2024.09.13 ON AIR

追悼ブリッティッシュ・ブルーズの先駆者、ジョン・メイオール vol.2

ON AIR LIST
1.The Stumble/John Mayall & The Blues Breakers
2.You Don’t Love Me/John Mayall & The Blues Breakers
3.The Supernatural /John Mayall & The Blues Breakers
4.Someday After a While (You’ll Be Sorry) /John Mayall & The Blues Breakers
5.Hard Road/John Mayall & The Blues Breakers

先週に引き続き先ごろ7/22に90才で亡くなったジョン・メイオールの特集です。先週はエリック・クラプトンがジョン・メイオールのバンド「ブルース・ブレイカーズ」に在籍した時に残したアルバムから聴きましたが、クラプトンが一年も経たずバンドを辞めてしまった後に加入したギタリスト、ピーター・グリーンが在籍した67年のアルバム”Hard Road”を聞きます。クラプトンはすでに腕利きのギタリストとしてイギリスでは名の知れた存在でした。ピーター・グリーンはまだそれほど名は知られていませんでしたが、クラプトンに負けない自信があったようです。ではまずそのギターの腕前を聞いてみましょう。クラプトンはブルーズ・ブレイカーズでフレディ・キングのインスト”Hideaway”を録音しましたが、それに対抗するかのようにピーター・グリーンは同じフレディ・キングのこのインスト曲を録音しています。

1.The Stumble/John Mayall & The Blues Breakers

ギターの音色がいいですね。クラプトンの”Hideaway”もいいんですが、この”The Stumble”も負けず劣らず攻撃的なワクワクするギターです。まあこれだけ弾ければクラプトンの後釜としてメイオールも納得したでしょう。
ジョン・メイオールのバンドは「メイオール学校」と呼ばれるようにいろんなミュージシャンが出入りしてストレートにブルーズを演奏する経験をしました。そしてその経験を生かして次のステージに向かって行ったわけです。
クラプトンはやめた後に「クリーム」を結成しブルーズをルーツにした新しいロックへの試みをしました。ピーター・グリーンも一年ほどで辞めてしまいブルーズ・ブレイカーズのベースのジョン・マクビーと以前ブレカーズに在籍していたドラムのミック・フリートウッドと「フリートウッドマック」を結成し歴史に残る曲を録音しました。またその後にブルーズ・ブレイカーズに参加したミック・テイラーは後にローリング・ストーンズに加入してロックの名曲を残すことらなります。そういった新しいブルーズロックの動きが後にハード・ロックの母体ともなっていきます。つまりジョン・メイオールはイギリスのブリティッシュ・ブルーズだけでなく広くブリティッシュ・ロックやハードロックの土台作りにも貢献した人と呼べます。彼自身に大きなヒット曲があったわけではありませんが、若いミュージシャンにロックをやる上でのブルーズの重要性を教えた人でした。次は多くのブルーズマン、ロック・ミュージシャンにカバーされた黒人ブルーズマン、ウィリー・コブの1960年のヒット。歌とハーモニカはジョン・メイオールです。

2.You Don’t Love Me/John Mayall & The Blues Breakers

ジョン・メイオールはブルーズのカバーそして自作のブルーズなどたくさんの録音を残した人でしたが、ブルーズを志す若い人に自由にそのミュージシャンがいいところを出せるようにするプロデュースをしたり、前回ON AIRしたクラプトン参加のアルバムでもクラプトンが初めて歌を録音した”Ramblin’ On My Mind”が収録されてましたが、メイオールがクラプトンに歌うことを勧めたのではないかと思います。次の曲もピーター・グリーンがフリートウッドマックで発表し大ヒットとなった”Black Magic Woman”の原曲となっているようなマイナー・キーのラテン調リズムです。

3.The Supernatural /John Mayall & The Blues Breakers

ピーター・グリーン・ワールドが全開という感じです。こういう個性的なフィーリングをピーター・グリーンはずっと持っていくんですがその感覚の素晴らしさに気づいて自分のバンドで録音させたジョン・メイオールの先見の明もあったと思います。
次の曲もフレディ・キングがオリジナルですが、メイオールの歌もいいですしピーター・グリーンのギターも火を吹いてます。別れを告げられた男が「いつの日かお前は後悔する、オレを哀れんでくれるな。心は真っ暗だけど俺は一人寂しく列車に乗って行くよ」と。

