2021.04.16 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集 vol.28
ミシシッピー・デルタ・ブルーズ Vol.2
永遠に歌い継がれるロバート・ジョンソンのスタンダード名曲その1

THE COMPLETE RECORDINGS/Robert Johnson (SME RECORDS SRCS 9457-8)

ON AIR LIST
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
2.I Believe I’ll Dust My Broom / Robert Johnson
3.Walkin’ Blues / Robert Johnson
4.Ramblin’ On My Mind / Robert Johnson
5.If I Had Possession Over Judgment Day / Robert Johnson

このブルーズ・スタンダード・シリーズのミシシッピー・デルタ・ブルーズの第一回でロバート・ジョンソンの“Sweet Home Chicago”と”Cross Road Blues”を選んだ。
ジョンソンはまだ後世にも聞かれるだろう名曲がたくさんあり、今日のブルーズ・スタンダード・シリーズはロバート・ジョンソンの名曲、スタンダード曲だけを選曲します。
1911年に生まれ、38年に27歳の若さで亡くなったロバート・ジョンソンは29曲を録音しただけですが、この29曲の中にはブルーズ史上重要な曲が多くあります。
ジョンソンはウィスキーに毒を入れられ毒殺されるというセンセーショナルな死だったことや、写真も3枚ほどしかない放浪のブルーズマンだったことからミステリアスにと捉えられがちですが、「ブルーズの作詞作曲家」として最重要人物の一人です。

“Come On In My Kitchen”は人気のある曲でカバーもたくさんされています。ロックだとピーター・グリーン、エリック・クラプトン、デラニー&ボニー、レオン・ラッセル、ジョニー・ウインター、シンプリー・レッドなんかもカバーしていて、ジャズ系のカサンドラ・ウィルソンも絶妙のアレンジで歌っています。末端の私も録音したことがあります。
「雨が降りそうだから台所の中に入っておいでよ」と歌うこの歌が全体的に何を歌おうとしているのか正確に捉えるのは難しいのです。親友から奪い取った女がまた他の男と何処かへ行ってしまいやるせない気持ちの主人公。外には冬の冷たい風も吹き、雨も降りそう。そんな外にどうも思わせぶりな女性がいる。その女に台所に来ていいことしょうぜと誘っている。厳しい冬が来るけれどオマエ、蓄えがなくて冬を越せないだろう。だから台所に入って来いよ。つまりオレといれば心細くないぞ・・と口説いている歌のように思える。降りそうな雨、冬を迎える冷たい風、女に逃げられた男と気をもたせて外から男を見る女、夜が迫るミシシッピの広野の寂しい風景・・そういったものが映画のワンシーンのように心の中に広がる。
30年代綿花畑が広がる南部の田舎で貧しく頼る者も少ないアフリカン・アメリカンの心象が浮かんでくる名作。
1.Come On In My Kitchen / Robert Johnson
スライド・ギターの音色もあり曲全体の寂寥感が滲みでて来る優れた曲です。一緒に旅をしたことのあるブルーズマン、ジョニー・シャインズによると、ある夜、ジューク・ジョイントでジョンソンがこの曲を演奏していたところそこにいた男も女もみんな涙してしまったという話もあります。

次の曲もロバートJr.ロックウッド、ハウリン・ウルフ、ラッキー・ピーターソン、ピーター・グリーンとカバーの多い曲で私もカバーし録音していますが、私はエルモア・ジェイムズがバンドスタイルでカバーしたものを元にしました。
原曲のロバート・ジョンソンは弾き語りにも実は元があり、先輩のブルーズマン、ココモ・アーノルドの歌詞からいくつかを引用しています。ジョンソンは歌詞だけでなく、メロディや曲想もいろんな先達のブルーズマンの曲から引用しており、それまでのブルースの美味しいところを的確に取り入れる才能もありました。
“I Believe I’ll Dust My Broom “のI’ll Dust My Broomとは「俺は出て行く」という意味で「朝が来て目が覚めたら、俺は出て行くよ。お前の好きなあの黒い野郎を部屋に引きずり込むんだろう」と始まるこの曲は、いろんな男に色目を使う女性への不信感に溢れています。ジョンソンにはこういう女性に対する不信感がいつもあり、それゆえにその夜だけの女と一夜を過ごすとさっさと次の街へ行ってしまうということを繰り返したのではないだろうか。
2.I Believe I’ll Dust My Broom / Robert Johnson

