2018.10.19 ON AIR

反骨のブルーズマン、J.B.レノアのシングル・コレクション

I wanna play a little while(The Complete Singles Collection 1950-1960)/J.B.Lenoir (Jasmine JACD-809)
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ON AIR LIST
1.Korea Blues/J.B.Lenoir
2.Let’s Roll/J.B.Lenoir
3.Mama Talk To Your Daughter/J.B.Lenoir
4.Don’t Touch My Head/J.B.Lenoir
5.Eisenhower Blues/J.B.Lenoir

 
最近、大好きなJ.B.レノアのコンプリート・シングル・コレクション1950~1960というアルバムをゲットしました。アルバムタイトルは「I Wanna Play A Little While(オレはすこしの間演奏したい)」ですが、CD二枚組全30曲収録されています。
2015年にイギリスのジャスミンレコードからリリースされてます。今日は50年代のシカゴのブルーズ・クラブにJ.Bルノアを聴きに行きましょう!ビールでも用意してください。

大好きなレノアなので30曲もあるとON AIRしたい曲がありすぎて選曲に悩むところですが、まずいちばん最初のシングルを聞いてみましょう。
1950年録音、僕が生まれた年ですね。シカゴ「チェス・レコード」での録音でピアノがサニーランド・スリム、ギターリロイ・フォスター、ドラムがアルフレッド・ウォーレンスというメンバー。
レノアは発売禁止になった政治社会ネタのブルーズも歌った強いプロテストの意志を持ったブルーズマンですが、最初のシングルからブロテスト・ブルーズです。
「アンクルサム(アメリカ政府)がオレをここから追い出すってなんでだ。やつはこう言うんだ・・オマエが韓国で必要なんだと。恋人よ、心配しないでくれ。空を飛行機で飛び初めている。中国人に撃墜されてコリアのどこかで死ぬだろうよ・・・」と戦争に行きたくない、徴兵されたくない気持ちを歌っている。
1.Korea Blues/J.B.Lenoir
第二次世界大戦がやっと終わったのにまた徴兵で朝鮮に行かなくてはいけない黒人たちの気持ちを代弁したようなブルーズ。
レノアの才能を見つけてクラプやレコーディングの面倒をみたのは、いろんなブルーズマンの面倒をみた偉大なビッグ・ビル・ブルーンジー。
51年からはJOB、パロット、チェッカーとレコード会社を渡り歩きながらレノアは確実に充実した自分のブルーズを作り上げていきます。次はJOBレコードに残したダウンホーム感とモダンさが混じったいかにもJ.B.レノアらしいシャッフル・ビートでたまらんグルーヴ感です。
2.Let’s Roll/J.B.Lenoir
ピアノとギターとドラムが混然一体となったサウンドとグルーヴが当時のシカゴブルーズの匂いを感じさせるダンス・ナンバーです。

僕は自分のバンド「ブルーズ・ザ・ブッチャー」でMojo Boogie,Feel So Good,Voodoo Musicとレノアの曲をカバーしていますが、次の曲も昔マジック・サムのカバーをカバーしてました。サムのバージョンは若いのでテンポも早くてソリッドでエッジが効いてますが、このオリジナルのレノアのブギにも腰が動いてしまいます。1955年この曲はR&Bチャートの11位まで上がってます。
3.Mama Talk To Your Daughter/J.B.Lenoir
独特のポップな感じがあります。

J.B.レノアはパーカッションとデュオでやったり、ピアノ、ドラムと自分のトリオでのものだったり、次のようなしっかりしたバンド形態にホーンを二本入れたものだったり、いろんなパターンがあるのですが、どれも聞き応えがあるところが素晴らしい。つまり本人がどういう形でやろうとブレていないということです。
次のはアルト・サックスとテナー・サックスを加えてベースはシカゴ・ブルーズのフィクサー、ウィリー・ディクソンです。
タイトルはDon’t Touch My Headですから「オレの頭にさわるな」ですが、黒人のブルーズやリズム&ブルーズの曲には頭というかヘアースタイルとかウィグ、かつらとかのネタがよくあります。これも「靴もピカピカに磨いて、ダイヤの指輪もはめてんねん、ヘアースタイルもばっちりやからオレの頭に触んなよ。さわったらぶっとばすで」やっぱりかなりヘアースタイルにはナーバスなんですかね。
4.Don’t Touch My Head/J.B.Lenoir

レノアのすごいところはすべて自作の曲であり、そのハイトーンの歌声もいっぱつでレノアとわかるもので、つくる曲も政治的社会的なプロテストな内容のものがあったり、と思えば独特のシャッフル・ビートのダンサブルなものがあったり、すべてが個性的であるところです。よく着ていたシマウマ柄のジャケットも彼のトレードマークでした。
毎日畑仕事を手伝っていたミシシッピーを15才(中学三年です)で出てからニューオリンズに行って、そこからシカゴまで上がってきて最初は精肉の加工工場で働きながらクラブで演奏できるチャンスをねらっていた彼のことを思うと、38才の若さで交通事故で亡くなったのは本当につらい。
最後は当時のホワイト・ハウス筋から大統領のアイゼンハワーを批判した歌としてクレームがついて発売禁止なったブルーズ。
「金はないしや、楽しいこともない。なんでって稼いだ金ぜんぶ税金で取られるんやから。1セントもないや。家賃も払えんし、オレの彼女は服も靴も買えへん。どないせぇっていうねん。オレは大統領のアイゼンハワーのせいでどつぼや。めちゃブルーや。この世はどないなってんねん」
J.B.レノアはやっぱり気骨のあるブルーズマンです。
5.Eisenhower Blues/J.B.Lenoir

結局二枚組の一枚の中から5曲しか聞けなかったので、またいつかもう一枚聞きます。
J.B.レノア・・・どのアルバムもいいです。是非ゲットしてください。