4.Someday After a While (You’ll Be Sorry) /John Mayall & The Blues Breakers

メイオールは高めの歌声なんですが、黒人ブルーズマンで高い歌声といえばJ.B.ルノアーでした。そのJ.B.ルノアの素晴らしさに早くから気づいていたのもメイオールでルノアが亡くなった時に「J.B.ルノアの死」という曲をリリースしてルノアを追悼しました。
彼が録音したカバー曲を見てみるとシカゴ・ブルーズを中心にフレディ・キングのようなモダン・ブルースそしてロバート・ジョンソンのような戦前のカントリー・ブルーズと多彩なレパートトリーがあります。つまりブルーズという音楽全般を彼は自分で探索したミュージシャンで、自分のバンドに参加したミュージシャンに聞くべきブルーズを示唆した人だったと思います。

5.Hard Road/John Mayall & The Blues Breakers

思い出しましたがもう50年以上前、1971年に京都会館のジョン・メイオールが初めて来日したコンサートに行きました。ドラムはいなかったのですが、ベースはキャンド・ヒートの名ベーシスト、ラリー・テイラー。ギターはこの人もあまり話題にならないですが同じキャンド・ヒートの素晴らしいギタリスト、ハービー・マンデル。ジョン・メイオールは主にキーボードとハーモニカそして歌。ドラム・レスのトリオ編成でしたがすごくいいコンサートでした。僕はブルースに突入する頃で初めてライヴで聴いたブルースでした。そして翌72年に僕は塩次伸二とウエストロード・ブルーズバンドを結成するのですが、塩次伸二もピーター・グリーンが大好きでこのアルバム「ハード・ロード」を二人でよく聴いてました。そして、バンドの名前を考える時にこのアルバムタイトルの「ハード・ロード」からロードをもらって、頭には関西にいるということでウエストをつけて「ウエストロード・ブルーズバンド」としました。

ジョン・メイオールさん、ありがとうございました。

2024.09.06 ON AIR

追悼 ブリッティッシュ・ブルーズの先駆者、ジョン・メイオールvol.1

ON AIR LIST
1.All Your Love/John Mayall & The Blues Breakers
2.Double Crossing Time/John Mayall & The Blues Breakers
3.Parchman Farm/John Mayall & The Blues Breakers
4.Ramblin’ On My Mind/John Mayall & The Blues Breakers (Vo.Eric Clapton)
5.They Call It Stormy Monday/John Mayall & The Blues Breakers

ブリティッシュ・ブルーズの先駆者の一人であり1960年代には「ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ」を率いて、ブリティッシュ・ブルーズ・シーンに大きな役割を果たしたジョン・メイオールが90歳で亡くなった。私も彼のブルーズを聴き教えられる事もたくさんありました。ありがとうございました。
私がいちばん最初に聴いたジョン・メイオールのアルバムは&ザ・ブルースブレイカーズの1966年リリース「Blues Breakers with Eric Clapton 」でした。これには個人的な思い出があります。リリースの翌年67年、当時17才の高校生だった自分が好きだったガール・フレンドがある日「ビートルズとかストーンズもいいんだけど、これからはこういうブルースが流行るみたいよ」と教えてくれました。彼女は音楽におませな女の子で当時日本のグループサウンズが演奏するディスコに行っていてそこでグループサウンズのバンドがカバー演奏するブルースブレイカーズの曲を知ってこのアルバムをゲットしてきました。当時は正直私はやっぱりビートルズの方が好きでそんなにいいと思わなかったのですが、一曲目のこの曲だけは心に残りました。

