2021.03.12 ON AIR

ロックはいかにしてブルーズをカバーしたのか vol.2

Beatles For Sale/The Beatles (EMI 0946 3 82414 2 3)

The Fabulous Little Richard/Little Richard (Specialty/P-Vine PCD-1903)

THEM/THEM (London P25L 25024)

Best Blues Masters vol.1 Jimmy Reed(P-Vine PVCP-8112)

ON AIR LIST
1.Kansas City/The Beatles
2.Kansas City/Little Richard
3.Kansas City/Wilbert Harris
4.Bright Lights, Big City / Them
5.Bright Lights Big City/ Jimmy Reed

前回に続いてロック・ミュージシャンがブルーズをどんな風にカバーして、それをどんな風に自分の音楽に取り入れていったのかをオリジナルとカバーを聞き比べながら話してみたいと思います。
よく「ブルーズはロックの親父」「ロックはブルーズの子供」と言われるほどで、ブルーズ、R&B、ソウルなど黒人音楽なくしてロック・ミュージックは生まれなかった。60年代半ばくらいから始まったビートルズ、ストーンズをはじめとするイギリスの著しいロックの動きは「ブリティッシュ・インヴェイジョン/British Invasion」と呼ばれ、アメリカを席巻し世界中に広まった。ビートルズはブルーズよりもR&BとR&Rにおいて黒人音楽の影響を強く受けたバンドでブルーズのストレートなカバーはたぶんこの一曲だと思う。
この曲”Kansas City”はジェリー・リーバーとマイク・ストーラーの二人の作詞作曲家チームによって作られ、1952年にリトル・ウィリー・リトルフィールドが歌ったがあまりヒットせず、7年後1959年にウィルバート・ハリスが歌って7週連続一位という大ヒット曲になったのだが、実はその4年前に55年にリトル・リチャードが録音している。ビートルズはそのリトル・リチャード・バージョンを聞いて売れる前からレパートリーに入れてカバーしていたという。非常に歴史のある曲でブルーズというよりR&Bテイストが強い曲だが、私のブルーズ・ザ・ブッチャーとドラムのジェイムズ・ギャドソンがコラボ・アルバムを作った時、ギャドソンがウィルバート・ハリスのバージョンで録音している。
ボール・マッカートニーはリトル・リチャードのファンで”Long Tall Sally”などリチャードのカバーを得意にしていた。まずは1964年のアルバム”Beatles For Sale”に収録されたビートルズのカバー・バージョンから。
1.Kansas City/The Beatles
もうポールの歌もリンゴ・スターを中心にしたバンドのシャッフルのグルーヴも最高です。次のリトル・リチャードの原曲を聴いてもらえればビートルズの演奏の実力がかなり高かったことがわかると思います。ビートルズよりほぼ10年前1955年に録音されたリトル・リチャード・バージョン。これはアルバム「ファビュラス・リトル・リチャード」に収録されています。
2.Kansas City/Little Richard
続けて一番ヒットした1959年のウィルバート・ハリスのバージョンも聴いてみます
3.Kansas City/Wilbert Harris
これが一番最初に録音したリトル・ウィリー・リトルフィールドのバージョンに近いものです。このバージョンもいいのですが、リトル・リチャードのバージョンは歌詞も曲もビートも原曲とちがっていて歌詞の発想だけをもらったような感じでほとんどオリジナルと言っても良い。ビートルズのポールはもちろんこの大ヒットしたウィルバート・ハリスのカバーも知っていただろうけど、曲がロックしているリトル・リチャードのバージョンの方をかっこいいと思ってカバーしたのでしょう。そのあたりの選曲のセンスもビートルズは素晴らしいです。
ちなみにビートルズはR&BやR&Rの曲をカバーする時にほとんどアレンジというのをしないバンドです。そしてそのカバーの力がすごくあり自分たちが演奏しやすいようにアレンジしなくても出来るテクニックと歌唱力を彼らは持っていました。だから時には原曲よりもビートルズのバージョンの方がいいと感じる曲もあります。しかし、そこまでの実力を持っていたのはビートルズだけで他のイギリスのバンドは自分たち流でやるしかない方が多かったのです。例えば次のアイルランドの代表的ロック・シンガー、ヴァン・モリソンが60年代に結成していたバンド「ゼム」はこんな風にシカゴ・ブルーズのジミー・リードの曲をカバーしました。
4.Bright Lights, Big City / Them
原曲を知らない人にとっては別にどうってこともない演奏かもしれません。しかし、今から原曲のジミー・リードを聞いてもらうとちょっと考えさせられると思います。都会に憧れて行ってしまった彼女のことを歌った哀愁がある素晴らしいダウンホームなブルーズです。
ジミー・リードの1961年のオリジナルはR&Bチャート3位まで上がり13週もチャートインしていた彼の代表曲です。
5.Bright Lights Big City/ Jimmy Reed

