2022. 03.11 ON AIR

我が愛するエスター・フィリップスと女性R&Bシンガーたち vol.3

From A Whisper To A Scream / Esther Phillips (KUDU CBS ZK 40935)
What A Diff’rence A Day Makes/Esther Phillips/(KUDU KU-23-SI )
Black Eyed Blues / /Esther Phillips (KUDU King Record KICJ 8110)

ON AIR LIST
1.Home Is Where The Hatred Is/Esther Phillips
2.What A Diff’rence A Day Makes/Esther Phillips
3.Too Many Roads/Esther Phillips
4.Do Right Woman, Do Right Man / Aretha Franklin
5.Do Right Woman, Do Right Man / Esther Phillips

60年代後半に”Burnin’”という素晴らしいライヴアルバムをリリースもののドラッグと手を切れないエスターは再び麻薬療養所を出たり入ったりを繰り返します。しかし、70年に入りまた復活のチャンスが訪れます。それは1971年新しいレーベルKUDUから錚々たる敏腕ミュージシャンを集め新しいサウンドでエスターをしっかりプロデュースするコンセプトでアルバム”From A Whisper To A Scream” がリリースされました。
これは翌年のグラミーの最優秀女性R&Bボーカルにノミネートされる名盤となりました。
その一曲目はドラッグの依存からなかなか抜け出せないエスターにとっては辛い曲でした。と言うのも内容が「ジャンキーが夕暮れの中を歩いている」と始まる麻薬から抜け出せない人間の辛さを歌った曲です。作曲したのはギル・スコット・ヘロン。タイトルは「家庭は憎しみのあるところ」
エスターしどんな気持ちで歌ったのだろう・・・と思います。僕はこの曲を聴いているといつも夕暮れのあまり人のいない通りに一人取り残されたような気持ちになります。

1.Home Is Where The Hatred Is / Esther Phillips ヘイトラッド 

エスターはこのアルバムでとても高い評価を得ましたがグラミーを獲得することはできませんでした。獲得したのはアレサ・フランクリン。しかしアレサは「グラミーにふさわしいのはエスター・フィリップスだ」とグラミーのトロフィーをエスターにプレゼントしてしまいます。その前から親しくしていたとは言え、びっくりしたのはエスターでした。ぼくはそんなことがあるのかと思っていたらアレサがトロフィーをエスターに渡している写真がネットにありました。エスターも「自分が受賞したグラミーのトロフィーを他人にあげてしまう人なんている?!」と言ってます。アレサにとってエスターはずっと尊敬する歌手だったのです。また子供の頃からショービジネスの世界で苦労してきたエスターにゴスペルの世界で子供のころから父親に連れられ同じように教会を回るツアーをしていた自分の姿と重なるものがあったのではないでしょうか。アレサはエスターのことを歌った「Sister from Texas」と言う歌も作って録音している。本当にエスターのことが好きだったんですね。ソウルの女王アレサが心を許しその歌を讃え尊敬したのはブルーズを歌うエスターだったのでした。

1975年、私が初めてアメリカへ行った目的の一つはエスター・フィリップスのライヴを観ることだった。ちょうど彼女の”What A Difference A Day Makes”がヒットしていてロスのラジオからはヘビーローテーションで流れていた。ところがコンサートやクラブでのライヴはことごとくキャンセルだった。まだ携帯もSNSもない時代で、コンサート会場まで車を飛ばして行ってキャンセルを知ることもあった。ロスの音楽関係者に聞くと「彼女はジャンキーだからまた刑務所か病院に入ってるじゃない」と言われた。結局一度もエスターのライヴは見れないまま日本に帰ってきた。エスターが10代の終わりから麻薬依存症だと知ったのはその頃で、エスターの朋友エタ・ジェイムズも同じ70年代中頃に麻薬依存で病院やリハビリセンターに出入りを繰り返していた。エタ・ジェイムズは「60年代から70年代にミュージシャンである自分がドラッグからまったく身を遠ざけることは無理だった」とインタビューで語っている。
もうエスターのライヴを観ることは無理かなと思っていたところ、2年後の1977年2月にエスターは日本にやってきた。それはやはり”What A Difference A Day Makes”のセールスが日本でも良かったからだ。尊敬するダイナ・ワシントンの美しいバラードをディスコ・アレンジで歌うことにエスターは難色を示したが、この歌がいちばんエスター・フィリップスの名前を知られるヒットとなった。1975年。
「あなたと出会えてから憂鬱な日々は去って行き、なんて違う素敵な日になったのでしようか」