1.All Your Love/John Mayall & The Blues Breakers

オリジナルはシカゴのブルーズマン、オーティス・ラッシュ。
今のは歌がジョン・メイオール、ギターはエリック・クラプトン。クラプトンはその前に在籍していたヤードバーズがポップな方向に向かうのに納得できなくて脱退し悩んでいる時にジョン・メイオールと会いブルース・ブレイカーズに参加しました。1965年録音ですからクラプトンは20才。当時のイギリスでやはりこれだけキレのある正確なブルース・ギターを弾ける若者は少なかったでしょう。ギターの音色もすごく魅力的でこのアルバムのクラプトンが私はいちばん好きかもしれません。
ジョン・メイオールは1933年生まれでお父さんがジャズを好きで聴いていたそうです。当時のジャズが好きということは当然ブルーズも流れてくるわけです。そして13才くらいでギター、ウクレレ、ピアノを買ってもらって弾き始めていますから多分お金がある家庭に育ったのだと思います。美術学校を卒業してショーウィンドウの装飾をする仕事をしたりデザイン事務所でアート・ディレクターをしていたこともあるそうです。59年26才くらいからバンドも始めて29才の時にメイオールよりすこし先輩のアレクシス・コーナーと出会い、そこからメイオールはブルーズに向かって一直線に進みます。
ここで一曲メイオールのオリジナル・スローブルーズを。これでもクラプトンがいいギターを弾いてます。タイトルのDouble Crossing Timeは「裏切りの時」という意味。

2.Double Crossing Time/John Mayall & The Blues Breakers

60年代の初めにロンドンでブルーズのすばらしさに気づいていたのがアレクシス・コナーで彼の元にはストーンズのミック・ジャガー、ブライアン・ジョーンズ、キース・リチャーズなどが教えを乞いに集まり、メイオールの元にはクラプトンやピーター・グリーン、ミック・テイラー、のちにクラプトンとクリームを結成するジャック・ブルース、フリートウッド・マックのミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーなどが集まりました。ジョン・メイオールとアレクシス・コーナーはブリティッシュ・ブルーズの真の先駆者でした。
次の曲はカントリー・ブルーズマン、ブッカ・ホワイトにも同名異曲がありますが、メイオールのこのバージョンはジャズ・ピアニスト&シンガーのモーズ・アリソンが作ったもの。バックの軽快なビートに乗ってメイオールが気持ちのいいハーモニカをプレイしてます。

3.Parchman Farm/John Mayall & The Blues Breakers

ジョン・メイオールは歌、ギター、キーボード、ハーモニカと一応ブルーズに関する楽器をいろいろプレイする人ですが、失礼ですがどれも突出しめちゃすごいと感じるものありません。でも、嫌だなと思うプレイもありません。ただ彼はブルース・ロックの黎明期のイギリスでどんな風にブルーズを演奏したらいいかということはよく理解していて、だから「ジョン・メイオール学校」と呼ばれたように彼の元にはブルーズをこれからプレイしたいクラプトンやピーター・グリーンなど若く才能のあるミュージシャンが集まったのだと思います。
次はこのアルバムでエリック・クラプトンが歌っている曲です。ロバート・ジョンソンの代表的な曲でたぶんこれがクラプトンのヴォーカルの初録音だと思います。

4.Ramblin’ On My Mind/John Mayall & The Blues Breakers (Vo.Eric Clapton)

クラプトン20才のヴォーカルでした。
ヤードバーズから人気のあったクラプトンが加入したことでブレイカーズの人気は上がり、このアルバムもイギリスのチャートで6位まで上がりました。しかし、リリースの数日後にはクラプトンはブレイカーズを辞めてジンジャー・ベイカーとクリームの結成に向かいました。結局、クラプトンは一年もブレイカーズにいなかったのですが、ジョン・メイオールと出会ったことでブルーズへの知識を深め、ブルーズで得た多くのものを使ってその後のクリームに向かいました。
面白いのはクラプトンも来週聴くピーター・グリーンも短い期間でブルース・ブレイカーズを辞めてしまうのですが、ジョン・メイオールはあまり引き止めもしなかったようで、「げんきで、またな」みたいな感じだったらしいです。
では最後にクラプトンのギターが火を吹いているギターソロが聞けるスロー・ブルーズを聞きましょう。ギターソロの途中から入ってきます。

5.They Call It Stormy Monday/John Mayall & The Blues Breakers

最後に亡きジョン・メイオールへ追悼のコメントをエリック・クラプトンが出しているのでその1部ですが読みます。
「私が本当に考えなければいけないことを彼から全て学んだ。誰かに気に入られようと気に入られまいとただ自分が演奏したい音楽を演奏すればいいんだと彼は教えてくれた」
ジョン・メイオールの冥福を祈ります。
来週もう一回ジョン・メイオールの追悼特集をします。来週はエリック・クラプトンの後にブルーズ・ブレイカーズに入ったピーター・グリーンの素晴らしいブルーズギターが聞けます。

