2022.11.11 ON AIR

デビュー前ひたむきにブルーズに取り組むジャニス・ジョップリンを捉えたリハーサル・テープが正式にリリース

Janis Joplin & Jorma Kaukonen/The Legendary Typewriter Tape: 6/25/64 Jorma’s House(BSMF-7677)

ON AIR LIST
1.Trouble In Mind/Janis Joplin
2.Long Black Train/Janis Joplin
3.Kansas City Blues/Janis Joplin
4.Nobody Knows You When You’re Down And Out/Janis Joplin

ロック・ファンならそしてロックを歌う女性なら必ず出会うジャニス・ジョップリン。女性ロック・ヴォーカリストとしてロックの歴史に名を残し、いまも多くのファン、フォロワーを持つ彼女のデビュー前のリハーサル・テープがこの度正式にリリースされることになった。
この音源はこれまでもブートレッグで聞いたことはあったが、音が悪すぎてちょっとという感じだった。しかし今回優れたエンジニアであるマイケル・グレイヴスによって完全修復・リマスターされ音が良くなりリリースに至った。
1964年の録音でジャニスは21歳。1970年にホテルの部屋で一人で死んだ27歳の6年前。故郷テキサスのポートアーサーという小さな街からひとりでサンフランシスコにやって来てまだ1年の頃の録音。
今回リリースされるこのアルバムのタイトルが”The Legendary Typewriter Tape: 6/25/64 Jorma’s House”でミュージシャン名義は「ジャニス・ジョップリン&ヨーマ・カウコネン」です。ヨーマ・カウコネンというのはシスコの有名なロックバンド「ジェファーソン・エアプレイン」や「ホット・ツナ」のメンバーだったレジェンドのギタリスト。この当時ジャニスと二人で小さなクラブでライヴをやりデビュー前のジャニスを支えた人。
このリハーサル・テープはヨーマの自宅で録音されたのでアルバムタイトルに「ヨーマズ・ハウス」と書かれている。しかしタイトルの”The Legendary Typewriter Tape”ってなんだろうと思ったら、この録音をヨーマの自宅でしている時に同じ部屋でヨーマの奥さんがタイプライターを打っていてその音が録音に入っているので「伝説的なタイプライター・テープ/The Legendary Typewriter Tape」となっているそうだ。

最初の曲「トラブルだらけで憂鬱。でもずっとこんなじゃなくて裏口に陽が当たる日も来るだろう。彼と別れてすっかり落ち込んでるけど泣きたくなから笑っているのよ」
ブルーズのスタンダード曲。

1.Trouble In Mind/Janis Joplin

シスター・ロゼッタ・サープ、ニーナ・シモン、ダイナ・ワシントン、アレサ・フランクリンなどたくさんの女性シンガーが歌った曲ですが、ジャニスは誰のを聞いたのだろうか。ジャニスの伝記本を読まれたり、映画を見られた方もいると思いますが、そこでも描かれていますが、10代からあまり友達もいなかった彼女の救いの一つはブルーズを聞き歌うことだった。そんな光景が目に浮かぶジャニスの歌。言われなければ一瞬黒人シンガーかなと思うくらいブルーズ濃度は高い。
次の曲もトラッドな昔から歌われているブルーズ。演奏に入る前にタイプライターの音がめちゃくちゃよく聞こえて笑えますが、そんなこと抜きにジャニスの歌は素晴らしい。

2.Long Black Train/Janis Joplin

ジャニスの堂々とした歌いっぷりが気持ちいいですね。
ヨーマ・カウコネンのギターもすごくいい。フィンガーピッンキングがうまいです。彼のソロ・アルバムを持ってないのでいまゲットしようと検索中。しかし、ヨーマの奥さんも録音しているとわかってただろうにお構いなしにタイプライター打ってるところがなんとも・・それが何十年も経ってこんな貴重な音源になって世界中で聞かれることになるとは・・ヨーマの嫁さんいまどう思ってるんでしょうか。大阪のおばちゃんやったら「そんなん知らんがな」というでしようけどね。
ジャニスは恋愛がなかなかうまくいかなくて男性からの愛に飢えていたと言われているが、次の歌はそんな気持ちで歌ったのか・・・「愛した男は私をばかにしてるから別れるのよ。そしてカンサスシティに男を探しにいくのよ」
メンフィス・ジャグ・バンドの歌で知っているけど、オリジナルは誰なんだろう。この曲でもヨーマのギターのリズムの良さなど上手さが目立ちます。