次の”Walkin’ Blues”は高校生の頃聞いたポール・バターフィールド・ブルースバンドのカバーでした。これもマディ・ウォーターズ、ジョニー・シャインズ他ロックのボニー・レイット、グレイトフル・デッドにカバーされている。
これも旅に出る歌で「朝起きたら靴を探して出て行きたい気分だ。朝起きたら可愛いバニースもいないし、こんな寂しい家から出て行きたい。最悪の気分だ。貨車に飛び乗って何処かへ行こう。こういうブルーな気分も悪くはないとか言う奴もいるけど、これは最悪の気分だ。」
3.Walkin’ Blues / Robert Johnson
“Walkin’ Blues” は先輩のサン・ハウスの影響が感じられるワイルドな歌と演奏。
ザックザックとリズムを切りながらの見事なスライド・ギターのプレイが聞けるが、弾き語りのブルーズも当然ダンス・ミュージックであったわけでこのジョンソンのようなギターのグルーヴ感、リズムの良さは客を躍らせるのには不可欠だった。
それまではピアニストが左手でガッガ、ガッガ、ガッガ、ガッガとシャッフルのリズムを打ち出していたビートをジョンソンがギターでやったわけですが、このウォーキン・ベースと呼ばれる奏法は今では当たり前ですがブルース史上では画期的なことでした。
次の曲はそれがよくわかるグルーヴィーな曲です。
「放浪したい、ぶらぶらと何処かへいきたい。彼女とは別れたくないけどあいつはオレによくしてくれないからな。走って駅に行って一番電車に乗るんだ」とまたしても女への不信と旅に出る歌。
4.Ramblin’ On My Mind / Robert Johnson
エリック・クラプトンやキース・リチャーズがジョンソンの録音を初めて聴いた時にギタリストがもう一人いると思ったらしいのですが、僕も最初二人だと思ってました。いまの曲を聴いていてもそれを感じます。

次の曲はジョンソンの曲の中ではすごく有名というわけではないのだけど、戦前のこうした弾き語りのブルーズマンが何を歌っていたか教えてくれる一曲です。曲の音楽的な形式は古くからある”Rollin’ And Tumblin’”と同じものですが、歌詞の内容は難しいものです。曲名の「If I Had Possession Over Judgment Day」の Judgment Dayとは、キリスト教でこの世界の最後の日にイエス・キリストが人々に対して行う最後の審判のことで天国に送られる人と地獄に送られる人がいるというもの。だから曲名は「もしオレが最後の審判の日を自分のものにしたなら」となります。ある意味とても怖いタイトルであり、キリスト教から見るととんでもない不届きな考えということになるのでしょう。結局、「ホレていた女を他の男に取られて落ち込んで一晩中泣きあかし、その腹いせに最後の審判の日に神に代わって自分がその女を裁けるのなら、女が神に祈ることさえやらせないぞ」という復習のような歌ではないかと思います。
5.If I Had Possession Over Judgment Day / Robert Johnson
ブルーズにも当然ながらこういう宗教の言葉や神への気持ちが入った曲がいくつもあります。聖なるスピリチュアルズとかゴスペルという宗教歌と俗な歌であるブルーズと両方歌ったブルーズマンもたくさんいます。
アフリカン・アメリカンの日常に神、宗教がいかに根を張っているのかがこういう歌詞でもわかります。

次回もまだまだあるロバート・ジョンソンのスタンダード名曲集の第二回です。

2021.04.09 ON AIR

現在トップの女性ブルーズシンガー、シェメキア・コープランドの新譜

Uncivil War / Shemekia Copeland (Alligator ALCD5001)

1.Uncivil War / Shemekia Copeland
2.Walk Until I Ride / Shemekia Copeland
3.Under My Thumb/ Shemekia Copeland
4.Love Song// Shemekia Copeland