2024.08.30 ON AIR

ロックの老舗バンド「リトル・フィート」がニューリリースしたブルーズカバー・アルバム”Sam’s Place”

ON AIR LIST
1.You’ll Be Mine/Little Feat
2.Long Distance Call (Featuring Bonnie Raitt)/Little Feat
3.Mellow Easy/Little Feat
4.Why People Like That/Little Feat
5.Last Night/Little Feat

若い音楽ファンの方たちはリトル・フィートと言ってもピンと来ない人がほとんどだと思いますが、70年代に生まれた素晴らしいロックバンドでした。
最初はフランク・ザッパの「ザ・マザーズ・オブ・インヴェンション」に参加していたギターの名手、ロウエル・ジョージが同じマザーズにいたベーシストのロイ・エストラーダとともに69年に結成したのですが、その二人がすでに亡くなり一度解散もしているのでぼくは今はあまり興味がありませんでした。もちろん70年代にリリースされた「ディキシー・チキン」や「ウェイティング・フォー・コロンバス」などのアルバムは大好きで今でも時折聴きますが、オリジナル・メンバーがほとんどいなくなった現在のリトル・フィートの新譜と言われても・・・と思っていたらこれがブルーズ・アルバムということでやっぱり気になってゲットしました。
アルバム・タイトルは「サムズ・プレイス」今回のアルバムでヴォーカルを担当したパーカッションのサム・クレイトンの名前からサムズ・プレイスと名付けたのかと思っていたら、録音したのがメンフィスのサム・フィリップスのスタジオだったのでその名前からという2つの意味があるそうです。サム・クレイトンは現在78歳でリトル・フィートには1972年から参加しています。過去にもリトル・フィートのアルバムでヴォーカルをとったことはあるのですが、アルバムまるまる一枚で歌ったのは今回が初めてだそうです。
最初に聞いてもらうのはシカゴ・ブルーズのハウリン・ウルフの1962年の名盤「ハウリン・ウルフ」に収録されている曲でソング・ライティングはウィリー・ディクソン
「君は可愛くてべっぴんさんや。俺のものになってくれたらなぁ・・って思うよ。俺が君の彼氏になって君は俺のものや。俺の彼女や。俺が死ぬ日まで一緒にいて欲しい」

1.You’ll Be Mine/Little Feat

リトル・フィートのライヴは一度も聞いたことがないのですが、You Tubeに上がっているロウエル・ジョージが生きていた頃の映像を見ますともうすごいグルーヴ感のあるバンドで、ザ・バンドやオールマン・ブラザーズにあった南部のテイストもあったりして僕は好きです。
今回のリトル・フィートのブルース・カバー・アルバムには今のハウリン・ウルフの曲の他にもマディ・ウォーターズ、リトル・ウォルターなどシカゴ・ブルーズマンたちの曲が選ばれています。ヴォーカルのサムが今回のブルーズ・カバーアルバムを前々から作りたかったらしいです。
次はマディ・ウォーターズの代表的なブルーズで私もカバーしています。ゲストのスライドギターは私の愛するボニー・レイットです。

2.Long Distance Call (Featuring Bonnie Raitt)/Little Feat

ボニーはもう歌もスライド・ギターも風格が感じられる域に達してますね。いまいちばんライヴを観たいのはボニーです。

次の曲ではリトル・フィートらしくもありちょっとロス・ロボスを思い出したり。オリジナルはシカゴ・ブルーズのリトル・ウォルター チェス・チェッカーレコードから1954年のシングル・リリースです。ラテンのリズムが入ったファンキーな曲です。

3.Mellow Down Easy/Little Feat

このアルバムはシカゴ・ブルーズのカバーなんですがシカゴ・ブルーズのサウンドとグルーヴではなくリトル・フィートのサウンドとグルーヴなんですね。70年代の最初から始まったバンドでオリジナルのメンバーもほとんどいないのにどこかリトル・フィート・サウンドだと思えるのはなんでしょうかね。つまらないブルーズロックのバンドのようなギター弾きまくりの暑苦しさがないのですが、バンド独特の濃いブルーズの匂いがあります。でもこのバンドがこんなにストレートにブルーズを取り上げるとも思っていなかったです。意外でしたね。アメリカの腕のいいロックバンドはみんな必ずちゃんとブルーズを演奏できるんですよね。ブルーズをプレイすることは若い頃から日常ですからね。しかもそこそこマニアックに。
次の曲はマディ・ウォーターズのアルバム「ウッドストック・アルバム」に収録されてます。ぼくのブルーズ・ザ・ブッチャーでも去年リリースしたアルバム”Feel Like Goin’ Home”に収録した曲です。
作詞作曲はボビー・チャールズ