3.Kansas City Blues/Janis Joplin

いまの歌も言われなければ黒人女性シンガーだと思うくらい。この録音をした21歳の時にすでにこれだけ歌えているわけだから、当時のサンフランシスコの音楽シーンでジャニスが注目されたのも当然という気がする。
このアルバムのジャケット写真を見るとジャニスは長い髪を後ろで束ねて、セーターかトレーナーを着てアコースティック・ギターを持って化粧っ気もなくてすごく真面目な21歳の女性という感じだ。のちのサイケな服に身を包みウィスキーを飲み、タバコをふかし、髪を振り乱して歌うジャニスとは別人のようで顔つきも違う。彼女はすごく短い期間にロックのジャニスになって行ったけど、その根っこにはこのアルバムにあるブルーズがしっかりあったということ。
次の曲もブルーズの古典の一曲。多分30年代の偉大な女性ブルーズシンガー、ベッシー・スミスのバージョンを聞いたのではないでしょうか。
「お金持ってるときには人がいっぱい集まって来てシャンパンやらワインやら高い酒を奢ったけど自分が落ちぶれたらだれも寄り付かなくなった」
最後の方でエンディングが決まらずやり直すところがありますが、まあリハーサル・テープですからそれも楽しんでください。

4.Nobody Knows You When You’re Down And Out/Janis Joplin (start13:00~)

ジャニスはドラッグの過剰摂取で27歳という若さで亡くなった。ともするとそういう酒とドラッグで奔放に生きたというような話題やモンタレー・ポップ・フェスティパルの強烈なパフォーマンスなんかがいつも話題になるのだが、こうしてデビュー前をたどってくとテキサスの小さな田舎町から飛び出して、ウエストコーストにきたブルーズ好きの、そして歌うことが好きな白人の若い女性の姿が見えて来る。まだアルバイトしながら音楽に心の救いを求めて真摯に音楽に取り組んだ普通の女性だと思う。
このアルバムで彼女がやはり類い稀な才能を持った歌手であったことがわかる。
ジャニス・ジョップリンのデビュー前のリハーサル・テープが正式にリリースされたこのアルバムJanis Joplin & Jorma Kaukonen/The Legendary Typewriter Tape: 6/25/64 Jorma’s Houseは12月2日に日本のBMSFレコードから発売されます。

2022.11.04 ON AIR

60年代私的ソウル・ミュージック-3

Live At Apollo/James Brown
I Never Loved a Man The Way I Love You/Aretha Franklin(Atlantic SD8139)
Stand!/Sly & The Family Stone(Epic ECPL-26)

ON AIR LIST
1.Cold Sweat/James Brown
2.Sweet Soul Music/Arthur Conley
3.I Never Loved a Man (The Way I Love You)/Aretha Franklin
4.I Want To Take You Higher/Sly & The Family Stone

私的60年代ソウル・ミュージックの三回目です。
60年代はR&Bからソウルと呼ばれるようになったソウル・ミュージックの時代でしたが、ファンクが誕生した時代でもありました。しかし10代だった自分はまだブラック・ミュージックに目覚めていなかったのでファンクという言葉も知りませんでした。ただファンキーという言葉はジャズ喫茶でもファンキー・ジャズという言葉が飛び交っていたので知ってました。ファンキーは「陽気な」という意味で使っていたと思います。でも、後から知ったことですが、ファンクはもっと黒人の生活に根ざした匂いみたいな意味も含んでいます。つまり都会の黒人のストリート系の生活や文化も含んだ黒人独特の言葉で私たちには簡単に理解できない部分もあります。
そのファンク・ミュージックを作り上げた代表がジェイムズ・ブラウンというのは間違いのないところで、まさにストリートに生きる黒人にしかできないようなダンサブルでヘヴィでソリッドな音楽を彼は作りました。そのファンクの誕生の曲が私はこれだと思います。1967年録音。