1998年に18歳でデビューしたシェメキア・コープランドの登場はブルーズ・シーンに光を灯すものだった。確かな歌唱力を持ちソウルフルに歌えるブルーズ系の女性シンガーの登場にブルースシーンの期待は大きかった。
ブルーズマン、ジョニー・コープランドの娘として生まれたシェメキアは10代の中頃から父親のステージでオープニング・アクトをしてツアーにも出ていたが、もっと幼い頃から歌い始めていた。病を持ちながらもずっと現役を続けて来た父が97年に突然亡くっなてしまい、その1年後98年にシェメキアは19歳でデビュー・アルバム”Turn The Heat Up”をリリース。そこから2.3年に一枚、着実にアルバムをリリースしながら自分の音楽を作り続けて来た。グラミーにノミネートされてもいるし、いろんな賞も獲得して来た。歌唱力には高い評価を受けているがこれといった大きなヒットにはまだ恵まれていない。今回のアルバムが彼女の更なる飛躍になればいいのですが。

シェメキアの前のアルバム「America’s Child」はブルース・ミュージック・アワードの年間ベストアルバム賞を受賞。そのプロデューサーのウィル・キンブロウが今回もプロデュースとギターで参加している。キンブロウについてはあまり詳しくないのだが90年代から南部で活躍するシンガー・ソング・ライターで、ニール・ヤングの影響を強く受けたようです。「ウィル&ザ・ブッシュメン」はじめいくつかのバンドを結成して解散後ソロになり、ソングライターとして高い評価を受けています。
まずはアルバム・タイトル曲「Uncivil War」
歌詞の内容は「この野蛮な、無益な戦いをいつまで私たちはするのだろうか。誰も勝つ者なんていないこの戦いを」というもので、トランプ前大統領によって分断された現在のアメリカ人たちが憎しみ合うことに警鐘を鳴らす歌になっています。最初にマドリンの音が聞こえて来ます。マドリン・ブレイヤーとしてはもうレジェンドと言ってもいいサム・ブッシュの牧歌的なマドリンの音とこれまたラップ・スティール・ギターの名手ジェリー・ダグラスのドブロ・ギターの音色が印象的にこの曲を彩っています。そして力強いシェメキアの歌声。
1.Uncivil War / Shemekia Copeland
今回のアルバムは前大統領のトランプによってもたされた分断、人種差別そしてずっと解決されない銃社会、性差別、格差などアメリカの持つ問題の提起とそれらに対するシェメキアなりの意見を音楽にして表明したものです。こういう重い問題を音楽としても聴けるものにすることが我々日本人は下手で、やたらメッセージだけに主張が置かれ音楽的でないものが多いのですが、アメリカやイギリスのミュージシャンは音楽的にも受け入れやすいものを上手く作りますね。

次の曲はメイヴィス・ステイプルズが歌いそうなゴスペル・タッチのオリジナル曲。
「空から雨が降ってくる中、タクシーを拾おうとしているけど、どれも止まってはくれないどころかスピードを落とそうともしない。だから私は乗るまで歩く。そして私は頭を高く上げ続ける。私の自由は奪えても私のプライドは奪えない。朝、私の子供が熱を出して泣いている。子供の熱がとても高くなり私は救急に電話をするけれど彼らがやってこないことを私は知っている。だから私は歩く。歩く。私たちは貧しさ、失業、空腹、失望、そして喜びもない中、歩き続ける。乗るまで歩き続ける」
2.Walk Until I Ride / Shemekia Copeland
60年代の公民権運動の頃に作られたような曲でした。

次の歌はローリング・ストーンズでおなじみです。オリジナルのストーンズは男目線で歌っているので、「気ままに振舞っていた態度のでかいわがままな女を自分の女にして思うようにしてやったぜ。いい気分だ。」ということなんですが、ここでは女性が自分の思うような男にしてやった。偉そうな男をおとなしく変えてやったとなるわけです。アメリカの女性は強いですからね。アメリカでは男性の女性へのセクハラやパワハラに声をあげた”ME TOO”の運動が昨今あって、そういうこともバックにありつつの皮肉った歌とも取れます。
3.Under My Thumb/ Shemekia Copeland
何気ないなかなかいいアレンジだと思います。

