2022. 03.04 ON AIR

我が愛するエスター・フィリップスと女性R&Bシンガーたち-vol.2

Burnin! Live At Freddie Jett’s Pied Piper,L.A./ Esther Phillips (LP)

ON AIR LIST
1.And I Love Him / Esther Phillips
2.I’m Getting’ Long Alright / Esther Phillips
3.Please Send Me Someone To Love / Esther Phillips

前回からの続きでエスター・フィリップスと同時代の女性シンガーの話
私が連載エッセイを書いている音楽雑誌「ブルース&ソウル・レコーズ」誌で今回は女性シンガーのエスター・フィリップスのことを書きました。
エスター・フィリップスは私の最も好きな女性シンガーのひとりで、どうしても彼女のことを書き残したかったのです。49才という若さで亡くなって38年経ちました。今も「ソウルの女王」と呼ばれるアレサ・フランクリンのように圧倒的な名声を得たわけではないのですが、そのアレサも尊敬していたシンガーで黒人音楽の歴史の中では忘れてはならないひとりです。しかし、日本ではもうあまり語られることも少なくなってきたのでこのへんで自分がエスターのことをしっかり残しておきたいと思っています。
前回は1962年にカントリー曲のカバー”Release Me”の大ヒットでエスターが50年代後半の苦境から抜け出したところまで話ました。
しかし、その後再び大きなヒットは出ずにレコード会社のレノックスも経済的に揺らいで結局倒産してしまいます。その時エスターを救ったのがマネージャーになったジャック・フックという男で、彼は当時R&Bで登り調子だったアトランティック・レコードとエスターの契約を取り付けます。しかし、歌は個性的で上手いがどうしたらエスターが売れるかアトランティックにも妙案はないままジャズ、スタンダード、カントリー、ボッブス、ボサノバ・・といろんな曲を歌わせました。でも、ヒットが出ません。
そしてある日プロデューサーのアーメット・アーディガンが提案したのがビートルズの”And I Love Her”のカバーでHerをHimにして歌うというものでした。しかし、エスターはこの曲が好きになれず録音の最後にこれをイヤイヤ歌ったということです。ところがそれがR&Bチャートトップ20に入るヒットになりました。
今日はエスターのライヴ・アルバム”Burnin! Live At Freddie Jett’s Pied Piper,L.A.”から”And I Love Him”

1.And I Love Him/Esther Phillips

僕は今もビートルズ・ファンなのですが、ビートルズの曲をカバーしたものでいいなぁって思ったものはほとんどないです。ビートルズの曲はオリジナルのビートルズがいいというのが持論なのですが、エスターの”And I Love Him”はすごく心に残りました。エスターのブルーズのエッセンスが振り掛けられていてビートルズとは違うニュアンスになっています。このエスター・ヴァージョンをビートルズのジョンとボールがすごく気に入ってエスターはビートルズに招待されてイギリスまで行くことになりました。その時イギリスのテレビ番組でジョン・レノンがエスターを紹介して”And I Love Him”を歌う映像がYouTubeで見れます。
私が初めて聞いたエスター・フィリップスは今日のこのライヴ・アルバム「バーニング ライヴ・アット・フレディジェッツ パイドパイパー,L.A.」でした。リリースされたのは1970年。僕が聴いたのは72年頃。その頃はブルーズやソウルのガイドブックがなくて、自分なりのアルバムを買う決め手がありました。それは収録されている曲目、レコード会社、プロデューサー、参加ミュージシャン、リリースの年月日、あとはジャケットの印象。このアルバムはレコード会社がアトランティック、プロデューサーがアレサ・フランクリンの録音にも関わってるサックスのキング・カーティス、後のメンバーはコーネル・デュプリー(G)、リチャード・ティー(Org)、チャック・レイニー(B)、ドナルド・ベイリー(Dr)、ジャック・ウィルソン(P)などソウルやジャズでは敏腕のミュージシャンたち。これで買わない手はない。

次のI’m Getting’ Long Alrightという曲は50年代に人気のあったビッグ・メイベルという女性ブルーズ・シンガーが歌った曲ですが、その歌に入る前にエスターはT.ボーン・ウォーカーの”Cold Cold Feeling”を一番だけ歌っています。「誰かと別れる時は心の周りに氷が張り付いたような気持ちになる」ぼくはこの一番だけ歌われたに”Cold Cold Feeling”にすごくエスターのブルーズを感じました。そして次の「愛する男と別れても(”I’m Getting’ Long Alright”)なんとかやっているよ」と本題の歌を歌います。辛い本心を隠した女性の胸の内を感じます。実はエスターと同じように50年代から活躍したルース・ブラウンにインタビューした時、彼女は「ブルーズは男の人が歌うものなのよ。普段女は泣くことを許されるけど男は涙を見せられないでしょ。でもブルーズを歌うことで男は涙が流せるのよ」と言いました。しかし、エスターは「多くの女性が抱えているブルーズを私は代弁して歌っているの」と言っています。両方ともなるほどと思う言葉です。

2.I’m Getting’ Long Alright/Esther Phillips

エスターは語るように歌うというか、語りと歌を混ぜ合わせて歌っている感じです。とても即興性のある歌でまたバック・ミュージシャンたちがそれに呼応できているいいアルバムです。
もう1曲ライヴ・アルバム”Burnin”からブルーズの詩人と呼ばれたパーシー・メイフィールドの名曲です。
この曲は先ほど話に出たルース・ブラウンも歌っているのですがどちらも甲乙つけがたい出来です。

3.Please Send Me Someone To Love / Esther Phillips

「神様、誰か愛する人を私に連れてきて」という内容はこの時のエスターの気持ちだったかも知れません。
60年代10年間でエスターのヒット曲は”Release Me”と”And I Love Him”の二曲しかなかったのですが、ライヴをやり続け何とか乗り切ったエスターは再びドラッグへの依存がひどくなり60年代終わりに入院とリハビリとなります。
70年以降復活の話はまた来週。