こういうダウンホームな感じのブルーズのカバーが難しいいちばんの要はリズムです。ゆったりしてますがダラダラした感じではなく、ステディなビートでしっかりリズムが打たれています。これがなかなか難しい。このオリジナルを聴いてしまうとさっきのゼムのカバーは本当にこの曲をカバーしたのかと思うくらいです。正直子供のお遊びに聞こえます、あそこまで違う曲にするのなら自分たちのオリジナルをやった方がいいように思えます。つまりジミー・リードの原曲の良さがなくなってしまっている。曲をカバーする時にはその曲が好きでその曲の素晴らしいところを表現したいからカバーするわけです。しかし、今のゼムのカバーにはそれがないように私は感じます。そして、バンドの演奏力がなくてただがむしゃらにやっているだけにも聞こえます。
つまりカバーをする時に自分たちの力に見合った曲をカバーするというのがまず第一です。もちろんその時の実力よりも少し背伸びをする姿勢は大切ですが、背伸びをしすぎると曲が壊れてしまう。難しいところです。
ちょっと偉そうなことを言いましたが、また次回もブルーズのカバーの話をします。

2021.03.05 ON AIR

ロックはいかにブルーズをカバーしたのか vol.1

the rolling stones single collection the london years / The Rolling Stones(aback POCD1938/40

One More Mile(Chess Collectibles,vol.1) / Muddy Waters (MCA UICY-3421/2)

the best of Muddy Waters/Muddy Waters (Chess/MCA MVCM-22001)

The Animals Original Hits / The Animals (EMI BA-860072)

Burnin’/John Lee Hooker (VEE JAY/P-Vine PCD-4306)

ON AIR LIST
1.I Want To Be Loved/The Rolling Stones
2.I Want To Be Loved/Muddy Waters
3.I Just Want To Make Love To You/Muddy Waters
4.I Just Want To Make Love To You/The Rolling Stones
5.Boom Boom/The Animals
6.Boom Boom/John Lee Hooker

前回、白人ブルーズバンドのキャンド・ヒートを聞いた時に”Rollin’ And Tumblin’”On The Road Again”といった戦前のカントリー・ブルーズを彼らのバンド・サウンドに乗せてうまくカバーした曲を聞きました。
それで今日は白人のブルーズバンド、ブルーズロック・バンドなどがどんな風にオリジナルの黒人ブルーズをカバーしたのか聴き比べしてブルーズをカバーするということを考えてみようと思います。