前のアルバム「America’s Child」でも亡き父のジョニー・コープランドの曲を歌ってましたが、今回のアルバムでもジョニーの曲を最後に歌ってます。
多分お父さんは立派になった娘の歌に喜んでいると思います。
4.Love Song

大好きなシェメキアが今のままでもいいのですが、何か大きなヒット曲があれば彼女の良さがもっと知れ渡り、日本にも来てもらいやすくなるのではないかな。

2021.04.02 ON AIR

永井ホトケ隆が選ぶブルーズ・スタンダード曲集vol.30
モダン・ブルーズ-2
Albert Kingが残した名曲

Born Under A Bad Sign / Albert King (Atlantic SD 7723)

ON AIR LIST
1.Don’t Throw Your Love on Me So Strong / Albert King
2.Cross Cut Saw / Albert King
3.Laundromat Blues / Albert King
4.Born Under A Bad Sign / Albert King

ロック・ミュージシャン特にロック・ギタリストに大きな影響を与えたブルーズマンといえばまず今回聞いてもらうアルバート・キングでしょう。ジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトン、スティービー・レイボーンなど多くのロック・ギタリストがアルバートの曲をカバーし、そのギター・プレイをコピーした。大胆なチョーキング奏法を多用したアルバートのダイナミックなギター・プレイに魅了された気持ちはよくわかる。しかし、今回はスタンダード曲集という楽曲の話なのでギターのことは横に置いての話。
アルバートはミシシッピ生まれ、アーカンソー育ち。アーカンソーでグループを始めてギターを弾いていたが、ジミー・リードとかジョン・ブリムのバンドではドラムを叩いていたこともある。アルバートの最初のヒットは1961年R&Bチャート14位になった。ボビンというレーベルで録音してキングレコードからリリースされた”Don’t Throw Your Love on Me So Strong “
直訳すると「そんなに強く君の愛をオレに投げないで」ですが、歌の内容を聞くと勝手気ままに彼女に振り回されている男が最後に「いつの日かお前が心変わりして世界中オレを探してももうオレを見つけることはできないぜ」と捨て台詞を吐いてます。ギターもいいですが「スモーキー・ヴォイス」と呼ばれるアルバートの膨らみのある独特の歌声が耳に残ります。
1.Don’t Throw Your Love on Me So Strong / Albert King
気ままな女に対して「お前の愛は水道の蛇口みたいだ、水(愛)を出すのも止めるのもお前次第だもんな」という歌詞が英語ならではの洒落た表現がいい。

2メートル近い長身のアルバートのトレード・マークはレフティで弾くギブソンのフライングVという矢のようなシェイプのギター。しかし、まだこの頃はそのギターのことも話題になるほど知られていなった。
彼が全米で知られるメジャーなブルーズマンになったのは1966年にメンフィスの「スタックス・レコード」と契約してからです。スタックスにはブッカーT&MG’sというスタジオ専属のバンドがあり、作詞作曲家チームもいてプロデュースもしっかりしていました。しかも60年代の新しいソウル・ミュージックの動きにも対応していたレコード会社でアルバートにとってはとてもラッキーな契約でした。
スタックスと契約してすぐ66年にR&Bチャートの34位まで上がった次の”Cross Cut Saw”は、元々1941年に弾き語りのブルーズマン、トミー・マクレナンが録音した曲でデルタ・ブルーズマンがよく歌うポピュラーなブルーズだった。それを1964年にメンフィスのR.G.Ford(この人は弁護士と書かれているけどよくわからない人物)という人がプロデュースし歌詞を変えて、地元のローカル・バンド”Binghamton Blues Boys/ブリンガムトン・ブルーズボーイズ”を使って録音した。それはスローブルーズのアレンジになっていて、スタックスはそれを更にラテン・テイストにアレンジしてアルバートに録音させた。
一つの曲にも歴史があります。
2.Cross Cut Saw / Albert King
ファンキーなアレンジで歌詞の「オレはノコギリ(横ノコ)オマエの丸太を切ってやるよ。オレのノコギリはよく切れるから切ってやった女は「また来て切ってね」って言うのさ」とまあノコギリを男性のナニに喩えた歌です。
2018年にこの曲はブルーズの”classic of blues recording”としてブルーズの殿堂入りをしました。