4.Why People Like That/Little Feat

もう1曲聴いてみましょう。オリジナルはさっきのリトル・ウォルターのカバー”Mellow Down Easy”のシングル盤の片面に収録されている曲です。
この曲の歌詞がよくわからないんですが、最初は「昨日の夜、オレは親友を失った。君はオレを最悪の気持ちにさせて行ってしまった」で始まるんですが、二番になると「いま朝早くに俺の愛がオマエに降り注いでいる。俺たちはどうすればいのか教えてほしいんや」3番の歌詞になると「明日まで待つつもりや。みんなは日々物事は変わっていくと言う。愛してるよ、ベイビー。めちゃ恥ずかしいこと(残念?)やってわかるやろ」
そもそも親友が死んだというのと2番から出てくる自分の彼女とどうつながっているのか・・、亡くなった友達とこの彼女が付き合っていたのか・・とか内容がイマイチはっきりつかめないブルーズですが、いい曲です。

5.Last Night/Little Feat

今回のこのリトル・フィートのブルーズ・カバーアルバムは一曲のオリジナルを除いてはマディやウルフやリトル・ウォルターのブルーズのカバー集です。
録音もいいし、演奏はもちろん、選曲もいいブルーズ・アルバムです。安っぽいブルーズロックのアルバムとは一線を画しているいいアルバムだと思います。そして70年代にリトル・フィートが残した素晴らしいアルバムをまでたどり着いて聞いてもらえると嬉しいです。

2024.08.23 ON AIR

ブルーズ史上貴重な音源「CHICAGO BOOGIE!シカゴ・ブルースの誕生 1947」

ON AIR LIST
1.I Just Keep Loving Her (Take 1)/OTHUM BROWN & LITTLE WALTER
2.Ora Nelle Blues (Take 1)/OTHUM BROWN & LITTLE WALTER
3.Little Store Blues (Take 1)/Little Walter & Jimmy Rogers
4.Money Taking Woman (Take 1)/Johnny Young, Johnny Williams
5.Worried Man Blues/Johnny Williams, Johnny Young

今日はブルーズ、とりわけシカゴ・ブルーズのとても重要なコンピレーション・アルバムを紹介します。P-Vine レコードからCDでリリースされたのが1998年でかなり前ですが・・。
タイトルの「シカゴ・ブルースの誕生 1947年」はまさにシカゴ・ブルーズの全盛の50年代に突入する前夜でシカゴには有能なブルーズマンがたくさん集まってきていました。ここで聴けるのはブルーズマンたちの故郷である南部の香りがまだ残っている頃の演奏です。
まず最初はアルバムの一曲目に収録されているハーモニカのリトル・ウォルターがギターのオーサム・ブラウンとデュオでやってるテイクを。歌はリトル・ウォルターです。

1.I Just Keep Loving Her (Take 1)/OTHUM BROWN & LITTLE WALTER

二人ともすごくパワフルで力が有り余っている感じですが考えてみればリトル・ウォルターはまだ17歳です。彼はのちにチェス・レコードで売れてスター・ブルーズマンになるのですがギターのオッサム・ブラウンは確かこのアルバムで聴ける音源しかない謎のブルーズマンです。才能があっても世に出る人と出れなかった人、あるいは音楽以外の道を選んだ人と様々な人たちがシカゴで蠢いていたんでしょうね。今度はギターのオッサムが歌っています。