個人的にはブルーズのカバーを最初に聞いたのはローリング・ストーンズのシングル。当時中学二年生くらいで黒人ブルーズなど一度も聴いたことがなく、またストーンズのアルバムの曲がカバーであるかどうかもどうでもよくてただストーンズがかっこいいと思って聞いていただけでした。
このシングルのA面はロックンロールのキング、チャック・ベリーの”Come On”そしてB面がエレクトリック・シカゴブルーズのボス、マディ・ウォーターズの”I Want To Be Loved”
普通シングルのヒットしたA面をよく聞くものだが、なぜか自分はB面の方がカッコいいと感じてB面ばかり聞いていた。
1963年リリース
1.I Want To Be Loved/The Rolling Stones
短い1分51秒の曲ですが、昔はみんな曲が短かった。シングルでこれ長い曲だなと思ったのはビートルズの”Hey Jude”
それでは今の曲のマディ・ウォーターズのオリジナルを聴いてみましょう。
作ったのは数々のシカゴ・ブルーズのヒットを作曲し、レコーディングの現場の実質的なディレクターでもあったウィリー・ディクソン
2.I Want To Be Loved/Muddy Waters
ストーンズのカバーの8年前1955年録音。この原曲はストーンズよりテンポも遅く、マディの歌も含めて全体的に重厚な感じがする。ストーンズはまだ若くて恐らくこのテンポでやるのは難しかったのでは・・よりダンス・ミュージック的な捉え方でテンポを早くして演奏する方が自分たちらしくしっくり来たのではないだろうか。
次の曲をストーンズはテンポを速くしただけでなく曲のリズムそのものを変えてしまい、当時イギリスで人気のあったボ・ディドリーのビートに近いリズムで演奏している。この曲はのちにマディのオリジナルを聴いた時に同じ曲だと僕は最初思えなかった。まずマディのオリジナルから聴いてみよう。1954年これもウィリー・ディクソンの作曲
3.I Just Want To Make Love To You/Muddy Waters
1954年録音のこの曲をストーンズは10年後64年にこんな感じにアレンジしてしまいました。シングル”Tell Me “のB面に収録。
4.I Just Want To Make Love To You/The Rolling Stones
やっぱり同じ曲とは思えない。私の想像ではさっきのI Want To Be LovedもこのI Just Want To Make Love To Youもストーンズはたぶん最初は原曲通りやろうとしたと思う。しかし、特に今のI Just Want To Make Love To Youのマディのテンポはキープするのが難しく、しかも途中のリトル・ウォルターのハーモニカ・プレイは歴史に残るほど圧倒的でしかもそれがアルバムのムードに大きく貢献していること、マディとミックの歌声の違い、ウィリー・ディクソンのウッドベースの存在感などを考え合わせるとこの曲をやりたいが大幅にアレンジしないと無理ということになったのではと推測される。
60年代のイギリスは黒人ブルーズとR&Bの嵐の中にいて黒人音楽の影響を受けなかったミュージシャンの方が少なかった。
次のこの曲もリアルタイムで私はブルーズということも知らずに聴いていたが大好きな曲だった。
1964年アニマルズ
5.Boom Boom/The Animals

今の原曲はジョン・リー・フッカーの1962年にR&Bチャート16位まで登ったヒット
テンポとリズムのノリの感じはアニマルズはそのまま演奏しているが、”Shake It Baby”のコーラス部分は原曲にはない。これはたぶんジョン・リーの原曲のギター・ソロらしき3コーラスの部分がはっきりしないまましかもコード・チェンジがグダグダで合っていない。この部分をどうするかというのでアニマルズはコーラスを付け加えて整合性を持たせてより曲らしくしょうとしたのではないだろうか。
つまりブルーズにはこのジョン・リーの演奏のようにきちっとした整合性がない曲も多く、そのあたりがすっきりしなくて気持ち悪いので整合性をつけてしまいがちなのですが、あまり整合性を求めるとブルーズの面白み、良さがなくなってしまう場合もあります。
6.Boom Boom/John Lee Hooker

ブルーズのカバーを私も長年やってきたわけですが、まずはオリジナルをそのままやろうとします。なぜならその曲の曲調、歌詞、メロディ、サウンド、リズムが全て好きになったからその曲を歌いたいわけです。ところが一生懸命カバーしても、コピーしても決してオリジナルと同じにはなりません。なぜならオリジナルを演奏したり歌った人間と私は同じ人間ではないからです。どうしてもカバーした自分の癖とか好きなテイストがどこかに出てしまいます。だから私はあえてそこに自分のオリジナリティのようなものを意図的に付け加えようとはあまり思いません。しかもそのカバーしている曲を何年か経ってオリジナルと聴き比べて見るとかなり違ったものになっていることも多々あります。その時点でカバーしたものが自分のものになったということなのではないでしょうか。だからカバーには時間がかかります。

2021.02.26 ON AIR

ブルーズの本質をよくわかっていた白人ブルーズ・バンドの雄「キャンド・ヒート」

Hallelujah+Cook Book(Two IN One)/Canned Heat (Capital/BGO BGOCD578)

Big Road Blues/Tommy Johnson (P-Vine PCD-15032)

Hooker’N Heat/Canned Heat And John Lee Hooker (Capital/EMI CDP-7-97896-2)

ON AIR LIST
1.Going Up The Country/Canned Heat
2.Canned Heat Blues/Tommy Johnson
3.Rollin’ And Tumblin’/Canned Heat
4.On The Road Again/Canned Heat
5.Boogie Chillen No.2/John Lee Hooker&Canned Heat