次の”Laundromat Blues “(ローンドラマット・ブルーズ)のローンドラマットとはコインランドリーのこと。これはコインランドリーで他の男と密会している奥さんの話で、朝早く汚れたブラウスでも持ってコインランドリーに行くとそこに浮気相手が待っている。うまくやっているつもりだろうけどオレは忠告しておくよ、お前はどんどん夢中になっててやばいよ。すっかりきれいにならなくてもいいけど一回自分の生活を洗った方がいいんじゃないか」とランドリーにかけた歌詞があるところが憎い。
3.Laundromat Blues / Albert King
コインランドリーで密会という設定にびっくりしますが、アメリカでは多いんですかね。

1967年にアルバートのスタックスでのシングルをコンピレーションしたアルバム”Born Under A Bad Sign”は誰もが認めるブルーズの名盤であり、恐らくこれからもずっとたくさんの人たちに聞かれるアルバムだ。
アルバート・キングのいちばんの代表曲と言えばそのアルバム・タイトル曲「悪い星の下に生まれて」という邦題がつけられた「Born Under A Bad Sign」ロックバンド「クリーム」のカバーでこの曲を知った人も多いはず。
この曲はアルバートの自作ではなくスタックス・レコードのスタジオ・ミュージシャンであったブッカー・T・ジョーンズとソウル・シンガーでありソング・ライターでもあったウィリアム・ベルの共作。バックの演奏はブッカー・T・ジョーンズのバンド、MG’s
「悪い星の下に生まれて、這い這いをし始めた赤ん坊の頃からずっと最低の生活。オレには悪運しか運なんてないよ。不運と揉め事がオレの友達、10才からひとりでなんとかやってきた。字の読み書きもロクにできない。オレの人生はずっと一つの大きな戦いだ。ワインと女がオレの欲しいもの。がっしりした太い足の女がオレを墓場まで運んでくれるさ。悪い星の下に生まれて、這い這いをし始めた赤ん坊の頃からずっと最低の生活。オレには悪運しか運なんてないのさ」
4.Born Under A Bad Sign / Albert King
My Whole Life Has Been One Big Fight(オレの人生はずっと一つの大きな戦いだ)という歌詞に教育をまともに受けられず字の読み書きもままならない南部の田舎から出てきた男が、少しでもいい生活を求めて都会で生きよう戦っている姿が浮かびます。でも、生活は変わらず自分にGood Luck(幸運)なんてない。自分にはBad Luck(悪運)しかないのさと自嘲気味に歌わざるを得ない。そこにアフリカン・アメリカン、黒人たちの厳しい生活を見る思いがします。この歌の思いがバックのMG’sの重い8ビートのリズムと重厚なサウンド、そして切り裂くようなアルバートのギターによってファンク・テイストで演奏され質の高いブルーズとなりました。正に名曲。ブルーズスタンダードだと思います。

アルバート・キングにはトップ10に入った曲はない。最高位で最初に聞いた”Don’t Throw Your Love on Me So Strong”のR&Bチャート14位。しかし、そのユニークでパワフルなギター・プレイとスモーキー・ヴォイスと呼ばれる歌声で印象に残る曲がいくつもある。またそれらの曲は後続のブルーズマン、ロック・ミュージシャンにとってブルーズのスタンダード曲になり今も数多くカバーされている。

2021.03.26 ON AIR

あまり知られていないニューオリンズの素晴らしいシンガー、ポピー・ミッチェル

I’m Gonna Be A Wheel Someday / Bobby Mitchell & The Toppers(Night Train NTI CD-7079)

ON AIR LIST
1.I’m Crying / Bobby Mitchell & The Toppers
2.Baby’s Gone/ Bobby Mitchell & The Toppers
3.I Love To Hold You/ Bobby Mitchell & The Toppers
4.Try Rock And Roll/ Bobby Mitchell & The Toppers
5.I’m Gonna Be A Wheel Someday/ Bobby Mitchell

