでしたが、メンフィス・ミニーはギターを弾く弾き語りスタイルでした。しかも、このギターがまた上手い!ミニーは主に南部を旅しながら酒場などでギターを弾いて歌うダウン・ホームなブルーズ・スタイルでした。そして、ベッシーもミニーも200曲近く録音を残しています。つまりふたりともすごく人気があったということです。
まずメンフィス・ミニーを1曲
曲名が「私と私のお抱え運転手」ですが、「お抱え運転手」なんていう言葉が出てきたらまず男女の営み系のことです。車の運転を絡めながら私を運転してくれと言うてるわけです。車関係でこの手のセクシャルな歌はブルーズに本当に多い。この歌のお抱え運転手は運転が上手いんですよ(つまりセックスが上手いということなんですが)、それで他の女性も運転してしまうんですね。それでそんなことやってたら私はピストルであんたを撃ってしまうよ。新車のフォードのV8を私が買ってやるから他の女は乗せないで私を乗せて世界中ドライヴしてよ」
1941年録音
1.Me And My Chauffeur Blues/Memphis Minnie
日本の女性の歌にはこういうセックスをすぐに連想させるような歌詞はまずないですね。こういう下ネタな歌詞を男女ともに笑って楽しむ文化が日本にはないんですね。まあアメリカでもそういうのを嫌う人もいますが、日本よりは大らかな気がします。
いまの”Me And My Chauffeur Blues”はマリア・マルダー、ジェファーソン・エアプレインのグレイス・スリックなど多くの女性シンガーにカバーされています。ちなみにいまのもうひとりのギターはミニーさんの三番目の旦那さんのリル・サン・ジョーです。その前の二番目の旦那がカンザス・ジョーと呼ばれたジョー・マッコイで、そのジョー・マッコイと録音してヒットさせたのが次の”When The Levee Breaks”
レヴィは堤防のことですから「堤防が壊れる時」「堤防が決壊する時」という曲名ですが、これが録音された2年前1927年に大雨が降ってミシシッピ・リバーが決壊した時の歌です。
「雨が降り続けると堤防は決壊してしまう。決壊したらオレには居場所がない。泣いても祈ってもどうしょうもない。堤防が決壊したらどこかへいかなくては。昨日の一晩中彼女と幸せな家庭のことを考えて堤防の上でうめいた。シカゴへ行こう、シカゴへ行くんだ、ごめんね、オマエを連れて行くことはできないけど」
大雨でかなり切羽詰まった気持ちのブルーズです。ここ数年日本でも大雨で洪水が多いのですごくこういう歌詞はリアルに感じます。歌っているのは旦那のジョー・マッコイ。歌のバックでオブリガードを弾いているメンフィス・ミニーのギターの素晴らしさも聴いてください。
2.When The Levee Breaks/Joe McCoy&Memphis Minnie
いまの曲はレッド・ツェッペリンがカバーしていてツェッペリンのオリジナルと思っている人もいるのですが、いまのが1929年に録音されたオリジナルです。
男女ふたりで演奏して旅をするとなると僕はなんかめんどくさい感じがしないでもないんですが、どうなんでしょう。喧嘩なんかしてたら一緒に演奏する気持ちにならんでしょ。それとも演奏しているうちに仲直りしたりとか・・。いまの曲もどっちかが途中で小節数を間違って、でも元に戻るんですが「あんた、なんで間違えるん」とか言われそうでしょ。
ミニーさんの最初の旦那もメンフィス・ジャグ・バンドのケイシー・ビル・ウェルダンというミュージシャンです。まあ、一緒に演奏しているうちにやっぱりくっついてしまうんでしょうね。

彼女はルイジアナ生まれですが13才の時に家を出てメンフィスに来て、たくさんのブルーズマンがしのぎを削ったビール・ストリートで歌い始めるのですが、13才ってただの家出少女でしょ。ええんかな・・・。それで19才でジョー・マッコイと出会って一緒に演奏を始めるんですが、その最初のヒットが次の”Bumble Bee” (マルハナバチという蜂)これも男が蜂で家を出て外でいろいろ女性を刺しにいくんですね。まあ彼女がええかげんしてくれ、やめてくれと言ってる歌です
3.Bumble Bee/Memphis Minnie
女性ブルーズシンガーのセクシャルな歌の極め付けといえばルシール・ボーガンです。セクシャルというかもう猥褻の領域です。ルシール・ボーガンは裏世界のヤバいつながりもあって、セックスに関する歌だけでなく売春やギャンブル、ドラッグといった歌もあります。日本のP-Vineレコードから一枚アルバムが出ているのですが、解説を書いている小出斉くんも訳すのを憚っている曲でFUCKが平気で歌詞に出てきます。最初が「私のおっぱいは・・」から始まります。その後に「私の足の間にあるもの・・」と来ます。これさすがに発売されなかったらしいですが・・・ルシール・ボーガンを代表する曲で、ブルーズにはこんな歌もあるんだということで選びました。
4.Shave’em Dry/Lucille Bogan
曲名のShave’em Dryの意味もここでは話すのはぼくでも無理なくらいLow Downな内容で猥褻の領域です。こういうブルーズのことをBawdy Bluesといい「Bawdy Blues」というコンピアルバムもあるくらいブルーズでは下ネタ、猥褻な歌がたくさんあるのですが、ルシール・ボーガンはボーディ・ブルーズの女王だと思います。
ブルーズの録音が始まったのは1920年でメイミー・スミスの”Crazy Blues”がその最初です。ブルーズの最初の録音というだけでなく、女性シンガーとして初めてレコードに歌声を残したのがメイミー・スミス。その後にベッシー・スミス、アイダ・コックス、ビクトリア・スパイヴィ、ルシール・ボーガンなど、その初期は女性ブルーズ・シンガーがたくさんいました。みんな苦労しながらも逞しく時代を生き抜いた女性たちでその後の黒人女性シンガーたちへの道を残した偉大な先人たちです。
では今日の最後はその記念すべきブルーズの初めての録音そして黒人女性シンガー初めての録音、メイミー・スミスの”Crazy Blues”。
「夜眠ることもできない、食べることもできない。愛した男が私に優しくしてくれないから。彼は私を憂鬱にさせて私はどうしたらいいかわからない。私は時々座り込んでため息ついて
そして泣き始める。だから親友は私にあいつと別れてしまいなよと言う。彼の手紙は読めるけど彼の心が読めない。そして彼と別れてから私はクレイジーブルーズに取り憑かれている」
5.Crazy Blues/Mamie Smith & Her Jazz Hounds
このブルーズが録音された1920年ですがいまも男女の恋愛事情は変らない、人の心は変らないと思います。
この曲のクレジットがMamie Smith & Her Jazz Houndsとなっていますが、今日最初に聴いたメンフィス・ミニーのような南部で活躍した女性シンガーは違いますが、ニューヨークのような都会で歌った女性ブルーズシンガーはジャズバンドをバックにしていました。ベッシー・スミスもそうです。まだいろいろ話足りない女性ブルーズ・シンガーですが、次回もこの続きをやります。