2.Ora Nelle Blues (Take 1)/OTHUM BROWN & LITTLE WALTER

この歌、有名なブルーズ曲のThat’s Alrightの原型のようですね。オッサムの歌もいいですね。すごく好きなタイプのブルーズマンですが、このオッサム・ブラウンのように実力のありながらも消えていった人もたくさんいたのでしょう。
この時代、シカゴのウエストサイドという地域にあるマックスウェル・ストリートという通りにブルーズマンたちは集まってストリートで演奏していました。投げ銭ライヴですね。レコードデビュー前、売れる前はそのマックスウェルストリートで演奏して稼いでいるブルーズマンがたくさんいました。マックスウェル・ストリートにはいろんな出店があり衣料品から雑貨、食料品などあらゆるものが売られていてこの40年代から50年代はすごく活気があったそうです。
次は今のリトル・ウォルターと並んでやがてシカゴ・ブルーズの重要ブルーズマンとなるジミー・ロジャースとウォルターの二人のテイクです。二人とも後にマディ・ウォーターズのバンドでまたソロで歴史に残る録音をたくさん残したブルースマンですが、有名になる前にすでにこんな素晴らしい演奏をしていました。歌っているのはギターのジミー・ロジャース、ハーモニカがリトル・ウォルター

3.Little Store Blues (Take 1)/Little Walter & Jimmy Rogers

今日のこの音源はそのマックスウェル・ストリートにあった楽器とレコード、ラジオを売る店をやっていたエイブラムス兄弟が録音したもので、どのくらいセールスに力を入れたかわかりませんがまあインディーズもマイナー・インディーズのレーベルで「オラ・ネール」という名前でシングルを出していました。
次はライナーで永田清君が「マックスウェルストリートの顔役」と書いてますがジョニー・ヤングです。ジョニー・ヤングはマンドリンを弾きながら歌う人ですが、ブルーズにマンドリンはかなり珍しいです。
曲名が”Money Taking Woman”「彼女はいつも俺の金を全部持っていってしまう。一銭も俺に戻してはくれない。もう別れるよ。バイバイ」

4.Money Taking Woman (Take 1)/Johnny Young, Johnny Williams

今度はジョニー・ヤングの相棒、ギターのジョニー・ウィリアムスが歌います。Worried Man Bluesですからそのまま訳すと「心配な男のブルーズ」
「俺はブルーや、憂鬱や。好きな女に「あんたなんかいらんわ」と言われた。朝の三時やもう泣けてくるわ。あいつは行ってしもた、わけわからんまま・・・」
わけもわからんままって歌ってますけど。理由はあるんですよ。他の女に手を出したとか稼いだ金を全部じぶんで使ってしまうとか。その自分に都合の悪いことは歌わないんです。ただオレはひどい目に遇った・・としか歌わないんですよ(笑)

5.Worried Man Blues/Johnny Williams, Johnny Young

ずっと聞いていた感じるのはみんなリズムがいいことです。それぞれ芸風、歌い方は違いますがみんなとてもステディなビートを持ってます。それはマックスウェル・ストリートに集まってくる人たちをまず踊らせなければいけなかったからです。それができると投げ銭をしてもらえる。基本的に踊れない音楽はブルーズではダメなんですね。
今日はシカゴブルーズが黄金期を迎える前、まだ故郷南部の匂いをいっぱい持ったブルーズマンたちが一旗上げにシカゴに来た頃、1947年の録音を集めた「CHICAGO BOOGIE!シカゴ・ブルースの誕生 1947」を聞きました。たまに中古盤で見かけることがあるので欲しい方は根気よく探してみてください。そして発売元のP-Vineレコードさん、このアルバム再発できませんか?

 

2024.08.16 ON AIR

ゲイトマウス・ブラウン若き日のコンプリート盤2枚組をゲット!その2

Boogie Uproar/Clarence Gatemouth Brown (JASMINE 3079) 
The Complete Aladdin/Peacock Singles Disc.2

ON AIR LIST
1.Baby Take it Easy/Clarence Gatemouth Brown
2.Dirty Work at the Crossroads/Clarence Gatemouth Brown
3.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown
4.Rock My Blues Away /Clarence Gatemouth Brown
5.Midnight Hour /Clarence Gatemouth Brown

先週に引き続き中古盤でゲットしたゲイトマウス・ブラウンの二枚組CD「ブギ・アップロア」を聴きます。今週はDisc2。ヒューストン・ジャンプ・ブルーズのボス、ゲイトマウス・ブラウンの1947年から61年までの若き日、全盛期のブルーズです。
このアルバムBoogie Uproar/Clarence Gatemouth Brown (The Complete Aladdin/Peacock Singles)は2017年にリリースされていたものを最近すごく安く中古盤で手に入れたものです。ゲイトマウスの音源はかなりたくさん持っているのですが、デビューしてから初期全盛期が全曲入っているので、これはと思いゲットしました。
1949年勢いに乗ったゲイトマウス・ブラウンがピーコック・レコードから放った初期の痛快なブルーズ。