1.Cold Sweat/James Brown

この曲が生まれた67年、高二の私はビートルズの”Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band”とクリームの”カラフルクリーム”を買って夢中になってました。まだソウルからもファンクからも遠いところにいました。
それでもジェイムズ・ブラウンは”I Feel Good”や”Men’s Men’s World”がヒットしてラジオで流れていたので知ってました。
ビートルズの名盤”Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band”はじめとしてロックもとても充実した時代を迎えるわけですが、ファンクも含めて黒人音楽はソウル・ミュージックが豊かに実った時代でした。
次の曲が曲名も含めそれを表していたと思います。ポップチャート、R&Bチャート共に2位となった大ヒット曲。”Do You Like Good Music?Sweet Soul Music”と歌が始まりいろんなソウルのヒット曲とソウル・シンガーの名前が次々と出てくる楽しい曲です。1967年数々のソウルの名曲が録音されたアラバマのマッスルショールズのフェイム・スタジオで録音されました。

2.Sweet Soul Music/Arthur Conley

そしてこの60年代に「ソウルの女王」と呼ばれたのがアレサ・フランクリンでした。他の多くの女性シンガーを寄せつけない歌唱力や存在感、そしてヒット曲の多さ。ゴスペルをR&Bにストレートに導入することで生まれたアレサの歌はサム・クックやレイ・チャールズが撒いたソウルの種を見事に花開かせた感じでした。この曲もSweet Soul Musicと同じ1967年、録音も同じアラバマのマッスルショールズのフェイム・スタジオでの録音でした。内容は周りの人たちが「あんな男はアカンで」と言うダメ男を好きになってしまった女。でも「こんな風に男の人を好きになったことはないのよ」と歌う。つまりダメ男とわかっていても離れられないと言う歌。
邦題「貴方だけを愛して」

3.I Never Loved a Man (The Way I Love You)/Aretha Franklin

1968年スライ&ファミリー・ストーンの次の曲はジェイムズ・ブラウンとは違う様々な音楽の要素が入ってまた新たなファンクミュージックの誕生でした。
そして翌1969年ご存知の方も多いロック・フェスティバル「ウッドストック」に出演して素晴らしいパフォーマンスを披露し、去年公開された映画「サマー・オブ・ソウル」にも出演していました。白人のロックフェスと黒人のソウルフェスの両方に呼ばれているところにスライの広く豊かな音楽性が表れています。僕は映画「ウッドストック」をリアル・タイムで映画館で観たのですが、Sly & The Family Stoneの素晴らしさというかインパククトの強さに呆然としてしまいました。そして「サマー・オブ・ソウル」でもスライたちが登場すると若い黒人たちがステージに押し寄せて一挙に盛り上がるシーンがありました。まさに1969年最先端の最もクールな音楽でした。

4.I Want To Take You Higher/Sly & The Family Stone

三回に渡って個人的に自分が経験して来た60年代ソウル・ミュージックを聴いてもらいました。まだまだ素晴らしい60年代のソウル・ミュージックがたくさんあるのでアルバムを探してみてください。

2022.10.28 ON AIR

60年代私的ソウル・ミュージック-2

The Temptations Sing Smokey/The Temptations(Gordy 912)
This Is R&B (日本グラモフォンMT 2009)

ON AIR LIST
1.My Girl /The Temptations
2.A Place In The Sun/Stevie Wonder
3.It’s A Man’s Man’s Man’s World/James Brown
4.Land Of 1000 Dances /Wilson Pickett
5.When A Man Loves A Woman/Percy Sledge

先週から引き続き私的60年代ソウル・ミュージックの2回目。
60年代、自分は中高生で音楽に夢中になり始めた頃だった。しかし10代では親からもらう小遣いも少なくてたくさんレコードが買えるわけではない。それで中学三年くらいから新聞配達や牛乳配達のバイトを学校へ行く前の朝にしてお金を稼ぐことをはじめます。それでもビートルズやストーンズ、ジミ・ヘンドリックスなどロックのシングルを買うのが精一杯で、ラジオで聞いていいなぁと思うソウルのレコードまでは手が出なかった。例えば次の曲なんかも欲しかったシングルだった。結局手に入れたのは二十歳すぎた頃だった。
1964年モータウン・レコードのリリース。今でもイントロが始まるとワクワクするこの曲。

1.My Girl /The Temptations

モータウンレコードは黒人のレコードの会社だったが、白人にも売れるということをすごく考えていた会社なので日本人の10代の自分にもすっと入ってくるポピュラリティがあった。明るさとか洗練さもあった。