今回は以前リスナーの方からリクエストをいただいたキャンドヒートを聞きます。
キャンド・ヒートは面白いというか少し変わったブルーズバンドだ。60年代に結成された同じアメリカの白人のブルーズバンドというとシカゴのポール・バターフィールド・ブルーズバンドがいる。そのバターフィールドは戦後のエレクトリック・シカゴ・ブルーズを目指したバンドだった。
しかし、ウエストコーストのキャンド・ヒートは戦前のカントリー・ブルーズをバック・ボーンにして当時のウエストコーストのヒッピー・ムーヴメント、サイケデリック・カルチャーの影響を受けて生まれた。
そして、キャンド・ヒートというバンド名を聞くと真っ先に思い出すのが、ヒッピー・ムーヴメントやベトナム戦争反対運動の中で製作された有名な映画「ウッドストック」のいちばん最初にスクリーンにながれてくる彼らの曲”Going Up The Country”だ。
最初に笛のような音が聞こえてくるが、これはケーン・ファイフまたはパン・パイプと呼ばれる植物の葦を切って穴を開けて笛にしたもので、ルーツはアフリカまで遡る。曲の感じはブルーズというより黒人フォーク的な或いはアフリカ的なメロディで歌っているアラン・ウィルソンの素朴な高い声が印象に残る。
1.Going Up The Country/Canned Heat
1969年にチャートの11位まで上がったアラン・ウィルソンのオリジナル曲。
今の曲は1920年代の終わり頃のブルーズマン、ヘンリー・トーマスの”Bull Doze Blues”を元ネタにしている曲。
実はアラン・ウィルソンは10代から古いカントリー・ブルーズなどに興味のある強力なブルーズ・フリークでブルーズのレコードのコレクターとしても有名でした。そのアランとベア(熊)というアダ名のこれまたかなりのブルーズ・フリークだったボブ・ハイト、この二人の出会いがキャンド・ヒート結成となる。
そういうブルーズ・フリークの二人らしくバンドの名前も1928年のブルーズマン、トミー・ジョンソンの”Canned Heat Blues”に由来している。Canned Heatとは工業用の缶入りのアルコール燃料で野外で料理する時の燃料で飲むとかなり危ない代物だが、金のない黒人の中にはそれを飲む者さえいた。
2.Canned Heat Blues/Tommy Johnson
バンドの結成は1965年で67年にレコード・デビューしているが、バンドのメンバーはその初期が入れ替わりがかなりあったが、ヴォーカルのボブ・ハイトとギター、ハーモニカそして歌も歌うアラン・ウィルソンが中心となり、もう一人のギター、ヘンリー・ヴェスティンそこにベースのラリー・テイラーが加わった頃が最も充実していた時期だった。
ラリー・テイラーは60年代にはモンキーズやジェリー・リー・ルイスの録音に参加したり、ブルーズではアルバート・キング、ジョン・リー・フッカー、ジョン・メイオール、最近ではキム・ウィルソン、ロックではトム・ウェイツ、J.J.ケイルのアルバムに参加している強者。
次の曲も古いカントリー・ブルーズでマディ・ウォーターズはじめ多くのバージョンがあります。歌っているのはボブ・ハイト。
3.Rollin’ And Tumblin’/Canned Heat

次はアル・ウィルソンがリード・ヴォーカル。ブギのブルーズだけど当時のウエスト・コーストのヒッピー・テイストが漂う一味違うブルーズバンドらしさが出ている。
68年にチャート16位
4.On The Road Again/Canned Heat
イギリスのブルーズロックの連中もそうだし、アメリカのポール・バター・フィールドもそうだったがエレクトリック・シカゴ・ブルーズからモダン・ブルーズあたりをカバーするバンドはいたが、キャンド・ヒートのように戦前のカントリー・ブルーズを取り上げてそれをブルーズロックとはちょっと違う色合いで演奏するバンドはなかった。
そうしたバンドの志向から次のジョン・リー・フッカーとのコラボ・アルバムもごく自然な出来上がりとなっている。ハウリン・ウルフやマディ・フォーターズがイギリスに行って当時のイギリスの白人ロック・ミュージシャンと作ったアルバムは、プロデューサーにミュージシャンが集められどこか作られた感があるが、この「フッカーンヒート」はジョン・リーのことをよくわかっているキャンド・ヒートの元に作られているのですごくいいグルーヴになっている。
中ジャケの写真を見ても本当にジョン・リーはじめみんな楽しそう。
1970年ロスアンゼルス録音。ヴォーカルのボブ・ハイト以外のメンバー、ハーモニカがアラン・ウィルソン、ギター/ヘンリー・ヴェスティン、ドラム/アドルフォ・デ・ラ・パラ、ベースがアントニオ・デラ・バレダ、そしてギターと歌のジョン・リー・フッカー
5.Boogie Chillen No.2/John Lee Hooker&Canned Heat
アラン・ウィルソンのハーモニカが曲全体を包んでジョン・リーを絶妙にサポートしている。このアルバムを作っている時にアラン・ウィルソンはドラッグで亡くなってしまいました。その時ジョン・リーは「いちばん才能のあったハーモニカ・プレイヤーを失った」と言ったそうです。
アランはうつ病を患っていたらしくてそのためにドラッグを常用するようになっていて、過剰にドラッグを摂取してしまったようです。
そして、81年にボブ・ハイトが亡くなりバンドは続くのですが、実質的にここでキャンド・ヒートは終わったとみていいと思う。
多くの白人ブルーズバンドが60年代から現れましたが、ほとんどがエレクトリック・シカゴ・ブルーズ或いはモダン・ブルーズのテイストだったが、キャンド・ヒートは戦前の古いカントリー・ブルーズを取り上げブルーズという音楽の本質を知っていた貴重な白人ブルーズバンドでした。そしてそこに当時のウエストコーストのロックの味が振りかけられているところもミソだった。

