2021.04.23 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集 vol.29
ミシシッピー・デルタ・ブルーズ Vol.3

永遠に歌い継がれるロバート・ジョンソンのスタンダード名曲その2

THE COMPLETE RECORDINGS/Robert Johnson (SME RECORDS SRCS 9457-8)

ON AIR LIST
1.Love In Vain / Robert Johnson
2.From Four Until Late / Robert Johnson
3.Preachin’ Blues / Robert Johnson
4.Me And The Devil Blues / Robert Johnson
5.Kind Hearted Woman / Robert Johnson

前回に引き続きロバート・ジョンソンが残していまも歌い継がれている彼の名曲の紹介ですが、今回は優れたソングライターでもある彼の楽曲に焦点を当てています。
僕がロバート・ジョンソンという名前を初めて知ったのは19歳の頃。オールマン・ブラザーズなどブルース・ロックに興味を持ち始めていた頃にたむろしていたロック喫茶のオーナーが「ブルース聞くならこれやで」と聞かせてくれたのがジョンソンのアルバムだった。しかし、当時まだロック・フリークだった僕は弾き語りの古いジョンソンのブルーズの魅力が全くわからなかった。そして、ほぼ同時期1970年、リリースされたばかりのローリング・ストーンズの”Get Yer Ya Ya’s Out!”に収録されていた”Love In Vain”の解説でロバート・ジョンソンの名前を見つけ、それがジョンソンの曲であると知りました。ストーンズのカバー・バージョンはエレキ・バンドのサウンドということもありすんなり聞くことができたのですが、今から聴く弾き語りのジョンソンのオリジナルを受け入れられるようになるにはそれから2年ほどかかりました。
「虚しき愛」と邦題がつけられたこの曲は列車で去っていく彼女を駅で見送り、彼女との愛が終わったことを歌った悲しい曲です。列車が駅に入って来て彼女の目を見つめながら泣きそうになってしまう男。そして列車が出発して列車を見送る男の目に入ったのは自分の憂鬱を表すようなブルーのライトと自分の心の中を表すような赤いライト。そして虚しい気持ちだけが残る・・映画のワンシーンのような実に素晴らしい歌詞です。
1.Love In Vain / Robert Johnson
ボブ・ディランが20世紀最高の歌詞と言ったこの”Love In Vain”
ロバート・ジョンソンのような戦前の黒人ブルーズマンは教育をまともに受けられなかったので文字を読めない、書けない人が多かったのですが、ジョンソンは紙に文字を書いていたという話もあり、ひょっとするとこの美しい歌詞なども言葉を選んで紙に書いて作詞したものかもしれないですね。

ジョンソンが次の曲を録音する1937年より15年前、1922年にジョニー・ダン・オリジナル・ジャズ・ハウンズという初期のジャズバンドが録音した”Four O’Clock Blues”という曲を元にしたのではないか、とか盲目のギター名人のブラインド・ブレイクの曲、またはジョンソンが好きだったピアニスト、リロイ・カーの曲から発想を得たのではないかとも言われています。つまり、ジョンソンの多くの曲には彼が聞いて来たそれまでの多くのブルーズ、ジャグ、ゴスペル、初期のジャズなどを自分の曲のテイストに取り込んでいます。自分の想いを歌にするだけでなくジョンソンには他の音楽も取り入れられる音楽的な力量とセンスがありました。次の曲はラグタイムのテイストですが、彼の曲の後ろには彼のミュージシャンとしての懐の深さを感じさせます。
この歌は「四時から夜遅くまで俺は手を握りしめて泣いていた」と始まる。いろんな男と騒いで楽しくやっている彼女に嫌気がさして俺はもうここから出ていくという歌。またしてもジョンソン得意の出ていく歌。
2.From Four Until Late / Robert Johnson

ジョンソンはデルタ・ブルーズの先輩であり師匠でもあるサン・ハウスの影響を強く受けていて、次の曲はサン・ハウスの曲が元になっています。のっけから「朝目が覚めたらブルーズが人間のように歩いてくる」とはじまります。こんな風にブルーズを人間に例えるいわゆる擬人化はブルーズの歌詞に時々見受けられるものです。やってくるブルーズが襲いかかって来て何もかもめちゃくちゃにしてしまう。怖いブルーズという存在に恐れを抱いている歌です。ブルーズという存在が不吉な、日本でいう何か悪い霊のような存在みたいに思えます。
この曲の聞きどころはジョンソンのリズム感のすばらしさが出ているギター・プレイ。グルーヴするワン・コードのギター・プレイにはのちに生まれるファンク・ミュージックの原型のようなものさえ感じられます。恐ろしいブルーズから逃げようとして走っているような曲の疾走感が素晴らしい。
3. Preachin’ Blues / Robert Johnson

ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を渡した代わりにギターが上手くなったという有名な伝説があります。ギターの練習を夜中に墓場でやっていたとか、夜中に十字路で待っていると悪魔がやって来て命が短くなるのと引き換えにギターの上手さを悪魔から手に入れたというような話です。次は「俺と悪魔のブルーズ」というタイトルですが「朝早く悪魔がやって来てドアをノックした。俺はやあ、サタン、出かける時間だねと言った。俺は悪魔とかたを並べて歩いた。そして俺の女を気持ちが満足するまで殴ってやるんだ。俺の亡骸はハイウェイの横に埋めてくれ。そうすればグレイハウンドを捕まえて乗ることができるから」と、気持ちの悪い不気味な歌ですが、これもジョンソンならではの名曲です。実にこれも映画のように頭に映像が流れる歌詞です。
4.Me And The Devil Blues / Robert Johnson
「俺の女を気持ちが満足するまで殴ってやるんだ」というところの歌詞がとても不可解なのですが、日頃の不満、心に積もるイライラを女を殴ることでしか発散できないのか。それとも女性という存在に深い不信とか恨みがあるのか・・・本当のところがわかりません

次のKind Hearted Womanの日本盤に「心優しき女」というタイトルがついていたのでぼくは「心優しい女性にぞっこんホレているのに女性の方が何枚も上手で他にも男がいる」そういう歌なのだとずっと思っていたのですが、後からこのKind Hearted Womanというのは男を金で誘っていわゆるツバメ(ジゴロ)として自分の夜の相手にする女のことだとわかって驚きました。たぶんロバート・ジョンソンは放浪の旅の途中で何度もそういう女の世話になっていたようです。ある意味、「心優しき女」というタイトルとは真逆の意味です。「そういう女が何でもしてくれるんだけどあいつらは性格悪いよな」と歌った後に「オレはあの娘に夢中なのに、あの娘はオレを愛してないんだ」という歌詞が出てくるのですが、この場合のあの娘がその悪い女を指しているのかそれとも全く別の女のことを言っているのかは不明です。
この曲がジョンソンが1936年にテキサスのサン・アントニオで初めて録音した曲で実に85年前です。
5.Kind Hearted Woman / Robert Johnson
この曲はジョンソンが録音した後にマディ・ウォーターズ、ロバート・Jr.ロックウッド、ジョニー・シャインズ、エディ・テイラーといったブルーズマンがカバーし、ロックではジョニー・ウィンター、エリック・クラプトンなどがカバーしています。