ほとんど知らないミュージシャンのアルバムに出会った時、今ならネットで瞬く間に調べられるが、昔はジャケット写真やレコード会社名、曲目、プロデューサー名、参加ミュージシャン、制作年月日などジャケットに書かれている事柄を自分で吟味して購入を判断していた。今日聞くボビー・ミッチェルもどこかで名前を見たことがあるがよく知らないミュージシャン。ゲットした決めてはジャケ写の顔とCDの裏に書いてある参加ミュージシャンと録音年代。さあ、どうでしょう。

彼のバイオを調べて見ました。
ルイジアナ州のアルジィアルズという地域で生まれたボビー・ミッチェルは17人も兄弟がいたので小さい頃からミシシッピ・リバーで魚を取ったり、木を切るのを手伝ったり、10歳の頃には酒屋の配達などして家計を助けていたという。そして、その酒屋のストリートで歌っていると彼の歌にチップをくれる人たちがいた。子供の頃から歌が上手くて高校に入ると「ルイジアナ・グルーヴァーズ」というコーラス隊に参加。彼に歌の才能を見た音楽の先生が彼にソロ・パートを与えてくれた。それが17歳の頃。その頃特に影響を受けたのが当時人気のR&Bシンガーのロイ・ブラウン(ロイ・ブラウンは40年代に流行ったジャンプ・ブルーズのシンガーで男っぽい豪快な歌いっぷりで大ヒットした「グッド・ロッキン・トゥナイト」などヒットも多かった)
ボビー・ミッチェルは17歳の時に初めて”One Friday Morning”というドゥ・ワップ・スタイルのオリジナル曲を作り、デモ・テープを録音して地元のラジオ局に持って行った。ドゥ・ワップというコーラス・スタイルなのでボビーのバックにコーラス三人とベースとピアノを入れて「トッパーズ」と名付けた。
これがニューオリンズのプロデューサー、デイヴ・バーソロミューの耳に止まりインペリアル・レコードのデモ録音をすることになったが、レコード会社はボビーだけを欲しくてバックのコーラス隊はいらないという考えだった。しかし、ボビーは全員でないと録音はしないと主張したという。
何とかデビューに漕ぎ着け1953年デビュー・シングル・リリースとなる
1.I’m Crying / Bobby Mitchell & The Toppers

ボビーは力強い、すごくいい歌を歌っているし、バックのトッパーズも良かったがこのデビュー曲はあまり売れなかった。この時のレコーディングにはテナーサックスのリー・アレン、ドラムのアール・パーマー、バリトン・サックスのレッド・テイラーそしてプロデュースとトランペットのデイヴ・バーソロミューと当時のニューオリンズの精鋭ミュージシャンが参加している。だからバックのサウンド、グルーヴもいいのに売れなかった。一つの理由は彼らがまだ10代で夜のナイトクラブなどには出れない、つまりプロモーションができず高校のダンス・パーティなどに出てるしかなかったということもあった。また18歳になり徴兵でメンバーが軍隊に行くことになったということもあった。
その徴兵の前にレコーディングが行われた。それが次の曲
2.My Baby’s Gone/ Bobby Mitchell & The Toppers
1954年リリースのこの曲がローカルヒットにはなったけど全国区には届かなかった。
次の曲など少しポップス性もあり、歌もバックもすごく良くてヒットしそうなのになぜかローカル・ヒット止まりの曲がつづく。
いかにもニューオリンズR&Bという。
1957年リリース
3.I Love To Hold You/ Bobby Mitchell