次は1966年リリースの曲で邦題が「太陽の当たる場所」
その邦題とスティーヴィ・ワンダーの歌と曲の感じが何かいい明日を感じさせてくれる曲。やっぱりこれもポジティヴな感じで、自分の家庭はちょっと暗いところがあったので夕飯を早く食べ終えたあと1人自転車に乗ってまだ薄明るい町を走るときにこの歌をよく歌っていた。今も自転車に乗っている時に不意にこの歌が出てくる。
「長く寂しい河り流れのように夢に向かって走り続けている。誰もが希望を持てる陽の当たる場所がある。ぼくは人生が終わる前に陽の当たる場所を見つけるんだ」

2.A Place In The Sun/Stevie Wonder

スティーヴィー・ワンダーは僕と同じ歳ですからこの時16才。
モータウンレコードのスプリームスや今のスティーヴィーやテンプテーションズはソウル・ミュージックと意識しては聞いていなかった。いい曲、好きな曲という感じでビートルズを聴くのと同じような感覚だった。レコードが買えないのでラジオから流れてくると嬉しかった。

高校生になるとベトナム戦争が激しくなったり、国内の安保闘争があったり政治や社会のことに自然と関心が出始めた。好きになり始めた映画もアメリカのハッピーエンドのハリウッドの映画ではなくて、ヨーロッパの考えさせられるような映画が好きなった頃。ロック自体もただ楽しい、踊れるだけではなくて、ビートルズを筆頭に歌詞にも深い意味があったり、批判や風刺があったりするものが増えていった。ジャズ喫茶にもよく行くようになり学校をサボると大体映画館かジャズ喫茶に隠れて、学校が終わった頃にレコード屋に行くことが多かった。その頃、なぜかすごく心惹かれたのがジェイムズ・ブラウンのこの曲。

3.It’s A Man’s Man’s Man’s World/James Brown

ラジオで聞いてなんかよくわからないまま強い衝撃を受けた曲でした。
当時はR&B(リズム&ブルース)という呼び方とソウルという呼び方があったように思う。次の曲が収録されていたアルバムは日本盤でタイトルが「これがR&B」(This Is R&B)。本当によく聞いたアルバム。これは後からアトランティック・レコードのコンピレーション盤だと知ったのだが、中でもインパクトがあったのがこの曲。邦題は「ダンス天国」

4.Land Of 1000 Dances /Wilson Pickett

黒人音楽の流れの中では60年代はR&Bからソウルの時代でブルーズはメジャーなシーンからは後退した音楽になる。自分にとってはブルーズ・ロックから黒人ブルーズというルートで入り、そこから黒人音楽全体が好きになって行ったのですぐにソウルもファンクもジャズもそしてゴスペルも全てを聞くことになった。
次のようなソウルの名曲が10代の自分の心の糧や救いになっていたといまになって思う。
では1966年の大ヒットであり色褪せないソウルの名曲です。「男が女を愛してしまったら何も考えられなくなりどんなものだって彼女にあげてしまう。例えひどい女でも構わない。彼女のことを悪く言う奴とは付き合わない。持っている金も全て彼女に捧げるよ」
女性を心底好きになった男の気持ちを歌った名曲。

5.When A Man Loves A Woman/Percy Sledge

10代に買った「これぞR&B ベスト・オブ・リズム&ブルース」はキズだらけでノイズがいっぱいだが、いまも大切に聞いている。

2022.10.21 ON AIR

60年代私的ソウル・ミュージック-1

The Supremes/Where Did Our Love Go(Motown 621)
Sam & Dave/Hold On, I’m Comin(Star 708)
Otis Redding/The Dock Of The Bay(Volt Atlantic)
Ray Charles/What’ I’d Say (Atlantic 8029)

ON AIR LIST
1.Where Did Our Love Go/ The Supremes
2.Baby Love/The Supremes
3.Hold On, I’m Comin’/Sam & Dave
4.The Dock Of The Bay/Otis Redding
5.What’ I’d Say (Part 1)

私がエッセイを連載している「ブルース&ソウルレコーズ」が60年代のソウルを特集したのを読んでいて、自分の中にも60年代ソウルがたくさんあるので今回からから60年代ソウル特集。
60年代は個人的にはビートルズやストーンズなどロックを追いかけていた10代でまだ黒人音楽に興味がなく、でもラジオからソウルは流れてくるので思い出には残っている。いわゆるトップ10のチャートを争うラジオ番組がいくつかあり、私も時々ハガキにリクエストを書いて番組に送っていた。当時はビートルズを中心にブリティッシュ・ロックが大流行でそこにビーチボーイズ、バーズなどアメリカのロック勢が入り込み、更にボブ・ディランなどのフォーク勢とルル、トム・ジョーンズなどのポップス勢そして映画音楽などが混在していた。そんな中、60年代のソウルでビートルズを度々脅かしていたのがデトロイトのモータウン・レコードの一団でした。そのモータウンの中で僕が最初に好きになったのはこの女性グループでした。邦題は「恋はどこへ行ったの」