2021.02.19 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集 vol.25
メンフィス・ブルーズ vol.2

Bootin’ /The Best Of The RPM Years/Rosco Gordon (ace CDCHD 694)

King Of The One Man Bands (Key Postwar Cuts 1949-1954) /Joe Hill Louise (JSP Records JPS 4208)

A Sun Blues Collection/RHINO(SUN) R2 70962)

ON AIR LIST
1.Booted/Rosco Gordon
2.No More Doggin’/Rosco Gordon
3.Just A Little Bit/Rosco Gordon
4.Boogie In The Park/Joe Hill Louise
5.Mystery Train/Little Junior’s Blue Flames

前にも一度このブルーズ・スタンダード曲集でメンフィス特集をやり、その時はB.B.キング、ボビー・ブランドなどの名曲を取り上げたが、今日の一曲はその二人とほぼ同時期にメンフィスで人気のあったロスコー・ゴードンから選曲。
ロスコー・ゴードンはマーティン・スコセッシ総監督の映画”The Blues Musical Jauney”の「メンフィスへの道」というフィルムに登場したので覚えている方もいるかも知れません。
歌手でピアニストで素晴らしいソングライターでもあるのですが、映画の中で確かタワーレコードみたいなところで「オレのアルバムなんかもうないよな」なんて弱気なこと言ってましたが、いやいやあなたの作った曲は今も生きてますよと言いたい。
1952年R&Bチャートに13週間1位をキープしたブルーズからリズム&ブルーズに移り変わる時代の大ヒット曲。
1.Booted/Rosco Gordon
いまの曲はシャッフルのビートだがピアノの左手でこのビートの裏のリズムを強調しているのがロスコーのリズムの特徴だ。そしてこのウチャウチャウチャウチャというリズムが遠く海を渡りジャマイカに届いて、ジャマイカ独特のスカというリズムになり、それがその後レゲエになった。
ぼくも知らなかったのですが、ジャマイカでは60年代アメリカのブルーズやソウルがすごく人気でそれを自分たちのビートやサウンドでやっていてスカが生まれ、そのあとにレゲエが生まれたという話。
だからロスコーは世界的な音楽の功績を残した人としてもっと評価されるべきです。

次の曲も同じような彼のロスコー・シャッフルの曲で52年にチャート二位まで上がった。「愛してるって言われておまえのために金使って酒も奢ったけど、もう俺を振り回すのごめんやで」
ファンキーだけど歌にどこかダウン・ホームなゆったり感があるところがミソかな。
2.No More Doggin’/Rosco Gordon
ファンキーなテイストがあるブルーズでまさに黒人音楽がブルーズからR&Bへ移行して行ったのがわかる時代だ。

日本のブルーズ・ファンの間では完全にスタンダードになっている次の”Just A Little Bit”はマジック・サムのヴァージョンでよく知られているが、実はロスコーの曲。
私も最初はサムのヴァージョンを聞いた。ロスコー・ゴードンがオリジナル録音。1959年。
サムのパキパキのソリッドなヴァージョンとは違うどこかゆるいファンキーさがあり、歌も明るい感じでいい声してます。
どっちのバージョンも素晴らしいけどとにかく曲がいいです。
ほんのすこしだけ君の愛が欲しい。永遠に君が欲しい・・と熱愛の曲。
3.Just A Little Bit/Rosco Gordon

