2021.04.16 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集 vol.28
ミシシッピー・デルタ・ブルーズ Vol.2
永遠に歌い継がれるロバート・ジョンソンのスタンダード名曲その1

THE COMPLETE RECORDINGS/Robert Johnson (SME RECORDS SRCS 9457-8)

ON AIR LIST
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
2.I Believe I’ll Dust My Broom / Robert Johnson
3.Walkin’ Blues / Robert Johnson
4.Ramblin’ On My Mind / Robert Johnson
5.If I Had Possession Over Judgment Day / Robert Johnson

このブルーズ・スタンダード・シリーズのミシシッピー・デルタ・ブルーズの第一回でロバート・ジョンソンの“Sweet Home Chicago”と”Cross Road Blues”を選んだ。
ジョンソンはまだ後世にも聞かれるだろう名曲がたくさんあり、今日のブルーズ・スタンダード・シリーズはロバート・ジョンソンの名曲、スタンダード曲だけを選曲します。
1911年に生まれ、38年に27歳の若さで亡くなったロバート・ジョンソンは29曲を録音しただけですが、この29曲の中にはブルーズ史上重要な曲が多くあります。
ジョンソンはウィスキーに毒を入れられ毒殺されるというセンセーショナルな死だったことや、写真も3枚ほどしかない放浪のブルーズマンだったことからミステリアスにと捉えられがちですが、「ブルーズの作詞作曲家」として最重要人物の一人です。

“Come On In My Kitchen”は人気のある曲でカバーもたくさんされています。ロックだとピーター・グリーン、エリック・クラプトン、デラニー&ボニー、レオン・ラッセル、ジョニー・ウインター、シンプリー・レッドなんかもカバーしていて、ジャズ系のカサンドラ・ウィルソンも絶妙のアレンジで歌っています。末端の私も録音したことがあります。
「雨が降りそうだから台所の中に入っておいでよ」と歌うこの歌が全体的に何を歌おうとしているのか正確に捉えるのは難しいのです。親友から奪い取った女がまた他の男と何処かへ行ってしまいやるせない気持ちの主人公。外には冬の冷たい風も吹き、雨も降りそう。そんな外にどうも思わせぶりな女性がいる。その女に台所に来ていいことしょうぜと誘っている。厳しい冬が来るけれどオマエ、蓄えがなくて冬を越せないだろう。だから台所に入って来いよ。つまりオレといれば心細くないぞ・・と口説いている歌のように思える。降りそうな雨、冬を迎える冷たい風、女に逃げられた男と気をもたせて外から男を見る女、夜が迫るミシシッピの広野の寂しい風景・・そういったものが映画のワンシーンのように心の中に広がる。
30年代綿花畑が広がる南部の田舎で貧しく頼る者も少ないアフリカン・アメリカンの心象が浮かんでくる名作。
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
スライド・ギターの音色もあり曲全体の寂寥感が滲みでて来る優れた曲です。一緒に旅をしたことのあるブルーズマン、ジョニー・シャインズによると、ある夜、ジューク・ジョイントでジョンソンがこの曲を演奏していたところそこにいた男も女もみんな涙してしまったという話もあります。

次の曲もロバートJr.ロックウッド、ハウリン・ウルフ、ラッキー・ピーターソン、ピーター・グリーンとカバーの多い曲で私もカバーし録音していますが、私はエルモア・ジェイムズがバンドスタイルでカバーしたものを元にしました。
原曲のロバート・ジョンソンは弾き語りにも実は元があり、先輩のブルーズマン、ココモ・アーノルドの歌詞からいくつかを引用しています。ジョンソンは歌詞だけでなく、メロディや曲想もいろんな先達のブルーズマンの曲から引用しており、それまでのブルースの美味しいところを的確に取り入れる才能もありました。
“I Believe I’ll Dust My Broom “のI’ll Dust My Broomとは「俺は出て行く」という意味で「朝が来て目が覚めたら、俺は出て行くよ。お前の好きなあの黒い野郎を部屋に引きずり込むんだろう」と始まるこの曲は、いろんな男に色目を使う女性への不信感に溢れています。ジョンソンにはこういう女性に対する不信感がいつもあり、それゆえにその夜だけの女と一夜を過ごすとさっさと次の街へ行ってしまうということを繰り返したのではないだろうか。
2.I Believe I’ll Dust My Broom / Robert Johnson