1.Where Did Our Love Go/ The Supremes 

自分は当時中学生で女性を意識したり、女性のセクシーさをうっすら感じ始めた頃。ませた14才の男子の心にこのダイアナ・ロスの魔性の歌声ときれいなコーラスのハーモニーは魅惑的だった。他の女性グループにはないどこか官能的な歌声の魅力がシュプリームスにはあった。まだ官能なんて知らなかったが・・・。
黒人グルーブということを意識して聞いてなかった。ラジオだから歌声と演奏しかわからないので。黒人とわかった後もジャケットや音楽雑誌で見る彼女たちはポップで洗練されたファッションだったので、ビートルズなんかとそんなに違和感はなかった。それは白人にも受ける曲作り、ファッションも目指したモータウンの戦略だったと後から知った。
次の曲のようにすごく広がりのある歌と音の世界があり、そこに切なさがあってまだ中学生なので歌詞がよくわからないのだけど彼女たちの歌に浸ってました。

2.Baby Love/The Supremes

その頃はソウルという言葉とR&Bという呼び方が混在していた。アメリカのチャートもポップチャートとR&Bチャートでしたから。
では1966年R&BチャートNo.1に輝いたこの曲

3.Hold On, I’m Comin’/Sam & Dave

当時はまだシュプリームスが所属していたモータウン・レコードのことも今のサム&デイヴがいたスタックス・レコードのことも知りらなったし、メンフィス・ソウルやサザン・ソウルという言葉も知らなかった。ただ気持ちがむき出しになったような熱い音楽、熱い歌だなぁという感じでしかなかった。そしてサム&デイヴには「ソウルマン」というヒット曲もあったのでこういう音楽をソウルって呼ぶんだな・・くらいにしか思ってなかった。

高校生になるとビートルズやストーンズだけでなくブリティッシュ・ロックが多岐にわたって広がっていき、その中心がブルーズを主体にしたブルーズロック。それはやがてアメリカにも影響を与えることになるのだが、その頃からブラック・ミュージック(黒人音楽)というものに少し興味が湧き始めた。そして18才の時、ラジオから流れてきたオーティス・レディングのこの曲の悲しげな歌声はとても印象に残るものだった。

4.The Dock Of The Bay/Otis Redding

レイ・チャールズの存在はソウルとかロック関係なく早くから知っていた。次の歌が日本のテレビの音楽番組でもよくカバーされて歌われていたし、ラジオからもよく流れていた。ゴスペルを取り込んでソウル・ミュージックのタネを蒔いたレイ・チャールズの1959年、ポップそしてR&B両方のトップ・チャートに上がった不朽の名作。

5.What’d I Say (Part 1)/Ray Charles

来週も60年代ソウルの続きをON AIR!

2022.10.14 ON AIR

“Kick Off The Blues”リリース記念ライヴ at 弘前Eat & Talk vol.1

Live At Eat & Talk (photo by Ichigo Sugawara)

Kick Off The Blues /永井ホトケ隆

私の初めての弾き語りアルバム“Kick Off The Blues”がリリースされた去る8/17に弘前市にあるライヴ・レストラン”EAT & TALK”でリリース・ライヴをやらせていただきました。再びコロナ感染が広がっている中にもかかわらず、皆さんに感染対策をしっかりしていただき開催することができ、たくさんの方々に来ていただきありがたい限りでした。それで今日は完全に手前味噌ですが、その弘前でのライヴ音源を聞いていただこうと思います。
今回のアルバムは弘前のFM Apple Waveをキー・ステーションとした私がDJをやっているこの番組「ブルーズ・パワー」の15周年記念として作りました。当日は番組のスポンサーをされている青南商事の安東社長にも久しぶりにお会いできて、また社員の皆さんやアップルウェーブのパーソナリティの皆さんにも来ていただきました。同じアップル・ウエーブで音楽番組のDJをされている斎藤浩さんや以前ブルーズバー「ブルーズン」をやっておられた正井さんにも久しぶりに会うことができました。コロナが拡大してから弘前に行けなくなり、ずっとリモート録音で番組を続けて来たので久々の弘前は本当に嬉しかったです。本当は終わってから皆さんと弘前の夜の街へ呑みに行きたかったのですが、そこはぐっと自粛しました。
さて、ライヴですがアルバムと同じようにまずは私1人の弾き語りから始めました。1人で弾き語りはほとんどやったことがなく緊張しました。まず最初は自分の心を落ち着かせるアルバムにも入れたこの一曲で始めました。