次の曲はスタンダードというほど有名ではないけれどどうしてもこの手のタイプの曲をスタンダードに入れておきたい。
1940年代から50年代にメンフィスで活躍していたジョー・ヒル・ルイス。彼はワンマンバンド、つまり歌とギターとハーモニカそしてドラムのバスドラとハイハットを一人で演奏するスタイルで鳴らしたブルーズマン。ロスコー・ゴードンやB.B.キング、ボビー・ブランドが人気になる前の時代にメンフィスの人気者だった。
確かB.B.キングが若き日のメンフィスの思い出でこのジョー・ヒル・ルイスのことを話していました。メンフィスの有名な歓楽街であるビール・ストリートで人気があった、そんなストリート感が彼のブルーズにはある。同じワンマン・バンドのドクター・ロスと並んでワンマンバンドの双璧。
モダン・レコードやメンフィスの有名レコードレーベル「サン・レコード」に録音を残しているが、サン・レコードのオーナー、サム・フィリップスは「ジョー・ヒル・ルイスはいつも身なりがおしゃれでこざっぱりしていた。一匹オオカミ的でつるまない男だったが、フレンドリーで寂しい男ではなかった」と言っている。
「日が暮れるまで彼女と公園でブギして街でもブギして朝までブギして、喧嘩するときもあるけどまた仲直りして一晩中ブギ」
4.Boogie In The Park/Joe Hill Louise

『サン・レコード」が有名になったのはロックンロールのエルヴィス・プレスリーが初録音したからだが、実はオーナーのサム・フィリップスはブルーズが大好きで駆け出しのB.B.キング始めハウリン・ウルフ、ルーファス・トーマス、リトル・ミルトンなどブルーズマンをたくさん世に出している。次のジュニア・パーカーもその一人。まだリトルがついてリトル・ジュニア・パーカーと呼ばれていた頃の曲
「16両編成の列車がオレの彼女を連れて行ってしまった」
5.Mystery Train/Little Junior’s Blue Flames
私もカバー録音していますが、エルヴィス・プレスリー、アーロン・ネヴィル、ザ・バンド、ジュニア・ウエルズ、ポール・バターフィールドなどブルーズ、ロック問わず多くのミュージシャンにカバーされた曲です。このTrainつまり列車というのがブルーズの歌詞の中ではよく出て来るキーワードの一つで、自分が列車の乗ってどこかへいくという歌もあれば、この歌のように彼女が行ってしまうというのもあります。

2021.02.12 ON AIR

ブルーズ聞いて半世紀まだまだ知らないブルーズマンたちがたくさんいる

DOWN HOME BLUES / New York Cincinnati & The North Eastern States (Wienerworld WNRCD5104)

ON AIR LIST
1.I Love You, Baby/Wilbert “Big Chief” Ellis
2.Boa Hog Blues/Irene Wiley
3.Wrap Me Up Tigjht/Gabriel Brown
4.Gonna Pitch A Boogie/Bob Camp & His Buddies
5.Walkin’ Down Hill/Otis Hinton

半世紀近くブルーズを聞いているのにまだまだ聞いていない曲がたくさんあることに改めて嘆息している。
今日はこの前ON AIRしたDOWN HOME BLUES / CHICAGOの続編でニューヨーク編のアルバムCD4枚組ボックスセット
まずは一枚目の最初に2曲収録されているウィルバート”ビッグチーフ”エリス・・全く知らない、名前を聞いたこともないピアノ・プレイヤーのブルーズマン。ボックスに入っているブックレットを読むと1914年にアラバマのバーミンガムで生まれて叔母さんの家にあったピアノで独学でピアノを覚えて、10代の終わり頃には地元のダンス・パーティなどで弾き始めた。1939年から42年まで軍隊に行って除隊後はニューヨークに移り住んでタクシーの運転手やナイトクラブのマネージャーやっていた。その頃にのちにデュオで有名になるブラウニー・マギー&サニー・テリーのギターのブラウニーと知り合い1949年にレコーディングになるのだが何故かリリースされなかった。それで音楽では食べれなかったからかワシントンに移って彼の兄弟とリカー・ショップ、酒屋を始めて音楽をやりにニューヨークへ時々通う生活をしていたが60年代には音楽をやめてしまったらしい。70年代には故郷アラバマに戻り77年に心臓病で亡くなっている。
1.I Love You, Baby/Wilbert “Big Chief” Ellis
有名なシティ・ブルーズのピアニスト、リロイ・カーが作るような叙情的なブルーズでいい感じです。