2.What A Diff’rence A Day Makes/Esther Phillips

70年代中頃、時代はブルーズもソウルもジャズもブラジルの音楽もミックスした「クロスオーバー」と呼ばれる時代でそこからいわゆるフュージョンへ向かいます。そういうクロスオーバーの感覚が成功した一つが今のWhat A Diff’rence A Day Makesでした。
今の曲はKUDOレーベルの5枚目のアルバムになるのですが、KUDOでは全部で7枚アルバムをリリースしましたから充実した時期でもありました。特に最初の三枚は素晴らしいものです。
その3枚目”Black Eyed Blues”に収録されているエスターの歌唱力がわかるバラードを聴いてみましょう。1973年。

3.Too Many Roads/Esther Phillips

東京で三日間コンサートがあったのですが、三日とも観に行きました。正直に言うとあまりよくなかった。バックバンドのクォリティや会場のPA音響がよくなかったことを差し引いてもエスターの歌はよくなかった。声もしっかり出てなかったし歌う強い姿勢が感じられなかった。そして、初日が終わったあとコンサートの関係者の方から「明日楽屋に来てエスターに会いませんか」と誘っていただいた。2日目の渋谷公会堂でした。僕は何かエスターにプレゼントしたくてなぜか渋谷のデパートでガラスのケースに入った日本人形を買ってプレゼントした。なぜそんなものを自分が買ったのかわからない。多分持って帰るの大変だっただろうなと後から思いました。

このKUDUレコードの時代にたくさんいい曲を歌っています。ビル・ウィザースの“Use Me”、最初のアルバムタイトルにもなったアレン・トゥーサンの”From A Whisper To A Scream”、アレサ・フランクリンも歌った”Do Right Woman,Do Right Man”、ジョー・コッカーが作った”Black Eyed Blues”そしてポップな”Alone Again”や”Mr.Bojangles”にもエスターの個性が光っています。僕は個人的にアレサに匹敵する歌唱力のあるシンガーだと思っているのですが、アレサが有名な牧師の天才少女としてゴスペル時代から周りのスタッフやしっかりしたプロデュースに恵まれていたのに比べると、エスターはツアーに明け暮れ毎晩毎晩クラブで歌い続ける厳しい生活を余儀なくされて来ました。アレサと同じアトランティック・レコードでさえアレサのような決定的なプロデュースはエスターにできませんでした。完璧とは言いえないのですがヒットが出てコンスタントにアルバムリリースができたこのKUDOレコードの時代はエスターにとって幸せな時代だったと思います。
エスターのために曲まで作った同時代を生きたソウルの女王アレサ・フランクリンとエスターの違いはなんだったのだろう。それはヒット曲の数の違いです。歌唱力については決してエスターはアレサに引け取っていた訳ではないと思います。ここで二人が歌っている同じ曲を聴いて見ましよう。最初にアレサから。

4.Do Right Woman, Do Right Man / Aretha Franklin
5.Do Right Woman, Do Right Man / Esther Phillips

”What A Difference A Day Makes”のディスコ・バージョンがヒットしたことでレコード会社は「柳の下にドジョウは二匹」とばかりにオージェイズの曲をよりディスコ風にした”Once Night Affair”,そしてジャズ・スタンダードの”Unforgettable”,”For All We Know”と続けてディスコ・アレンジで出しましたがヒットには至らなかったのです。
エスターはいろんな曲を歌って残しました。ブルーズから始まりジャズ、R&B、ボサノバ、ロック、ポップ・・とそれ故に彼女をどのカテゴリーに入れればいいのかわからないので注目されにくかったと思います。例えばアレサ・フランクリンならソウルの女王という看板があるようにソウルというカテゴリーです。ニーナ・シモンやビリー・ホリディはジャズ、エスターとほぼ同時代のルース・ブラウンはミス・リズムと呼ばれR&B女王とも呼ばれ、エタ・ジェイムズもやはりR&Bシンガーと呼ぶのがふさわしいです。
エスターの根底にあったのはやはりブルーズだったと思います。ブルーズではないジャズやスタンダード、ポップを歌ってもそこにエスターのブルーズの翳りが必ずあります。情感の深い歌手でじっくり聴くとその繊細な歌の表現の中に女性としての強さと脆さが同居しています。彼女は女性の為にブルーズを歌った人でした。