同じニューオリンズのファッツ・ドミノとかロイド・ブライスがR&Rのブームに乗って売れたのとほぼ同時代なのだが、このボビー・ミッチェル&トッパーズは全国区にはなれなかった。
一番売れた曲が次の”Try Rock And Roll”でR&Bチャートの14位のヒットでウエストコーストやニューヨークへもプロモーション・ツアーにも出かけたがこの曲の後が出なかった。
ニューオリンズR&Bのテイストたっぷりのいかにも若者のパーティ・ソングという感じです。
4.Try Rock And Roll/ Bobby Mitchell
いい曲なんですがね。
1954年にはトッパーズが解散してその後ボビーはニューオリンズのソロ・シンガーとして35年にわたって歌い続けることになる。
1958年にはインペリアル・レコードとの契約もなくなり、その後はマイナー・レーベルでの録音を続けたがヒットは出なかった。60年に心臓麻痺に襲われてからはツアーに出かけることができなくなったが、地元ニューオリンズでは歌い続けた。ほぼ同期で同じニューオリンズでレコード会社も同じ、録音の参加ミュージシャンも同じファッツ・ドミノが世界的に売れていく中でボビーはどんな気持ちだったのだろうと思います。歌手としての実力はファッツと同じいやそれ以上くらいあります。1989年に糖尿病や腎臓疾患などを抱え心臓麻痺で亡くなった。
5.I’m Gonna Be A Wheel Someday/ Bobby Mitchell & The Toppers

2021.03.19 ON AIR

ロックはいかにしてブルーズをカバーしたのか vol.3

ブルーズロック、ハードロックの先駆け「Cream」

the very best of cream (POLYDOR POCP-2328)

The Complete Recordings / Robert Johnson (SME SRCS 9457-8)

The Real Folk Blues/Howlin’ Wolf (MCA MVCM-22019)

ON AIR LIST
1.Crossroads/Cream
2.Cross Road Blues/Robert Johnson
3.Sitting On Top Of The World/Cream
4.Sitting On Top Of The World/Howlin’ Wolf
5.Strange Brew/Cream
6.Sunshine Of Your Love/Cream

ロックバンドがカバーしたブルーズを聴きながらブルーズのカバーについてあれこれの3回目
60年代のイギリスにはブルーズバンドがいくつもあり、ブルーズを志すミュージシャンも多かった。その中で最初に思い浮かぶバンドはジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズだ。
エリック・クラプトンが在籍した時に作った66年の”Blues Breakers With Eric Clapton”は今やブリティッシュ・ブルーズの記念碑的なアルバムとなっている。しかし、ブルースブレイカーズはロックバンドとしての活躍はなくブルーズバンドとしてあり続けようとした。クラプトンはブルーズブレイカーズの前に在籍していたヤードバーズからブルーズを志していたが、ヤードバーズ~ブレイカーズと経験したところで新たな地点に出るべく66年にドラムのジンジャー・ベイカーとクリームを結成。ベースはジャック・ブルース。
ちなみに66年のイギリスはアメリカからジミ・ヘンドリックスがやって来て、ビートルズは革新性を持ったアルバム「リボルバー」をリリースし、ローリング・ストーンズもブルーズやR&Bのカバーからオリジナルに踏み出してアルバム「アフター・マス」を発表。60年代半ばのイギリスの音楽シーンの流れは激しく新しいものを次々生み出していった時代だった。

クリームのブルーズのカバーでいちばん有名なのがクロスロードだと思います。このクロスロードの原曲のロバート・ジョンソンのオリジナルを知らない人でもクリームのバージョンを知っている人はたくさんいます。クリームの、そしてエリック・クラプトンの代表曲のひとつでしょう。しかし、僕はこのクリームのクロスロードがどうも好きになれない。なぜこの曲を取り上げることになったのかは知らないのですが、僕が感じるロバート・ジョンソンの原曲の良さはほとんどクリームのカバーに反映されていなくて、ただせわしないリズムのリフだけがやたら記憶に残ってしまう。
1.Crossroads/Cream 
オリジナルのタイトルはCross Road Bluesですが、クリームはCrossroadsと登録しています。1968年クリームの”Wheels Of Fire”に収録。
では、次にオリジナルを。
2.Cross Road Blues/Robert Johnson
弾き語りとエレキバンド・スタイルのちがい、時代のちがい、録音の違いなど色々違いはありますが、ロバート・ジョンソンの原曲の良さがどこかへ行ってしまい、新たなオリジナリティがあるのかというのも疑問でリズムのリフだけが印象に残る・・ぼくはそんな風に思っています。多分、クリームがカバーしたクロスロードを好きな人はクラプトンのギター・プレイが好きなだけで歌が好きという人はいるのだろうかと思う。ロバート・ジョンソンのオリジナルはクロスロード(十字路)で車に乗せてもらおうとするのだけど、みんな通り過ぎていき、夕暮れからどんどん暗くなって不安になり神様助けてくださいという切羽詰まった気持ちと寂寥感が混じった見事なブルーズ。でも、クリームのカバーにはどこにもそれが感じられない。ただ歌詞の素材としてこの曲をクリームは使っただけのように思えます。