1.Take A Little Walk With Me / 永井ホトケ隆

ずっとバンドで音楽をやって来たのでひとりで弾き語りというのは何か基準がわからない感じですね。音の感じとか演奏の良し悪しも全てバンド・サウンドを基準にして半世紀やって来たので、これでいいのかなぁという感じです。次の歌も半世紀ほど前に最初のバンド「ウエストロード・ブルーズバンド」で録音した曲ですが、ちょっとアレンジを変えて今回録音しました。自分の家ではこんな感じで歌ったり、ギターを弾いているのですがそんなものをそのまま録音して発売していいいのか・・という気持ちがどこかにあります。もう発売してしまいましたが・・。「何をしても俺がやったことだからほっといてくれよ」というこの歌の気持ちは黒人ブルーズを好きになってからずっと今も持っている気持ちです。

2.It Ain’t Nobody’s Business If I Do / 永井ホトケ隆

こうして自分がやったライヴの音源を聞いているだけで冷や汗ものですが、ミュージシャンには二つのタイプがいてひとつは自分が演奏して録音された音源を何度も聴く人、そういう人は自分の映像もよく観ますね。もうひとつは私のように自分の演奏を聴くのが嫌いな人。私は自分の映像を見るのも写真を見るのも嫌いです。なぜ自分の演奏を後から聞くのが嫌かといえば下手なところばかりに耳が行ってしまい落ち込むからですね。自分が理想とする歌や演奏があるのですが、そこに行けてないのに嫌気がさすわけです。「オレ、イケてる」なんて思ったことは半世紀の間に一度もないです。映像や写真もそうですが、自分がかっこいいと思ったことも一度もありません。
だから一番困るのがレコーディングですね。レコーディングは一曲録り終えるとプレイバックして演奏したテイクを聴くわけですが、あの時間が私には針のむしろです。その後トラック・ダウンとかミックス・ダウンとかマスタリングとか録音したものを何度も聞かなければ行けないあの作業が強烈な針のむしろです。誰かにOKテイクを決めてもらいたいです。すごく気分が落ち込む作業です、レコーディングは。
今回はサポートでギターのシュウこと上村秀右に来てもらったのですが、シュウは自分の演奏とか録音とかどう思ってるのでしょうか。
シュウにライヴでソロで歌ってもらった曲がなかなかいいい感じだったので1曲聴いてください。マディ・ウォーターズのブルーズのカバーです。

3.Gone To The Main Street/上村秀右

シュウとも随分長くなりました。彼はずっとイグノランツというトリオ編成のバンドをやりながら、ソロでも活動していてアルバムも何枚かリリースしています。これを機会にもっと2人でツアーもできたらいいなぁと思ってます。
ところでこのアルバムが売れていましてAmazonでは一位になった後品切れになってしまいまだ入荷できないようです。タワーレコードとHMVは最近やっと新たに入荷できたようです。たくさん買っていただきありがとうございます。そもそもがレコードの10インチアルバム完全限定販売ということでたくさんプレスしませんでした。まあ、売れるとは私もレコード会社も思ってなかったんですね。嬉しい誤算でした。後は私が持っている分しかないので、これもあまりないのですが、ライヴに来て会場でゲットしてください。

4.Nothing Takes The Place Of You / 永井ホトケ隆

今の曲でもそうですがシュウはギターが随分うまくなりました。上から目線ですが、歌の的確なバッキングがさらっとできるようになり。もっとたくさんのミュージシャンのバックもできると思うので彼と一緒にやりたい方、私に連絡してもらってもいいですよ。

今日は私の弾き語りアルバム“Kick Off The Blues”のリリース記念ライヴをやった弘前EAT & TALKでのライヴを聞いていただきました。