次はアイリーン・ワイリーという女性シンガー。この人も初めて聞くシンガーでライナーを読むと1901年にミズリー州で20年代
にはアーカンソーでピアノを弾くお兄さんと二人でやってたんですが、その後20年代半ばにニューヨークに移り住みます。売れることを夢見て大都会へ行ったのでしょうか。ニューヨークでいろんなミュージック・ショーにでるうちにレコーディングのチャンスが来てオーケー、ブラウンズウイック、コロンビアといったレコード会社で録音するのですが、これと言ったヒットにはならずアイリーンはレビュー(歌と劇があるようなショー)にでます。40年代にも少し録音はあったがヒットにはならなかった。その後ピアニストのお兄さんがベビー・スモーカーで体を壊してしまってその看病のためにアイリーンは音楽をあきらめます。でも看病の甲斐もなく64年にお兄さんは亡くなり、アイリーンもおんがくシーンから消えてしまいました。娘さんによると79年に亡くなっています。
2.Boa Hog Blues/Irene Wiley
1946年ニューヨーク録音 たぶんニューヨークにはこういう女性シンガーがたくさんいたんでしょう。しっかりした歌だし声も悪くないしバックもしっかりしているし、これと言って悪いところはないのですが、あえて言えば曲がよくある感じでアイリーンの歌もすごく個性的というわけでもない。

次のガブリエル・ブラウン、何かコンピレーション・アルバムで聞いたような気もするが・・・。
ガブリエル・ブラウンはフロリダ出身で30年代から40年代に活動していたブルーズマンなのだが、当時にしては珍しい大学を出ている黒人ブルーズマンだった。1910年の生まれで30年代の中頃に黒人女性の作家であり民俗学者のゾラ・ニール・ハーストンがフロリダでフィールド・ワーク(現地調査)していた時に彼が演奏しているのを聞いて感銘を受けたのが最初。彼女は知り合いだったアメリカ国会図書館にブルーズやフォークを録音していたアラン・ローマックスに連絡してガブリエル・ブラウンは世に出ることになった。面白いのは映画「市民ケーン」で監督をやり、「第三の男」では主役をやったオーソン・ウェールズが監督する演劇の仕事にカブリエルは携わっている。何をやっていたのか、多分芝居に音楽をつけるようなことをしていたのだと思う。それ以降ニュージャージーに住んでニューヨークでの録音などあるが大きなヒットはなく1952年で録音は途絶え、音楽シーンからも消えてしまった。1972年に故郷フロリダでボートの事故で亡くなったとされている。
3.Wrap Me Up Tigjht/Gabriel Brown

次のボブ・キャンプというブルーズマンは本当に知られていない人だが、1945年録音のこのブギの曲なんかルイ・ジョーダン風でなかなかいいと思う。シカゴ生まれだけどニューヨークに録音に来ていたのか、住んでいたのか定かではないけれど、録音も少なく有名にはなれなかったのだろう。1956年に最後の録音セッションをシカゴでやって亡くなっている。
4.Gonna Pitch A Boogie/Bob Camp & His Buddies
ダンサブルなジャンプ・ブルーズでいいです。
確かこの曲はWe Gonna Pitch A Boogie Woogieというタイトルでハーレム・ファッツがヒットさせたのが最初だったと思います。

今日は最後まで私も知らないブルーズマン。オーティス・ヒントン。1925年ミシシッピの生まれで多分残されている音源は78回転のレコードの二曲だけ。1953年になぜニューヨークのスタジオで録音されたのかよくわかりません。1985年に故郷ミシシッピで60歳で亡くなってます。その残された二曲のうちの一曲です。
5.Walkin’ Down Hill/Otis Hinton

このDown Home Bluesのニューヨーク編は正式には”Down Home Blues/New York Cincinnati&The North Eastern States”というタイトルですが、とにかく知らないブルーズマンがたくさん収録されていて新たにブルーズを探す喜びや感動を感じています。
テレビなどで知っているミュージシャンのアルバムを買って聴く人が多いと思いますが、自分が全く知らないミュージシャンの音楽を聞いてそこからまた自分にとって新しいものを探していくのも音楽を聞く大きな楽しみだと思います。