次の”Walkin’ Blues”は高校生の頃聞いたポール・バターフィールド・ブルースバンドのカバーでした。これもマディ・ウォーターズ、ジョニー・シャインズ他ロックのボニー・レイット、グレイトフル・デッドにカバーされている。
これも旅に出る歌で「朝起きたら靴を探して出て行きたい気分だ。朝起きたら可愛いバニースもいないし、こんな寂しい家から出て行きたい。最悪の気分だ。貨車に飛び乗って何処かへ行こう。こういうブルーな気分も悪くはないとか言う奴もいるけど、これは最悪の気分だ。」
3.Walkin’ Blues / Robert Johnson
“Walkin’ Blues” は先輩のサン・ハウスの影響が感じられるワイルドな歌と演奏。
ザックザックとリズムを切りながらの見事なスライド・ギターのプレイが聞けるが、弾き語りのブルーズも当然ダンス・ミュージックであったわけでこのジョンソンのようなギターのグルーヴ感、リズムの良さは客を躍らせるのには不可欠だった。
それまではピアニストが左手でガッガ、ガッガ、ガッガ、ガッガとシャッフルのリズムを打ち出していたビートをジョンソンがギターでやったわけですが、このウォーキン・ベースと呼ばれる奏法は今では当たり前ですがブルース史上では画期的なことでした。
次の曲はそれがよくわかるグルーヴィーな曲です。
「放浪したい、ぶらぶらと何処かへいきたい。彼女とは別れたくないけどあいつはオレによくしてくれないからな。走って駅に行って一番電車に乗るんだ」とまたしても女への不信と旅に出る歌。
4.Ramblin’ On My Mind / Robert Johnson
エリック・クラプトンやキース・リチャーズがジョンソンの録音を初めて聴いた時にギタリストがもう一人いると思ったらしいのですが、僕も最初二人だと思ってました。いまの曲を聴いていてもそれを感じます。

次の曲はジョンソンの曲の中ではすごく有名というわけではないのだけど、戦前のこうした弾き語りのブルーズマンが何を歌っていたか教えてくれる一曲です。曲の音楽的な形式は古くからある”Rollin’ And Tumblin’”と同じものですが、歌詞の内容は難しいものです。曲名の「If I Had Possession Over Judgment Day」の Judgment Dayとは、キリスト教でこの世界の最後の日にイエス・キリストが人々に対して行う最後の審判のことで天国に送られる人と地獄に送られる人がいるというもの。だから曲名は「もしオレが最後の審判の日を自分のものにしたなら」となります。ある意味とても怖いタイトルであり、キリスト教から見るととんでもない不届きな考えということになるのでしょう。結局、「ホレていた女を他の男に取られて落ち込んで一晩中泣きあかし、その腹いせに最後の審判の日に神に代わって自分がその女を裁けるのなら、女が神に祈ることさえやらせないぞ」という復習のような歌ではないかと思います。
5.If I Had Possession Over Judgment Day / Robert Johnson
ブルーズにも当然ながらこういう宗教の言葉や神への気持ちが入った曲がいくつもあります。聖なるスピリチュアルズとかゴスペルという宗教歌と俗な歌であるブルーズと両方歌ったブルーズマンもたくさんいます。
アフリカン・アメリカンの日常に神、宗教がいかに根を張っているのかがこういう歌詞でもわかります。

次回もまだまだあるロバート・ジョンソンのスタンダード名曲集の第二回です。