2020.08.14 ON AIR

追悼ビル・ウィザース-2

LEAN ON ME:The Best Of Bill Withers(CK 52924)

LEAN ON ME:The Best Of Bill Withers(CK 52924)

 

Bill Withers Greatest Hits (CBS/Sony 32DP 883)

Bill Withers Greatest Hits (CBS/Sony 32DP 883)

ON AIR LIST
1.Kissing My Love/Bill Withers
2.Who Is He (And What Is He To You?)
3.Lovely Days/Bill Withers
4.Just The Two Of Us/Bill Withers

偉大なソウルのシンガー・ソングライター、ビル・ウィザースの訃報が3/30に流れ世界中の多くの人たちがSNSなどにお悔やみのメッセージを出しました。ビルはすでに音楽業界からリタイアして30年以上経っています。それでも彼の歌を愛する人たちが本当にたくさんいることを改めて知りました。

1985年『ウォッチング・ユー・ウォッチング・ミー』というアルバムが最後でした。でも、正式な引退宣言みたいなことがなかったので彼はまた曲を作って歌ってくれるのではないかという希望を多くのファンが持っていました。でも、それは結局叶いませんでした。これだけ才能も人気もある人がなぜ黙って引退してしまったのか・・・今日はちょっとそれに触れてみようと思います。

70年代最初にデビューしてから75年までの五年間ですでに彼の名前はしっかりソウル・ミュージック残るほどの功績を作っていました。

先週聴いた”Use Me” “Lean On Me” “Ain’t No Sunshine”などはソウルの名曲であり、彼の真摯な歌とステージに黒人白人問わず共感する人はふえていました。

1972 年にサセックスレコードからリリースされ翌73年にR&Bチャート12位まで上がったこの曲も素晴らしい。

いま聴いても古く感じない人間のぬくもりのあるファンク・ソウルです。

1.Kissing My Love/Bill Withers

次の曲もファンクの匂いがするんですが、James BrownともSly&The Family Stoneとも違うファンクになってます。何が違うのかと言えば、スライはロックテイストがありファンクロック的で、ジェイムズ・ブラウンは土着的、アーシーでグルーヴ命ですがビルの歌にはシャウトなどはなく内側から熱くなっていく感じなんですね。彼にとっては歌詞を聴かせることもすごく大切な要素だったと思います。

当時、ダニー・ハサウェイやロバータ・フラックといった内省的な歌や社会、政治的な歌を歌うニューソウルと呼ばれたソウルシンガーたちもいましたが、彼らともカラーが違うどこにも属さないような存在がビルでした。

2.Who Is He (And What Is He To You?)

プロデュースのクレジットにはビル・ウィザースとともにキーボードのレイ・ジャクソン、ドラムのジェイムズ・ギャドソンなどの名前が記されています。

つまり先週聴いてもらったビルのカーネギーホールでのライヴのメンバーです。そのメンバーがそのままプロデュースのクレジットに名前があるということは、バック・ミュージシャンというより同じバンドのメンバーという気持ちだったのではと思います。レコーディングもライヴも一緒にやっていてテレビの音楽番組に出ていました。ビルを中心として何か強い結束があったように感じます。

ところが1975年にサセックスレコードが倒産して、ビルは大手レコード会社のCBSコロンビアに移籍します。そこから毎年一枚ずつ78年まで順調に4枚のアルバムをリリースします。しかし、そこにはドラムのジェイムズ・ギャドソンの名前はもうありませんでした。録音はレコード会社が用意したスタジオ・ミュージシャンになっていました。

そして、78年以降レコード会社の担当になった者がまったくダメな男でビルに「君の作っている曲は好きではないし、黒人の音楽も好きじゃない」と言う奴でした。

この男になってからビルは他のシンガーのカバーを歌えと言われたり、もっとダンサブルな曲を録音しろと言われたりしてレコード会社側とギクシャクし始めます。

次第に録音が減っていき84年の”Watching You Watching Me”を最後にレコーディングしなくなりました。

次のような素晴らしい曲を作れて歌える人が音楽から遠ざかってしまうほど、彼は嫌になってしまったんですね。

「君を見るだけでいい日になるんだ、君を少し見るだけで素敵な日になるんだ」

3.Lovely Days/Bill Withers

いまの歌もそうですが、ビルは平凡な静かな生活の中にある光景を歌にするのがうまいです。

ビルの歌には素朴さがあり歌のテクニックがどうのこうのということではないんです。歌っていることも自分の身の回りのことで、そういうところがブルーズと似ているところがあるのかも知れません。初めて聴いた時に僕がすっと彼の歌に入り込めたのもそこかも知れません。

次は1980年のリリースですが、この曲も当時ディスコやソウル・バーでよく流れていました。R&Bチャートで3位、ポップチャートで2位ですから大ヒットです。サックス・プレイヤーのグローバー・ワシントン.Jr.のアルバム「ワインライト」のゲストで歌った曲です。

この1980年はブルーズ・ブラザーズの映画が公開されて、ロバート・クレイがデビューした頃でブルーズも少し活気が戻った頃でしたが、ブラックミュージックの大きな流れはプリンス、マイケル・ジャクソンが中心でダンサブルな音楽が流行っていく中で「おお、ビル・ウィザースがんばってる」と僕は思ってました。大好きな曲です。「君とふたりだけで一緒にいたい。幸せになりたい」

4.Just The Two Of Us/Bill Withers

いまの曲の邦題が「クリスタルの恋人たち」でしたが、ちょうどこの80年に作家田中康夫さんの「なんとなくクリスタル」がすごく売れていてそこからレコード会社がつけたのでしょうが、なんだかな・・な邦題です。

14年間のメジャー・シーンの活動でアルバムはライヴ盤を含めて9枚。まだまだ音楽活動が出来たのに彼は音楽シーンが嫌になってしまったのです。ツアーに出るのもあまり好きではなかったということです。彼は自分の身の丈の音楽をやりたかっただけで、スーパースターになりたいとかすごい金持ちになりたいと思っていたわけではなかったと思います。85年に隠居状態に入る頃にはそこそこお金の蓄えもあって、うつつましく生活していけば大丈夫だったんでしょう。ファンにとってはとても残念ですが、彼は自分の意見がわかってもらえない人たちと音楽を作って行く気にはなれなかったのでしょう。彼はその後の生活に満足していたし、もう一度音楽のショービジネスに戻りたいとも思わなかったのでしょう。

そのあたりは彼が引退してから出た”Still Bill”というドキュメントDVDを見るとわかります。