1.Baby Take it Easy/Clarence Gatemouth Brown

同じテキサスの先輩であるT.ボーン・ウォーカーがウエストコーストに移住して洗練されたブルーズで全国的に売れたのに比べると、テキサスに留まったゲイトマウスは地元のドライでワイルドな匂いを保ったままだったところが魅力的です。

次はミディアム・テンポのブルーズでゲイトマウスのワイルドなギターがこれでもかと炸裂しています。歌もテンションが上がっていてこんな演奏をライヴ聞かされたらやられてしまいます。彼女が自分ではなく自分の親友を愛していたことを知っていたというブルーズですが、そりゃまあ歌のテンションも上がるやろというブルーズ。1952年リリース

2.Dirty Work at the Crossroads/Clarence Gatemouth Brown

次はゲイトマウスの名前を世界に知らしめたギター・インストの名曲。
ヒューストン・ジャンプと呼ばれたゲイトマウスのブルーズのダイナミズムやギターのスピード感、グルーヴを存分に表現した曲。
70年代ニューヨークのスタジオ・ミュージシャンたちのグループだった「スタッフ」のギタリスト、コーネル・デュプリーも自身のソロ・アルバム「ブリージン」で取り上げていた曲です。デュプリーも同じテキサス出身です。

3.Okie Dokie Stomp/Clarence Gatemouth Brown

完全にギターが歌っているブルーズ・ギター・インスト曲の名曲です。

ここまできて50年代これだけ素晴らしいブルーズを残したゲイトマウスがB.B.キングほど世界的なブルーズマンになれなかった理由を考えてみました。彼がレコードをリリースしたピーコックというレーベルは彼の音楽に惚れ込んだドン・ロビーというアメリカ南部の黒人音楽シーンのボスというかフィクサーというかギャングというか・・そのドンがレコード制作の権利を持っていました。だから曲を作ってないのに作詞作曲のクレジットに自分の名前を登録して印税を取ったり、またクラブ経営もしていて、クラブ、ツアーなどのライヴ活動についてゲイトマウスを掌握していました。いろんなミュージシャンの話ではあまり評判のいい男ではないのですが、ゲイトマウスは最初に自分を売り出してくれた恩を感じていたのかドンのことを悪くは言ってません。しかしドンにゲイトマウスを世界的なミュージシャンにしようとする展望はなく、たぶん自分の目の届くテキサスや南部あたりで活動してくれてレコードが売れればいいかぐらいの気持ちだったと思います。つまりもっとプロデュースできる人に出会っていればゲイトマウスはもっと売れたと思います。

4.Rock My Blues Away /Clarence Gatemouth Brown

1965年から67年にナッシュビルのTV番組『THE!!!! BEAT』のバックバンドのバンドマスターとして出演していました。この時の映像はYouTubeで見ることができます。
しかし、その後音楽シーンの波に乗れず60年代後半には一度音楽ビジネスから離れニューメキシコでなぜか保安官代理として務めていたらしいです。まあ、これだけギターが弾けて個性のあるブルーズマンでも仕事がなくなるというアメリカの音楽ビジネスの厳しさも感じますが、プロデューサーやマネージャーとのいい出会いがなかったのかとも思います。
最後にもう一曲

5.Midnight Hour /Clarence Gatemouth Brown

1970年代以降はヨーロッパのレーベルからブルーズだけでなくケイジャンやカントリー&ウエスタンの曲も含めたアルバムをリリースして78年には来日もしてくれました。「オレはブルーズだけでなくアメリカン・ミュージックをやってるんだ」とカントリーやケイジャンも手がけてましたが、個人的にはブルーズを演奏しているゲイトマウスがいちばんよかったです。70年代80年代にもいいアルバムがあります。1981年のアルバム『オールライト・アゲイン』がグラミー賞を受賞。2005年のハリケーンカトリーナで自宅を失くす被害に遭い、その直後81歳でなくなりました。