次のSitting On Top Of The Worldは1930年代に黒人のグループ「ミシシッピ・シークス」が大ヒットさせて、ブルーズマン以外にもレイ・チャールズ、ナット・キング・コールまたロックのグレートフル・デッドなどカバーがたくさんあるのですが、クリームはこの曲を60年代当時イギリスで人気のあったハウリン・ウルフのカバーを聴いてカバーしたのだと思います。これもウルフとクリームと両方聴いてもらいます。歌詞の内容は「彼女に尽くしたけれど彼女は自分から去って行った。でも俺は心配なんかしていない。俺は世界のてっぺんに座っているからさ」と男のやせ我慢の言葉にも聞こえる最高のブルーズです。まずはクリーム・バージョン。
3.Sitting On Top Of The World/Cream
これもブルーズを知らない高校生の頃はこのクリームをかっいいと思って聴いていたのだけど、ウルフのバージョンを聞いたらクリームのバージョンはブルーズに聞こえなくなってしまった。
4.Sitting On Top Of The World/Howlin’ Wolf
確かににクリーム・バージョンのクラプトンのギター・ソロはカッコいいのだけど歌の表現の深さがまるで違っていて、クリームの方には彼女に去られた悲しさが感じられない。つまり演奏が主体で歌が主体になっていない。いつも言っているようにブルーズという音楽は歌、ヴォーカル・ミュージックですからブルーズを聞き込んでしまうとまず歌が気になってしまう。そして、クリームのカバーはイントロも大げさに聞こえてしまう。トラッドなブルーズをいかにロック的にアレンジして再生するかというところにクリームなどブルーズロックのバンドが挑んだ試みだったが、やはりブルーズとは別物として僕は聞いてしまう。

たぶん次の曲のようにブルーズの音楽的フォーマットを使って作ったクリームのオリジナルの方が僕はいいと思う。そして、これはやはりブルーズという音楽を知っているミュージシャンだから作れたオリジナルだと思う。僕はエリック・クラプトンの「いとしのレイラ」のアルバムなども好きなのですが、クラプトンのオリジナルが好きで彼のブルーズのカバーに関してはずっと好きになれない。だからクリーム時代もブルーズを土台にしたこういうオリジナルの方がいいと思う。
5.Strange Brew/Cream
6.Sunshine Of Your Love/Cream
もブルーズを土台にしているオリジナルでそういう曲の方が、”Crossroads”や”Sitting On Top Of The World”,”I’m So Glad”などブルーズのカバー曲よりも遥かにクリームというバンドらしさが出ていると思う。

クリームはライヴにおけるインプロビゼーション(即興演奏)も評判になったバンドでもありましたが、ぼくにとっては長いギターソロはじめ各パートのソロは退屈でした。ある種のジャズ・コンプレックスのようにも思えます。
クラプトンはクリーム以降もブルーズと関わっていくのですが、ブルーズをやったからこそ生まれた「レイラ」や「ヘルボトム・ブルース」「ティァーズ・イン・ヘヴン」「ワンダフル・トゥナイト」など彼のオリジナルの方が断然好きです。クラプトンには全曲ロバート・ジョンソンのブルーズのカバーというアルバムもあり持っていますが、一回聞いたきりです。
ロックを好きな方、特にブルースロックを好きな方にやはり一度ゆっくりブルーズの原曲を聞いてもらいたいと常々思っています。特に歌を聴いてもらいたいと思っています。ブルーズという音楽形式はアドリブ、即興演奏をやりやすい音楽なのでついついギター重視のプレイになってしまう、またそこだけを聴いてしまう人がよくいますが、くどいようですがブルーズはヴォーカル・ミュージックでインストルメンタル・ミュージックではありません。歌があってのブルースです。